婚約者の実家に挨拶に行った日、義母になるはずの女性が、私が持ってきた手土産の紙袋を私の顔に投げつけて言った。「こんなものでご機嫌を取ろうだなんて浅ましい人ね。いらないわ。持って帰って」その理由は、私が施設育ちだったから。婚約者の純平は、私の過去を事前に知っていたはずなのに、両親の前で「知らなかったよ。僕も騙されていたんだ」と、自分も被害者のような顔をして裏切った。結婚は破談。だが、そんな彼ら…

婚約者の実家に挨拶に行った日、義母になるはずの女性が、私が持ってきた手土産の紙袋を私の顔に投げつけて言った。「こんなものでご機嫌を取ろうだなんて浅ましい人ね。いらないわ。持って帰って」その理由は、私が施設育ちだったから。婚約者の純平は、私の過去を事前に知っていたはずなのに、両親の前で「知らなかったよ。僕も騙されていたんだ」と、自分も被害者のような顔をして裏切った。結婚は破談。だが、そんな彼ら...

「愛人としてなら迎えてやるってさ。」

純平の言葉に、私は一瞬何を言われたのか分からなかった。ついさっきまで結婚の約束をしていた相手の言葉とは思えなかった。

私は幼い頃に両親を亡くし、施設で育った。8歳の時に養父母に引き取られ、実の娘のように愛情を注いでもらえたおかげで、今の私がある。そして同じ会社で働く純平と出会い、交際が始まった。子供っぽくて愛嬌のある彼に、私は惹かれた。

プロポーズを受けた時、嬉しい反面、不安があった。純平の家は、私たちが務める会社の創業者一族。父は二代目社長で、純平もいずれは社長の座が約束されている。いわゆるお坊っちゃまだ。施設育ちの私がそんな家に嫁いでいいのだろうか。コンプレックスが蘇る。

私は思い切って純平に過去を打ち明けた。すると彼は笑い飛ばした。

「そんなの気にするなよ。俺の両親は人間ができてるから、リカを差別したりしないよ」

その言葉を信じた。そして結婚の挨拶の日、私は純平の実家を訪れた。

出迎えてくれた母のマリ子は、最初は穏やかだった。お茶を飲みながら世間話をし、私は少し安心する。だがそこへ父の紅葉が帰ってきた。彼は私を睨みつけると、いきなり言い放った。

「俺は知っているぞ。お前、施設育ちだろう」

私は血の気が引いた。紅葉は私のことを密かに調査していたらしい。身に着けていた時計を「高そうな時計をつけても騙されない」と指摘され、養父からのプレゼントだと説明しても、鼻で笑われた。

「施設育ちを隠そうとしても無駄だ。お前みたいな女を、息子の嫁と認めるわけにはいかない」

その報告を聞いたマリ子も、態度が一変した。

「まあ、そうだったの?危うく騙されるところだったわ。こんなものでご機嫌を取ろうだなんて、浅ましい人ね」

そう言うと、私が持ってきた手土産の紙袋を投げ返してきた。私はただ黙ってそれを受け取るしかなかった。

沈黙していた純平が、父に問われる。

「お前は知っていたのか?この女が施設育ちであることを」

私は事前に打ち明けていたので、当然知っているはずだった。なのに純平は言った。

「知らなかったよ。僕も騙されていたんだ」

自分も被害者のような顔をして。その瞬間、純平への気持ちが一気に覚めた。私は婚約破棄を受け入れることにした。

「うちの家計にお前は不要なのよ。お前みたいな女に、年収1500万のエリート息子はやらないからね」

マリ子に罵倒されながら、私は家を出た。その後を純平が追いかけてきて、謝罪をするかと思えば、信じられないことを言い出した。

「結婚は無理だけど、愛人として迎えるなら問題ないってさ。どうせ俺は将来社長になるんだから、愛人の一人や二人囲っていても問題ないだろ」

人のことをここまで見下して侮辱する人間がいるだろうか。私は彼らとは二度と関わらないことを心に決めた。しかし傷は深く、帰宅途中に私は一人で泣いてしまった。

家に帰ると、養父の秋彦が私の顔を見て驚いた。

「どうしたんだ?そんなに辛そうな顔をして」

私は泣きながら、純平の家で起こったことを全て話した。話を聞いた養父は、みるみる怒りで顔を赤くした。

「俺の可愛い娘を愛人扱いとは。そこまで侮辱するとは、許せない」

養父は何やら電話をかけ始めた。何の電話か分からなかったが、彼の目は本気だった。

「確かにエリート家族かもしれないが、身の程を知るべきなのはそっちだ。あいつらは親の力で社長になったが、本人たちは大した力もないくせに偉そうだ。初代は二代目、三代目と、育て方が間違っていたんだな」

そう言って養父は私を慰めてくれた。彼が何をしていたのかは、次の日に分かった。

翌日の昼過ぎ、会社に純平の母マリ子が乗り込んできた。

「ちょっとどういうことなのよ!責任者を出しなさい!」

彼女は会社の入り口で激しく怒鳴り散らしていた。どうやらこの日の午前中、臨時の役員会議で紅葉の社長解任が決定されたらしい。原因は、私の養父が合併先の米国大手企業の役員であり、紅葉の人物を見限ったことだった。

紅葉が社長を継いでから会社は業績を落とし、米国企業に吸収合併されていた。紅葉は実力もなく、わがままなワンマン社長で、社員たちも不満を溜め込んでいた。養父の一言で、役員たちは満場一致で解任に踏み切ったのだ。

新しい社長に就任したのは、紅葉が私のことを調べさせていた信頼していた秘書。そして秘書は養父の正体に気づきながら、紅葉に報告せず、あえて伏せていた。

マリ子は会社で暴れていたが、警備員に取り押さえられた。一方、紅葉の解任で後ろ盾を失った純平は、会社で孤立していく。ミスを犯しても誰も助けてくれなくなり、逆切れした純平は「こんな会社、辞めてやる」と自ら会社を辞めてしまった。

だが実社会は甘くなかった。就活はうまくいかず、純平は家でふてくされて過ごす日々。

困ったのはマリ子だった。

「夫も社長を解任されるし、息子も無職になるし、散々だわ。私が稼ぐしかないわね」

彼女は自身が運営するマナースクールで収入を得ようと考えた。だが、そのスクールが入るビルの大家は私だった。私は彼女を呼び出した。

「お久しぶりです。先日はどうも」

「あ、あんたは……!」

マリ子は驚いた表情を浮かべた。私はビルの規約を差し出しながら言った。

「申し訳ないのですが、犯罪者にこのビルは貸せないことになっているんですよ」

この前会社で暴れて怪我人を出した件で、私は被害届を出すよう社員たちに勧めていた。複数人の被害届により、マリ子は警察にマークされていたのだ。

「誰が犯罪者よ!私と家族はあの女に落とし入れられて!」

マリ子は怒り狂い、私に掴みかかろうとした。だがそこへ警察が駆けつける。

「そこまでだ。現行犯で逮捕する」

マリ子は暴行罪の現行犯で逮捕されてしまった。プライドの高かった津田家は、家族から犯罪者を出してしまい、近所で噂になった。紅葉と純平は周囲の視線に耐えられず、何度も私の家にすがりついてきた。

「元は結婚を誓い合った仲だろう。俺を養父上に取り次いでくれ」

母親が逮捕されたことが噂になり、純平は再就職もうまくいかず、元の会社に戻りたがった。紅葉も社長の座を諦められず、私に執着した。しかし私は彼らと会うことを全て避けた。

あまりのしつこさに、養父が法的措置を取ったと後で聞いた。

その後、私は日本を離れ、養父が役員を務める米国企業の本社に転職した。やがて新しい土地で、私の全てを受け入れてくれる優しい男性と出会い、結婚を前提に交際を始めた。彼は純平とは違い、大人で、穏やかな人だった。施設育ちのことも「リカのせいじゃない」と言ってくれた。

「いい男じゃないか。好きにしなさい。お父さんは応援するぞ」

養父も彼を気に入ってくれた。辛い思い出の多い日本を離れ、私はこの新しい土地で新たな人生を歩み始めている。

Thumbnail