「お前の仕事は全部、渡辺係長がやるんだから安心だろ。お前がやる仕事はここにはないんだから、首にするのは当然だ」 そう言い放った新任の部長に、私は無理やり解雇通知書を突きつけられた。15年間、成績トップで働いてきたのに。抗議した後輩まで「2人まとめて首だ」と脅され、私は黙って辞表を受け入れるしかなかった。…

「お前の仕事は全部、渡辺係長がやるんだから安心だろ。お前がやる仕事はここにはないんだから、首にするのは当然だ」 そう言い放った新任の部長に、私は無理やり解雇通知書を突きつけられた。15年間、成績トップで働いてきたのに。抗議した後輩まで「2人まとめて首だ」と脅され、私は黙って辞表を受け入れるしかなかった。...

「2人まとめて首にするぞ」

その言葉に、俺はすべてを悟った。俺を不当に首にしようとする部長は、抗議した俺の部下まで首にすると脅してきたのだ。

こんな理不尽なことで、部下まで巻き込むわけにはいかない。

「わかりました。俺が辞めます」

そう言って、俺は退職届を受け取った。

だが、後日、慌てた様子で電話がかかってくる。

「すぐに戻ってきてくれ」

「断る」

そう言い切ったが、俺を慕ってくれていた部下の渡辺君まで「戻ってきてくれ」と言うので、仕方なく会社に向かうことになった。

すると、そこには社長も待っていた。

「大きな契約が突然、白紙になっている。どういうことだ?」

「それは、先方が私を指名していたからです。ですが、私は首になりましたので、お断りしました」

俺と渡辺君が経緯を説明し、部長の悪業を知った社長が取った行動とは――。

俺の名前は佐藤智。現在38歳。

大学を出てこの会社に営業として入社し、もう15年が過ぎた。うちの会社は半導体を製造し販売している。半導体というのは、大まかに言えばゲームやパソコンなどの電子機器に使われる部品だ。

俺は半導体について詳しいわけではなかったが、子供の頃からゲームには親しんできたので、それに使われているというだけでこの会社に入社した。

しかし、そんな俺でもこの年まで続けてこられ、課長の位置まで昇りつめた。元々人と話すのが好きで、コミュニケーションを取るのがうまい俺には天職だったのだろう。

そして少し前から、うちの会社は有名なゲーム機に使う半導体を作るようになり、業績を一気に伸ばし始めていた。

そんな調子のいい会社で、何の不満もなく楽しく仕事ができているのは喜ばしいことだ。このまま定年まで働けたらいいなと、ぼんやり思っていた。

しかし、そんなある日のことだった。

営業部に田村という男が、部長として新しく入ってきた。俺は課長だから、その男が上司になる。

田村部長は他の会社で長年営業として働いていたらしい。それは頼もしい反面、強いこだわりみたいなものを持っていたら厄介だなと、少し嫌な予感も抱えていた。

そして、その嫌な予感の方が当たってしまう。

ある日、俺が会社でデスクワークを一日中やっている日があった。

「おや、佐藤君は営業部の人間なのに、ずっと会社にこもってデスクワークか。いいご身分だね」

パソコンのキーボードを叩く俺の背中から、そんな嫌みを言われた。きっと、営業でありながら外に出ない俺が気に入らないのだろう。

「今日は海外の企業への連絡が多いので、車内で仕事をしてるんですよ」

最近のゲーム市場は海外にも広がっており、むしろそっちとのやり取りの方が多い。そうなると、いちいちこちらが出向くのも負担だし、相手にも面倒をかけることになる。

電話で連絡してもいいが、大事な要件だと記録に残らないし、金額や納期の日付など数字の交渉が増えると、後々、行き違いが生まれやすい。となると、メールでのやり取りが一番確実で都合がいいのだ。

そう説明したのだが、それを反抗されたと捉えたらしい。

「ああ、そう。いいね。今の人は楽に仕事ができて。俺が若い頃は毎日外に出て営業先を何件も回ったものだよ」

そう、また嫌みを言われてしまう。

「でもな、何回も顔を出して営業をかけると信頼してもらえるんだ。こうして契約を勝ち取った時は本当に嬉しかったものだよ」

今度は自慢話が始まってしまい、俺はうんざりする。

「メールでも真摯に向き合えば信頼してもらえますし、礼儀さえ持って対応すればいい関係が築けますよ」

「そうか。メールの文章だけで仕事ができるなら、そんなに楽なことはないね」

そう最後に嫌みを言い残して、部長は自分のデスクに戻っていった。

その時、俺が少し反抗したのがよっぽど気に入らなかったのだろう。部長はそれから、俺に嫌がらせをするようになった。

部長へのお茶汲みやつまらない雑用など、くだらない用事を俺に押し付けてくる。

自分でやった方が早いだろうに。そう思うが、言うと余計に厄介になりそうなので黙って従う。

「ちょっと課長、大丈夫ですか?」

そう心配してくれるのは、俺の部下で係長の渡辺君だった。渡辺君は俺を昔から慕ってくれていて、仕事の手伝いもしてくれるし、プライベートでも一緒に飲んで愚痴を言い合ったりする中で、何かにつけて支えてくれている。

「まあ大丈夫だよ。仕事が邪魔されるのはめんどくさいけど、用事そのものは簡単な雑用ばっかりだからな」

「でも、ちょっと目に余りますよ」

「下手に反抗すると余計に面倒になりそうだからな。とりあえず言うことを聞いておくよ。ありがとね。心配してくれて」

「いえ、俺にできることがあったら何でも言ってください」

「うん。ありがとう」

渡辺君の支えもあり、俺はなんとか部長の嫌がらせに耐えながら仕事を続けていた。

しかし、ある日、部長からいつもとは違う指示が出た。

「加藤君の仕事だけど、全部君の部下の渡辺君に引き継いでおくように」

「え?」

その指示に、俺は驚きを隠せなかった。

「全部って、全部ですか?」

「そう、全部だよ。今やり取りしてる取引先も、個人で抱えてる案件も、全部。係長に引き継ぐの。分かった?」

「ちょっと待ってください。なんでそんなことをする必要があるんですか?」

「いいから、言うことを聞けよ。上司の指示だぞ」

「でも……」

「言うこと聞かなかったら首だぞ。それでもいいのか?」

首と言われてしまったら、俺は何も言い返せない。仕方なく、俺は自分の仕事を全て係長の渡辺君に引き継いだのだった。

「いいんですか? 結構大口のやり取りもありましたよね」

「うーん。まあ、首になるよりはましさ。また頑張って新規で取引先見つけるさ」

「俺、部長に抗議してきましょうか?」

「いいよ、いいよ。ああいうタイプは反抗すると余計に面倒なんだから。大丈夫。俺のことなら心配すんな」

そう言って、俺は渡辺君の肩をポンと叩いた。

「あ、じゃあこうしましょう。課長、俺の仕事を手伝ってください。手伝ったら首なんて言われてませんよね? 俺もいきなり全部引き継げって言われても無理がありますし。お願いしますよ」

渡辺君が、俺が頑張ってきた仕事に少しでも関わらせてくれようとしているのは明白で、俺はその気持ちが嬉しかった。

「ありがとう。精一杯サポートさせてもらうよ」

「俺が礼を言うのはこっちの方ですよ」

こうしてしばらく、渡辺君のサポートをしながら新たな取引を探す日々を過ごしていた。

しかし、俺たちのその動きも部長は気に入らなかったのだろう。ある時、俺一人だけ部長に会議室に来るように言われてしまった。

嫌な予感が大きくするが、行かないわけにもいかず、俺は会議室に向かった。

「失礼します」

会議室のドアをノックし、中に入る。

「おお、来たか」

その時の部長の笑顔に、俺の嫌な予感はより大きくなった。

「何か御用ですか?」

「これを渡さなきゃと思ってな」

そして、一枚の書類を差し出してきた。受け取ると、そこには「解雇通知書」と書いてある。

「どういうことですか?」

「みんなの前で受け取るのは恥ずかしいだろ? だから配慮してやったんだよ」

「そうじゃなくて、なんで俺が解雇なんですか?」

俺はそう抗議する。解雇になるなら、今まで何のために我慢してこいつの言うことに従ってきたのだ。

「そりゃそうだろう。営業のくせに外にも出ずに、いっつも車内でサボってるような社員。会社にとっては雇ってるだけ無駄だからな」

「だから、あれは海外の企業とのやり取りをしているって説明しましたよね」

「ああ、分かってる。それも大事な仕事だな。だからお前の仕事を全部、渡辺係長に引き継がせただろ」

そう言われて気づいた。この男はその時から俺を首にするつもりだったのだ。

「だからお前の仕事は全部、渡辺係長がやってくれるんだから安心だろ。それにお前がやる仕事はここにはないってことなんだから、首にするのは当然ってわけだ」

部長は勝ち誇ったように笑っている。俺ははめられたと気づくが、何も言い返せなかった。

「ちょっと待ってください」

突然、会議室に渡辺君が入ってきて、俺と部長は驚いた。

「課長を首にするなんて、俺は納得できません」

「渡辺君、なんで……」

「会議室の前を通ったら、2人の会話が聞こえてきたので立ち聞きさせてもらいました。課長を首にするなんて、あんまりじゃないですか?」

渡辺君の抗議にも、部長は余裕の顔をしていて、それが不気味だった。

「だったらいいんだぞ。2人まとめて首にしても」

「え……」

「いいのか? さあ、お前の可愛い後輩まで首になっちまうぞ。それにお前が手塩にかけた仕事も、途中でおじゃんになっちまうぞ」

部長は俺を試すような視線を向け、渡辺君は苦しそうな表情を浮かべていた。

「わかりました。これを受け取ります」

そう言って、俺は解雇通知書を受け取った。

「それでいいんだよ」

部長は満足そうに笑った。

「課長、それでいいんですか?」

「ああ、渡辺君まで首になることはない。それに俺の仕事を引き継いでくれるのが渡辺君なら心配ない。俺は安心して会社を出ていけるよ」

「素晴らしい上司だな」

部長は最後まで嫌みを言ってきた。

「ただ、最後の引き継ぎがあります。出ていくのは明日になりますが、いいですか?」

「ああ、構わん。むしろちゃんと引き継ぎしていけ」

「はい」

「すいません」

「渡辺君が謝ることじゃないだろう。それより、あと頼んだぞ」

「はい」

そして、それから最後の引き継ぎ業務を終え、翌日、俺は会社を退職した。

それから俺は、次の仕事を見つける前に、せっかく時間ができたのだからと海外旅行の計画を立てていた。海外に住む友人の元に、久しぶりに会いに行こうと思っていたのだ。

スマホで海外の観光情報を見ている時だった。

「うわっ」

スマホに着信があり驚く。電話は辞めた会社からだった。渡辺君が何か困ったのかと思い、電話に出る。

しかし、電話の主は部長だった。

「もしもし。佐藤か。今すぐ会社に来てくれ」

慌てた様子の部長がそう言う。俺は舌打ちを打ちそうになるのを我慢する。

「今更、何をおっしゃってるんですか? 俺を首にしたのは部長ですよね。俺が行く義理はないはずです」

「そこをなんとか頼む。緊急事態なんだ」

「俺には関係ないでしょ。俺はもう社員じゃないんですから。そちらでなんとかしてください」

「そう言わず、なんとか頼むよ。君にしかできない案件なんだ」

それから俺は何度も断るのだが、部長はしつこく食い下がってきた。いい加減うんざりして電話を切ろうとしたところで、部長は電話を代わった。

「課長ですか? 渡辺です。どうか会社に来ていただけませんか?」

「渡辺君、どうしたの?」

「今、すごい大変なことになってて、どうかお願いします」

渡辺君の切羽詰まった声に、車内の状況の大変さを想像する。

「分かったよ。今から行くから、ちょっと待ってて」

「ありがとうございます。待ってます」

俺は、可愛がっていた後輩のために会社に向かうことにした。

「佐藤さん」

会社に着くと、渡辺君が迎えてくれた。

「何があったの?」

「詳しくは後で。とりあえず会議室に来てください」

そして、会議室に通された。すると、そこには部長と社長の姿まであり、俺は少し驚いた。

「佐藤君、突然すまないな」

「あ、いえ、とんでもありません」

「来てもらったのは、ちょっと聞きたいことがあってな」

「はい。何でしょう?」

「実はとある企業との契約が白紙になってるんだ。10億円もする契約でな。そんな大きな契約が白紙になるなんておかしいと思って調べたら、君とやり取りをしていた企業だったのでな。何か知らないか?」

「ああ、それですか。俺には思い当たることがありました。あの契約は、俺がお断りしたんです」

「なぜ、そんな大きな契約を君が勝手に断る?」

「俺は首になったので渡辺君に引き継ぐことを説明したのですが、先方は俺とじゃなきゃ契約しないとおっしゃいまして。それならと、仕方なくお断りさせていただきました」

「ちょっと待て。君が首だと……。社長はご存知なかったんですか?」

「どういうことだ? 田村君、説明しろ」

部長は説明を求められたが、顔を真っ赤にして黙っているだけだった。

代わりに口を開いたのは、渡辺係長だった。

「部長は嫌がらせをして、あげく課長を首にしたんです」

「何?」

「待て。いや、違うんです……」

「部長は雑用を課長に押し付けて仕事を邪魔して、理不尽に仕事を俺に引き継がせて仕事を奪い、最終的には無理やり課長を首にしたんです」

「おい、それ以上話すな。それ以上余計なこと言いやがったら、お前も首にするぞ」

「たまりなさい」

係長に暴言を吐く部長を、社長が一喝する。

「君は、誰を首にしたのか分かってるのか?」

「え……」

「佐藤君は、うちの営業成績1位の社員だぞ。そんな社員を首にして、会社がどれだけの損害を被るか想像つかないのか」

「いや、そんな……」

部長はきっと、俺がそれだけ営業成績を上げていることなど知らなかったのだろう。顔を真っ青にして、どもりまくっている。

「それから、さっき君が首にするぞと脅した渡辺君はな、うちの重役の息子だ」

「え……」

部長も驚いていたが、その事実は俺も知らなかったのでかなり驚いた。

「渡辺君を首にするということも、どれだけのことか理解しているのか」

「あ、う、あの……」

部長は額から大粒の汗を流して、言葉にならない声を出していた。社長はその部長の様子に呆れたようにため息をつくと、立ち上がって俺の前に立った。

「佐藤君、この件は社長である私の責任だ。本当にすまなかった」

そして、頭を下げる。社長に頭を下げられて、俺は慌ててしまった。

「ああ、いや、そんな……」

「勝手なことを言うようだが、会社に戻ってきてはくれないか」

「でも……」

「もちろん、田村君には厳しい処罰を与える。君の働きやすい環境を用意するよ」

「ちょ、ちょっと待ってください……」

社長は部長のことはもう目に入っていないように、無視していた。

「はい。それならありがとう。よろしく頼むよ」

「課長、良かったですね」

渡辺君が喜んでくれて、俺も嬉しかった。

「それであの取引先の対応は、頼んでもいいのだろうか?」

「あ、その件なんですが、ちょっとご相談が」

「なんだ?」

「実はあの10億の契約先は、俺の大学の同期が海外で立ち上げたゲーム会社だったんです」

「それで?」

「俺は海外旅行で、お詫びも兼ねてその友人に会うつもりでいたんです」

「それなら、出張ということにすればいい。もちろん費用は会社から出すよ」

「ありがとうございます」

「ただし、しっかり契約を結んできてくれよ。ただ遊んで帰ってきたら、承知しないぞ」

社長はそう言って笑っていた。

そして俺は出張ということで友人に会いに行き、今回の件のお詫びと、改めて契約を結んで欲しいという話をし、無事に契約を締結した。

日本に帰り、社長にその報告をすると、とても喜んでくれた。その上、俺に部長への昇格というご褒美までくれた。

ついでに言うと、結局あの田村部長は会社を首になった。そして、再就職先も見つからず、家に引きこもっているらしい。

俺は、社員の仕事を正当に評価してくれるこの社長の元で、これからも仕事を頑張っていこうと思っている。

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