「バーバ、この服きついけど平気だよ。」
年末の玄関先で聞いた孫の一言に、私は言葉を失いました。毎年恒例の帰省で、今年も息子家族がやってきたのです。私は68歳、原みさ子。玄関で満面の笑顔を浮かべて出迎えました。
しかし、最愛の孫ハルトを見た瞬間、私の笑顔は凍りつきました。その小さな体を包んでいたのは、見覚えのある青いトレーナーでした。袖は手首の上まで上がり、丈は明らかに短くなっています。胸元のプリントも色褪せていました。
「ハルト君、その服は…」
私が言いかけると、ハルトはけなげな顔を見せました。
「これ、バーバが前に買ってくれたやつだよ。大事に着てるんだ。」
その瞬間、私の胸に鋭い痛みが走りました。あれから5年も経っているのに、まだ同じ服を着ているなんて。それに、明らかにサイズが合っていません。
息子の両兵と嫁のゆいは、何事もないかのように荷物を運び込んでいます。2人とも真新しいブランドのコートを着て、高そうな靴を履いていました。私はハルトの頭をそっと撫でながら、心の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じていました。
リビングでお茶を出しながら、私は改めて息子夫婦を観察していました。ゆいの手には新しいブランドバッグ、両兵の腕には高級時計が光っています。私は思い返していました。息子が結婚してから15年間、私は毎月10万円の仕送りを欠かさず送ってきたのです。年に数回のボーナス時には30万円も追加で渡していました。
「母さん、今年もよろしくお願いします。」
両兵の言葉に私は静かに頷きました。でも心の中では疑問が渦巻いていました。私は銀行員として定年まで務め上げ、退職金と投資で安定した老後を送れるようになりました。息子家族の生活を支えること、孫の成長を見守ることが私の生きがいだと思っていました。しかし、ハルトの様子を見ていると、何かがおかしいと感じずにはいられませんでした。靴も明らかに小さくなっています。かかともすり切れていました。
「君、学校は楽しい?」
私が尋ねると、ハルトは少し困ったような表情を見せました。
「うん。楽しいよ。でも…」
言いかけて、口をつぐみました。その横で、ゆいが自慢げに話し始めたのです。
「お母さん、私、最近エステに通い始めたんです。月に10万円かかるけど、やっぱり自分磨きは大切ですから。」
私の手がわずかに震えました。月10万円。それは私が送っている仕送りと同じ金額でした。
夕食の準備をしながら、私はハルトと台所で2人きりになる機会を得ました。
「ハルト君、お手伝いありがとう。ところで、新しい服は買ってもらえないの?」
ハルトは包丁で野菜を切る私の手元を見つめながら、小さな声で答えました。
「ママが、子供なんてすぐ大きくなるからもったいないって。」
その言葉に私の手が止まりました。確かに子供の成長は早いです。しかし5年も同じ服を着続けるのは明らかに異常です。
「じゃあ、学用品は? ノートや鉛筆は足りてる?」
ハルトは首を横に振りました。
「鉛筆は短くなったやつを使ってる。ノートも、まだ使ってないページがあるやつを使い回してるんだ。」
私の心臓が痛みました。この子はこんなに我慢しているのに。
夕食の席で、両兵が自慢げに話し始めました。
「母さん、俺、新しいゴルフクラブ買ったんだ。30万円もしたけど、やっぱり道具はいいものを使わないとね。」
ゆいも負けじと続きます。
「私も新しいネイルサロンを見つけたの。月に2回通って、1回2万円。でも指先って大事じゃないですか?」
2人の会話を聞きながら、私はハルトの手元を見ました。爪は自分で切ったのか、少しガタガタになっています。そして、その小さな手は古くなった箸を必死に使っていました。
「ハルト君、学校の行事は楽しんでる? 運動会とか、発表会とか。」
私の問いかけに、ハルトの表情が曇りました。
「運動会は楽しかったよ。でも、秋の遠足は…お金がないからって行けなかった。」
その瞬間、私の中で何かが音を立てて切れました。遠足の費用など、せいぜい数千円のはずです。それすら出してもらえないなんて。
「両兵、ゆいさん。」
私は箸を置いて、冷静に話しかけました。
「ハルト君の遠足代はいくらだったの?」
ゆいが面倒臭そうに答えました。
「3000円でしたけど。その週は出費が多くて、私のエステ代で精一杯だったんです。」
3000円。たった3000円のために、ハルトは友達と一緒に遠足に行けなかったのです。
食後、私はハルトを自分の部屋に呼びました。タンスから、以前買っておいた文房具を取り出します。
「これ、使って。」
ハルトの目が輝きました。
「わあ! バーバ、ありがとう!」
新品のノートと鉛筆を抱きしめるハルト。その姿に、私は涙をこらえることができませんでした。
リビングに戻ると、息子夫婦はスマートフォンに夢中でした。画面を覗くと、高級レストランや旅行の写真が並んでいます。
「去年の夏休み、ハワイに行ったんですよ。」
ゆいが自慢げに写真を見せてきました。
「ハルト君も一緒に?」
「いえ、子供がいると面倒なので、実家に預けて2人で行きました。」
私は深呼吸をしました。怒りを抑えるために。
「ところで、ハルト君の習い事は?」
両兵が顔をあげました。
「習い事? そんな余裕ないよ。俺のゴルフのレッスン代だけでも月5万円かかるんだから。」
もう限界でした。私は立ち上がり、窓の外を見つめました。ハルトは、さっきもらった文房具を大切そうに整理していることでしょう。あんなに喜んでくれたのに。文房具で、本来なら親が当たり前に買い与えるべきものなのに。
「お母さん、来月もよろしくお願いしますね。」
ゆいの言葉が私の背中に突き刺さりました。私が送っているお金は、一体何に使われているのでしょうか? エステ、ゴルフ、ブランド品。そして、ハルトは5年前の服を着続けている。
私は振り返り、息子夫婦をじっと見つめました。
「あの子の服、いつ買い替えるつもりなの?」
両兵は面倒臭そうに答えました。
「子供の服なんて、すぐサイズが合わなくなるでしょう。もったいないよ。」
「でも、長すぎるんじゃないかしら。」
ゆいが口を挟みました。
「お母さんが甘やかすから、ハルトも贅沢を覚えるんです。質素に育てるのも教育ですから。」
質素? 月10万円もエステに使う人が、よくそんなことを言えたものです。
その夜、私は眠れませんでした。ハルトの「きついけど平気」という言葉が頭から離れません。あの子はどれだけ我慢しているのでしょうか? そして、私は決意しました。もう、こんな夫婦を許さないと。
翌朝、私は朝食の席で切り出しました。
「両兵、ゆいさん。ちょっと話があるの。」
2人は顔を見合わせました。
「ハルト君の服や学用品のことなんだけど、ちゃんと買ってあげているの?」
両兵は苦笑いを浮かべました。
「母さん、そんなこと気にしなくていいよ。ちゃんとやってるから。」
「ちゃんと? 5年前の服を着続けているのが、ちゃんとしていることなの?」
ゆいが不機嫌そうに口を開きました。
「お母さん、子育てに口を出さないでください。私たちのやり方があるんです。」
「やり方? エステに月10万円使って、子供の遠足代3000円が出せないのが、あなたたちのやり方なの?」
空気が凍りつきました。両兵の表情が険しくなります。
「母さん、何が言いたいの?」
「私が毎月送っているお金は、ハルト君のために使われているの?」
ゆいが鼻で笑いました。
「お母さんが送ってくださるお金は、家計に入れています。どう使おうが、私たちの自由でしょう。」
私は深呼吸をしました。落ち着いて、落ち着いて。
「でも、ハルト君が困っているのよ。せめて必要最低限のものは買ってあげて。」
両兵が椅子を蹴るようにして立ち上がりました。
「うるさいな。俺たちがどう金を使おうが、母さんには関係ないだろ。」
その瞬間でした。隣の部屋から、ハルトが顔を出したのです。
「パパ、ママ、バーバ、どうしたの?」
ゆいがハルトを睨みつけました。
「あんたのせいよ。余計なこと言うから…」
ハルトの目に涙が浮かびました。私はハルトを抱き寄せました。
「ハルト君は何も悪くないわ。」
両兵が吐き捨てるように言いました。
「母さんが甘やかすからだよ。ハルトも我慢を覚えないと。」
「我慢? もう十分すぎるほど我慢しているじゃない。それが教育だろう。」
私は信じられない思いで息子を見つめました。これが、私が大切に育てた息子の言葉なのでしょうか?
「両兵、本気で言っているの?」
「当たり前だろ。大体、母さんが送ってくる金だって、俺たちへの援助だろ。ハルトのためだけじゃない。」
私は立ち上がりました。
「そうね。援助として送っていたわ。でも、それは家族みんなが幸せに暮らすため。ハルト君が犠牲になるためじゃない。」
ゆいが冷笑を浮かべました。
「犠牲? 大げさね。服が古いくらいで。」
私の声が震えました。
「学校の遠足にも行けない。文房具も買ってもらえない。それが、大げさなの?」
両兵が腕を組みました。
「どうせ母さんの金でしょ。好きに使って何が悪い。」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが完全に切れました。「どうせ母さんの金。好きに使って何が悪い。」この言葉が全てを物語っていました。私は、ただのATMだったのです。息子にとっても、嫁にとっても。
「そう、私のお金ね。」
私は静かに言いました。静かすぎて、かえって不気味だったのでしょう。両兵とゆいが顔を見合わせました。
「じゃあ、私のお金なら、私が送るのをやめるのも自由よね。」
ゆいが慌てたように言いました。
「お、お母さん、そんな極端な…」
「ハルト君に必要なものも買わないで、自分たちの贅沢に使う。それこそ極端じゃない?」
両兵が私を睨みつけました。
「脅すつもりか?」
「脅す? 違うわ。ただ事実を言っているだけ。」
私はハルトを見つめました。この子には罪はない。でも、このままでは、この子の未来はどうなるのでしょうか?
「ハルト君、バーバの部屋に行っていなさい。」
ハルトは不安そうに私たちを見回してから、素直に部屋を出ていきました。私は息子夫婦に向き直りました。
「最後にもう一度聞くわ。これからは、ハルト君のためにきちんとお金を使ってくれる?」
両兵は鼻で笑いました。
「母さんに指図される筋合いはない。」
ゆいも同調しました。
「そうです。私たちの教育方針に口を出さないでください。」
私は深く息を吸い込みました。そして、はっきりと告げたのです。
「わかりました。明日から、援助は一切停止します。」
私の宣言に、息子夫婦は一瞬呆然としました。
「あ、何言ってるの?」
両兵の顔が真っ赤になりました。ゆいも青ざめています。
「冗談でしょう、お母さん。」
「冗談ではありません。今月分はすでに振り込んでありますが、来月からは1円も送りません。」
私は立ち上がり、自室へ向かいました。後ろから両兵の怒鳴り声が聞こえてきます。
「待てよ! 勝手に決めるな!」
振り返ることなく、私は自室のドアを閉めました。
部屋で待っていたハルトが、不安そうな顔で私を見上げました。
「バーバ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。」
私は優しく声をかけました。そして、金庫から封筒を取り出しました。
「ハルト君、これをあなたに渡しておくわ。」
封筒の中身は、ハルト名義の通帳と印鑑でした。
「これはあなたの教育資金よ。18歳になったら使えるようにしてあるの。」
私は以前から密かに準備していました。息子夫婦の金遣いの荒さを見て、不安に思っていたのです。500万円。ハルトが大学に行きたいと思った時、お金で諦めることがないように。
「でも、バーバ。これはあなたとの秘密。パパとママにはないしょよ。」
ハルトは神妙な顔で頷きました。
その後、私は銀行員時代の知識を生かして、準備を進めました。まず自動振り込みの停止手続き。そして、念のため弁護士にも相談することにしました。電話で事情を説明すると、弁護士は言いました。
「贈与は贈与者の意思でいつでも停止できます。ただし、これまでの贈与について返還を求めることは難しいでしょう。」
「返還は求めません。ただ、今後一切の援助をしないことが法的に問題ないか確認したかったのです。」
「全く問題ありません。むしろ、お孫さんへの信託設定は賢明な判断です。」
安心しました。私の決断は、法的にも正当なものだったのです。
夕方、私はもう1つの準備を始めました。ハルトのための買い物です。近所のショッピングセンターで、服、靴、文房具、そして少し早いけれど来年度の学用品まで。レジで合計金額を見て、苦笑いが漏れました。全部合わせても5万円程度。息子夫婦が1ヶ月で使う娯楽費の半分にも満たない金額です。
帰宅すると、息子夫婦はリビングで深刻な顔をして話し合っていました。私の姿を見ると、ゆいが立ち上がりました。
「お母さん、さっきの話ですけど…」
「話すことはありません。」
私は買い物袋を持ったまま、ハルトがいる部屋へ向かいました。
「ハルト君、プレゼントよ。」
ハルトの目が輝きました。新しい服を1つずつ取り出すたびに、歓声をあげます。
「わあ、新しい服だ! 靴も! バーバ、ありがとう!」
「これが、バーバからの最後のプレゼントよ。」
ハルトの笑顔が曇りました。
「最後って…」
「ハルト君、しばらくここには来られなくなると思うの。でも、あなたのことはずっと大好きよ。」
ハルトは私に抱きつきました。
「バーバがいなくなったら、寂しい。」
「大丈夫。あなたはもう9歳。強い子に育ってきたもの。」
部屋を出ると、廊下で両兵が待ち構えていました。
「母さん、本気なのか?」
「ええ、本気よ。」
「俺たちの生活はどうなるんだ?」
私は息子をまっすぐ見つめました。
「あなたたち2人とも働いているでしょう。自分たちの収入で生活すればいいだけよ。」
「でも、今の生活レベルを…」
「ハルト君に必要なものも買えないような生活レベルなら、見直すべきね。」
両兵の顔が歪みました。
「血も涙もないのか。」
「血も涙もないのは、どちらかしら。5年間も同じ服を着せ続けて、遠足にも行かせない。それで、月10万円の援助を…」
両兵は唇を噛みしめました。私は財布から現金を取り出しました。
「これは今月分の追加。でも、これで最後よ。」
10万円を渡すと、両兵は複雑な表情でそれを受け取りました。
「来月からは、本当に1円も送りません。」
その夜、息子家族は予定を早めて帰って行きました。ハルトだけが何度も振り返りながら、手を振ってくれました。玄関のドアが閉まった後、私は深いため息をつきました。これで良かったのでしょうか? でも、もう後戻りはできません。私はハルトのために買った品物の残りを片付けながら、決意を新たにしました。明日、銀行で振り込みの停止を確実に行う。そして、2度と援助はしない。たとえ息子に恨まれても、これがハルトのためになると信じて。
年が開けて、1月15日。息子から電話がかかってきました。
「母さん、振り込みがされてないんだけど…」
「言った通りよ。援助は停止したわ。」
電話の向こうで、両兵が慌てる声が聞こえました。
「ちょっと待ってよ。家賃の支払いが…」
「あら、家賃は自分たちの収入で払うものでしょう。」
私は冷静に答えました。実は、息子家族の家計を大体把握していました。2人の収入を合わせれば、十分生活できるはずです。ただし、贅沢をやめればの話ですが。
「でも、急に止められても…」
「急に? 年末に言い渡してから、2週間以上経っているわよ。」
電話が切れました。その3日後、今度はゆいから電話がありました。
「お母さん、お願いです。今月だけでも…」
「断ります。」
「私のエステの予約が…! キャンセル料が…!」
「キャンセル料で困るなら、最初から行かなければいいのです。」
私は電話を切りました。
1月の終わり、両兵が家にやってきました。1人で。
「母さん、お願いだ。本当に困ってるんだ。」
息子の顔は明らかにやつれていました。
「何に困っているの?」
「クレジットカードの支払いが…今月は80万円。」
私は驚きました。月10万円の援助で足りず、借金までしていたのです。
「何に使ったの?」
両兵は言いにくそうに答えました。
「ゆいのブランドバッグと、俺のゴルフ…。カードの分割払い…」
「ハルト君のものは?」
沈黙が答えでした。
「母さん…」
両兵は土下座をしました。見たことのない息子の姿に、一瞬心が揺れました。でも、思い出したのです。ハルトの「きついけど平気」という言葉を。
「両兵、あなたは自分の子供に我慢を覚えろと言ったわね。それは、今度あなたが我慢を覚える番よ。」
両兵は顔をあげました。その目には、怒りと絶望が混じっていました。
「…鬼だ。」
「本当の親なら、子供の教育のためにも、甘やかしてはいけないのよ。」
両兵は立ち上がり、足早に帰って行きました。
2月に入ると、事態は急速に悪化したようでした。2月10日、ゆいから泣きながら電話がかかってきました。
「お母さん、両兵が…両兵が会社を休んでいるんです。お金のことで頭がいっぱいで…」
気の毒だとは思いました。でも、それは自業自得です。
「カウンセリングを受けることをお勧めします。」
「カウンセリングもお金がかかるんです…」
「公的な相談窓口もありますよ。」
電話はまた切れました。
2月20日、驚くべき知らせが入りました。近所の人から、息子家族が引っ越したと聞いたのです。確認のため以前の住所に行ってみると、確かにマンションの表札から名前が消えていました。管理人に聞くと、家賃滞納で退去を求められたとのことでした。心配になって両兵の携帯に電話をしましたが、繋がりません。ゆいの番号も同様でした。
そして3日後、一通の手紙が届きました。差出人は、両兵でした。
「母さんへ。今、俺たちはゆいの実家に身を寄せています。仕事は続けていますが、生活を立て直すのに精一杯です。プライドも何もかも捨てて、ゆいの両親に頭を下げました。狭いアパートで家族で暮らしています。ゆいの両親も年金暮らしなので、これ以上は頼れません。ハルトは元気です。転校して、新しい学校に通っています。母さん、お願いです。もう1度だけチャンスをください。今度こそ、ハルトのために使います。本当に反省しています。両兵」
私は手紙を読み終えて、深いため息をつきました。本当に反省しているのか。ハルトのために使うと。でも、信じることはできませんでした。これまでの15年間が、全てを物語っています。
私は返事を書きました。
「両兵。手紙は読みました。でも、援助を再開することはできません。あなたは『どうせ母さんの金でしょ。好きに使って何が悪い』と言いました。その言葉を、私は忘れることができません。ハルト君には申し訳ないと思っています。でも、彼の教育資金は別に確保してあります。18歳になったら、本人に直接渡るようにしてあります。あなたたち夫婦は、自分たちの力で生活を立て直してください。それが本当の自立です。今後、金銭的な援助は一切しません。これが最後の手紙です。母より」
もう1度読み返しました。冷たいでしょうか? でも、これ以上甘やかすことはできません。手紙を投函した帰り道、空を見上げました。春の気配が感じられる青空でした。私は自分の決断が正しかったと信じています。両兵たちは、自分たちの収入に見合った生活をすることを学ぶでしょう。そして、願わくばハルトにきちんとした養育をしてくれることを。
家に帰ると、電話が鳴っていました。番号を見ると、見知らぬものでした。出てみると、ハルトの声が聞こえました。
「バーバ?」
「ハルト君! 元気?」
「うん。新しい学校も楽しいよ。バーバがくれた服、大事に着てる。」
胸が熱くなりました。
「それは良かった。」
「バーバ、また会えるよね。」
私は言葉に詰まりました。
「きっとね。いつか、約束だよ。」
「うん、約束!」
電話が切れた後、私は涙を拭いました。決別。それが、私の選んだ道でした。
あれから1年が経ちました。私は今、1人暮らしを続けています。静かな朝を迎え、1人分のコーヒーを入れる。それが日課になりました。息子家族からの連絡は完全に途絶えています。年賀状も来ませんでした。お正月も、ひっそりと1人で過ごしました。寂しくないといえば嘘になります。でも、後悔はしていません。近所の人から、時々息子家族の噂を耳にすることがあります。まだゆいの実家で暮らしているそうです。両兵は転職したという話も聞きました。給料は下がったけれど、残業の少ない会社に移ったとか。ハルトのことを思うと、胸が痛みます。あの子は今、どんな生活をしているのでしょうか? ちゃんと食べているのでしょうか? 新しい服は買ってもらえているのでしょうか? でも、私にできることはもう何もありません。18歳になったら渡される教育資金が、せめてもの救いです。
ある日、スーパーで買い物をしていると、小学生くらいの男の子が母親におねだりをしている場面に遭遇しました。
「ママ、このお菓子買って。」
「だめよ。お小遣いで買いなさい。」
「でも足りない…」
「じゃあ、我慢することね。」
普通の親子の会話です。でも、私には重く響きました。子供に我慢を教えることは大切です。でも、必要なものまで我慢させることは違うはずです。私は息子夫婦を責めることはできません。彼らも精一杯生きているのでしょう。ただ、その方法が間違っていただけ。そして、私の援助が彼らの金銭感覚を狂わせてしまったのかもしれません。
銀行員時代の同僚と会った時、こんな話をされました。
「みさ子さん、大変だったわね。でも、あなたの決断は正しかったと思うよ。」
「そうかしら。」
「親の援助に頼りきりになると、子供は自立できない。あなたは息子さんに自立のチャンスを与えたのよ。」
そうかもしれません。でも、その代償は大きすぎました。家族を失うという代償は。
最近、私は新しい趣味を始めました。絵画教室に通い始めたのです。下手くそですが、キャンバスに向かっている時は、余計なことを考えずに済みます。教室で知り合った同年代の女性たちと、お茶を飲むことも増えました。皆、それぞれに家族の問題を抱えていました。子供にお金を貸したら帰ってこない。孫の教育費を全部出したのに感謝もされない。息子夫婦に同居を断られた。聞いていて、身につまされる話ばかりでした。私も自分の経験を話しました。援助を止めたこと、息子家族と絶縁状態になったこと。すると、1人の女性が言いました。
「それで良かったのよ。お金の切れ目が縁の切れ目なら、それは本当の家族じゃない。」
厳しい言葉でした。でも、真実でもありました。私たち団塊の世代は、子供のために尽くすことが当然だと思って生きてきました。でも、それが必ずしも正しいとは限らないのです。子供を甘やかすことと、愛することは違います。本当の愛情とは、時に厳しい決断をすることも含まれるのだと、今は理解しています。
ある日、夢を見ました。ハルトが大人になって、私の前に現れる夢でした。
「バーバ、ありがとう。あの時の教育資金のおかげで、大学に行けたよ。」
目が覚めて、涙が頬を伝っていました。夢でしかありませんが、いつかそんな日が来ることを信じています。私は遺言書も準備しました。財産の一部は、ハルトの教育資金に追加されるようにしてあります。両兵には、最低限の遺留分だけ。冷たいでしょうか? でも、これが私の出した答えです。
友人に言われたことがあります。
「みさ子さん、家族って何だろうね?」
私は答えました。
「分からないわ。でも、少なくともお金で繋がっているだけの関係は、家族とは言えないんじゃないかしら。」
今、私は1人で生きています。毎日規則正しい生活を送り、健康に気をつけています。絵を描き、友人とお茶を飲み、時には1人で小旅行にも出かけます。寂しい時もあります。特に、家族連れを見かけた時は。でも、後悔はありません。私は自分の尊厳を守るために決断しました。息子夫婦の言いなりになって、ATMとして生きることを拒否しました。それは、間違っていなかったと今でも信じています。人生の最終章を、自分らしく生きる。それが、私の選んだ道です。誰かに理解されなくても構いません。私は私の人生を生きるのですから。
時々、ハルトのことを思い出します。「きついけど平気」。あの健気な言葉が、全ての始まりでした。もしあの時気づかなかったら、私は今も援助を続けていたでしょう。そして、ハルトは今も古い服を着続けていたかもしれません。少なくとも今の状況は、ハルトにとってプラスになったと信じたいです。親が経済的に自立することで、子供にきちんと向き合うようになったのではないか。そう願わずにはいられません。
私の物語は、ハッピーエンドではありません。家族は離散し、和解の見込みもありません。でも、これも1つの結末です。現実的で、苦くても、必要だった結末。世の中には様々な形の家族があります。仲良く支え合う家族もいれば、お金でしか繋がっていない家族もいる。そして、別れを選ぶ家族も。私は訣別を選びました。それを批判する人もいるでしょう。もっと我慢すべきだった。話し合えば分かり合えたはずだと。でも、15年間奉仕を続けて得たものは何だったでしょうか? 息子夫婦の堕落と、孫の虐待まがいの扱い。そして「どうせ母さんの金」という最悪の言葉。もう、十分でした。
私は今、心の平安を手に入れました。誰かに利用されることもなく、自分の人生を自分でコントロールできる。それは、かけがえのない財産です。
最後に、同じような状況で悩んでいる方々に伝えたいことがあります。家族だから我慢しなければならないという呪縛から、自由になってもいいのです。あなたの人生は、あなたのものです。誰かの犠牲になるために生きる必要はありません。時には、訣別も必要な選択です。それは冷たいことではありません。自分を守るための、当然の権利です。私の選択が正しかったかどうか、それは分かりません。でも、少なくとも私は自分の尊厳を守りました。そして、今も守り続けています。これからも、1人でも自分らしく生きていきます。それが、私の選んだ道なのですから。



