「あなたは代わりですよ」。顔合わせの席で、私は初めて会った漁師の男性に、本当のことを言ってしまった。妹が写真を見て「魚臭い生活は絶対嫌」と断ったから、私が代わりに座っている。そう言った時、目の前の男性は驚くこともなく、ただ静かに「そうですか」と答えた。それから始まった私の新しい生活。この港で、誰かの代わりではなく、初めて私自身の名前を呼んでもらえるようになるまで、私は何も知らなかった。そして…

「あなたは代わりですよ」。顔合わせの席で、私は初めて会った漁師の男性に、本当のことを言ってしまった。妹が写真を見て「魚臭い生活は絶対嫌」と断ったから、私が代わりに座っている。そう言った時、目の前の男性は驚くこともなく、ただ静かに「そうですか」と答えた。それから始まった私の新しい生活。この港で、誰かの代わりではなく、初めて私自身の名前を呼んでもらえるようになるまで、私は何も知らなかった。そして...

「夕飯はさまでいいですか?」と聞いた私は、情けないくらいおそるおそる声を出していた。冷蔵庫には、隣のおばさんがくれた銀色の細長い魚が三匹入っている。自分でも名前が分かる魚だ。私はこれを焼いて、大根を下ろして、それで十分だと思っていた。

夫は立ち止まって少しの間こちらを見ていた。それから小さく笑った。

「今日は店で食べようか」

私は手に持っていた大根を落としそうになった。外食なんて、この家に来てから一度もなかった。しかも、夫の口から「店」という言葉が出るのが、どうしても不思議だった。漁師の夫が、私を連れていきたいという店。それがどんな場所なのか、私は何も知らなかった。

「あの、どんなお店ですか?」

「寿司だよ」

寿司と聞いて、私は国道沿いにある大きな回転寿司を思い浮かべた。港の近所のおばさんが「あそこは安くていい」と言っていたのを覚えている。それなら安心だと思った。

「じゃあ、着替えます」

「そんなに決めなくていいよ」

そう言われたので、私は一番地味なブラウスとスカートを選んだ。服屋で十二年働いていたのに、自分の服はろくに持っていなかった。売り物を眺めるのは仕事で、買うのはお客さんの役目だと思ってきたからだ。夫は風呂場で頭から水をかぶり、髪を撫でつけて、麺のシャツに着替えた。それだけだった。

軽トラックの助手席に乗ると、シートに新聞紙が敷いてあった。

「すみません。これしか車がなくて」

車は港を出て、国道とは反対の方向へ走り出した。回転寿司の方じゃないんですね、と聞くと、夫は前を向いたまま笑った。

「もう少し先だよ」

道はだんだん細くなった。海沿いの県道を走って、途中で山の方へ折れて、また海の方へ降りていく。窓の外は畑と崩れかけた石垣と、たまに現れる古い家ばかりだった。三十分ほど走ったところで、車は狭い路地の入り口で止まった。

「ここですか?」

路地の奥に、ぽつんと明かりが見えた。石畳が敷いてあって、両脇に低い塀が続いている。突き当たりに小さな引き戸があって、その上に木の看板がかかっていた。表札のような木の板に「松風」とだけ掘ってあった。

私は足が止まった。看板は出ていない。提灯が出ているわけでもない。ただ、路地に入った瞬間から、ここが普通の店ではないと分かる空気があった。引き戸の前で、私は夫に聞いた。

「こういうお店って、紹介がないと入れないんじゃ……」

夫は何でもないように引き戸に手をかけた。

「大丈夫だよ」

そして引き戸を開けた。

旦那様、いつもの席へ。

髪をくぐった途端、白いカウンターの奥で包丁を置く音がした。白い調理服を着た男の人が手を止めて、こちらへ深く頭を下げている。年は六十を過ぎたくらいだろうか。しっかりした頭に白いものが混じっていた。

店の中の空気が一瞬で変わったのが分かった。カウンターの内側にいた若い板前さんたちが一斉に手を止めて、姿勢を正した。座っていたお客さんまで、何事かという顔でこちらを見ている。私は入り口で足が動かなくなった。

隣に立っているのは、ついさっきまで軽トラックの運転席で下手な鼻歌を歌っていた私の夫だ。作業着から着替えたとはいえ、色の褪せた麺のシャツに、くたびれたズボン。髪もろくに整えていない。港の匂いがまだ少しだけ残っている。その人に向かって、看板も出していない寿司屋の大将が腰を折っているのだ。

「あの、ここ……うちみたいな者が入っていいお店なんですか?」

夫は困ったように笑って、私の背中に手を添えた。

「まあ、座りましょう」

つい今日の昼まで、私は今夜の夕飯を三千円にするか迷っていた。妹の代わりに嫁いできた身で、贅沢なんて言えるはずがないと思っていたのだ。あの夜のことは、今でもはっきり覚えている。妹の代わりに来ただけの私が、この港で自分の名前を呼ばれるようになるなんて、あの時はまだ思ってもいなかった。

私は村上綾野。三十歳。あの夜の半月前まで、私は沢口という姓で、県庁所在地から電車で一時間ほど行った町に住んでいた。高校を出てから十二年、駅前の商店街にある婦人服の店で働いてきた。店員は私を入れて四人。仕事は品出しと接客と値札書きだった。

夏はセール、秋は羽織り物、冬はコート。同じ一年を十二回繰り返してきた。店には常連のおばさんたちがいて、私が並べた棚から迷わず手に取ってくれる。それがささやかな自慢だった。

けれど、家に帰れば、私はいつも二番目だった。私には四つ下の妹がいる。妹は昔から目立つ子だった。目が大きくて、声が明るくて、写真を撮ればいつも真ん中にいる。両親は妹を可愛がっていた。私は逆だった。地味で、口数が少なくて、何を言っても最後まで聞いてもらえない。だから、言わなくなった。夕飯の支度も、洗濯物の取り込みも、祖母の通院の付き添いも、気がつけば全部私の役目になっていた。

ある日、母が私と妹に色違いのマフラーを買ってきたことがある。赤と紺だった。私は赤が良かった。

「どっちがいい?」

妹が赤を取った。それで終わりだった。私は紺を巻いて三年使った。そういう小さなことが二十年積み上がると、人は自分から何かを言わなくなる。高校を出る時、私は専門学校に行きたいと言った。

「うちにそんな余裕はないの。妹の時にお金がかかるんだから」

それで進学の話は消えた。私は駅前の婦人服の店に就職した。不思議なもので、その仕事は好きになった。値札を書くのが好きだった。同じ千八百円でも、書き方一つでお客さんの手の伸び方が変わる。棚の並べ方でも変わる。一週間売れなかったブラウスが、色の順番を入れ替えただけで三枚売れたこともある。

「綾野ちゃんは置き方の感がいいね」

そう褒められた日は、帰り道の商店街が少しだけ明るく見えた。けれど、家に帰れば、その話をする相手はいなかった。母は妹の職場の話ばかり聞きたがった。私が店の話をすると、「そう」と言って、それから妹の話に戻るのだ。

祖母のことも話しておきたい。祖母は私が二十三の時から足を悪くして、月に二回、隣の市の病院へ通っていた。付き添いはいつも私だった。母は「あんたの方が仕事の融通が利くでしょ」と言った。融通なんて聞かなかった。私は休むたびに店長に頭を下げていた。それでも、病院の待合の椅子で祖母と並んで座る時間は嫌いではなかった。祖母は待つのが上手な人で、退屈だとは一度も言わなかった。

祖母は四年前に亡くなった。最後の日、病室で祖母は私の手だけを握っていた。

「綾やちゃんは、自分のことを後回しにしすぎだよ。そのうち、自分の順番を忘れちまうからね」

その時、私は「はいはい」と笑って受け流した。どうすればいいのか、本当に分からなかったのだ。

縁談の話が来たのは、私が三十になった年の六月だった。持ってきたのは矢野さんという七十歳の男の人だ。父の務め先の元上司で、退職してからも年賀状のやり取りが続いている。矢野さんの奥さんの実家が磯崎という町にあって、その縁でこういう話が回ってきたらしい。

「いい人がいるんだ。磯崎の裏さんところの息子さんでね。三十八歳、漁師だ」

矢野さんが写真を出した。父も母も乗り出した。妹も面白半分に覗き込んだ。写真の中の人は防波堤の上に立っていた。黄色いカッパを着て、長靴を履いて、ゴム手袋をはめたまま、少し困ったような顔でこちらを見ている。日焼けして、目の周りに深いシワがあった。

妹が写真をつまみ上げて、二秒で放り出した。

「無理、無理。漁師なんて無理。魚臭い生活なんて絶対嫌。私、手が荒れるの嫌だし」

矢野さんが困った顔をした。母は写真を裏返して、それから息をついた。

「妹にはもっといいご縁があるでしょう。この子、まだ二十六よ」

父は湯呑みを置いて、私の方を見た。

「綾野なら、田舎暮らしでも我慢できるだろう」

その一言で決まった。本当にそれだけだった。反対されることも、私の気持ちを聞かれることもなかった。矢野さんだけが、最後まで「それでいいのか」という顔をしていた。私は台所で洗い物をしながら、水の音に紛れて自分の返事を聞いていた。

「はい」

心のどこかで、「これでいいのかもしれない」とも思った。このまま家にいても、私はずっと二番目のままだ。それでも、顔合わせの前の晩は眠れなかった。写真の人の困ったような顔を思い出しては、あの人は妹と会うつもりで来るのだと考えた。私は代わりに座るのだ。

顔合わせは七月の初めだった。場所は矢野さんが取ってくれた市内のホテルの和食の個室。本当なら妹が座るはずだったその席に、私が一人で座った。妹は三日前に友達と旅行へ行ってしまい、その日も帰ってこなかった。母は先方に、この話は最初から私の縁談だったという顔で通すつもりでいた。妹が写真を放り出したことは、なかったことにして。私はそれが嫌だった。

襖が開いて、その人が入ってきた。写真より背が高かった。紺のスーツを着ていたけれど、明らかに着慣れていないのが分かった。首の周りが窮屈そうで、ネクタイの結び目が少し曲がっていた。手が大きくて、指の関節が太くて、爪の際に色が残っていた。

その人は座布団の上に膝をついて、丁寧に頭を下げた。

「裏直と言います。磯崎で漁師をしています」

私は直立したまま、言うつもりのなかったことを言ってしまった。

「あの、ごめんなさい。本当は妹の縁談だったんです。妹が写真を見て、漁師は無理だと言って、それで私が代わりに来ました」

言ってから、しまったと思った。これで話は終わる。矢野さんに顔向けできない。母には後で何を言われるか分からない。けれど、その人は怒らなかった。驚いた顔さえしなかった。少し黙ってから湯呑みに手を伸ばして、静かに言った。

「そうですか」

それきり何も聞かずに、その人は自分の話を始めた。朝は二時に起きること。船の上ではラジオしか聞かないこと。港の家は古くて、雨の日は縁側の戸の建て付けが悪いこと。母親を三年前に亡くしてから、家に女の人の手が入っていないこと。

私は相槌を打ちながら、この人は自分をよく見せようとしていないと気づいた。売り込むのではなく、「うちはこういう家です」と正直に並べていくだけなのだ。婦人服の店で十二年、私は売り込む人ばかり見てきたから、それが却って珍しかった。途中で一度、人は箸を止めて私に聞いた。

「沢口さんはどんなお仕事を?」

「婦人服の店で店員をしています」

「長いんですか?」

「十二年です」

それだけ言って口を閉じた。面白い話ではないと思ったのだけれど、その人は頷いて、聞くのを待つ顔をした。待たれると、人は喋ってしまう。

「値札を書くのが好きなんです。同じ値段でも、書き方と置き方でお客さんの手の伸び方が変わるので……一週間売れなかったブラウスが、色の順番を変えただけで売れたりします」

言ってから恥ずかしくなった。何を語っているんだろうと思った。その人はすぐには何も言わなかった。それから、こう言ったのだ。

「それはいい仕事ですね。うちの方も同じです。同じ魚でも、箱の組み方と氷の当て方で値が変わりますから」

私は驚いて顔をあげた。自分の十二年が、初めて誰かに認められた気がした。気がつけば二時間が過ぎていた。帰り際、その人は玄関の外まで送ってきて言った。

「今日は俺の話ばかりしました。次は綾野さんの話を聞かせてください」

次があると思っていなかったので、返事が遅れた。

「はい」

一ヶ月後、矢野さんを通じて正式な申し入れが来た。その席で、母は妹の名前を出そうとした。妹が「やっぱり」と言い出すかもしれない。そう思ったのだと思う。矢野さんが首を横に振った。

「裏さんはね、お姉さんがいいとおっしゃっている」

母は少し不服そうな顔をして、それから急に機嫌を直した。

「まあ、綾野も三十だしね。妹よりはいいわ」

妹は自分の部屋から出てこなかった。結婚の話はそこから驚くほど早く進んだ。式はあげなかった。母が「向こうは田舎なんだし、こっちも親戚を呼ぶほどのことでもないでしょう」と言ったからだ。私は反対しなかった。両家の顔合わせを兼ねた食事会が、市内の料理屋で一度だけあった。その席で、母は最後まで裏の家の暮らし向きを気にしていた。船は何隻あるのか、家は持ちか、蓄えはあるのか。夫は嫌な顔を一つせず、聞かれたことに順番に答えていた。

「自分が乗っているのは一隻です。弟の船と一緒にやってます」

「家は親から譲り受けた古い家です。直しながら使っています」

「まあ、そう」

母の声の温度がそこで下がったのが分かった。帰りのタクシーの中で、母は窓の外を見ながら言った。

「あんたにはちょうどいいんじゃない?」

私は何も答えなかった。その席にも妹は来なかった。友達の結婚式と重なったのだそうだ。

婚姻届を出したのは、家を出る前の日だった。役所の窓口は空いていて、五分もかからずに終わった。証人の欄は父と矢野さんが書いてくれた。帰り道、矢野さんが小さな声で言った。

「綾やちゃん、あの人はな、口が重いだけだ。中身は間違いない。もし何かあったら、わしに言いなさい」

私は「ありがとうございます」と言って頭を下げた。その晩、自分の部屋の荷物をまとめた。三十年住んだ部屋なのに、ダンボールは四箱で足りた。

出発の朝、玄関で見送りに出てきたのは父だった。母は台所にいて、洗い物の手を止めなかった。妹はまだ寝ていた。

「まあ、体だけは壊すなよ」

それが三十年育った家で最後にもらった言葉だった。私は自分の荷物を詰めたダンボール四箱を宅急便で送り、旅行かばんを一つ下げて電車に乗った。乗り換えを二回して、最後は矢野さんの知り合いの車に乗せてもらって、着くまでに四時間かかった。窓の外の景色がだんだん低くなっていった。田んぼが減って、山が近づいて、それから不意に視界が開けた。

磯崎の港が見えたのは、九月のよく晴れた日の昼過ぎだった。車を降りた瞬間に、風の匂いが変わったのが分かった。塩の匂いと、それに混じった魚の匂い。魚臭いというより、もっと重たくて乾いていて、鼻の奥に残る匂いだった。

港には青いシートをかけた船が何隻も並んでいた。岸壁には発泡スチロールの箱が積み上がり、その脇でおばさんたちが網の修繕をしている。手を止めてこちらを見た人が何人かいた。夫が軽トラックで迎えに来ていた。作業着のままだった。

「すみません。今朝、網に当たっちまって遅れました」

そう言って荷物を荷台に乗せた。旅行かばんを一つ持ち上げるのに、その人は指二本しか使わなかった。その時、岸壁の方から声がかかった。

「直さん、そっちが奥さんかい?」

振り向くと、五六人が集まってきていた。長靴の人、ゴムの前かけをつけた人、頭に手ぬぐいを巻いたおばさん。夫は少し困った顔をして、私の隣に立った。

「綾野さんです。今日からうちに」

私は慌てて頭を下げた。

「裏上綾乃です。何も分かりませんが、よろしくお願いします」

「おお、しっかりしとる。あんた、こんな何もないとこによく来てくれたね。直さんもやっと落ち着くわ」

みんな、私よりも夫の方を見て嬉しそうにしていた。その中に、日に焼けた顔の若い男の子がいた。二十代の半ばくらいだろうか。

「奥さん、直さんの飯だけはちゃんと食わせてやってください。この人、ほっといたら二日くらい何も食わねえから」

「余計なことを言うな」

どっと笑い声が上がった。その笑い方が、私の知っている笑い方と違った。実家の親戚が集まった時の笑いは、いつも誰かをからかう笑いだった。ここの笑いはそうではなかった。

家は港から歩いて三分の坂の途中にあった。古い平屋だ。木の外壁が塩風で白っぽくなっていて、屋根瓦の色が場所によって違う。何度も直しながら使ってきたのだと分かった。玄関を開けると、内側は思ったよりきちんとしていた。廊下は磨いてあるし、台所の流しにも洗い物がない。ただ、部屋の隅にどうしても手が届いていない感じがあった。神棚の埃とか、仏壇の周りの花の枯れ具合とか、そういうところだ。

「女の人の手が入っていないというのは、こういうことか」

私は正直、覚悟してきた。漁師の家というのは貧しいものだろうと思っていた。豪邸を想像していたわけではないけれど、それにしても、ここまで飾りのない家だとは思わなかった。

「やっぱり、私は妹の代わりに貧乏くじを引かされたんだ」

そう思った自分が、少し嫌になった。荷物を置いて、私は台所と縁側と仏壇の周りを一通り拭いた。何かしていないと落ち着かなかったのだ。仏壇には位牌が二つあった。片方は「裏家」。もう片方は「裏静」。その上に、写真が二枚並べてかけてあった。一枚は白髪の女の人が少し困ったように笑っている写真。目元が夫によく似ていた。もう一枚は、船の上に立った男の人の写真だった。黄色いカッパを着て、長靴を履いて、こちらを見ている。私はその写真の前で足を止めた。見合いの前に見せられた夫の写真と、格好が全く同じだったのだ。着ているものまで同じに見えた。

花が枯れかけていたので、庭に咲いていた小さな白い花を切って刺した。名前は知らない花だった。夕方、夫が帰ってきて仏壇を見て、少し驚いた顔をした。

「花、勝手に切ってしまってすみません」

「いえ。母が好きだった花です」

それだけ言って、その人は仏壇の前に座り、線香をあげた。背中が大きかった。線香が半分まで燃えた頃、私は思い切って聞いた。

「あの、お父様ですか? 写真の」

「はい」

「いつ亡くなられたんですか?」

「十二年前です」

「何で……」

「シケです。海が荒れることだ」

この人のお父さんは、荒れた海で亡くなったのだ。その一言で、私は自分が軽々しく聞いてしまったことに気づいた。

「秋でした。あの日は朝は晴れだったんです。それきり」

その人は何も言わなかった。私は何も聞けなくなって、台所へ戻った。

その晩、二人で食卓に着いた。私が作ったのは、来る途中の道の駅で買った野菜の煮物と味噌汁とご飯だけだった。夫は何も言わずに全部食べた。それから箸を置いて、湯呑みを両手で包むようにして持った。私は膝の上で指を組んで、ずっと言おうと思っていたことを言った。

「あの……妹の代わりに来てしまって、すみません。本当なら、もっと若くて綺麗な人が来るはずだったのに」

言葉にしてしまうと、思っていたより惨めな響きがした。夫はしばらく湯呑みを見ていた。それから顔をあげた。

「代わりだなんて思っていません。でも、あの日、部屋に入った時、あなたは一人で座っていました。妹が来るはずだったと、自分から言った。嘘をついた方が楽なのに、言った。俺はその人と暮らしたいと思ったんです」

私は返す言葉が見つからなかった。

「来てくれたのがあなたでよかった」

その人は照れたのか、すぐに立ち上がって流しへ行き、自分の茶碗を洗い始めた。私は台所へ追いかけて「洗い物は私がやります」と言った。

「じゃあ、明日から頼みます」

背中を向けたまま、その人はそう言った。食器を片付けた後、夫は縁側に出て網の手入れを始めた。裸電球を一つつけて、膝の上に網を広げて、切れたところを指で探しては糸を通していく。あの太い指なのに、その動きだけが妙に細かかった。私は麦茶を持っていって、少し離れて座った。

「毎晩やるんですか?」

「切れたままにしとくと、次に破れるのはもっと大きくなるので」

「大変ですね」

「これは楽な方です」

その人は手を止めずに続けた。

「魚は待ってくれないんですよ。こっちの都合と関係なく回ってくる。だから、こっちが先に用意しとくしかない」

私はその言葉が網の話だとばかり思って聞いていた。夜が更けても、その人はまだ縁側にいた。その夜、私は布団の中で天井を見上げていた。妹の代わりに来た。それは事実だけれど、「代わりだと思っていない」と言われたのは、生まれて初めてだった。三十年生きてきて、私はずっと誰かの代わりだった。母の代わりに祖母の病院へ行き、妹の代わりに謝りに行き、店では休んだ人の代わりにシフトに入った。代わりであることに慣れすぎて、それを不満に思う機会さえ失っていたのだ。だから、その一言が思ったよりずっと深いところに届いた。遠くで波の音がしていた。規則正しくて、少しだけ乱暴な音。私はその音を数えているうちに眠った。

翌朝、目が覚めた時にはもう家に夫はいなかった。台所の机の上に、湯呑みが伏せて置いてあった。それだけが、その人がここにいた証拠だった。私は家の中をゆっくり歩いてみた。部屋は四つあった。玄関を入ってすぐの縁側、その奥の仏間、私に用意された部屋、それから夫の部屋。夫の部屋の襖は開いたままだった。中は驚くほど物が少なかった。布団と小さな箪笥とラジオが一つ。壁に釘が打ってあって、そこに黄色いカッパがかかっていた。肩の部分の色が抜けて白っぽくなっている。裾の方に補修のテープが何枚も貼ってあった。仏壇の写真の中であの人のお父さんが着ていたものと同じに見えた。私は襖に手をかけたまま、そこから先へ入るのをやめた。

昼過ぎに携帯電話が鳴った。母だった。

「着いたら着いたって、連絡くらいしなさいよ」

「ごめんなさい。昨日着きました」

「どうなの? そっちは」

「港の近くの家です。古いけど、綺麗にしてあります」

「古いの? うん……」

母は少し黙ってから声を落とした。

「まあ、あんたならそういうのも平気でしょ。妹にはとても無理だったわ」

その言い方に、私は初めてほんの少しだけ腹が立ったけれど、何も言わずに「はい」と答えた。三十年やってきたことは、そう簡単には変わらない。電話を切ってから、私は台所の窓を開けた。坂の下に港が見えて、その向こうに海があった。海はその日、灰色がかった青をしていた。私はしばらくそこに立っていた。

磯崎の朝は早い。夫は毎日二時に起きて、三時前には家を出る。最初の数日、私は起きられなかった。目を覚ますと、もう玄関の音が閉まる音がしていて、台所には伏せた湯呑みが置いてあった。四日目の朝、私は目覚まし時計を一時四十分に合わせた。台所に立って湯を沸かしていると、廊下の奥から夫が出てきて、ぎょっとした顔をした。

「起きなくていいですよ。俺は勝手にやりますから」

「おにぎりだけ、握りました」

夫は少し黙って、それから受け取った。その日から、私は毎朝二時前に起きるようになった。おにぎりを二つと、水筒に熱いお茶。それだけのことなのに、渡すたびにその人は必ず「ありがとうございます」と言った。

一週間ほど経った朝、私は初めて港まで見送りに出た。外はまだ真っ暗で、空気が冷たかった。岸壁には船の明かりが点々と浮かんでいて、そこだけが起きている町のように見えた。エンジンの音、氷を崩す音、誰かが誰かの名前を呼ぶ声。私は坂の途中で足を止めて、それをしばらく見ていた。朝の二時に、こんなに大勢の人が働いている。私は三十年生きてきた間、その時間はずっと眠っていたのだ。

昼前になると船が戻ってくる。港に面した建物のシャッターが上がって、氷を敷いた発泡の箱が並べられて、そこに魚が広げられる。しばらくすると、長靴の男の人たちが集まってきて、声を張り上げ始めた。何を言っているのか、私には一言も分からなかった。穂先だけが早口の歌のように聞こえた。

帰り道、隣のおばさんに聞いてみた。

「あれ、何をしているんですか?」

「競りにつけてんの。買う人が」

「誰でも買えるんですか?」

「まさか。組合に登録した人だけよ。中買いさんって言ってね。よそから来た人が勝手に買ったりはできないの。ここの魚はね、一度組合に集めてから、あの人らが競って買うの」

「へえ」

私はそれがどういう意味を持つのか、その時は何も考えていなかった。昼間は家のことをした。床を拭いて、神棚の埃を落として、仏壇の花を変えた。押し入れから出てきた古い座布団の綿を打ち直しに出した。それから近所への挨拶に回った。坂の下の家、隣の隣の家、港の脇の網小屋。最初に驚いたのは、私が来ることがもうみんなに知れ渡っていたことだ。

「裏さんとこの新しい奥さんだね。あんた、遠くから来たんだって。大変だったね」

こう言って、干した魚をくれたり、庭のナスをくれたりする。そして、必ず同じことを言うのだ。

「直さんによろしく。直さんにはうちも世話になってるからね」

その言い方が少し不思議だった。「世話になっている」というのは、普通は借りの話だけれど、この町の人たちの言い方には借りの匂いがしなかった。もっと当たり前のことを言っているような口ぶりなのだ。坂の下の家のおばあさんは、私に干物を持たせながらこう言った。

「この港で、直さんに世話になっていない家を探す方が早いわ」

私は笑って受け流した。田舎の言い回しというのは大げさなものだと、その時は思っていたのだ。

ある日の夕方、港へ夫を迎えに行った時のことだ。岸壁を歩いていると、向こうからトラックが来て私の横で止まった。運転席から七十前後の男の人が顔を出す。

「奥さんかい? 裏んとこの」

「はい。裏上綾乃です」

「戸田だ。世話になっとる」

そう言って、その人は運転席に座ったまま、ひょいっと会釈をした。それだけなら普通のことだった。けれど、その直後、夫が船から降りてきてこちらへ歩いてきた瞬間、戸田さんは慌てて車から降りたのだ。そして帽子を取って、両手を膝の前で揃えて、深く頭を下げた。

「旦那、お疲れさまです」

夫は片手を上げて、なんでもないという風に答えた。

「戸田さん、明日は昼から風が上がるって。無理しないでください」

トラックが走り去った後、私は歩きながら聞いた。

「戸田さん、随分と丁寧でしたね」

「戸田さんは、俺の親父の代からの人ですから」

それだけだった。その日から、私は気をつけて見るようになった。すると確かに、みんな夫を見ると姿勢を正すのだ。若い人はもちろん、明らかに年上の人まで。市場の脇で立ち話をしていたおじさんたちが、夫が通ると話をやめて頭を下げる。夫はその度に軽く手を上げて、何事もなかったように歩いていく。

「この人は無口で飾らなくて、朝が早くて、多分この町でずっと真面目に働いてきたのだろう。だから慕われている。それだけのことだ」

そう思っていた。

梅雨が明けて、半月が過ぎた。九月の終わりの、その日。夫が昼過ぎに家へ戻ってきた。珍しく作業着が乾いていた。私は流しで大根を洗っていた。冷蔵庫には、朝に隣のおばさんがくれた魚が三匹入っている。銀色の細長い魚だ。私でも名前が分かる魚だった。私は手を拭いて、遠慮がちに聞いた。

「あの……夕飯は、さまでいいですか?」

自分でも情けないくらい、恐る恐るの聞き方になった。田舎の漁師の家だから、毎日余った魚を食べるのだろうと思っていた。私は妹の代わりに来た身。何が食べたいなんて言えるはずがない。もらった魚を焼いて、大根を下ろして、それで十分だと思っていた。夫は立ち止まって、少しの間こちらを見ていた。それから小さく笑った。

「今日は、店で食べようか」

私は手に持っていた大根を落としそうになった。

「え、外食ですか?」

「うん。ちょっと紹介したい店があるんだ」

「でも、こんな急に……」

「予約は入れてある」

その言い方があまりに何でもない風だったので、私は逆らえなかった。

「あの……どんなお店ですか?」

「寿司だよ」

寿司と聞いて、私は回転寿司を思い浮かべた。磯崎には国道沿いに大きな回転寿司があるらしい。近所のおばさんが「あそこは安い」と言っていた。それなら安心だと思った。

「じゃあ、着替えます」

「そんなに決めなくていいよ」

そう言われたので、私は一番地味なブラウスとスカートを選んだ。婦人服の店で十二年働いていたのに、自分の服はろくに持っていなかった。売り物を眺めるのは仕事で、買うのはお客さんの役目だ。ずっとそう思ってきた。出かける前、夫は風呂場で頭から水をかぶり、髪を撫でつけて、麺のシャツに着替えた。それだけだった。軽トラックの助手席に乗ると、シートに新聞紙が敷いてあった。

「すみません。これしか車がなくて」

車は港を出て、国道とは反対の方向へ走り出した。

「回転寿司の方じゃないんですね」

「もう少し先だよ」

道はだんだん細くなった。海沿いの県道を走って、途中で山川へ折れて、また海の方へ降りていく。窓の外は畑と崩れかけた石垣と、たまに現れる古い家。三十分ほど走ったところで、車は狭い路地の入り口で止まった。

「ここですか?」

路地の奥に、ぽつんと明かりが見えた。石畳が敷いてあって、両脇に低い塀が続いている。突き当たりに小さな引き戸があって、その上に木の看板がかかっていた。看板は出ていない。表札のような木の板に「松風」とだけ掘ってあった。私は足が止まった。

「こういうお店って、紹介がないと入れないんじゃ……」

路地に入った瞬間から、そういう空気だったのだ。地面が濡れてあった。玄関の脇に置かれた小さな植え込みが、丁寧に手入れされていた。

「選ぶ、の匂いというのが確かにある」

私は十二年服を売ってきた。だから分かる。店には「迎える人を決めている店」と「そうでない店」がある。ここは全くだ。夫は何でもないように引き戸に手をかけた。

「大丈夫だよ」

そして引き戸を開けた。

「旦那様、いつもの席へ」

包丁を置く音がした。案内されたのは、カウンターの一番奥の二席だった。壁を背にして、店全体が見渡せる場所だ。座布団が新しく変えられていて、おしぼりが二本すでに置かれていた。大将は白い調理服の襟を正して、私の方へ改めて頭を下げた。

「織戸一と申します。この店の三代目です。奥様のことは、旦那様から伺っておりました」

奥様? その言葉が自分に向けられていると分かるまで、少し時間がかかった。私はどう座っていいのか分からなくて、かばんを膝に乗せたまま背筋を伸ばした。店の中は思ったより狭かった。カウンターが八席と、奥に小上がりが一つ。壁は白く塗られていて、余計なものが何も張っていない。冷蔵ケースの中のネタは、どれも切り口がすんでいた。若い板前さんが二人、無駄口を叩かずに手を動かしている。私たちが座ってからも、その二人は一度もこちらを見ようとしなかった。見ないのが礼儀なのだと分かった。出てきた酒の器も、箸置きも、私が使ったことのないものだった。私は小声で隣に聞いた。

「あなた、このお店の常連さんなんですか?」

夫は照れたように首の後ろを掻いた。

「まあ……昔から少し世話になってて」

その時、カウンターの内側から声がした。

「違います」

包丁を持ったまま、大将がこちらを見ていた。

「世話になっているのは、うちの方です」

私は思わず夫を見た。夫は湯呑みに口をつけて、何も言わなかった。大将は握りを一つ、私の前の板に置いた。

「奥様、この店は十年前に、一度閉めることが決まっておりました」

「閉める?」

「はい。父が死にまして、その先を……」

言いかけた時、夫が短く口を挟んだ。

「大将」

それだけだった。大将はぴたりと止まって、それから小さく笑った。

「失礼しました。今日は奥様の初めてのお越しです。湿っぽい話は、また今度に」

夫は湯呑みを置いて、私の方を向いた。

「食べてください。冷たくないうちに」

私は握りを口に入れた。それが何のネタだったのか、正直よく分からなかった。ただ、口の中に入れた瞬間に体温くらいの温度になって、噛む前にほぐれていった。私は目を丸くして、それから慌てて手で口を隠した。大将が笑った。

「それでいいんです。うちの魚は、驚いてもらってなんぼですから」

私は次々に出てくる握りを、ただ黙って食べた。途中で一度だけ顔をあげた。その時、壁にかかっているものが目に入った。カウンターの一番端、私の座っている真上あたりだ。木の額に入った、細長い紙だった。縁が茶色く焼けている。品書きに使うあの短冊で、三文字だけ書いてあった。

「さんま」

値段が書かれていなかった。品書きなのに額に入っている。しかも値がない。その不自然さに、私は確かにその時気づいている。聞かなかった。初めて来た店で、余計なことを聞くものではないと思ったのだ。私は昔から、そうやって聞きたいことを飲み込んで生きてきた。

帰りの車の中で、私は窓に額をつけて外を見ていた。

「あの……いくらだったんですか?」

「気にしなくていいよ」

「気になります。私、あんなお店……」

夫は少し黙ってから、前を向いたまま言った。

「うちの魚を使ってもらってる店です。だから、こっちが払うのが筋なんですけどね。大将が受け取らないんですよ。いつも」

私は分からなくなった。うちの魚。漁師が取った魚は市場にあげて競りにかけられて、中買いさんが買って、それから店に行く。私でもそれくらいは知っている。だとしたら、「うちの魚」というのはどういう意味なんだろう。そう思ったけれど、また聞かなかった。

そして、次の日から、私は自分の無知を思い知ることになる。

「おかみさん、落ち着いてきたかい?」

年取った女将が、私に湯呑みを渡してくれた。私は港の加工場に通うようになって、三週間が経っていた。最初の日、私は掃除を頼まれた。魚の鱗が張り付いた床を、ブラシで擦る。匂いが染みついて、終わった後も鼻の奥に残る。それが嫌でなかったのは、自分がここにいていい場所を得たような気がしたからだ。

「おかみさん、ちょっと手を止めて」

大将の奥さんが、私に声をかけた。

「うちの主人がね、おかみさんに聞いてほしいことがあるんだって」

私は掃除道具を置いて、カウンターの前に座った。大将は包丁を拭きながら、静かに話し始めた。

「おかみさん、うちの店がなんで潰れそうになったか、知ってますか?」

「いいえ」

「魚が来なくなったんです。いい魚が。昔はな、この店に来る魚は、この店でしか食べられないって言われるもんでした。でも、親父が死んで、そういう縁が全部切れてしまった。うちは生き残るために、仕入れを変えました。安い魚を仕入れて、回転を早くして。そうしたら、客も変わりました。今のおかみさんみたいな、そういう客は来なくなった」

「それで、私が来たわけじゃないんですけどね」

大将は笑った。

「旦那様がね、最初にここに来た時、言ったんです。『ここで一番いいものを出してください』って。私は『一番いいものは、もう出せません』って言った。そしたら旦那様は、こう言ったんです。『じゃあ、俺が持ってきます』って」

私はその言葉の意味が、その時はまだ分からなかった。それが後になって、どれほど重い言葉だったのかを知ることになる。

「旦那様が魚を持ってくるようになってから、うちの店は少しずつ戻ってきました。仕入れも、調理法も、全部変えた。でも、一番変わったのは、私の心です。この店は、旦那様に救われたんだ。おかみさん、あなたは知らないだろうけど、この町で、旦那様に救われていない家はないよ」

私はその言葉を聞いて、夫のことを考えていた。無口で、飾らなくて、朝が早くて。港でみんなが頭を下げるのも、こういう理由があったのか。私は何も知らなかった。妹の代わりに来て、何も知らされないで。ここで、私は一体何をしていたんだろう。

「大将、あの壁の短冊、何て書いてあるんですか?」

私は、ずっと気になっていたことを聞いた。

「あれですか」

大将は壁の額を見上げた。

「『さんま』とだけ。親父が書いたものです。もう十三年前になります。あれは、うちの店に魚を置いていった漁師がいたんです。名前も名乗らずに、毎年秋になると、裏口にサンマの箱を置いていく。それを、親父は品書きに書いた。でも、値段はつけなかった」

「なぜですか?」

「値段をつけたら、これは『仕入れ』になるからです。親父は、あれを仕入れだとは思っていなかった。あれは、誰かからの贈り物だと思っていたんです。そして、それを店に置き続けることで、その漁師に恩を返しているつもりだった」

私はその話を聞いて、胸の奥が熱くなった。夫の家の仏壇にあった、黄色いカッパの写真を思い出していた。あの人のお父さんは、きっとこの店に魚を届けていた漁師の一人だったのだろう。そして、その息子である夫もまた、この店に魚を届けている。それは、偶然ではない気がした。

「大将、あの漁師の名前を、知っていますか?」

「知りません。あの人は、一度も名乗らなかった。でも、私は知っています。あの人は、裏平さんという方です」

私は息を飲んだ。夫の父は「裏平」。仏壇の位牌にも、そう書いてあった。

「どうして、それを?」

「旦那様が教えてくれたんです。旦那様は、お父様がこの店に魚を置いていたことを知っていました。知っていて、何も言わなかった。そして、自分もまた、この店に魚を届けている。旦那様は、お父様の代わりをしていたんだと、私は思っていました。でも、違ったんです。旦那様は、旦那様自身として、この店に来たかったんだ。お父様のためじゃなくて、自分の好きな店として、この店を救いたかったんだ」

私はその言葉を聞いて、自分のことを考えていた。私は妹の代わりに来て、代わりだとずっと言われてきた。しかし、この港では、この店では、私は「裏上綾乃」だった。誰かの代わりではなく、一人の人間として扱われていた。

「大将、あの短冊、このまま飾っておいてください。それが、この店の一番いい品書きだと思うから」

私はそう言って、店を出た。外はもう暗くて、海の匂いがした。私はその匂いが、もう嫌いではなかった。

帰りの軽トラックの中で、私は夫に言った。

「あなたが毎日、あの店に魚を届けている理由、分かった気がする」

夫は何も言わなかった。ただ、前を向いたまま、少しだけ笑ったような気がした。その夜、私は久しぶりに、自分の名前が呼ばれる夢を見た。誰かが「綾野さん」と呼んでくれる。その声は、この港の人たちの声だった。私はその夢の中で、初めて笑っている自分を見た。

翌朝、私は港に向かった。加工場の扉を開けると、女将たちがもう働いていた。

「おかみさん、来たね」

「おはようございます」

私は隅の掃除道具を手に取った。そこに、ももかちゃんがいた。

「おかみさん、あの……絵、描いてもいいですか?」

ももかちゃんは、恥ずかしそうに紙と鉛筆を持ってきていた。

「いいよ。何を描くの?」

「港を描きたいです」

「うん、いいね」

私はそう言って、掃除を始めた。床を擦りながら、私は思った。ここで私は、自分として働いている。妹の代わりでも、誰かの代わりでもない。自分の名前で、ここにいる。それは、三十年生きてきた中で、初めてのことだった。

昼過ぎ、夫が港に戻ってきた。私は水筒の茶を手渡しながら、聞いた。

「ねえ、今日の晩ご飯、何がいい?」

夫は驚いた顔をした。それから、困ったように笑った。

「そうだな……魚がいいな」

「どこの?」

「おまえの魚がいい」

私は笑った。自分の魚。それは、自分で取った魚という意味じゃない。自分が名前を書いた魚。この港の魚。私はその魚を、今日の晩ご飯にしようと思った。その魚を買うために、私はお金を持つことにした。自分で働いて、自分で稼いだお金で、自分の魚を買う。それは、私にとって、とても小さくて、でもとても大切なことだった。

その週末、私は初めてひとりで港の市場へ行った。競りは終わった後だったけれど、小さな直売所があって、そこで魚を売っていた。私はそこで、自分の名前を書いた値札の下に並んだ魚を一匹買った。おばさんが、紙に包んでくれた。

「おかみさん、お魚、上手に焼くんだよ」

「はい、ありがとうございます」

私はその魚を夕飯に焼いた。夫は何も言わなかったけれど、全部食べて、それからこう言った。

「うまい」

その一言が、私にとって一番の褒め言葉だった。

あれから、私は少しずつ変わっていった。港で働くことが増えて、家のことは夫と二人でやるようになった。母からの電話は、相変わらず「あんたなら大丈夫でしょ」と言うだけだったけれど、私はもうそれを気にしなくなっていた。私はこの港で、自分の名前を呼んでもらえる場所を見つけたのだ。誰かの代わりではなく、裏上綾乃として。

秋が来て、今年のサンマが港に水揚げされた。私は、夫と一緒に「松風」を訪れた。大将は、いつもの場所に私たちを案内してくれた。壁の短冊は、まだそこにあった。サンマの握りが出てきた。私はそれを口に入れて、一年前を思い出していた。初めてここに来た時は、ただ美味しいと思っただけだった。今は、この魚がどれほどの手間と時間を経て、この板の上に乗っているのかが分かる。それは、私の知っている人たちの顔と、その仕事の跡が詰まっている味だった。私はそれを噛みしめながら、思った。私の名前を呼んでくれる場所は、ここにある。そして、その名前は、私が自分で作ってきたものだ。

「おかみさん、今日はどうだい?」

大将が、カウンター越しに聞いてきた。

「はい、とても美味しいです」

私はそう答えて、隣の夫を見た。夫は黙って、私の顔を見ていた。その目が、何かを言っているようだった。私は頷いた。もう言わなくても分かる。この港で、この店で、この人の隣で、私は自分の人生を生きている。それが、私の答えだ。

それから、幾つかの季節が過ぎた。私は浜の名札という小さな直売所を手伝うようになった。そこで、港の人の名前の入った値札を書くのは、私の仕事になった。私は一枚一枚、自分の字で書いた。それは、婦人服の店で値札を書いていた時とは、全く違う手応えがあった。そこには、名前があった。魚の名前ではなく、作った人の名前。その名前が、魚を買う人に届く。そして、買った人が、その魚を食べて、「うまい」と言ってくれる。その時、私は、自分がここにいる意味を、初めてちゃんと感じることができた。

父から、久しぶりに電話がかかってきた。

「元気か?」

「うん、元気だよ」

「……それなら、いいんだ」

それだけだった。母も妹も、電話口には出なかった。でも、私はもう、それを寂しいとは思わなかった。私はこの港で、自分自身として生きている。それは、誰かに認められることではなく、自分で自分を認めることから始まった。私は、自分の名前を書くことで、それを確かめている。裏上綾乃。それはもう、誰かの代わりではない。私自身の名前だ。

港の灯りが、夜の海に散らばっていた。私は家の縁側に座って、それを眺めていた。隣に夫が座って、湯呑みを手にしている。

「寒くないか?」

「ううん、平気」

私たちは、しばらく無言で海を見ていた。波の音は、もはや規則正しい。私は、この音を聞きながら眠ることができる。ここが、私の家だ。私はそう思いながら、夫の肩に頭を預けた。夫は驚いた様子もなく、ただ静かに、私の手を握った。その手は、大きくて、温かかった。私はその手を握り返しながら、思った。

私は、ようやく自分の順番が回ってきたのだ。三十年待って、ようやく。この港で、この人の隣で、私はもう、代わりではない。自分として、ここにいる。

それが、私の人生の答えだった。

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