公園でマナと散歩をしていたとき、私は信じられない光景に足を止めた。引っ越してから連絡が一切取れなくなっていたレイカさんが、たくさんのママ友に囲まれて井戸端会議をしている。私は安心して、そして少しの怒りを込めて声をかけた。
「レイカさん、お久しぶりです。お引っ越し、大丈夫でしたか?お祝いを用意していたんですが、連絡が取れなくて渡せずにいたんです。よければ住所を教えてもらえませんか?」
しかしレイカさんは眉をひそめ、まるで初めて会う人のように私を値踏みした。周りのママ友たちも同じ表情で私を睨む。
「あなた、どちら様でしたっけ?」
私は一瞬、思考が止まった。隣にいたマナも固まっている。ゆうこちゃんが駆け寄ってきたときも、マナが「ゆうこちゃん!」と声をかけても、彼女は驚いたように目を見開き、「知らない子だよ」と友達に言った。その言葉にマナは深く傷ついた。私は怒りと悲しみで声を失った。
「貧乏そうな見た目ね。私の知り合いにそんな人はいないわ」
「待ってください。せめて新築祝いだけでも」
私が食い下がると、レイカさんは私を睨み、クスクスとママ友たちと一緒に嘲笑った。
「貧乏人に個人情報は教えないわ」
その言葉に、私は完全に絶望した。私だけなら我慢できた。しかし、マナにこんな思いをさせるなんて許せない。私は静かに言った。
「じゃあもういいです。マナ、行こう」
私はタワーマンションの最上階に引っ越した。私が所有する物件の一つだ。私はある程度の資産家であり、夫は大手銀行の部長だ。パート勤務は社会との繋がりを忘れないためであり、お金に困っているからではない。それをわざわざ話す必要はないと思っていた。だが、これは反撃の始まりだった。
引っ越してから2週間後、買い物に出ようとエントランスを出ると、レイカさんとママ友たちが騒々しく立ち話をしていた。彼女たちは私に気づき、驚愕した。
「え、どういうこと?あなた、前田さち子さんよね?どうしてこんなところから出てくるの?」
「えっと、あなたはどちら様でしょうか?」
私は彼女が以前私に向けたのと同じ表情で、冷静に問いかけた。レイカさんは顔を真っ赤にして動揺した。
「ちょっと、何言ってるのよ!私よ、レイカよ!こないだ公園で話したじゃない!」
「申し訳ありませんが、お会いした記憶がありません。私は最近ここに引っ越してきました。このタワーマンションの最上階に住んでいます」
「最上階に、あなたみたいなパート主婦が住めるわけないでしょ!貧乏人が虚勢を張ってるんじゃないわよ!」
「貧乏人?そんなことないですよ。私は株式投資に成功して、不動産を30件ほど所有しています。夫は某大手銀行の部長です。もしよければ、私の所有する部屋の空きを紹介しますよ」
レイカさんは言葉を失い、周りのママ友たちも息を飲んだ。しかしレイカさんは諦めずに怒鳴り散らした。
「嘘よ!あなた、私と一緒にいる時、そんなこと一言も言ってなかったじゃない!私はてっきりあなたが生活に困ってるものだと思ってた!」
「それがどうしたんですか?そもそもあなたは、私がパート主婦だというだけで貧乏だと決めつけていた。だから、あえて言わなかったんです。私は社会人として働くことを忘れたくないからパートをしている。お金に困っているからではありません」
レイカさんはさらに食い下がった。
「タワーマンション30件所有なんて、自慢できるでしょ!どうして自慢しなかったの?」
「そんなこと自慢して、どうなるんですか?あなたが私を見下しているのは分かっていました。でも、それは大人同士の関係です。マナとゆうこちゃんは友人です。あなたはそのゆうこちゃんのお母さんだから、私は尊重していたんです」
私の誠実な言葉に、レイカさんは言葉を詰まらせ、俯いた。やがて彼女は小さく「ごめんなさい」と呟いた。だが、私は許すつもりはなかった。
「もう話すこともないでしょう。じゃあ、私はこれで失礼します。次に偶然お会いしたとしても、他人ですから」
「待って!ゆうこがマナちゃんと会えなくて寂しがっているのよ。今回のことは水に流してくれない?」
「いくらマナの仲の良い友人だったとしても、マナにあんな思いをさせた以上、許せません。マナにもゆうこちゃんとの付き合いは控えるように言っておきます」
そう言って私は立ち去ろうとした。そこへ、学校から帰ってきたマナが駆け寄ってきた。その後ろには、何かを持ったゆうこちゃんも来ていた。私はレイカさんに最後の問いかけをした。
「どうして引っ越した途端に、そこまで変われたんですか?最後に教えてもらえませんか?」
するとレイカさんは、私と目を合わせずに悔しそうに話し始めた。
「あなたが貧乏そうだったから、近所に住んでいた時はそれなりに相手をしていたのよ。あなたは周りに貧乏だと思われて嫌われていた。私の思い通りにできたわ」
彼女はこう続けた。自分が裕福な環境から引っ越してきた時、周りのママ友に嫉妬され、のけ者にされそうになった。そこで、私を代わりにのけ者にすればいいと考えたのだという。つまり、私は彼女がボスママになるための踏み台だったのだ。引っ越し先では同じような価値観の裕福な人々に囲まれ、私のような貧乏人は利用価値がないと判断し、マナと遊ぶのもやめるようゆうこちゃんに言いつけたという。
「当然でしょう?私はお金持ちで、周りの人とは違うんだから。あなたみたいな貧乏人がいなくなって清々したわ。なのにタワーマンションの最上階に住んでるなんて、私を騙すなんて本当に性格が悪い。最低ね」
その自己中心的すぎる考えに、私は呆れを通り越して怒りが込み上げた。
「最低なのはどっちですか?自分の都合のいいように人を利用して傷つけるなんて、いい大人が恥ずかしいですよ。それに、自分の娘にまで付き合う人を選ばせるなんて、母親のすることじゃありません。あなたは自己満足のために子供を利用している。それを分かっているんですか?」
「何よ!ゆう子だって周りの子たちと格が違うのよ!上に立つ人間なんだから、付き合う人を選んだ方が将来のためになるのよ!私はゆう子のためを思って言ってるの!」
「ゆうこちゃんのためだと思うなら、今の彼女の顔を見てください。とても悲しい顔をしていますよ」
ゆうこちゃんは俯き、肩を震わせていた。すると、マナが突然ゆうこちゃんに駆け寄り、レイカさんを睨みつけた。
「ちょっと、ゆうこから離れなさいよ!あんたみたいな母親だから、ゆうこちゃんは苦しんでるんだよ!私、知ってるもん!ゆうこちゃん、前から母親のことで悩んでるって言ってたから!私たちを馬鹿にしてることも知ってて、でも嫌だって言えなくて、笑わなくなっちゃったんだよ!ゆうこちゃんにこんな顔させるなんて、あんたは母親失格だ!」
マナの言葉に、私は驚きと誇らしさで胸がいっぱいになった。ゆうこちゃんも、顔を上げてマナを見つめていた。
後日、レイカさんの旦那さんが私の家に謝罪に来た。彼は自分の妻の行いを聞き、激怒したという。さらに、レイカさんが贅沢な暮らしを続けるために、父の会社の金を横領していたことも発覚した。彼女は両親から告発され、刑事事件となった。旦那さんは子供への悪影響を考え、離婚を決意。レイカさんは高額の慰謝料と養育費を請求され、今では散々馬鹿にしていたスーパーのパートで細々と稼ぎ、ボロボロの木造アパートで暮らしているという。彼は「娘に勇気をくれてありがとう」とマナにも感謝の言葉を伝えた。
あれから、ゆうこちゃんがまた家に遊びに来るようになった。以前よりもずっと明るい表情で、釣りに行った話や、お父さんが作ってくれた唐揚げの話を嬉しそうにしてくれる。マナとゆうこちゃんの笑い声が、我が家に戻ってきた。私はこれからも、二人の成長を静かに見守っていこうと思う。



