「今日の夕飯は何?」って、毎日毎日、義姉夫婦が当たり前のように我が家に夕飯を食べに来る。結婚してからずっと続くこの図々しい習慣に、私はもう我慢の限界だった。ある日、夫の高価なブランドバッグが忽然と消えた。「お姉さんたちじゃないですよね?」と問い詰めると、義姉は「知らないったら知らないわよ!」と怒鳴り返してきた。でも、夫は目を泳がせていた。最近の物騒な空き巣話を持ち出して誤魔化す義姉を見て、私…

「今日の夕飯は何?」って、毎日毎日、義姉夫婦が当たり前のように我が家に夕飯を食べに来る。結婚してからずっと続くこの図々しい習慣に、私はもう我慢の限界だった。ある日、夫の高価なブランドバッグが忽然と消えた。「お姉さんたちじゃないですよね?」と問い詰めると、義姉は「知らないったら知らないわよ!」と怒鳴り返してきた。でも、夫は目を泳がせていた。最近の物騒な空き巣話を持ち出して誤魔化す義姉を見て、私...

「もしもし、今日の夕飯は何?」
義姉の秋は夫婦揃って図々しく、毎日のように我が家に夕飯を食べに来る。夫の文明と結婚して義実家で暮らすようになった時には、もうそれが当たり前の光景になっていた。
「今日は特上握り寿司ですよ」
「やった!じゃあ私と信吾の分もお願いね」

この日も秋は当たり前のように訪ねてくるという。嬉しそうに電話を切る秋に、私は言葉も出なかった。
だが、今日はいつもとは違う。
「ちょっと実家に来たけど誰もいないじゃない。電気もガスも止められてるみたいだし、どうなってるの?」
秋は信吾と共に実家に行ったはいいが、もぬけの殻で困惑しているようだ。
「今みんなでお寿司を食べてますよ」
私は特上握り寿司の画像を秋に送り付けた。
「一体どこにいるのよ!」
秋は興奮した様子で私に怒鳴ってきた。
「自分の家にいますよ」

実は、秋夫婦のあまりの態度に我慢の限界を迎えた私は、義母と共に夫の住む町へ引っ越したのだ。秋夫婦に気づかれないよう慎重に準備を進め、彼女たちが知らない暮らしを開始していたのである。

私は水田さやか、28歳。在宅ワークをしながら義母と2人で暮らしている。夫の文明は大手企業に務めながら、3年前から地方に単身赴任しているため、普段は家にいない。
文明と出会ったのは6年ほど前になる。当時、大学を卒業して就職した会社の上司が文明だった。慣れない仕事で当初はミスばかりしていた私だが、文明は「大丈夫、気にするな」といつも励ましてくれていたのだ。
就職して1年が経った頃、私はひどい高熱を出して寝込んでしまった。実家から離れて暮らし、周りに頼れる人もいなかった。私は心細さを感じながらベッドで唸っていると、文明からメッセージが送られてきたのだ。
病院には行ったのか、ちゃんと食べられているのか。心配する内容に、私は思わず涙が溢れた。
大丈夫ですと返信したのだが、その日の夜、文明は様子を見に訪ねてきてくれた。それをきっかけに私たちの距離は縮まり、上司と部下から恋人になった。
2年後、私たちは一緒になった。結婚生活はまさに順風満帆で、同居している義母も私を本当の娘のように接してくれている。
しかし、結婚から2年が経った頃、文明に異動の辞令が出た。地方にある支店に、短くても3年は行かなくてはいけないという。
「離れて暮らすなんて嫌よ。絶対ついていく」
「俺だって一緒にいたいけど、母さんのことを考えると、あの年で慣れない土地で暮らさせるのは酷だろう」
文明は義母だけ残してはいけないというのだ。
「それはそうだけど、でもお姉さんもいるし大丈夫なんじゃないの?」
「あいつに母さんを任せることはできないよ」

文明の姉、秋は遊び好きで、子供の頃からわがままがひどかったらしい。大学を出ても就職もせず毎晩遊び歩く秋に、義家族たちは頭を悩ませていた。数年前に結婚したらしいが、家を出てからは義父が亡くなるまで実家に寄りつこうともしなかったそうだ。
秋の夫、小村信吾は何の仕事をしているのかも分からない。投資で稼いでいると話してはいたが、専門的な知識もなく、その実態も怪しいものだった。
そればかりか、秋は度々義母に小遣いをせびっていたらしい。「生活費が足りない」「急な出費が」と言っては支援を頼み、最初は少しならと渡していたそうだが、文明に止められお金を渡すことをやめたそうだ。
義父が亡くなった時も、死を悼むよりも先に遺産のことを口にし、親戚一同呆れ返ったのだとか。
それでも毎日夕方になると夫婦で現れる秋たちを、義母は追い返すこともできず、夕飯だけならと受け入れていた。
私が文明と結婚し義母と同居するようになってからは、文明の年収や在宅ワークでいくら稼げるのかと、お金の話ばかり聞いてきた。その度に話を濁していたのだが、よほどお金に困っているのかもしれないと推察できた。
そんな秋夫婦に義母を任せて地方に行くことなど考えられなかった。
「仕方ないわね。だけど時々帰ってきてね。私もお母さんと一緒に行ける時は行くから」
「ああ、もちろん。母さんのことよろしく頼むよ」
私はしぶしぶ文明との別居生活を受け入れたのである。

あれから3年が経ち、義母との2人暮らしにもすっかり慣れた頃、事件が起きた。なぜか私や義母の私物が少しずつなくなっているのだ。
最初に気づいたのは、文明の仕事の休みに合わせて義母と2人で旅行がてら会いに行こうと準備をしていた時だった。普段はしまったままにしてあったネックレスが、どこを探しても見当たらない。念のため義母に確認しても、見た覚えがないという。
その時は私がどこかに置き忘れてしまったのかもしれないと思ったのだが、数日後、今度は義母の指輪がなくなった。結婚5年の記念に購入したもので、大切にしまってあったというが、ケースごと消えていたのである。
家には私と義母以外誰もいない。他に家に入ってくる人物といえば、秋夫婦しかいなかった。
まさか秋たちが勝手に持って帰ってるのではないか。私は秋と信吾を疑ったが、2人の犯行だと決めつけるには何も証拠がない。私は用心深く2人の動向を見守ることにした。

しばらく経ったある日、秋が世間話を始めると、信吾が突然立ち上がった。どこに行くのかと尋ねると、横から秋が「トイレよ」と答えてきた。しかし15分が経っても戻ってこない信吾を心配して、私は様子を見に行こうとした。
「放っておいて大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「でもトイレにしては長すぎるわ。何かあったのかもしれない」
「大きい方の時はいつもこうなのよ。だから大丈夫。それより」
秋に止められ、私はリビングに残ったのだが、その翌日、私のバッグがなくなっていることに気づいた。
亡くなっていたバッグは、文明と交際中に彼が私の誕生日にプレゼントしてくれたブランド品で、どこかに置き忘れることなど考えられない。その時、信吾のトイレが異常に長かったことを思い出した。もしもあの時信吾がトイレではなく私の部屋を物色していたとしたら、犯人は彼以外に考えられない。
その夜も秋夫婦は何食わぬ顔で夕飯を食べにやってきた。当たり前のように食卓で食事を食べている2人を見て、私は無性に腹が立ち、昨日のことを問い詰めることにした。
「お兄さん、昨日私の部屋に入りませんでした?」
「何言ってるのよ。そんなこと信吾がするわけないでしょ」
信吾が答える前に、秋が先に口を開いた。
「ここ最近、私やお母さんの私物がいくつか紛失しているんです。昨夜も私のブランドバッグがなくなってました」
「それがどうしたっていうの?」
「お姉さんたちが持って帰ってるってことはないですか?」
私がそう言うと、秋は激しく否定しながら何も知らないと言い張った。しかしその横で、信吾は目を泳がせている。
「本当に何も知らないんですか?」
「しつこいわね。知らないったら知らないわよ。最近この辺りで空き巣が多いから、きっと空き巣に持ってかれたのよ」
秋が言う通り、この頃近隣の住宅では空き巣被害が多発していた。しかし空き巣だとすれば、なぜ数日に渡ってものがなくなるのか。玄関や窓の鍵が壊された形跡もなく、タンスやクローゼットを荒らされた様子もない。
「そうですか。じゃあ警察に通報しますね」
「警察なんて大げさにしなくてもいいんじゃない?そんな大きな被害はないでしょう」
「被害の大小ではありません。お姉さんたちじゃないのなら、誰かが家に侵入しているってことですよ」
私はその場で警察に電話をかけようとスマホを取り出したのだが、秋はそれを止めようと必死だった。
「やっぱりお姉さんたちが盗んだんですね」
「はあ?何か証拠でもあるの?」
本当に自分たちが関係ないのであれば、通報されても何も困ることはないはず。それなのに必死で阻止しようとすること自体が疑わしい。
「通報されて困るんですよね」
「あんたいい加減にしなさいよ!」
秋は激怒し、大声で私を怒鳴りつけた。
「さやかさん、その辺にしておきましょう。あまり身内を疑うものじゃないわ」
義母に止められ、それ以上秋たちを追求するのを断念した。
「やっぱりお母さんは私の味方だと思ってたわ」
秋は勝ち誇ったような顔で不適な笑みを浮かべている。
私や義母の私物を盗んでいるのは間違いなく秋夫婦だというのに、義母はなぜ追求しないのか。この時の私は晴れない気持ちでいっぱいだった。
その日、私は文明に連絡し、ことの一部始終を話した。文明は、母さんなりの考えもあるのだろうと義母に理解を示しつつも、秋たちの様子を注意深く見ておいて欲しいという。
「何か思い当たることでもあるの?」
「そうじゃないけど、あいつのことだ。自分の遊びのためなら盗んでも不思議じゃない」
秋は過去に文明の大事にしていたものを勝手に売ってしまったことがあるという。文明の助言を受け、私は鍵のかかる保管庫を購入し、私と義母の貴重品類を保管するようにした。
それからというもの、私や義母の私物が紛失することはなくなり、ほっと胸を撫で下ろしていた。

数日後、私が買い物から帰ると、義母が何やら考え込んでいた。
「お母さん、どうしたんですか?」
「さっき秋が訪ねてきたんだけど…」
どうやら秋は、私の不在を狙って義母を訪ねてきたらしい。秋は義母に対し、今後の財産管理を自分たちに任せるよう提案してきたのだとか。
「どうして急にそんなこと?」
「わからないわ。秋は、血の繋がりのない私よりも実の娘である自分が管理した方が安心だと強く主張したそうよ」
そのあまりにも切羽詰まった様子に、義母は恐怖すら感じたという。
「何かおかしい。きっと何か良くないことを考えてるに違いないわ」
「お母さん、絶対にお姉さんの言いなりになっちゃだめですよ」
「ええ、大丈夫よ。あの子のことは私が1番分かってる」
秋が必死に義母の資産管理を求める理由は1つしかない。義母の財産を自分の好きなように使いたいからだ。しかし、なぜそこまでして、お金に執着するのか。夫の稼ぎがあれば、夫婦2人で生活するには困らないはず。
それでも義母の財産を狙う理由がきっとあると確信を持った私は、翌日探偵事務所を訪れ、秋夫婦の素行調査を依頼した。
その結果、秋と信吾は2人とも働かずに昼間からギャンブルに明けくれていることが分かった。さらに2人は複数の金融機関から借金をしており、多額の返済も滞り、連日借金取りに追われていることも判明した。
その事実を知った義母は大きなショックを受けていた。
「まさかギャンブルだなんて。私やさやかさんの私物を盗んだのも、やっぱり秋たちだったってことね」
義母は私物がなくなったのが秋たちの仕業だと薄々勘づいていたという。しかし、それほどまでに生活に困っているのだと思うと責めることができなかったそうだ。
「盗んだのがお姉さんたちかどうかまだ証拠はありません。だけどお母さんの財産を狙っているのは間違いないわ」
「あの子たちの好きにさせるわけにはいかないわね」
義母の親心を踏みにじられた義母は、人袋の王が切れたようだ。秋たちの犯行の証拠を掴もうと提案してきたのである。
義母の提案を受け入れた私は、物置に防犯カメラを設置し、その日の夜、秋に義父の高価な遺品が見つかったと嘘の情報を流した。
「それは今どこにあるの?」
「物置にしまってあります。でも有名な作家さんが作った一点物みたいで、鑑定してもらったらすごい金額が出たんですよ」
物置にはそれっぽく見える茶碗が置いてある。2人の窃盗の証拠を掴むため、骨董品店で購入した2000円程度のものだが、厳重に木箱に入れられていて高級な茶器に見えなくはない。
「すごい金額ってもしかして10万とか?」
私は首を横に振って答えた。
「それじゃ100万とか?」
私は声に出さず、目で同意して見せた。秋と信吾は互いに顔を見合わせ、何やら合図を送っている。
喉から手が出るほどお金が欲しい秋夫婦は、義父の遺品を盗み出すに違いない。そう確信した私は、2人の様子を見守った。
しばらくすると、不意に信吾が立ち上がり、トイレに行ってくるという。どうやら窃盗を実行するようだ。秋は私と義母がその場から離れないように、次々と世間話を持ちかけてくる。私と義母のみには気づいていない様子に思わず笑いが込み上げてきたが、私はそれをぐっとこらえ、秋たちの犯行を見守った。
数分後、信吾が戻ってくると、秋は「そろそろ帰るわ」と席を立ち、慌てるように帰っていった。
2人を見送った後、私はタブレットを取り出し、義母と共に防犯カメラの映像を確認すると、そこには信吾が義父の遺品を盗み出す様子がしっかりと録画されていた。
「やっぱりあの子たちが盗んでいたのね」
「間違いないですね。それから、これも見つけました」
私は自分のスマホを取り出し、リサイクルショップのホームページを開いて見せた。その商品ページには、義母が大切にしていた指輪が掲載されていた。
「これはお父さんに買ってもらった指輪」
義母の指輪は当時義父と一緒にデザインを考えた特注品だっただけに、すぐに見つけることができた。秋たちは私や義母の私物を盗み、それを換金したお金をギャンブルに当てていたのだ。
その時、文明から電話がかかってきた。私がことの一部始終を説明すると、文明は一瞬黙り込んだ後、何かを決意したように話し始めた。
「実は転職することにしたんだ。だから当分そっちには帰れない」
「え、それじゃこれからもずっと別々に暮らすの?」
「いや、あいつらのことも心配だ。この際、母さんも連れてこっちで一緒に暮らそう」
文明は大学の先輩が経営する会社にスカウトされたという。今の会社よりも待遇も良く、将来の心配もない。何より、これまで文明がやりたかった仕事だと言うではないか。
「転職はいつ?」
「今の会社をやめてからになるから、3ヶ月後になると思う。2人が来てくれるなら、こっちで一軒家を購入しようと思ってるんだ」
文明の話に私は胸が踊った。しかし、心配なのは義母のことだ。慣れない土地での新しい生活に、義母は快くついてきてくれるだろうか。
「実はね、お父さんと将来は田舎で暮らしたいって話してたのよ」
「本当ですか?それなら夢が叶えられますね」
文明の元に引っ越せば、秋たちからも逃れられる。義母の財産を守ることができる上に、文明と3人で暮らせるのだ。
文明の提案を受け入れた私たちは、3ヶ月後の引っ越しを目指して翌日から少しずつ準備に取りかかった。不要なものを処分しながら当日持っていくものを箱に詰めていく。その間も秋たちは毎晩食事をしに訪ねてきたが、引っ越しのことを気づかれないよう、荷物をまとめてある部屋には厳重に鍵をかけた。
しかし、物が少なくなっていることに気づいた秋は疑いの目を向けてくる。
「急に物を処分してどうしたの?」
「最近流行りのミニマリストですよ。ミニマリストを見習って、必要なものだけで生活することにしたんです」
「いらないものがあるなら、もらってあげるわよ」
「本当ですか?それは助かります。また声かけさせてもらいますね」
秋夫婦は私の話を信じたようだ。

そして迎えた引っ越し当日。朝から引っ越し業者に荷物を運んでもらい、不要な大型家具を処分してもらった私と義母は、晴れやかな気持ちで文明の元へと向かった。
夕方、役所で転入手続きを済ませ、文明の家に行くと、彼は笑顔で私たちを迎えてくれた。中古で購入したという一軒家は、庭がついた可愛らしい家で、私は一目で気に入った。
引っ越しの荷物をほどいていると、秋から電話がかかってきた。
「今日の夕飯は何?」
「今日は特上握り寿司ですよ」
「やった!じゃあ私と信吾の分もお願いね」
秋は当たり前のように食べに来るという。
「構いませんけど、本当に来られるんですか?」
「行くに決まってるわ。今日も食費が浮いて助かる」
嬉しそうに電話を切る秋に呆れながら、私は久しぶりに家族3人で食卓を囲んだ。文明と一緒に食べる特上寿司は格別に美味しい。義母もいつも以上に笑顔を見せてくれ、私は新しい生活への期待に包まれていた。
3人で和やかに食事を楽しんでいると、秋から電話がかかってきた。
「ちょっと実家に来たけど誰もいないじゃない。電気やガスも止められてるみたいだし、どうなってるの?」
秋は信吾と共に実家に行ったはいいが、もぬけの殻で困惑しているようだ。
「今みんなでお寿司を食べてますよ」
私は特上握り寿司の画像を秋に送り付けた。
「あんたの実家ってことね」
秋は私が言った「自分の家」を私の実家だと勘違いしたようだ。
「これからすぐにそっちに行くから、お寿司置いときなさいよ!」
秋はそう言い残し、電話を切った。
しかし3時間後、また秋から電話がかかってきた。
「あんたの実家、映画の撮影でもやってるの?」
「何を言ってるんですか?そんなことあるわけないじゃないですか」
「それじゃあどういうことよ!」
私の実家に突撃した秋夫婦は、家の中から大勢でワイワイと騒ぐ声が聞こえてきたため、自分たちも特上寿司が食べられると期待して急いで家に上がり込んだという。
しかし、そこにいたのは全員知らない外国人のばかりで、驚いたらしい。
実は、私の実家は両親が亡くなった直後に売却し、次の所有者が民泊を始めたのだ。
「はあ。どうしてそんな大事なこと私に言ってないのよ!」
「私の実家のことなんて、お姉さんに報告する必要ありませんよね」
秋夫婦は、泥酔した外国人たちに押し込み強盗と思われ、彼らが観光地で購入した土産の刀で襲われそうになったのだとか。命からがら脱出し、私に電話をかけてきたそうだ。
「いいから早く居場所を教えなさい!」
秋夫婦は冬の寒空の下で震えているようだ。時折りくしゃみをしながら、声がブルブルと震えている。
「ここまで来る旅費が払えるなら、来てくれていいですよ」
「どういうこと?」
「新幹線の乗車券と特急券、2人合わせて6万くらいかかるかしら。そのお金があるなら、どうぞお待ちしています」
借金取りから逃げ回っている秋夫婦に、そんなお金を出す余裕などあるはずがない。
「今日の食事にも困ってるのに、そんなお金あるわけないでしょ!」
秋夫婦は、身内が困ってるのだから助けるのが当然と訴えてきた。
「そうですか。じゃあ仕方ないですね」
「助けてくれるの?」
「いいえ。残念ですけど、特上握り寿司は諦めてください」
「身内を見捨てるとはひどい女だ!」
秋は私のことを非難していたが、その声の後ろに「アイアム侍!」と叫ぶ外国人の声が聞こえてきた。秋夫婦を追いかけてきた外国人たちが2人を見つけ、近づいてきているようだ。
「ちょっと何とかしなさいよ!」
秋夫婦は迫りくる外国人から逃れるため、走り出したらしい。2人の悲鳴にも近い叫び声が聞こえた後、電話は切れてしまった。
「大丈夫なのか?」
「ええ、なんだか楽しそうよ」
「いい薬になったようだな」
その夜、秋夫婦は一晩中、見知らぬ民家の庭先で身を寄せ合っていたらしい。翌朝になり、その家の住人に発見され、警察に通報されたそうだ。
連絡をくれた警察官の話では、秋夫婦は家賃が支払えず、2ヶ月前に住んでいたアパートを追い出されていたのだとか。これまではわずかな所持金でネットカフェに寝泊まりしながら毎日を過ごしていたらしいが、そのお金も尽き、どこにも行く場所がなかったそうだ。
アパートを追い出されるとなり、義父の遺品を骨董品店に持ち込んだらしいが、当然全く値段がつかなかった。お金になると期待していた秋たちは思惑が外れ、寝る場所を失ったのだとか。
義母を頼って助けてもらおうとしたのに、家がもぬけの殻で困っていると話しているそうだ。
電話をかけてきた警察官は、身元引き受けに来てほしいという。
しかしそれを聞いた義母は悩んでいた。
「迎えに行かない方がいいのかしら」
「お母さんはどうしたいんですか?」
「そうね…あんな子でも娘だから」
私は義母の気持ちを考慮して、秋夫婦を引き取りに行くことにした。
警察署に到着し、引き受けの手続きをしていると、担当の警察官がやってきた。警察官は、秋たちが私に全財産を騙し取られたと訴えているので、事情聴取に応じて欲しいという。どうやら義父の遺品が偽物な上に特上寿司にありつけず、秋たちは怒り狂っているようだ。
しかし、秋たちの主張を証明するものは何1つなく、警察でも対応に困っているのだとか。
私は義母と共に事情聴取に応じ、秋たちの主張を完全否定した。
「私の財産を狙っていたのは秋たちの方よ。さやかさんは私を守ってくれた。それは間違いないわ」
「お姉さんたちは仕事もせずにギャンブルに明け暮れ、借金取りに追われてました。それでもギャンブルを止められず、お母さんの私物を盗んで換金していたんです」
私は秋夫婦が物置から義父の遺品を盗み出す一部始終を記録した防犯カメラの映像を警察官に見せた。同時に、リサイクルショップで売られていた義母の指輪の写真や、探偵の調査報告書も提示した。
警察官は私と義母の話を信じてくれ、秋夫婦を窃盗の容疑で逮捕することもできると話し、被害届を出すかと問いかけてきた。
秋夫婦にはきちんと反省し、自分たちの生き方を考え直して欲しい気持ちはあるものの、義母の気持ちを考えると、いきなり被害届を出すとは言えない。私が迷っていると、先に義母が声をあげた。
「これまであの子のことを甘やかしすぎたのかもしれないわ。お母さん、被害届を出しましょう。2人にはきちんと反省して欲しいの」
義母は、この後に及んでも私を悪者にして罪を逃れようとする秋夫婦に見切りをつけたようだ。
その後、私と義母が被害届を提出したことで、秋夫婦は窃盗の罪で逮捕されることになった。
取調べの中で、秋夫婦は「身内だから罪にならない」と主張していたらしい。しかし、たとえ身内であっても、人のものを無断で持ち出し換金していたことは、窃盗の何ものでもない。
その後行われた裁判では、反省の色もなく弁済の意思もない2人には懲役刑が言い渡された。
一連の裁判を見届けた義母は、秋が反省しないと判断したのか、裁判所に申し立てて秋を法定相続人から除外し、合わせて公正証書遺言を作成し、彼女と親子の縁を切ることにしたようだ。
秋夫婦は出所してきたとしても、多額の借金の返済に追われる毎日が待っているだけで、自力で抜け出さない限り、金銭苦からは逃れられない。そこまでしても秋に更生して欲しいという義母の気持ちが報われたらいいのだが、期待は薄そうだ。

その後、私は文明と共に庭に畑を耕し、野菜作りを楽しんでいる。文明の仕事も順調に進んでいるようで、近く昇進を任されるという。
秋たちから解放され、私たちは穏やかな暮らしを送っている。義母も近所の人々との交流の場を広げ、今では毎日のようにお誘いの電話がかかってくる。
3人での暮らしが始まって1年が過ぎる頃、私と文明の間に子供が生まれた。義母は毎日孫の面倒を見ながら「長生きしなくちゃ」と健康作りにも取り組み始め、一層笑顔を見せてくれるようになっている。
子供の成長を見守りながら、私たち家族は幸せな毎日を送っているのである。

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