「お前、本当に俺と同い年か?背も低いし、顔も子供みたいだし。日本人って本当にお子様だよな」…

「お前、本当に俺と同い年か?背も低いし、顔も子供みたいだし。日本人って本当にお子様だよな」...

「新人の日本人は掃除でも知ってろよ」

同僚のジョンがそう言って、今日も俺に雑用を押し付けてきた。アメリカに来てから、こんな扱いばかり受けている。心が折れそうになる瞬間は何度もある。でも、俺は自分の力を試すためにここに来た。これで終わってたまるか。

俺の名前は剣。日本の羽田空港で7年間、航空管制官として働いてきた。空の交通整理を行う司令塔、それが航空管制官だ。パイロットだけじゃなく、飛行機を安全に飛ばすために俺たちの仕事は欠かせない。

もっと修行を積みたい。そう思って28歳でアメリカに渡った。最新のAI誘導システムを学ぶためだ。しかし、希望に満ちて渡米した俺を待っていたのは、誰も俺を一人前の管制官として扱ってくれないという現実だった。

「日本人が何の役に立つんだよ」
「日本人って掃除が得意なんだろ」

ジョンは俺と同い年なのに、こう言って笑う。
「お前、本当に俺と同い年か?背も低いし、顔も子供みたいだし。日本人って本当にお子様だよな」

俺には名前がある。何度も「剣と呼んでくれ」と言ったが、ジョンはいつまで経っても「日本人」としか呼ばない。

ここでは最新のAI誘導システムが導入されている。それを学びたくて来たのに、些細な質問すら誰も答えてくれない。渡米して1週間、心が折れかけていた。

仕事が終わった後、空港のベンチに座って飛び立つ飛行機を眺めていると、英語で声をかけられた。
「大丈夫ですか?」

振り返ると、40代と思われる男性が立っていた。
「仕事で渡米したけど、誰も自分のことを認めてくれなくて」
俺は軽く事情を話した。

男性は俺の隣に腰を下ろした。
「私もね、若い頃に似たような思いをしたよ。でも空は正直だ。腕があれば、必ず空が証明してくれる」

その言葉が胸に染みた。
「話を聞いてくれてありがとうございます」

男性は微笑んだ。
「私はスミス。ここのパイロットだよ。フライト前はいつもこのベンチで空を眺めるんだ。気が向いたら飛行機にでも乗ってくれ。どこへでも私が無事に送り届けるよ」

パイロットがこんな場所で一般人の俺に声をかけてくることに驚いた。俺が「そこの管制塔で働いています」と言うと、スミスさんは俺以上に驚いた。羽田にいたこと、最新のAIシステムを勉強したいと思っていること。俺はすべてを伝えた。

「辛くなったら、またここにおいで」
スミスさんはそう言って、次のフライトの準備があるからと席を立った。

それから何度かこの場所でスミスさんと話をすることができた。心が軽くなり、いくら嫌みを言われても「いつか見返してやる」という一心で、より一層勉強に励んだ。

ある日、俺は押し付けられた掃除をしながら最新のAIシステムに目をやった。ジョンがその様子を見て鼻で笑う。
「お前には関係のないものだろ」

俺は嫌みを右から左に受け流し、あえて質問した。
「このシステムに頼りすぎてないか?」

ジョンは笑い飛ばした。
「これだから日本人は。人の勘なんかより、最新システムの方が信用できるに決まってんだろ」

確かにAIシステムは正確だ。離着陸の判断もAIの方が優れているかもしれない。でも、管制官の仕事にはもっと職人技が必要だ。
「仮にこのシステムがダウンしたらどうする?」
俺がそう聞くと、ジョンは馬鹿にしたように言った。
「過去50年の落雷データも学習済みだ。ダウンする確率より、お前が計算ミスする確率の方が高いんだ」

結局、話にならなかった。それからも俺はAIシステムに着目し、勉強を続けた。システムは安全で確実なことしか案内しない。でも、同じくらいの安全性であれば、パイロットや乗客にストレスがかからない指示を出すべきだ。AIシステムにはそれができない。それに、ここの人たちはこのシステムを過信しすぎている気がする。

そんなある日、突然の悪天候に見舞われた。とはいえ、俺は「日本人はこの荷物運んでおけよ」と言われ、いつもの雑用をさせられていた。荷物を運びながらも、外の様子が気になって仕方ない。

着陸予定の飛行機は天候不良で何度もゴーアラウンドしていた。ゴーアラウンドとは、視界不良など何らかの理由で着陸できず、再び上昇してやり直すことだ。飛行機は次々と着陸を断念し、AIシステムも代替空港に行くよう指示を出している。

荷物を運ぶ手を動かしながら、俺は窓の外の雲を目で追った。雲の輪郭がいつもと違う。流れる方向も速度も、何かがおかしい。日本でこの形の雲が出た時は、決まって2時間後に天候が急変した。誰にも言えないまま、俺はその変化をメモ用紙に書きつけ続けた。

しばらくすると、少し晴れ間が見えてきた。ジョンが安堵の表情を見せる。
「さっきは散々だったが、これで通常運行に戻せる」

でも、雲の様子を見た俺はジョンに助言した。
「この晴れ間は一時的だ。悪天候に備えた方がいい」

俺に言われたことが気に食わないジョンは一蹴する。
「日本人が口を挟むな」

そんな時、飛行機の着陸要請が届いた。急病人が発生したため、代替空港に向かう途中の飛行機だ。その声は、スミスさんのものだった。ジョンは領と頷き、着陸の指示を出した。

その瞬間、突然の強風に見舞われた。
「嘘だろ?」
ジョンは俺が言った通りになったことに動揺を隠せない。飛行機は間一髪でゴーアラウンドしたが、AIシステムは「着陸は不可能」と判断した。すると機長から要請が入った。
「このまま急病人を乗せて別の空港に行くのは無理だ。今のゴーアラウンドで燃料も少なくなった。なんとかならないか」

ジョンはAIシステムで必死に計算をし直した。何度も入力し直すたびに警告音が鳴る。俺にはジョンの手が震えているように見えた。そして、確率は高くないが「おそらく安全に着陸できるだろう」というルートを見つけた。
「これだ」

ジョンは大きく頷いて飛行機の着陸を促した。スミス機長も「助かった」と着陸体制に入った。

俺は「これなら大丈夫か」と残っていた荷物運びに戻る。だがその時、風が吹き始めた。日本の台風のようだ。俺はこういう事態でも何度も無事に飛行機を着陸させてきた。それは機械に頼らず、雲や風の動きを読み、自ら計算をすることでルートを導き出してきたからだ。しかし、ここではAIシステムに頼りきっている。それがいけなかったようだ。

「大丈夫か?」
ジョンは無線に向かって叫んだ。

「ああ、大丈夫だ。だが燃料も少ない。急病人も悪化している。なんとかすぐに着陸したい」
スミス機長からの無線が入るが、天候は良くならない。

俺は荷物を運んでいた手を止め、ジョンの隣に行って空を読んだ。
「ジョン、なんとか着陸させよう」

だがジョンは力なく言った。
「もう無理だ。この天候だし燃料もない。このままではこの機体は墜落する。もってあと5分だ」

その言葉に、俺は思わずジョンに掴みかかった。
「ふざけるな。お前、管制官だろ。何のためにここにいるんだ。システムに頼りっきりで飛行機を無事に着陸させられない管制官なんて必要ないんだよ。どけ」

そう言ってジョンの胸ぐらから手を離し、ジョンから無線を奪った。上司がこちらを見ていた。険しい顔のまま、一度だけ深く頷く。それだけで十分だった。

「機長、今から私が誘導します」
その声は剣。スミスさんには、俺は雑用しかやらせてもらえていない。でも、日々勉強しているし、必ず見返して見せると伝えていた。そんな俺が無線を握ったことに、スミスさんは少し驚いたようだ。

「必ず無事に着陸させます」
俺が力強く言うと、ジョンが隣で叫んだ。
「お前みたいな日本人にそんなことできるわけないだろう」

俺はその言葉を無視した。雲の輪郭と流れる方向を目で追う。この雲の形には見覚えがある。日本で何度も見てきた、台風の目が抜ける直前の空だ。台風本体が通過した後、一時的に風が和らぐ。その時間はほんの1、2分だが、パイロットにとっては十分だ。問題は滑走路の水しぶきと視界だ。

俺は手元の紙の上で、高度と風速の減少を計算し直す。誤差は許されない。でも、数字は俺に「今だ」と告げていた。7年間空と向き合ってきた。そのすべてをこの1分にかける。

「1分後に一時的に風が止みます。その瞬間を狙って着陸してください。私が全て指示を出します」

そう言うと、スミス機長は答えた。
「分かった。私は日本人を信じて着陸する」

ジョンが横から口を挟む。
「もうゴーアラウンドはできないぞ」

俺は頷き、無線で伝えた。
「次のアプローチで必ず着陸させます。ゴーアラウンドは不要です」

俺は先ほどから書き続けていたメモの端を横に置き、さらに計算を続ける。ジョンや周りの人たちも俺の手元に視線を集中させていた。AIシステムは「着陸はできない」と警告音を発している。

「落雷が来ます」
俺がそう言うと、その瞬間に雷が落ち、なんとAIシステムの画面が真っ暗になった。

「おい、電気系統がクラッシュしたぞ!」
ジョンを始め、その場にいる全員が慌てている。だが俺は冷静さを失わなかった。
「あと3秒で左に5度。直後に強い乱気流が来ます。スラストを上げて乱気流に耐えてください」

「了解」
スミス機長の声が聞こえた。機内からは悲鳴が漏れたが、なんとか耐えてくれたようだ。

「今です。着陸体制に入ってください」
俺が伝えると、機体が徐々に滑走路に進入する。

「高度5で前が見えない」
スミス機長の声が聞こえた。

「大丈夫です。私が目になります。そのまままっすぐ私を信じてください」
俺は指示を続けた。

そして飛行機が滑走路に進入。大きな水しぶきを上げ、無事に着陸に成功した。

その瞬間、管制室からは拍手と歓声が上がった。
「信じられない」
「すごすぎる」

ジョンも目を見開いている。そして他の同僚たちが、初めて俺の名前を呼んでくれた。
「なんてことだ。まさに神業。素晴らしいよ、剣」

ジョンは罰が悪そうにその場に背を向けた。そこからは質問攻めだった。どこでその技術を学んだのか。どうやって雷や乱気流のタイミングが分かったのか。

「全て日本の空港で培ったものです」
俺がそう返すと、一人の同僚が頷いた。
「日本人の職人技っていうのは、これか」

すると周りの人たちも
「そうだったのか。これが職人技か」と納得したようだ。ジョンだけは俺を賞賛せず、こう言ってきた。
「お前、新人じゃなかったのかよ」

「羽田空港で7年勤めたけど、こっちでは新人で間違ってないでしょ」
俺がそう答えると、上司が言った。
「羽田に最年少のエースがいるという話を聞いたことがあるが、もしかして剣のことか」

「ああ、たまにそんなことを言われましたね」
そう答えると、再び歓声が上がった。

それからしばらく、AIシステムが復旧するまで俺が代わりに誘導を担当した。俺の評価は完全にひっくり返った。それと同時に、ジョンの評価もひっくり返る。
「ジョン君は新人からやり直した方がいいな」
先輩たちがジョンを追い込んでいた。

「あの時、先輩たちが担当していても、ジョンと同じように諦めたんじゃないですか」
俺がそう言うと、先輩たちは黙った。
「日本の管制官を舐めないでくださいね」
そう言うと、先輩たちは逃げるように去っていった。ジョンは下を向いて背中を向ける。

俺はその背中に向かって言った。
「俺はまだまだここで勉強したい。ジョンから学ぶこともあるんだ。これからは質問にも答えてくれないか」

だがジョンは無視して、足早に立ち去った。

それから、ジョンが俺に変わって雑用を押し付けられるようになった。俺は先輩たちにAIシステムについて質問したが、誰も明確な答えをくれない。
「日本人って細かいな」
そう言われた。

するとそこへ、ジョンが手書きの資料の束を持ってきた。無言でドサッと置いて、すぐにほうきを手に取り外へ行ってしまう。あいつが俺のために?まさか。だが、この字はジョンのものに違いなかった。俺たちの会話を聞いて、自分で勉強した資料を持ってきてくれたのか。実はジョンは努力家なのかもしれない。俺はありがたくその資料を借りて勉強に励んだ。

その後、上司の判断で先輩たちも含めて全員がシステムに依存しすぎないよう、勉強会が開かれることになった。その頃には、俺は「新人」とか「日本人」なんて言われず、みんなが「剣」と名前で呼んでくれるようになった。ジョンを追い込んでいた先輩たちは「今さら何を勉強するんだ」と反発していたが、俺がこう言うと黙ってしまう。
「この間みたいなことが起こった時に、飛行機を墜落させる気ですか」

「最新のAIシステムは確かに素晴らしい。しかし、それに頼りっきりの管制官でいいんですか?私はこの仕事に誇りを持っています。だからもっともっと色々なことを知りたい。人に雑用を押し付けて優位に立っている暇があったら、自分を磨く努力をした方が断然いいと思いませんか?」

その場はシーンと静まり返った。ジョンも気まずそうな顔で視線をそらす。

俺は、俺を馬鹿にしてきた人たちを仕事で見返すことができた。これからも高みを目指していこうと思う。ジョンは相変わらずぶっきらぼうだが、いつか分かり合えそうな気がしている。

しばらくして、俺がいつもの空港のベンチに座って飛行機を眺めていると、スミスさんがやってきた。あの日以来の再開だ。
「剣、あの時は本当にありがとう」
そう言って握手してくる。

「当然のことをしたまでです」
俺が言うと、スミスさんは笑った。
「本当に日本人は謙虚なんだなあ」

「そうそう。これ、あの時の急病人の家族から」
そう言って手紙を渡してきた。そこにはこう書かれていた。あの時助けられたのは幼い子供を持つ若い父親だったこと。あの悪天候の中でも着陸してくれたおかげで処置が間に合い、一命を取り止めたこと。本当にありがとう、と。

俺は涙が出そうになった。その様子を見たスミスさんは、にっこりと微笑んだ。俺はスミスさんの背中に向かって静かに手を挙げた。今日ほど管制官という仕事を誇りに思ったことはない。これからも高みを目指し、日々勉強していきたいと思っている。

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