「ちょっと、どういうことよ! 急に家具をひっくり返すわ、夜中にドアを叩くから全然眠れやしないわよ!」…

「ちょっと、どういうことよ! 急に家具をひっくり返すわ、夜中にドアを叩くから全然眠れやしないわよ!」...

「あなた、私が昨日買ったケーキ、勝手に食べたでしょ。人のものを盗むなんて、意地汚い人ね」

リビングでテレビを見ていた私に、義母が怒り心頭で怒鳴りつけてきた。私はポカンとした。いや、身に覚えがないからではない。だって、そのケーキは抹茶のやつだ。

「お母さん、それって抹茶のケーキですよね。今朝、お母さんが美味しそうに食べてらしたじゃないですか。『有名なお店の数量限定で、あなたの分はないわよ』って」

「な、なんて出来の悪い言い訳をするの!」

私が抹茶嫌いだって、甘いものも食べないって、もう何年も一緒に暮らしていれば知っているはずだ。それなのに義母は「私が食べてないんだから、あなたが盗ったんでしょ。この嘘つき!」と喚き散らすばかりだった。

その時は、まさか義母の異変だとは思わなかった。ただの理不尽な言いがかりだと思っていた。でも、その日を境に、義母の異常行動は目立つようになった。

私がものを盗んだと訴える。勝手に食べたと責める。でも、いざ探してみれば実家から出てきたり、すでに自分が食べた後だったりする。朝言ったことと夕方の話が食い違っている。私はそれを、義母が元々自分の間違いを認めない人だからだと思っていた。

しかし、数週間後、近所の人から保護の通報を受けた時、ようやく思い当たったのだ。もしかして、認知症なのではないかと。

玄関で迎えた義母は、いつもと違ってぼーっとしていて、言われるままに家の中へ入っていく。保護してくれた人に事情を聞けば、義母は家の場所が分からなくなっていたらしい。

「お母さん、認知症じゃないかな」

私の言葉に、夫もすぐ同意した。義母に一度検査を受けるべきだと提案したが、すっかり普段の口うるさい人に戻っていた義母は、「ちょっと迷ったくらいでボケ扱いするの? この親不孝者!」と凄い勢いで拒否した。

夫に説得をお願いし、なんとか病院で検査を受けさせると、結果はやはり認知症だった。アルツハイマー型ではなく、血管性の認知症。感情のコントロールが難しかったり、物忘れがあったりするのは、このタイプの認知症ではよく見られる症状らしい。

診断結果を知らされた義母は、症状に自覚がない上に、「ボケ老人」というイメージが自分に付くのが嫌で仕方なかった。「人前で情けない姿を見せるくらい恥ずかしいことはない」と、認知症であることを認めようとしなかった。

血管性認知症は、生活習慣病と深い関わりがある。進行を予防するには、規則正しい食生活と適度な運動が大切だ。義母はタバコも吸うし、甘いものも止められない。それを丁寧に説明したのだけど、

「ボケ扱いした挙げ句、生活態度を改めろだと? 一体何様のつもり? これ、私をいじめようとしてるでしょ。そうはいかないからね!」

と、義母は怒り狂った。怒りに任せて椅子を蹴り倒したかと思えば、次の瞬間には「みな子さんが私をいじめるの!」と泣き出す。感情の起伏が激しく、恐怖を覚えるほどの混乱ぶりだった。

私がどれだけ義母のために尽くしても、義母は全てを意地悪と捉えてしまう。「みな子さんたらひどいのよ。私に甘いものをやめろって脅すの。この寒いのに運動しろって命令するのよ」と嘆く義母に、義姉はいつも甘やかす。

「意地悪な人のことなんて、無視したらいいのよ。我慢してストレスが溜まったら体に良くないわ。みな子さんはそんなことも分からないのね」

そう言ってニヤニヤ笑う義姉に、怒りが込み上げてくる。義姉は専業主婦で、子供も独立して家にはいない。働いている私と違って自由な時間が多い。いくら私が食事に気をつけても、すぐに義姉が現れて甘やかすから意味がない。

症状が出るのは夕方からが多くて、義母の勘違いや物忘れによる言いがかりの相手をするのは、いつも私だった。正直、イライラも疲れも限界だった。せめて義姉が甘やかしをやめてくれたら。そう思っていたある日、義母が出先で転んで骨折し、入院することになった。

認知症の進行具合を聞くと、「進んでいますね」と先生に言われ、私は愕然とした。私の様子を見て、夫が「母さんには、施設に入ってもらおうか」と提案してくれた。資料を取り寄せ、条件のいい施設が見つかり、問い合わせると空きがあったのですぐに予約した。

義母の経過確認のため病院を訪れた日、見舞いに来ていた義姉と遭遇したので、夫と三人で診察室に向かった。

「来週には退院できますよ。退院後はどちらで過ごされますか?」

先生にそう聞かれて、夫が口を開く。

「妻と相談したんですが、母の認知症も進行してますし、うちは共働きなので、施設にお願いすることにしました」

その言葉に驚きの声をあげたのは、義姉だった。

「そんなの、お母さんが可哀想じゃない? 認知症って言うけど、普段と変わらないわよ。病気を言い訳にして、よくも厄介払いしようとする気になるわね。共働きなんて、みな子さんが仕事をやめたら済む話でしょ」

「姉さん、悪いけど、二人で決めたんだよ。母さんの年金もあるし、介護保険の制度も使えば、うまくやりくりできるだろうし、心配しないで」

夫がそう言えば、義姉は黙り込んだ。しばらくして、先ほどの剣幕が嘘のように晴れやかな顔で口を開いた。

「やっぱり、私がお母さんを引き取るわ」

「え、でも、大変ですよ。大丈夫ですか?」

思わず心配してしまった私を、義姉は馬鹿にしたように鼻で笑った。

「私は母さんの娘よ。嫌われてるあなたと違うの。大丈夫に決まってるじゃない。やっぱり実の親だもの。施設なんて可哀想だし。娘として、みな子さんに甘えてばかりじゃだめよね。母さんだって、他人より自分の娘に世話されたいはずよ」

親は長男とその嫁が面倒を見るのが当然だと、散々面倒を押し付けてきた人のセリフとは思えず唖然とした。もちろん、

「母さんの年金とか貯金も、全部私が管理してあげるわ」

と続いた言葉で、ああ、なるほど。夫の口から出た「年金」という言葉が、義姉の心に響いたのだろう。図星すぎて、こっそり夫に目配せをしたら、彼もニコニコ笑っていた。

「では、お母さんの荷物と一緒に、後でお持ちしますね」

と私が返すと、

「え、あ、いや、必要なものだけ私が取りに行くわよ」

となんだか慌てた様子の義姉。

「遠慮するなって。ただでさえ母さんを任せるんだから、全部後で持っていくよ。荷物運びくらい、僕たちに任せて」

と微笑む夫に、義姉が断る余地はない。面白いことになりそうな予感がして、久しぶりに胸がワクワクした。

迎えに来た義母の退院の日。その日の昼頃、義姉から嫌味たっぷりの報告の電話があった。

「さっき、病院の車で送ってもらって到着したわ。お母さんたら、私の家に来たのが相当嬉しかったみたい。ようやく、誰かさんの意地悪から解放されるんだもの」

言いたいことは山ほどあったが、何を言っても負け惜しみに聞こえるのだろうと、ぐっと我慢して電話を切った。

二回目の通話は、翌日の午前十時。前日の夕方から着信がひどかったけど、全て無視して、ようやくこの時間に応答してあげたのだ。

「もしもし」

電話口に出るや否や、

「ちょっと、どういうことよ! 急に家具をひっくり返すわ、食事中に食卓を汚すわ、注意したら泣き出すわ。夜中にドアを叩くから、全然眠れやしないわよ!」

「それが、どうかしましたか?」

「そ、それがどうしたって? こんな、こんなの聞いてないわよ! どうして、こんな急に人が変わったみたいに?」

義姉は、義母の症状にムラがあると知らなかったのだろう。

「でも、お姉さんは私と違って、お母さんにとっても好かれているから、うまくやっていけますよ。あ、夜中に外に出てしまうこともあるので、迷子になると危険ですから、気をつけてあげてください。それと、甘いものを買うと、自分で食べたくせに『お前が盗み食いした』って一時間くらいつきまとわれますけど、お姉さんなら大丈夫ですよね」

自分が言ったことくらいは覚えているのだろう。電話の向こうで、ぐっと言葉を詰まらせる義姉。

「ねえ、みな子さん、やっぱり……」

と猫なで声でよからぬことを言い出しそうだったので、

「今まで私がお母さんにしてきたことは、全て意地悪だったようなので、もう私はお母さんには関わりません。どうぞゆっくり、お母さんを甘やかしてあげてください。荷物はまとめて、次の休みにでも運びますね」

と言って、電話を切った。

後日、私と夫は義母の荷物を届けに義姉の家へ向かった。出迎えた義姉は、げっそりとしていたが、表情は明るい。一緒に家から出てきた旦那さんと玄関先には、義母が腰かけ、外の様子を伺っていた。

「お姉さん、荷物はどちらに運びましょうか?」

と尋ねた私に、義姉は飛びつくように駆けてきて、

「荷物なんていいわよ。母さんの通帳は?」

と、本音を隠しもしない。ギラついた目差しに、正直引いた。私は荷物の中から貴重品袋一式を出して手渡すと、義姉は餌に飛びつく野生動物のように急いで通帳を取り出し、中身を確認し始めた。しかし、

「え、な、何よこれ!」

期待に満ちた表情は一瞬で崩れ去り、手が震え始めた。

「どうかされました?」

とぼける私に、義姉は通帳を突きつける。

「どうも何も、何よ、この残高は! なんでこんなに少ないのよ!」

「えっと、むしろ、どうして貯金があると思ったんですか? お母さんと買い物に出かけては、『娘の私にはこんなに買ってくれるのよ』って散々自慢された記憶があるんですけど、お忘れでしょうか? お二人で旅行にも行かれましたよね。旅費がどこから出たのか、まさか知らなかったんですか?」

義姉が義母と共に散財したお金は、全部義母の貯金から出たものだ。はっと気づいた義姉は、通帳を地面に叩きつけた。

「こんなことなら、あんなの引き取るんじゃなかったわ!」

とヒステリックに喚く。私は義姉に指差された義母が、ショックを隠せずに呆然としているのが見えた。

「お金がないなら、ただの厄介よ! 泣いたり怒ったり、あんなの母さんじゃない! 世話なんか嫌よ! 施設に入れる!」

「いいんじゃないですか。厄介払い。他人じゃなく、実の娘から受ける仕打ちですから、お母さんも本望でしょう。お好きにどうぞ」

義姉がキーッと猿のように喚く声を無視し、私と夫はその場を後にした。

さて、宣言通り、施設に入れると決めたものの、どこも空いていなくて二ヶ月待ち。義姉は、以前私と夫が目星をつけた施設を当てにしたようだが、「すぐにキャンセルした」と答えたら、絶望したようだ。私も夫も一切手助けしなかったから、頼れるのは旦那さんだけ。しかし、義母を怒鳴るばかりで世話を押し付けるようになった義姉と、世話してもらっても感謝のない義母に嫌気が差した旦那さんは、一ヶ月も経たないうちに離婚して出ていった。離れて暮らす息子にも「自業自得だ」と見捨てられた様子。義母の介護に疲れ果て、その後は孤独に生きていく。そんな義姉を、私は可哀想だとは思わない。今までいいとこ取りしてきたツケなのだから。

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