「おばあちゃんは写真に映らなくていいです。クリーニング屋の人間が身内だと知られたくないので」…

「おばあちゃんは写真に映らなくていいです。クリーニング屋の人間が身内だと知られたくないので」...

店の受付に立っていた午後。ふとスマホを見ると、義理の娘からメッセージが届いていた。「今度、ゆとの七五三の写真を撮るから、家族で集まります。お母さんも来てくださいね」と。

私は嬉しくなった。孫の成長を写真に残せる。それがどれほど楽しみだったか。

当日、私は仕事が休みで、家で一番きれいな紺のワンピースを着て行った。少しでも「家族の一員」らしく見えるようにと、鏡の前で何度も確認した。

ところが。

玄関で迎えた義理の娘は、私を見るなり、顔をしかめた。

「お母さん、その服装…。ちょっと、もっと小綺麗にできませんか。クリーニング店の制服みたいな色じゃないですか。SNSに載せるんですから、恥ずかしいです」

私は言葉を失った。これは私が買った中で一番良い服。でも、彼女の目には、どうしても「クリーニング屋の服」にしか見えないらしい。

リビングに入ると、カメラマンが機材を並べていた。息子はスーツ、義理の娘は淡いピンクのワンピース、孫は可愛らしい袴姿。三人は本当に絵になっていた。

「さあ、皆さん並んでください」

カメラマンの指示で、三人が並ぶ。私も自然にその隣へ歩こうとした。

その時、義理の娘が私の腕を掴んだ。

「お母さんは映らなくていいです」

私は耳を疑った。

「え…?」

「この写真、SNSに載せるので。クリーニング屋の人間が身内だと知られたくないんです」

その声は、氷のように冷たかった。

息子は何も言わない。ただ、黙ってそこに立っていた。私をかばう言葉は、一言もなかった。

私はソファの隅に追いやられ、三人の「幸せな家族写真」が撮られるのを、ただ眺めているだけだった。カメラマンが気を利かせて「おばあちゃんも一枚どうですか」と言ってくれたが、義理の娘は即座に「結構です。家族写真は家族だけで撮るものですから」と断った。

その言葉の意味は明白だった。私はもう、家族ではないのだと。

帰り道、涙が止まらなかった。でも、それは悲しみの涙だけではなかった。32年間、朝の5時に起きて、真冬も真夏も、風邪を引いても台風の日も、この仕事を続けてきた。息子を大学に行かせるため、結婚式の費用を出すため、マンションを買う時も、毎月の生活費も、すべてこの仕事で支えてきた。

それを「負け組み」と言われた。孫に「クリーニング屋の人は負け組み」と教えられ、写真にすら映らせてもらえない。

あの日から、私の中で何かが音を立てて崩れていった。

思い返せば、おかしなことはずっとあった。

先月、孫の小学校で授業参観があると聞いて、「行ってもいい?」と電話をした。すると、孫はこう言った。

「おばあちゃんは来なくていいよ。ママが恥ずかしいって。おばあちゃん、負け組みの仕事してるから。友達のおばあちゃんはお医者さんとか学校の先生だけど、うちのおばあちゃんはクリーニング屋でしょ。そんなおばあちゃん、友達に見せられないって、ママが言ってた」

7歳の孫の口から出た言葉に、私は息が止まった。そして電話は一方的に切られた。

息子の家に、孫の友達が来ている時も、私は別の部屋に追いやられた。「友達のママは医者の奥様や会社経営者の奥様だから、お母さんの仕事のことを聞かれたら困る」と言われた。

息子にも言った。私の仕事がそんなに恥ずかしいのか、と。

「母さん、悪いけど、マリコの言う通りにしてくれ。俺は上場企業の管理職なんだ。母親がクリーニング屋だって知られたら、出世にも響くかもしれない」

その言葉で、私は完全に悟った。この家族は、私の人生を「恥」だとしか思っていないのだと。

それでも、私は決めていた。家族だから。我慢しよう、と。それが母の役目だと思っていた。

だが、その日の午後、私は決定的な現場を目撃してしまった。

息子の家に用があって訪ねた時、玄関の鍵が開いていた。声をかけながら中に入ると、リビングから息子と義理の娘の会話が聞こえてきた。

「いつまでお母さんに援助してもらうつもり? 月5万だろ」

「まあ、もらえるものはもらっておけばいいじゃないか」

「でも、いつまでも続くわけないでしょう。お母さんの貯金なんて、せいぜい数百万でしょ」

「まあ、そんなところだろうな。クリーニング屋の給料じゃ、大した額は貯められないだろう」

「年金もらい始めたら、もっと絞り取れるわよ。退職金も期待できるし。あと数年の辛抱だな」

「そしたら、正直もう顔も見たくないのよ。あんな貧乏臭い格好で訪ねてこられると、近所の目もあるし」

「まあ、金だけもらって、後は適当に距離を置けばいい」

「将来は安い老人ホームにでも入れましょう。月10万くらいの」

「それがいいな。面会も年に1回くらいで十分だろう。ゆとにも、おばあちゃんのことは忘れさせましょう。どうせ恥ずかしい過去になるだけだから」

二人の笑い声が、リビングから聞こえてきた。

私は音を立てないように、そっと家を出た。玄関を出た瞬間、涙が溢れた。でも、それは悲しみの涙ではなかった。怒りだった。純粋で、激しい怒り。

32年間、自分を犠牲にしてきた。服を買わず、美容院も我慢し、息子のためだけに働いてきた。その結果が、これだ。金ヅル。老人ホームにでも放り込めばいい存在。

その夜、私は眠れなかった。これまでの人生は何だったのか。家族のために捧げてきた32年間は、無価値なものだったのか。

翌朝、私は古い手帳を開いた。そこには、20年前から変わらない電話番号が書かれている。夫が生前、最も信頼していた弁護士の番号だ。

私は電話をかけた。

「田中先生。さ木ふみ子です。お久しぶりです。…実は、先生に相談したいことがあります。息子夫婦から、職業差別を受けています。…いいえ、もっとひどい。侮辱を受けています」

翌日の午前10時、私は田中弁護士の事務所を訪れた。都心の高層ビルの15階。私は数ヶ月間の出来事をすべて話した。孫の「負け組み」発言。写真からの除外。授業参観の拒否。そして、あの日の「金ヅル」「老人ホーム」という言葉。

田中先生は、次第に表情を険しくしていった。

「許せませんね。ご主人が、あれほど心配していたことが現実になってしまった」

「…夫が心配していた?」

「はい。ご主人は生前、『息子が金の亡者にならないか心配だ。だから、ふみ子には黙っていてもらいたい』とおっしゃっていました。ふみ子さん、改めて確認しますが、現在の資産状況を教えていただけますか?」

私は鞄から、最新の評価証明書を取り出した。

「渋谷区の土地が3億2000万円。港区が2億8000万円。世田谷が約2億3000万円。合計、約8億3000万円です」

田中先生は、ゆっくりと頷いた。

「これらは全て、ふみ子さん個人の名義。息子さんには一切権利がない。完璧です。…ふみ子さん、相続排除の手続きをしましょう」

「相続排除…?」

「はい。息子さんの相続権を、完全に剥奪する制度です。職業差別による精神的虐待、経済的搾取、人格否定。これらは全て正当な理由になります」

「本当に、8億円の相続を剥奪できるんですか?」

「できます。というより、すべきです。『クリーニング屋は負け組み』と言い、あなたを金ヅル扱いする息子さんに、この資産を渡す理由がありますか?」

私は深く息を吸った。

「…お願いします」

「証拠はありますか? 日記やメール、録音があれば完璧ですが」

「日記はずっとつけています。メールもすべて保存しています。…それと、あの日の会話は、玄関で聞こえてしまいました」

田中先生は、わずかに口元を緩めた。

「素晴らしい。では、早速申し立て書の作成に入りましょう。…ところで、ふみ子さん。この8億円の資産を、今後どうされるおつもりですか?」

「実は、考えがあります。働く女性を支援する基金を作りたいんです。クリーニング店員でも、コンビニ店員でも、どんな仕事でも誇りを持って働く女性たちを応援したい。…そして、もう一つお願いがあります」

「何でしょう?」

「息子夫婦に真実を告げる時、立ち会っていただけませんか?」

「もちろんです。法的な証人としても立ち合いましょう」

「…来週の土曜日でお願いします」

あの日から、私は初めて、自分の人生を守るための戦いを始めた。

土曜日の午後2時。約束の時間になった。私は田中弁護士と共に、息子の家のインターホンを鳴らした。

義理の娘が出てきた。私の後ろに立つスーツ姿の男性を見て、怪訝そうな顔をする。

「この方は、私の代理人の田中弁護士です」

「…弁護士?」

リビングに通されると、息子がソファでテレビを見ていた。義理の娘が、私にコーヒーも出さず、対面に座る。

「母さん、突然どうしたんだ?」

「実は、財産のことで、話があるの」

その言葉に、息子と義理の娘の表情が、見る見るうちに変わった。明らかな期待の色が、目に浮かんでいる。

「母さん、そろそろ資産の整理をした方がいいと思ってたんだ」

「そうですよ。お母さん。私たちが管理してあげますから。年を取ると、お金の管理も大変でしょう。銀行の手続きとか、私たちが代わりにやってあげます」

「そうね…。いい機会だわ」

私は静かに微笑んだ。田中弁護士も、黙って見守っている。

「母さん、貯金、どれくらいあるの? 200万? 300万? …まあ、クリーニング屋の給料じゃ、せいぜいそんなものよね」

義理の娘が、見下すような口調で言った。

私は鞄から書類を取り出し、テーブルに置いた。

「実は、重要なお話があります。私の総資産をお教えします」

息子と義理の娘が、期待に満ちた表情で身を乗り出した。

「約、8億3000万円です」

一瞬、時が止まったような静寂が訪れた。息子の口が開いたまま固まり、義理の娘は目を見開いて私を見つめている。

「は…? 8億…? 母さん、冗談でしょ?」

「冗談ではありません」

田中弁護士が口を開いた。

「私が資産管理をしています。間違いなく、8億3000万円の評価額です」

私は書類を一枚ずつテーブルに並べた。

「都内の一等地。渋谷に3億2000万円。港区に2億8000万円。世田谷に2億3000万円の土地を所有しています。これらはすべて、亡き夫が残してくれた土地です」

「そんな…聞いてないよ。こんな話…」

「当然です。話していませんから」

私は冷静に答えた。

「なぜ、今まで黙っていたんだ?」

「なぜでしょうね? …ああ、そうだ。一つ確認したいのですが。クリーニング屋は、確か『負け組み』の仕事でしたよね?」

息子と義理の娘は凍りついた。

「恥ずかしい仕事だと言いました。写真にも映らせてもらえない。授業参観にも来るなと。孫には『負け組みの仕事をしている』と教えていました。…『金ヅル』だとも言っていましたね。老人ホームにでも放り込めばいいと」

「お母さん、それは誤解です…!」

「『金ヅル』という言葉も誤解ですか? 聞いていたんです。全部。あの日、玄関の外で」

義理の娘の顔色が、真っ青になった。

「そんな『負け組み』からの遺産など、いらないでしょう。…ですから、これを用意しました」

私は、相続排除の書類を取り出した。

「相続排除の申し立て書です。すでに家庭裁判所に提出済みです。職業差別と人格否定を理由に、あなたの相続権を剥奪する手続きです。認められれば、あなたには1円も相続権がなくなります」

「そんな…! 8億円が…!」

義理の娘が叫んだ。

「そうです。あなたたちには、1円も渡しません」

私は静かに、しかしはっきりと宣言した。

息子が、突然膝をついた。

「母さん、お願いだ。取り消してくれ。俺には家族がいるんだ。ゆとの将来もある」

「ゆとの将来? …ゆとに何を教えていたんですか? 『クリーニング屋は負け組み』だと。それは、あなたたちが教えたことでしょう」

「それはマリコが…」

「責任転嫁はやめなさい。あなたも同じでしょう。『クリーニング屋の母親は恥ずかしい』と言ったのは、あなたです」

義理の娘が泣き始めた。でも、それは悲しみの涙ではないことは明らかだった。8億円を失う悔しさの涙だ。

「お母さん、ゆとのことを考えてください…!」

「考えています。だからこそ、あなたたちに育てられるより、まともな価値観を持った人に育ててもらいたい。ゆとの教育資金として信託財産を設定します。ただし、管理者はあなたたちではありません」

田中弁護士が補足した。

「教育資金は確保されますが、親であるあなた方は一切手を付けられません」

「母さん、それは酷すぎる…!」

「酷い? …仕事に貴賤なし。私は32年間、誇りを持って働いてきました。毎朝5時に起きて、お客様の大切な衣類を預かり、『ありがとうございます』と笑顔で接客する。それの何が恥ずかしいんですか?」

誰も答えられなかった。

「あなたたちは、その誇りを踏みにじった。だから、遺産を渡す理由はありません」

「でも…家族じゃないですか…!」

「家族? 家族の写真から外し、『お金は必要だけど顔は見たくない』と言った人が、今更『家族』ですか?」

二人は言葉を失った。

「では、我々はこれで失礼します。なお、今後の連絡はすべて、私を通してください」

田中弁護士に続いて、私も立ち上がった。最後に、一言付け加えた。

「あ、そうそう。毎月の5万円の援助も、今月で終わりです。『負け組み』からのお金なんて、いらないでしょうから」

「母さん、待ってくれ! 話し合おう…!」

私は振り返らなかった。

32年分の侮辱に、ようやく決着をつけることができたのだ。

あの日から半年が経った。秋の夕暮れ時。私は港区の高層マンションの最上階で、東京の夜景を眺めながら紅茶を飲んでいる。このマンションは、土地の一部を売却して購入したものだ。でも、私は今でも週3日、クリーニング店で働いている。

のんびりと過ごしていると、携帯電話が鳴り出した。画面には「啓介」の文字。半年ぶりの連絡だった。

「…母さん」

電話の向こうの声は、以前の傲慢さは消え、疲れ果てた男の声だった。

「マリコと離婚することになった」

「…そう」

「8億の遺産がないと知った途端、マリコの態度が変わったんだ。『騙された』って。援助も切られて、ローンが払えない。マリコの実家からの援助も止められた」

「…マリコのご両親も?」

「ああ。マリコはゆとに職業差別を教えていたことを知って激怒したんだ。『どんな仕事も尊い。それを子供に教えられない人間とは縁を切る』って。…皮肉なものです。マリコの父親は、まともな価値観を持っていました」

電話の向こうで、息子が小さく息を吸う気配がした。

「母さん…俺が間違っていた。クリーニング屋は負け組みなんかじゃない。母さんはすごい人だ」

「…今更ね」

「ゆとも反省してるんだ。おばあちゃんに謝りたいって、毎日言ってる」

「ゆとの教育資金は確保してあるわ。ちゃんとした価値観を学べる学校に通えるように」

「母さん…でも…」

「あなたとは、会うつもりはありません。…マンションも手放すことになったそうね。今度、ミディアム系のアパートに引っ越すんですって?」

「…ああ」

「どうぞ、お元気で」

「…母さん。もう一度だけチャンスをくれないか?」

「啓介。人生には、やり直せないこともあるの。32年間の侮辱は、謝罪では消えません」

私は電話を切った。

冷たい言葉だったかもしれない。でも、これが私の出した答えだ。今は、そうとしか言えなかった。

電話を切った後、私は新しい生活を振り返った。このマンションの他に、私は「働く人の誇り基金」を設立した。クリーニング店、コンビニ、スーパー、清掃業など、いわゆる「誰でもできる」と言われる仕事に従事する人たちの子供に奨学金を提供する基金だ。初年度だけでも、50人の子供たちに支援を決定した。

「ふみ子さん、今日もお疲れ様でした」

クリーニング店の後輩だった娘の声を思い出す。私は今でも週3日、店に立っている。8億円の資産があっても、この仕事をやめる理由はない。

先週、面白いことがあった。テレビの取材が来たのだ。「8億円の資産を持ちながら、クリーニング店で働き続ける女性」として。インタビューで、私はこう答えた。

「職業に優劣をつける社会の風潮がありますが、どんな仕事も社会を支える等しい歯車です。毎朝、お客様が『お願いします』と大切な衣類を預けてくださる。そして『ありがとう。綺麗になった』と笑顔で受け取ってくださる。この瞬間が、私の誇りです。お客様の大切な思い出が詰まった服、大切な相談をしたスーツ、子供の入学式の晴れ着。それらを預かり、綺麗にして『おかえりなさい』と返す。これが『誰でもできる仕事』でしょうか?」

放送後、多くの反響があった。同じように職業差別を受けてきた人たちから、感謝のメッセージが届いた。

「私もコンビニ店員として、誇りを持って働いています」

「清掃の仕事を20年。あなたの言葉に勇気をもらいました」

これらのメッセージを読んで、私は改めて思った。

本当の「負け組み」とは、他人を見下し、感謝を忘れた人のことだと。

どんな仕事も、誇りを持って続ければ、それは尊い人生の証だ。医者も弁護士も、そしてクリーニング店員も。みんな社会を支える、大切な存在だ。優劣なんてない。

親の背中を見せるより、親の努力に感謝できる子供を育てることが、本当の教育なのだと思う。

ゆとがいつか、理解してくれることを願っている。おばあちゃんが32年間、誇りを持って働いてきたことを。そして、「負け組み」なんて言葉を使わない、優しい大人になってくれることを。

夕日が沈み、東京の街に明かりが灯り始めた。どこかで今も、誰かが働いている。コンビニで。レストランで。工場で。オフィスで。みんな、誰かの生活を支えている。

私はクリーニング店員として、これからも誇りを持って生きていく。8億円の人間でありながら、エプロンをつけて「いらっしゃいませ」と笑顔で接客する。それが、私の選んだ生き方だ。

振り返れば、息子夫婦の裏切りは、私に新しい人生を与えてくれた。隠してきた資産を活用し、本当に価値のあることに使える。働くことの尊さを、次の世代に伝えられる。

ある意味、感謝しているのかもしれない。

あなたの仕事も、誰かの生活を支える等しい歯車です。どうか、胸を張って生きてください。肩書きなんて言葉に惑わされず、自分の仕事に誇りを持って。

それが、本当の勝利者への道なのですから。

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