「お金がなくて、この1年ずっと路上生活をしているの。」
SNSで見た暴露系動画に、義母の姿が映っていた。動画のタイトルは「迷惑老人」。再生すると、義母が近隣住民に迷惑行為を繰り返しているという内容だった。驚いて電話をかけたが、番号は既に使われておらず、翌日アパートを訪ねると、部屋は解約されていた。
それから数ヶ月後、また同じ動画投稿者が新しい動画を上げていた。今度は義母がホームレスになっているという。私は急いで目撃された現場へ向かった。そこには、汚れた服を着て痩せ細った義母がいた。
「お母さん、どうしてこんな…」
私の顔を見た義母は、大粒の涙を流した。
「お金は毎月振り込んでいたでしょ。なのにどうして?」
「え、そんな…私は何も知らないわ。口座には1円も入ってなかったし、年金も振り込まれないから、どうすることもできなかったのよ」
義母は、私が仕送りをしていることを知らないと言う。1年ほど前、夫の達郎にスマホを取り上げられ、誰にも連絡が取れない状態で路上生活をするしかなかったというのだ。
「達郎が、なんでお母さんのスマホを…?」
「分からないわ。もしかしたら、ゆえさんと連絡を取られるのが嫌だったのかも」
私は島田ゆえ、36歳。事務の仕事をしながら、夫の達郎と2人で暮らしている。達郎とは仕事の関係で知り合い、3年前に結婚した。私より4つ年上の達郎は、市役所で公務員として働いている。明るくて優しいところに惹かれて結婚したが、結婚して半年が経った頃から、彼の本性が見え始めた。
達郎は重度のギャンブル依存症だった。給与が入るとすぐにギャンブルで使い果たし、生活費は全て私の収入で賄っていた。説得しても聞く耳を持たず、しまいには私の私物を無断で売り払ってギャンブルの資金にしていた。母の形見のネックレスまで売られてしまった時、私は達郎を問い詰めたが、彼は「大金が入ったら新しいのを買ってやる」と開き直るだけだった。
「そういう問題じゃないわ。そうまでしてギャンブルにはまるなんて異常よ」
「もう少しなんだ。もう少しで大当たりしそうなんだよ」
話にならない。実母である義母なら達郎の話を聞いてくれるかもしれない。そう思って義母に電話をすると、週末に自宅へ来てくれると言う。義母は達郎を厳しく叱ってくれたが、達郎は逆上して家を飛び出してしまった。
「2人して俺を悪者にする気だな。俺は家計を楽にしようと思ってやってるんだ」
「もういい。お前らの顔なんて見たくない」
それから1ヶ月後、私はSNSで義母が映る動画を見つけた。義母が近隣に生ゴミを撒き散らし、真夜中に無言電話を繰り返しているという内容で、コメント欄は「老害は即刻退去させるべき」という罵詈雑言で溢れていた。私の知っている義母は、そんな人ではない。心配になって電話をかけたが繋がらず、達郎に相談しても「バーもボケが回ったんだ。あいつのことは放っておけ」と取り合わない。
翌日、達郎には「出張」と嘘をついて義母のアパートを訪ねたが、部屋は解約されていた。大家に尋ねると、義母は家賃滞納で追い出されたと言う。警察に捜索願を出したが、対応は事務的で、見つからない可能性の方が高いと言われてしまった。喫茶店や公園を探し回ったが手がかりもなく、達郎から電話がかかってきた。
「お前、今どこにいる?」
「え?出張だって言ったでしょ?」
「出張なんかないって聞いたぞ。俺に嘘をついて。さては男だな」
達郎は私が浮気していると思い込んだ。それ以来、達郎の監視は厳しくなり、義母の捜索は難しくなった。それでも私は、義母への仕送りだけは欠かさなかった。
あの日、路上で義母を見つけて、銀行で取引履歴を調べてもらった。すると、毎月私が入金した直後に、全額が「亜美」という女性名義の口座に送金されていた。義母にその名前の心当たりはないという。送金は全てスマホアプリから行われており、スマホを持っていない義母にできるはずがない。
達郎のスマホを調べると、義母の口座がある銀行のアプリがインストールされていた。更に、あの「亜美」とのLINEのやり取りを見つけた。2人は数ヶ月前から関係を持っていた。義母がスマホを取り上げられた時期と、完全に一致する。
私は探偵事務所に調査を依頼した。2週間後、報告書が届いた。亜美は達郎が通う競馬場の受付嬢で、達郎は義母への仕送りを横領して彼女に送金していた。そして、あの暴露系YouTuberの「英作」と亜美は交際していた。全ては達郎が仕組んだ罠だったのだ。
「あんた、浅美さんと付き合ってたのね」
「あ、何のことだ。亜美って誰だ?」
「お母さんに私が送ってたお金も、あなたが亜美さんに送金してたのよね」
「だから何のことだ?俺は何も知らない」
証拠を突きつけても白を切り通す達郎に、私はA作のことを尋ねた。探偵の調査で、達郎と英作が繋がっていることは分かっている。英作は義母を中傷する動画で収益を上げ、亜美と交際していたのだ。私は英作を訪ね、名誉毀損で告訴すると伝えた。動揺した英作は、全てを白状した。無言電話の犯人は達郎で、生ゴミを撒いたのも英作の仕業だった。
「呆れたわね。まさか実の息子にこんな仕打ちを受けるなんて」
真実を知った義母は、達郎との親子の縁を切ると言い放った。私は達郎に離婚を言い渡した。
「俺は夫だろ。その夫を売るのか」
「自分の母親の命まで危険に晒したのよ。そんな人、構えるわけないでしょう」
達郎は「亜美と英作に騙されたんだ」と責任を押し付けたが、私の心は決まっていた。翌日、私は義母と共に弁護士事務所を訪れ、達郎と亜美には横領罪、英作には名誉毀損で告訴する手続きを進めた。義母の被害届は受理され、数日後、達郎と亜美、英作は逮捕された。
達郎はギャンブル依存症で、義母に叱られた腹いせに、競馬場で知り合った亜美に金を渡すために仕送りを横領していた。亜美は金の出所など気にせず、受け取った金を英作との交際に使っていた。英作は動画の再生回数が伸び悩んでいたところに、達郎から義母への仕返しを持ちかけられ、積極的に中傷動画を配信したのだ。
3人は起訴され、達郎と亜美には執行猶予付きの実刑判決、英作には罰金刑が言い渡された。民事裁判では、達郎と亜美にそれぞれ200万円、英作に100万円の支払いが命じられた。達郎は反社会的勢力から金を借りて支払いに充てたが、厳しい取り立てに遭っていると聞いた。その後、英作は義母への謝罪動画を配信し、過去の動画がほとんど捏造だったことを告白してチャンネルを閉鎖した。その影響で、達郎のギャンブル依存や横領、不倫の事実が全て世間に知られることとなり、達郎は懲戒免職処分になった。
「今更、捨てられたら俺の人生が終わってしまう」
「自業自得でしょ」
「これまでのことは謝る。ギャンブルもやめる。母さんのことも、これからは大事にするから」
必死に謝る達郎に、私は何の感情も湧かなかった。今は反省したふりをしていても、彼がギャンブルを止められるとは思えない。私は離婚届を突きつけ、達郎は渋々サインした。その後、達郎は再就職も決まらず、単発バイトで得た金も再びギャンブルに注ぎ込んだ。家賃が払えず部屋を追い出され、頼った知人も誰一人手を貸さず、いつしか彼は町から姿を消した。
私は義母と新居で共同生活を始めた。バリアフリーのマンションで、義母も安心して暮らせる。今では毎週、長年の夢だったという作陶教室に通っている。毎週嬉しそうに出かける義母を見ていると、もっと早くに同居するべきだったと反省する気持ちも湧いてくる。もう2度と、義母を辛い目に合わせない。私は心に誓っている。



