温泉旅行の前、私は義娘の冴えない態度にすっかり参っていた。息子の正人が冴香という女性を連れてきた時は、とても嬉しかった。良いお嬢さんだと思った。しかし結婚してから、彼女の本性が明らかになったのだ。それは、とんでもなく傲慢で意地悪だった。
ある日、私は息子夫婦を家に招き、手料理を振る舞った。だが、冴香は最初から最後まで文句ばかり言った。
「え、お呼ばれしたから来たのに、こんな手抜き料理ってありえます? 」
「おい、冴香、そんな言い方はないだろう」
「だって私、こんなもの食べたことないし。まずそう」
正人が何度注意しても、彼女は態度を改めなかった。私は、こんなことなら呼ぶんじゃなかったと後悔した。それからも、冴香は私に一方的に敵意を向け続けた。
十一月になり、正人から連絡があった。
「母さん、正月はみんなで温泉旅行に行かないか? 冴香とその両親と一緒に。冴香の父が良い旅館を知っているらしいんだ」
「まあ、いいわね。でも、ご両親に悪いわね」
「大丈夫だよ。俺も出すつもりだし」
こうして、私は義家族と温泉旅行に行くことになった。どんな旅館か楽しみで仕方がなかった。
旅館は本当に素敵な場所だった。雪が静かに降り積もる、風情のある温泉旅館。私は目を輝かせた。
「わあ、やっぱり素敵なところね」
「そうだな。何か不自由もないし、最高だな」と、冴香の父が言った。
「ああ、今ちょっと改装中のところもあるみたいだが、その都合でいい部屋を用意してもらえたんだ。宿の人と知り合いでね」
「あら、そうだったのね」
さて、温泉に入ろうとした時だった。冴香が私に向かって言った。
「あ、お母さんは入らないでくださいね。ばい菌とか映されたら嫌なんで」
「え、何でそんな意地悪なことを言うの? 」
「いいじゃん。本当のことなんだから。こんな汚いおばさんと入ったら病気映されそう」
彼女の両親も怒ったが、冴香は素知らぬ顔でゲラゲラと笑っていた。私は彼女が温泉から出てしばらく経ってから、一人で入りに行った。一緒に入ったら、また何か言われそうだったから。
夜になり、旅館の豪華な料理が部屋に運ばれてきた。私は久しぶりの贅沢を楽しみ、美味しい料理に舌鼓を打った。雪が降り積もる景色を眺めながら、うとうとと眠くなってきた。寝る前に、部屋が乾燥していたので飲み物を買おうと、私は浴衣のまま廊下に出た。
すると、冴香が後ろから声をかけてきた。
「あの、お酒飲み足りないので買ってきてもらえます?

」
「え、でも売店はもう閉まってるし。ここの自販機はジュースしかなかったんだけど」
「はあ? そんなこといいから、ワイン買ってきてくださいよ。あとビールと梅酒とか」
「え、でもないものはないし」
「はあ? 何生意気なこと言ってるんですか? 私にそんな口聞いていいと思ってるんですか?
役立たずは頭冷やしてきなさいよ」
そう言うと、冴香は私を無理やり外に押し出し、鍵を閉めてしまった。私は真冬の吹雪の外に、浴衣姿のまま締め出されてしまったのだ。
寒さで声もまともに出ない。カーテンは閉められ、従業員も私に気づかない。手も足もかじかみ、その場に立ち尽くすしかなかった。
このままでは命の危険がある。必死に辺りを見渡すと、庭の生け垣に小さな穴が開いているのが見えた。しかも、その奥に人ひとりが通れそうな隙間もあった。私は幼い頃からバレーボールをやっていたので体は柔らかく、かなり細い方だった。私はその隙間に体をねじ込み、なんとか外へ抜け出した。
入り口に回って締め出されたことを伝えると、従業員は驚いていた。その晩は別の部屋に泊まらせてもらい、新しい浴衣と温かい飲み物をもらった。私は生きていて良かったと心から思った。
翌朝、なんだか騒がしい声で目が覚めた。何事かと廊下に出てみると、なんと冴香が生け垣の隙間に挟まっているではないか。
「ああ、助けて! 」
「なんでこんなことに? とりあえず救急車だ! 」
冴香はそのまま病院に搬送された。かなり体が冷え切っているようだ。全員で病院に駆けつけると、彼女は昨日の真夜中からあの隙間に挟まっていたという。私が通り抜けた、あの隙間だ。
私は体が柔らかくて細いが、冴香はそうではない。特に運動をしている様子もなく、かなり太っていた。以前、彼女の体重が九十キロもあると聞いたことがあった。隙間に挟まって当然だろう。
何故そんなことになったのか。冴香は病室で震えながら話した。
「昨日の夜、こっそり旅館から出て近くのコンビニに行ったのよ。そこでお酒を飲んじゃって……。廊下でふらふらになって、誰かが開けてた窓から庭に落ちちゃったの。でも、その直後にまた別の人が窓を閉めちゃって、入れなくなったのよ」
「で、あの生け垣の隙間と改装中の兵の間を抜けようとしたってわけね」
「ええ、そうなんです。でも私のこのぽっちゃりボディが邪魔して、挟まっちゃったんです」
彼女は肩を半分入れたところで、抜け出せなくなったらしい。朝になって彼女がいないことに気づいた息子が探し回り、庭に転がっているところを発見したそうだ。
息子曰く、「息が耐えそうな虫みたいに足をじたばたさせていた」らしい。なんだか不謹慎だが、想像して笑いそうになってしまった。
すると、嫁の両親が私に尋ねた。
「そういえば、あ子さんも昨日いなかったけれど、どこにいたんですか?
私たち心配してましたのよ」
「あ、えっと。実は冴香さんに庭に閉め出されてしまいまして。なんとかあの生け垣と兵の隙間から抜け出して、入り口に回って助けてもらいました。それで、昨日は別の部屋に泊まらせてもらってたんです」
「え、なんだって? ちょっと冴香、あなた、あ子さんにそんなことしたの? 」
冴香の両親は激怒した。怖くなったのか、冴香は震え始めた。
「だ、だって私のためにお酒を買ってきてくれなかったのよ。だからちょっとしたいじわるのつもりでやっただけなの。私はそこまで悪いことなんてしてないわ」
「お前、まだそんなことを言うのか」
「お父さん、怒らないで! 」
「こんな娘を育てた覚えはない。もうお前なんか娘でも何でもない」
「そうよ。もう一族の恥だわ」
「お前とは親子の縁を切る。いいな!
」
「お父さん、そんな冷たいこと言わないでよ! 」
「黙れ、恥知らず! 」
嫁は泣いていたが、泣いたって仕方ない。最初に私にひどいことをしてきたのは彼女なのだから。
すると、息子も静かに口を開いた。
「じゃあ俺も、離婚しようかな」
「え、待ってよ! 」
「だって俺だって、何をされるか分からないだろう。そんな奴と一緒にいられるかよ。寝てる間に何かされそうだ」
「そんな変なことしないって!
」
「いや、もう信じられないな」
冴香は病室で急に大声をあげ、私に向かって汚い言葉の数々を浴びせ始めた。耳を塞ぎたくなるほどだった。
「この役立たずのアホ! クズ! 老害! ため女!
地味姑! トメのせいで私が責められるはめになっただろうが! 土下座して謝れ! てめえ許さねえからな!
」
開き直りもいいところだった。私は冷静に言い返した。
「あら、あなたにそんなこと言われるほど、私は悪い女じゃないわ。あなたよりまともよ」
「ああ? 何だと!? 」
「あなた、昨日私を締め出す前に、男性といかがわしい会話をしていたでしょう。ほら、お隣に泊まっていたあの男性と」
冴香は一瞬、言葉を失った。私は旅行が終わってから暴露するつもりだった。せっかく親御さんが招待してくれた旅だから、その時だけはみんなで楽しく過ごしたかった。しかし、もう我慢できなくなってしまった。
「私はあなたたちのことを、見ていたのよ。もちろん、スマホで写真だって撮ってある」
「ほら、あなたとあの男性のいかがわしい写真よ。こんなに身を寄せ合って、何をしているのかしら? 」
冴香は顔色を真っ青にした。実は、彼女は昨夜、隣の部屋の男性と付き合っている男女にしか許されない行為をしていたのだ。私はこっそりそれを目撃し、証拠写真も撮っていた。
冴香の両親は怒り狂った。
「お前、なんてことをしてるんだ!
旦那に申し訳ないと思ってないのか! 」
「そうよ! あんたは頭もおかしいわ! 」
息子も怒り出した。
「こんなことまでしてたなんて許せない。母さんに意地悪しただけでなく、旅行先で浮気。どういうことだ?
」
「違うのよ! これは浮気とかじゃなくて、ただ世間話をしてただけよ! 」
「この写真のどこを見たら、世間話をしてただけになるんだよ。どっからどう見ても、おかしなことしてるじゃないか」
「だ、だってあの人が私のぽっちゃりボディに惚れたって言うから……」
「だからって! もういい。俺は絶対に許さない。慰謝料も請求するからな。母さんを外に出した時点で離婚だと思ってたけど、もう容赦しない」
「そんな!
お願い、許して! 」
「お前は反省が足りない。もっと頭を冷やすか? また外に出されたいか? 」
「そんなの嫌!
」
冴香の両親も言い放った。
「もうお前をうちには二度と入れない。分かったか? 」
「え、待ってよ。そんなのあんまりだわ」
「母さんに生意気な口を聞くな。お前はまったくこりないやつだな。よし、帰ろう。こんな奴は放っておこう」
「え、俺たちは先に帰るからな。自力でどうにかしろ」
こうして、冴香は病院に置き去りにされた。ちょっとかわいそうかなとも思ったが、私にあんな酷いことをしたのだし仕方ない。それに、他の男性といかがわしいことをしていたのだから、息子に怒られても当然だ。
私たちはみんなで地元に戻った。その後、冴香は息子に離婚され、浮気の慰謝料を請求された。専業主婦だった彼女は、独身時代の貯金を使い果たし、ほぼ一文無しになったそうだ。そして実家にも入れず、何度も懇願したが門前払いを食らったらしい。
あれから冴香を見ていないが、噂では大人の店で働き始めたそうだ。需要があるのかと思ったが、彼女のような人間でも好きだという男性がいるのかもしれない。
もう冴香とは縁が切れている。私は自分のために生きようと思う。息子も再婚するなら、次こそまともなお嫁さんをもらって欲しいものだ。


