バリアフリーのリビングで、兄がぽつりと「結婚することになった」と言った時は、嬉しくて涙が出そうになった。事故で三年間も眠り続け、もう歩けないと絶望した日々を越えて、やっと掴んだ幸せ。そう思っていた。でも、両家の顔合わせの日、兄の彼女の姉夫婦の視線は、兄の足に釘付けだった。そして結婚式当日、控え室で項垂れる兄が見つけたのは、彼女からの一通のメール。「やっぱり、無理だ。ごめんなさい」。何がどうな…

バリアフリーのリビングで、兄がぽつりと「結婚することになった」と言った時は、嬉しくて涙が出そうになった。事故で三年間も眠り続け、もう歩けないと絶望した日々を越えて、やっと掴んだ幸せ。そう思っていた。でも、両家の顔合わせの日、兄の彼女の姉夫婦の視線は、兄の足に釘付けだった。そして結婚式当日、控え室で項垂れる兄が見つけたのは、彼女からの一通のメール。「やっぱり、無理だ。ごめんなさい」。何がどうな...

式場の控室で、兄の弘が一人、肩を落としていた。アイボリーの落ち着いた色味のタキシードが、彼の姿に柔らかな光沢をまとわせている。

「来ないんだってさ……さえから、さっき連絡があった」

かれた声だった。冗談だと思った。だが、その瞬間、長年後回しにしてきた違和感が、私の中で質量を増していく。

「彼らなの?」

弘が何も言わず、頷きもしない様子が、答えだった。

義家族全員潰してやる。低く血の通った声が、自分のものとは思えなかった。体中の怒りが、今にも破裂しそうだった。

私は塩崎千佳、42歳。全国に店舗を展開する手芸・子供用品チェーンの代表取締役をしている。物づくりとの出会いは高校生の頃だ。家の近くにあった小さな手芸店でアルバイトを始めたことがきっかけだった。店主の開き洋子さんは昔からの顔馴染みで、バイトがしたいと何気なく話したところ、働いてみるかいと声をかけてくれたのだ。

「色々と大変だろう。ちょっとでも家計の足しになればね。おばちゃんも嬉しいよ」

彼女は我が家の状況、つまり父と母がいないことをよく知ってくれていた。母は私を産んですぐに息を引き取った。男手一つで育ててくれた父も、私が中学1年生の頃に仕事中の事故で亡くなっている。

父が亡くなった日のことは鮮明に覚えている。音楽の授業中、担任が突然飛び込んできた。その表情から何か良くないことが起きたのだと察したが、私は大きな不安など感じていなかった。父は建設現場で働いていたので、転んで骨折でもしたのだろうかと、それくらいにしか思っていなかったのだ。

だが、病院で先に到着していた兄の顔を見た瞬間、自分がとんでもない勘違いをしていたと痛感した。機材を吊っていたワイヤーが切れて、鉄の塊の下敷きになったのだという。呆然と語る顔は、私の知っている優しくて明るい弘のものとは、まるで違っていた。

私はあの時13歳。弘はまだ16歳だった。たった2人の兄弟なのだ。一緒に抱き合って悲しみを分かち合うべきだった。だが私は、優しい兄に頼る気持ちがあったのだろう。父を失った悲しみも、これからの不安も、全てを彼がどうにかしてくれると、弘に強さを求め、優しさにすがった。

「大丈夫。兄ちゃんがついてる」

私の背中をさすりながら顔を覗き込んできた弘は、すっかりいつもの様子だった。絶望の色など微塵もない。明るくて頼もしい兄がそこにいた。私はあの時、愛する兄に呪いをかけてしまったのだと思う。責任、使命、自己犠牲という名の呪いを。

弘はすぐに高校をやめ、働き始めた。新聞配達、居酒屋の仕込み、清掃。3つの仕事を掛け持ちし、休みなく走り回る生活が始まった。高校3年生になったある日、私は進路希望調査の用紙を前に、大学へは行かないと告げた。兄は、約束したんだと、弱々しい声で言った。

「俺が千佳を立派な大人にするって、母さんにも誓った。2人の宝物を、俺が絶対に守るからって」

「お母さんは私を産んですぐ、お父さんともお別れも言えなかったんだよ!約束って、いつよ!」

感情が高ぶり、彼の肩を掴もうとした次の瞬間、私は息を飲んだ。お兄ちゃん、また痩せた。体に触れた手のひらに伝わってきたのは、骨ばった硬い感触だった。聞けば、昼は建設現場で働いているという。父がどうして死んだか忘れたの?と叫ぶと、弘は「親父のは不運な事故だ。建設現場の全部が危ないわけないだろう」と言うだけだった。

「私のためなの?私の大学進学の費用を稼ぐために、働き始めたの?」

弘は黙ったままだ。私には、それ以上何も言えなかった。この日を境に、私たちはあまり口を聞かなくなる。弘は前にも増して仕事の量を増やし、ほとんど家に帰ってこなくなった。

結局、私は就職を希望と書いて提出した。医療品工場は不採用だったが、子供服を作る会社のソーイングスタッフとして内定を得た。内定の報告をすると、弘は家を飛び出した。

「無理だよ。言っただろう。俺は母さんに誓った。親父とも約束したんだ。千佳を立派な大人に育てあげるって」

そう言い残して、彼は夜の街へ出ていった。そして、その夜、事故に遭った。赤信号を渡ろうとする酔っ払いの男性を助けようとして、トラックにはねられたのだ。手術は終わったが、意識は戻らない。脊椎にも損傷が確認され、今後、歩行障害が残る可能性があると言われた。

それからの日々は、まるで終わらない悪夢だった。弘は生きているが、目を覚まさない。私は毎日病院へ通い、高校を卒業してからは、内定していた子供服会社で働き始めた。入院費と生活費を稼ぐため、がむしゃらに働いた。3年後、弘は目を覚ました。だが、恐れていた事実が判明する。彼の足は動かなかった。

「触るな!」「出てけ!」「俺はもう、お前の兄ちゃんじゃいられない」

絶望の中で暴れる彼を、私は力いっぱい抱きしめた。何より辛いのは弘だと分かっていたからだ。仕事と介護の合間を縫い、私はあるアイデアを形にしようと思い立った。子供服キットだ。型紙や布、必要な材料をまとめた初心者向けのセット。仕事の経験から思いついたものだった。上司に提案してみたが、相手にされなかった。「君はソーイングスタッフだ。求められているのは、決められたものを正確に縫うことだ」と、哀れむような目で言われただけだった。

落ち込む私と弘のリハビリの帰り、偶然洋子さんに再会した。彼女は少しも変わらず明るく、「あんたたち、甘いもの食べないかい?」と、私たちを店の裏手に増設した休憩室へ招き入れてくれた。そこには段差がなく、パートさんの子供たちが遊べるようにと絵本やおもちゃが置かれていた。「2号店なんかを考えたらどうですかって、若いパートさんが言うんだよ」と語る彼女を見て、私は自分の内側に溜まっていた負の感情が薄れていくのを感じた。

「よ子さん、見て欲しいものがあるの」

気づけば私はそう言って、自宅から子供服キットの試作品を持ってきていた。よ子さんはそれを慎重に手に取り、職人の目でじっくりと確認し始めた。「これ、うちにある端切れを使えばもう少し安くできるね」「売れるかどうかは分かんないよ。でも、私は嫌いじゃない。こういう、何かを始めるための工夫ってやつ」そう言って、彼女はレジ前のスペースを指差した。「ほら、ここ自由に使いな。好きに並べればいいよ。千佳ちゃんのための場所だ」

初日は2セットしか売れなかったが、私にとっては世界が変わるような出来事だった。口コミで広がり、1ヶ月後には30セットが完売した。最初に買ってくれた親子が、キットで作ったワンピースを着て店に来てくれた時は、泣きそうになった。それから、洋子さんの店のオリジナル商品として、改良を重ねながら販売を続けた。義兄からもらったアドバイスで、意見箱を設置したりもした。商品は次第に評判を呼び、やがて手芸雑誌にも取り上げられるようになった。

そんな頃、洋子さんから「うちに戻ってこないか」と言われた。彼女が大腸がんであることを知ったのは、その時だった。それでも彼女は笑っていた。「最後まで店に立ってたんだ。だから、私の隣で働きながら全部覚えていってほしい。千佳ちゃんにこの店を任せたいんだ」私はソーイングスタッフの仕事を退職し、正式に彼女の店の正社員となった。2年後、店は2号店をオープン。私が30歳となり、5号店がオープンするという頃、よ子さんはこの世を去った。亡くなる数日前まで店に立ち、スタッフや常連客の世話を焼いていたという。

よ子さんの遺志を継ぎ、私は店を大きく育てていった。今では全国に300を超える店舗を持つ会社になっている。弘も懸命なリハビリの末、杖を使えば歩けるまでに回復し、在宅で私の会社のウェブサイトを担当してくれている。事故の後、2度と歩けないかもしれないと絶望した人間とは思えないほど、彼は前を向いていた。そして、彼に恋人ができた。さえさんという、公園で出会った女性だ。彼女もまた、高校生の頃に父を、20歳の頃に母を亡くし、現在は実姉夫婦と暮らしているという。姉が初めて自分の意見を尊重してくれたと、彼女は嬉しそうに話していた。

結婚の挨拶に伺った時、私はすぐに違和感を覚えた。彼女の姉夫婦、藤塚安江と翔平は、私にばかり話を振り、弘の存在をまるで無視するかのようだった。弘が杖を口にしようとすると、話を遮り、視線を露骨に逸らす。私はその夜、ただのOLだと嘘をついて帰ってきた。そして、彼らの店を調べさせた。結果、彼らはある会社の規制品のキットを無断で流用し、パッケージをすり替えて販売していることが判明した。さらに、私の会社の法人向け価格の制度を悪用して商品を安く仕入れ、タグを切って転売していることも分かった。監視対象だと、弘にはそう伝えていた。

だが、彼らは結婚式の当日、新郎の兄が足が悪いという理由で、さえをどこかへ連れ去ってしまった。挙式の直前に、出席しないと連絡してきたのだ。弘は控室で、誰もいない教会に一人、ぽつんと座っていた。

「結婚するなら、兄をこの家に住ませろ。それができないなら、祭り上げられるような家柄の違う相手なら、最初から潰すべきだった」

二人はそう言って、さえを閉じ込めた。私は弘を連れて、さえを助けに行くと決めた。

藤塚夫婦の店に乗り込むと、彼らは相変わらずニヤニヤと笑っていた。「友達もいない、足も悪い。おまけにいい年だ。さえが世間知らずだからって、本気にされても困るのよ」私は静かに、彼らの不正の証拠が入った封筒を机の上に置いた。そして、会社の名刺を滑らせた。あの時、ただのOLだと嘘をついたのは、こういうことだったのだ。私は私の会社の社長であり、彼らの店で売られている規制品のキットの開発者でもあった。彼らのやっていることが、全てが、私たち兄弟の努力の上に成り立っていたことを思い知らせてやった。

「さえさんはどこにいるんですか?」と弘が問い詰めると、安江は観念したように、小さな鍵を取り出した。さえは富士見町の2階の一室に、一人で閉じ込められていた。ドアの外側から鍵がかけられていた。彼女は膝を抱えて泣いていたが、私たちの顔を見た瞬間、ほっとしたような表情を浮かべた。

その後、彼らの店は営業停止となり、民事での損害賠償が請求された。大きな詐欺事件ほどの悪質性はなかったが、彼らは全てを認め、店は閉店となった。現在はそれぞれアルバイトで賠償のために働いているという。

あの結婚式の騒動から2年。柔らかな日差しが差し込む小さなチャペルで、今度こそ本当の結婚式が行われた。純白のドレスに身を包んださえは、緊張したように弘の隣に立っていたが、視線が合うたび、ふわりと嬉しそうに笑う。その姿を見て、私はここまでの日々が報われた気がした。弘とさえの、静かで穏やかな幸せな時間が、ゆっくりと流れ始めていた。

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