「農家なんてたくさんあるのよ。きちんと値段を安くするなら、あんたの失礼な態度は見逃してあげるわ」…

「農家なんてたくさんあるのよ。きちんと値段を安くするなら、あんたの失礼な態度は見逃してあげるわ」...

「農家が私に口応えをするなんて生意気よ。あなたは黙って私に従っていればいいの?」
大口取引先の社長令嬢・美保が、電話越しに怒鳴ってきた。

社長の父親が病気で倒れ、彼女が社長代理になってから、農家を見下す態度はどんどんエスカレートしていた。無理な注文、土壇場での変更、そして今回の大量注文の納品日当日の突然のキャンセル。無駄になる野菜を前に、さすがに我慢の限界だった。

「こんなことが続くと困ってしまいます」
そう伝えると、彼女は逆上した。
「農家なんてたくさんあるのよ。けど、今までより値段を安くするなら、あんたの失礼な態度は見逃してあげるわ」

俺は農園で働く松本優太。幼い頃から叔父の農園が好きで、高校卒業後は農業大学に進み、叔父のもとで一人前の農家になるまで鍛えられた。叔父は最初こそ反対していたが、俺の本気を認めてくれて、ついには後を継いでほしいと言ってくれるまでになった。

叔父の農園は、大手飲食店チェーンを経営する坂東社長と長年取引をしていた。坂東社長は自ら農園に足を運び、いつも感謝の気持ちを伝えてくれる、本当に立派な人だった。燃料費や肥料代が高騰しても、叔父は「坂東社長の人柄に惚れて下ろし続けているんだ」と値上げを拒否するほどだった。

そんな坂東社長が倒れ、入院。代わりに社長代理に就いたのが、一人娘の美保だった。彼女は農園に来たこともなく、経営の一端を担っているとは聞いていたが、噂ではかなりのわがままお嬢様らしい。

最初の電話から、嫌な予感はしていた。
「父と付き合いが長かったようですが、今は社長代理の私が全ての決定権を持っています。今後とも付き合っていくかどうかは、あなたたちの頑張り次第ね」
挨拶もなく、脅すような口調でそう言われた。

それから美保はめちゃくちゃな注文をしてくるようになった。納品直前に発注内容を変えたり、「今すぐ持ってこい」と無理を言ったり。丁寧に対応しても、「うちが最優先に決まってるでしょ。契約が切れてもいいわけ?」と毎回脅してくる。坂東社長が復帰するまで辛抱するしかないと、叔父と話しながら耐えていた。

あの日、いつもの倍以上の大量注文が入った。不思議に思いながら確認すると、「せっかくたくさん注文してあげてるのに文句を言うわけ?黙って従っていればいいの」と一蹴された。叔父に相談し、スーパーへの納品を調整して、大量注文に備えた。

納品当日、俺は美保に電話を入れた。
「今から納品に伺わせていただきます」
すると、帰ってきたのは予想外の返事だった。
「ああ、その注文取り消して。納品も来なくていいわ」
「え?どういうことですか?この量を当日キャンセルされるのは困ります」
「キャンセルって言ったらキャンセルよ。てか、この前そう言って電話で話したけど」
「電話?いえ、そのような電話はしていません」
「あんたが忘れてただけでしょ。まあ、農家なんてバカそうだもんね」

鼻で笑われ、電話を切られた。叔父もそんな電話は来ていないという。少しでも使ってもらえないかと飲食店に直接話に行ったが、店の入り口には「臨時休業」の張り紙。店舗工事で2日間休みだと書いてあった。

必死にスーパーに頭を下げて少しは納品できたが、大量の野菜が残ってしまった。美保からの大量注文がなければ納品する予定だったスーパーも、もう他所から仕入れていたため受け取れないと言われた。鮮度が命の野菜たちは、全部無駄になってしまった。

叔父は悲しそうな顔をしていたが、「しょうがない」と言って作業に戻った。そんな叔父を見ていられず、俺は美保に電話をした。今までのめちゃくちゃな要望についても、きちんと抗議した。

「こんなことが何度もあると、こちらも対応できません。勝手な注文はやめていただきたいです」
それを聞いた美保は、怒鳴り散らした。
「何様のつもり?誰に向かってそんなことを言ってるか分かっているの?」
「父がひいきにしてたから、私も契約してやってるのに」
「うるさいわね。こっちは取引先なんていくらでも選べるのよ。今までより値段を安くするなら、あんたの失礼な態度は見逃してあげるわ」
「今までもギリギリの値段で取引させていただいていますので、これ以上の値下げはできません」
「農家なんてたくさんあるの。安くするか、契約中止か、どっちか選んで」

俺も完全に我慢の限界に達した。
「分かりました。契約を中止します」
「あっそ、後悔しても知らないから」
そう言って美保は電話を切った。

叔父に電話のことを話すと、叔父も同じ考えだった。
「うちの野菜を大切にしてくれない人とは、仕事はしたくないからな」

その後、俺は美保のことを忘れようと畑仕事に打ち込んだ。

それから一ヶ月後、会いたくもなかった美保が農園にやってきた。契約中ですら一度も来たことがなかったのに。深刻そうな顔で、彼女は言った。

「もう一度、契約してほしいの」
叔父は険しい顔できっぱり断った。
「再契約はできません。他の農園を当たってください」

美保は、うちと契約を中止してからのことを話し出した。他の農家に契約を申し込んだが、拒否されてしまったらしい。うちとの契約の値段がどこよりも安いこと、相場を知らなかったのだ。仕方なく海外からの輸入品を仕入れるようになったが、輸入費の高騰で思ったほど安くなく、鮮度も悪くて味が落ちたと口コミサイトに書かれ、客足が鈍っていると言う。

「このままではお店を潰してしまうことになるんです。お願いします」
「今更そんなことを言われても。契約中止を言ってきたのは、あなたですよ。農家はいくらでもあると言っていたじゃないですか。再契約はしませんので、お帰りください」

すると、美保は顔を俯かせて小さな声で言った。
「何なの?偉そうに」
「え、今なんて?」
俺も叔父も耳を疑って聞き返すと、美保は顔を上げて鋭い目つきで睨みつけた。
「何なの?偉そうにって言ったの。父への恩とかないわけ?」

叔父は怒りでガタガタと震え出した。
「いい加減にしてくれ。あんたみたいな人と契約したいと思う農家なんて、一つもないよ。お父様はいつも俺たち農家も野菜のことも大切に思ってくれていた。何も知らず勝手なことばかりしている君に、お父様の代わりが務まるはずがない」
「なんであんたみたいな農家に説教されないといけないわけ?こんな仕事しかできない能のくせに」

もう話す気にもなれない。
「帰ってくれ」
「どうせあんたんとこも納品先がなくなって困ってるんでしょ。このままだと潰れちゃうんじゃない?」
「結構です。新しい大量納品先もありますので」

実は、美保に契約を切られた後、俺は大手食品メーカーと契約をしていた。それは俺の父の会社で、前からお願いされていたが、美保のところとの契約もあって余裕がなく断っていたのだ。今回の件でやっと契約ができることになり、父はすごく喜んでくれた。

「大手食品メーカーとの契約があり、あなたのところに下ろす余裕はありません」
すると美保は、あ然として立ち尽くした。そして何も言えなくなったようで、悔しそうに帰って行った。

その後、農家仲間から聞いた話によると、美保のところは他の農家と工場契約を結んだらしい。しかし美保の農家を見下す自分勝手な振る舞いは農家の間に知れ渡っており、どこも契約を結びたがらず、その農家に足元を見られた。美保は工場契約で経営を圧迫させてしまい、口コミサイトのせいで減った客足も戻らず、赤字に転落したという。

店をダメにした美保に対して、退院した坂東社長は大激怒だったそうだ。美保を社長代理から解任し、首にした。そして坂東社長は退院後、急いでうちの農園にやってきた。

「この度は本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、うちもせっかく長くお付き合いいただいていたのに、すみません」
「いえ、娘の話を聞きました。契約を中止されても仕方ないことをしたと思います」
「美保さんは今、どうされているんですか?」
「家からも追い出して、今はコンビニバイトでなんとか暮らしているみたいです」

俺たちは苦笑いするしかなかった。
「一人で甘やかしすぎたのかもしれません。僕の責任でもあります。本当に申し訳ございませんでした」
坂東社長は何度も頭を下げ、こう言った。
「僕も反省し、これから経営をしっかり立て直そうと思っています」

すると、それを聞いた叔父が言った。
「もう一度、坂東社長と契約させていただきたいと思っているんですが」
坂東社長は顔を上げて目を見開いた。
「もう一度契約してくださるんですか?」
「坂東社長のような方とは、今後ともお付き合いをさせていただきたいと思っています」

俺と叔父は、坂東社長が退院したらもう一度再契約をしようと考えていた。父の会社との契約で余裕はなかったが、再契約できるように調整して、坂東社長の復帰を待っていたのだ。坂東社長はすごく嬉しそうにしていた。ただ、うちは以前の価格で下ろすつもりだったが、坂東社長の意向で正規価格で契約を結ぶことになった。

その後も坂東社長は、前のように農園に足を運んでくれている。農園に今まで通りの日々が戻ってきて、叔父も嬉しそうだ。叔父と坂東社長の姿を見ながら、人との繋がりの大切さを感じる。俺もしっかり人との繋がりを大切にして、立派な農家になろうと改めて決心した。

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