「お母さん、お父さん、出ていってください。ここは私たちの家です」
そう言ったとき、義父の顔は真っ赤に染まり、義母はヒステリックに叫んだ。この日が来るまで、私は自分がこんなに強く出られる人間だとは思っていなかった。
1年前、義両親が突然、大量の家具や家電とともに我が家に押しかけてきた。義父が経営していた会社が倒産したのだ。負債は5000万円。タワーマンションを売却し、副社長だった義兄夫婦のマンションも売った。行き場を失った義両親が、私たち夫婦の家に住まわせてほしいと言ってきたのだ。
私たちは駅から徒歩圏内の一軒家に住んでいた。元々は私の父が建てた家で、父が病気で亡くなり、母が田舎の実家に戻る際に私たち夫婦が住むことになったものだ。
義両親にはそれまでよくしてもらっていた。結婚式の費用を援助してくれたり、会社に届いたお中元やお歳暮を回してくれたり、海外旅行のお土産に高級ブランドのアクセサリーを買ってきてくれたり。ここで見捨てるなんて、恩を仇で返すようなものだ。私はすぐに了承しようと思った。
しかし夫のミノルが強く反対した。
「同居はやめたほうがいい。俺がなんとか2人のアパート代は払うから」
「自分の親を悪く言いたくないけど、あの人たちの常識はまともじゃないんだ。きっと裕子を傷つけるよ」
その言葉の意味はよくわからなかったが、不安にはなった。しかし返事を保留しているうちに、義両親は家具道具一式とともに我が家に乗り込んできてしまった。
ミノルの言葉が正しかったと気づくのに、1ヶ月もかからなかった。
まず、義両親はタワーマンション暮らしだったせいで荷物が半端じゃなかった。家具、家電、服、趣味のグッズ。それらを全部持ち込んで、2階を占領した。しかもどれも高級品ばかりで、2階の物置部屋には高品質な空調を入れろと要求してきた。
次に私の作る料理。いや、食材からケチをつけられた。
「え、スーパーのプライベートブランドの牛乳?そんなのお腹壊しそうだわ。我が家ではね、いつもデパートで買ってたのよ」
「あら、やだ。骨付きが貼ってあるなんて買って。しかも輸入肉じゃないの。私たちは高級和牛しか食べないからね」
義母の言う通りにしていたら、我が家の食費は2倍、いや3倍になってしまう。しかしあまりにうるさいので、仕方なく私は夫と節約レシピ、義両親には高級食材と、2種類の料理を作らなければならなくなった。
夫は義両親を叱ってくれる。
「あいつらの要求なんか飲む必要ないから」
だが義両親は、夫がいない昼間に、
「ああ、わしらは上にしまうのかな」
と嘆いてみたり、ご近所に、
「うちの嫁は私たちにまずいものしか食べさせてくれないんですよ」
と吹聴する。そうなると、もう無視もできない。一度、自分たちの料理は自分たちで作ることにしませんかと提案してみたが、
「あら、うちはセフさんが作ってくれたのよ。料理なんてそんな下賤なことはねえ」
下賤? 料理することが? しょっちゅう有名なシェフがいる高級レストランに客として行ってた義母が、よくもそんなことが言えたものだ。
1番の問題は、義母の浪費癖だった。海外ブランドの下着や服ばかりを買いたがり、1枚1万5000円もするショーツを買ってくれと平然と言った。
「あの、お母さん、もうそのお年だと人様に見せることもないでしょうし」
と思わず言ってしまったら、義母は目の色を変えて怒鳴った。
「なんていやらしいことを考える嫁なの? 高級なランジェリーはセレブのステータスなのよ」
もうあなたたちはセレブじゃないんですってば。正直なところ、この人たちに1番似合う言葉は「成り金」だろう。貧しい時代から努力して成功を掴んだことは素晴らしい。しかし、だからといって得た財産や地位を見せびらかしたり、全てを手放した後でもマウントを取ろうとするのは、本物の余裕ある人間のすることではない。
それからも義両親は次々に無理難題を押し付けてきた。
「極上寿司頼んだから、支払よろしくね。あなたたち2人の分は取ってないから安いものよ」
と言って、2人前2万円の寿司を私に払わせた。ミノルが大好きなビールをやむなく発泡酒に変えたら、
「発泡酒だと? そんなまずい酒、貧乏人が飲むもんだ」
と自分たちは値引きもしない近くの酒店に配達してもらったビールをがぶ飲みする。いくらお金があっても足りない。
しかも、まだ義両親には話していなかったが、ミノルは同僚と会社を作ろうとしており、その準備で結婚してからコツコツ貯めてきた貯金はほとんどゼロだった。私のパート代だけでは義両親と私たち夫婦の生活費までは賄えない。私の独身時代の貯金を切り崩す毎日だった。
しかしその貯金も尽きてきた。私は覚悟を決め、安価な豆腐やもやしなどの野菜で作った夕食を出し、訴えた。
「もうこれで限界なんです。お父さん、お母さん、働いて少しでもお金を入れてください」
すると義父はいきなり、
「こんなもの食えるか!」
と料理を投げ捨て、ミノルに向かって絶叫した。
「この嫁は年寄りのわしらをこき使おうっていうのか。極悪道で出来損ないの嫁はいらん。実る金持ちの新しい嫁を探せ!」
私とミノルは思わず怒鳴り返した。
「出ていってください。ここは私たちの家です」
「裕子のどこが極悪道で出来損ないだよ。出来損ないはあんたたちだろう。出ていけ!」
しかし2人はまったく聞く耳を持たず、
「こんな嫁に丸め込まれちゃって。嫁のものは私たちのものでしょ」
と捨てゼリフを残し、さっさと2階に逃亡した。
でも、これ以上甘い顔をしているわけにはいかない。私は田舎の母に相談することにした。
すると母は、明快な策を考えてくれたのだ。私は夫に母の計画を話し、義両親に2泊3日の温泉ツアーを予約した。
「お母さん、お父さん、出すぎたことを言ってすみませんでした。反省しています。お詫びに高級な温泉旅館を2泊取ったんですが、いかがですか?」
と誘いをかけると、義両親は目の色を変えて飛びついてきた。計画通りだ。
そして旅行から帰宅した義両親は、占領していた2階の部屋に入ると、叫び声をあげた。
「な、何なのよこれ! 私たちのものが全部なくなってるじゃないの! 一体誰の荷物が置いてあるんだ?」
義両親が見たのは、自分たちが見たこともない家具や家電、服ばかり。悲鳴をあげる彼らの後ろから、私はにっこり笑って説明した。
「私の母のです。今日から2階に住むことになりましたので。お母さん、お父さんの荷物はもうこの家にはありません」
私の母は父が亡くなってから田舎の実家に帰っていた。あの時、私は母に電話で事情を説明し、1ヶ月程度でいいから我が家に泊まってくれないかと頼んだ。母は曲がったことが大嫌いな性格だから、母が義両親にビシッと言えば、あの義両親でも少しは大人しくなるだろうと思ったのだ。
すると母は、
「田舎暮らしも飽きちゃったし、そっちに戻りたいなって思ってたの。この際だからミノルさんがいいって言ってくれたら、またそこに住もうかしら」
と言い出した。私は本当に嬉しかった。でも、
「2階は2人が占領しちゃってるの。申し訳ないけど、お母さんが寝るのは1階の日が当たらない和室になっちゃうかも」
と伝えたら、母は笑いながら言った。
「大丈夫よ。初日から2階に済ませてもらうから」
そして義両親を追い出す方法を教えてくれたのだ。その方法とは、強制退去。母が引っ越してくる日に合わせて義両親を旅行に行かせ、業者に頼んで彼らの荷物を2階から外に持ち出してもらう。そしてその後、母の荷物を全部2階に上げたというわけだ。
「何勝手なことしてんのよ。ここは私たちの部屋よ!」
「そうだ。不法侵入で訴えてやる!」
わめき散らす義両親に、母は静かに答えた。
「何か勘違いされているようですね。この家は私の名義で、私が住んでいいと許可したのは娘の裕子と旦那さんのミノルさんだけです。不法侵入はそちらですよ」
そう。父の遺言で、この家は私ではなく母の名義になっているのだ。それを知った義両親は真っ青になった。
「そ、そんな…… だって裕子さんが住んでいいって言ったのよ」
義母が必死に訴えたが、母はまったく動じなかった。
「そんなこと一言も言ってません。あなた方が勝手に上がり込んでったんでしょ」
「じゃあなんで私たちはここに住んでるのよ。追い出さないってことは、住んでいいってことでしょうが」
「私は娘の裕子と賃貸契約をしています。その場合、借りている裕子がいいと言ったとしても、大家である私の許可がない限り、あなた方には住む権利がないんですよ」
しっかり者の母は、私たち夫婦にここを貸す時、親子でもけじめはつけるべきだと賃貸契約書にサインさせていたのだ。
「ミノルさんのご両親が毎月の家賃のうち1万でもご自分たちの財布から出していたというなら、私も考えますが…… でも実際は家賃どころか生活費も一切払っていらっしゃらなかったそうですね。そう。それは会社が倒産して借金がかさんだ。それはそちら様とご長男のマンションを売却して返済したと聞いておりますよ。年金も頂いているでしょうに、1円も払わないとはどういうことですか?」
母がリズムよく義両親を追及すると、2人は顔面蒼白となり下を向いた。私はそんな義両親を見下ろしながら、最終宣告してあげた。
「お2人のお荷物は、駅近くのマンションに運び込んでおきました。荷物が多かったんで広い部屋が必要で、1ヶ月20万しましたけど…… 1ヶ月分と荷物の移動費は私が持ちます。それ以上は一切関わるつもりはありません」
すると義両親は今度は息子であるミノルにすがりついてきた。
「ミノル、あんたは私たちを見捨てないわよね。これまでいくらお前にかけたと思ってるの。恩返ししろ!」
するとミノルはわざと辛そうな表情を作った。
「できればそうしたいんだけどさ、俺、会社辞めたんだよね。貯金も全部使っちゃったから、2人を助ける余裕なんかないんだ」
確かにミノルには実の親を助ける義務がある。しかしそれは金銭的に余裕があれば、ということになっている。ない袖は振れないのだ。
これを聞いた義両親は完全に呆然自失。目が焦点を失っていた。しかししばらくすると義母が、元副社長だった長男夫婦のことを思い出したようだ。そちらに住まわせてほしいと電話で泣きながら懇願したんだが、速攻で拒絶されていた。
後で聞いた話によると、義父の会社が傾いたのは取引先が海外メーカーを優先したせいもあるが、それ以上に義両親が投資に手を出したり、贅沢品を買い漁ったりと、会社のお金を私物化していたかららしい。
結局、夫が呼んだタクシーで、義両親は泣く泣くマンションに向かった。その後、義両親は家具や家電、義母の服や宝石類などを売り払い、なんとか小さなアパートに引っ越したようだ。
それ以降、ミノルに時々お金の無心をしてきたが、ミノルは、
「年金で質素に暮らしてれば、なんとかなるはずだろ」
と一蹴。
「なんか借金返済で全部飛んじゃうわよ!」
という義母の叫び声が電話口から聞こえていたけれど、どうやらこの借金というのはアパートに引っ越してからも抜けない浪費癖によるものらしい。もう救いようがない。
あれから2年。ミノルが同僚と立ち上げた事業は、ようやく軌道に乗り始めたようだ。私もかつて習ったパソコンの早打ちで、ささやかながら夫の仕事を手伝い、母の料理を楽しみにしながら、毎日を平和に過ごしている。



