「お姉ちゃん、何も知らないの?」
私が出産したと自慢してきた姉のり子が、勝利を確信したように見せつけてきた写真には、赤ちゃんを抱く彼女の姿があった。
「まさと私の子供よ。これであなたたちが不妊の無能だって証明されたわね。」
夫の裏切りに、姉の裏切り。2人に同時にされていたのは、夫の正と姉のり子によるダブル不倫だった。悪びれることなく「子供を産めない私が悪い」と言い放った2人に、私は離婚を決意した。その後、実家で暮らしていたのだが、数年経ってまた2人が現れたのである。
「順一と離婚するわ。財産分与を増やすために今まで我慢してたのよ。」
姉は順一に離婚届を突きつけ、勝ち誇ったように笑った。しかし、私は同じ顔をして、寝室へと向かった。ベビーベッドで眠る娘のゆいを抱き上げ、2人の前に連れて行ったのだ。
「私と順一さんの子供よ。何ですって?」
り子はまじまじとゆいの顔を覗き込んでいたが、娘の目は順一そっくりな二重で、鼻は私とうり二つだった。
「私も純一さんも不妊なんかじゃなかったのよ。不妊は私の体が原因じゃなかったって証明されたわね。」
私の家は、公務員の父とパート勤務の母、2歳年上の姉の4人家族だった。妹の私とはあまり仲が良くない姉のり子は、小さい頃から私のものをよく取り上げる子だった。両親は姉妹を平等に育ててくれたが、り子は両親が私ばかり可愛がると嫉妬していたのだ。
り子が中学に上がると、外でも問題行動を起こすようになり、両親は随分手を焼いていた。学校に呼び出されることは日常茶飯事で、高校に入ると悪い仲間と付き合うようになり、警察に補導されることも増えていった。ある日、家に帰ると、リビングから父の怒鳴り声が聞こえてきた。り子がまた何か事件を起こし、高校から停学を言い渡されたらしい。
「お前は自分が何をやったのか分かってるのか?」
「別に大したことじゃないし、みんなやってることだよ。」
「みんなって、学校を停学になってこの先卒業できなかったらどうするの?」
り子は両親の話をまともに聞こうともせず、暴言を投げつけて部屋を出ていってしまった。停学が開けてもり子は帰ってこず、ようやく帰ってきたのは3ヶ月が過ぎた頃だった。今までどこにいたのかと心配する母に何も答えず、り子は一方的に結婚すると宣言したのだ。
「お前はまだ高校生だぞ。結婚なんて認められるわけないだろう。」
「反対しても無駄。もう決めたんだから。」
「相手はどこの人なの?学校はどうするの?」
「学校はもうやめた。心配しなくても相手は大人だから問題ないよ。」
結局、り子は両親の反対を押し切るようにして家を出ていった。おそらく相手の男性と駆け落ち同然で結婚したのだろう。その後は連絡1つなく、両親もり子のことは話さなくなった。しかし半年後、り子は夫を連れて家に帰ってきたのだ。
「順一が働けなくなったから、これからはここに住むわ。」
り子の夫と紹介された順一は、元々型枠大工をしていたようだが、仕事中の大怪我で足が不自由になり働けなくなってしまったらしい。古い建物の実家では車椅子が使えないため、移動には誰かの介助が必要だった。しかしり子は1日中外に出かけてしまうため、順一は最低限の移動のみを私や母に頼んできたのだ。断るのも申し訳なく手を貸していたのだが、そのお礼にと順一は楽しい話を聞かせてくれた。
ある日、私は順一にり子との馴れ初めを聞いてみた。
「お姉ちゃんとはどこで出会ったの?」
「前の職場の近くで数人の男に絡まれてたのを助けたんだ。それ以来、何がいいのか俺の周りについてしまって。だけど結婚する気はなかったんだ。」
「お姉ちゃんが強引に迫ったんでしょ。」
順一ははっきりとは言わなかったが、り子の性格を考えれば容易に想像できた。順一は在宅ワークをしながら母の家事も手伝うようになり、母も次第に順一を受け入れるようになった。それに比べ、り子は数ヶ月経っても働くことはなく、毎日遊び放けている。ある日、父は順一にこう言った。
「足が不自由だというのに前向きに頑張って君は偉いな。」
「いえ、自分にできることをやっているだけです。それより、急に住み着いてしまって本当に申し訳ございません。」
「いや、謝る必要はないよ。ちゃんと生活費も入れてくれて、家事まで手伝ってくれてるじゃないか。私たちは君に感謝しているんだよ。」
ある朝、順一は出かけようとしていたり子を呼び止めた。
「たまにはお母さんの手伝いをしたらどうだ?」
「何よ。介助もできないくせに私に意見するつもり?」
「意見とかじゃなくて、世話になってるんだから少しくらい手伝ってもいいだろう。」
「うるさいわね。あんたがこんな役立たずだとは思っても見なかったわ。結婚して損したわよ。」
「それは悪かったよ。」
り子は怪我をして収入が半減した順一のことを避難し、順一はひたすら謝っていた。実際のところ、り子は母の財布から勝手にお金を持っていってしまうこともあり、実家の生活は厳しいものがあった。順一が収入のほとんどを生活費として入れてくれているから助かっているものの、私が大学に行けるお金はなかったのだ。仕方なく、私は高校を卒業した後、地元企業に就職した。
それから数年が経ち、私は取引先の担当者だった正と交際を始め、1年後に結婚することになった。正はとても優しい性格で、仕事も真面目に頑張っている。結婚してもきっと幸せになれると信じていた。しかし、結婚して3年が経つ頃から正の様子がおかしくなっていったのだ。私との会話を避けるようになり、明らかに冷たい態度を取るようになった。それに加え、毎日家に帰るのは23時を回り、いつしか家に給与を入れなくなったのである。
「どうして家にお金を入れてくれないの?」
「3年経っても子供もできないお前を、どうして養わなきゃいけないんだ。」
その言葉に私は耳を疑った。確かに3年経っても私たちの間に子供は生まれていない。しかし、だからと言って夫の責任を放棄する理由にはならないはずだ。
「子供ができないのは私のせいだけじゃないわ。あなたがもう少し早く帰ってきてくれて、家事を手伝ってくれたら私の負担も減るし、そしたら赤ちゃんだってできるかもしれないじゃない。」
「子供も産めないくせに、家事まで俺にさせようっていうのか。」
正は何かにつけて「子供を産めない女」だと私を避難した。しかし、私は病院で妊娠に問題ない体だと診断されていたのだ。
「私の体に異常はなかったわ。そんなに子供が欲しいなら、まさも病院で検査を受けてみてよ。」
「なんで俺が。まさか俺に問題があるって言いたいのか?」
正は片くに検査を拒否し、一方的に私に問題があると決めつけた。そればかりか正は仕事を辞め、私の同僚たちに「あいつは子供を産めない」と吹聴して回ったのである。その結果、私は同僚たちから道場の目を向けられるようになり、いつしか否定することもやめてしまった。
ある日、珍しく早く帰ってきた正が風呂に入っている時、リビングに置いていった彼のスマホが鳴ったのだ。画面の通知には、り子のアイコンと名前が表示されている。なぜ正が姉と連絡を取っているのかと不思議に思った私は、彼のスマホを開いてみた。すると、正とり子は毎日のように2人で会っていることが分かったのだ。写真フォルダには正とり子が裸でベッドに横たわっている写真もあり、2人がダブル不倫の関係であることを知ってしまったのである。腹立たしくて仕方なかった。私は風呂から上がった正を連れて、すぐに実家へと向かった。
「お姉ちゃんいる?」
「さっき帰ってきたみたいだけど、どうしたの?」
私の様子がおかしいことに気づいた母は心配そうに声をかけてくれたが、この時の私はそれを無視してり子の部屋に向かった。
「こんな時間に一体何?」
「お姉ちゃんと正って不倫してるよね。」
「証拠があって言ってるのよね。じゃなきゃ名誉毀損で訴えるわよ。」
「証拠ならあるわ。」
私は正のスマホを取り出し、2人のやり取りや一緒に映る写真を見せつけたのだ。
「信じられない。順一さんや私を馬鹿にするのもいい加減にしてよ。」
「仕方ないじゃない。まともに給与も稼げない上に、子供も作れないのよ。」
「俺はこんなに子供が欲しいのにお前が産めないから、寂しかったんだ。」
2人は開き直り、身勝手な言い訳を繰り返した。
「これからも関係を続けるなら、私にも覚悟があるから。」
「どんな覚悟よ?恨むなら、子供が産めない自分を恨んだら。」
り子は相変わらず強気な態度で私を見下した。その日以来、正とり子は実家でも公然と親密な様子を見せつけてきた。ある日、私は順一になぜり子に何も言わないのかと尋ねてみた。
「り子の男遊びは前から知ってたよ。だけど、俺がこんな体になって満足に相手もしてやれない。それに家を追い出されたら、俺は1人じゃ生きていけないから。」
順一はり子に追い出され、家を失うことを恐れて何も言えなかったのだ。
「行く当てがないなら、ずっとここにいればいいわ。お父さんたちだってきっと賛成してくれる。」
「そんなわけにはいかないよ。」
「遠慮なんてない。順一さんはもう私たちの家族よ。」
数日後、実家に行くと父の怒鳴り声が聞こえてきた。慌ててリビングに向かうと、両親とり子、正の4人が退治していたのだ。どうやら2人のダブル不倫が父にバレてしまったらしい。
「出ていけ。2度とこの家の敷居をまたぐな。」
「いいわよ。こんな家、何の未練もないわ。」
り子は正を連れて家を出て行った。父は順一に手を置きながら言った。
「順一君はもう俺たちの息子だ。ずっとここにいてくれていいんだ。遠慮なんかしなくていい。」
順一はそれまで堪えていた感情が爆発したのか、大粒の涙を流して「ありがとうございます」と何度も感謝を伝えた。翌日、会社に行くと同僚から「大変なことになっている」と告げられた。SNSで正が「義両親と嫁に追い出された」という悲劇のシナリオを投稿していたのである。それを見た職場の同僚たちは私を白い目で見つめてきた。その日、退社した私は自宅に立ち寄り荷物をまとめて実家に帰ることにした。
実家に戻ると、順一が1人で仕事をしていた。
「大変だったね。大丈夫?」
「うん。だけど、仕事はやめようと思ってるの。」
「それなら、僕の仕事を手伝ってくれないか?」
順一は在宅で自身の会社を立ち上げるつもりだと話してくれた。
「僕はこんな体だし、外に営業に行くことも難しい。だから手伝ってもらえると嬉しいな。」
順一は自身の経験を生かして福祉関連の事業を始めるという。障害を負っても自分の力で生きていけるように、補助機器のレンタルやサポート窓口との橋渡しをするのだそうだ。
「まだ試験段階ではあるけど、メーカーと一緒に小型の車椅子の開発も進んでいるんだ。他にも利用者の立場で補助機器を開発して、必要な人に届けて行けたらって思ってる。」
「すごいわ。障害を負っても前向きに生きていける手助けができるのね。」
私はとても感動した。その日、両親にもその話をすると、2人ともできる限り協力すると約束してくれ、私は順一と共に新しい一歩を踏み出すことにしたのである。数日後、実家のポストには正から記入済みの離婚届が届いていた。私はすぐに役所に届け出て、その足で弁護士事務所を訪ねたのだ。正に関わることはしたくなかったが、順一の会社が軌道に乗るまでは少しでも資金が多い方がいい。そう思い、正に慰謝料を請求することにしたのである。正は異論を唱えることなく素直に支払いに応じてきた。
その後は正ともり子とも関わることなく月日が流れていった。順一の事業は順調に業績を伸ばし、安定的に収入が得られるようになっていき、1年後には開発していた小型の車椅子が完成した。その後も次々に画期的な機器が開発され、2年後には実家の近くに事務所を構え、社員を迎えられるようになった。3年が経つ頃には順一の会社は大成功を収め、メディアでは連日彼のことが取り上げられるようになったのだ。
ある日、仕事を終えて家に帰ると、り子と正が待ち構えていた。
「今更何の用?」
「そんな怒らなくてもいいじゃない。今日は大事な話をしに来たの。」
り子は相変わらず不貞腐れた態度で不敵な笑みを浮かべている。
「話って何よ?」
「順一と離婚するわ。」
り子は順一に離婚届を突きつけ、これまで離婚に踏み切らなかったのは財産分与の取り分を増やすためだったと言ったのだ。
「そんな身勝手な言い分が通るわけないでしょう。」
「いいえ。婚姻関係にあるんだもの。財産分与は当然の権利よ。もちろん、順一の会社で得た収益もその対象になるわ。」
「順一とお姉ちゃんの婚姻関係はとっくに破綻しているわ。勝手に不倫しておいて財産分与を求めるなんて、どこまで歪んだ性格してるのよ。」
私が食ってかかると、り子は勝ち誇ったように高笑いした。
「どう言われようと、これは正当な権利なのよ。順一もあんたも、不良品不妊症同士で慰め合えばいいでしょ。」
り子はそう言うとスマホを開き、1枚の写真を見せつけてきたのだ。その写真にはり子が赤ちゃんを抱いている姿が映っていた。
「まさと私の子供よ。これであなたたちが不妊の無能だって証明されたわね。」
彼女は勝利を確信したような目をしていたが、私は同じだった。
「え、お姉ちゃん何も知らないの?」
出産したと自慢するり子を横目に、私は寝室へと向かい、ベビーベッドで眠る娘のゆいを抱き上げ2人の前に連れて行ったのだ。
「私と順一さんの子供よ。何ですって?」
り子はまじまじとゆいの顔を覗き込んでいたが、娘の目は順一そっくりな二重で、鼻は私とうり二つだった。
「私も純一さんも不妊なんかじゃなかったのよ。不妊は私の体が原因ではなかったことが証明されたわね。」
正は戸惑った表情を浮かべている。
「てか、私と離婚してないのに、あずみと子供を作るなんて、あんたたちだって不倫じゃない。」
り子は勝ち誇ったように私たちを見下した。
「いや、君たちが出ていった後、すぐに離婚は成立しているよ。何ですって?」
順一が怪我を負った際、り子は激しく彼を罵ったそうだ。その時に記入済みの離婚届を突きつけてきたらしい。順一はずっとここにいていいという両親の言葉を受け、離婚届を役所に提出したのである。
「僕と一緒になってからも、君はずっと不定行為を繰り返していた。全ての慰謝料と財産分与を相殺すると、君が支払う方が多くなる。」
順一が離婚届を提出したのは会社を設立する前のことで、財産分与の対象とはならない。
「そ、そんな。」
思惑が外れたり子はその場に崩れ落ちてしまった。
「ちょっと待て。だからって、あずみと順一の不倫がなかったことにはならないだろう。」
「いいえ。私と純一さんが交際を始めたのは、ゆいが生まれる1年前のことよ。嘘だと思うなら両親に聞いてみればいいわ。」
順一の会社を手伝いながら日常の世話をしているうち、私たちは互いに惹かれ合うようになったのだ。その様子を見ていた両親は、私たちが一緒になることを後押ししてくれたのである。
「お姉ちゃんの赤ちゃんは本当にまさの子供なの?」
「当然だろ。変な言いがかりつけないでよ。」
間違いないと言い張る2人に、私は数枚の写真を突きつけた。実は、り子と正の不倫に気づいた後、離婚を決意した私は探偵を雇い、2人の素行調査をしてもらっていたのだ。その中で、り子が正とは別の男性のマンションに出入りしていることが分かったのである。
「お姉ちゃんが出入りしていたマンションは、男性が契約したものだった。その男性と長年不倫関係にあったのよね。」
り子が長年不倫関係にあった男性には妻子があり、順一と結婚している頃からの付き合いだったらしい。さらにり子には他にも関係を持っている男性がいたのだ。
「生活費を稼ぐためよ。順一の収入が減ったから、仕方ないじゃない。」
り子は収入を増やすため、金銭を受け取って男性と関係を持っていたと言い張った。
「その証拠に、今は誰とも関係を持っていないわ。」
「それはどうかしら。」
私はり子が男性とホテルに出入りする動画を再生した。
「これが何だっていうのよ。」
「この動画を撮ったのは、つい3日前よ。私が順一の会社の仕事で外出している際、偶然、正とは違う男性と歩くり子を見つけたの。中睦まじく腕を組んで歩く2人の跡をついていくと、まっすぐホテルへと向かい、ご丁寧に入り口の前でキスをして入っていったのである。」
動画を見せつけられたり子は顔を青ざめさせ、正は激怒した。
「俺を騙していたのか。」
「うるさい。介助もできないあんたが悪いんでしょ。」
り子と正はその場で大喧嘩を始めたのだ。その声にゆいが泣き出してしまった。
「喧嘩なら外でやってくれ。迷惑だ。」
私と順一は2人を家から追い出したのである。その後ろから母がやってきて、2人に向けて塩を撒いた。
「あなたはもう私たちの娘じゃないわ。2度とこの家に近寄らないで。」
「お前の相続権はすでに剥奪してある。今後お前がどうなろうと、俺たちは一切関与しない。」
両親はり子に絶縁を宣言したのだ。数週間後、正が家を訪ねてきた。
「やっぱり俺の子供じゃなかったんだ。」
正はり子の産んだ子のDNA鑑定を行ったらしい。その結果、り子の産んだ子は正との間に親子関係がないことが判明したのだとか。
「俺が間違ってたよ。この通り謝るから、もう一度俺とやり直さないか。」
「お断りよ。あなたはお姉ちゃんと不倫をしただけじゃない。私が不妊症だって言いふらして、おまけに両親と一緒に追い出されたって投稿までしたのよ。」
「それは謝るよ。あの時はり子にそうしろって言われて仕方なく。」
正は全てをり子のせいにすれば私が許すとでも思っているのだろうか。
「どっちが言い寄ったかなんて、今更どうでもいいわ。私は順一さんと一緒になって、今とても幸せなの。だからあなたとやり直すなんてありえない。」
「そんな障害のある奴のどこがいいんだよ。」
障害があるというだけで順一のことを下げる正に、私の怒りは頂点に達した。
「少なくとも順一はあなたたちよりも立派な人間よ。」
「これ以上言ったら、代償は高くつくからな。」
捨てゼリフを吐きながら正は帰って行ったのである。数日後、SNSでは順一の会社が不正を行っているという嘘の情報が流れた。私に復縁を断られた正が腹いせにやったものだ。私は順一と共にすぐに記者会見を開き、不正の事実はないことと離婚の経緯を発表した。それにより、世間の非難は正に集中したのである。
正とり子のダブル不倫は正が務める会社にも知られることとなった。正の務める会社は「家族の幸せ」をコンセプトに事業展開を行っている。そんな会社にしてみれば、正のやったことは到底許せるものではなかったのだろう。しばらくして、正は会社から解雇を言い渡されたのである。り子は正にも捨てられ、1人で子供を育てていかなければならなくなった。複数の男性と関係を持っていたり子は、自分の子供の父親が誰なのか突き止めようとしたらしいが、DNA鑑定に応じてくれる人はいなかったそうだ。その上、り子が自分以外にも関係を持っていることを知り、男性たちは彼女の元を去っていったのだとか。
追い込まれたり子は、1番長く続いていた愛人の男性の自宅に突撃したようだ。そこで男性の妻に洗いざらいぶちまけたそうだが、男性の妻は冷静に「子供は夫の子ではない」と否定し、り子を追い返したらしい。後で分かったことだが、男性は兼ねてより浮気癖があり、妻との子供が生まれた後、避妊手術を受けていたのだとか。またもや騙されたり子は、順一に復縁を迫った。順一は「君とはもう終わっている」と相手にしなかった。両親からも絶縁され、他に頼る人もいなくなったり子は、その後私たちの自宅周辺をうろつくようになった。子供の安全を考えた私たちは警察に通報し、り子に接近禁止命令を出してもらったのだ。その後はり子の姿を見ることはなかったのだが、風の噂では子供を施設に預け、町を出ていったらしい。
会社を解雇された正は、生計を立てるため土木会社でアルバイトを始めたようだが、その仕事中に大怪我を負ったと人に聞いた。働けなくなった正は金銭を求めてきたのだが、私は助ける理由はないと拒否し、正の電話番号を着信拒否に設定したのだ。正は早くに両親をなくしていて、頼れる親戚もいない。それを思うと心苦しい気もしたが、身勝手な行動を取り続けた彼の自業自得なのである。
数年後、私たちは家族旅行に出かけるため、空港へ向かうタクシーに乗っていた。タクシーが信号待ちで停車した時、窓の外を見ると目の前に正らしき姿を見つけたのだ。ボロボロの服を身にまとい、髪も髭も伸び放題だったが、面影は残っていた。どうやら行く宛てのなくなった正は、路上生活を送っているらしい。しかし、私は気づかないふりをしたのだ。り子や正と縁が切れ、私は順一とゆい、そして両親と共に平穏に暮らしているのである。今更関わって、この幸せを壊したくない。
その後も順一の会社は順調に経営を続け、今では海外に支店を出せるほどに成長している。ゆいはよく笑う明るい子に育ってくれた。私はこの上ない幸せを感じながら毎日を楽しく過ごしているのだ。これからもこの幸せを守っていこう。そう心に誓っているのである。



