「母さん、もう家族じゃない。今日から出て行ってくれ」…

「母さん、もう家族じゃない。今日から出て行ってくれ」...

息子の啓介が放った言葉に、私は一瞬自分の耳を疑った。

「母さん、今日から舞子の両親がここに住むことになったから、荷物は全部ここに置いて、今すぐ出て行ってくれ。」

仕事から帰宅すると、リビングのソファには見知らぬ高齢の夫婦が、まるで我が家のようにくつろいでいた。

「お母さん、申し訳ないけど、私の両親も高齢で面倒を見る必要があるんです。この家、広いし。お母さんの荷物も全部処分しますから、本当に出て行って大丈夫ですよ」

嫁の舞子が、追い打ちをかけるように言い放った。

35年前、夫をなくしてから、女手一つで必死に育てた息子。その息子が今、実の母親を追い出して、嫁の両親を住ませようとしている。

私の胸に込み上げてきたのは、悲しみでも怒りでもなかった。むしろ、ある種の確信のようなものが湧き上がってきたのだ。

「そう、分かったわ」

私は静かに微笑んだ。その微笑みを見た息子夫婦の顔に、一瞬戸惑いの色が浮かんだのを、私は見逃さなかった。

なぜ私があの時、笑っていたのか。それには、35年前から準備していた深い理由があった。

35年前、夫が病気で他界した時、啓介はまだ3歳だった。私は事務職として必死に働きながら、女手一つで息子を育て上げた。朝は5時に起きて弁当を作り、夜は残業を終えてから保育園の送り迎え。自分の服は10年同じものを着続けても、息子の教育費だけは惜しみなく注ぎ込んだ。中学受験、高校、そして大学まで、総額で1000万円以上の教育費を注ぎ込んだのだ。

5年前、啓介が舞子を連れてきた時、私は心から祝福した。息子の幸せが、私の一番の願いだったから。

結婚後も、私は息子夫婦を支え続けた。孫が生まれてからの3年間、保育園の送り迎えから夕食の準備まで、すべて引き受けてきた。時給換算すれば月15万円相当の労働を、家族だからと、一切の見返りも求めずに。

「お母さん、本当に助かります」

当初、舞子もそう言って感謝してくれていた。しかし、その態度は徐々に変わっていった。私が献身的に尽くせば尽くすほど、それが当たり前になっていく。まるで無償の家政婦のように扱われ始めた時、私はある重要な事実を思い出していた。

この家の本当の所有者は誰なのか、ということを。

最初は些細なことから始まった。

「お母さん、この味噌汁、ちょっと味が濃すぎません? 私の実家では、もっと上品な味付けなんですけど」

舞子の言葉は日に日にエスカレートしていった。私が30分かけて作った夕食を一口食べただけで顔をしかめる。「またですか? 私の母なら、もっとバリエーション豊かな料理を作ってくれるのに」

そんな嫁の態度に、息子の啓介も同調するようになっていった。

「母さん、舞子の言う通りだよ。もう少し現代風の料理も覚えたら?」

息子の言葉に、私は胸が締め付けられる思いだった。あなたが子供の頃、この煮物が大好きだって言っていたじゃない。そう言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。

掃除についても、細かく文句を言われるようになった。

「お母さん、窓のサッシの溝、まだ汚れが残ってますよ。私の母なら、もっと丁寧に掃除するんですけど」

私は68歳の体に鞭打って、朝から晩まで家事をこなしていた。それでも舞子の目には、何ひとつ満足できるものがないようだった。

やがて、金銭的な話題も露骨になっていく。

「私の両親、この前また海外旅行をプレゼントしてくれたんです。年金も企業年金もあるから余裕があるみたいで。お母さんも、もう少し援助してくださってもいいんじゃないですか?」

舞子の実家は裕福だった。対して私は、35年間コツコツと働いて貯めた退職金を、大切に使いながら生活していた。

「母さん、正直言って、舞子の両親と比べると見劣りするよ。向こうは月30万は援助してくれているんだ。母さんも、もう少し頑張ってくれないか」

息子の言葉に、私は愕然とした。あなたを大学まで出すために、私がどれだけしてきたか、もう忘れてしまったのでしょうか。でも、啓介は続ける。

「言い訳はいいよ、母さん。舞子の両親を見習って、もっと経済的に貢献してくれ」

息子の冷たい言葉に、私は返す言葉を失った。

さらに、私への攻撃は人格否定にまで及ぶようになった。

「お母さん、最近、もの忘れが多くないですか? この前も、買い物リストと違うもの買ってきましたよね。認知症の検査、受けた方がいいんじゃないですか?」

舞子の言葉は、明らかに悪意に満ちていた。買い物リストと違うものを買ったのは、特売品があったから家計を考えて変更しただけ。それを認知症扱いするなんて。

「母さんも、もう68歳だしね。老人ホームとか考えた方がいいかもしれない」

息子まで、そんなことを言い出した。私はショックのあまり、声も出なかった。

極めつけは、孫の面会制限だった。

「お母さんの教育方針、ちょっと古いんですよね。うちの子にはもっと現代的な教育を受けさせたいので、面会は月に1回、1時間だけにしてください」

3年間、毎日のように世話をしてきた孫。その大切な時間まで、奪われることになった。

ある日、偶然聞いてしまった息子夫婦の会話が決定的だった。

「あのお母さん、本当に鬱陶しいわ。貧乏でセンスもなくて、何の役にも立たない。早くいなくなってくれないかしら」

「まあ、もう少しの辛抱だよ。そのうちどうにかなるさ」

「どうにかって?」

「母さんを追い出して、君の両親に来てもらえばいい。この家、広いしね」

「どうにかする」という息子の言葉の意味を、私は理解していた。私を追い出す算段をしているのでしょう。しかし、彼らは知らないのです。この家の本当の所有者が誰なのかを。

その時、私の中で何かが変わった。もう、この理不尽に耐える必要はない。35年前から守り続けてきた、あの切り札を使う時が来たのだと。

その日は、突然やってきた。

朝食を準備していると、玄関のチャイムが鳴った。

「お父さん、お母さん、ようこそ! 荷物は僕が運びますから」

舞子の両親が、大きなスーツケースを何個も持って現れた。まるで長期滞在、いや、それ以上の荷物の量だった。

「あら、文枝さん、お久しぶりね」

舞子の母親は、私を見ると露骨に顔をしかめた。まるで汚いものでも見るような目つきだった。

「舞子から聞いているわ。あなた、最近もの忘れがひどいんですって。大丈夫?」

その言葉に悪意を感じながら、私は曖昧に微笑むしかなかった。

リビングに集まった一同を前に、啓介が立ち上がった。

「実は、今日、大切な話があって集まってもらいました」

息子の表情はいつになく真剣だった。しかし、その目は私を見ていなかった。

「お父さん、お母さんも高齢になってきたし、一人暮らしは心配だと、前々から話し合いました。それで、この家で一緒に暮らしてもらうことにしたんです」

私は自分の耳を疑った。この家は、そんなに広くありません。

「啓介、でも、部屋が――」

私が言いかけると、息子は初めて私の方を向いた。その目は、氷のように冷たかった。

「母さん。だから、今日から出て行ってもらうよ。舞子の両親に、母さんの部屋を使ってもらうから」

心臓が止まりそうだった。まさか、実の母親を追い出して、嫁の両親を住ませるなんて。

「啓介、何を言っているの? 私はあなたの母親よ」

声が震えていた。しかし、息子の表情は変わらない。

「母さん、正直に言うよ。舞子の両親は品があるし、教養もある。それに、財産もしっかり持っている。お母さんとは違うんだ」

息子の言葉は、私の心を深くえぐった。

「そうよ、お母さん」

舞子が、勝ち誇ったような顔で続けた。

「私の両親は、この家の頭金も援助してくれたし、これからも月30万は援助してくれるって言ってるんです。お母さんみたいに、年金だけでカツカツの生活してる人とは違うんです」

「でも、この家は――」

私が言いかけると、啓介が遮った。

「この家の名義は、俺になっているだろう。母さんには関係ない」

息子はそう言い切った。しかし、それは真実ではなかった。この家の本当の所有者は、今でも私なのだ。35年前、夫の生命保険金で購入したこの家。息子の将来を考えて名義変更の話は何度も出たが、私は固く拒否し続けてきた。今思えば、それは正解だった。

「お母さん、荷物も全部置いて行ってくださいね」

舞子が追い打ちをかける。

「どういう意味だ?」

「お母さんの古臭い家具や服、全部処分するつもりですから。私の両親の荷物を置くスペースが必要なんです」

舞子の母親も、横から口を挟んできた。

「そうよ、文枝さん。あなたみたいな貧乏人の持ち物なんて、どうせ大したものじゃないでしょう。うちには、ちゃんとした家具があるから」

屈辱だった。35年間、必死に働いて少しずつ買い揃えた家具。それぞれに思い出があるのに。

「母さん、もう決めたことだから、今すぐ出て行ってくれ。荷物は全部ここに置いて」

啓介の言葉は、まるで他人に対するもののようだった。

「啓介、私があなたをどうやって育てたか忘れたの? お父さんが亡くなってから、女手一つで――」

「その話は、もういいよ!」

息子が声を荒げた。

「母さんはいつもその話を持ち出す。でも、それは母さんの選択だったんだろ? 俺に恩を着せるのはやめてくれ」

信じられなかった。あの優しかった息子が、こんなことを言うなんて。

「そうですよ、お母さん。子供を育てるのは親の義務でしょう? それを恩着せがましく言うなんて、みっともないです」

舞子が、さらに残酷な言葉を投げつけてきた。舞子の父親も、偉そうに言った。

「文枝さん、もう潮時じゃないかな。老人は若い世代の邪魔をしちゃいけない」

「そうそう。今は、私たちの時代なのよ」

舞子の母親も、見下すような口調で言った。

私は息子の顔をじっと見つめた。本当に、これがあの啓介なのか? 私が命をかけて育てた息子なのか?

「母さん、お願いだから、素直に出て行ってくれ。これ以上、面倒なことにはしたくないんだ」

息子の最後の言葉で、私の中で何かが完全に切れた。

私は立ち上がり、集まった全員を見渡した。そして、静かに微笑んだ。

「分かったわ。お望み通り、出ていきます」

その微笑みに、息子夫婦と舞子の両親は、一瞬戸惑ったような表情を見せた。普通なら、泣き崩れるか怒り狂うはずなのに。

「ただし、一つだけ確認させてください」

私は穏やかな声で続けた。

「本当に、この家から私を追い出すのね? 二度と助けを求めないと約束できる?」

「当たり前だろ」

啓介が、嫌そうに答えた。

「母さんなんか、もう家族じゃない。舞子の両親が、本当の家族だ」

その言葉を聞いて、私の微笑みは深くなった。

「そう、分かったわ。じゃあ、お元気で」

私は財布と携帯電話だけを持って、家を出た。35年間住み続けた家を、振り返ることなく。

なぜなら、明日の朝、彼らに届く一通の書類が、すべてを変えることを知っていたから。

家を出た私は、まっすぐ駅前のビジネスホテルに向かった。フロントで手続きをしながら、私の心は不思議なほど落ち着いていた。

部屋に入ると、すぐに携帯電話を取り出した。電話帳から、ある番号を探す。

「川口法律事務所です。野村文枝です。川口先生はいらっしゃいますか?」

川口弁護士は、亡き夫の友人だった。35年前に夫の遺産相続の際にお世話になって以来、ずっと私の法律顧問を務めてくれている。

「文枝さん、お久しぶりです。どうされました?」

「川口先生、ついにあの時が来ました。例の件、お願いできますか?」

電話の向こうで、川口弁護士が息を飲む音が聞こえた。

「ついに、ですか? 分かりました。明日の朝一番で手続きをします。必要書類は、全て銀行の貸金庫に保管してあります。今から取りに行きます」

「分かりました。では、明日の朝8時に、内容証明郵便で通知書を送ります」

電話を切った後、私は最寄りの銀行へ向かった。貸金庫を開けると、そこには大切に保管してきた書類の束があった。

不動産登記簿謄本、固定資産税の納税証明書、そして土地建物の権利書。全て、私がこの家の真の所有者であることを証明する書類だ。

実は、息子の啓介は大きな勘違いをしていた。確かに数年前、彼は私に「家の名義を俺に変更してくれ」と頼んできた。私は「分かった、考えておくわ」と答えた。しかし、実際には何もしていない。なぜなら、その時すでに息子夫婦の態度に違和感を感じていたから。いざという時のために、この家の所有権だけは手放さないでおこうと決めていたのだ。

啓介は、いずれ名義変更してもらえると勝手に思い込み、確認もせずに自分が時期所有者だと信じていた。不動産の名義確認など、一度もしたことがないのでしょう。親を信じているからこそできる、無謀な思い込みだった。

書類を確認しながら、私は35年前のことを思い出していた。夫が亡くなった時、生命保険金は3000万円だった。当時としてはかなりの金額だ。幼い啓介を抱えて、まず考えたのは住む場所の確保だった。賃貸では不安定だと思い、その保険金の全額を使ってこの家を購入した。現金一括払いだったので、ローンもない。

当時、川口弁護士に相談した時、彼はこう助言してくれた。

「文枝さん、この家はあなたの名義で登記しましょう。将来、息子さんが成人して本当に信頼できる大人になったら、その時に譲ればいい」

私はその助言に従った。そして、啓介が成人しても、結婚しても、本当に信頼できる人間になったとは思えなかった。特に、舞子と結婚してからは、その思いが確信に変わった。

銀行から戻ったホテルの部屋で、私はもう一人の重要人物に連絡を取りました。

「田中さん、野村です。お願いしていた件、明日からで大丈夫ですか?」

田中さんは、不動産管理会社の社長だ。以前から、私の家を賃貸物件として活用する話を進めていた。

「もちろんです、野村さん。あの立地であの広さなら、月40万円は堅いですよ。もう、借り手の候補も3組います」

「ありがとうございます。明日、現在の不法占拠者を退去させますので、その後すぐにお願いします」

「不法占拠者ですか?」

「ええ、私の息子だった人間と、その関係者です」

電話の向こうで、田中さんが驚いているのが分かった。しかし、プロの不動産事業者である彼は、すぐに理解してくれた。

「分かりました。法的な手続きが済み次第、こちらで対応します」

最後に、私は新しい住まいの契約も済ませた。海の見える高級マンション。家賃は月15万円だが、家の賃貸収入を考えれば、十分にお釣りがくる。

全ての準備を終えて、私はホテルのベッドに横になった。明日の朝、息子夫婦の元に届く内容証明郵便。そこには、こう書かれているはずだ。

「不動産所有者 野村文枝より不法占拠者 野村啓介 野村舞子 及び関係者各位 本通知到達後、24時間以内に本物件より退去することを命じます。従わない場合は、法的措置を取らせていただきます」

息子夫婦の驚く顔が目に浮かぶ。まさか、母親だと思って甘く見ていた私が、このような行動に出るとは夢にも思わないでしょう。

「家族じゃない」

啓介の言葉を思い出した。そう、もう家族ではないのだ。だから、私も遠慮する必要はない。

35年間、私はこの家の固定資産税を払い続けてきた。年間に10万円近く。それも、啓介は知らない。通帳から自動引き落としにしていたので、彼は気に留めていなかったのだろう。

ホテルの静かな部屋で、私は35年ぶりに本当に一人になった気がした。でも、不思議と寂しくはなかった。むしろ、希望に満ちた気持ちでいっぱいだった。明日から始まる新しい人生。それは、誰にも縛られない、本当に自由な人生だ。

窓の外を見ると、夕日が沈んでいくのが見えた。35年間の、献身的な母親としての人生に、今、幕を下ろします。そして、明日から、野村文枝という一人の女性として、新しい人生を歩み始めるのです。

翌朝8時、私は海の見える新しいマンションのバルコニーでコーヒーを飲んでいた。時計を見ると、ちょうど8時15分。そろそろ、あの通知が届く頃だ。

案の定、8時20分に携帯電話が鳴り始めた。啓介からだ。私はあえて3回コールを聞いてから、電話に出た。

「母さん、これは一体どういうことだ?」

息子の怒鳴り声が、受話器の向こうに響いてきた。

「おはよう、啓介。どうしたの?」

私は、わざととぼけた声で答えた。

「とぼけるな! 今、内容証明郵便が届いた! 『不法占拠者は24時間以内に退去しろ』だって! 母さん、頭がおかしくなったのか?」

「あら、ちゃんと届いたのね。よかったわ」

「よかっただと? この家は、俺の家だ!」

啓介の声は、怒りで震えていた。

「啓介、一度でも登記を確認したことがある?」

私の質問に、電話の向こうで一瞬の沈黙が流れた。

「そんなの、母さんが名義変更すると言ったじゃないか!」

「言ったかしら? 私は『考えておく』と言っただけよ。そして、考えた結果、変更しないことにしたの」

「そんなの嘘だ!」

「嘘だと思うなら、法務局で登記簿謄本を取ってきなさい。所有者の欄には、今も『野村文枝』と書いてあるはずよ」

電話の向こうで、舞子の声が聞こえてきた。

「啓介、どうなってるの? お母さんが何を言ってるの?」

「この家は、母さんの名義のままだって」

「えっ!」

舞子の驚愕の声が聞こえ、すぐに電話を奪い取ったようだった。

「お母さん、これは詐欺よ! 息子を騙すなんて!」

「詐欺? 私は一度も、この家が啓介のものだと言ったことはありませんよ。勝手に思い込んでいただけでしょう」

「でも、私たち、ここに住んでいるのよ!」

「ええ、私の好意で住まわせてあげていただけです。でも、昨日、啓介が言ったわよね。『もう家族じゃない』って。家族じゃない人を、ただで住まわせる理由はありません」

舞子は、言葉を失ったようだった。代わりに、今度は舞子の父親の声が聞こえてきた。

「文枝さん、ちょっと話が違うんじゃないか。娘夫婦の家だと聞いて、我々は来たんだ」

「それは、お嬢さんの勘違いでしょう。私は一度も、そんなことは言っていません」

「でも、啓介君は息子さんでしょう? 実の息子を追い出すなんて!」

「追い出す? 逆でしょう。昨日、私を追い出したのは啓介たちです。『荷物を全部置いて、出て行け』と言われました。だから、私もお返しすることにしたんです」

その時、背後で舞子の母親の悲鳴が聞こえた。

「大変! 警察が来てる!」

そう。私は川口弁護士を通じて、不法占拠の通報もしていたのだ。内容証明郵便と同時に、警察にも連絡が行くように手配していた。

「お母さん、警察まで呼ぶなんて!」

舞子の悲鳴のような声が聞こえた。

「当然でしょう? 他人が、私の家に勝手に住んでいるんですから」

「あ、そうそう。24時間以内と書きましたが、警察の方が来たなら、もっと早く出ていくことになるかもしれませんね」

「待って! 母さん、話し合おう!」

啓介が、必死に電話を奪い返したようだった。

「話し合う? 昨日、あなたは何と言った? 『もう家族じゃない。舞子の両親が本当の家族だ』と言ったわよね」

「あれは、カッとなって本音が出たのでしょう」

「いいのよ。私も、本音で行動することにしたから」

「母さん、お願いだ。考え直してくれ」

啓介の声は、もはや懇願するような調子になっていた。

「啓介、あなたは昨日、何と言った? 『荷物は全部置いて、出て行け』と言ったわよね。じゃあ、同じようにしてもらいましょう。荷物は全部置いて、出て行ってください」

「そんな! どこに行けばいいんだ?」

「舞子さんの実家は、立派なお家でしょう? そちらにお世話になればいいじゃない」

電話の向こうで、舞子の両親が何か言い合っている声が聞こえた。

「うちだって、そんなスペースはない! 大体、話が違うじゃないか!」

どうやら、舞子の両親も混乱しているようだった。

その時、電話の向こうで玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。

「野村啓介さんですか? こちらの家の件で、確認したいことがあります」

警察官の声のようだった。

「はい。あの、これは……」

「先ほど登記を確認させていただきましたが、この家の所有者は野村文枝さんですね。あなたは、所有者の許可なく住んでいるということですか?」

「いえ、母なんです。実の母親が……」

「関係性は関係ありません。所有者から退去要請が出ている以上、退去していただく必要があります」

私はもう一度、電話に向かって言った。

「啓介、最後に一つだけ教えてあげる。この家、私は賃貸に出すことにしたの。月40万円で、借り手がもう決まっているの。速やかに出ていかないと、営業妨害で訴えることになるわよ」

「月40万……」

啓介の声は、完全に力を失っていた。

「あ、それから固定資産税。35年分で、700万円以上、私が払ってきたのよ。知らなかったでしょう? あなたは、本当に何も知らなかったのね」

電話の向こうで、舞子が泣き崩れる声が聞こえた。

「どうするの? 私たち、どこに住めばいいの?」

「お母さん、お願いです! もう一度チャンスをください!」

舞子が電話を奪って、泣きながら懇願してきた。

「チャンス? 昨日、あなたたちは私にチャンスをくれた? 『荷物を全部置いて、出て行け』の一点張りだったじゃない」

「あれは、私が間違っていました!」

「間違い? 都合が悪くなったら『間違い』で済むの? 私の35年間の献身は、『間違い』で踏みにじっていいものだった?」

舞子は、答えられなかった。

「お母さん、せめて1週間! いえ、3日だけでも時間をください!」

「昨日、私に何時間の猶予をくれた? 『今すぐ出て行け』と言ったわよね。だから、私も同じようにするだけよ」

私は冷たく言い放った。本当は、心の奥で少し痛みを感じていた。でも、もう後戻りはできない。

「母さん、本当にこれでいいのか?」

啓介の力ない声が聞こえた。

「これが、あなたが選んだ道よ。母親より、舞子の両親が大事だと言ったのは、あなた。その選択の結果を受け入れなさい」

「でも、もう話すことはありません。24時間以内、いえ、警察の方がいるなら、もっと早く出ていくことになるでしょう。さようなら」

私は電話を切った。すぐにまた着信があったが、もう出ることはなかった。

30分後、川口弁護士から連絡があった。

「文枝さん、警察の立会いのもと、全員退去したそうです。慌てて荷物をまとめて、舞子さんの実家の車で出ていったとのことです」

「そうですか。ありがとうございます」

「ただ、啓介さんが『必ず話をつけに行く』と言っていたそうです。気をつけてください」

「分かりました。でも、もう私には関係のない人ですから」

電話を切った後、私は新しいマンションの静かなリビングで、深く息をついた。35年間、住み慣れた家。たくさんの思い出があった。でも、最後の数年は苦痛でしかなかった。

これでいいのです。私は新しい人生を始めるのです。誰にも縛られない。誰にも軽蔑されない。本当の自分の人生を。

あれから3ヶ月が経った。海の見える高級マンションの広いバルコニーで、私は優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる。目の前に広がる青い海を眺めながら、この3ヶ月間を振り返っていた。

あの家は、予定通り月40万円で賃貸に出した。借り手は若い夫婦で、とても感じの良い方々で、大切に住んでくれている。月40万円の家賃収入から、こちらのマンションの家賃15万円を引いても、25万円が手元に残る。年金と合わせれば、十分すぎるほど豊かな生活ができる。

35年間、切り詰めて切り詰めて生活してきた私にとって、この余裕は夢のようだった。先週は、ずっと行きたかった京都へ一泊二日の一人旅に行った。高級旅館に泊まり、懐石料理を堪能し、ゆっくりと寺社を巡った。誰にも気を使うことなく、自分のペースで楽しめる旅は、本当に心が洗われるようだった。

「文枝さん、お元気そうで何よりです」

昨日、川口弁護士が様子を見に来てくれた。

「ええ、こんなに自由で幸せな日々は、人生で初めてかもしれません」

「それは良かった。ところで、息子さんの件ですが」

川口弁護士の表情が、少し曇った。

「啓介が、どうかしましたか?」

「実は、離婚協議中だそうです。舞子さんの両親が『話が違う』と激怒して、娘夫婦を実家から追い出したとか」

私は少し驚いたが、同情する気持ちは湧かなかった。

「そうですか。でも、それは啓介が選んだ道の結果ですから」

「啓介さん、何度も事務所に来て、『もう一度母親と話がしたい』と言っていますが、お断りしています」

「ええ、それで結構です。『もう家族じゃない』と言ったのは啓介です。今さら、都合よく家族に戻ることはできません」

川口弁護士は、理解したように頷いた。

「実は、啓介から謝罪のメールが何通も届いています」

「『母さん、本当にごめん。俺が間違っていた。もう一度やり直させてください。舞子は離婚します。母さんにひどいことをした罰だと思っています。せめて一度だけでも会ってください。直接謝りたいんです』って」

私は、全て既読スルーしている。35年間、私は啓介のために生きてきた。自分の人生を犠牲にして、全てを息子に捧げてきた。でも、その結果が「お荷物」「厄介者」「家族じゃない」という言葉だった。

もう、十分です。これからは、私自身のために生きていきます。

新しい生活は、想像以上に充実している。マンションの住人とも良い関係を築いている。同じフロアに住む佐藤さんは、元大学教授の上品な女性。週に一度、一緒にランチを楽しんでいる。

「文枝さん、来週、美術館に行きませんか? 印象派の特別展があるんですよ」

「素敵ですね。是非、ご一緒させてください」

こんな誘いを受けることができるのも、今の生活があってこそだ。

趣味の習い事も始めた。ずっとやってみたかった水彩画教室。若い頃、絵を描くのが好きだったが、生活に追われて諦めていた。今は、週2回、教室に通っている。

「野村さんの絵、本当に素晴らしいですよ。才能が開花しましたね」

先生にそう褒められて、子供のように嬉しくなった。68歳にして、新しい才能を開花させているのだ。

健康面でも、大きな変化があった。息子夫婦と暮らしていた頃は、ストレスで不眠症に悩まされ、血圧も高めだった。でも、今は毎晩ぐっすり眠れて、血圧も正常値に戻った。

「野村さん、3ヶ月前と比べて、10歳は若返ったみたいですよ」

主治医にそう言われて、鏡を見ると、確かに表情が明るくなっていた。

私の物語を振り返ると、35年前に夫をなくした時から始まった長い旅路だった。必死に息子を育て、全てを捧げてきた。でも、それは報われることなく、最後はお荷物扱いされて追い出されそうになった。

しかし、私は負けなかった。35年間守り続けた家の所有権という切り札を使って、完全に形勢を逆転させたのだ。

今思えば、啓介たちがしたことは、私に自由を与えてくれたのかもしれない。「家族じゃない」という言葉が、私を「家族」という呪縛から解放してくれたのだ。

理不尽な扱いを受けた時、我慢し続ける必要はない。自分の権利は、自分で守るべきだ。そして、自分を大切にしない人のために、自分を犠牲にする必要もない。

私の勝利は、決して復讐ではない。これは、自分の尊厳を取り戻し、自分の人生を生きる権利を主張した結果なのだ。

夕日が海に沈んでいく。オレンジ色に染まった空を見ながら、私は心から思う。今、私は本当に自由で、幸せです。これが、野村文枝という一人の女性の、新しい人生の始まりなのです。

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