「ねえ、ママ、バーバっていつなくなるの?」
隣の部屋から聞こえてきた孫の声に、私は手にしていた茶碗を落としそうになった。夕食の片付けを終え、台所で一息ついていた時だった。
私は柏木照子、69歳。5年前に夫を亡くしてから、息子家族と同居している。今日も朝5時に起きて家族の朝食を作り、掃除、洗濯、買い物と、1日に追われていた。
「そうね。早くいなくなってくれたら楽になるのにね」
嫁の絵里さんの声が続いた。私の胸に鋭い痛みが走る。
「うん。バーバがいなくなったら、お部屋広く使えるもんね」
10歳の孫、愛梨の無邪気な声。その言葉は私の心に深く突き刺さった。
私は震える手で流し台の縁を掴んだ。息子の平はどこにいるのだろう。きっとリビングでテレビを見ているのだろう。何も聞こえていないふりをして。
これまでどれだけこの家族のために尽くしてきたことか。息子の結婚時には貯金から500万円を援助し、孫が生まれてからは仕事を持つ嫁に代わって世話をしてきた。
でも私は気づいていなかった。この家族にとって、私はもういらない存在になっていたことに。
その夜、私は眠れなかった。孫の無邪気な残酷さと、嫁の冷たい言葉が頭から離れない。私は寝室の引き出しから古いアルバムを取り出した。12年前、平が結婚した時の写真だ。
あの時、私と夫は泣く泣く貯金から500万円を頭金として援助した。「母さん、本当にありがとう」と涙を流して喜んでいた息子の顔が、今でも忘れられない。
8年前、夫が病気で倒れた時、平は言った。「母さん、一緒に暮らそう。俺たちが面倒を見るから」と。
夫が亡くなった後、私は思い出の詰まったこの家で息子家族と暮らし始めたのだ。
でも、知っているだろうか。この家の名義は今でも私のままなのだ。土地も建物も全て私と夫が築いた財産。評価額は6000万円を超えている。
朝から晩まで、私は家事に追われてきた。絵里さんは「専業主婦は大変なの」と言いながら、実際の家事はほとんど私任せ。愛梨の送り迎えも習い事の付き添いも、全て「お母さんお願いします」で済まされてきた。
それでも私は家族のためだと思って頑張ってきた。でも、その家族にとって私はもう邪魔者でしかなかったのだ。
涙が頬を伝った。でも、その涙は悲しみだけではなかった。
翌朝も私はいつものように朝5時に起きた。家族が起きて来る前に朝食の準備を整えなければならない。台所で味噌汁を作っていると、6時半に絵里さんが降りてきた。
「おはようございます」
私が挨拶をしても返事はない。絵里さんは冷蔵庫を開けて眉を潜めた。
「お母さん、また買い物忘れてるじゃないですか。ヨーグルト、愛梨が毎朝食べるって言ってるでしょう」
「申し訳ありません。昨日は売り切れていて」
「言い訳はいいです。ちゃんとしてください」
絵里さんはため息をつきながらテーブルに着いた。私が出した朝食を一口食べると、また文句だ。
「味噌汁薄くないですか? 年を取ると味覚も鈍るんですね」
平が降りてきた。新聞を広げながら、私には目も合わせない。
「母さん、俺のワイシャツちゃんとアイロンかかってる?」
「はい。昨夜かけておきました」
「最近、皺が目立つんだよね。もっとしっかりやってよ」
愛梨も起きてきた。
「バーバ、お弁当まだ? 遅刻しちゃう」
「もうできていますよ」
私がお弁当を渡すと、愛梨は中身を確認して顔を顰めた。
「え、また卵焼き。飽きちゃった。ママのお弁当がいいな」
「愛梨ちゃん、ママは忙しいからバーバで我慢して」
愛梨は不機嫌な顔で席に着いた。
朝食が終わると、皆それぞれの準備で慌ただしくなる。その間も私への要求は続く。
「お母さん、愛梨の体操着がない」
「母さん、靴下どこ?」
「バーバ、宿題のプリント」
まるで便利な召使いのようだ。それでも「ありがとう」の一言もない。
8時を過ぎてようやく家族が出払うと、私は後片付けを始めた。食器を洗いながら手が止まる。流しの横に愛梨の連絡帳が置き忘れてあった。学校に届けなければと思い、ページを開くと、そこには作文が挟まれていた。
タイトルは『私の家族』。
「私の家族は3人です。優しいパパと綺麗なママと私です。パパは会社で頑張って働いています。ママは料理が上手でいつも美味しいご飯を作ってくれます」
私の名前はどこにもなかった。
胸が締めつけられた。毎日お弁当を作り、送り迎えをしている私は、愛梨にとって家族ではないのだ。
午後、愛梨を迎えに行った帰り道、公園で同級生の母親たちに会った。
「あら、愛梨ちゃん、今日もおばあちゃんと一緒なの?」
すると愛梨は恥ずかしそうに私から離れた。
「ママは用事があるから」
「愛梨ちゃんのママはいつも忙しいのね」
同級生の母親は意味ありげな笑みを浮かべた。愛梨はますます私から距離を取る。
「バーバ、先に帰ってて。友達と遊ぶから」
「でもママには帰るように言われてるよ」
「うるさいな。バーバは黙ってて」
愛梨は友達の方へ走っていった。私は一人、とぼとぼと家に帰った。
夕方、絵里さんの両親が訪ねてきた。途端に絵里さんの態度が変わる。
「お母さん、お茶をお願いします。あ、お父さんたちの好きな羊羹もあったでしょう」
普段は「そこ、邪魔。早くどいて」としか言わないのに、自分の両親の前では「お母さん」と丁寧に呼ぶ。
「照子さん、いつもお世話になっています」
絵里さんの母親が言った。
「いえいえ、家族ですから」
私が答えると、絵里さんがすかさず口を挟んだ。
「そうなんです。お母さんがいらっしゃるから、私も安心して愛梨の教育に専念できるんです」
教育に専念。昼間はテレビを見て友達とランチに行っているだけなのに。
その夜、夕食の準備をしていると、隣の部屋から絵里さんと平の会話が聞こえてきた。
「お母さん、最近もの忘れがひどくない?」
「そうだな。さっきも同じことを聞かれたよ」
「認知症の始まりかもしれないわね。施設とか、そろそろ考えた方がいいんじゃない?」
私は包丁を握る手に力が入った。物忘れなんてしていない。ただ、返事をしてもらえないから確認のためにもう一度聞いただけだ。
夕食時、私は黙って箸を動かした。
「バーバ、このハンバーグ硬い」
愛梨が文句を言う。
「母さん、味付け濃くない? 健康のこと考えてよ」
平も続く。
私は「すみません」と呟きながら、心の中で何かが崩れていくのを感じていた。
私はこの家の本当の主だ。でも、まるで使用人のような扱い。それどころか、もはや邪魔者で、いなくなることを願われている存在。
この状況がこれからもずっと続くのだろうか?
いいえ、もう我慢する必要はないのかもしれない。
数日後の朝、私は勇気を出して切り出した。
「実は来月で70歳になるんです」
朝食を食べていた絵里さんが箸を止めて顔を上げた。
「え、そんな年まで生きてるの?」
その言葉に私は息を飲んだ。まるで生きていることが悪いことのような言い方だ。
「あら、ごめんなさい。つい本音が。ええ、長生きは良いことですよね」
絵里さんは取り繕うように笑ったが、目は笑っていなかった。
平が新聞から目を上げた。
「70歳か。母さん、そろそろ施設とか考えた方がいいんじゃない?」
「施設ですか?」
「うん。最近はいい老人ホームも増えてるし、母さんも同年代の人たちと過ごした方が楽しいでしょう」
私は自分の息子の顔を見つめた。この子を産んで育てて大学まで行かせた。それなのに、70歳になったら施設に入れというのだ。
「でも私はまだ元気ですし、家のことも」
「母さん、無理しなくていいよ。俺たちのことは心配しないで」
愛梨も口を挟んだ。
「そうだよ、バーバ。老人ホームならお友達もできるよ」
10歳の孫に、まるで慰められているようだった。
その日の午後、私は愛梨の部屋に洗濯物を届けに行った。机の上に学校の宿題が広げてあった。また作文だ。今度のタイトルは『将来の夢』。
「私の将来の夢は、ママみたいな綺麗な女の人になることです。パパみたいな優しい人と結婚して幸せな家族を作りたいです。3人家族で楽しく暮らしたいです」
またしても「3人家族」。私の存在は愛梨の将来の夢にも入っていない。
ふと、机の引き出しが少し開いているのに気づいた。中を覗くと、私が愛梨の誕生日に送った手作りのポーチが無造作に押し込まれていた。
「バーバの手作りなんて恥ずかしい」と友達に言っているのを以前耳にしたことがある。
涙が溢れそうになった。
夕方、買い物から帰ると玄関に見慣れない靴があった。リビングを覗くと、平の上司らしき人が来ていた。
「あ、母です。母さん、部長だよ」
私は慌てて挨拶をした。
「初めまして。息子がお世話になっております」
部長は私を見て少し驚いたような顔をした。
「あ、お母様もご一緒にお住まいなんですね」
「え、まあ」
平が慌てたように言った。
「一時的にですよ。母も高齢なので、そろそろ施設を探しているところなんです」
一時的? もう5年も一緒に暮らしているのに。
絵里さんもお茶を注ぎながら続ける。
「そうなんです。手間になってきましたし、お母さんのためにも専門的なケアが受けられる場所の方が」
まるで私が要介護者のような言い方だ。毎日朝5時から家事をこなしている私が。
その夜、お風呂に入っていると脱衣所から絵里さんの声が聞こえてきた。電話で誰かと話しているようだ。
「そうなの? まだいるのよ。もう70歳だって言うからびっくりしちゃった。普通、空気読んで出ていくでしょう。え、図々しいわね。息子の家にいるんだから。あ、でもこの家、お母さんの名義なのよ。だから強く言えなくて」
私は湯舟の中で体が震えるのを感じた。図々しいって。私の家なのに。私が立てた家なのに。
風呂から上がって部屋に戻ると、平がノックをしてきた。
「母さん、ちょっと話があるんだけど」
「何でしょう?」
「実は愛梨の教育費のことなんだけど、私立中学を受験させようと思ってて、それでまとまったお金が必要なんだ。それで母さん、年金もあるでしょう。少し援助してもらえないかな。もちろん施設に入る時は俺たちが面倒見るから」
私は息子の顔を見つめた。援助しろと言いながら、施設に入ることが前提なのだ。
「考えさせてください」
「早めに頼むよ。受験の入塾金があるから」
平は部屋を出ていった。
私は一人、部屋で考えた。もう限界だった。家族として扱われず、金だけを要求され、邪魔物扱いされ、施設に入れられようとしている。
私は立ち上がり、タンスの奥から重要書類を取り出した。もう我慢する必要はない。
その夜、私は眠れなかった。タンスから取り出した重要書類を寝室の机に広げて、一つ一つ確認していった。
土地の権利書、建物の登記簿、固定資産税の納税証明書。全て柏木照子の名前が記されている。亡き夫と二人で必死に働いて建てたこの家。35年前、まだ平が5歳の頃だった。
「大きくなってもずっとこの家で一緒に暮らそうね」と言っていた息子は、今、私を追い出そうとしている。
通帳を開いた。年金と夫の生命保険金、そして質素な生活で貯めた預金を合わせて2000万円ほどある。これも全て私の名義だ。
翌朝、家族が出払った後、私は行動を開始した。
まず、不動産会社に電話をした。以前ポストに入っていたチラシの番号だ。
「もしもし。自宅の売却について相談したいのですが」
「はい、承ります。査定は無料ですので、一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。ただ、家族には内密に」
「承知いたしました。個人情報は厳守いたします」
以後、約束通り不動産会社の担当者が来た。若い女性だったが、とても親切で丁寧な方だった。
「柏木様、立地もいいですし、建物もしっかりしています。この辺りは人気のエリアですから、すぐに買い手はつくと思います」
「査定額はどのくらいになりますか?」
「概算ですが、6000万円から6500万円の間になると思います」
私の心臓が高鳴った。そんなに価値があるとは。
「売却を決めた場合、どのくらいの期間が必要ですか?」
「急ぎでしたら、1週間程度で手続きは完了します。実はこの近くで一戸建てを探している方がいらっしゃるんです。現金一括払いが可能な方で」
運命的なものを感じた。
「少し考えさせてください。ただ、前向きに検討します」
担当者が帰った後、私は次の準備に取りかかった。まず、銀行に行って新しい口座を開設した。家族に知られないよう、別の銀行だ。そこに少しずつお金を移していく計画だ。
次に引っ越し先を探した。インターネットは使えないが、駅前の不動産屋を回った。
「海の見える静かなマンションを探しています。1LDKくらいで」
3件目で理想的な物件が見つかった。湘南のオーシャンビューのマンション。家賃18万円。少し高いが、売却代金があれば購入も可能だ。
「仮予約はできますか?」
「はい。手付金をいただければ2週間お取り置きできます」
私は手付金を払った。初めて自分のためだけにお金を使った気がした。
夕方、家に戻ると愛梨が友達を連れてきていた。
「バーバ、お菓子」
「はい。今持ってきますね」
お菓子を出すと、愛梨の友達が小声で言った。
「愛梨ちゃんち、おばあちゃんと一緒なんだ」
「うん。でももうすぐいなくなるから」
「え、なんで?」
「ママが言ってた。そろそろ施設に入るって」
子供たちの会話を聞きながら、私は静かに微笑んだ。そう、もうすぐいなくなる。でも、あなたたちが思っているのとは違う形で。
その夜の夕食時、平がまた施設の話を持ち出した。
「母さん、こんなパンフレットもらってきたよ。良さそうな施設でしょう」
パンフレットには笑顔の高齢者たちの写真が載っていた。
「月額費用は15万円くらいかな。でも母さんの年金で大丈夫でしょう」
私の年金は月に10万円。施設費を払えば残りは5万円。それもきっと何かと理由をつけて取られるのだろう。
「それにこの家を売れば入居一時金も払えるし」
絵里さんが付け加えた。
やはり、この家が目的なのだ。この家は私と主人の思い出が詰まった大切な場所だ。
「でもお母さん、現実的に考えないと」
「少し考えさせてください」
私は静かに答えた。
考える必要などない。すでに決意は固まっている。
深夜、私は荷物をまとめ始めた。最小限の服と思い出の品だけ。アルバムを見ていると、平の小さい頃の写真が出てきた。
「ママ、大きくなったらママを守るからね」
あの頃の平はそう言ってくれた。でも、もういい。自分の身は自分で守る。
週末、平と絵里さんが結婚記念日だからと2泊の旅行に出かけることになった。愛梨は絵里さんの実家に預けるそうだ。
「お母さん、留守番お願いしますね」
「はい。行ってらっしゃい」
私は笑顔で見送った。これが最後のチャンスだ。
土曜日の朝、私は不動産会社に電話をした。
「売却を決めました。手続きをお願いします」
「承知いたしました。本日中に買主様と連絡を取り、来週には契約できるよういたします」
全ては動き出した。
土曜日の朝、玄関のチャイムが鳴った。引っ越し業者の方たちだ。
「柏木様、お約束の時間に参りました。お荷物はこちらでよろしいですか?」
「はい。お願いします」
私物だけなので、それほど多くない。作業員の方々は手際よく私の荷物を運び出していく。寝室のタンス、アルバム、亡き夫の写真、そして私の洋服類。この家に来てから買い揃えたものは全て置いていくことにした。
不動産会社の担当者も到着した。
「柏木様、買主様との契約書類、全て整いました。本日付けで所有権移転の仮契約、来週に本契約と代金決済となります」
「わかりました」
私は震える手で契約書にサインをした。35年間住んだ家とのお別れだ。
「鍵は月曜日にお渡しいただければ結構です。それまでは柏木様のご都合で」
「いいえ、今日お渡しします。私はもうこの家には戻りません」
鍵を二本作り、一本を不動産会社に預けた。もう一本はテーブルの上に置いていく。
荷物の搬出が終わり、ガランとしたリビングで私は最後の手紙を書いた。
「平へ。施設に入ることにしました。あなたたちの希望通りです。家は売却しました。これで広く使えますね。お元気で。母より」
短い手紙だ。でも、これ以上書くことはない。
日曜日の夜、平から電話があった。
「母さん、今どこ? 家に電話しても出ないから」
「少し出かけています」
「じゃあ、明日の朝には帰るから」
「はい」
それが息子との最後の会話だった。
月曜日の朝8時、私の新しいマンションに電話が鳴り響いた。
「お母さん、大変なんです! 家に知らない人たちが!」
絵里さんの絶叫の声だ。
「どういうことか分かりませんが、売却済みって看板が立ってるんです! それに業者らしい人たちがイエローハウスの下見だって!」
「あ、それは新しい持ち主の方でしょうね」
「は? 何を言ってるんですか?」
絵里さんの声がさらに高くなった。
「だって売却しましたから。土曜日に」
「売却? 勝手に何してるんですか?!」
「勝手に? 私の家を私が売って、何が勝手なのでしょう?」
「息子さんはいますか?」
電話が代わった。
「母さん、どういうことだよ」
「手紙を読みましたか?」
「読んだよ。でも、売却って。俺たちどこに住めばいいんだ?」
「あら、私には関係ありませんね」
「関係ないって。家族だろ」
私は静かに言った。
「家族。愛梨ちゃんの作文では3人家族となっていましたが。それはそうと、絵里さんも言っていましたよね。『いついなくなるの?』って。願いが叶って良かったじゃないですか」
平が絶句した。そこへ絵里さんが電話を奪い取ったようだ。
「お母さん、そんな意地悪なこと。私たちが悪かったです。謝りますから」
「謝る? 何を謝るんですか? その言い方がきつかったとか?」
「でも本心じゃないんです」
「本心じゃない? あの時の冷たい声は今でも耳に残っています」
「お母さん、お金だけでも援助してください。アパートを借りるにも」
「あら、愛梨ちゃんの教育費の援助を頼まれましたよね。でも、施設に入る人間にはお金はありませんよ」
「施設なんて本気じゃありません。一緒に暮らしましょう」
今更、何を言っているのだろう? もう契約も済んだ。6000万円で売れた。そのお金で私は新しい生活を始める。
「6000万円」
絵里さんの声が震えた。
「そのお金、私たちにも権利が。権利って」
「どんな権利ですか? だって家族なんだから? 私は思わず笑ってしまった。私を家族扱いしていなかったのはどちらですか? 朝5時から働いても感謝一つなし。挙げ句の果てに『荷物』『邪魔者』『いつなくなるの?』。そんな扱いをしておいて、今更家族ですか?」
沈黙が流れた。
「それに、私はもう70歳。絵里さんが言った通り、そんな年まで生きてるんです。だから残りの人生は自分のために使います」
平の声が聞こえた。
「母さん、住所だけでも教えてよ。話し合おう」
「話し合うことはありません。それに、もう息子でもないでしょう。上司の前で『一時的に同居している』と言っていましたね。あれは何だったんですか?」
「あれは……その場の」
「もう全て終わったことです」
愛梨の声も聞こえてきた。
「バーバ、会いたいよ」
今更、猫撫で声を出しても遅い。
「愛梨ちゃんは3人家族で仲良くね。私は家族じゃないから」
「バーバ、ごめんなさい」
「さようなら」
私は電話を切った。すぐにまた鳴ったが、出なかった。着信履歴を見ると50回以上かかってきている。留守電メッセージもいっぱいだ。
「母さん、頼むから連絡してくれ」
「お母さん、私が悪かったです」
「バーバ、会いたい」
でも、もう遅いのだ。
昼過ぎ、不動産会社から連絡があった。
「柏木様、代金6000万円を指定口座にお振込完了しました」
「ありがとうございます」
夕方のニュース番組を見ながら、私は新しい部屋でお茶を飲んでいた。窓からは美しい海が見える。
これが私の城だ。誰にも邪魔されない。私だけの場所。
夜、平からメールが来た。
「母さん、俺たちは路頭に迷っています。せめて生活費だけでも援助してください。母さんだって俺たちを見捨てられないでしょう」
見捨てる? あなたたちが先に私を見捨てたのだ。私は返信した。
「新しい生活頑張ってください。他人からの援助は期待しない方がいいですよ」
「他人?」
そう、もう他人なのだ。
電話の電源を切り、私は静かに微笑んだ。明日から陶芸教室に通う予定だ。新しい友達もできるだろう。70歳からの本当の人生の始まりだ。
新しいマンションでの生活が始まって3ヶ月が経った。毎朝波の音で目を覚ます幸せ。もう朝5時に起きる必要はない。目覚まし時計も捨てた。自然に目が覚めた時に起きて、ゆっくりとコーヒーを入れる。これが今の私の朝のルーティンだ。
海の見えるバルコニーで朝食を取りながら、私はよく考える。あの家で過ごした5年間は何だったのだろうと。でも、後悔はない。むしろあの経験があったからこそ、今の自由の価値が分かるのだ。
週に3回通っている陶芸教室で、新しい友人ができた。先日、偶然にも平家族の現状を知ることになった。陶芸教室の友人が同じ地域に住んでいたのだ。
「あの家、大変みたいよ。毎月の家賃15万円のアパート暮らしで、奥さんがパートを始めたって。えりさんがパートよ。あんなにプライドの高かったえりさんが。お嬢さんも私立小学校の受験を断念したって。あれだけ教育熱心だったのに。それにご主人の会社での評判も。親を施設に入れるって言いながら家を失ったって話が広まって。親不孝者って陰で言われているらしいの」
因果応報とはこのことだろうか? でも、私は彼らの不幸を喜んでいるわけではない。ただ、自分の選択が間違っていなかったと確信しただけだ。
昨日、弁護士から連絡があった。平が家の売却について、「母親の判断能力に問題があった」として取消しを求めようとしているというのだ。
「ご心配なく。柏木様の判断能力に問題がないことは明白です。でも、もし裁判になったとしても負けません。売却は完全に合法です。それに買主様も困りますからね」
弁護士の言葉通り、その後平からの法的な動きはなかった。代わりに懇願のメールが来るようになった。
「母さん、愛梨が毎日泣いています。絵里も反省しています。やり直せませんか? せめて会って話だけでも」
でも、私の答えはいつも同じだ。
「もう他人ですから」
ある日、スーパーで買い物をしていると後ろから声をかけられた。
「照子さん」
振り向くと、昔の同僚だった。
「まあ、久しぶり。元気そうね」
「今が一番元気かもしれません」
「息子さんと同居してるんでしょう?」
「いいえ。一人暮らしです。海の見えるマンションで」
同僚は驚いた顔をした。
「まあ、てっきり。でも一人暮らしって寂しくない?」
私は微笑んだ。
「寂しい? とんでもない。今が人生で一番充実していますよ」
それは本心だった。毎日自分のペースで生活できる。食事も好きな時に好きなものを食べる。テレビも見たい番組を見る。誰にも文句を言われない。
「実はね」
同僚が声を潜めた。
「私も嫁とうまくいってなくて」
「あら、大変ね」
「照子さんはどうやってその独立したの?」
私は正直に話した。家を売却したこと、6000万円を手にしたこと。そして今の生活のこと。
同僚の目が輝いた。
「勇気をもらったわ。私も考えてみる」
最近、こんな相談を受けることが増えた。同じような境遇の女性たちが私の話を聞きたがるのだ。
先週は陶芸教室の発表会があった。私の作品がなんと金賞を受賞した。
「照子さん、才能あるわね。70歳から始めたとは思えない」
褒められて素直に嬉しかった。あの家にいた時は、褒められることなんて一度もなかった。
発表会の写真を私は額に入れて飾った。笑顔の私が映っている。こんなに心から笑ったのは何年ぶりだろうか。
そんな充実した日々の中、一通の手紙が届いた。愛梨からだった。たどたどしい字で書かれている。
「バーバへ。ごめんなさい。私が悪かったです。バーバは家族です。また会いたいです。結婚式の時も来てください。大好きです。愛梨より」
結婚式の時。10歳の子がそんな先のことまで考えて。でも、私の心は動かなかった。今更いい子を演じても遅いのだ。
手紙は大切にしまっておくことにした。いつか愛梨が大人になった時、もしかしたら違う形で会えるかもしれない。でも、それは彼女が一人の大人として私に向き合える時だ。
夕方、海辺を散歩していると老夫婦が仲良く歩いているのを見かけた。亡き夫とこんな風に年を重ねたかった。でも、それは叶わなかった。
「あなた、見ていますか? 私、強くなりましたよ」
海に向かって呟いた。夫ならきっと「よく頑張った」と言ってくれるだろう。
家に帰ると、また着信履歴が残っていた。平からだ。もう数も数えていない。
明日は新しく始める英会話教室の初日だ。70歳からの英会話。遅すぎるなんてことはない。来年は海外旅行にも行きたいと思っている。一人で自由に行きたい場所へ。
夜、日記を書いた。
「今日もいい一日だった。明日はもっといい日になるだろう」
これが今の私の口癖だ。
息子たちのことを思い出すこともある。でも、それは後悔ではない。ただ、こうなる前にもっと早く決断していれば良かったという思いだ。
我慢は美徳ではない。特に、自分の尊厳が踏みにじられる時は。
私の選択は間違っていなかった。6000万円という退職金を手にし、自由を得た。でも、本当に手に入れたのはお金ではない。自分を大切にする権利、幸せになる権利、人生を楽しむ権利。これらは誰にでもあるものだ。年齢に関係なく。
明日、陶芸教室で新しい作品に挑戦する。タイトルは決めている。
「自由」
それは70歳で手に入れた、最高の宝物の名前だ。



