「通報したら、無闘組のヤクザの仲間があんたの家族全員消すわよ」—…

「通報したら、無闘組のヤクザの仲間があんたの家族全員消すわよ」—...

「子供同士の喧嘩でしょ。許しなさい。通報したら、無闘組のヤクザの仲間があんたの家族全員消すわよ。」

私は松岡さゆり。中学1年生の娘・すみれを持つ、どこにでもいる普通の主婦だ。

あの日、スーパーのパートを終えて家に帰ると、玄関の前にすみれが立ち尽くしていた。制服は汚れ、いつも綺麗に整えている髪はボサボサ。よく見れば、顔も体も傷だらけだった。

「どうしたの? 傷だらけじゃない?」

「あ、お母さん…これは、ちょっと転んじゃって…」

弱々しく笑うすみれ。何かを隠そうとしているのは明らかだったが、まずは治療が先だと、私は彼女を説得して病院へ連れて行った。幸い、入院が必要なほどの大怪我ではなかったが、包帯とガーゼに包まれた痛々しい姿を見て胸が痛んだ。

家に帰り、何もなかったように「晩ご飯はすみれの大好きなクリームシチューよ」と声をかけると、すみれは嬉しそうに笑った。だが、その瞬間、突然彼女の目から涙が溢れ出した。一度溢れた涙は止まらず、大粒の雫が頬を伝っていく。普段ほとんど泣いた姿を見たことがない私は、ひどく驚いた。

「ああ、ごめんなさい。お母さん…」

私はそっとすみれを抱きしめた。「大丈夫よ。泣きたい時は無理しないの」と背中を撫でると、すみれは声を上げて泣き始めた。私はただ、泣き続ける彼女を抱きしめ続けた。

しばらくして落ち着いたすみれは、小さな声で告白した。

「お母さん、ごめんね。実は…隣に住んでいる同級生の美奈さんに暴力を振われたの」

「美奈さんって…このさんの娘の?」

「うん。私ね、小学校の時からずっと美奈さんから嫌がらせを受けてたんだ。テストの点数が私の方が良かったり、体育でいい成績を残したりすると、必ず…。今回、中間テストで私が学年で1位の成績だったの。そしたらそれが気に食わなかったみたいで、美奈さんが仲間を連れてきて、その人たちに殴られたの」

すみれの告白に、私は絶句した。こんな小さな体で、どれだけ痛くて辛い思いをしてきたのだろう。仕事と家事で忙しい両親に迷惑をかけたくなくて、ずっと我慢していたのだという。

その夜、帰宅した夫のひ雪に今日の出来事を話すと、彼も最初は驚いていたが、次第に怒りで険しい表情になった。

「ねえ、あなた。私、今からこのさんの家に行ってこようと思うの」

「でも、仲間を集めて集団で暴力を振るような子だろ。すみれがもっとひどい目にあったりしないか」

「だからって黙ってやり過ごすの? すみれが今後も我慢を続けて生きていくしかなくなるなんて、私はそっちの方が怖いのよ」

「わかった。それなら俺も一緒に行くよ」

私たちは決心を固め、すぐに隣の家へ向かった。インターホンを押すと、エプロン姿のこのさんが不快そうな顔で姿を現した。

「うちの娘、すみれが今日傷だらけで帰ってきたんです。事情を聞いたら、こちらの娘さんに暴力を振われたと言っていて…」

「はあ? そんなこと知らないわ。美奈は何も言ってなかったけど。もしかして、さゆりさんの娘が嘘ついてるんじゃないの? 構って欲しくてそういう嘘つく子供とかいるじゃない」

「ちょっと待ってください。今日だけじゃなくて、すみれは小学生の頃からずっと嫌がらせを受けてきたと言ってるんです。暴力は犯罪です。私は警察に通報するつもりです」

しかし、私の必死の訴えも虚しく、このさんは突然笑い始めた。

「子供同士の喧嘩でしょ。許しなさい。通報したら、無闘組のヤクザの仲間があんたの家族全員消すわよ。私の旦那は無闘組の若頭なの。私に立てついたらどうなるか分かるわよね」

ニヤニヤしながら顔を近づけてくるこのさん。振り返ると、ひ雪の顔は青ざめていた。

「そこまで言うなら、全幹部連れて家に来てみなさいよ」

このさんは私の言葉を強がりだと思ったのだろう。鼻で笑って、私たちを強く外へ押し出し、勢いよく扉を閉めて鍵をかけた。

家に帰った瞬間、私は怒りに震えていた。ひ雪は「もし本当にヤクザと関係があるなら、あまり大事にしない方がいいんじゃないかな」と心配そうに言う。だが、こちらに日は全くないのに我慢して生活しなければいけないなんて、どうしても納得がいかなかった。

「大丈夫。私に任せて。ちょっと電話するね」

私はスマホを取り出すと、母親へ電話をかけた。何年ぶりだろう。とても久しぶりだ。

「もしもし、お母さん? 久しぶり。…実はね」

私は母に、すみれがずっと嫌がらせを受けてきたことや今日あったことを全て包み隠さず話した。

「なるほどね。それはうちの組としても黙ってられないね。わかった。明日、幹部をあんたの家に送るよ」

「ありがとう、お母さん」

電話を切った後、様子を伺っていたひ雪は状況がうまく飲み込めず、ポカンとした表情を浮かべていた。

「今のは…お母さん?」

「うん。実はあなたに黙ってたんだけど、私は無闘組の組長の娘なの。…ごめんなさい。ヤクザの娘だって知られたら、あなたにもすみれにも迷惑がかかるかもしれないと思って、実家と縁を切る覚悟で家を出たの。でも今回だけはどうしても我慢ができなかった。お願い、協力してほしい」

私はひ雪に深く頭を下げた。その時、リビングの陰からすみれが姿を現した。

「それ本当? おばあちゃん、ヤクザなの?」

「すみれ、起きてたの?」

「うん。喉乾いちゃって。それよりも、その話は本当なの?」

「え、本当よ。黙っていてごめんなさい」

「うん。話してくれてありがとう。少しだけ怖いけど、どちらかと言えば嬉しいかな。全然会えないから、おばあちゃんは実はいないんじゃないかって思ってたくらいだもん」

すみれは冗談めかして肩をすくめて笑った。私が打ち明けた秘密を、2人は優しく受け止めてくれた。それがとても嬉しかった。

翌日、母の言った通り、幹部の人たちが私の家を訪れた。屈強なヤクザの幹部たちに、ひ雪はすっかり恐縮した様子だ。すみれも緊張した面持ちで私のそばに立っている。

「今日は来てくれてありがとう。改めて事情を説明させてもらうわね」

私は昨日母に説明したことと同じことを再度説明した。すると幹部たちは、このさんのことを聞いて怒り始めた。

「何なんすか、そのやばい女と娘は。しかも旦那がうちの若頭ってのか。恥ずかしくて仕方ねえな」

「さっさとそいつの家に乗り込んでやりましょう。俺たちが後悔させてやりますから」

「すみれ、怖かったら家で待っててもいいのよ。見たくないものを見せてしまうかもしれない」

しかしすみれは首を左右に振った。

「これは私のためにやってくれてるんだもの。私が見届けないといけないと思うから、行く」

ついさっきまで怯えていたはずのすみれの目には、強い覚悟が宿っていた。私はいつの間にか成長している娘に驚いた。

「分かった。じゃあ一緒に行こう」

私たち家族と幹部たちは、隣の家へと向かった。幹部の人たちはインターホンを押さず、扉を壊れそうなほど強く叩く。

「ああ、誰だよ。この俺に喧嘩でも売ってんのか?」

扉が乱暴に開き、このさんの夫らしき男がひどく不機嫌そうに姿を表した。

「よお、裕介。俺たちが誰だか分かるよな」

裕介さんは目の前に現れた幹部の顔を見て固まった。

「え? あ、あなた方がどうしてここに?」

「お前の娘が、組の組長の大事なお孫さんに集団で暴力を振ったんだよ。しかも小学生の時から嫌がらせをしていたそうじゃねえか」

「な、何かの間違いじゃないですか」

幹部が低い声で迫ると、裕介さんは震え上がった。すると、玄関の騒ぎを聞きつけたこのさんと美奈さんが、ひどく不機嫌そうに家の奥から姿を現した。

「なんであんたがここにいんのよ。昨日言ったこともう忘れたわけ? どこのチンピラを連れてきたか知らないけど、そんなことしたら大変なことになるわよ」

「パパ、こいつら潰しちゃってよ。この役者、昨日家にイチャモンつけてきたのよ。子供の喧嘩に首突っ込んでさ、偉そうに上から物言って、何様だって言うのよ」

「こ、すいません。妻と娘にはよく言って聞かせますんで」

裕介さんはその場で土下座をして、額を床に擦りつけた。

「ど、どうしたのよ、あなた」

「いいからお前らも謝れ!」

「はあ? なんで私たちが謝らなきゃいけないのよ」

「この方は無闘組の幹部の方たちだ。そしてお前らが手を出したのは、組長のお孫さんなんだよ」

「嘘…」

裕介さんの叫ぶ声に、このさんは言葉を失った。しかし、それでも美奈は怒りを収めなかった。

「いやよ。何も悪くないのにどうして謝らなきゃいけないのよ。そもそも子供同士のよくあるイザコザにヤクザの幹部まで連れてきて力で押さえようとか、親として恥ずかしくないわけ? そうよ、卑怯者な」

「私だって勉強してるのに、この間だってテストで1位とって、私が欲しいもの全部持ってるくせにさ。ちょっと痛い目にあったくらいで親に泣きついて、ダサいと思わないの? 本当はテストとかも卑怯な手でも使ったんじゃないの?」

「黙れ!」

ひどい言い分に幹部が怒り、このさんと美奈さんは肩を震わせて黙り込んだ。

「さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。もう我慢ならねえ。覚悟しろよ」

幹部が指を鳴らしたところで、すみれが叫んだ。

「待ってください」

すみれは前に出て、このさんと美奈さんをまっすぐに見つめた後、美奈さんを平手打ちした。パチンと乾いた音が響き渡る。

「卑怯なのはどっち? テストの点数が良かったってだけで毎回嫌がらせされて、私はずっと我慢してきた。我慢すればいいことだと思ってたから。でもそれは間違ってた。だって何もそれじゃ解決しないもの。もっと早く助けを求めてれば、両親に迷惑をかける必要もなかった」

「はあ? 今度は被害者ずら」

美奈は頬に手を当てて鬱陶しげに言う。すみれは大きなため息を吐き出した。

「美奈ちゃんがちゃんと謝って、これからは嫌がらせをやめてくれるならと思ったけど、無駄だってわかった。だから今日は、今までされたことを幹部の皆さんの力を借りてやり返すって決めた」

すみれはそう宣言すると、振り返って幹部の人たちに頭を下げた。

「よろしくお願いします」

すみれの行動を見守っていた幹部はニッと笑うと、すみれの頭をわしゃわしゃと撫でた。

「ああ、任せろ。というわけだから、覚悟しろよ」

幹部たちはこのさん家族を家の奥へ引きずっていくと、殴り始めた。ドカドカとすごい音が家中に響く。

「ひっ、本当に許してください。痛い、やめて」

しばらくして、このさん家族は声もあげられないほど痛めつけられ、息も絶え絶えになっていた。

「ここから先は俺たちが処理をするので、先に帰ってください」

「分かりました。今日は本当にありがとう」

私は幹部の人たちにお礼を言って、すみれの肩を抱いた。

「お母さん、すみれ。よく頑張ったわね。お父さんと帰りましょうか」

じっと殴られる様子を見ていたすみれは、ほっとした様子で微笑んで頷いたのだった。

翌日、母から連絡が来た。このさん夫婦は昨日の騒動の後、組の事務所へ連れて行かれ、私たち家族と無闘組に迷惑料として1億円を支払うこととなったらしい。裕介さんは借金取り立てで働かされ、このさんは海外のどこかの国に売り飛ばされてしまったようだ。美奈さんは行く当てもなくなり、私たちが住む町から遠い場所にある施設へ預けられることになった。

すみれはそれを知ると、これからは安心して学校に通うことができると、ほっと胸を撫で下ろしていた。

2年後、1億円の借金を全て返済し、家に戻ってきたこのさん家族は、すぐに無闘組と私たちに謝罪をしに来た。久しぶりに会ったこのさん家族は痩せてボロボロの服を着ていて、以前の面影はほとんどなかった。

「本当に申し訳ありませんでした。娘を大事にしないと…私たちは自分たちがいかに愚かなことをしたのか、やっと気づいたんです。今回のことを一生忘れず、心を入れ替えて静かに暮らしていこうと思います」

私はそこで初めて、ようやくこの一連の事件が幕を閉じたように思った。

それから1年後のこと。すみれは無事に志望校だった県内トップの進学校へと進学することができ、勉強に部活にと充実した学校生活を送っている。平和な生活が今日もできていることに感謝しつつ、私はパート勤務へと向かうのだった。

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