「有給を全部使っていいから、明日から来なくていい。お前はもう首だ」 59歳、定年まであと1年。長年支えてきた会社で、若い二代目社長が笑いながらそう宣告してきた。それだけなら我慢できたかもしれない。だが、彼は気づいていなかった——この会社が本当は誰の力で回っているのか、そして、私が黙って去る人間ではないことを。…

「有給を全部使っていいから、明日から来なくていい。お前はもう首だ」 59歳、定年まであと1年。長年支えてきた会社で、若い二代目社長が笑いながらそう宣告してきた。それだけなら我慢できたかもしれない。だが、彼は気づいていなかった——この会社が本当は誰の力で回っているのか、そして、私が黙って去る人間ではないことを。...

「有給を全部使っていいから、明日から来なくていい。お前はもう首だ」

そう言われた瞬間、頭が真っ白になった。定年まではまだ一年あるというのに、二代目社長になったばかりの若造が、笑いながら俺に宣告したのだ。

俺の名前は近藤哲。五十九歳。ホストクラブを経営する会社で管理職として長年働いてきた。初代社長の溝口とは子ども頃からの付き合いで、友人のような関係だった。彼から「管理職になってくれ」と頼まれ、責任を持ってやってきたつもりだ。

溝口が会長に退き、息子のレンジが二代目社長に就任した。事務出身の彼は、経営については何も分かっていなかった。溝口会長がいる間は腰が低く丁寧だったのに、会長がいなくなると態度が一変した。横柄になり、周りを見下すようになったのだ。

ある日、キャバクラのママとの経営方針の打ち合わせがあった。レンジ社長は「そんなもの今まで通りでいいだろ」と投げやりに言う。

「社長、毎年季節に応じて企画を変えています。昨年と同じでは通用しません」

「だからって、なんで俺が考えないといけないんだよ」

「今までは溝口会長がお考えになってくださいました。ですが、今はあなたが社長です」

そう言うと、レンジ社長は「めんどくせえ」と舌打ちした。ママにも聞こえていたようで、気まずそうに肩をすくめられた。その場では何とか収めたが、腹の中では怒りが渦巻いていた。

そんな日々が続くうち、レンジ社長は会社の金を使って遊ぶようになった。キャバクラに入れ込み、社長という立場を利用して好き放題していた。俺は必死に目を光らせていたが、奴は俺が管理するホストクラブにまで顔を出してきて、ホストたちに突然指示を出し始めた。

「よく聞け。これからはもっともっと売上を上げるんだ。いいな」

ナンバーワンホストのはるきが反論すると、レンジ社長は「綺麗な顔しかないくせに。誰のおかげで働けていると思っているんだ」と怒鳴った。俺は二人の間に入って仲裁した。

「この店の売上は俺が管理しています。はるきたちに責任はありません」

「だったら、お前がもっと店の宣伝をして売上に貢献しろ」

「分かりました。検討しましょう」

高笑いしながら店を出ていくレンジ社長に、俺は拳を握りしめた。

はるきは新人の頃から俺が面倒を見てきた男だ。彼は他のホストたちを集め、「哲さんのために今日から今以上に頑張るぞ」と声を掛けてくれた。その姿に、俺は涙が出そうになるのを必死に耐えた。

数日後、事務所で女性事務員のゆい子が嬉しそうに言った。

「近藤さん、すごいですよ。うちの店のSNS、バズってますよ」

俺が必死に作った宣伝が功を奏したようで、売上はどんどん伸びていた。ゆい子は自分のことのように喜んでくれた。しかし、俺が褒められているのが面白くないのか、レンジ社長は横から睨んでいた。

ゆい子が「近藤さん、有休も全然使えてないでしょ」と言い出したのをきっかけに、レンジ社長が口を挟んできた。

「何?有給が使えてないのか?だったら、有給を全部使えるようにしてやる」

「は?」

「だから、有給を全部使っていいから、明日から来なくていい。この後も来なくていい。そのまま、お前は首だ」

「何を言っているんですか?社長」

「どのみち来年には定年で退職するだろう。それが少し早まっただけと思えばいいさ」

レンジ社長はいいことを思いついたと言わんばかりに高笑いした。俺もゆい子も驚きの声を上げたが、奴は聞く耳を持たない。

「店の売上は黙っていても上がる。今度はお前はもう必要ない」

「社長、それは不当解雇ですよ」とゆい子が怒りを抑えつつ言い返してくれたが、レンジ社長は「もう決めた」と言って話を聞こうとしなかった。

俺は冷静さを保ちながら確認を取った。

「分かりました。退職金はちゃんと出してもらえるんですよね?」

「ああ、もちろんだ。それはちゃんと払ってやるよ」

「では受け入れます。最後に挨拶回りをして帰りますね。今までありがとうございました」

その場を離れ、世話になった店舗に挨拶を済ませて家に帰った。退職金ももらえることだし、これからのことを考えようと決めた。

翌日、家でゆっくりしているとスマホが鳴った。レンジ社長からの電話だ。

「もしもし、どうされましたか?」

「こ、今度、今すぐ戻ってこい!」

焦ったような声に、俺は首を傾げた。昨日、自分が首を宣告した相手に対して、今さら何を言っているのだろう。

「何を言ってるんですか?俺は昨日、社長から首だと言われたので、家でのんびりしているんですけど」

「頼む、戻ってきてくれ。お前の管理している店のホストたちが、自主退職を申し出ているんだ。今、全員が事務所に来てる。すぐ対応しろ!」

レンジ社長のために動きたくはなかったが、はるきたちには改めて挨拶をしたいと思っていた。俺は事務所へ向かうことにした。

急ぎ事務所に入ると、レンジ社長はホストたちに囲まれて、真ん中で小さくなっていた。元々裏社会の厳しさを経験してきた者もいて、彼らの迫力は凄まじい。彼らを抑えられるのは俺だけだと思い、奴は俺に電話してきたのだろう。

「おい、お前ら、その辺にしとけ」

「でも、だからって哲さんを首にするなんて。この社長のやり方には納得できませんよ」

「まあ、そう言うな。だが、俺のために怒ってくれてありがとうな」

俺がそう言うと、はるきたちは少し落ち着きを取り戻した。それでも、まだ社長に掴みかかろうとする者もいたが、俺が視線を向けると仕方なく肩をすくめた。

「いや、今度は助かったよ。それから、こいつらを説得してくれ」

レンジ社長は自分の身が安全になったと分かると、ヘラヘラしながら近づいてきてそう言った。その言葉を聞いた瞬間、俺の中で今まで溜め込んでいた感情が弾けた。

その時、事務所の騒ぎを聞きつけたのか、溝口会長が現れた。

「一体何の騒ぎだ」

俺は今まで我慢してきたものを吐き出すように叫んだ。

「調子に乗るなよ、ガキ社長。お前が黙っていても上がると言った売上は、はるきたちのおかげで成り立ってたんだよ。何も分かってないガキ社長にとやかく言われる筋合いはないんだよ!」

「な、今、俺のことをガキって言ったのか?おい、親父!近藤のやつが社長の俺にひどいことを言ってきたぞ!」

「ガキにガキと言って何が悪い?経営の字も知らないようなガキが、知った風な口を聞くな!」

溝口会長は俺と長年の付き合いがあり、俺がこれほど怒り狂うのはよほどのことがあったのだろうと察したようだった。

「わしの息子が迷惑かけたようだな。本当に申し訳ない」

「大丈夫だ。どうせ俺は首になったからな」

「なんだと?だからあんなに怒っていたのか」

「ああ、あまりにも言動と行動がひどかったからな。悪いが、俺はもうこのガキ社長とは仕事はできん」

俺はそう言って溝口会長に頭を下げた。

溝口会長は息子に怒鳴りつけた。

「お前が静かしたことだ。きっちりと自分の言ったことの責任を取るんだな。わしもお前のことは一切助けてやらんから。自分の力で立て直してみろ」

その場は解散となった。すると、レンジ社長は会長がいなくなった途端にゆい子に泣きついた。

「ゆい子さん、どうしよう。俺、どうしたらいいかな?」

しかし、ゆい子は冷たく言い放った。

「やめろ。気持ち悪い」

それはとても女性とは思えない、低くて男性のような声だった。レンジ社長は状況が飲み込めず茫然としている。実は、スタッフ全員が知っていたことだったが、ゆい子は元男性だったのだ。それを知らなかったレンジ社長は、口を魚のようにパクパクさせていた。

「社長、あんたのセクハラにはうんざりしてるんだ。訴えないだけましだと思え」

ゆい子はそう言い放つと、退職届を出して去っていった。残されたレンジ社長は、ついに一人で泣き崩れてしまった。それを見ている誰も、彼に手を差し伸べようとはしなかった。

その後、俺が仕事を辞めたことが影響し、はるきたちも次々と店を辞めていった。レンジ社長は他の店舗にホストの応援を頼んだらしいが、ほとんど誰も彼のために動こうとはしなかった。

俺に管理されていた店のSNSには、ホストの格好で必死に店を再起させようとするレンジ社長の姿が投稿されていた。しかし、その努力もむなしく、数ヶ月後、店は閉店となった。

溝口会長から改めて謝罪の連絡が来た。俺は会長には全く怒りがないことを伝え、レンジ社長には少しはこの世界の厳しさが分かったのではないかと話した。会長はそれに納得し、これからはレンジを一から経営とは何かを教え直すそうだ。

俺は、首になったことで受け取った退職金を元手に、新しいホストクラブをオープンさせた。そして、オープンと同時にはるきたちとゆい子を迎え入れた。

かつての仲間たちと一緒に、新しく店を盛り上げていく。俺は第2の人生を歩もうと誓った。

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