孫の大輝が無邪気に笑いながら言った言葉に、私の手が止まりました。息子夫婦の新居を訪れた穏やかな午後のことです。
「ママのおじいちゃんとおばあちゃんも、ここに住むんだって。楽しみだね、おばあちゃん!」
嬉しそうに話す大輝の言葉の意味が、すぐには理解できませんでした。
「大輝ちゃん、それってどういうこと?」
優しく尋ねると、大輝はさらに続けます。台所から慌てて出てきた嫁の理香さんの顔は、明らかに焦っていました。息子の新太郎が気まずそうに視線をそらす姿を見た時、私は全てを理解してしまいました。
私は長谷川由紀子、65歳。夫の明と二人、ささやかで穏やかな日々を送ってきました。病院の受付として30年間働き、コツコツと貯めたお金は全て息子のために使ってきました。教育費だけで850万円。大学まで全て私たちが出しました。結婚式には200万円、新居の頭金として300万円。そして今も毎月15万円を援助し続けています。3年間で540万円になります。
「生活費に足してね」そう言って渡してきたお金が、理香さんのご両親のために使われていたなんて。孫の大輝は本当に可愛い子です。でも会えるのは月に一度だけ。理香さんのご両親は毎週のように息子の家を訪れているのに、私たちは「お母さんは忙しいから」と遠ざけられてきました。
その日の夜、私は眠れませんでした。大輝の言葉が頭の中で何度も繰り返されます。
翌週、私は決意して息子の家を訪れました。
「お母さん、今日はどうされたんですか?」
理香さんの声には、明らかに迷惑そうな響きがありました。リビングに通された私の目に、テーブルの上に置かれた家計簿が飛び込んできました。理香さんが慌てて隠そうとしましたが、一瞬見えた数字に心臓が凍りつきます。
「両親との同居準備費用 月8万円」
そう書かれていたのです。
新太郎が仕事から帰ってきて、私は静かに尋ねました。
「私が援助しているお金、何に使っているの?」
息子は一瞬目を泳がせます。
「生活費だよ、母さん。言ってただろう」
「理香さんのご両親との同居費用には使っていないの?」
その言葉に、二人の顔色が変わりました。理香さんが先に口を開きます。
「お母さん、それは生活費の一部ですから」
「一部? 毎月15万円も援助しているのに、それを義理のご両親のために……」
私の声は、怒りではなく悲しみで震えていました。新太郎が言い訳を始めます。
「母さんは一人だし、遠慮できるだろう。理香の両親は色々教えてくれるから、同居した方が助かるんだ」
「私たち夫婦は、私たちとの同居は考えなかったの?」
新太郎が言葉を濁した瞬間、理香さんが冷たく言い放ちました。
「正直に言えばいいじゃない。お母さんとは価値観が合わないんです」
その言葉が、胸に鋭く刺さります。
数日後、私はもう一度息子の家を訪れました。夕方、窓から聞こえてくる会話に私の足が止まります。
「お母さんは遠いし、正直面倒なのよね」理香さんの声です。
「そうよね。でもお金は出させればいいのよ。うちは同居して孫の教育もできるし、一石二鳥じゃない」
返事をしたのは、理香さんのお母様でした。
「新太郎も、私の両親の方が話しやすいって言ってますし。お母さんは正直時代遅れなところがあって」
笑い声が聞こえてきました。私はその場に立ち尽くすことしかできませんでした。玄関のチャイムを鳴らすと、理香さんが驚いた顔で出てきました。
「お母さん、いつから?」
「今来たところよ」
嘘をつきました。でも、真実を知った今、まだ心の準備ができていなかったのです。
その夜、新太郎から電話がかかってきました。
「母さん、来月の援助の件なんだけど、義父の誕生日も近いから、できれば20万円にしてもらえないかな」
私は握る手に力を込めます。
「新太郎、私、聞きたいことがあるの。私はあなたたちにとって、何なの?」
「何って? 母さんだろう? 何を言ってるんだ?」
「本当に母親として見てくれているの? それとも……」
言葉が続きません。息子の返事を待ちましたが、沈黙が流れるだけでした。
「母さん、変なこと考えないでよ。俺たちは感謝してるって」
その言葉がどれほど空疎に聞こえたことでしょう。
翌日、私が偶然通りかかった喫茶店で、理香さんとそのお母様が話しているのを見かけました。窓際の席で、二人は楽しそうに笑っています。
「お母さんには、援助だけしてもらえばいいのよ」義母の声が開いた窓から聞こえてきます。
「そうですね。同居なんてとんでもない。価値観が違いすぎますもの」理香さんが頷きながら答えました。
「お金は便利だけど、人は必要ないってことよね」
二人の笑い声が町の喧騒に溶けていきます。私はその場から静かに立ち去りました。涙は出ませんでした。ただ、心の中で何かが音を立てて壊れていく感覚だけが、確かにありました。
家に帰ると、夫の明が心配そうに私を見つめていました。
「由紀子、顔色が悪いぞ。何かあったのか?」
私は全てを話しました。大輝の言葉から始まり、家計簿で見た数字、盗み聞きしてしまった会話、そして喫茶店で耳にした残酷な言葉まで、全てです。
「そんな息子に、そこまで……私たちは利用されていただけなのよ」
言葉にすると、現実がより鮮明になっていきました。30年間必死に働いて貯めたお金。それは息子の幸せのためだと信じていたのに、実際は義理の両親を養うために使われていた。
その夜、新太郎からメールが届きました。
「母さん、来月の援助よろしくね。あと義父母の誕生日も頼むよ。できれば3万円くらいで」
画面を見つめながら、私の中で何かがはっきりと音を立てて切れていきます。
「もう、許せない」
夫が静かに頷きました。
「由紀子、俺たちの老後はどうするんだ? このまま息子に援助を続けていたら、俺たちの貯金はなくなってしまう」
その言葉に、私ははっとしました。そうです。私たちにも老後があるのです。病院のパートを続けてきましたが、体力的にもそろそろ限界です。これから先、医療費も介護費用も必要になるかもしれない。なのに、息子は私たちの将来を考えてくれているでしょうか?
「遺言を書き換えます」
私が言うと、明が驚いた顔で私を見ました。
「え?」
「このままでは、私たちが亡くなった後も息子は当然のように遺産を受け取るでしょう。でも、もうそれは許せない」
明は長い沈黙の後、ゆっくりと頷きます。
「そうだな。息子には厳しいかもしれないが、これは必要な教訓だ」
翌朝、私は弁護士事務所に電話をかけました。昔、病院で知り合った患者さんのご主人が弁護士で、信頼できる方だと聞いていたのです。
その日の午後、私たち夫婦は田村弁護士の事務所を訪れました。白髪の穏やかな表情の先生が、私たちの話を丁寧に聞いてくださいます。
「なるほど。長谷川さん、これは明らかな経済的虐待のケースですね」
田村先生の言葉に、私は目を見開きました。
「経済的虐待ですか?」
「親御さんから金銭を搾取し、本人の意思に反して使用する。これは立派な虐待行為です」
その言葉で、私の中のもやもやが晴れていくように感じました。私が感じていた違和感は、間違っていなかったのです。
田村先生は、遺言書の書き方について詳しく説明してくださいました。息子さんへの相続を完全に無効にすることはできません。法律で守られた遺留分というものがあります。しかし、それを最低限に抑えることは可能です。最低限とは、全財産の1/8程度。長谷川さんの場合、総資産が約2800万円とのことですから、息子さんへは約350万円。残りの2450万円は、ご主人様や慈善団体に遺贈することができます。
「それでお願いします」
決意が言葉となって、口から出ていきます。
「ただし」田村先生が続けます。「公正証書遺言にすることをお勧めします。自筆証書では、息子さんに破棄されたり、無効を主張されたりする可能性があります。公証役場で作成する公正証書なら、法的に最も強い効力を持ちます」
「わかりました。それでお願いします」
事務所を出る時、私の心は不思議なほど軽くなっていました。罪悪感はありません。これは復讐ではなく、自分たちの人生を守るための正当な権利なのだと、ようやく理解できたのです。
その夜、私は一人で書斎に座り、これまでの援助の記録を整理し始めました。通帳のコピー、振り込み明細、息子からのメール、全てを時系列に並べていきます。教育費用850万円。結婚式200万円。新居の頭金300万円。月々の援助15万円×36ヶ月で540万円。合計1890万円。これだけのお金を注ぎ込んできたのです。
明が部屋に入ってきて、私の肩にそっと手を置きます。
「由紀子、後悔はしていないか?」
「ええ、もう迷いはないわ」
私は夫の手を握り返しました。
「これは私たちの人生を取り戻すためなのよ。息子のためではなく、私たち自身のために生きる。それがこれからの私たちの選択なの」
翌々日、私は銀行に向かいました。自動振り込みの停止手続きをするためです。窓口で手続きをしながら、不思議と心は穏やかでした。
「毎月15万円の自動振り込みを、今月分から停止してください」
係の方が確認します。
「本当によろしいですか? 一度停止されますと、再開には手続きが必要になりますが」
「はい、もう二度と再開することはありません」
その言葉に、自分でも驚くほどの確信がありました。銀行を出た私は、次に保険会社へ向かいます。生命保険の受け取り人変更です。現在は新太郎が受け取り人になっていますが、これを明に変更するのです。
全ての手続きを終えた時、空が夕焼けに染まっていました。オレンジ色の光が町を優しく包み込んでいます。私は、新しい人生の第一歩を踏み出したのだと感じていました。
それから一週間後、私たち夫婦は公証役場を訪れていました。重厚な建物の中は静寂に包まれ、これから行うことの重大さを感じさせます。公証人の先生が私たちを個室に案内してくださいました。田村弁護士も同席し、厳粛な雰囲気の中で手続きが始まります。
「それでは、遺言の内容を確認させていただきます」
公証人の先生が、ゆっくりと読み上げていきます。
「遺言者 長谷川由紀子は、次の通り遺言する。第一条 遺言者の有する全財産のうち、長男 新太郎に相続させる財産は、法定の遺留分に相当する金額のみとする」
その言葉を聞きながら、私の心に迷いはありませんでした。
「第二条 遺留分を除く残余の財産は、夫 長谷川明を相続させ、残りの二分の一を社会福祉法人に寄付する」
明が隣で、私の手をそっと握ってくれます。その温かさが、私の決意を支えてくれました。
「長谷川さん、この内容で間違いございませんか?」
「はい、間違いありません」
私ははっきりとした声で答えました。そして最後に、私が署名と押印をする番が来ました。ペンを持つ手がわずかに震えます。でも、それは恐れからではありませんでした。長い間背負ってきた重荷から、ようやく解放される瞬間だったのです。
「これで、公正証書遺言の作成は完了です。原本は公証役場で保管し、正本と謄本をお渡しします」
公証人の先生から、厚い封筒を受け取ります。この中に、私の最後の意思が記されているのです。田村弁護士が優しく声をかけてくださいました。
「長谷川さん、よく決断されましたね。これで、息子さんが遺言を破棄したり改ざんしたりすることは不可能です」
公証役場を出ると、秋の風が頬を撫でていきます。空は高く、雲一つない青空が広がっていました。その帰り道、私たちは市役所に立ち寄りました。もう一つ、やっておかなければならないことがあったのです。
「住民票の閲覧制限の申請をしたいのですが」
窓口の職員の方が、書類を用意してくださいます。
「ご家族からのDV等の被害を受けておられるのですか?」
「経済的虐待を受けています」
私がそう答えると、職員の方は理解のある表情で頷いてくださいました。この手続きをしておけば、息子が私たちの住所を役所で調べることはできなくなります。将来もし私たちが引っ越したとしても、居場所を知られることはありません。
全ての手続きを終えて帰宅すると、新太郎からのメッセージが届いていました。
「母さん、今月の援助、まだだけど忘れてない? 早めに振り込んでくれると助かるんだけど」
その文面には、感謝の言葉も気遣いの言葉も一切ありませんでした。ただ、お金を要求するだけのメッセージです。私は返信しませんでした。今はまだ、その時ではないのです。
夕食の後、明と二人でリビングに座り、これからのことを話し合いました。
「由紀子、援助をやめたら、息子はすぐに気づくだろうな」
「ええ、来月の初めには連絡が来るでしょうね」
「その時、どう対応する?」
私は少し考えてから答えます。
「事実だけを伝えます。援助は停止した。二度と再開しない。それだけよ」
明が心配そうに私を見つめます。
「息子はきっと怒るぞ」
「構いません。もう、息子の顔色を伺って生きるのは終わりにしたいの」
その言葉に、明が静かに微笑みました。
「そうだな。俺たちも、自分たちの人生を楽しまないとな」
翌日、私は久しぶりに友人の悦子さんに電話をかけました。悦子さんは私の数少ない親友です。私はこれまでの経緯を全て話しました。悦子さんは黙って聞いてくれて、最後にこう言ってくださいました。
「由紀子さん、あなたは正しい選択をしたわ。親だって、自分の人生を大切にしていいのよ」
その言葉に、涙がこぼれそうになりました。
「ありがとう。悦子さん、これからは私たちも一緒に楽しみましょう。来週、陶芸教室に誘ってもいい?」
「ええ、是非」
電話を切った後、私は窓の外を見つめます。庭の金木犀が、小さな花をつけ始めていました。甘い香りが開けた窓から流れ込んできます。秋は終わりの季節であると同時に、新しい始まりの季節でもあるのだと、ふと思いました。
月が変わって三日目の朝、予想通り新太郎から電話がかかってきました。時刻は午前八時。私がまだ朝食の準備をしている時間です。
「母さん、今月の援助が振り込まれてないんだけど!」
開口一番、どなるような声が聞こえてきます。挨拶も、体調を気遣う言葉もありません。
「ああ、それは停止させていただきましたので」
私は、驚くほど冷静に答えることができました。
「え? 何言ってるの? 困るよ、そんなの!」
「理香さんのご両親との同居費用は、ご自分でお支払いください」
電話の向こうで、新太郎が言葉に詰まる気配が伝わってきます。
「な、何のこと?」
「大輝ちゃんから聞きましたよ。理香さんのご両親と同居されるんですってね」
沈黙が流れました。長い、重い沈黙です。
「母さん、それは……」
「私が援助しているお金を、義理のご両親のために使っていたこと、全て知っていますよ」
「違う。そんなんじゃ……」
「家計簿も見ました。『両親同居準備費用 月8万円』と書いてありましたね」
新太郎の呼吸が荒くなるのが聞こえます。
「それに、理香さんとそのお母様の会話も聞いてしまいました。喫茶店で、とても楽しそうにお話しされていましたね」
「母さん、盗み聞きしたのか?」
「偶然です。でも、おかげで真実が分かりました。『お金は便利だけど、人は必要ない』そうおっしゃっていましたね」
電話の向こうで、何かが倒れる音がしました。
「母さん、待ってくれ。説明させて」
「説明は結構です。援助は今月から完全に停止します。二度と再開することはありません」
「そんな、母さん、俺たちどうすればいいんだよ」
初めて、息子の声に焦りが混じります。でも、私の心はもう動きませんでした。
「それは、あなた方で考えてください。私はもう、関係ありません」
電話を切ると、明が心配そうに見ていました。
「大丈夫か?」
「ええ、不思議なくらい心は平静よ」
その日の午後、今度は理香さんから電話がかかってきました。
「お母さん、どうか考え直してください」
声は、泣いているように震えています。
「何を考え直すのですか?」
「援助のことです。お願いします。私たちには必要なんです」
「理香さんのご両親と同居されるなら、そちらに援助していただけばよろしいのでは?」
「それは……私の両親にはお金がなくて」
「そうですか。では、ご自分たちで何とかするしかありませんね」
「お母さん!」
理香さんの声が、悲鳴のように高くなります。
「私のことを『面倒くさい』『お金だけ出せばいい』とおっしゃっていましたよね。そんな人間からの援助など、受け取りたくないでしょう?」
「それは……あの時は……」
「本音だったのでしょう。構いません。正直でよろしいと思います。ですから、私も正直に申し上げます。もう援助はしません」
電話を切った後、携帯電話が何度も鳴り続けました。でも、私は一切出ませんでした。
一週間後、息子夫婦が直接家を尋ねてきました。インターホン越しに見える二人の顔は、やつれているように見えます。ドアを開けると、新太郎が頭を下げました。
「母さん……かんべんしてくれ。援助を再開してくれ」
「お断りします」
「お母さん!」理香さんも涙を流しながら訴えかけてきます。「お母さん、お願いします。私が悪かったです。謝ります」
「謝罪は受け入れます。でも、援助は別問題です」
その時、背後から声が聞こえました。理香さんのご両親も、一緒に来ていたのです。
「長谷川さん、どうか息子さんたちを助けてあげてください」
義父が丁寧に頭を下げます。でも、その目にはどこか不遜な光がありました。
「あなた方が助けてあげればよろしいのでは? 同居されるのでしょう」
「それは……経済的な余裕がなくて」
「では、同居はおやめになればいいと思います」
私の言葉に、四人の顔色が変わりました。新太郎が、ついに膝をつきます。
「母さん、俺が悪かった。本当に悪かった。だから頼む!」
土下座をする息子を見ても、私の心は揺らぎませんでした。これまで、何度この息子のために涙を流してきたでしょうか? 何度自分を犠牲にしてきたでしょうか?
「新太郎、立ちなさい。私はATMではありません。お金が必要なら、ご自分で働いてください」
「お母さん!」理香さんが叫びます。「そんな! 私たちには、子供もいるんです!」
「大輝ちゃんのためにも、ご両親がしっかりと働く姿を見せてあげてください。それが一番の教育です」
義母が、不敵なように放ちます。
「長谷川さん、親子の情というものがないのですか?」
その言葉に、私は静かに笑いました。
「親子の情。それを一番踏みにじったのは、どなたでしょうね?」
四人が言葉を失います。
「ああ、もう一つ、お伝えすることがありました」
私はリビングから、遺言書の謄本を持ってきました。
「これは何ですか?」新太郎が不安に尋ねます。
「遺言書です。公証役場で作成した、法的に最も効力のあるものです」
書類を見せると、新太郎の顔が蒼白になっていきます。
「じゅ、じゅんさん……母さん、何を……」
「あなたへの相続は、法定の遺留分のみ。私たちの財産、約2800万円のうち、あなたに渡るのは350万円程度です」
理香さんが悲鳴をあげました。
「残りの2450万円は、父さんと社会福祉法人に寄付します」
「母さん、そんなことして!」
「私たちは、もう十分にあなた方に尽くしてきました。教育費850万円、結婚式に200万円、新居の頭金300万円。そして、月々の援助540万円。合計1890万円です」
具体的な数字を突きつけられて、息子夫婦は何も言えなくなります。
「それでも、あなた方は私たちを『面倒くさい』『お金だけ出せばいい』と言いました」
義父が、必死に取り成そうとします。
「長谷川さん、それは誤解です。娘たちはそんな……」
「誤解ではありません。全て、この耳で聞きました」
私はきっぱりと言い切りました。
「これは復讐ではありません。私たちの人生を、私たち自身のために生きる。それだけのことです」
新太郎が、最後の懇願をします。
「母さん、せめて遺言だけは、なくせませんか……」
「公正証書遺言は、公証役場に原本が保管されています。あなたが破棄したり、改ざんしたりすることは不可能です」
その言葉に、完全に希望を失ったように、新太郎はその場に座り込みました。
「もう二度と、私たちに関わらないでください。さようなら」
私はドアを閉めました。外では四人の怒号が聞こえています。でも、私の心に罪悪感はありませんでした。明が、そっと私の肩を抱いてくれます。
「よく頑張ったな、由紀子」
「ええ、これでやっと終わったわ」
窓の外では、秋の日が穏やかに輝いていました。
あれから半月が経ちました。息子夫婦からの連絡はぱったりと止み、着信も止まったのです。友人の悦子さんから聞いた話では、理香さんのご両親との同居計画は白紙になったそうです。援助がなくなった途端、義両親は同居を断ったのだとか。
「結局、お金目当てだったのね」悦子さんの言葉に、私は静かに頷きました。「ええ、でも、それが分かってよかったわ」
新太郎は妻の両親から借金をしようとしたそうですが、断られたと聞きます。夫婦の中も、最近はかなり険悪になっているとのことでした。
「自業自得ね」悦子さんは厳しい表情で言います。でも、私の心には複雑な感情が渦巻いています。息子の不幸を喜んでいるわけではありません。ただ、これが当然の結果なのだと。私たちは、取り返しているだけです。
今日は、明と二人で久しぶりに東北へ出ました。紅葉が美しい季節です。車窓から見える山々は赤や黄に染まり、まるで絵画のように美しい景色が広がっています。
「綺麗だね」
「ああ、こんなにゆっくり紅葉を見るのは、何年ぶりだろうな」
明が嬉しそうに笑います。これまで、旅行に使うお金さえ、息子への援助を優先して我慢してきました。でも、もうそんな必要はありません。私たちの人生を、私たち自身のために使っていいのです。
温泉旅館に到着すると、仲居さんが丁寧に部屋まで案内してくださいました。窓からは渓谷が見え、紅葉に彩られた山々が目の前に広がります。夕食は個室での会席料理です。美しく盛り付けられた料理の一つ一つに、職人の技が感じられます。
「美味しいねえ」
「こういう贅沢も、たまには必要よね」
二人で笑い合いながら、ゆっくりと食事を楽しみました。翌朝、露天風呂から見る朝日は絶景でした。山の端から登る太陽が、空を薄紅色に染めていきます。
「新しい一日の始まりね」
湯舟に浸かりながら、私は深く息を吸い込みました。これからの人生は、全て私たち自身のものです。
帰宅してから、私は陶芸教室に通い始めました。悦子さんが誘ってくれた教室です。ろくろを回しながら土をこねる感触が心地よい。何も考えずに作品作りに没頭する時間は、私に新しい喜びを与えてくれました。教室の仲間たちとも、すぐに打ち解けることができました。
「長谷川さんは、お孫さんいらっしゃるの?」ある日、仲間の一人が訪ねてきました。
「ええ、一人。可愛いですよ」
私は少し考えてから答えます。
「でも、今は会っていないんです」
「まあ、何かあったの?」
詳しくは話しませんでしたが、皆さんは理解してくださったようでした。
「家族のことは難しいわよね。でも、長谷川さんが幸せそうでよかったわ」
温かい言葉に、胸が熱くなります。不条理な扱いに我慢し続ける必要はないのです。親子であっても、尊重し合えない関係は健全ではありません。経済的虐待は、立派な虐待です。自分の尊厳を守ることは、決して冷たいことではありません。それは、自分を大切にするということなのです。
ある日の午後、私は書斎で日記を書いていました。この数ヶ月の出来事を、丁寧に記録していきます。明がお茶を運んできてくれました。
「由紀子、何を書いているんだ?」
「日記よ。忘れないように、全部書き留めているの」
「そうか」
明が、私の肩にそっと手を置きます。
「俺たち、これからどう生きていこうか」
「そうね。やりたいことは、たくさんあるわ。来年は二人で海外旅行に行きたいと思っています。ずっと憧れていた北欧の国々を訪れてみたい。オーロラを見て、美しい街並みを歩いてみたい」
「それから、ボランティア活動にも参加したいと考えています。社会福祉法人に遺産を寄付すると決めましたが、生きている今も、何か社会の役に立てることをしたい」
窓の外では、冬が近づいていることを告げる風が吹いています。でも、私の心は春のように温かく、希望に満ちていました。
人を大切にできない人に、大切にされる資格はありません。私たちは、もう自由です。これからの人生を、心から楽しもうと思います。



