「高が500円で騒ぐな。経理なんて誰にでもできる仕事だろう。」
宮原部長はそう言って、私の机にボーナス明細を放り投げた。金額の欄には「500円」と書かれていた。周りの社員の明細には「100万円」という数字が並んでいた。全社員に100万円のボーナス。私だけが500円。
桁を何度も見直した。けれど何度見ても500円だった。
私は瀬那。大和トレーディングの経理部で6年間働いてきた。この会社の決算も資金繰りも、実質私一人で回してきた。それでも私のボーナスは500円。
怒りよりも先に、乾いた笑いが込み上げてきた。これは私がこの会社を捨てると決めた日の話だ。
大和トレーディングは食品や日用品を扱う中堅商社だ。私は経理部で会社のお金の流れを全て管理している。毎月の支払い、取引先への入金確認、銀行とのやり取り、そして年に一度の決算。どれも地味な仕事だけれど、一つでも数字がずれれば会社は簡単に傾いてしまう。
私の机にはいつも古い電卓が置いてある。角が欠けて、ボタンの文字もほとんど消えかかっている。亡くなった母が経理事務として使っていたものだ。母は生前、小さな会社で長年経理を任されていた。派手さはなくても、誰よりも数字に誠実な人だった。
「帳簿にはその人の生き方が出る」
それが母の口癖だった。子供の頃は意味がよくわからなかったけれど、今はその言葉が体に染みついている。
後輩の宮下君がいつも不思議そうに私の手元を見る。
「瀬那さん、今時電卓と手書きって珍しいですよね」
「これがないと落ち着かないの」
私は笑ってまた電卓を叩く。
派手な成果は何もない。表彰されたことも昇進したこともないけれど、大和トレーディングのお金はこの6年間、1円も狂ったことがなかった。それを誰が守っているのか、この会社の人たちは考えたこともないようだった。
私の上司は宮原部長だった。経理部の責任者で役員会にも出席する立場の人だ。けれど宮原部長は自分では帳簿の一枚も作らない。彼の仕事は、私たちが仕上げた数字を役員たちの前で発表することだった。
「今期の決算も私が主導してまとめました」
役員会のたびに彼はそう胸を張るのだという。徹夜で資料を作ったのは私なのに、私の名前は一度も出てこない。それどころか、資料の隅に書いた私のメモがいつの間にか彼の言葉として使われていた。
一度だけ勇気を出して言ったことがある。
「部長、決算資料の作成者に私の名前も残していただけませんか?」
すると宮原部長は鼻で笑った。
「瀬那さん、経理なんて誰でもできる仕事だ。名前を出すほどのものじゃないだろう」
その言葉が胸の奥に小さな棘となって刺さった。
給料は6年間ほとんど上がっていない。それどころか、私のボーナスだけが毎年少しずつ減っていく。
「瀬那さん、また下がってません?おかしいですよ」
宮下君がこっそり首をかしげた。私は気のせいだよと流したけれど、本当は気づいていた。同僚の中には私の頑張りに気づいてくれる人もいたけれど、誰も宮原部長には逆らえなかった。
それからの私は、余計なことを言わず、ただ静かに数字を見るようになった。宮原部長が役員に何を報告しているのか。私の作った資料がどこで誰の手柄に変わっているのか。気づいたことは全て手帳に書き留めた。日付、金額、誰が承認したか。手が勝手にそれを記録していく。
ある日、経費の伝票を整理していて、私はふと手を止めた。接待費の一部に、どうにも辻褄の合わない数字があったのだ。金額も日付もどこか不自然だった。私は何も言わず、その伝票の控えをそっと手帳に書き写した。
あの頃から、宮原部長の態度は激しくなっていった。決算期になると残業は当たり前。終電を逃してタクシーで帰る日も増えた。
そんな時期に母の三回忌が近づいてきた。私は宮原部長に一日だけ休みが欲しいと願い出た。
「母の法要があるんです。どうしてもその日は」
すると宮原部長は露骨に顔をしかめた。
「今は決算で一番忙しい時期だぞ。親の法事くらいで休むのか」
私が黙っていると、彼はさらに続けた。
「大体、お前の母親もたいしたことのない経理事務のおばさんだったんだろう。血は争えないな。所詮その程度の家の人間だ」
母を侮辱された。握った指先が震えた。それでも私は何も言わなかった。言い返せばもっとひどい言葉が返ってくると分かっていたからだ。
結局、休みはもらえず、私は仕事の合間にこっそり母の写真に手を合わせた。
決算が終わった後、代休を願い出ると、宮原部長は手のひらを返した。
「たかが報事で大げさなんだよ。もっと仕事に責任を持て」
その瞬間、私の中で何かが静かに音を立てて冷えていった。この人には何を言っても届かない。そう確信した瞬間だった。
私の異変に最初に気づいたのは宮下君だった。
「瀬那さん、大丈夫ですか?最近顔色が悪いですよ」
「平気。ちょっと寝不足なだけ」
宮下君は悔しそうに唇を噛んだ。
「おかしいですよ、この会社。一番働いてる瀬那さんが一番報われてないなんて」
彼の声は思ったより大きく、周りの何人かが顔を上げた。けれど味方ばかりではなかった。宮原部長に取り入るのがうまい先輩の坂神さんが鼻で笑って口を挟む。
「報われないのは実力がないからじゃないの?電卓なんか叩いてる暇があったらもっと効率よくやればいいのに」
クスクスといくつかの笑い声が起きた。私は何も言い返さなかった。反論する気力すらもう残っていなかった。
「瀬那さん、なんで言い返さないんですか?」
帰り道、宮下君が悔しそうに聞いてきた。
「言い返して何か変わるかな?変わらないかもしれないけど。でもありがとう。私のために怒ってくれて」
宮下君は驚いたように私を見た。
「瀬那さんは、ちゃんと見てる人には見えてますよ」
その言葉が思いのほか胸に響いた。一人ではない。その事実だけが、冷え切った心にほんの少しだけ温かさを残してくれた。
その夜、私は自分の部屋で母の遺したノートを開いた。古いページには几帳面な字で家計の記録がびっしりと残されている。母もまた報われない人だった。腕の確かな経理事務だったのに、最後まで正当に評価されないまま病で逝った。それでも母は最後まで数字を偽ることはなかった。
ノートの最後に母はこう書き残していた。
「数字を扱う人間は誰より誠実でいなさい」
私はその文字を指でなぞった。何度も何度もなぞった。
やめよう。この会社をやめる。
一度そう決めると、不思議なほど心は静かだった。翌朝から私は、これまで自分が手掛けてきた仕事の記録を丁寧に整理し始めた。決算の資料、資金繰りの流れ、銀行とのやり取り、そしてあの不自然な経費の伝票も。全てを順番に手帳へ書き写していく。誰が見ても経緯が分かるように。
記録を整理していくうちに、私はいくつもの事実に気づいた。まず、会社の複雑なお金の流れを全体まで把握しているのは私一人だということ。決算のやり方も銀行の融資審査の対応も税務調査の受け答えも、マニュアルらしいマニュアルはどこにもない。あるのはただ私の頭の中と、この手帳の中だけだった。
もし私がいなくなれば、この会社の経理は誰にも回せなくなる。
そしてもう一つ。あの不自然な経費は一度切りではなかった。毎月のように少しずつ、会社のお金が消えていた。承認していたのはいつも宮原部長だった。
年末、決算と大型融資審査と税務調査が全て重なる時期が近づいていた。どれも私がいなければ乗り切れない山だ。宮原部長はそのことにまだ気づいていないようだった。
それでも私は退職願を一枚、静かに印刷した。理由の欄には「一身上の都合」とだけ書いた。恨み事は一行も書かなかった。
翌朝、私は退職願を持って宮原部長の席へ向かった。
「部長、退職願です」
宮原部長は書類を一瞥して鼻で笑った。
「なんだ、ボーナスが少なかったから拗ねてるのか。子供みたいだな」
「よく考えて決めたことです」
「考え直せ。まあ、お前がやめても代わりはいくらでもいるがな。特別に次のボーナスは1000円にしてやってもいい。それで手を打て」
1000円。6年間必死に守ってきたものの値段が、たった1000円だった。
「結構です。やめさせてください」
彼の顔から次第に余裕が消えていくのが分かった。私の態度が変わらないと見ると、宮原部長は面倒そうに退職願にサインをした。
「勝手にしろ。引き継ぎだけさっさと済ませて消えろ」
私は「ありがとうございます」とだけ言って席に戻った。指先は震えていたが、心は驚くほど凪いでいた。
後で宮下君から聞いた話では、宮原部長はその足で役員のところへ行き、こう言ったそうだ。
「瀬那がやめますが、何も問題ありません。経理は私が全部把握していますから」
役員たちも軽く頷いただけだったという。彼らにとって私は、いてもいなくても同じただの歯車。その底の抜けた思い込みこそが、この会社の一番深い病だった。
引き継ぎの数日間、私は宮下君に基本的な作業手順を丁寧に教えた。けれど、決算の細部や銀行対応の勘所を聞かれるたびに、こう答えるしかなかった。
「ごめんね。そこは一日二日で説明しきれるものじゃないの。少しずつ体で覚えていって」
最終日の午後、私は私物と母の電卓を鞄にしまい、会社を後にした。未練はなかった。振り返ると、6年間過ごしたビルがただの建物にしか見えなかった。
私が去って3日後、大和トレーディングで最初の異変が起きた。締め切りの迫った決算資料がいつまでも仕上がらないのだ。数字の整合が取れず、宮原部長が指示を出しても誰も全体を掌握できない。そこへメインバンクから連絡が入った。
「融資実行の前提となる決算書がまだ届いていません。提出が間に合わなければ、大型融資は白紙になります」
さらに悪いことに、税務調査の日程まで迫っていた。資金繰りはみるみる苦しくなっていった。宮原部長の顔から余裕という余裕が消えていった。
私がいなくなって初めて、その存在の重さに気づいた者たちがいた。
私が新しく入ったのは、日向フーズという会社だった。大和トレーディングとは何もかもが違った。ここでは誰も私の仕事を当たり前だとは思っていなかった。明るいオフィス、風通しのいい空気、そして何より、一人ひとりの仕事をきちんと見てくれる会社だった。
面接で私の経歴を見た椎名社長はこう言ってくれた。
「瀬那さんのように地道に数字を守れる人こそ、会社の宝です」
その言葉に、私は思わず涙腺が緩みそうになった。6年間、誰にも言われなかった言葉だった。給料は前の会社の3倍。ボーナスも成果に応じてきちんと支払われるという。
そんなある日、見知らぬ番号から電話がかかってきた。出ると、掠れた宮原部長の声だった。
「頼む。今すぐ戻ってきてくれ。決算が回らないんだ。お前にしか分からない」
かつて自信満々だった声は、すっかり枯れていた。
「私はもう、そちらの社員ではありません」
「特別手当てを出す。今度こそちゃんと」
「500円のボーナスを、今も覚えています。結構です」
私はそう言って電話を切った。私の心はもう一度も揺らぐことはなかった。
電話は日を追うごとに増えていった。宮原部長の次は専務。そして最後には、大和トレーディングの社長までが震える声で私の携帯を鳴らした。条件はその度に釣り上がっていく。
手当て500円が、褒賞金50万になり、給料を倍にすると言い出し、最後には経理部長の椅子まで用意すると言ってきた。私はその全てを断った。
「お金や肩書きでは買えないものがあるんです」
そう答えるたび、電話の向こうで言葉を失う気配が伝わってきた。彼らには、私が本当に求めていたものが最後まで見えていなかった。
そんなある日、日向フーズの顧問税理士だという杉本先生に挨拶をした。名刺を交わすと、先生は私の顔をじっと見て目を細めた。
「瀬那、もしかして瀬那和子さんの娘さんかい?」
思いがけない名前に、私は息を飲んだ。
「昔、和子さんと同じ職場で働いていたんだよ。あの人の帳簿はそれは美しくてねえ」
母を知る人が、こんなところにいた。
「あなたの仕事ぶりを見ていると、和子さんを思い出すよ。血は争えないね」
かつて宮原部長が侮辱の言葉に使ったその一言が、今はこんなにも温かく私の胸に届いた。
数日後、大和トレーディングの三人が日向フーズに押しかけてきた。社長、専務、そして宮原部長。私を見るなり宮原部長は頭を下げた。
「瀬那、悪かった。手柄を横取りしたのも、ボーナスを削ったのも、全部俺が悪かった。頼む。戻ってきてくれ」
かつての傲慢さはもうどこにも残っていなかった。私は鞄から一冊の手帳を取り出し、机の上に置いた。宮原部長が「手書きのメモか」と嘲笑ったあの手帳だ。
「部長、これが何か分かりますか?あなたが承認してきた架空の経費の記録です。日付も金額も、全部揃っています」
宮原部長の顔から血の気が引いた。
「あなたは前に、私の母を侮辱しましたね。たいしたことのない経理事務のおばさんだと。その母が教えてくれた誠実さが、今あなたの不正を照らしています」
私は手帳を静かに閉じた。乾いた音が部屋に大きく響いた。
「私の受けた仕打ちは、1000円や部長の椅子で消えるものではありません」
部長はへなへなとその場に崩れ落ちた。社長と専務は青ざめた顔で何も言えずにいた。
私が残した記録は正式に会社の調査へと回された。調べが進むと不正が明るみに出た。架空の経費、水増しした接待費、そして決算の数字の粉飾。消えた会社の金は、宮原部長の私的な遊びに使われていた。
彼はその場で懲戒解雇となった。退職金は1円も出ず、会社が受けた損害の賠償まで求められた。業務上横領と私文書偽造の疑いで、警察の捜査も始まった。
私を嘲笑った坂神さんは、宮原部長の腰巾着だったことを疑われ、閑職へ追いやられた。最大の取引先だった北王製作所は大和トレーディングの体質に見切りをつけた。そして、私の誠実な処理を覚えていた経理担当の一言で、日向フーズと新しく取引を始めてくれた。
一方、宮下君からも連絡が来た。大和トレーディングを辞めたので、こちらで働けないかという相談だった。椎名社長は快く面接をしてくれ、宮下君は私のチームに加わった。
「瀬那さん、ここは頑張った分だけちゃんと評価されるんですね」
潤む彼に、私は笑って言った。
「うん。当たり前のことが当たり前にある場所だよ」
最重要顧客を失った大和トレーディングは、坂を転がるように傾いていった。かつて全社員に100万円のボーナスを配れた会社は、見る影もなくなったという。けれど私の心はもうそこにはなかった。
私が新しい職場で迎えた初めての決算を無事に終えた夜、私は久しぶりに母のノートの最後のページを開いた。
「帳簿にはその人の生き方が出る」
母の言葉は本当だった。あの日、明細に並んだ500円という数字を私は今でも忘れないけれど、あの絶望があったからこそ、私は動く勇気を持てた。理不尽な扱いに黙って耐え続ける必要はない。自分の仕事を、自分の積み重ねを、そして自分自身を信じていい。誠実に守り続けたものは、誰にも奪えない。
隣の席では宮下君が真剣な顔で伝票と向き合っていた。その姿はかつての私自身と重なって見えた。
私は母のノートをそっと閉じ、静かに窓の外の朝日を見つめた。新しい一日がまた始まろうとしていた。
母の電卓をそっと手に取り、私は今日も静かに数字と向き合う。



