お盆の朝、父の墓参りに行った帰り道、隣の墓に小さな子供たちがいた。ふと男の子の顔を見た瞬間、息が止まった。20年前の自分の顔が、そこにあった。私は12年間、この子たちの存在を知らなかった。そして、その日から全てが変わった。娘は病に倒れ、私は自分の命をかける決断をした。「どうして今頃現れるんだよ」と涙を流す息子に、私は何と答えたらいいのか分からなかった。この子たちの母親は、私を探しながら死んだ…

お盆の朝、父の墓参りに行った帰り道、隣の墓に小さな子供たちがいた。ふと男の子の顔を見た瞬間、息が止まった。20年前の自分の顔が、そこにあった。私は12年間、この子たちの存在を知らなかった。そして、その日から全てが変わった。娘は病に倒れ、私は自分の命をかける決断をした。「どうして今頃現れるんだよ」と涙を流す息子に、私は何と答えたらいいのか分からなかった。この子たちの母親は、私を探しながら死んだ...

隣の墓から聞こえた小さな泣き声に、私は顔を向けた。12歳くらいに見える双子の兄弟が、白い菊の花を備えていた。女の子が弟をしっかりと抱きしめている。その男の子の顔を見た瞬間、私は息を止めた。幼い頃の私の顔が、そっくりそのままそこにあった。

午前5時半。東京のペントハウスで目が覚めた。黒いスーツを身につけ、鏡の前に立つ。グランド東京ホテルチェーン会長。1000億円台の資産を持つ男。しかしその瞳は空っぽだった。

車で1時間。埼玉県の共同墓地に着いた。100段の階段を登り、父の墓前に膝まづく。父・田中哲夫は13年前、交通事故で亡くなった。最後の言葉は「すまない。借金まで残してしまって」だった。10億円。29歳の私には到底抱えきれない金額だった。

父の墓から数歩離れたところに小さな墓があった。雑草が生い茂り、手入れもされていない。その前に2人の子供が座っていた。男の子の顔を見た瞬間、心臓が止まる思いだった。鋭い眉。すっと通った鼻筋。鏡の中で数えきれないほど見てきた顔。私の顔だった。

墓石を見た。高橋空――。20年前に大学の美術館の前で初めて会った女性。私が世界で唯一愛した人。膝から力が抜けた。

20年前のことが蘇る。父の事業が傾き、アルバイトを3つ掛け持ちしていた私。美術大学の1年生だった空が、スケッチブックを持って明るく笑っていた。「あの、モデルになってくれませんか?」それが始まりだった。7年間付き合い、結婚を約束した。

しかし13年前、全てが崩れ落ちた。父の交通事故。10億円の借金。空の父親は「我々が全部返してやる。うちの娘と結婚さえしてくれれば」と言った。しかし私は断った。「自分の力で返します」。プライドだった。傲慢だった。

MITの博士課程の全額奨学金を受け取り、アメリカへ渡ることにした。成田空港で、空は泣いていた。「行かないで。お願い」と腕にすがりついた。私は冷たく言った。「また連絡する」。借金を返して成功したら戻ってくる。それまで待たないでくれ。空の顔は青ざめ、涙が頬を伝った。私は彼女の手を振り払い、背を向けた。その時、空は妊娠2ヶ月だった。私は知らなかった。

13年間、私は成功だけを追いかけて走り続けた。借金を全て返済し、莫大な資産を築いた。しかし空を探さなかった。彼女が私を捨てたと思っていたからだ。連絡が一切なかったから。

記憶が現在に戻った。男の子が立ち上がり、拳を握りしめている。私は声をかけた。「君たち…君たちのお母さんは?」女の子が墓を見下ろし、唇を噛しめた。「ここにいます」小さな声だった。「いつ?」「3ヶ月前です」

膝が折れ、その場に座り込んだ。女の子の目は、空の目だった。全く同じだった。私は逃げるように墓地を後にした。

翌朝、私は秘書の鈴木越子に命じた。「人を探してほしい。高橋空だ。そして、その人に子供がいたかどうか調べてくれ」

2日後、越子が分厚いファイルを持ってきた。空は3ヶ月前、水癌の末期で亡くなっていた。12年前に双子を出産していた。未婚の母だった。子供たちの名前は田中凛、田中優人。そして――

「高橋さんはグランド東京ホテルで5年間勤務していました。夜間の清掃員として」

息ができなかった。私のホテルだった。5年間、同じ建物にいたのだ。月給は20万円。並走員のロッカールームから見つかった手帳には、母の介護施設費8万円、部屋の熟台1万5000円、優人の空手台1万円…合計19万円。残りの1万円で3人が1ヶ月を暮らしていたのだ。

空は12年間、1人で耐え抜いた。そして死んだ。私は何も知らなかった。

夕方、ホテルのラウンジで婚約者・南さおりと会った。「結婚式の日取り決めなくちゃ」。私は適当に返事をしていた。心ここにあらず。

同じ頃、東京都足立区の屋上部屋では、別の世界が広がっていた。古い冷蔵庫の中にはキムチの容器と卵が3つだけ。凛は明るく言った。「今日はラーメンにしましょう」。優人は机で宿題をしている。「お姉ちゃん、お腹空いた」。その声には力がなかった。食事中、2人は無言だった。優人は壁にかけられた母の写真を見つめ、「お母さんに会いたい」と震える声で言った。凛は弟を強く抱きしめた。「私も会いたいわ」。そう言いながら、凛の声も震えていた。

「大丈夫。私たち2人でやっていける」。しかし凛は知らなかった。自分の体の中で病魔が時を刻んでいることを。

ある日、屋上部屋に地区の自動相談所の職員が訪ねてきた。「あなたたち、保護者がいないという通報があったの。来週までに自動用語施設に入所しなければならないのよ」。凛は叫んだ。「嫌です。私たちには家があります。2人でちゃんと暮らしています。あと2年経てば中学生なんです。そうすれば1人で暮らせるじゃないですか」。職員はため息をつき、名刺を差し出した。「来週の月曜日までに連絡をちょうだい。そうしないと警察が来ることになるわ」

翌日、学校は地獄だった。給食室で、3人の男子生徒が優人に絡んだ。「お前んちの母さん死んだんだってな。乞食になったんだって」。熱いスープが優人の手の甲にかかった。「勉強できても乞食じゃねえんだよ。うちの親父が言ってたぜ。お前みたいな奴はうちの焼肉屋で鉄板でも磨いてろってな」。優人は泣かないように歯を食い縛った。1人の子が優人の頬をはった。担任の先生が給食室のドアの前に立っていた。凛と目が合った。しかし先生は顔を背けた。見てみぬふりをしたのだ。

凛はアルバイト先のスーパーへ向かった。顔色が悪く、足取りもふらついていた。店のおじいさんは「今日は休みなさい」と言ったが、凛は「働かないとお金もらえないじゃないですか」と首を振った。

夜11時、凛はラーメン屋のおじさんに頼まれたチラシ配りに出た。午前1時、突然目の前が真っ白になった。足から力が抜け、階段に倒れ込んだ。後を追ってきた優人が発見し、119番通報した。

病院で医師は言った。「先天性腎疾患です。両方の腎臓の機能が著しく低下しています。3ヶ月以内に腎臓移植を受けなければ命が危険です」。優人は震える声で尋ねた。「僕の腎臓を使えませんか?僕たち同じじゃないですか?双子じゃないですか?」医師は首を横に振った。「君も同じ危険だ。検査結果で分かった。君の腎臓も正常ではない」優人はその場に座り込んで泣いた。「お姉ちゃんまでいなくなったら僕はどうなるんだろう」

その日の朝7時、私の携帯電話が鳴った。「りんさんが病院に搬送されました。区立病院の救急治療室です」私は車を飛ばし、病院へ駆け込んだ。廊下の椅子に、膝を抱えてすり泣いている優人の姿があった。「おじさん…お姉ちゃん、腎臓が悪いんだって。移植しなきゃいけないんだって。でも僕の腎臓もおかしいんだって。あげられないんだ。お姉ちゃんさえ助かればいいんだ。僕はどうなってもいい。お姉ちゃんさえ助かれば」私は震える手で優人の頭を撫でた。「泣かないで。方法はあるはずだ。約束する。お姉さんは必ず助ける」

その時、病院のロビーから声が聞こえた。「りんはどこ?」佐藤のおばあさん、スーパーのおじいさん、ラーメン屋のおじさんが駆けつけてきたのだ。おばあさんは私を見て言った。「もしかして…空ちゃんがあんなに探していた方ですか?」私は全身が凍りついた。「空が…私を探していたんですか?」「ええ。亡くなる1ヶ月前まで。『東京で大きなホテルを経営している田中カイトっていう人。知りませんか』って、よく聞いてましたよ」

その時、南さおりが病院に現れた。秘書から聞いて来たのだ。「その汚い人たちは誰?」私は言った。「私の…私の子供だ。この子たちは、私の子供たちかもしれないんだ」さおりは悲鳴をあげた。「正気になって!私たち来月結婚するのよ!」「すまない。でも今はこの子たちの方が大事なんだ」さおりは信じられない表情で私を睨み、「後悔しないでよ」と言い残して去っていった。

私は医師に言った。「私がこの子の父親かもしれません。検査を受けてください」。越子が心配そうに言った。「健康診断で糖尿病の傾向と判定されていらっしゃいますよね」。私は構わなかった。「今すぐ検査をしてください」。優人が服の裾を掴んだ。「おじさん、どうしてこんなことをするの?僕たちおじさんとは何の関係もないのに」。私は膝まずき、優人と目線を合わせた。「私は…私はお前の父さんだ。遅くなってすまなかった。本当にすまなかった。知らなかったんだ。君たちがいることを知らなかった。知っていたら絶対に離れたりしなかった」

3日後、検査結果が出た。遺伝子の一致率は99. 99%。生物学的な親子関係は確実だった。そして腎臓の組織的適合も完全に一致していた。移植が可能だった。

私は医師に言った。「構いません。私の娘です。すぐに手術の準備をしてください」。診察室を出ると、優人がトイレに駆け込み、個室の中で泣き叫んでいた。「どうして僕たちを捨てたんだよ。お母さんがあんなに大変だったのに、1人で僕たちを育てるのに、死ぬほど苦労したのに。どうして今頃現れるんだよ」私は何も言えなかった。弁解の余地はなかった。

その日の午後、越子が足立区の屋上部屋を訪れた。佐藤のおばあさんが、空の荷物を渡してくれた。小さなダンボール箱。古い服が数着。子供たちの写真。そして1本のロザリオ。箱の底に、ゴムで束ねられた手紙の束があった。20通全て、同じ筆跡で「田中カイト様」と書かれていた。全ての封筒に「宛先不明・返送」の赤いハガ押されていた。

私は最初の手紙を開けた。空の筆跡だった。「カイトさんへ。私、妊娠したの。双子だって。私たちの赤ちゃんよ。帰ってきて。お願い」。涙が溢れ出した。2通目「カイトさん、手紙届いてないの?私、もう5ヶ月なの。お腹大きくなったよ」。3通目「赤ちゃん生まれたよ。男の子と女の子。2人ともあなたに似てるの。眉毛があなたそっくり。会いたい」。手紙は続いた。最後の20通目。「カイトさんへ。これが最後の手紙です。多分あなたはこの手紙を1度も受け取れなかったのでしょうね。住所が見つからなかったみたい。子供たちはもう小学生です。りんは優しくて、優人はたくましい。2人ともあなたに似ています。私は最近体調がよくありません。でも大丈夫。子供たちが元気に育てばそれでいい。カイトさん、恨んでいません。私が離れたのはあなたの夢のためだったから。私は理解しています。ただ1つだけお願いがあります。もしいつか私たちの子供たちに会うことがあったら、愛してあげてください。お母さんの分まで。愛しています。空、生涯」

私は手紙を手に持ったまま、床に膝まづいた。獣のような叫び声が部屋に響いた。

翌朝、さおりがホテルに現れた。私は一通の手紙を差し出した。「これが何か分かるか」。さおりの顔が固まった。「20通だ。空が私に送った手紙だ。全て返送されてきた。私がアメリカで住所を変えたからな。だが、ここ3年間に送られた手紙は返送のハガない。なぜだろう?私が日本に帰国したのは4年前だ。その時から君は私の秘書室で働いていた。君が受け取って処理したんだな」。さおりは後ずさりし、叫んだ。「ホテルのためよ!あなたと結婚すれば私が副社長になれたのよ。あんな手紙、あんな女、目に積んでおくべきだったのよ!」私はドアを指差した。「出ていけ。2度と顔を見せるな」

私はリンの病室へ行った。ベッドで眠る娘の手を握り、言った。「リン、私はお前の父さんだ。遅くなってすまなかった。お母さんを守ってあげられなくてすまなかった。君たちを1人にしてしまってすまなかった。本当に遅くなってすまなかった」。すると、リンの手がかすかに動いた。目を開けたのだ。「おじさん…本当に父さんなの?」「そうだ。私がお前の父さんだ」「お母さんが…お母さんが父さんにすごく会いたがってた」。私はリンを強く抱きしめた。「もうどこにも行かないよね?」「絶対に離れない。約束する」

手術の前日、医師は最後にもう一度警告した。「会長は糖尿病の傾向で血圧も高い。腎臓を1つ摘出すると残った腎臓に負担がかかります。生涯薬を飲み続け、健康管理には特に気をつけなければなりません。最悪の場合、手術中に合併症が起こる可能性もあります」。私は医師をまっすぐ見つめた。「構いません。私の娘です。私の娘を助けてください」

夜、リンの病室で、私は娘に言った。「父さんて呼んでくれるか?」「父さん…」「うん」「父さん」「ああ、娘よ。私の大切な娘」。2人は手をついだまま眠りに着いた。

翌朝6時、手術室の廊下。優人が駆け寄って私の手を握った。「父さん、必ず戻ってきてね」。私は微笑んだ。「約束しただろう。お姉さんが目を覚ましたら、しっかり面倒を見てやるんだぞ」。手術室のドアが閉まり、赤いランプが点灯した。6時間後、医師が疲れた顔で微笑んだ。「成功です」。廊下に歓声が上がった。

麻酔から覚めると、隣のベッドにリンが横たわっていた。頬に血色が戻っている。「父さん、痛くないの?」私は嘘をついた。「全然」。実際は脇腹が裂けるように痛んだが、我慢した。「父さん、ありがとう。助けてくれて」「いいや。父さんの方がありがとう。父さんの娘になってくれて」

2ヶ月後、子供たちを連れて新しい家へ向かった。足立区の屋上部屋ではない。東京港区のペントハウスだった。リビングだけで屋上部屋の10倍はあった。初めての夕食で、私は卵を焦がした。りんと優人は顔を見合わせて笑った。「父さん、卵焦げてるよ」。しかしその後、りんが手際よく味噌汁を作り、優人がご飯をよそった。私が食卓に座ってその様子を眺めていると、胸が熱くなった。

「お母さんの味だ」。優人が言った。3人は一瞬動きを止めた。私は子供たちの手を握った。「お母さんもここで私たちを見ているはずだ」

1週間後、私は優人をいじめた生徒の父親との対決を終えた。契約を破棄し、他のホテルにも取引を止めさせた。担任の教師の夫がリベートを受け取っていたことを警察に告発した。教師の夫は逮捕され、離婚を通知された。

同じ週の金曜日、私は子供たちを連れてかつて住んでいた町へ向かった。佐藤のおばあさんには、建て替えビルの1フロアを差し出した。「12年間、家賃もあげずに味噌汁も作ってくださって、私たちの子供たちの面倒も見てくださったじゃないですか」。スーパーのおじいさんには、15階建てのビルとスーパーのリフォームを。ラーメン屋のおじさんには、ホテルの中華レストランの専属契約とデリバリー事業の権利を。

1週間後、優人と散歩していると、警察署の前に着いた。「僕、警察官になりたい。お母さんを守ってあげられなかったから。お母さんが病気の時も僕は何もできなかった。お姉ちゃんが倒れた時もただ泣いてるだけだった」私は言った。「お前は12歳で姉さんを守ろうとしたんだ。それがどれだけすごいことか分かるか?お前はもう英雄だよ。お母さんの英雄、姉さんの英雄、そして父さんの英雄だ」

その夜、りんが相談に来た。「私、お医者さんになりたいの。私みたいに病気の子供たちを助けたいの。病院にいた時、私よりももっと病気の子供たちがたくさんいた。ある子は親がいなくて1人で病院にいたの。私は父さんのおかげで助かったでしょう。だから今度は私が子供たちを助けたいの」。私は娘の手を握った。「君ならできる。父さんがそばで助けてあげる」

1年後。土曜日の朝、私はキッチンでパンケーキを焼いていた。1年前より腕が上がった。もう卵を焦がすことはない。「父さん、腕を上げたね。もう焦がさないの」と優人が笑った。私はフライパンを持って脅すふりをした。「お前、1年前のことまだ覚えてるのか?」3人は食卓を囲み、笑った。平凡な週末の朝。しかしこの平凡さがどれだけ尊いものか、3人は知っていた。

さらに数年後、りんは医学部に合格し、優人は警察大学校に合格した。春の朝、3人で空の墓を訪れた。白い菊の花を備え、りんは言った。「お母さん、私、医学部に受かったよ。お母さんが夢見ていたお医者さんになるからね」。優人も言った。「お母さん、僕もだよ。警察大学校に受かったんだ。お母さんみたいに弱い人たちを守る警察官になるからね」。私は膝まづき、墓石に手を置いた。「空、私たちの子供たちは大きくなったよ。とても立派に育った。私たち、幸せだよ」。

風が吹いてきた。まるで空が答えているかのようだった。私は誓った。これからの残りの全ての時間を、この子供たちと共に過ごすのだと。りんが患者を救う立派な医者になるのを見届け、優人が弱い人々を守る素晴らしい警察官になるのを見届ける。そしていつか子供たちが家庭を築いたら、私はおじいさんになって孫たちを抱きしめるのだ。空が果たせなかった愛を、私が繋いでいく。それが私が空に返せる唯一の方法なのだから。

今でも時々、あの日を思い出す。お盆の朝、墓地で子供たちに初めて会ったあの瞬間を。もし私がそのまま通り過ぎていたら、2人の子供は自動用語施設に行き、離れ離れになっていただろう。そして私は生涯知らずに生きていただろう。自分に2人の子供がいたこと、空が20通もの手紙を送り、私を探していたことを。

私は信じている。空が最後の贈り物を私にくれたのだと。私を許し、子供たちを私に託したのだと。

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