「年収100万の女は、俺の母親にふさわしくない。今日でお前を俺の親から卒業させてやる。」 税理士試験に合格したその日、義理の息子にそう宣言され、夫は記入済みの離婚届を私に突きつけてきた。 12年間、血の繋がらない彼を実の子のように育て、学費も生活費も全て私が支えてきたのに。 「お前みたいな女がいたら、恥ずかしくてしょうがないよ」と嘲笑う2人を前に、私はその場で離婚届にサインをした。…

「年収100万の女は、俺の母親にふさわしくない。今日でお前を俺の親から卒業させてやる。」 税理士試験に合格したその日、義理の息子にそう宣言され、夫は記入済みの離婚届を私に突きつけてきた。 12年間、血の繋がらない彼を実の子のように育て、学費も生活費も全て私が支えてきたのに。 「お前みたいな女がいたら、恥ずかしくてしょうがないよ」と嘲笑う2人を前に、私はその場で離婚届にサインをした。...

税理士試験に合格したその日、義理の息子・翔太は私に言い放った。
「これで俺も晴れて税理士の仲間入りだ。年収100万の女は俺の母親にふさわしくない。今日でお前を俺の親から卒業させてやる。」
夫の重夫もそれに同調し、私に記入済みの離婚届を突きつけてきた。
「上流階級になる俺たちの足手まといにしかならんお前と、これ以上一緒にいる意味もない。明日中に出ていけ。」

12年も必死に支えてきたのに、随分な仕打ちだ。怒りを通り越して、呆れてしまった。
「元々翔太が望んだから、お前みたいな女と結婚したんだ。その翔太が不要だというなら、俺にとっても不要でしかない。」
最初から重夫は私を愛していたわけではなかった。ただ、翔太の世話をしてくれる家政婦が欲しかっただけなのだ。そうとも知らず、献身的に2人を支えてきた自分が情けない。
「分かったら、さっさと荷物の準備でもしたらどうだ。」
翔太と重夫はニタニタと笑いながら私を見ている。
「お前みたいな女がいたら、恥ずかしくてしょうがないよ。」
翔太は完全に私を拒否した。
「分かったわ。」
その場で離婚届にサインし、私は2人の前から姿を消した。すると翌日、絶縁したはずの翔太から100件を超える着信がなり始めたのである。

私は酒井冬美、46歳。会計事務所で働きながら、夫の重夫と息子の翔太と暮らしていた。重夫とは13年前に知り合った。当時は今の事務所で正社員として働いていたのだが、クライアントである会社の担当者だった重夫と事務的なやり取りをしていたのだ。

そんなある日、ランチに出かけた先で偶然重夫に会い、せっかくだからと一緒に食事をすることになった。そこで初めてプライベートな話をしたのだが、重夫は小学5年生の息子・翔太を一人で育てながら必死に働いているという。聞けば翔太が小学校に上がった頃に前妻と離婚し、それ以来ずっと2人暮らしだそうだ。
「何かと苦労も多いらしい。男同士とはいえ、子供の気持ちが分からないことも多くて手を焼いてますよ。」
子育ての悩みを相談する相手もおらず、仕事が忙しくて翔太に一人で留守番をさせてしまうことに罪悪感も感じているという。それでも必死に頑張っているのだと、私は感心した。
「もしご迷惑でなければ、時々こうやって愚痴を聞いてもらえませんか?」
重夫は私に子育ての相談相手になってほしいと言うのだ。

子育てをしたこともなく、当然子育ての経験もない私が彼の力になれるとは思えなかった。しかし、話すことで重夫がまた頑張れるのであれば、聞き役くらいにはなれるだろう。そう思い、彼の申し出を受け入れることにしたのだ。

それからというもの、LINEや電話で仕事以外の連絡を取り合うようになり、やがて私たちは交際を始めた。私の仕事が早く終わった日や週末は彼の家に行き、翔太と3人で夕飯を囲む。翔太は私が作る食事を美味しいと食べてくれ、その度に少し寂しい顔を見せた。
「他の子みたいに、お母さんがいてくれたらいいのに。」
男の子とはいえ、まだ子供。重夫と前妻の離婚も子供ながらに理解しているものの、心のどこかで寂しさを感じているようだ。その姿に胸が締めつけられた。

交際から1年が過ぎた頃、重夫から翔太の母親になってくれないかとプロポーズされた。しかし、私はすぐに返事ができなかった。翔太と3人で過ごす日々はとても楽しかった。しかし、多感な時期にある男の子の母親に私が務まるとは思えなかったのである。それでも翔太の寂しげな表情を思い浮かべると、家族としてそばにいてやりたい。そう思いながらも、一時の無責任な感情で簡単に決められることではなかった。
「無理に翔太の母親にならなくていい。友達としてそばにいてやってくれないか。」
重夫は、この先一生一緒にいる相手としても、翔太の母親としても、私以外に考えられないと言う。
「翔太君は賛成してくれてるの?」
「お母さんになって欲しいって言ったのは翔太の方だよ。」
翔太が望んでいると聞き、私の心は揺れ動いた。母親になる自信はなかったが、一つ屋根の下で暮らしているうちに自然と家族になっていけるのかもしれない。そう思った私は重夫のプロポーズを受け入れ、翔太を実の子として育てると決意したのである。

翔太のため、仕事もパートに変えてもらい、彼が学校から帰ってくる時間には家にいるようにした。食事を作り、掃除や洗濯などの家事も行う。翔太の学校の行事には必ず参加し、私は献身的に2人を支えた。重夫は役員になれるかもしれない大事な時期にあり、毎日多忙を極めている。そのため、翔太の世話も家の家事も私が1人で担っていた。
「いつも家事ばかりに任せてすまない。」
「忙しいんだもの、仕方ないわ。」
そう言いながらも、本心では悩みを相談する時間くらいは取って欲しかった。それでも朝早くから夜遅くまで毎日忙しく働く彼に文句など言えなかった。

やがて翔太は中学生になり、思春期を迎えた。学校が終わると友人の家に遊びに行ってしまうことが増え、22時ギリギリに帰ってくることもある。
「世の中物騒なんだから、もう少し早く帰ってきなさい。」
「俺だって友達との付き合いもある。法律は守ってるんだから、口うるさく言わないでよ。」
数年後には社会に出て自立した生活を送る翔太のことを思い、私は厳しく教育していたのだが、この頃から彼は度々言い返してくるようになった。翔太が自分で考え行動することは喜ばしいことだが、何が正しくて何が間違っているのか、その判断を誤ると彼の将来に傷がつく。それを思うと厳しくせずにはいられなかった。

しかし、その反面で重夫は翔太を甘やかしていた。重夫が欲しがる高価なゲームやトレーディングカードを無条件で買い与えたのである。結婚当初、重夫と決めた約束事で、翔太に関わるお金は私が支払っている。生活費の全てを担うことで、お互いの金銭的な負担を分担させるためだったのだが、こうも翔太の言いなりになって物を与えられては、私の負担も大きくなるというものだ。それを置いておいたとしても、まだ中学生の翔太が「言えば買ってもらえる」と思い、ありがたみが分からない人間になってしまわないかと心配だった。
「翔太は甘やかしすぎじゃない?」
「友達付き合いには必要なものだ。それともお前は翔太が友達から仲間外れにされてもいいのか?」
重夫が言うように、友達との付き合いも大切だ。今の時代、みんなが持っているゲームやスマホを持っていないだけで、仲間外れにされてしまう。しかし、だからと言って翔太が何も頑張らない状態でも与えるのは間違っているのではないか。そう感じていた。
「せめていい点数を取ったとか、何かを頑張ったご褒美として与えた方がいいわ。」
「それに何の意味がある?どうせ買い与えるんだから、もったいぶらずに買ってやればいいだろう。」
重夫とは度々子育ての考えが違い、論争となった。それでも私は自分が信じる子育てをやめなかった。翔太にはきちんとした大人になってほしい。そう願ってのことだ。

しかし、翔太は私のことを「口うるさいババア」と下げるようになり、重夫にばかり話をするようになった。無理もない。体は大きくなっても、世間の常識や人としての倫理感はまだまだ形成途中で、自分の願いを叶えてくれる大人の方がいい人に見えてしまうものである。ましてや、血の繋がった実の父親の方が、自分のことを考えてくれていると思うのは当然だろう。それでも私は悪者になってでも、翔太の将来のために必要だと思うことはきちんと伝え続けた。しかし、翔太には何も伝わらなかったらしい。高校生になる頃には、友達と遊びに行くたびに私に小遣いを求めるようになった。
「いつもいつも、そんなにお金が必要なの?」
「親が子供に小遣いを渡すのは当然だろ。」
翔太は私のことをまるで家政婦や都合のいいATMのように扱うようになったのだ。

ある日、風呂から上がるとリビングから翔太と重夫の話し声が聞こえてきた。
「ババアの口うるささにはうんざりするよ。」
「ああいう女は、厳しくすればちゃんと教育していると思い込んでるんだ。気にせず聞き流しておけばいい。黙って金出して家事でもしとけっつうの。」
「本当、むかつくよ。」
私に対しての不満を漏らす翔太に、重夫も同調するかのように話している。
「俺がもっと家にいればガツンと言ってやるんだがな。なんせ重役を任されてるから。それも難しい。お前には苦労をかけてすまん。」
「父さんは何も悪くないよ。それより父さんがいないことをいいことに、俺にとやかく言ってくるババアが悪いんだ。」
翔太は重夫の言葉を鵜呑みにし、私への不満を爆発させていた。
「お前が税理士にでもなって高給取りになったら、あいつも黙るさ。」
「そうなのか。だったら俺、頑張って勉強するよ。」
翔太が目標を持ったことは誇らしいことだった。しかし、その理由が私を黙らせるためというのは複雑な気持ちになる。それでも翔太が将来に目を向けたことが嬉しかった私は、あえて何も言わず彼の今後を見守ることにした。

やがて翔太は大学へ進学し、本格的に簿記を学び始めた。相変わらず私に冷たい態度を取る彼だが、彼なりに頑張っているのであればそれでいいと、私は静観していた。そんなある日、翔太が40度の高熱を出して寝込んでしまった。最初は疲れから来るただの風邪だろうと思っていたのだが、その翌日も熱が下がらない。病院に連れて行こうにも、あまりのしんどさに体が動かないという。しかし、このまま熱が下がらなければ翔太の命に危険が及ぶ。そう思った私は重夫に早く帰ってきてほしいと連絡を取った。しかし、重夫は仕事中だと一蹴した。
「熱だけで、仕事中に連絡してくるの。」
「だけど、このままじゃ翔太の体が心配なのよ。」
「ただの風邪だろ。寝かしとけば治る。」
そう言い放ち、重夫はそのまま電話を切ってしまった。結局、その日重夫が帰ってくることはなかった。どうしたものかと頭を悩ませながら、私は仕事を休み、不眠で翔太の看病をしたのである。

ドラッグストアで解熱剤を購入し飲ませてみても、熱はなかなか下がってくれず、食事もほとんど取れない中、なんとか水分だけは取ってもらう。薬が効いているうちは少し眠れる様子の翔太だが、その効果がなくなると苦しそうな呼吸が始まる。その様子を見ながら、何度か重夫に救急要請したいと訴えたが、「近所迷惑になる。風邪で大げさに騒ぐな」と認めてもらえなかった。
翔太にもしものことがあったらどうしよう。大きな不安に襲われながら、私は翔太の看病を続けた。

4日目、ようやく翔太の熱が下がり始めた。少しずつ食事を取れるようになり、次第に顔色も良くなっていく。5日目には、翔太はベッドから起き上がれるようにもなった。
「父さんはあなたが高熱で寝込んでるって連絡したんだけど、こんな時でも仕事なんてひどいわね。」
私は翔太の気持ちを汲み取り、わざと重夫を悪く言ったのだが、逆効果だったらしい。
「父さんは会社のために戦っているんだ。暇なパート社員のお前には分からない。」
翔太は重夫を否定されたと思ったのか、激しく反発を見せた。
「私だって暇じゃないわ。」
「父さんに比べたら暇だろ。無責任なパートで、父さんと対等に見てもらえると思ってるのか。」
翔太は私をパートしかできない無能だと嘲笑った。その言葉に、私は大きなショックを受けたのだ。

翔太は知らなかったことだが、これまで彼が通う私立中学や高校の学費も、大学の費用も、全て私が支払ってきた。パートの給与では賄いきれず、また正社員として働き始め、それに加えて早朝と夜間のアルバイトもしながら必死に支えてきたのだ。重夫が家に入れるお金だけでは生活費も十分に払えない。それでも翔太には十分な勉強をさせてやりたいと思い、難関と言われる税理士試験合格のため予備校にも通わせている。結婚前に貯めた貯金も切り崩しながら、翔太のために尽くしてきたというのに、随分な言いようだ。
「そう思うなら、早く自立しなさい。」
翔太に腹が立つが、私は気持ちを納め、冷静に彼に自立を促した。

やがて大学を卒業した翔太は税理士事務所に就職した。そこで働きながら、税理士試験に必要な実務経験を積んでいく。最初こそ慣れない仕事に戸惑いを見せていた彼も、経験を積むたびに自信を見せるようになった。そして24歳になった時、念願だった税理士試験に合格することができたのである。

ある日、翔太の試験合格を祝って、重夫と翔太の3人で高級寿司店を訪れた。息子の大きな一歩を盛大に祝ってやりたいと思っていたのだ。しかし、その席で私は衝撃的な言葉を聞かされたのである。
「これで俺も晴れて税理士の仲間入りだ。年収100万の女は俺の母親にふさわしくない。今日でお前を俺の親から卒業させてやる。」
翔太は私と絶縁するというのだ。
「そうだな。上流階級になる俺たちの足手まといにしかならんお前と、これ以上一緒にいる意味もない。明日中に出ていけ。」
重夫は私に記入済みの離婚届を突きつけてきたのである。
12年も必死に支えてきたっていうのに、随分な仕打ちね。私は怒りを通り越して呆れてしまった。
「元々翔太が望んだから、お前みたいな女と結婚したんだ。その翔太が不要だというなら、俺にとっても不要でしかない。」
最初から重夫は私を愛していたわけではなかった。単に翔太の面倒を見てくれる家政婦が欲しかっただけなのだ。そうとも知らず、献身的に2人を支えてきた自分が情けない。
「分かったら、さっさと荷物の準備でもしたらどうだ。」
翔太と重夫はニタニタと笑いながら私を見ている。
「本当にそれでいいのね。」
「いいに決まってる。お前みたいな女がいたら、恥ずかしくてしょうがないよ。」
翔太は完全に私を拒否した。
「分かったわ。」
私はその場で離婚届にサインし、店を後にしたのである。

翌日、翔太と重夫が出かけたのを確認した私は、全ての荷物を持ち出し家を出た。もう2度とこの家に帰ってくることはない。12年もの間支え続けてきた私だが、未練など1つもなかった。むしろ解放感に満ちていた。その足で役所に離婚届を提出し、私は姿をくらましたのである。

2人から解放された私は、清々しい気分で過ごしていた。下世話な言動に悩む必要もない。自分の時間を自由に使っても、誰にも邪魔されることもなく、それまでの生活が自分にとってどれほど重たい荷物だったのかを思い知らされる。翔太の将来が心配にならないわけではないが、大人になった彼であれば自分の力で乗り越えていくだろう。私の役目は終わった。私はやり切った満足感さえ感じていた。

数日後、私のスマホが鳴った。翔太だ。しかし、この日は重要な会議があり、電話に出られない。会議が終わり、スマホを開くと、翔太から100件を超える着信と無数のLINEメッセージが届いていた。メッセージはどれも「口座が使えない」「スーツがない」とパニックに陥っているようなものばかりで、「さっさと連絡をよこせ」と怒り狂っている様子が見受けられる。無理もない。翔太が中学に上がった頃から始めた彼のための貯金は、家を出た直後に全て引き出した。重夫と離婚する以上、私が翔太にお金を渡す必要はない。その上で、翔太が税理士として働くために必要な六法や最新の専門書の予約も、オーダースーツも、全てキャンセルしていたのである。

翔太が税理士として協会に登録するためには、事前に登録費用や入会金など総額30万を支払う必要があったが、翔太に支払う貯金はない。おそらく翔太に頼み込まれた重夫も、そんな金はないと突き放したのだろう。支払いができなければ、翔太が税理士として働くことはできない。しかし、翔太は試験に合格すれば即座に高収入を得られると勘違いしていたようだ。現実を知り、今更になって焦っているのだろう。そもそも私を不要だと追い出したのは自分たちであるというのに、身勝手なことを言ってくるものだ。私はメッセージを読みながら呆れ返っていった。これ以上関わりたくないと思った私は、「大企業の重役であるお父さんに相談しなさい。私はもう他人よ」と返信し、翔太の連絡先をブロックしたのである。

結局、翔太は税理士の登録費用も出せず、仕事道具も一食の食事さえも用意できなくなり、痩せ細り続け、ボロボロになったリクルートスーツで出勤しているらしい。それまで職場でも散々ふんぞり返っていた翔太は、冷たい視線にさらされているようだ。それでも翔太にとって、少しはいい勉強になったのではないかと、私は思っていた。

数ヶ月後、私の前に翔太が現れた。翔太は頬が痩せこけ、疲れきった顔をしている。よく見ると服は汚れており、風呂にも入っていないのか、髪の毛からは異臭が漂っていた。
「一体どうしたの?」
「頼む、助けてくれ。もう限界なんだ。」
翔太は私の顔を見るなり涙を浮かべて頭を下げてきた。実は、重夫が翔太に言い聞かせていた「大企業の重役」という話は全て嘘だったのである。重夫は私と結婚してすぐ、会社の大幅なリストラの対象になっていた。その時は解雇を免がれたものの、社内での傲慢な態度が問題となり、リストラ寸前の窓際部署に移動させられていた。当然、給与も減額され、仕事らしい仕事もさせてもらっていない。それからというもの、家にお金も入れなくなり、生活は私のパート代で賄われていた。しかし、プライドの高い重夫は、その虚栄心を満たすため、ギャンブルに溺れていったのである。重夫のギャンブル依存は次第にエスカレートしていき、離婚する時には多額の借金まで抱えていた。
「父さんが、あんな人間だったなんて知らなかったんだ。」
翔太はようやく父親の本性を知り、ひどく後悔しているという。私が出ていった後、重夫は生活のために翔太の給与を出せと迫ったらしいが、税理士登録ができなかった翔太は会社から解雇されてしまったそうだ。翔太はすぐにアルバイトを始めたそうだが、それでも生活はすぐに苦しくなっていった。
「あいつ、俺の給与で競艇に行ってたんだ。」
翔太が昼夜問わず必死に稼いだアルバイト代を、重夫は勝手に盗み出し、全てギャンブルに当てていたそうだ。
「冬美さんには、本当に申し訳ないことをしたって反省してる。すまなかった。」
翔太は大粒の涙を流しながら、私に許してくれと土下座した。

「あなたが大学生の時、高熱を出したことがあったでしょ。あの日、お父さんが何をしてたか知ってる?」
私の問いかけに、翔太は首をかしげた。実は、翔太が高熱を出したと連絡した時、重夫の後ろから女性の声が聞こえたのだ。仕事とは違う様子の雰囲気に不審感を持った私は、その後、知り合いの探偵に彼の調査を依頼した。その結果、不倫していたことが判明したのである。翔太が高熱で寝込んだ時も、重夫は愛人と一緒だった。仕事の接待だと言い、時折、酒の匂いに混じり香水の匂いをさせて帰ってきていた重夫だが、実のところは愛人の家に入り浸っていたのである。
「そんな、どうして早く行ってくれなかったんだ?」
「父親を尊敬し、税理士になる夢を追いかけている翔太に、余計な心配はかけたくない。そう思った私は、翔太に真実を知らせなかったのよ。」
「それじゃ、俺のために、これまでずっと我慢してたってことか。」
「私なりに、あなたのことを思ってたのよ。」
私の気持ちを知った翔太は、さらに涙を流した。
「本当にすまなかった。そうとも知らず、俺はなんてバカなことを。」
自分が大きな勘違いをしていたと、翔太は深い反省を見せている。
「お父さんは、今でも愛人と関係しているの?」
「そうみたいよ。重夫は、翔太が稼いだアルバイト代を全て出させているというのに、それが足りなくなると、もっと働けと迫ったそうね。」
翔太は生活のためだと思い、アルバイトを増やし、寝る間も惜しんで必死に働いてきたが、そのお金が重夫のギャンブルと愛人への貢ぎ物に消えていた事実を知り、愕然としている。
「それじゃ、いくら働いてもお金が足りないわけだ。」
翔太がどれだけ働いても、食事もできず、ガスや電気が止められることもしばしばあったらしい。
「あの人は、なんて言い訳してたの?」
「『付き合いには金がかかる』『社長になるまでの辛抱だ』って。」
重夫の言葉を信じてきた翔太は、思いもよらなかった事実に大きなショックを受けていた。
「俺は、どこまでバカだったんだ?」
翔太は、自分が理想の父親だと思っていた重夫が、自分よりも愛人を優先するクズだと分かり、激しい憤りを感じているようだ。
「俺のことを本当に考えてくれていたのは、冬美さんだった。それなのに、俺はあんなひどいことを言って。」
翔太は、血の繋がらない私が唯一の味方だったことにようやく気づいたようだ。
「許せない。ずっと俺を騙していたあいつが憎い。」
翔太は激しい後悔と共に、重夫への怒りを爆発させた。

「翔太が心から反省しているなら、私のところに来てもいいわ。」
私は翔太の謝罪を受け入れた。ただし、重夫への制裁はきちんとすること。
「懸命に働いたお金を取られてたのよ。このまま黙って泣き寝入りする必要はないわ。」
私は法的に重夫を追い詰めようと提案した。
「分かった。冬美さんの分も、僕が戦うよ。」
その日から、私は翔太と共に暮らし始めた。翔太はアルバイトを続けながら、家事も手伝ってくれる。それまでのように私に反発することもなく、素直に言うことを聞いてくれるところを見ると、本当に改心したらしい。

数日後、翔太のスマホに重夫から怒鳴りの電話がかかってきた。その内容はどれも「早く帰って来い」「俺をどうにかしろ」というものばかりだ。
「もう、うんざりだよ。」
「それじゃ、反撃しましょうか。」
私は翔太に法的制裁をするための方法を教えた。重夫が翔太のお金で生活していた事実を記録し、翔太の口座から無断で引き出した証拠を一つ一つ整理していく。そこに重夫の不倫していた証拠も合わせ、刑事告訴に踏み切った。それと同時に、重夫に対し損害賠償を求める民事訴訟も起こした。

やがて裁判が始まると、翔太はその様子をSNSで発信し、重夫の間違った行いを世間に明らかにした。重夫は「親として育ててやったのだから、翔太の稼ぎを無断で使ったことを正当化した。この様子に世間は黙っていなかった。
「息子のバイト代を使い込むなんて非道だ。」「人として最低。」と辛辣な意見が寄せられたのである。その結果、重夫は社会的信用を失った。重夫に対する批判の電話は、彼が務める会社にまで及び、事態を重く見た会社は重夫を懲戒解雇したのである。その後の判決では、社会的制裁を受けたとしつつも、非道徳的で身勝手な行動として、重夫には窃盗による罰金と、使い込んだ金銭の全額返済が命じられたのである。

多額の賠償金を支払うこととなった重夫は、その後、再就職を試みたが、どこの企業も採用されなかったそうだ。それでも賠償金の支払い期限も借金の返済も待ってはくれない。仕方なく日雇い労働をしながら、多額の支払いに追われているらしい。

重夫に勝利した翔太は、その後、また税理士として働きたいと意欲を見せている。その夢を実現させるため、重夫からの賠償金と自身のアルバイト代で貯金したお金で、税理士協会に登録を果たした。今では正式に税理士として働いている。
「一人暮らししようと思うんだ。」
すっかり自信を取り戻した翔太は、自立した生活を送りたいと思ったらしい。翔太が前向きに頑張っている姿を見ると、私も誇らしい気持ちになる。
「それじゃ、新居の費用や引っ越し代は出してあげるわ。」
こんなことを乗り越えて立派になった息子を応援したい。思い、私は経済的支援を申し出たのだが、翔太はそれを断った。
「自分の力で、誇れる男になりたいんだ。」
経済的な自立を果たした翔太は、輝いて見えた。その後の翔太は、人に誠実で、謙虚な姿勢を貫いている。私はというと、事務として働きながら公認会計士の試験に合格し、今では正式な会計士として働いている。長年勤めてきた実績が認められ、最近では役員として出世も果たし、次期社長として期待されながら、充実した毎日を送っている。
いつか翔太と共に個人事務所を開き、一緒に働ける日が来ることを夢見て、私も前進しているのである。

ある日、翔太が「紹介したい人がいる」と女性を連れてやってきた。翔太を優しくサポートしてくれそうな、素敵な女性だ。
「俺の母さんだ。」
その瞬間、私の目には涙が溢れた。翔太と私が、ようやく家族になれた気がしたのだ。
今日は翔太の結婚式。親族席に、母親として誇らしい気持ちで座っている。立派に成長した息子の背中は、誰よりも広く、大きく、頼もしい。これからも息子の将来を楽しみにしながら、光輝く未来を歩いていく。血の繋がらない私たちだが、誰よりも強く心が繋がった家族として、これからも前向きに生きていくのである。

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