「お母さん、また今月も役立たずだな。生活費だけもらって、何の役にも立たないんだから」…

「お母さん、また今月も役立たずだな。生活費だけもらって、何の役にも立たないんだから」...

朝食の席で、息子が投げかけた言葉に、私は手にしていた箸を止めました。

「また今月も役立たずだな」

牧子、68歳。5年前に夫を亡くし、息子夫婦と同居している私への、毎朝の挨拶です。

「本当にその通りですよ。生活費だけもらって、何の役にも立たないんですから」

隣で嫁の明里さんも、まるで当然のように同調します。二人の視線は冷たく、まるで私という存在が邪魔物であるかのようでした。

私は静かに箸を置き、二人の顔を見つめました。そして、なぜか自然と口元に微笑みが浮かんできたのです。

「そうですね。おっしゃる通りかもしれません」

穏やかにそう答えると、息子も嫁も一瞬、戸惑った表情を見せました。いつもなら悲しそうな顔をする私が、違っていたからでしょう。

私の心の中では、ある決意が固まりつつありました。もう、この理不尽な扱いに耐える必要はないのだと。そして、明日、全てが変わることを、二人はまだ知るよしもありませんでした。

思い返せば、5年前のことでした。最愛の夫を病気で亡くし、一人になった私を心配した息子の政志が、同居を提案してくれたのです。

「母さん、一人じゃ寂しいだろ。一緒に住もうよ。明里も賛成してくれてる」

あの時の優しい言葉に、私は心から感謝しました。息子夫婦の家に引っ越し、毎月15万円の生活費を渡すことで、新しい生活が始まりました。

最初の頃は、本当に幸せでした。明里さんも「お母さん、これからよろしくお願いします」と笑顔で迎えてくれました。孫の顔も近くで見られて、私は第二の人生を楽しんでいました。

しかし、いつからでしょうか。二人の態度が少しずつ変わり始めたのは。

「お母さん、その置き方じゃダメですけど」
「母さん、また同じ話。認知症じゃないよね」

小さな指摘から始まり、次第に私の存在そのものを否定するような言葉が増えていきました。私が作る料理はまずいと言われ、掃除をすればやり方が古いと批判される。何をしても役に立たないと言われるようになりました。

それでも私は、息子夫婦に迷惑をかけたくない一心で、黙って耐え続けてきたのです。しかし、その我慢ももう限界に近づいていました。

日を追うごとに、息子夫婦からの扱いはひどくなっていきました。

「お母さん、また物忘れですか?さっき言ったばかりでしょう」

明里さんの声には、明らかに軽蔑が込められていました。私は確かに一度も同じことを聞いていないのに、まるで認知症の老人扱いです。

「いいえ、初めて聞きましたが」
「またそうやって言い訳するんですね。認知症の人って、みんなそうらしいですよ」

政志も横から口を挟んできます。

「母さん、病院行った方がいいんじゃない?最近本当におかしいよ」

私が何か言おうとすると、二人は示し合わせたように話を変えてしまいます。まるで私の言葉には価値がないかのように。

料理を作れば、必ず文句を言われました。

「この味噌汁、また薄いですね。味覚もおかしくなってるんじゃないですか」
「母さんの料理、正直まずいんだよね。時代遅れっていうか」

せっかく心を込めて作った料理も、ほとんど手をつけられずに残されることが増えました。二人は私の目の前で、わざとらしくカップラーメンを食べ始めることもありました。

掃除や洗濯をしても、同じような扱いでした。

「お母さん、この洗濯物、生乾きの匂いがします。ちゃんと洗えてないんじゃないですか」
「だから言ったでしょう。母さんには任せられないって」

私がどんなに丁寧に家事をこなしても、必ず何か言い掛かりをつけられます。そして、最後は決まって「役立たず」という言葉で締めくくられるのです。

最も辛かったのは、孫との時間まで制限されるようになったことでした。

「おばあちゃん、一緒に遊ぼう」

5歳の孫が私に近寄ってくると、明里さんがすぐに引き離します。

「ダメよ。汚いから触っちゃダメ」
「汚いですか?」
「だってお母さん、最近お風呂もちゃんと入ってないでしょう。匂いますよ」

そんなことはありません。私は毎日きちんと入浴し、身だしなみにも気を配っています。でも、二人の前では私の言葉は何の意味も持ちませんでした。

「おばあちゃんは病気かもしれないから、あまり近づかない方がいいのよ」

孫に向かってそんなことを言う明里さんの姿に、私は言葉を失いました。夜、自分の部屋に戻ると、涙が止まりませんでした。こんな扱いを受けるために、私は何十年も一生懸命生きてきたのでしょうか。

ある日の夕食時、政志が急に言い出しました。

「母さん、そろそろ施設とか考えた方がいいんじゃない?」
「施設ですか?」
「だって、このままじゃお互いのためにならないでしょう。母さんも専門的なケアを受けた方がいいと思うんだ」

私はまだ68歳です。自分の身の回りのことは全て自分でできますし、病気もありません。それなのに、まるで要介護者のような扱いです。

「また始まった。自分は大丈夫だって言い張るんでしょう。でも現実は違うじゃないですか」
「お母さん、現実を見てください。もう昔のお母さんじゃないんです」

二人の言葉は、私の心に深い傷を残しました。私という人間の価値を、完全に否定されているような気がしました。

そして、つい先日のことです。私が庭でテレビを見ていると、政志が明里さんと電話で話している声が聞こえてきました。

「うん。お母さんのことなんだけど、正直もう限界だよ。金食い虫っていうか、ただのお荷物なんだ」

私は凍りつきました。息子の口から「金食い虫」「お荷物」という言葉が、胸に突き刺さります。

「生活費もらってるけど、それ以上に面倒なんだよ。早く出て行ってくれないかな」

その瞬間、私の中で何かが音を立てて崩れていきました。私は一体、何のためにここにいるのでしょうか。愛する息子と暮らせる幸せを夢見ていた私は、なんと愚かだったのでしょう。

その週末、息子の大学時代の友人家族が我が家を訪問することになりました。朝から明里さんは念入りに掃除をし、政志も普段とは違う様子でした。

「母さん、今日は大事なお客様が来るから、変なことしないでよ」

政志の言葉に、私は黙って頷きました。午後2時、チャイムが鳴り、友人家族が到着しました。政志の表情が一変したのは、その瞬間でした。

「やあ、久しぶり。よく来てくれたね」

満面の笑みを浮かべる息子。そして私を見ると、信じられない言葉が飛び出しました。

「こちら、僕の母です。本当に素晴らしい人で、いつも僕たち家族を支えてくれているんです」

私は自分の耳を疑いました。つい先日まで「金食い虫」「お荷物」とののしった息子が、まるで別人のように私を褒め称えています。

「お母様、初めまして。息子さんからいつもお話を伺っています。料理がとてもお上手だとか」

友人の奥様が笑顔で話しかけてきます。政志はすかさず答えました。

「そうなんです。母の作る料理は本当に美味しくて、毎日感謝しているんです」

明里さんも調子を合わせます。

「お母さんのおかげで、私も料理を教えていただいて。本当に頼りになる方なんです」

私は呆然としながらも、お客様の手前、笑顔で応じました。リビングでお茶を飲みながら、政志は私との「素晴らしい思い出」を次々と語り始めました。

「母には本当に感謝しています。僕が子供の頃から、いつも優しく見守ってくれて。教育熱心で、僕の勉強もよく見てくれました。今の僕があるのは母のおかげです」

聞いているうちに、私は悲しくなってきました。これは一体、誰の話をしているのでしょうか。

友人家族が帰る際、政志は玄関まで見送りに行きました。

「本当に素敵なお母様ですね。羨ましいです」
「ありがとう。僕は本当に恵まれているよ」

ドアが閉まり、友人たちの姿が見えなくなった瞬間、政志の表情は再び冷たいものに戻りました。

「疲れた」

リビングに戻ってきた政志は、私を睨みつけました。

「母さん、さっきお茶出すの遅かったよね。恥をかかせないでよ」
「でも、すぐに言い訳はいいから。また役立たずぶりを発揮して、恥をかかせるつもり?」

明里さんも囃し立てます。

「本当ですよ。せっかく良いところを見せようとしたのに、お母さんのせいで台無しです」

私はあまりのギャップに言葉を失いました。つい先ほどまで「素晴らしい母」と褒め称えていた息子が、今は「役立たず」とののしっているのです。

「あなたたち、さっきは何の話?」
「さっき?何の話?」

政志は、まるで何事もなかったかのような顔をしています。

「友達の前では良い息子を演じて、私の前では貶す。どういうこと?」
「何言ってるの?母さん。また妄想」
「そうですよ。お母さん。被害妄想も認知症の症状らしいですよ」

二人は顔を見合わせて、クスクスと笑い始めました。まるで私が精神的におかしくなったかのような扱いです。

その夜、私は自室で一人、深く考えました。息子は外面だけを取り繕い、家の中では私を人間扱いしていません。これは、もはや家族とは言えないのではないでしょうか。

でも、不思議なことに、絶望の中である記憶が蘇ってきたのです。それは、この家に関する、とても重要な事実でした。

夫が生前、こう言っていました。

「牧子、この家のことだけど、君との共有名義にしておいたからね」

そして私は、まだ正式な相続手続きを済ませていないことに気がついたのです。

私は静かに立ち上がり、クローゼットの奥から重要書類の入った箱を取り出しました。震える手で不動産の登記簿を確認します。確かに、土地も建物も、夫と私の共有名義になっていました。そして夫の死去により、その持ち分は法的に私が相続することになっているはずです。ただ、まだ正式な名義変更の手続きをしていませんでした。

つまり、この家の実質的な所有者は私なのね。

次に私は通帳を確認しました。夫が残してくれた預金、私の退職金、年金。全て合わせれば、一人で十分に暮らしていける金額がありました。

なぜ今まで気づかなかったのでしょう。いえ、気づいていても、息子を信じたかったのかもしれません。でも、もう違います。

私は机に向かい、必要な書類をリストアップし始めました。まず戸籍謄本。そして不動産の名義変更に必要な書類。さらにある特別な手続きのための書類も。明日、区役所と法務局に行きましょう。

私の中で計画が固まってきました。息子夫婦は私を「金食い虫」「お荷物」と呼びました。それなら、その通りにしてあげましょう。彼らの戸籍から、私という「お荷物」を取り除いてあげるのです。

「除籍」という手続きがあることを、私は知っていました。自分の意思で戸籍から抜けることができるのです。そして不動産の名義も、正式に私の単独名義に変更します。

夜中、私はそっと家の中を歩き回りました。この家は、夫と二人で選んだ思い出の場所でした。でも今は、息子夫婦に占領され、私の居場所はありません。

リビングを通りかかると、政志と明里さんがまだ起きていて、話し声が聞こえてきました。

「本当に、いつまであの人いるんだろうね」
「生活費もらってるけど、それ以上に鬱陶しいよ。早く施設とかにでも入ってくれないかな?」

私は静かに自室に戻りました。もう、何を言われても心は動きません。明日、全てが変わるのですから。

翌朝、私はいつもより早く起きて、鏡に映る自分の顔を見つめます。もう悲しそうな顔はしていません。そこには、決意に満ちた女性の顔がありました。

朝食の準備をしていると、政志が起きてきました。

「おはよう、母さん。今日も早いね」
「おはようございます」

私は淡々と返事をしました。政志は少し不思議そうな顔をしましたが、すぐにいつもの調子に戻りました。

「今日の味噌汁も薄そうだな。ちゃんと味見した?」
「はい。しました」
「まあ、期待はしてないけどね」

明里さんも起きてきて、同じように私を見下すような言葉を投げかけてきました。

「また今月も役立たずだな」
「本当、何の役にも立たないんだから」

でも、私の心は不思議なほど穏やかでした。

「今日は少し出かけてきます」

私が告げると、二人は顔を見合わせました。

「どこに行くの?また無駄遣い?」
「いえ、必要な手続きがありまして」
「手続き?何の?」
「それは、帰ってからお話しします」

私は微笑みながら、食器を片付け始めました。二人は訝しげな顔をしていましたが、それ以上は追求してきませんでした。

支度を整え、必要な書類をバッグに入れました。通帳、登記簿謄本、印鑑。全て揃っています。玄関で靴を履いていると、政志が声をかけてきました。

「母さん、本当にどこ行くの?」

私は振り返り、息子の顔を見つめました。かつて愛おしさを持った顔。でも今は、他人のように感じます。

「心配しないでください。夕方までには戻ります」

そう言って私は家を出ました。今日という日が、私の人生のターニングポイントになることを確信しながら。

翌朝、私はいつもと同じように朝食の支度をしました。ただ一つ違うのは、テーブルの上に置かれた茶封筒の存在でした。

政志と明里さんが起きてきて、いつものように席に着きました。

「おはようございます」

私の挨拶に、二人は適当に返事をしました。そして政志が、テーブルの上の封筒に気づきました。

「これ、何?」

「開けてご覧になってください」

私は穏やかに言いました。政志は怪しむような顔をしながら封筒を開け、中の書類を取り出しました。その瞬間、彼の顔色が変わりました。

「何、これ?除籍証明書?」
「はい。昨日、手続きをしてきました。私は正式に牧志家の戸籍から抜けました」

明里さんが慌てて書類を覗き込みます。

「え、どういうこと?お母さん、何したんですか?」
「あなた方がおっしゃった通りにしただけです。『お荷物』は、もう牧志家にはいません」

二人は顔を見合わせ、明らかに動揺していました。

「ちょっと待ってよ、母さん。勝手にこんなこと」
「勝手?私には自分の戸籍を管理する権利があります。それに、もう一つお見せしたいものがあります」

私は二枚目の書類を取り出しました。

「こちらは、この家の登記簿です。ご覧の通り、昨日付けで私の単独名義に変更されています」

政志の顔が青ざめていきました。

「な、何言ってるの?この家は…」
「この家は元々、あなたのお父さんと私の共有名義でした。お父さんが亡くなった時、その持ち分は法的に私が相続することになっていましたが、手続きをしていなかっただけです。昨日、正式に名義変更を完了させました」

明里さんが声を荒げました。

「そんな!私たちが住んでいるのに!」
「ええ、住んでいますね。私の家に」

私は冷静に答えました。

「つまり、あなた方はこれまでずっと、私の家に居候している状態だったのです。そして、私はあなた方にこの家から出て行っていただきたいと思っています」
「出て行け?冗談でしょう!」

政志が立ち上がりました。

「母さん、何考えてるの?僕たちは家族でしょう?」
「家族?」

私は静かに微笑みました。

「あなたは私のことを『金食い虫』と呼びましたね。そして『早く出て行ってくれないかな』とも」

政志の顔が固まりました。

「そ、それは聞き間違いでしょう」
「いいえ、はっきりと聞きました。それに、毎日のように『役立たず』と言われてきました。そんな私が、なぜあなた方の家族でいる必要があるのでしょうか?」

明里さんが必死になって言いました。

「お母さん、それは言葉のあやで…あ、私たちは本当は感謝してるんです!」
「感謝?」

私は首をかしげました。

「では、なぜ私の料理を『まずい』と言って残すのですか?なぜ私を『汚い』と言って、孫から遠ざけるのですか?」

二人は言葉に詰まりました。

「でも、生活費もらってたじゃないか!」

政志が苦し紛れに言いました。

「生活費?私が毎月15万円を渡していたことですか?」

私は呆れたように言いました。

「あなた方は私からお金を受け取りながら、私を『金食い虫』と呼んだのですよ。どちらが本当の『金食い虫』でしょうね」
「それは、必要経費だったんだ!」
「必要経費?では計算してみましょう。この家の家賃相場は月に10万円以上です。さらに、私は5年間毎日家事をしてきました。家政婦を雇えば、月30万円はかかるでしょう。私が払っていた月15万円では、到底足りません。つまり、あなた方の方が私に依存していたということです」
「そんな、屁理屈だ!」
「屁理屈ではありません。事実です。そして、もう一つ事実をお伝えします。出て行っていただく期限は、1ヶ月後です。法的には、それで十分な猶予期間です」

明里さんが泣き始めました。

「お母さん、お願いです!私たちには行くところがないんです!」
「あら、そうですか。でも、それは私の知ったことではありません。他人の心配をする必要はないと、あなた方が教えてくれましたから」

政志が必死に訴えました。

「母さん、僕が悪かった!謝るから、考え直してくれ!」
「謝る?今更ですか?」

私は立ち上がり、二人を見下ろしました。

「あなた方は5年間、私の尊厳を踏みにじり続けました。私を人として扱わず、ただの『役立たず』として見下してきました。毎月15万円も受け取りながらです。そして今、困った時だけ『家族』というのですか?」
「お願いだ、母さん!何でもするから!」

政志が土下座をしようとしました。

「やめてください。見苦しいです」

私は冷たく言いました。

「それに、もう遅いのです。私は昨日、新しいマンションの契約もしてきました。来月から、そこで一人暮らしを始めます」
「新しいマンション?お金は…」
「お金の心配はありません。あなたのお父さんが残してくれた財産と、私の退職金、年金で十分です。むしろ、あなた方に毎月15万円も渡していたことが、無駄遣いだったと気づきました」
「そんな!今まで生活できてたのは、その15万円があったからなのに!」

政志が叫びました。

「その通りです。私のお金に依存していたのは、あなた方の方だったのですね。『金食い虫』というのは、まさにあなた方のことでした」

二人は完全に打ちのめされた様子でした。

「最後に一つ、アドバイスをしましょう」

私は玄関に向かいながら言いました。

「人を見下し、蔑むことの代償は、いつか必ず払うことになります。お金を受け取りながら、その相手を『役立たず』とののしることの愚かさを、これから身を持って学ぶことになるでしょう」
「母さん、待って!」

政志の叫び声を背に、私は家を出ました。もう、振り返ることはありません。

1ヶ月後、私は新しいマンションのベランダで、朝のコーヒーを楽しんでいました。都心から少し離れた静かな住宅街。1LDKのコンパクトな空間ですが、私一人には十分すぎる広さです。

引っ越しから2週間が経ち、新しい生活にも慣れてきました。誰にも文句を言われることなく、自分のペースで暮らせる日々。これほど穏やかな気持ちになれたのは、いつ以来でしょうか。

スマートフォンが鳴りました。政志からの着信です。この1ヶ月で、もう50回以上は電話がかかってきています。最初は無視していましたが、あまりにしつこいので、今回は出てみることにしました。

「もしもし」
「母さん!やっと出てくれた!お願いだから、一度会って話そう!」

政志の声は、以前の傲慢さは消え、必死さだけが伝わってきました。

「何かご用ですか?」
「ご用って…母さん、水臭いよ。僕たち、本当に困ってるんだ」
「そうですか。でも、私には関係ありませんね」
「関係ないって…母さんは僕の母親でしょう?」

私は静かに笑いました。

「いいえ、違います。除籍しましたから。私はもう、あなたの母親ではありません。あなたが望んだ通り、『お荷物』は消えたのです」
「それは…僕が悪かった!本当に反省してるんだ!」
「反省?では聞きますが、何を反省しているのですか?」

政志は言葉に詰まりました。

「それは…母さんを大切にしなかったこと…」
「違いますね。あなたが反省しているのは、家を失い、生活に困ったことでしょう。もし今でも家があったら、あなたは反省などしていないはずです」

沈黙が流れました。

「母さん…お金を貸して欲しいんだ。アパートの敷金が払えなくて…」

ついに本音が出ました。

「お金ですか?『金食い虫』の私に、お金を借りたいと?」
「あれは…本当にごめん…」

「政志さん、一つ教えてあげましょう。私は今、とても幸せです。毎日好きな時間に起きて、好きなものを食べ、趣味の陶芸教室にも通い始めました。新しい友人もできました。あなた方といた時より、ずっと充実した日々を送っています」

「母さん…」
「ですから、もう連絡しないでください。お互いのためです」

電話を切った後、私は深呼吸をしました。もう、過去に縛られることはありません。

今日は、近所のカルチャーセンターに向かいました。陶芸教室の日です。

「牧子さん、こんにちは!」

同年代の女性たちが、笑顔で迎えてくれました。ここでは、誰も私を「役立たず」とは呼びません。みんな、一人の人間として私を尊重してくれます。

「今日は花瓶を作ってみようと思うんです」
「素敵!牧子さんのセンス、本当に素晴らしいわよ」

褒められて、私は照れました。息子夫婦といた5年間、一度も褒められたことはありませんでした。

陶芸の後は、みんなでお茶をしました。

「秋子さん、来月の発表会、出品されるんでしょう?」
「ええ、初めてなので緊張しますが…」
「大丈夫よ。牧子さんの作品、本当に味があって素敵なんだもの」

こんな温かい会話が、今の私の日常です。

帰り道、スーパーに寄りました。今夜は大好きな魚の煮付けを作ろうと思います。レジで「まずい」と言われ続けた料理ですが、私は自分の料理が好きです。

レジで並んでいると、後ろから声をかけられました。

「あの…牧子さん?」

振り返ると、明里さんが立っていました。以前のような派手な服装ではなく、くたびれた様子でした。

「あら…お母さん。いえ、牧子さん。お久しぶりです」

明里さんは罰が悪そうに俯きました。

「買い物ですか?」
「はい…あの…」

明里さんは言いづらそうにしていましたが、やがて口を開きました。

「お母さんに謝りたくて…。本当に、ひどいことをしました…」
「謝罪は結構です」

私は冷静に答えました。

「でも!本当に後悔してるんです!お母さんがいなくなって、初めて分かりました。私たちがどれだけお母さんに頼っていたか…」
「それは、良い勉強になりましたね」

明里さんの目に涙が浮かびました。

「今、パートを3つ掛け持ちしてます。政志も残業ばかりで…それでも生活はギリギリで…」
「大変ですね。でも、自立するということは、そういうことです」

明里さんは、複雑な表情を浮かべました。

「…お母さんは、幸せですか?」

その問いに、私は微笑みました。

「ええ、とても。生まれ変わったような気分です」

明里さんは、もう何も言えずに、去っていきました。

自宅に戻り、ゆっくりと夕食を作りました。自分のペースで、自分の好きなように。テレビを見ながら、一人でゆっくりと食事を楽しみました。

食後、日記を書きました。これも新しく始めた習慣です。

「今日もまた、穏やかな一日だった。人はいくつになっても、新しい人生を始められる。68歳で得た自由は、何者にも代えがたい宝物だ。あの苦しかった5年間も、今思えば必要な経験だったのかもしれない。理不尽に屈せず、自分の尊厳を守る勇気を持てたのだから」

ペンを置いて、窓の外を眺めました。都会の夜景が、キラキラと輝いています。

思えば、人生の後半戦でこんなに大きな決断をするとは思ってもいませんでした。でも、後悔は一つもありません。

理不尽な扱いを受けている人は、世の中にたくさんいるでしょう。特に高齢者に対する偏見や差別は、根深いものがあります。でも、だからと言って黙って耐える必要はないのです。正当な権利を主張すること、自分の尊厳を守ることは、決して悪いことではありません。むしろ、必要なことなのです。

家族だからと言って、理不尽を受け入れる必要はありません。愛情と支配は違います。本当の家族とは、お互いを一人の人間として認め合い、支え合う関係のはずです。

68歳で手に入れた自由と尊厳。これからの人生を、私は誰にも遠慮することなく、堂々と生きていきます。

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