「おい、そこ邪魔なんだよ。分かるだろ?いや、中卒だから分からないか」——入社初日から、課長の赤沢さんは僕をこうやって見下してきた。パソコンが好きで、家計を支えるために高校を中退した僕にとって、この職場は居場所じゃなかった。電話応対を押し付けられ、コーヒーを買わされ、毎日「中卒」と馬鹿にされる。耐えに耐えて、ついに会社を辞めて起業した。事業は順調に軌道に乗り、ようやく自由を手に入れたと思った。…

「おい、そこ邪魔なんだよ。分かるだろ?いや、中卒だから分からないか」——入社初日から、課長の赤沢さんは僕をこうやって見下してきた。パソコンが好きで、家計を支えるために高校を中退した僕にとって、この職場は居場所じゃなかった。電話応対を押し付けられ、コーヒーを買わされ、毎日「中卒」と馬鹿にされる。耐えに耐えて、ついに会社を辞めて起業した。事業は順調に軌道に乗り、ようやく自由を手に入れたと思った。...

「おい、そこ邪魔なんだよ。分かるだろ?いや、中卒だから分からないか。」

この言葉が、また耳に響いた。僕は浜崎仁。周りからは「暗い人間」と言われることが多い。でも、僕は決して暗いわけじゃない。ただ、小さい頃からずっとパソコンのそばにいたから、人と話す機会が少なかっただけだ。

両親は共働きで、僕は一人っ子だった。学校から帰ると、父から譲り受けたパソコンが遊び相手だった。パソコンにはできないことがないんじゃないかと思うくらい、いろんな世界が詰まっている。初めて検索で答えが出てきた時の感動は、今でも忘れられない。

音楽作成アプリ、スケジュール調整アプリ、お絵かきアプリ。用途は全部違うのに、一つだけのパソコンで全部できてしまう。どういう仕組みで作られているのか気になり始めると、もう没頭するしかなかった。人との交流は減ったけど、パソコンのことがますます好きになっていった。

学校の授業でも、普段は話しかけてこない連中が、パソコンの授業の時だけ僕を取り囲んでやってくる。「浜崎、これどうやるんだ?」——この授業の時だけはヒーローになれた気分だった。都合よく使われているだけかもしれないけど、頼りにされるのは結構嬉しかった。

ある日、パソコンを操作していると、担任の先生が教室までやってきた。「浜崎、ちょっと来い。」

何か呼び出されるようなことをしたかな。心当たりがないまま、先生に連れられて教室を出た。

「さっき親御さんから連絡があった。お父さんが倒れたそうだ。病院名は聞いてあるから、今すぐ向かいなさい」

僕は絶句した。父は体育会系で、いつも元気な印象だったからだ。タクシーに詰め込まれ、理解できないまま病院へ向かった。父は業務中にトラックとの衝突事故に巻き込まれたらしい。相手の運転手は過労による居眠り運転だったという。

医者の話では、重症で、社会復帰にはリハビリを含めても数年かかるとのことだった。

「ごめんな。迷惑かけて」

意識が戻った父は謝ってきた。でも、生きていてくれただけで十分だった。ただ、現実は厳しい。母も働いているがパートで、治療費のことを考えると、母の給料だけでは生活していくのは困難だった。

僕は大学に行くつもりだった。でも、そんな場合じゃない。僕も働いて家計を支えないと——そう決めて、高校を中退した。そして地元でネット関連事業を展開している会社に、契約社員として入社することになった。

「ごめんな、仁」

入社当日、玄関先で靴を履いていると、奥から父の声がした。

「父さん、謝らないで。僕、結構楽しみだよ。じゃあ行ってきます」

何しろ、仕事として大好きなパソコンに触れることができるのだから。

入社した会社では、一人一台パソコンが支給された。これを活用して、すべての業務に取り組んでいくという。

「じゃあ、浜崎君、自己紹介からお願いします」

「本日よりお世話になります。浜崎仁です。未熟者ですが、精一杯勤めてまいりますので、よろしくお願いします」

みんなが拍手で迎えてくれる中、一人だけ腕を組んだまま睨みを利かせている人がいた。でも、僕は気にしないようにしていた。

会社での仕事は、高校の授業とは難しさが桁違いだった。パソコンばかり向き合ってきたせいか、電話応対が自分でも驚くほど苦手だった。着信音が響くたびに、心臓が縮むような緊張感に襲われる。

「おい、浜崎。とっとと電話出ろよ」

電話は出られる人が出るという決まりだったはずだ。なのに、いつからか課長の赤沢さんは、僕にだけ電話応対を任せるようになっていた。

「お前のそんな寝腐った性格には、電話がぴったりの業務だろう」

ぴったりなわけがない。赤沢課長は、僕が苦手だとしている業務をわざとさせることで楽しんでいた。

「おい、そこ邪魔なんだよ。分かるだろ?いや、中卒だから分からないか」

廊下ですれ違う時も、いつもこうして邪魔物扱いされる。「なあ、コーヒー買ってこいよ」——最終的に、業務と全く関係のない場面でも従わせようとしてきた。

これじゃダメだ。昼休みに自販機でコーヒーを買いながら、僕は現状を嘆いた。でも、赤沢課長はうちの会社の重要な取引先である大企業の社長が叔父だということで、誰も何も言えない状態だった。

しかも、ミーティングでとんでもないノルマが発表された。

「来月から新たなノルマを設けていきたいと考えている。俺の能力で見積もると月40件は行けるから、君たちは30件でいいよ。よろしく」

一ヶ月の出勤日数は大体22日程度。そのうち月30件の受注なんて、到底達成できる数字じゃない。

同僚たちも噂話をしていた。「どう考えたって不可能な数字を、なんであんなに堂々と言えるんだよ」「おじさんに言われたことをそのまま言ってるだけなんじゃないの?」「そもそも課長が営業行ってた頃って、月10件とかだったらしいぞ」「何それ、口だけじゃない?」

僕は相手にするのも馬鹿らしいと、休み時間は自分の勉強に当てていた。組織で仕事をしていると、それなりの充実感はあるものの、「自分だったらこうするのに」と思うことが多かった。だったら、このまま自分で会社を起こしたい——そう思うようになっていた。

そんな日々に耐え続けて二年が経った頃、会社は業績不振で早期退職者の募集を始めた。業績が良くないという話はこれまでも聞いたことがあったが、こんな募集が出るまで悪くなったのは初めてだ。

まあ、二年目には関係ないか。そう思っていると、後ろからいきなりデスクの上に早期退職申請用紙が置かれた。振り返った先にいたのは、赤沢課長だった。

「あの、これって…」

「早期退職、お前しろよ。お前みたいな役立たずには賃金払ってられないからさ。やめてくれって言ってんの」

その日から毎日、赤沢課長は付け回すように「いつやめるの?」と煽ってきた。

「なあ、まだ書類提出してないの?いい加減出せよ」

周りに人がいるいない関係なく、毎日煽られる。同僚たちも哀れみの目でこちらを見ていた。

ここまでして残っている意味あるのかな——そんな日々が続くと、早期退職の文字が自分の中でも現実味を帯びてくる。僕は貯金残高を確認した。身につけた技術を振り返る。うん、僕ならできるはずだ。

僕は早期退職申請用紙を提出して、退職を決めた。そして退職から一ヶ月後、新しいシステム開発運営の会社を起業した。この日のために、時間を見つけては勉強し準備してきたのだ。仕事を辞めてからは全ての時間を準備に当てられたため、予想以上にスムーズに起業できた。

最初は個人事業主として進めていこうと考えていたが、不景気な時代でもネット関連事業の需要は減っていなかった。続々と仕事が舞い込んで、早々に社員を雇わないと回せないようになっていった。事業は成功したのだ。急成長とはいかなかったが、着実に業績と経験を積んで、複数の企業と長期的な契約を結ぶこともできた。

何より、パソコンが好きな人を採用していたため、社員が生き生きと仕事をしてくれていた。数年が過ぎ、このまま順風満帆に事業拡大していくぞ——そう思っていた矢先、不吉なニュースが舞い込んできた。

以前勤めていた会社が倒産したという。僕が辞めてからも早期退職者を募り続けていたらしい。それだけ経営が回っていなかったところから早く抜け出せて、本当に良かったと思った。

しかし、問題はここからだった。事件は、これから一緒に働く人の履歴書を見ていた時に起こった。なんと、中途採用として赤沢課長が応募してきて、採用されていたのだ。

以前の会社から何人か引き抜いていたため、一度は驚愕の声をあげてしまったが、口だけで仕事もまともにできない人材だと分かっていた。採用したくないと言うのが本音だった。すぐに人事部へ確認すると、驚くべき事実が判明した。

「赤沢社長から電話がかかってきて、甥を入社させるんだ。そうでないなら今後の契約も考えるからな、と言われたんです。仕方なく採用するしかありませんでした」

実はうちの会社は、赤沢課長の叔父である赤沢社長の会社と契約を結んでいた。日本でも有数の大手企業で、僕の会社が契約を取れるとは正直思っていなかったが、プレゼンを頑張ってくれた社員のおかげで大口契約を結ぶことができた。今でこそ多くの会社と契約できているが、経営基盤を固められたのは赤沢社長の会社との契約のおかげだ。いろんな恩もあり、赤沢社長の要望を断ることができなかった。

僕たちは泣く泣く赤沢さんを受け入れることになった。だが、またしても地獄のような毎日が始まった。

赤沢さんは、うちがインターネットを扱う企業であるにも関わらず、パソコンの知識が皆無だった。営業ができるわけでも、事務ができるわけでもない。それなのに、前の会社の気分のまま来たのだろう。周囲への態度は横柄なままだ。

「社長、お話があるのですが、お時間よろしいですか?」

ある日、社長室に一人の社員が現れ、机に退職届を置いた。人事部の中でも最も仕事ができ、いつも頼りにしている社員だっただけに、僕は驚いた。

「どうした?」

彼はいつも「ずっと社長について行きます」と言ってくれていた。それがどうして、こんなことになってしまったのか。僕は慌てて引き止めた。

「君のことは本当に頼りにしているし、改善できる部分があるなら全部改善していきたい。やめたいと思うほど追い詰めていたのなら、申し訳ない。何があったか教えてくれないか?」

そう頼み込むと、彼は頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまった。こんなにも彼を追い詰める人物は、一人しか思い浮かばない。

「赤沢さんか」

僕の問いかけに、彼はビクッと肩を震わせた。

「大丈夫。ここにはいないから。何を言われた?」

僕は彼と同じようにその場に座って声をかけた。彼が一言ずつ話してくれた内容は、まさに驚愕させるものだった。

赤沢さんは会うたびに嫌味をぶつけてきたという。

「なんでお前らより給料が低いんだ。おかしいだろ。とっとと辞めさせろ」

仕事もできていない人にそんなことはできないと思い、断ると人格否定が始まった。

「お前って本当に頭が硬いよな。こんな奴が人事部にいるなんて、俺だったら確実に首にしてるわ」

さらに赤沢さんは、自分に役職につけろと彼の部下にも毎日のように直談判をし、困らせるようになっていた。彼はその相談を受け続けていたのだ。直接的な嫌がらせだけでなく、間接的な精神負担まで負わせてしまっていた。

仕事ができない上に役職を求めてくるなど、考えられない行為だった。社長としても、一人の社員としても、この状況を変えなければならない。

「必ず解決してみせる。それまで、お休みという形を取ってほしい。どうしても君とは仕事をしていきたいんだ」

そう言うと、彼は声を出して泣いていた。

僕はすぐさま赤沢さんの身元調査を専門業者に依頼した。実は赤沢さんには前の会社の頃から横領の噂があった。これまでは噂でしかなかったため本格的な調査には至っていなかったが、もう黙ってはいられない。会社や社員の行く末がかかっている。

数週間後、業者から上がってきた報告書には、やはり横領の事実が記されていた。

こんな人を会社に置いておくわけにはいかない。僕は証拠を揃えた上で赤沢さんを呼び出し、問題行為と横領を理由に即日解雇処分とした。

「はあ?こんなの知らねえよ」

下手くそかと突っ込みたくなるほど白ばっくれていたが、証拠が揃っている以上どうしようもない。

「これは信用問題です。あなたは弊社での信頼を失った。もう来ないでください」

赤沢さんは茹でダコのように顔を真っ赤にさせて出ていった。社内では「よくぞ言ってくれた」と言わんばかりに、拍手が湧き起こった。僕は前の会社で赤沢さんから受けていた辛さを、少しでも消化できたのかもしれないと思った。

ところが、その翌日。またしても赤沢さんがやってきた。

「もう来なくていいと伝えたはずですよね」

そう言いかけた時、赤沢さんの後ろに、彼の叔父である赤沢社長もいることに気がついた。僕がとっさに秘書に目を向けると、秘書が小さく頷いた。

「おい、勝手にクビにするなんてどういうつもりだ?」

赤沢社長が僕の目の前で仁王立ちして怒鳴る。当の本人は、悲劇の主人公のように赤沢社長の後ろに隠れていた。

僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせ、まっすぐ赤沢社長の目を見た。

「そう言われましても、社内での赤沢さんの態度、そして何より会社のお金を横領していたという事実が発覚した以上、解雇が妥当です」

「うるさい黙れ!大口取引先相手に何て口の聞き方だ!」

「取引先というのは関係ありません。横領は犯罪です。誰がしたとしても、悪いものは悪い。それに変わりはないはずです」

すると、隠れていた赤沢さんが顔を出して参戦してきた。

「お、お前の会社で俺がどれだけ面倒見てやったと思ってるんだ。上司からの恩を、こんな仇で返してくるなんて、どんだけ恩知らずなんだよ」

何が恩だ。僕の頭の中で、そんな疑問がぐるぐると回る。さらに追い打ちをかけるように、赤沢社長も応戦してきた。

「この解雇、取り消しにしないと、うちとの契約は終了する。それでもいいのか?」

赤沢社長が来た段階で、契約の話が来るとは思っていた。その通りすぎて、僕は思わず笑いそうになった。

「切りたければどうぞ。むしろ、そちらが大丈夫ですか?」

「はあ?大丈夫に決まっているだろう。ここみたいな会社とはいくつも取引してるんだ。ここと契約を切ったとて、何の痛痒もない」

「そうですか。では、契約が切れた後にどんな事態が生じても、弊社は責任を取りません。それで構わないということですね」

「何様のつもりだ。当たり前だ。ここと契約がなくなっても、何のデメリットもない」

「かしこまりました。では、本日を持って契約終了とさせていただきます」

「なんでお前に言われないといけないんだ?こっちのセリフだ。今日限りで終了だ!」

赤沢社長はそう怒鳴り散らすと、早足で会社から出ていった。後ろにいた赤沢さんは何か言いたそうにしていたが、言葉が見つからなかったのか、睨みつけるだけ睨みつけて会社を後にした。

その翌日。会社にかかってきた電話を受けた社員が、顔面蒼白で僕のところにやってきた。

「社長、赤沢社長からです。また恐ろしいほど怒りのご様子です」

「ありがとう。変わってくれる?」

僕が電話に出て、要件を聞くよりも先に、赤沢社長の怒鳴り声が耳元で響いた。

「どうしてくれるんだ?会社のシステムが全て使えなくなってしまっただろうが!」

「それはそうでしょう。うちのシステムをメインとして導入されておられましたからね」

「業務が完全にストップしてしまっている。お前のせいでな。損害賠償請求するぞ!」

「おや、それは昨日と話が違いますよ。うちの契約が切れた後にどんなことが生じても、責任を取りませんと言ったら、承諾してくださったじゃないですか」

「そんなこと言ってない!」

赤沢社長は、都合が悪くなったら言ったことを忘れてしまうタイプの人間らしい。でも、そんな作戦は通用しない。僕はICレコーダーを押し付け、再生ボタンを押した。昨日の僕と赤沢社長とのやり取りが流れる。優秀な秘書が、僕の意思に気がついて録音しておいてくれたものだ。

「こうおっしゃっていましたので、弊社は一切の責任を負いません」

赤沢社長は沈黙した。

「では、こちらは業務がありますので、失礼いたします」

もう話すことは何一つ残っていなかったから、そう言って電話を切った。

後日、風の噂で聞いた話だが、赤沢社長の会社では数日間業務が完全に止まってしまい、大損害を出したそうだ。また、この大損害を引き起こした発端として、赤沢さんは見放されてしまったらしい。どうしているのか少し気になりもしたが、もう全く関係のない人だ。

僕はどんなトラブルが発生しても、僕の会社と、会社で働いてくれている社員のみんなを守っていこう。そう心に誓っていると、オフィスのドアが開き、一人の社員が入ってきた。あの、赤沢さんに追い詰められ、一度会社をやめようとしていた社員だった。

「社長、本当にありがとうございました」

戻ってきた彼を見て、他の社員たちも「お帰り、待ってたよ」と声をかけてくれていた。

「社長、またこれからよろしくお願いします。僕、めちゃくちゃ頑張りますので」

彼に笑顔が戻っていた。その笑顔を見ていると、なんだかやる気が湧き上がってくる。みんなを守っていこうと思っていたが、守られていたのは自分なのかもしれない。

みんなありがとう。一緒にどこまでも、この会社を大きくしていこう。

今日も業務が始まる。新たな決意を胸に、僕はパソコンを起動させるのだった。

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