土曜日の夜、玄関のドアが開く音がして、息子が帰ってきた。私はその姿を見て立ちすくんだ。目が真っ赤に腫れ、ワイシャツの膝の部分には白い埃がついていた。まるで長い間、跪いていたかのように。
「お母さん、僕は役立たずの人間なんです。」
29歳の息子、純夜が私の前でそう言って震えていた。心臓が凍りつく思いだった。2年前に夫を交通事故で失い、近所で小さなお惣菜屋を営みながら、この息子と二人で平凡に暮らしてきた。しかし、1年前に息子が結婚してから、すべてが変わり始めていた。
純夜は毎週土曜日になると妻の実家に行く。そして帰ってくるたびに、こうやって打ちひしがれていた。最初は新婚生活に慣れようとしているのだと思った。しかし、息子は日に日にやつれていき、体重は2ヶ月で10キロも減った。顔色は悪く、目にはくまができ、爪は血が滲むほど短く噛みちぎられていた。
その夜、シャワールームから「申し訳ありません。私が悪かったです」という呟き声が聞こえた。1人きりなのに、誰かに謝っている。鳥肌が立った。
私は決心した。息子に何が起こっているのか、この目で確かめなければ。
翌週の土曜日、私は息子を尾行した。横浜から川崎まで車で40分。息子の車が古いアパートの前に止まった。2階のドアの前で、息子は深く俯き、少し躊躇してからインターホンを押した。ドアが開くと、60代の義父の声が響いた。
「遅かったな。」
冷たく鋭い声だった。それから3時間半、中で何が起こっているのか分からない。やっとドアが開いて息子が出てきた時、私は息を飲んだ。顔は青白く、膝のスラックスには白い埃。まるで怪我人のようにふらつきながら、車に向かって歩いていく。運転席に座ったまま、ハンドルに額をつけて肩を震わせていた。泣いているのだ。
家に帰ると、また部屋で「申し訳ありません」と呟く声が聞こえた。もう我慢できなかった。ドアを叩いて、すべてを見たことを話した。しかし息子は「言えません」と泣くだけだった。
私は録音機を買った。ペン型の小さなものだ。土曜日の午後、息子の灰色のジャケットの内ポケットに忍ばせた。息子が義父の家に行っている間に、私はじっと待った。6時間17分後、音声ファイルを再生した。
義父の声が流れ出した。
「今月の給料はいくらだ?」
「34万円です。」
「34万?そんな金でうちの娘を食わせていけるのか?情けない奴だ。」
「申し訳ありません。」
「膝まずけ。早く。」
鈍い音がした。息子が跪く音だった。義父は30分間、息子がどれほど役立たずか、うちの娘にふさわしくないか、罵り続けた。そして言った。
「今週も5万円持ってこい。生活費にする。うちの娘を食わせないとな。」
信じられなかった。義父は毎週5万円、月に20万円を息子から巻き上げていた。1年間で600万円になるという。録音は続いた。3時間、息子は跪いたまま耐えていた。そして最後に義父は言った。
「お前が家の恥になるようなことをしたら、離婚させるからな。お前は1人で寂しく生きろ。」
車に戻った息子は、1人で呟いていた。「お母さんごめんなさい。僕が無能で。」
涙が止まらなかった。私の息子が、こんな目に遭っていたなんて。
翌日、嫁のユナを呼び出して録音を聞かせた。ユナの顔は真っ白になり、涙を流した。「知っていました」と彼女は言った。そして袖をまくると、腕に残る青あざ。「1ヶ月前に父に抗議したら、殴られました。私が止められなくてごめんなさい。」
ユナもまた被害者だった。彼女はずっと父親と夫の間で苦しんでいたのだ。
さらに、義兄のミノルさんに電話をして会った。録音を聞かせると、彼は涙を流して言った。
「僕も知っていました。半年前から。義兄さんがトイレで泣いているのを聞いてしまって。僕も父に言ったんです。もうやめてくれって。でも『向こうはそうやって使うもんだ。家の体面を保つためだ』って怒鳴られました。」
ミノルさんは悪者ではなかった。むしろ、純夜を守ろうとして、頻繁に家に来ていたのだ。私は彼を誤解していた。
10年前にも同じことがあったとミノルさんは話してくれた。純夜の前の妻、千春さんの前にもう1人の姉がいて、その夫も義父に同じように扱われ、結局離婚させられたという。「父は、娘は嫁にやるのではなく、男を連れてきてこき使うものだと信じているんです。」
警察に通報しよう。私はそう決めた。ユナもミノルさんも「一緒に戦う」と言ってくれた。息子にも全部話した。「お母さん、僕は死にたかった」と息子は泣いた。「毎週土曜日、事故でも起きればいいのにって思ってました。」
「そんなこと言わないで。お母さんが守るから。」
翌朝、私たち4人で警察署へ向かった。録音ファイル、ユナの腕の傷の写真、ミノルさんの証言、10年前の一件。すべての証拠を提出した。義父からは「通報を取り下げろ。さもないと娘を離婚させるぞ」と電話がかかってきたが、私は言った。「どうぞおやりください。うちの息子をあなたの手から救い出す方が先ですから。」
義父は起訴された。懲役10ヶ月、執行猶予2年。接近禁止命令も出された。
あれから3ヶ月。息子はすっかり変わった。体重も戻り、顔には笑顔が溢れている。会社でも評価され、課長に昇進したと電話をかけてきた。
「お母さんのおかげで、僕は救われました。」
「いいえ。あなたが頑張ったからよ。」
今では土曜日は、ユナとデートする日か、私に会いに来る日になった。ミノルさんも頻繁に遊びに来て、本当の弟のように懐いている。
亡き夫の写真に向かって、私は言った。「あなた、私たち、息子を守ったわ。大変だったけど、やり遂げたわよ。」
写真の中の夫が、笑っているように見えた。



