「会社の外になるやつはいらない。さっさと出ていけ」
六十歳で定年退職した私は、今は居酒屋でアルバイトをしていた。長年勤めた大手IT企業を辞めた後、ずっとやってみたかった接客の仕事は想像以上に楽しく、店長の清水さんをはじめ職場の人たちにも恵まれて、毎日が充実していた。
ただ、一つだけ問題があった。店の売上が伸び悩んでいるせいで、本部から佐藤専務が頻繁に監査に来るのだ。そしてそのたびに、清水店長が怒鳴り散らされていた。
「お前みたいなのが店長やってるから店員に舐められてんだよ。お前、店長やる器じゃないんだよ」
ある日も事務所から専務の怒鳴り声が聞こえてきた。我慢の限界だった。私は扉を開け、口を挟んだ。
「失礼します。お言葉ですが、やりすぎではないでしょうか」
専務は私を睨みつけた。
「誰だお前は」
「アルバイトの山本と申します。店長は一生懸命働いています。給料泥棒という発言は撤回していただけませんか」
専務の顔が真っ赤になったが、その場は「また来るからな」と言い残して立ち去った。
それからというもの、専務の標的は私に移った。出勤していると、露骨に嫌そうな顔をされ、見つけるたびに暴言を吐かれた。
「なんでこんなじいさんがここで働いてるんだよ。じじいなんてどん臭いし、目に入るだけで邪魔だろ」
私は内心傷つきながらも、店長への当たりが少し柔らかくなったのなら良しとしようと思っていた。だが、そんな日々も長くは続かなかった。
ある日、専務が店にやってきて、私も同席するように呼び出された。専務は清水店長の肩に手を回しながら、低い声で言った。
「利益が出ないんだったら、経費を削減すればいいだろう。使えないアルバイトなんて何人か首にしてしまえばいい。それこそ給料泥棒だ。会社にとって外になる人間は、やめてもらったらどうだ?」
その言葉に、私はすべてを悟った。私を辞めさせるために、この場を設けたのだ。
「わかりました。そこまで言われるのであれば、もうここにはいられません。店長、申し訳ありませんが、今日で辞めさせていただきます」
専務は嬉しそうに笑い、吐き捨てるように言った。
「さっさと出ていけ」
私は荷物をまとめながら、専務に言い返した。
「会社にとって外になるようなお荷物はやめてもらうという意見、私も賛成です」
専務は嘲笑いながら、私の背中に声をかけた。
「身のほどをわきまえられるようになったんだな」
あれから数日後、私は社長の駕木から、近いうちに臨時株主総会が開かれるという知らせを受けた。そして渡された資料の議題を見て、私は目を見開いた。そこには、まさかの「佐藤専務の解任」が提案されていたのだ。
株主総会当日。会場に現れた専務は、私を見つけて驚いた様子で近づいてきた。
「なんでお前がここにいるんだ」
私は静かに告げた。
「私もここの株主なんですよ」
専務の顔色が変わる。単なる居酒屋のアルバイトだと思っていた六十歳の男が、実は大手IT企業の定年退職者であり、この居酒屋チェーンの大株主だったのだ。私は定年退職まで勤めた会社の退職金と、長年の投資で得た資産で、この会社のかなりの株式を保有していた。そして社長の駕木は、私の旧友だった。
「今回の株主総会、専務のために開いてもらったんです。楽しんでくださいね」
私は吐き捨てるようにそう言って、会場へと足を運んだ。
総会では専務の言い訳が聞かれた。
「私は会社のためを思って行動しただけだ。会社の外になるものを排除して何が悪い?」
だが、すでに多くの株主は、専務が他店舗の店長や社員にも暴言を吐き、嫌がらせをしていたという報告を聞いていた。私が解雇された一件も、駕木に伝えてあった。他の取締役との決託、株主への根回し、すべてはこの日のために準備してきたことだった。
最終的に、議決権の過半数以上の賛成が得られ、佐藤専務の解任が決まった。駕木が壇上に立ち、静かに告げた。
「先ほど、あなたは『会社の外になるものはいらない』と言った。ならば、まず会社を去るべきは、あなたでしたね」
専務は膝から崩れ落ち、その場でしばらく立ち尽くしていた。
後日、私は清水店長に挨拶をするため、店を訪れた。
「山本さん、本当に急に辞めてしまうなんて、ひどいじゃないですか」
私は謝り、その後の専務の顛末までを話した。清水店長は驚きながらも、こう言ってくれた。
「もうあの専務にいびられることはないんですね」
そして、少し迷いながらも、私は打ち明けた。
「実は、社長から専務の後釜として一緒に働いてくれないかと言われてね。店舗のアルバイトから、専務取締役に、だよ」
清水店長は呆気に取られた表情を浮かべた。
「やっぱり、ただ者じゃないですね」
その後、私たちは顔を見合わせて笑い合った。働く場所は変わるが、同じ会社で頑張っていこうと約束した。
数日後、私は専務取締役として初めて出勤する日を迎えた。久しぶりにスーツに袖を通すと、これまでとは違う緊張感が体中に走った。これからは現場の声を経営に伝え、一生懸命働く人が正当に評価される会社にしたい。清水店長のような人が報われる環境を作ることが、私の使命だ。
私はそう心に誓い、新しい一歩を踏み出したのだった。



