私は結婚指輪を受け取るために、婚約者と宝石店にいた。すると突然、派手な女性が飛び込んできて、私の顔を平手打ちした。「この泥棒猫、あんたが直美光の浮気相手ね」と怒鳴られた。私は呆然とした。その女性は自分こそが直美の婚約者だと言い張る。振り返ると、直美は何も言わず、ただ震えていた。彼の沈黙が、すべてを物語っていた。私はその場で婚約を破棄し、店を去った。しかし、数週間後、私は彼の本当の嘘の大きさを…

私は結婚指輪を受け取るために、婚約者と宝石店にいた。すると突然、派手な女性が飛び込んできて、私の顔を平手打ちした。「この泥棒猫、あんたが直美光の浮気相手ね」と怒鳴られた。私は呆然とした。その女性は自分こそが直美の婚約者だと言い張る。振り返ると、直美は何も言わず、ただ震えていた。彼の沈黙が、すべてを物語っていた。私はその場で婚約を破棄し、店を去った。しかし、数週間後、私は彼の本当の嘘の大きさを...

婚約者と結婚指輪を受け取りに宝石店を訪れたその時、一人の女性が怒りで顔を歪めて店内に飛び込んできた。彼女は無言のまま、いきなり私の顔を平手打ちした。

「この泥棒猫、あんたが直美光の浮気相手ね。」

驚いたことに、その女性は自分こそが直美光の本当の婚約者だと主張した。直美はオロオロと激しく動揺し、震えている。その姿を見た瞬間、私の中に冷たい感情が湧き起こった。彼への愛情が完全に覚めた私は、その場で婚約破棄を告げた。

「身の程をわきまえて大人しく引き下がるなら、慰謝料は請求しないであげるわ。」

はるかは勝ち誇ったように高笑いした。

「そうね。こんなクズ、あなたにあげるわ。」

私はそう言い残して店を後にした。

私は平田桃子、26歳。大学卒業後、歯科医院で医療事務として働いている。受付や患者の呼び込みなど、仕事は様々だ。毎日いろんな患者さんと接するのは楽しい。多くの患者は口腔内に悩みを抱えて苦しんでいるが、治療が進むにつれて笑顔を取り戻していく。最後に「ありがとうございました」と満面の笑顔を見せてくれることが、この仕事のやりがいだった。

ある日、いつものように受付に立っていると、一人の男性が駆け込んできた。前日の夜から奥歯が痛んで仕方がないという。

「では、こちらの問診表を記入しながら少しお待ちください。」

そう言って顔を上げた時だった。

「桃子。やっぱり桃子だ。」

驚いたことに、その男性は私が学生時代に付き合っていた直美光だった。彼は嬉しそうに再会を喜んでいるが、私の心境は複雑だった。彼とは大学に入ってすぐの頃から付き合い始め、卒業後は結婚するものだと思っていた。しかし大学3年の冬、直美が別の女性と浮気していたことが発覚し、私たちは別れることになった。

当時の私は失意のどん底に陥った。彼のことが本当に好きで、別れることなど考えてもいなかった。それでも、彼が私以外の女性と関係を持っていたことが許せなかった。数年が経ち、ようやく彼のことを過去として受け入れられたというのに、何の因果か再び私の目の前に現れたのだ。

「あの時は本当に悪かった。桃子と別れてからずっと後悔してたんだ。」

直美は私と別れたすぐ後に浮気相手との関係も終わり、それ以来ずっと一人で後悔の日々を過ごしていたという。診察の順番が回ってきたので、私は彼の言葉を遮るように診察室へ促した。

彼が診察を終えた後、直美は改めて話がしたいと言って連絡先を渡してきた。正直なところ、その要求に応えるつもりはなかったのだが、診察に訪れるたびに時間を取られるのが嫌で、私は渋々連絡を取ることにした。

数日後、休みを利用して直美と会った。

「よかった。もうダメかと思ってた。」

「勘違いしないで。私はやり直すつもりなんてないわ。」

私はあえて最初に自分の意思を伝えた。

「あの時の俺は本当にどうかしてた。最低だって自分でも思うよ。本当に後悔してるんだ。」

直美は体を小刻みに震わせ、目には涙を浮かべている。もしかしたら彼は本当に反省しているのかもしれない。

「もういいわ。済んだことだもの。」

「許してくれるのか?」

「もう過去のことよ。私たちの関係は終わった。いつまでも過去にこだわり続ける必要はない。」

そう思ったのだ。しかし直美は言った。

「俺は今でも桃子を愛してる。だからもう一度やり直せないか。」

彼の申し出に私は戸惑ってしまった。過去にこだわらなくていいと思ったとはいえ、直美を信じられない。それでも目の前で涙を浮かべる彼を突き離すこともできなかった。

「本当に反省してるの?」

「もちろん。俺はもう二度と桃子を裏切らない。」

直美はまっすぐ私の目を見つめ、力強く言い切った。

「今、仕事は何をしてるの?」

「実は最近会社の業績が悪化して、リストラされたんだ。」

彼は会社を首になり、生活に窮しているようだった。

「もしかして私と復縁したいのは、養ってもらいたいから?」

「違うよ。すぐに次の就職先を決める。桃子に迷惑はかけない。」

直美の言葉に嘘は感じられなかった。

「分かった。あなたを信じるわ。」

私は直美との復縁を決意した。そしてその日、彼を自宅に連れ帰り、父に合わせることにした。私の父は国内で有名な平田出版を経営しており、直美の就職にも力を貸してくれると思ったのだ。

父が直美に将来のことを尋ねると、彼は結婚したいと思っていると答えた。

「ちょっと待って。やり直すって言ったけど、結婚なんて…」

「僕はそのつもりだ。桃子がイエスと言ってくれるまで、いつまでも待つつもりだよ。」

私たちのやり取りを見ていた父は「それなら」と、私との結婚を条件に直美を正社員として採用すると言い出した。思わぬ形で直美との婚約が成立してしまい、私は戸惑うばかりだったが、それでも心を入れ替えた彼であれば一緒になってもいいのかもしれないと思うようになった。

平田出版に入社した直美は、すぐに社長のお気に入り、次期社長候補と噂されるようになった。とはいえ、出版業界のことなど何も知らない直美は平社員として仕事を教えてもらう立場だ。しかし上司たちは社長の娘になる予定の直美に気を使い、彼が仕事でミスを犯しても注意できずにいたらしい。このせいか、直美は何度も同じミスを連発したそうだ。それでも叱られない状況に気をよくした直美は、ミスを犯しても反省せず、勤務態度は最悪だった。仕事に遅刻してくることも多く、与えられた仕事はミスばかりだというのに、定時になると早々に退社してしまう。

入社して3ヶ月もしないうちに手を焼いた上司たちは、社長である父に泣きついたようだ。直美の不真面目な勤務態度を聞いた父は彼を呼び出し、厳しく叱った。

「娘の顔で情けをかけてやったというのに、お前は何を考えてるんだ?」

「申し訳ございませんでした。」

直美は父の前で涙を流して土下座したようだ。仕事には誰よりも厳しい父は、本来であればすぐにでも直美を首にしたかっただろう。しかし私のことを考え、一度だけチャンスを与えた。

「次はないと思え。」

それ以来、直美は表面的には真面目に働くようになった。相変わらず仕事のミスは多かったようだが、それでも私との結婚が破談になるのは避けたかったのだろう。遅刻もなくなり、上司の言うことにも素直に従っているという。父からその話を聞いた私は、ほっと胸を撫で下ろしていた。

数日後、私の家に直美を招待し、夕食を一緒に食べることになった。母の手料理を直美は「美味しいです」と嬉しそうに食べている。

「新居のことだが、希望はあるか?」

「希望って…場所とか間取りとか、いろいろあるだろう。お前たちの希望を聞いてから、新築費用を振り込もうと思ってな。」

父は結婚祝いに新居の費用を出してくれるという。

「でも悪いわ。頭金だけならまだしも、全額出してもらうのは…」

「お父さんの気持ちなんだ。ありがたく受け取ろう。」

父は昔から私に甘い。私が欲しいものは何でも買ってくれた。しかしさすがに新居まで甘えるわけにはいかないと思ったのだが、直美は食い気味で受け入れた。そればかりか、住む場所や家の構造には興味を示さず、「予算はいくらまで出せるのか」「いつ現金が手に入るのか」と金銭的な質問ばかりをぶつけたのである。

その様子に不審感を抱いた父は、直美が帰った後、私にあいつは本当に信用できるのかと尋ねてきた。

「大丈夫よ。昔から借金だけはしなかったし、今もそれはないって言い切れる。きっと理想が大きくて、金銭的な心配が先に立っただけよ。」

父は「お前が信用しているならいい」と、それ以上の追求はしてこなかった。それでも私の中に一筋の不安が湧き上がった。

その不安を裏付けるかのように、次第に直美の様子がおかしくなっていった。週末を利用してデートに出かけても、彼はどこか上の空で頻繁にスマホをチェックしている。私が話しかけても返事が返ってこないことが多く、次第に苛立ちを覚えた。

「そんなにぼんやりして、何を考えてるの?」

「ごめん。家のことを考えてたんだ。桃子との家だからな。最高の家にしたくて、つい。」

その言葉を聞いて、私は疑ってしまった自分を反省した。私が思った通り、彼は二人のこれからのことを真剣に考えてくれている。それなのに私は彼のことを悪い方に考えていた。結婚しようかという人を信じなかった自分が恥ずかしい。

しかしそれから間もなく、直美は私と会わなくなっていった。「頭痛がひどい」「風邪を引いた」と体調不良を言い訳にしているが、それを素直に受け止められない。学生の頃の直美は健康だけが取り柄で、風邪など引いたことがないのだ。社会人になってから健康管理が行き届かず体調を崩すようになったのかもしれないが、それにしても毎回のようにデートを断ってくることに違和感を覚えた。

その後、結婚式まで3ヶ月となり、私はハネムーンのプランを立てるため一人で旅行代理店を訪れた。旅行先はハワイと決まっていたが、詳細なプランが決まっていない。店員と一緒に旅行の計画を立てていると、隣の席に座った女性のスマホが鳴った。

「もしもし。」

他の人のことも考えずに大きな声で応答する女性に目をやると、お尻が見えそうなほどのミニスカートに濃いメイクをしている。髪は金色に染め、服装も派手だ。おそらくどこかのホステスだろう。そう思い、自分のプランニングに向き直った。

しかし隣から聞こえてくる声が気になって仕方がない。女性は電話の相手に「今度の彼氏は出版社の次期社長なのよ」と得意げに話している。女をたらし込むと自慢する彼女に、私は思わず興味を持った。出版社であれば父の会社とも縁があるはず。一体どこの出版社だろうかと聞き耳を立てていると、私のスマホが鳴った。

着信の相手は直美だった。外に出て電話に応答すると、直美は親戚が倒れて入院したと焦った様子を見せた。

「悪いけど、旅行はキャンセルしてくれ。」

「それは仕方ないけど…親戚の方はどこの病院に入院したの?」

私は見舞いに行こうと思ったのだ。しかし直美は「見舞いの必要はない」と言い、「面倒を見る家族もいないから自分が世話をする」と言う。

それから数日間、直美と連絡が取れなくなった。会社も有休を取っており、自宅にも帰っていないようで、ポストには郵便物が溜まっている。直美の親戚は月ぎめの看病が必要な状態なのだろうか。しかし、そうだとしても全く連絡が取れないのは不自然だ。既読にならないメッセージを見つめながら、私は大きな不安に襲われていた。

一週間後、直美から「もう大丈夫だ」と連絡が入り、ほっと胸を撫で下ろした。私はその翌日、彼に会いに行った。結婚式まで1ヶ月と迫っているというのに、新居の契約も終わっていない。詳細な内容も直美に話さなくてはいけないことがたくさんあった。しかし待ち合わせに現れた直美を見て、私は違和感を感じた。

直美は入院中の親戚を看病していたはずなのに、日焼けしていたのだ。

「どうしてそんなに日焼けしてるの?」

「ああ、親戚が入院している間、畑の手入れもやってたんだ。」

直美は畑仕事で日焼けしたというが、本当にそうなのだろうか。農業などやったこともない直美が熱心に作業していたとも思えず、私の中に疑念が芽生えた。

数日後、私は直美と共に宝石店を訪れた。父の知り合いがやっている店で、質のいいダイヤモンドが自慢なのだが、価格はかなり高額となる。しかし「結婚指輪くらい、いいものを選べ」と父に言われ、この店でオーダーしたのだ。店を訪れるとオーナー自ら対応してくれ、結婚指輪が運ばれてきた。

その時、一人の女性が店内に入ってきた。見ると、数日前に旅行代理店で見かけた女性だった。女性は怒りで顔を歪ませ、まっすぐ私の方に向かってくる。そして無言のまま、いきなり私の顔を平手打ちした。

「この泥棒猫、あんたが直美光の浮気相手ね。」

再び手を振り上げたところを、スタッフが取り押さえた。

「あんた誰?」

「私は柏原はるか。そこにいる直美光の婚約者よ。」

驚いたことに、はるかは自分が直美の本当の婚約者だと主張した。「金目当てで付きまとう女が、直美が本気で結婚するわけないでしょ」と。

はるかの叫び声を聞きながら、私は隣にいる直美を見据えた。

「ふーん。私が浮気相手ね。」

直美はオロオロと激しく動揺していた。その姿を見た瞬間、私の中に冷たい感情が湧き起こった。直美ははるかと不貞行為を行った上に、私のことをストーカーと説明していたのである。直美への愛情が完全に覚めた私は、その場で婚約破棄を告げた。

「今はまずい。とにかく後で話し合おう。」

直美は小さな声で私に懇願するような視線を送っている。

「身の程をわきまえて大人しく引き下がるなら、慰謝料は請求しないであげるわ。」

はるかは勝ち誇ったように高笑いした。

「そうね。こんなクズ、あなたにあげるわ。」

私はそう言い残して店を後にした。

その後、直美からは謝罪と言い訳を書き連ねたメッセージが何度も送られてきた。その中で直美は「あいつは一方的に付きまとうストーカーだ」と言っているが、信用できるものではない。私は全てのメッセージを既読スルーし、徹底的に無視を決め込んだ。

その上で、私ははるかの身元を調べてみることにした。はるかはアンテナショップで働く店員で、週に4日勤務しているという。私ははるかの休みを狙い、アンテナショップへ足を運んだ。店にははるかの同僚たちがいる。彼女たちからはるかの情報を聞き出せないかと思ったのだ。

「はるかさんの彼氏のことだけど…」

「ああ、平田出版の次期社長なんだよね。」

はるかの同僚は隠す様子もなく、直美のことを話してくれた。

「それははるかさんがそう言ったの?」

「違うわよ。彼氏がここに来た時に、自分でそう言ってたの。ついでに、元カノに財産目当てで付きまとわれてるって困ってたわ。」

「そう、元カノに…。あなたがその元カノじゃないわよね。」

同僚は苦笑いを浮かべたが、私は「違います」と答え、店を出た。

直美とはるかの関係が始まったのは、半年ほど前だという。店に訪れた直美を気に入ったはるかが猛アピールし、付き合うことになったそうだ。つまり直美は私と婚約してすぐ、はるかと関係を持っていたということになる。しかし両方と交際を続けるには適当な言い訳が必要となり、双方に「財産目当てでストーキングされている」と嘘の情報を与えていたのだ。

直美は苦しい時に助けてやった恩も忘れ、はるかと関係を持ち、何食わぬ顔で私との結婚話を進めていた。その事実に、私はひどく憤りを覚えた。

真相が明らかになった後も、何も知らない直美からは連日「君だけを愛している」とメッセージが送られてきた。私はその全てを無視し、集めた彼の浮気の証拠とはるかの同僚の証言を整理し、父に洗いざらい報告した。

数日後、直美を我が家の夕食に招待した。直美は私に許してもらえたと思ったのだろう、父の前でも「はるかという女にストーキングされている。あいつは桃子の心を引き裂こうとしている」と被害者のように振る舞った。

「だけど、はるかさんは私の方が浮気相手だって思ってるみたいだったけど。」

「それは…ほら、あいつの妄想だよ。かなり思い込みが激しいみたいで、俺も迷惑してるんだ。」

「そう。この際だからはっきりさせておきましょう。」

私はその場ではるかに電話をかけ、直美のことで大事な話があると彼女を呼び出した。

30分後、怒り狂った様子ではるかが乗り込んできた。

「あんた、まだ諦めていないの?」

「申し訳ないけど、直美は私の婚約者よ。」

「はあ?まだそんなことを言うなら、慰謝料を払ってもらうから。」

はるかは私の横で小さくなっている直美を見ても、状況が飲み込めないらしい。

「直美光君、これは一体どういうことなんだ?」

父が直美に厳しい視線を送った。

「ちょっと、あんた誰よ?」

「この人はね、平田出版の社長なの。そして私がその一人娘。」

「は?何言ってるの?平田出版の社長って…」

ああ、なるほど。そういうことか。父は私の報告が全て真実だったと納得したのだろう。

「私が平田出版の社長だ。直美光をこの場で解雇する。」

父は怒りを顕わに、直美に解雇を言い渡した。直美の正体を知ったはるかはひどく動揺している。

「ここにいる平田剛史は平田出版の現社長よ。そして私がその一人娘。」

私は自分の正体を明かし、直美が自分に泣きついて父の会社で雇ってもらったことを説明した。

「娘を裏切った以上、我が社に君の居場所はない。」

「待ってください。お願いします。どうか首だけは。」

直美は父の前で土下座し、勘弁を求めた。

「次はないと言ったはずだ。」

父は涙を流し、必死に懇願する直美を一蹴した。

「ちょっと待ってよ。それじゃ、本当に私の方が浮気だったってこと?」

「そういうことになるわね。」

「そんな…だって直美はマンションを買ってくれたし、ハワイ旅行にも連れて行ってくれたのよ。愛されてるって信じてたのに。」

はるかは涙ながらに直美との思い出を語った。

「もしかして、ハワイ旅行に行ったのは先週のことかしら?」

「そうよ。新婚旅行だって言ってくれたのに。」

直美は親戚の見舞いと偽って私との連絡を断ち、はるかとハワイ旅行を満喫していたのである。

「呆れた。私との新婚旅行を、はるかとの不倫旅行にしたのね。」

「そ、それは…」

直美は何も言い返せないのか、言葉をつまらせている。

「ところで、その費用はどうしたんだ?無一文でボロボロだったお前に、マンションを買う金などなかっただろう。」

「それは…そのまま…さ…」

「まさか、俺が新居の費用として振り込んだ金を使ったのか。」

直美は黙ったまま、大きくうなだれた。

父は新居の費用として直美に5000万円を振り込んでいたという。直美はそのお金を使い、はるかにマンションを買い与えていたのだ。ハワイ旅行の費用も、はるかの洋服代や装飾代も、全て父から受け取ったお金を使用していたのである。

「お前は何を考えているんだ。桃子を幸せにすると約束したことも忘れ、二人の家の費用を愛人に注ぎ込むとは。もう我慢ならん。」

父は激怒し、「直美に対して、結婚を餌に金を騙し取ったとして詐欺の罪で刑事告訴する」と宣言した。

「当然、使い込んだ金は全額返してもらう。桃子への慰謝料もきっちり請求するから、覚悟しておけ。」

「待ってください。お金は一生かけてもお返しします。ですから、どうか告訴だけはお許しください。」

直美はお金を横領したことを認め、必死に謝った。しかし父の気持ちは収まらない。その様子を見ていたはるかはようやく、自分が騙されていた現実を理解したようだ。

「騙してたなんて、ひどい。」

怒り狂ったはるかは、思いつく限りの暴言を直美に投げかけている。

「一つ言っておくけど、あなたも被害者にはなれないわよ。」

「私は関係ないわ。さようなら。」

はるかは慌てた様子でその場を立ち去ろうとした。直美が嘘をついていたとはいえ、私という存在を知りながら直美との関係を続け、のうのうと暮らしていた彼女を無関係だと見過ごすわけにはいかない。

「あなたにも慰謝料を請求するわ。」

それから、私ははるかに宝石店で殴られたことを暴行事件として、被害届を出していると告げた。はるかは「ビンタくらいで大げさだ」と反論したが、宝石店の店員が証人として名乗り出ており、店内の防犯カメラにも鮮明な映像が残されていた。その後、はるかは警察に逮捕され、取り調べを受けることになった。

警察の取り調べでも、はるかは私のことを浮気相手だと思っていたと主張していたようだ。しかし、だからと言って理由もなく見ず知らずの人間に暴力を振るっていい理由にはならない。

はるかの逮捕から数日後、直美の元にも刑事がやってきた。父の告発により、直美は結婚詐欺で逮捕されることとなった。直美は「騙すつもりはなかった」と主張しているようだ。しかし、家には複数の防犯カメラが設置されている。当然、父が私たちの新居のことを尋ねてきた時の会話も録音されている。あの時、直美は父に「いくら支援してくれるのか」「いつ振り込まれるのか」と食い気味で聞いていた。すでにはるかとの関係が始まっていたことを考えると、直美は最初から父の支援金を着服するつもりだったに違いない。

防犯カメラの映像を見た警察は、直美が最初から騙すつもりだったと判断した。その後の捜査でも、直美がお金を受け取った直後にはるかのマンションが購入されていたことが判明し、彼は詐欺で起訴されることになった。

直美が起こした事件はメディアでも取り上げられ、実名と顔写真が報道された。直後からSNSで直美の素性がさらされ、その中には彼が平田出版の社員だということも書かれ、父の会社には連日批判の電話が殺到したそうだ。父は記者会見を開き、直美の婚約者が私であったことや、騙し取ったお金の出所が自分であったことを説明した。その上で、直美をすでに解雇し、私との婚約も破棄しているとして、不要な批判を控えて欲しいと頭を下げた。

その後行われた裁判では、「結婚という重大な信頼関係を利用し、金銭は全て私利私欲のために消費した」として悪質極まりないと断罪され、直美は被告席で大きくうなだれていた。同じ頃、私は父と共に民事裁判を起こし、直美に騙し取った金銭の返還と私への慰謝料を請求した。その結果、直美の財産は差し押さえられることとなったのだが、父から奪ったお金はすでに1000万円程度しか残っておらず、他に資産と呼べるものもない。そのため直美に誓約書を書かせ、出所後の支払いを約束させた。

その上で、私と父ははるかにも慰謝料の請求と共に、不当利得返還請求を行った。はるかは直美に騙されていたとはいえ、彼の詐欺による資金で手に入れた資産は、当然返還されるべきものと判決を受け、直美からプレゼントされたマンションや高級品は全て差し押さえられることとなった。さらに父は、平田出版の社長としても直美を告訴した。

直美は「次期社長」と偽り、取引先に不当な契約を結ばせていた。直美が詐欺事件で有罪となったことを知った取引先から父に次々と報告が寄せられ、直美の批判のみならず風評被害が広がったのだ。それを受けて会社は直美に損害賠償を請求することにした。

直美は刑期を終えて出所しても、多額の支払いに追われる生活が待っているのである。

数年後、仮出所した直美は実家の両親を頼ったそうだ。しかし長年音信不通だった上に、二人の女性を騙し結婚詐欺を行った直美のことを、両親は許さなかったらしい。直美に勘当を言い渡し、親子の縁を切ってしまったようだ。その後、社会復帰した直美は多額の支払いのため就職しようと試みたようだが、前科のある彼を雇い入れてくれる会社はなかったらしい。日払いの肉体労働で昼夜問わず働いているようだが、今でも返済の目処は立っていない。

はるかは私への慰謝料を支払うため貯金を使い果たした上に、宝石店での暴行事件がSNSに投稿され、アンテナショップを解雇されてしまったようだ。その後は人知れずどこかに引っ越していったらしい。

私はあれから、父の出版をサポートする道を模索し始めた。父は高齢で、私が会社を継ぐことを望んでいる。直美のことで迷惑をかけた以上、その願いを叶えてあげたいと思った。しかし私は出版のことなど何も知らない。そのため父の会社に転職し、経理事務として働くことにした。父は経営会議に参加させてくれ、Webなど様々な経験ができるようにと、いろんなことにチャレンジさせてくれる。父の元で経営を学びながら、いつの日か会社を受け継いでいければと思っている。

ある日、父が「紹介したい男がいる」と食事に誘ってきた。待ち合わせのレストランに行くと、スーツ姿の男性が待っている。男性は広田と言い、T大学で物理学の教授をしているという。食事をしながら広田と話していると、なぜか心が穏やかで、初対面とは思えない感覚に見舞われた。その後も何度か食事デートを重ね、私たちは交際を始めた。広田はとても誠実で、嘘で人を傷つけたり、他人を騙したりするようなことはしない。彼の人間性に惹かれた私は、結婚も視野に入れて彼との良好な関係を続けている。

そう遠くない未来に、父に初孫を抱かせてやりたい。そう思いながら、彼との明るい未来に期待している。

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