夕食の席で、夫が突然私にこう宣言した。「食費は月5000円で十分だ。節約もできない無能な女めが」36年間連れ添った夫の顔が、見たこともないほど醜く歪んでいた。でも、私は何も言い返せなかった。ただ静かに頷くことしかできなかった。だって、あの日の夜、夫が開けっぱなしにしていたパソコンで、信じられないものを見てしまったから。『けい子排除計画』と書かれたファイルには、私を追い出し、退職金と遺産を奪い…

夕食の席で、夫が突然私にこう宣言した。「食費は月5000円で十分だ。節約もできない無能な女めが」36年間連れ添った夫の顔が、見たこともないほど醜く歪んでいた。でも、私は何も言い返せなかった。ただ静かに頷くことしかできなかった。だって、あの日の夜、夫が開けっぱなしにしていたパソコンで、信じられないものを見てしまったから。『けい子排除計画』と書かれたファイルには、私を追い出し、退職金と遺産を奪い...

「食費は月5000円で十分だ。節約もできない無能な女めが」

夕食後の静かな食卓に、夫の怒号が響き渡った。私は洗い物をしていた手を止め、驚きのあまり手に持っていた皿を落としそうになった。36年間連れ添った夫の顔が、見たこともないほど醜く歪んでいた。

私は耳を疑った。5000円。1日にすれば166円。それで三食を作れというのか。

震える声で何か言い返そうとした私を、夫は鋭い目つきで睨みつけた。

「お前は俺が必死に稼いだ金を無駄遣いする穀つぶしだ。文句があるなら今すぐ出ていけ」

胸が締めつけられるような痛みを感じた。実際は私が介護福祉士として40年間働き、月45万円の給料で家計を支えていた。夫は20年も前から無職なのに、まるで自分が大黒柱のような口ぶりだった。

でも私は言い返さなかった。ただ静かに頷いて、「わかりました」とだけ答えた。夫は満足そうに立ち上がり、寝室へと向かった。その背中を見送りながら、私の心の奥で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。

この瞬間から私の人生が大きく変わることになるとは、まだ知る由もなかった。

その夜、私は眠れずに天井を見つめていた。40年前、介護の仕事を始めたばかりの私に、夫は優しく微笑んでいた。

「けい子は頑張り屋だな。俺も負けていられない」

そう言って大手企業で働いていた夫だった。でも20年前、突然会社を辞めてきた。

「俺が独立して大きく稼ぐ。けい子は少し休んでもいいぞ」

期待を胸に見守った。しかし、事業は半年も持たなかった。それ以来、夫は一度も働いていない。

「今は充電期間だ」「タイミングを見計らっている」「俺には大きな計画がある」

言い訳ばかりがうまくなっていった。その間も私は朝5時に起き、施設で認知症の高齢者の方々の世話を続けた。夜勤も月に8回こなし、月45万円を稼いでいた。

住宅ローンは月12万円、光熱費が3万円、食費が6万円、夫の小遣いが月8万円。全て私の給料から出していた。夫の年金は月6万円あったが、それは全て夫の趣味の競馬とパチンコに消えていった。

通帳を見返すと、この20年間で私が稼いだ総額は9000万円を超えていた。一方、夫の収入は0だった。

それなのに「俺が稼いだ金」と言い張る夫。私は静かに涙を拭った。明日からどうやって月5000円で食事を作ればいいのか。でも不思議と恐怖より、別の感情が湧き上がってきた。

翌朝、私は早速スーパーへ向かった。月5000円ということは、1日166円、一食にすれば55円。もやし、豆腐、卵の特売品を慎重に選んだ。レジで合計金額を確認しながら、これで1週間分になるか計算した。

帰宅すると、夫はソファでテレビを見ていた。競馬中継に夢中で、私が帰ってきたことにも気づかない様子だった。

「ただいま帰りました」
「昼飯はまだか」

私は黙って台所に立った。もやし炒めと薄い味噌汁、そして小さなおにぎり一つ。それを食卓に並べると、夫の顔が見る見る歪んだ。

「何だこれは? 豚の餌か」
「月5000円ですから、これが精一杯です」

私が静かに答えると、夫は箸を投げつけた。箸は私の方に欠けて床に落ちた。

「屁理屈を言うな。工夫が足りないんだ。お前は本当に無能だな」
「ですが、1日166円では」
「言い訳するな。俺の母親は戦時中、雑草だって美味しく料理した。お前には愛情が足りない」

その日の夕食も質素なものだった。豆腐とともやしの味噌汁、そして小さな卵焼き。夫は舌打ちをしながら食べ、食後すぐに出かけていった。財布を確認すると、1万円が引き出されていた。きっとパチンコだろう。

私は深いため息をついた。これは私が明日の診療で使う交通費だったのに。

1週間後、夫の不満は爆発した。

「もう我慢できない。まともな肉も魚も出てこない。お前は俺を殺す気か」

私は冷蔵庫を開けて見せた。

「これが月5000円の現実です。今月はもう1500円しか残っていません」
「そんなはずはない。お前が隠して、自分だけいいものを食ってるんだろう」

夫は私のバッグをひっくり返し、財布の中身を確認した。そこには1000円札と小銭だけだった。

「お前の給料はどこに消えた? 月45万も稼いでるんだろう」
「住宅ローンが12万円、光熱費が3万円。あなたのお小遣いが8万円」
「保険料はうるさい。俺の小遣いは必要経費だ。削るなら髪を削れ」

その時、夫の携帯が鳴った。画面に女性の名前が表示された。「ミサ」という文字が見えた。

夫は慌てて廊下へ出た。

「もしもし。ミサちゃん、今から会える? 」

廊下から甘い声が聞こえてきた。私は夫のクレジットカードの明細をこっそり確認した。そこには信じられない金額が並んでいた。

高級レストラン8万円、ブランド品店15万円、ホテル5万円、その他有料2万円。合計すると月に30万円も使っていた。明細をよく見ると、レストランもホテルも全て2人分だった。

夫が戻ってくると、また怒鳴り始めた。

「お前のせいで、俺は恥をかいた。友人に貧乏だと思われた」
「申し訳ありません」
「お前は施設で何をしている?

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給料泥棒か? 」

私は40年間、認知症の方々に寄り添い、その家族を支えてきた。夜勤明けで疲れ果てていても、笑顔を絶やさず働いてきた。利用者の方に「けい子さんがいてくれて本当に良かった」と言われることが、私の誇りだった。

それを給料泥棒と言われ、心が張り裂けそうだった。

「お前みたいな女と結婚したのが間違いだった。若い女なら、もっと上手に家計をやりくりする」
「若い女性ですか? 」

私が小さくつぶやくと、夫は一瞬ひるんだ。でもすぐに開き直った。

「そうだ。ミサちゃんなら、もっと少ない金額で豪華な食事を作る。愛情の違いだ」

夫はそう吐き捨てて、また出かけていった。

私は泣きながら家計簿を見返した。この3年間で夫がギャンブルと称する費用に使った金額は1000万円を超えていた。一方で私は服も買わず、美容院も半年に1度、化粧品も100円ショップで済ませていた。

結婚当初、夫は言っていた。

「けい子は俺の宝物だ。一生大切にする」

その言葉はどこへ消えたのだろう。

「もう限界かもしれない」

そうつぶやいた時、夫からメールが来た。

『今夜は帰らない。朝食は用意しなくていい』

私は立ち上がり、寝室のクローゼットを開けた。奥に隠してある通帳を取り出した。亡き父が残してくれた5000万円が、手つかずのまま眠っていた。

「お父さん、私はどうすればいいの? 」

涙が止まらなかった。でも同時に、心の奥で何かが変わり始めていることを感じていた。もしかしたら、これは私が自由になるチャンスなのかもしれない。

夫が帰らないと連絡してきた夜、私は一人で冷たい夕食を取った。もやし炒めと薄い味噌汁。これが食費5000円の現実だった。箸を持つ手が震えていた。怒りなのか悲しみなのか、自分でも分からなかった。

食後、私は夫の書斎に向かった。普段は「俺の城だ。入るな」と言われている部屋だった。でも今夜は違う。何か真実を知りたかった。

ドアに手をかけた瞬間、一瞬躊躇した。でももう後戻りはできない。静かにドアを開けた。

書斎の机の上には、夫のノートパソコンが開いたままになっていた。画面はスリープ状態だったが、マウスを動かすとすぐに起動した。パスワードもかかっていなかった。夫の油断だろうか。それとも私を完全に見下しているからか。

メールボックスが開いていた。受信トレイの一番上に、「ミサ」という名前があった。私の心臓が大きく鳴った。

『勝さん、今夜も楽しみにしてる。奥さんには内緒だよね』

送信日時は今日の午後5時。夫が帰らないと連絡してくる直前だった。

震える手でメールを遡って読んだ。そこには衝撃的なやり取りが延々と続いていた。

『ミサ、今月もお小遣い振り込んだよ』
『ありがとう。でも15万円じゃ足りないな。来月は20万にして』
『けい子には食費5000円しか渡してないから、余裕はある』

私は息を飲んだ。私に極貧生活を強いておきながら、この女性には毎月大金を渡していたのだ。

さらに遡ると、もっとひどい内容が出てきた。

『けい子は本当にバカだ。40年も働いて、全部俺に貢いでる』
『ひどい。でも私のためならいいよね。当然の報いだわ』
『貧乏臭い女より、ミサの方が100倍価値がある』
『じゃあ、早く離婚して』
『計画がある。見ていろ』

計画?

私は必死で「計画」というキーワードで検索した。すると一つのファイルが見つかった。

『けい子排除計画』

ファイルを開くと、信じられない内容が綴られていた。

第1段階: 食費を月5000円に制限。不可能な要求で精神的に追い詰める。
第2段階: 節約できない無能とののしり、自尊心を失わせる。
第3段階: 離婚を突きつけ、慰謝料なしで追い出す。
第4段階: けい子の退職金2000万円を全て奪う。親の遺産も調査。推定3000万円。
最終目標: 総額5000万円を手に入れ、ミサと再婚する。

私ははっとした。36年間の結婚生活は、全て金のためだったのか。若い頃、夫は「けい子は俺の宝物だ」と言っていた。あの言葉は嘘だったのか。

次に銀行のサイトにアクセスした。保存されているIDとパスワードで簡単にログインできた。取引履歴を見て、さらに衝撃を受けた。

3月、ミサへの送金30万円。4月、ミサへの送金35万円。5月、ミサへの送金40万円。6月、ミサへの送金45万円。どんどん金額が増えていた。この半年で総額200万円以上。全て私の給料から出ていたお金だった。

クレジットカードの明細も確認した。高級ブランドのバッグ35万円、ミサへのプレゼント。高級レストランディナー8万円×4回。ラブホテル2万円×8回。キャバクラ50万円×3回。

私の誕生日だった4月15日の明細を見た。その日、夫は「金がない」と言ってケーキも買わなかった。でも同じ日にキャバクラで60万円使っていた。『お誕生日おめでとう』というメッセージと共に、ミサにダイヤのネックレスを買っていた。45万円。

私には、スーパーの割引シールが貼られた弁当だけだったのに。

机の引き出しを開けると、写真が大量に出てきた。ミサという女性との写真だった。若くて派手な女性。胸元の開いたドレスを着て、夫に寄り添っていた。夫は幸せそうに笑っていた。私との写真はもう15年以上撮っていないのに。

一番下の引き出しに、契約書のようなものがあった。

『愛人契約書』

月々10万円。ボーナスに加え50万円。その他プレゼント随時。ミサのサインと夫のサインが並んでいた。日付は1年前。私が必死に節約していた時期から、すでにこんな契約を結んでいたのだ。

LINEのウェブ版も開いていた。今日のやり取りが表示されていた。

ミサ: 今夜はスイートルームにしてね
夫: 任せろ。最高の夜にする
ミサ: けい子さんには、夫は適当に仕事だって言ってあるの? 夫: ああ。あのバカは何も疑わない
ミサ: かわいそう。でもしょうがないわね
夫: あんな見にくい老婆より、ミサの方が100倍価値がある
ミサ: そうね。若い私の勝ち
夫: ミサは最高だ。けい子なんて比べ物にならない
ミサ: 見にくい老婆ね

その言葉が刃のように刺さった。確かに私は63歳。シワもある。でも40年間必死に働いて家族を支えてきた勲章だと思っていた。

私は静かにパソコンを閉じた。全ての真実を知ってしまった。

書斎を出ようとした時、ゴミ箱に丸めた紙があることに気づいた。広げてみると、夫の字で書かれたメモだった。

『けい子を追い出した後の計画
1. 家を売却 推定3000万
2. けい子の退職金を奪う 2000万
3.

親の遺産を探す 3000万以上
4. ミサと都会で暮らす
5. けい子には一銭も渡さない』

最後に小さく書かれていた言葉が、私の心を完全に凍らせた。

『40年看護してくれて、もう用済みだ』

私は書斎を出て寝室に戻った。足取りは不思議と軽かった。もう迷いはなかった。

父の遺産の通帳を取り出し、じっと見つめた。5000万円。父が私のために残してくれた最後の贈り物。

「お父さん、私、決めました」

小さくつぶやいた。

「もう我慢はしない。もう利用されない。明日から私の人生を取り戻す」

36年間の屈辱に終止符を打つ時が来た。夫は私を「見にくい老婆」「用済み」と言った。でも本当に用済みなのは、どちらだろうか。

すぐに分かることになる。

翌朝、夫は二日酔いの顔で帰ってきた。シャツは乱れ、首筋に口紅の跡が薄く残っていた。

「朝飯は? 」

仏頂面で言いながら、ソファに座り込んだ。

「はい。用意してあります」

私は淡々と答え、食卓に朝食を並べた。パンの耳を焼いたものと薄い野菜スープ。それだけだった。

「またこれか。いい加減にしろ」
「月5000円ですから」

私は静かに答えた。夫は舌打ちをして、それでも食べ始めた。きっとミサとのデートで散財したのだろう。

夫が出かけた後、私は行動を開始した。

まず施設に電話をした。

「田中です。施設長、申し訳ありません。諸事情により、しばらくお休みをいただきたいのですが」
「けい子さん、どうされましたか?

40年間ほとんど休んだことがないのに。大丈夫ですか? 」
「はい。少し大事な用事がありまして」

施設は心配してくれたが、快く休みを許可してくれた。

次に古い手帳を開いた。そこには10年前に相談した弁護士の名刺が挟んであった。山田弁護士。当時、夫のDVについて相談したことがあった。結局その時は我慢することを選んでしまったが。

弁護士事務所に電話をかけた。

「10年前にお世話になった田中けい子です。山田先生はいらっしゃいますか? 」

山田弁護士は私のことを覚えていてくれた。

「田中さん、あの時は踏み切れなかったようですが、今回は? 」
「離婚を決意しました。証拠も揃っています」
「わかりました。今日の午後、お時間はありますか?

午後に予約を取り付けた。

次に銀行へ向かった。父の遺産が入っている口座の手続きをするためだ。

「定期預金の確認をしたいのですが」

窓口で通帳を見せると、担当者が丁寧に説明してくれた。

「5000万円、全額そのままです。利息も含めると5100万円になっています」
「これを別の口座に移すことはできますか? 」
「もちろん可能です。ただ大きな金額ですので、手続きには少し時間がかかります」

私は新しい口座を開設し、そこに全額移し替える手続きを始めた。夫には絶対に知られない。私だけの口座に。

銀行を出ると、不動産屋に立ち寄った。

「賃貸マンションを探しているのですが」
「どのような物件をお探しですか? 」
「一人暮らし用の静かな場所がいいです。海が見える場所があれば」

いくつか物件を見せてもらった。その中に、海まで歩いて5分の小さなマンションがあった。家賃は8万円。私の給料なら十分払える。

「仮予約をお願いできますか? 」
「もちろんです。いつから入居予定ですか?


「来月からでお願いします」

その後、山田弁護士の事務所を訪れた。

「これが証拠です」

私は昨夜プリントアウトした、夫とミサのメールやLINEのやり取り、銀行の送金記録、クレジットカードの明細、そして『けい子排除計画』のコピーを渡した。

山田弁護士は一つ一つ丁寧に確認していった。

「これはひどいですね。完全に経済的DVですし、不貞行為の証拠も十分です」
「慰謝料は取れますか? 」
「当然です。相手の女性からも取れます。それに36年間の婚姻期間を考えると、財産分与もかなりの額になります」
「でも夫には財産がありません。ギャンブルで全て使い果たしています。家はローンがまだ1000万円残っています。売却してもほとんど残らないと思います」

山田弁護士は考え込んだ。

「田中さん、一つ提案があります。慰謝料や財産分与を諦める代わりに、スムーズに離婚する。その方が早く自由になれます」

それも考えていた。実は私には、もっと別の計画があった。夫から金を取ることより、夫を完全に追い詰めることの方が重要だった。

「わかりました。では離婚協議書を作成しましょう。ただし、今後一切の接触を禁止する条項は入れさせていただきます」

帰り道、スーパーによって月5000円の予算から今月分の食材を買った。もやし、豆腐、卵、そして小麦粉。いつも行くスーパーなので、レジの女性が覚えていてくれた。

「大丈夫ですか? 」
「ええ、大丈夫です。もうすぐ終わりますから」

家に帰ると、夫からメールが来ていた。

『今夜も遅くなる。飯はいらない』

私は返信した。

『わかりました。月5000円で頑張って節約します』

そして最後に、意味深な一文を付け加えた。

『あなたの言う通り無能な妻ですが、精一杯努力して見せます』

夫からの返信はなかった。きっとミサと楽しい時間を過ごしているのだろう。

私は台所に立ち、明日の朝食の準備を始めた。パンの耳を水に浸して柔らかくする。これを焼けば、少しはましになる。

月5000円。1日166円、1食55円。この生活ももうすぐ終わる。でも最後まで夫の要求通りに生きて見せる。そして夫が気づいた時には、もう手遅れになっているだろう。

私は静かに微笑んだ。

それから2週間、私は夫の要求通り月5000円の食費を徹底した。朝食はパンの耳を焼いたものと薄い野菜スープ。昼食はもやし炒めと小さなおにぎり一つ。夕食は豆腐とともやしの味噌汁、卵焼き少々。1日の食費は正確に166円。レシートは全て保管し、家計簿に細かく記録した。

2週間が過ぎた頃、夫の様子が変わり始めた。

「腹が減って、仕事に集中できない」

そう言いながらも、夫は仕事などしていない。パチンコ屋に通っているだけだった。しかし空腹でパチンコ台に集中できず、負けが込んでいるようだった。

3週間目、夫の体重は5キロ減っていた。頬はこけ、目はくぼんでいた。いつも着ているシャツがブカブカになっていた。

「もう限界だ。まともな飯を作れ」

朝食のテーブルで、夫が箸を叩きつけた。

「申し訳ありません。でも月5000円では、これが精一杯です」

私は家計簿を見せた。きっちり5000円の予算内で収まっていた。レシートも全て貼り付けてあった。

「お前、わざとやってるだろう」
「いいえ。あなたの言いつけを守っているだけです」

夫は怒りで震えていたが、反論できなかった。自分が要求したことだからだ。

3週間目のある朝、夫がフラフラになりながら起きてきた。

「気分が悪い。目まいがする」

顔色は土気色で、手が小刻みに震えていた。

「栄養失調かもしれませんね」

私は淡々と答えた。実際、1日166円の食事では必要な栄養素は全く足りていなかった。

「医者に行く金をくれ」
「申し訳ありません。私の給料は全て家のローンと光熱費に消えています」
「じゃあ、俺の小遣いから出す」
「あら、ミサさんへの送金でもうないのでは? 」

夫の顔が青ざめた。私が全て知っていることを、初めて悟ったのだ。

「お前、どうして?


「パソコン、開けっぱなしでしたよ。『けい子排除計画』も読ませていただきました」

夫は言葉を失った。その場に崩れ落ちるように座り込んだ。

「それに『40年看護してくれて、もう用済みだ』とも書いてありましたね」

その日から、夫の態度が変わった。怯えたような目で私を見るようになった。食事の時も、私の顔色を伺うようになった。

4週間目、夫は10キロ痩せていた。ズボンがずり落ちそうになり、ベルトの穴を新たに開けていた。

1ヶ月後の朝、私は静かに荷物をまとめた。必要最小限の服と、父の遺産の通帳、そして40年間の思い出の写真を数枚。結婚式の写真は、置いていった。

テーブルに封筒を置いた。中に離婚届と一枚のメモ。

『月5000円で生活してください。あなたが決めたことです。私は無能な妻なので、これ以上は無理です。食費5000円でも工夫次第で生活できるはずです。あなたが言った通り、愛情があれば。さようなら』

そして私は家を出た。

新しいマンションは、海の見える静かな場所だった。1LDKだが、一人暮らしには十分すぎる広さだった。引っ越し業者に頼んで、最小限の家具を運び込んだ。

その日の夕方から、夫からの電話が鳴り始めた。1日目10件、2日目30件、3日目50件、4日目80件。着信履歴が増え続けたが、私は一切出なかった。

1週間後、ようやく留守番電話を聞いた。

「けい子、どこにいるんだ? 帰ってこい」

最初は命令口調だった。いつもの高圧的な夫だった。

「飯が作れない。洗濯もできない。掃除も、家がゴミ屋敷になってる」

確かにそうだろう。36年間、全て私がやっていたのだから。

2週間後、声は懇願に変わっていた。

「お願いだ。帰ってきてくれ。謝る。本当に悪かった。食費は好きなだけ使っていい」

今更そんなことを言われても、もう遅い。

3週間後、夫の声は泣いていた。

「電気が止められた。ガスも水道も止まりそうだ。助けてくれ」

そうだろう。私の名義で契約していたものは全て解約手続きをしていた。夫の名義で再契約するには、貯金を清算する必要がある。でも夫にはもう金がないはずだった。

1ヶ月後、夫から長いメールが届いた。

『けい子、俺が間違っていた。全て俺が悪かった。ミサにも逃げられた。金がないと分かったら、あいつは他の男のところへ行った。「貧乏な老人に用はない」と言われた。家のローンも払えない。もう限界だ。仕事も探したが、65歳の俺を雇ってくれるところなんてない。20年間のブランクは致命的だった。今、友人の家に転がり込んでいる。でももう限界だ。友人の奥さんに嫌な顔をされる。お願いだ。もう一度チャンスをくれ。土下座でも何でもする。けい子がいないと、俺は生きていけない』

私は返信した。短く簡潔に。

『申し訳ありません。私は無能な妻なので、あなたのお役には立てません。月5000円の食費すらうまく使えない穀つぶしですから。あなた自身がそう言いましたよね』

さらに2週間後、夫から動画が送られてきた。開いてみると、やつれ果てた夫が土下座していた。頬はこけ、髭は伸び放題。目は血走っていた。

『けい子、本当に申し訳なかった。俺が全て悪かった。お前は無能じゃない。素晴らしい妻だった。40年間支えてくれてありがとう。どうか戻ってきてくれ』

でも、その謝罪も計算だと分かっていた。私の財産目当てだということも。

私は最後の返信をした。

『36年間、お疲れ様でした。あなたは私を「用済み」と言いましたね。その通りです。私たちはお互い、もう用済みなのです。ただ一つだけ違うことがあります。私にはこれから新しい人生が待っています。父の遺産5000万円と、あと5年は働ける職場と、そして何より自由があります。あなたには何が残っていますか? 月5000円の食費で生活する方法は、もう学びましたか? それでは、お元気で』

送信ボタンを押した後、私は夫の連絡先を全てブロックした。

3ヶ月後、風の噂で夫の現状を聞いた。家は差し押さえで売られたが、ローンの残債と滞納金で手元には1円も残らなかった。借金だけが500万円残った。ミサという女性は、新しい金持ちの男性と婚約したそうだ。夫は今、生活保護を申請しているが、まだ認可が下りていないという。

一方、私はどうだろう。

朝は海辺を散歩し、新鮮な魚を買って好きなものを食べる。食費は月10万円。好きなものを好きなだけ買える幸せを噛みしめている。施設では「けい子さんが戻ってきてくれて本当に良かった」と歓迎され、やりがいを感じながら働いている。利用者の方々も「けい子さんの笑顔が見られて嬉しい」と言ってくれる。月に1度は温泉旅行にも行く。63年間一度も行けなかった海外旅行の計画も立てている。来月はハワイに行く予定だ。

銀行の残高を見る。5100万円。これは私の自由の証だ。

ある日、海を見ながらコーヒーを飲んでいると、隣に住む女性が声をかけてきた。

「田中さん、最近本当に生き生きしてますね」
「ええ。月5000円の女奴隷から解放されましたから」
「月5000円?


「長い話です。でも、その経験があったからこそ、今の幸せがより輝いて感じられるんです」

夕日が海に沈んでいく。オレンジ色の光が、私の新しい人生を祝福しているようだった。

スマートフォンが鳴った。施設の後輩からだった。

「けい子さん。施設長代理の就任祝いの会、楽しみにしています」

そうだ。明日は私の施設長代理就任を祝う会だった。給料も上がり、年収は700万円になる。

私は立ち上がり、大きく伸びをした。

「さあ、今夜は豪華なディナーにしましょう」

スーパーではなく、デパートの高級食材売り場へ向かった。和牛のステーキ肉を手に取る。値段は5000円。昔なら1ヶ月分の食費だった。でも今は違う。私は自由だ。誰にも支配されない。私だけの人生を生きている。

あれから半年が経った。私の新しい生活は想像以上に充実していた。朝6時に起きて海辺を1時間散歩するのが日課になった。潮風が頬を撫で、波の音が心を癒してくれる。40年間、朝5時に起きて朝食と弁当作りに追われていた日々が嘘のようだった。

施設長代理として働く毎日も、以前とは違っていた。

「けい子さん、今日もお元気ですね」

利用者の林さんが笑顔で声をかけてくれた。

「林さんこそ、顔色がいいですね」

私も自然に笑顔が溢れた。ストレスから解放されると、こんなにも仕事が楽しくなるとは思わなかった。

給料日。通帳を見ると、58万円が振り込まれていた。施設長代理の手当てと、40年勤続の特別手当てが加算されていた。

このお金は、全て私のもの。そう思うと胸が熱くなった。今まではすぐに夫に取られていたが、今は違う。全て自分のために使える。

その日の夕方、高級レストランで一人ディナーを楽しんだ。フルコースで1万5000円。今までなら3ヶ月分の食費だ。ワインを飲みながら、ふと思い出した。夫は今、どうしているだろうか。

先日、元同僚から聞いた話では、夫は生活保護も却下されたという。65歳で20年間の空白期間がある人間に、仕事など見つかるはずもなかった。今は遠い親戚の家を点々としているらしい。でも高圧的だった夫を、誰も長く置いてはくれないだろう。

「自業自得ね」

私は小さくつぶやいた。同情する気持ちは、もう1ミリも残っていなかった。

翌月、ついに海外旅行へ出発した。ハワイ7日間の旅。ファーストクラスで行くことにした。料金は80万円。でも36年間の我慢を思えば、安いものだった。

機内で出されたシャンパンを飲みながら、窓の外を見た。

「お父さん、私、やっと自由になれました」

心の中でそう語りかけた。父の遺産5000万円が私を救ってくれた。いや、父が私を救ってくれたのだ。

ハワイでは毎日が夢のようだった。青い海、白い砂浜、豪華なホテル。朝食のビュッフェでは、好きなものを好きなだけ食べた。一食で5000円以上かかったが、もう気にしない。

ある日、ビーチで日光浴をしていると、隣にいた日本人の老夫婦と話をした。

「奥様、お一人でハワイですか? 」
「ええ。離婚したばかりなんです」
「あら、大変でしたね」
「いいえ。むしろ解放されて、幸せです」

老夫婦は優しく微笑んだ。

「人生、やり直すのに遅すぎることはありませんものね」

その言葉が心にしみた。63歳でも、まだまだこれからなのだ。

帰国後、施設の同僚たちと会合があった。

「けい子さん、本当に変わりましたね。すごく輝いてます」
「そうかしら」
「ストレスがなくなると、人ってこんなに変わるんですね」

確かに、鏡を見ると顔色が良くなり、シワの目立たなくなっていた。高い化粧品を使えるようになったこともあるが、何より心が軽くなったことが大きかった。

ある日、山田弁護士から連絡があった。

「田中さん。離婚が正式に成立しました。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「元ご主人から復縁の申し立てがありましたが、却下されました」
「そうですか」

もう、夫のことは過去の人だった。

その夜、ベランダで海を眺めながらワインを飲んだ。

「36年間、本当によく頑張ったわ」

自分で自分を褒めてあげた。介護福祉士として40年、妻として36年。その間、自分のことは後回しにして、ひたすら尽くしてきた。でも、もうそんな生活は終わった。これからは自分のために生きる。好きなものを食べ、好きな場所へ行き、好きなことをする。誰にも遠慮しない。誰にも支配されない。

私は立ち上がり、海に向かって大きく叫んだ。

「私は自由だ」

その声は、潮風に乗って遠くまで響いていった。

翌朝、新聞を読んでいると、ある記事が目にとまった。

『熟年離婚急増。経済的DVが原因の一つに』

記事には、妻の収入を搾取する夫が増えていると書かれていた。まさに私のケースだった。でも、多くの女性が我慢し続けているという。

「もったいない」

私はつぶやいた。

「人生は一度きり。我慢し続ける必要なんてない」

施設での講演会で、私は自分の経験を話すことにした。

「皆さん。自分の人生は自分のものです。誰かのために犠牲になる必要はありません」

聴衆の中には、涙を流している女性もいた。きっと同じような境遇なのだろう。

講演後、一人の女性が近づいてきた。

「勇気をもらいました。私も自分の人生を取り戻します」

その言葉が嬉しかった。私の経験が誰かの役に立つなら、36年間も無駄ではなかったのかもしれない。

今、私は本当に幸せだ。月5000円という束縛から解放され、自由を手に入れた。

夫には感謝している。あの理不尽な要求がなければ、私は一生我慢し続けていただろう。月5000円が、私を目覚めさせてくれた。

今夜も、5000円のステーキを食べよう。それは、私の勝利の証だから。