その時、私は42歳になるまで、自分が家族のためにどれほど多くのものを犠牲にしてきたかを、まさか自分の耳で聞くことになるとは思っていなかった。新幹線の中で出会った見知らぬ老女の言葉が、すべての始まりだった。
「あんた、このまま実家に帰ったら、家を失うわよ。それだけじゃない――自分の居場所も、これまでの人生さえもね」
窓の外を流れる故郷の風景を、私はただ呆然と眺めていた。父の喜寿の祝いに向かうはずだった帰路。その言葉が、まるで氷のように私の心を凍りつかせた
「何をおっしゃっているんですか……私はただ、父のお祝いに帰るだけです」
震える声でそう返すと、老女は深い、悲しげなため息をついた。
「信じるか信じないかは、あんた次第よ。でも、玄関を開ける前に、家の中から聞こえてくる声に、よく耳を済ませなさい。そこには、あんたが知る家族はもういないわよ」
私はその言葉を、ただの老婆の戯れ言だと片付けようとした。しかし、彼女の濁りのない鋭い瞳は、私の心の奥底を見透かしているかのようで、背筋に冷たいものが走った
私は佐藤霊子。都内の広告代理店で必死に働き、ようやく部長という役職を掴み取った独身の女だ。仕事が楽しかったし、いつか定年を迎えたら、生まれ育ったあの大きな実家で、両親と一緒に穏やかに暮らすのが夢だった。
そのために、毎月欠かさず実家に仕送りをし、古くなった屋根の修理代も、母の入院費も、全て私が負担してきた。実家は私の心の拠り所であり、私が守るべき聖域であり続けた
「次は名古屋、名古屋です」
車内アナウンスが響く中、私は隣の老女を盗み見たが、彼女はもう何も語らず、目を閉じて静かに座っていた。その姿は、どこか崇高であり、同時に不気味でもあった
スマホが震える。弟の嫁、江里からのLINEだった
「お姉さん、お気をつけて!! みんなで首を長くして待っていますね!! お父さんもお母さんも、小岸さんの大事なお話を楽しみにしていますから」
大事なお話……?私から話すことなんて、父へのお祝いの言葉以外に何もないはずなのに。その言葉に、私は強烈な違和感を覚えた
新幹線がホームに滑り込むと、私は逃げるように席を立ち、荷物を手に取った。なぜか気になって老女に声をかけようとしたが、彼女は目を開けることなく、ただ一言だけつぶやいた
「逃げるなら、今よ」
私はその言葉を振り切るように、足早に列車を降りた
実家の門の前に立った時刻は夕暮れだった。西日に照らされた家は、いつもと変わらぬ佇まいに見えた。しかし、玄関に手をかけようとした瞬間、中から楽しげな笑い声が聞こえてきた――私が今まで聞いたことのない、下品で、逞しい笑い声だった
私は老女の言葉を思い出し、止まらない手の震えを抑えながら、そっと耳を扉に寄せた。そこで買われていた会話の内容は、私の人生を根底から破壊するに十分なものだった
「小岸さん、もうすぐ着く頃かしら」「ああ、楽しみ!! あのATMが、今日で最後の大仕事を果たしてくれると思うと、笑いが止まらないわ」
高く鈴を転がすような声――それは間違いなく、義妹の江里の声だった。いつも私の前では「小岸さん、お仕事大変ですよね!!

憧れちゃいます」とすり寄るような態度を見せていた彼女の口から出た「ATM」という言葉が、鋭い刃となって私の胸を突き刺す
「えりさん、あまり大きな声で言うなよ。俺たちの話を、あの娘が外で聞いていたらどうするんだ? 」
次に聞こえたのは、弟の健二の声だった。なめるような口調だが、そこには私を敬う気持ちなど微塵も感じられない。むしろ、面倒な作業を片付けるような、乾いた響きがある
「大丈夫よ、健二さん!! あの人はお人好しだから、私たちがちょっと困った顔をすれば、すぐに擦り寄ってくるわよねえ!! お父様も、そう思うでしょう?
」
江里の問いかけに、私は耳を疑った。父なら、きっと江里を窘めてくれるはず――曲がったことが大嫌いだった、私の父なら
しかし、帰ってきたのは、聞き慣れた父の穏やかな、しかしどこか含みのある笑い声だった
「まあ……そうだな」「あの子は小さい頃から責任感が強かった」「自分がこの家を支えなきゃいけないと思い込んでいる」「そこをうまく突けば、実家の名義変更も、貯金の管理権も、すんなりは足すだろう」
膝の力が抜けそうになった。父の喜寿の祝い……そのために、私は仕事の合間を縫って高級な日本酒を買い込み、母が欲しがっていたブランド物のストールを鞄に詰めて、新幹線に飛び乗ったのだ
それだけではない。私は都内でどれだけ過酷な労働に耐えてきたか、両親は知っているはずだ。20代の頃、会社が倒産の危機に瀕した時も、私は実家への仕送りを一度も欠かさなかった。30代になり、健二が起業すると言い出して多額の借金を作った時、その肩代わりをしたのも私だ。5年前、実家の屋根が台風で壊れた時も、300万という修理代を二つ返事で振り込んだ。母が膝が痛いと言えば、高価なサプリメントやマッサージ機を送り、年に一度は温泉旅行をプレゼントしてきた
全ては、この家を、この家族を愛していたから。私が独身でいることも、両親は「あの子の自由でいいんだよ」と言ってくれていた。私はその言葉を、キャリアを積む娘を誇りに思ってくれているのだと解釈していた
だが、実態は違ったのだ
「でもお父さん、本当にいいの? あの子、この家を将来の自分の居場所だと思ってるみたいだけど……」
母の声だ。少しだけ、私のことを心配してくれているのだろうか――淡い期待を抱いたのも束の間、母の言葉はさらに残酷なものへと続いた
「この家を売って、健二さん夫婦と一緒にマンションに住むなんて……あの子の荷物、全部処分しなきゃいけないんでしょう。あの子、まだ自分の部屋に思い出の品をたくさん置いてるのに……」
「お母様、それは仕方のないことですよ!! これからは、若者の時代なんです!! 小岸さんは、一人で生きていく力があるんだから、おいた親の面倒は健二さんたちに任せて、身軽になればいいんです!!
そのための引退ですよ!! 」
江里の言葉は、まるで私がもう不要な廃棄物であるかのようだった
「そうだな」「あの子にはもう、十分に尽くしてもらった」「だが、これからは健二に跡を継がせ、孫の顔も見たい」「あの広いだけの古い家を維持するより、利便性のいい駅前のマンションに買い換える方が、我々にとっても賢い選択だ」「あの子には、もう家の心配はしなくていいから、自分のために金を使いなさいとでも言っておけば、喜んで権利を譲るだろう」
「うふふ」「お父様ってば、冷静ねえ」「小岸さん、自分が家族のためにいいことをしたって満足しながら、家を追い出されるなんて……最高に幸せな結末じゃない!! 」
家の中から、三人の笑い声が重なる。私は自分が今、どんな表情をしているのか分からなかった。怒り、悲しみ、それとも絶望……いいえ、それら全てが混ざり合い、一周回って、頭の中が真っ白になっていた
新幹線で出会った、あの不思議な老女の言葉が蘇える――「玄関を開ける前に、家の中から聞こえてくる声に、よく耳を済ませなさい」「そこには、あんたが知る家族はもういないわよ」彼女は、全てを知っていたというのか
私は手に持っていた神袋を、強く握り締めた――中には、父のために用意した特選の日本酒が入っている。それをこの地面に叩きつけて、そのまま立ち去ってしまおうか……だが、私の足は一歩も動かなかった
20年以上、私が血のにむような思いで稼いだ金が、この家を支え、この三人の贅沢な暮らしを支えてきたのだ。健二が乗っている会社も、江里が持っているブランドバッグも、父が毎日楽しんでいる趣味のゴルフも、全て私の犠牲の上に成り立っている……それを感謝するどころか、「ATM」と呼び、使い古した道具のように捨て去ろうとしている
――ふざけないで。
心の奥底で、何かがプツリと切れる音がした
私は震える手でスマホを取り出した。画面には、先ほど江里から届いた「小岸さんの大事なお話を楽しみにしています」というメッセージが残っている
大事なお話……ええ、そうね……たっぷり話してあげるわ
私は冷たい笑みを浮かべた。自分でも驚くほど、声が低く冷たく響く
――このまま黙って家に入り、彼らの描いた筋書き通りに踊ってやるつもりなんて、まっぴらごめんだ。彼らが私を騙そうとしているのなら、私はその上を行く。彼らが私の財産を狙っているのなら、私は彼らから全てを奪い取ってやる
私は一度、深く呼吸をし、乱れた髪を整えた――そして、努めて明るく、いつもの優しいお姉さんの声を演じることにした
「ただいま~!! 遅くなっちゃってごめんね!!
」
私は勢いよく玄関の扉を開けた。中から聞こえていた笑い声が、ぴたりと止まるっきり廊下の先にあるリビングから、三人が顔を出した……そこには、今し方渡しを地獄へ突き落とす相談をしていたとは思えないような、満面の笑顔を浮かべた家族の姿があった
「お姉さん!! お待ちしてました!! 」
江里が駆け寄ってくるっきりその瞳の奥にある、強欲な光を、今の私ははっきりと捉えていた
「おお、あの子!! よく帰ってきたな!!
」
父が、自慢の娘を見るような微笑みを向けるっきりその仮面の下にある本心を、私はもう見逃さない
私は心の中で、新幹線の老女に感謝した枢もし彼女の警告がなければ、私はこの笑顔の裏に隠された毒に気づかず、自ら破滅の契約書に判を押していただろう
「お父さん、こきおめでとう!! 今日は、最高のお祝いにしましょうね!! 」
私はバッグの中に隠した、ある書類の感触を確かめた……それは、今回の帰省に合わせて、万が一のために用意していたものだった。まさか本当に使うことになるとは思わなかったけれど
嵐の前の静けさ――実家のリビングは、偽りのぬくもりに包まれていたっきりだが、そのぬくもりは、数分後には肌を刺すような絶望へと変わることになる
リビングに入ると、そこには豪華な弁当と、高そうなシャンパングラスが並んでいたっきり私が毎月届けている仕送りが、こうした贅沢な食卓に姿を変えているっきりこれまでは「両親が楽しんでくれているなら」と微笑ましく思っていた光景が、今はひどく国形で、屈悪なものに見えた
「小岸さん、どうぞこちらへ!! 今日はお疲れでしょうから、座っていてくださいね!!
私が全部やりますから!! 」
江里が、過剰なくらい親切に私のバッグを受け取り、上着を預かろうとするっきりその手つきは驚くほど軽やかで、まるで獲物を油断させる捕食者のようだ
「ありがとう、えりさん……でも大丈夫よ、自分の荷物は自分で管理するわ、大事なものが入っているから」
私はあえて微に細に、バッグを自分の膝の上に置いたっきり江里の一瞬、不満げに歪んだ眉を見逃さなかった
「あら、そうなんですか……もしかして、お父様へのプレゼントかしら? 楽しみだわ!! 」
「ええ、父さんにはに本し、母さんにはストール……それから、家族全員に関わる、特別なものも持ってきたわ」
私の言葉に、健二と父が顔を見合わせたっきり彼らの瞳に、計画通りだという安堵の色が浮かぶ
「特別なものか……なんだか、改まっているな」「まあまずは、飲もうじゃないか」「お前の、完暦じゃなかった……お父さんのをししてな」
健二が、わざとらしく言い間違えるっきり「完暦」なんて、小岸さんにはまだ早いですよ。健二さんでも42歳でしたっけ?
世間的に言えば、もうベテランの域というか……女性としての華やかさより、疲れが目立つお年頃ですもんね」
江里が、クスクスと笑いながらシャンパンを注ぐっきりそれは、明らかな侮辱だったっきり独身で働き続けてきた――女としての価値が落ちた、と回しに言っているのだ
以前の私なら「もう、ひどいわね」と苦笑いして流していただろうっきりだが、今の私は、グラスの中の泡を見つめたまま、一言も発しなかった
沈黙っきりリビングに一瞬、気まずい空気が流れるっきり私の反応がいつもと違うことに、健二が少し焦ったような顔をした
「わ、わ、江里も冗談が過ぎるぞ!! あの子はバリバリのキャリアウーマンなんだから、その辺の事情は俺たちとは格が違うんだよな!! 父さん!! 」
「ああ、そうだな」「あの子の稼ぎには、いつも感謝しているよ」「おかげで、この家も守ってこられた」「だがな、あの子……お前も、もう若くない」「そろそろ、肩の荷を下ろしてもいいんじゃないかと思ってな」
父が切り出したっきりいよいよ本題に入るつもりらしいっきり母は隣で申し訳なさそうな顔をしながらも、決して父を止めようとはしなかったっきり母もまた、この追放計画の共犯者なのだ
「……肩の荷を下ろす……それは、どういう意味かしら、お父さん」
私はとぼけて聞き返した
「言葉通りの意味だよ」「お前はこれまで、この家のために本当に、よくやってくれた」「仕送りも、家の修繕もな」「だが、お前は東京で一人暮らし、将来この広い実家を管理していくのは、大変だろう」「だから、今のうちにこの家の名を健二に変更して、管理を全て任せたらどうだという話だ」
「名義変更!!
そうそう!! 小木さん、安心して!! 私たちが、お父様とお母様の面倒を最後までしっかり見るわ!! 小岸さんは、自分の老後のことだけ考えていればいいのよ!!
一人だと、病気になった時とか、怖いでしょう? 私たちが帰る場所を作っておいてあげるから!! その代わり、この家を担保に――ああいえ、この家をベースにして、新しい生活を始めようって言ってるのよ!! 」
江里が、興奮気味に身を乗り出すっきり彼女の口から出かけた「担保」という言葉――やはり、健二の新しい事業か、あるいは自分たちの贅沢なマンション購入のために、この土地と建物を売るか抵当に入れるつもりなのだろう
私はゆっくりと、冷めたお茶を口に含んだっきりそして、わざと視線を落とし、力のない声を絞り出した
「……つまり、私はもう、この家に私の居場所はないってことですね……」
「そんな寂しいこと、言わないでくださいよ!!
遊びに来るのは自由ですから!! ただ、荷物とかはねえ……やっぱり邪魔になっちゃうし、今のうちに処分してもらえると、助かるかなって」
江里の言葉は、もはや隠しきれない刃となって、私に降り注ぐっきり健二も追撃するっきり
「あの子、お前は賢いんだから、分かるだろう」「これが家族全員にとって、一番いい方法なんだ」「お前は自由になれるっきり俺たちは親を支えられるっきりウィン、ウィンじゃないか」「さあ、今日はな、書類を用意してあるんだ」「お前の実員、持ってきたんだろう? 」
健二が鞄から、一枚の書類を取り出したっきり――不動産余計役所――そこには、私の承諾を得る前だというのに、すでに受蔵者として佐藤健二の名前が、増与者として佐藤あの子の名前が印字されていたっきりあまりの用意の良さに、吐き気がしたっきり彼らにとって、私は愛する娘でも、尊敬する姉でもないっきりただの、財産を引き出すための機関車が、済めばメンテナンス代がかかる前に捨て去るべき素題も見なのだ
私は書類をじっと見つめたっきり手が小刻みに震えているっきりそれは恐怖からではないっきり――抑えきれない怒りと、そしてこれからこの恩知らずの連中を真っ逆さまに叩き潰すという決意による、武者震いだった
「……この書類に、判を押せばいいのね」
私が消え入りそうな声で言うと、リビングの三人の顔が、パーッと輝いたっきりその瞬間を待っていたと言わんばかりに、江里がシャーペンを私の目の前に差し出すっきり
「はい!! 小岸さん、どうぞ!!
これで、みんな幸せになれるわ!! 」
私はシャーペンではなく、バックの中から一本のペンを取り出したっきりそして、契約書の余白に一言を書き込もうとした、その時っきり
「あ、そうだ」「書く前に、一つ聞かせて」
私は顔を上げ、霊鉄な瞳で父を見つめた
「お父さん、この家、本当に健二に譲っていいのね? 私がこれまで払ってきた固定資産税、修繕費、そしてお父さんたちが遊ぶためのお金……それら全てを捨てて、私は他人になれってことよね」
父は一瞬、たじろいだように見えたが、すぐに江里に促されて頷いたっきり
「……ああ、それが、佐藤家の将来のためだ」
「分かったわ」
私はペンを走らせたっきり――だが、それは署名欄ではなかったっきり
「ちょっと、小岸さん!! 何、書いてるのよ!!
」
江里が、悲鳴のような声をあげるっきり私が書いたのは、契約を承諾するどころか、彼らを奈落の底へ突き落とす、真実への戦々布告だったっきり
「ええ、あの子、なんだよ、これ!! 」
健二が、書類を奪い取るようにして覗き込むっきりそこには、大きな文字でこう書かれていたっきり
**『この家は、すでに私の所有物ではないわよ』**
三人の時が、止まったっきり
「どういうことだ!? 」
父の声が震えるっきり私は背筋を伸ばし、新幹線の老女が教えてくれた本当の覚悟――を、胸に静かに笑ったっきり
「お父さん、忘れたの? 5年前の、あの大型台風の時を」「屋根が壊れて、300万必要だって言ったわよね」「あの時、私はお金を出す代わりに、ある条件を出したはずよ」
三人の顔から、見る見るうちに血の気が引いていくっきり本当の地獄は、ここから始まるのだっきり
「私の所有物ではない……あの子、お前、何を言っているんだ!?
この家は先祖代々、佐藤家が守ってきた土地だろう!! お前が勝手に、どうこうできるはずがないじゃないか!! 」
父の声が、怒りで震えていたっきり先ほどまでの穏やかな自慢の娘の仮面は、どこかへ消え去っているっきり健二も、奪い取った書類を丸めるようにして、私を睨みつけたっきり
「姉貴、ふざけるなよ!! 5年前、俺が事業に失敗して借金を作った時、姉貴が肩代わりしてくれたじゃないか!!
あの時、家を担保に入れるのを防ぐために、姉貴の名義に変えたんだろう!! だから、今それを俺の名義に戻せって言ってるんだ!! それが、家族の筋ってものだろう!! 」
健二の言い分は、あまりにも勝手だったっきり5年前、健二は知人の保証人になり、1000万近い借金を背負ったっきりその時、実家は差し押さえの寸前だったのだっきり両親は泣きながら、私にすがりついたっきり「あの子、この家を、先祖代々の土地を守ってくれ」「お前しか、頼れるものはいないんだ」
私は、自分の将来のためにコツコツと貯めていた貯金を全て切り崩し、足りない分はさらに老音を組んで、実家を救ったっきりその際、二度と健二がこの家を担保にできないよう、法的な手続きを経て名義を私に移したのだっきり
私は、怒鳴り散らす彼らを冷やかな目で見つめ、ゆっくりと口を開いたっきり
「健二、あなたは勘違いしているわ」「私はあの時、この家を買ったのよ」「あなたたちの借金を清算する代わりに、私が買い取った」「でもね、私は自分一人でこの家を所有し続けるつもりはなかった」「また、誰かに狙われるのが分かっていたから」「5年前、私はこの家を、ある管理信託会社に売却したの」「正確には、リースバックという形を取ったわ」「私は売却益であなたの借金を返し、その後は私が毎月、この家に住むための家賃をその会社に払い続けてきた」「つまり、この家はもう佐藤家の持ち物でも、私の持ち物でもない、歴とした外部企業の所有物なのよ」
静まり返るリビングに、私の言葉だけが冷たく響いたっきり父は顔面蒼白になり、母はガタガタと震え出したっきりそして、それまで黙って成り行きを見守っていた江里が、突然狂ったように笑い出したっきり
「あはははは!!
リースバック!! 家賃!! 小岸さん、正気なの!? 先祖代々の家を、他人に売り飛ばしたって言うの!?
自分の家族を裏切って、よくそんな涼しい顔ができるわね!! 」
江里の目が、蛇のように細くなるっきり彼女は一歩、私に歩み寄ると、吐き捨てるように言ったっきり
「結局、あんたは嫉妬してるのよ!! 自分は仕事ばかりで婚期を逃し、誰にも愛されず、子供も産めず、ただ老いていくだけの女っきりだから、幸せな私たち家族を壊そうとしているんでしょう!! 見にくいわね!!
どれだけ着飾っても、中身は空っぽの孤独な生き物じゃない!! 」
その言葉は、刃物よりも鋭く、私の尊厳を切り刻もうとしていたっきり独身、子供がいない、孤独……世間の価値観で私を縛りつけ、貶しめることで、優位に立とうとしているっきり健二も、江里の言葉に同調するように、卑怯な笑みを浮かべたっきり
「そうか……そうだよな!! あの子、お前は自分が惨めだから、俺たちからこの家を奪ったんだな!! 自分の金で親を養っているっていう優越感に浸りたかっただけなんだなあ!!
父さん、母さん、こいつは家族じゃない!! 家族の形をした害虫だ!! 金を出す代わりに、俺たちの自由を奪ってきたんだよ!! 」
「霊子!!
お前、本当にそんな恐ろしいことをしていたのか……父の視線には、明らかな嫌悪が混じっていたっきり「私が育てた娘が、まさか親を騙して家を売るような人間だったとはな……」情けない……人の心というものがないのか!? 」
三人の罵詈雑言が、私に降り注ぐっきり――ATMとして利用し尽くし、不要になれば、人手無しで捨てるっきりこれが、私が命がけで守ろうとした家族の体だった
私は沈黙したっきり何を言っても、彼らの耳には届かないっきり彼らにとっての真実は、自分たちが被害者だということ、それだけなのだからっきり私はただ、無表情で彼らを見つめ返したっきりその瞳に宿る霊鉄な光に、江里がわずかに怯んだっきり
「な、何よ!! その目は!! 黙ってればいいと思ってるの!?
大体、あんたが払ってる家賃だって、元をたどれば私たちの犠牲の上に成り立ってるんじゃない!! あんたが独身でいられたのは、実家の心配をせずに済んだからでしょう!! なのに自分だけ被害者面して、本当に吐き気がするわ!! 」
江里はテーブルの上にあったシャンパングラスを掴むと、中身を私に向けてぶち掛けたっきり冷たい液体が、私の髪を伝い、お気に入りのスーツを汚していくっきり
「小岸さん、これが最後通告よ!!
今すぐその信託会社とかいう、うさんくさいところから家を買い戻しなさい!! そして、健二さんに無償で譲りなさい!! それが、これまで私たちを裏切り、心配させたことへの、せめてもの詫び証だろう!! 」
私は、顔にかかったシャンパンを拭うこともしなかったっきりただ静かに目を閉じ、深く息を吐いたっきり頭の片隅で、新幹線のあの老女の声がリフレインしていたっきり
――逃げるなら、今よ。
いいえ、おばあさん、私は逃げないわっきり彼らが私をここまで侮辱し、どん底まで追い詰めようとするのなら、私は徹底的に、彼らが二度と這い上がれない場所まで突き落としてやるっきり
私はゆっくりと目を開けたっきりそこにはもう、優しい姉も、物分かりの良い娘も存在しなかったっきり
「……言い残したことは、それだけかしら」
私の声は、驚くほど澄んでいたっきりあまりの静けさに、健二たちが一瞬言葉を失うっきり
「つ、づぐいねえ……!!
」
「面白い言葉を使うわね、えりさん」「でも、残念だけど、その必要はないわ」「だって、あなたたちがこれから直面するのは、私への詫びどころか、自分たちの生存すら危うくなるほどの現実なんだから」
私は濡れた顔を、手の甲で拭きながら、バックの中からもう一枚、別の書類を取り出したっきり――それは、彼らが夢にも思わなかった、衝撃の事実を記した通知書だったっきり
「健二、えりさん、あなたたちがこの家を売ってマンションを買う計画を立てていたことは、知っているわ」「でも、そのためには、あることを済ませておかなきゃいけなかったの」「それを怠ったあなたたちに、この家を去る権利すら残されていないことを、今から教えてあげる」
私は書類を、テーブルに叩きつけたっきりその表紙に――江里が持っていたグラスが床に落ち、こなごなに割れちったっきりその音は、佐藤家の崩壊を告げる、詔法の鐘のようだったっきり
「な、なんだよ、これ!! 」
健二が震える手で、私がテーブルに叩きつけた書類を手に取ったっきり――それは、信託会社からの、賃貸借契約解除予告通知状だったっきり
「か、かじ……どういうことだ、あの子!! お前、家賃を払っていなかったのか!? 」
父が身を乗り出し、私を問い詰めるっきり私はわざと弱々しく、ソファーに深く腰を下ろしたっきり濡れたスーツが肌に張り付いて冷たいが、今はそれすらも、自分の演技の一部のように感じられたっきり
「払えなかったのよ……先月から、会社で私の立場が危うくなって、部下のミスを押し付けられて、研究処分を受けたわ」「もう、毎月20万円近いこの家の維持費や家賃を、私一人の給料で支えるのは、限界なの」
――嘘だっきり実際には、私は先月さらに昇進し、年収は2000万円の王題に乗ったっきり会社での信頼も厚いっきりだが、彼らに金がないと思わせる――それが、彼らの本性をさらに引き出すための罠だったっきり
「はあ!?
何よそれ!! ふざけないでよ!! 」
江里が、金切り声をあげたっきり
「あんた、部長なんでしょ!? 報告代理店でバリバリ稼いでるんじゃないの!?
高が月20万くらい……あんたの贅沢を少し削れば、払えるじゃない!! 私たちの生活は、どうなるのよ!! 来月には、この家を担保にして、健二さんの新しい事務所を借りる契約があるのよ!! 」
江里の口から、ついに本音が漏れたっきり――やはり、彼らはこの家を私から奪うだけでなく、すでに勝手に次の使い道を決めていたのだっきり
「小岸さん!!
責任取りなさいよ!! あんたが勝手にリースバックなんて契約したせいで、この家は私たちの自由にならない!! その上、家賃も払えないなんて、ただの無能じゃない!! 仕事しか取り柄がないと思ってたけど、その仕事すら満足にできないなんて……本当に、生きてる価値あるの?
」
江里の侮辱は、もはや人としての域を超えていたっきり彼女は私の髪を掴もうと手を伸ばしたが、私はそれを静かにかわしたっきり
「健二、あなたもそう思うの? 」「私はこれまで、あなたのために1000万円以上の借金を返してきた」「お父さんたちの生活費も、一円も欠かさず出してきた」「それなのに、一度お金が払えなくなっただけで、私は無能で、価値がない人間なの? 」
私が健二を見つめると、彼は気まずそうに目をそらしたっきりしかし、その口から出た言葉は、私の期待を無惨に裏切るものだったっきり
「あの子、地合自得だよ!! お前が勝手にやったことだろ!!
俺は最初から、この家の名を俺に戻せって言ってたんだ!! そうすれば、こんな信託会社なんてうさんくさいところと関わらずに済んだ!! お前が変な欲を出して、自分一人で家を抱え込もうとしたから、こんな事態になったんだ!! 」
父も、吐き捨てるように言ったっきり
「情けない娘だ……結局、お前は自分のことしか考えていないんだな」「家族を守るという覚悟がないから、仕事でも失敗するんだ!!
いいか、あの子、今すぐどこからか金を区面してこい!! お前のブランド品や、東京のマンションを売ればいいだろう!! この家を健二の台まで守り抜くのが、長女としてのお前の勤めだ!! 」
4対1っきり血の繋がった親と弟、そしてその妻……かつて愛した人々が、一斉に私を指差し、さらなる犠牲を強いてくるっきり
私は沈黙したっきりその沈黙を、彼らは屈服だと勘違いしたようだっきり
「分かったわね!!
さあ、早くしなさい!! まずは、その信託会社に電話して、支払いを待ってもらうのよ!! それから、家の名を健二さんに戻す手続きを」
江里が、勝ち誇ったように私のスマホを奪おうとしたっきりその時っきり私のスマホの画面が明るく光り、着信を知らせたっきり画面に表示された名前――**神崎法律事務所**っきり
「な、何よこれ!? 弁護士!?
」
江里の手が止まるっきり私はゆっくりと立ち上がり、乱れた髪を書き上げたっきり瞳の奥に、燃え盛るような決意を宿してっきり
「ええ、実はね、さっきの通知状には、続きがあるの」「私が家賃を滞納したのは、単にお金がないからじゃないわ」「この家の真の所有者が、ある重大な事実に気づいてしまったからよ」
「重大な事実……!? 」
健二の顔が引きつるっきり
「健二、あなたは5年前、私にこう言ったわよね――「借金はこれで全部だ」「もう二度と迷惑はかけない」って」「でも、それは嘘だった」「あなたはお父さんと共謀して、私の知らないところで、さらに大きな借金を重ねていた」「しかも、この家を勝手に又貸しして、怪しい団体の事務所として使わせていたわね」
リビングの空気が、凍りついたっきり父と健二が、目に見えて動揺し、お互いの顔を見合わせたっきり
「な、何を!? 何のことだ!? 証拠はあるのか!?
」
父が声を荒げるっきり
「証拠なら、今、玄関の前に届いているわよ」
その言葉と同時に、実家のインターホンが、激しく鳴り響いたっきりモニターに映し出されたのは――新幹線で出会ったあの老婆ではなかったっきり黒いスーツを着た、屈強な男たちっきりそして、その中央に立っているのは、私が最も信頼する人物であり、物語を根底から覆す、意外な人物だったっきり
「開けなさい、健二」「彼らは、信託会社から委託された、強制執行の担当者よ」
私の声は、もはや優しい姉のものではないっきり――裏切り者を地獄へ送り届ける、処刑人の声だったっきり
「え、え、待って!! 強制取り行って!? 何よ!? 私たちのマンション代は!?
健二さんの事務所は!? 」
江里がパニックに陥り、私の肩を掴んで揺さぶるっきり
「そんなもの、最初から存在しないわよ、えりさん」「だって、この家はもう一分後には、あなたたちの立ち入りを禁じる場所になるんだから」
私は江里の手を、冷たく振り払ったっきりその瞬間、玄関の扉が外から開けられたっきり――鍵は、私が事前に彼らに渡しておいたものだっきり
「失礼します」「佐藤健二様及び、居住者の皆様ですね」「本日、本物件の明け渡し期限を過ぎましたので、これより明け渡しの執行を開始いたします」
霊坦な声と共に、男たちがリビングになだれ込んできたっきり父と母は腰を抜かし、健二は叫び声をあげたっきりだが、一番の衝撃は、その男たちの後ろから現れた、あの人の姿だったっきり
「せ、先生……!? どうして、あなたがここに……」
健二が呆然とつぶやいたっきりそこに立っていたのは、健二が全幅の信頼を寄せていた、彼の顧問税理師だったっきりしかし、その税理士は健二に見向きもせず、私に向かって深く頭を下げたっきり
「佐藤あの子様、ご依頼の通り、全ての証拠が揃いました」「これより、佐藤家の本当の負債額を、皆様にご説明いたします」
三人の絶望は、まだ始まったばかりだったっきり――私というATMを壊した代償が、どれほど高くつくか、彼らはこれから身を持って知ることになるっきり
「た、田中先生!! どうして、あなたが姉さんと一緒に……!?
先生は、俺の会社の顧問税理師じゃないですか!? 」
健二が声を裏返して叫んだっきりそこに立っていたのは、健二が親友以上の信頼を寄せていると自負していた、ベテラン税理士の田中だったっきり健二の会社の不透明な会計を全て任せ、講師ともに裏の相談までしていたはずの人物だっきり
田中先生は、健二の慌てぶりを冷めた目で見つめると、眼鏡のブリッジを指で押し上げたっきり
「佐藤健二さん、私は確かにあなたの顧問を務めていました」「ですが、私の事務所の真のオーナーが誰であるか、あなたに話したことはありませんでしたね」
「オーナー……何を言ってるんだよ!! 」
田中先生は静かに私の横に並び、深々と頭を下げたっきり
「私の事務所は、5年前、経営難に陥っていました」「その際、名乗りを上げて再建資金を出資し、私を救ってくださったのが、こちらの佐藤あの子様です」「私はあの日から、あの子様の忠実な代理人として動いており、ます」
リビングに、言葉にできない衝撃が走ったっきり父は口を半開きにし、江里は間抜けな声を漏らしたまま、固まっているっきり
「あの子……お前、どういうことだ!? ただの会社員じゃなかったのか!?
」
父の震える声っきり私はゆっくりと立ち上がり、シャンパンで濡れたジャケットを脱ぎ捨てたっきり
「お父さん、私は都内の広告代理店で部長をしていると言ったわよね」「でも、それは私の一面に過ぎないわ」「私は10年前から、個人投資家として、複数のベンチャー企業や、会計事務所、そして不動産管理会社に出資しているの」「つまり、この家を買い取ったあの信託会社も、実質的には、私の支配にある会社なのよ」
これが、私の隠し続けてきた秘密だったっきり私はただ家族に金を注ぐだけのATMではなかったっきりいつか家族が、私の善意を仇で返す日が来るかもしれないっきり健二の法満経営が、いつか実家を本当の地獄へ叩き落とすかもしれないっきりその予感があったからこそ、私は自分の身を守り、そしてこの家を物理的に守るために、巨大な防壁を築き上げてきたのだっきり
「そ、そんな……じゃあ、さっきの家賃が払えないっていうのは……」
健二が顔を引きつらせるっきり
「全部嘘よ」「あなたたちの本性を引き出すための、テスト」「結果は、見ての通り最悪だったわ」
私は霊に言い放ったっきり
「私が困っていると知るや否や、あなたたちは私を無能と罵り、家から追い出そうとした」「感謝のかけらもなく、ただ次の獲物を探すハイエナのように、私の権利を奪おうとした」「お父さんも、お母さんも、私がどんな思いで毎月の仕送りをひねり出していたか、一度でも考えたことがある? 」
「そ、そう言うけどよ……お前には、余裕があると思っていたから……」
父が言い訳を口にするが、その声には何の説得力もなかったっきり
「余裕なんて、最初からなかったわ」「20代の頃は、一食100円のカップ麺で凌いでいた時期もあった」「30代で健二の借金を返した時は、自分のマンションを買うために貯めていた頭金を、全て放出した」「私が手に入れた地位も財産も、全ては血のにむような努力の結晶なの」「それを、あんたたちは踏みにじった」
私の怒りは、静かに、しかし確実に温度を上げていったっきりすると、それまで沈黙していた江里が、突然ヒステリックに叫び出したっきり
「何よ!? 結局、あんたが一番汚いじゃない!! 家族を試すような真似して、裏でこっそりお金を貯めて……そんなの、詐欺と同じじゃない!!
あんたには、人の心が通ってないのよ!! 親を騙して、楽しい!? 健二さん、こんな女の言うこと、聞く必要ないわ!! 田中先生だって、お金で買収されただけでしょう!!
」
「汚いか……私はふっと、自嘲気味に笑った」「えりさん、汚いのは、どちらかしら? 」「田中先生、霊のものを、彼らに見せてあげてください」
田中先生が鞄から一束の、分厚い資料を取り出し、テーブルに広げたっきりそこには、健二の会社の通帳のコピーや、不審な領収書の数々っきり
「……これは、なんだ!? 」
健二が資料を手に取り、目を見開いたっきり
「健二さん、あなたが新規事業の資金として、あの子様から受け取っていた3000万円」「その大半が、事業ではなく特定の女性への譲渡と、地下でのギャンブルに消えていた証拠です」
だっきり江里の顔が、今度こそ真っ白になったっきり
「健二さん……これ、どういうことよ!! 事務所を立てるんじゃなかったの!?
私との結婚記念日に買った、あのダイヤの指輪も……まさか、小岸さんのお金で……」
「黙ってろ!! 」
健二が江里を突き飛ばしたっきり
「姉貴……お前、ここまで調べてたのか……ああ、そうだよ!! 俺だって必死だったんだ!! いつまでも優秀な姉の影に隠れて、親からもお前と比較されて……俺の気持ちが、お前に分かるかよ!!
」
「あなたの気持ちなんて、興味ないわ」
私は吐き捨てるように言ったっきり
「でも、私が許せないのは、健二、あなたがこの実家を、麻薬の密売グループに又貸ししていたことよ」
リビングが、墓場のような静寂に包まれたっきり父と母が、震える手で口を抑えるっきり
「え、ええ……真薬……母の、弱々しい声……」
「そうよ」「この家の離れ、ずっと健二の友人が使うって言って、鍵をかけていたわよね」「あそこ、あなたは反社会的勢力の連中に貸し出していた」「田中先生が調べたところ、そこから高額の裏金が、あなたの口座に振り込まれているわ」「お父さん、あなたも知っていたわよね」「毎週末夜中に、怪しい車が出入りしていたの」「あなたは健二から口止めをもらって、見てみぬふりをしていた」
父の方が、目に見えて小さくなったっきり彼は何も言わずに、床を見つめることしかできなかったっきり
「新幹線である女性に言われたの――「家の中から聞こえてくる声に、よく耳を済ませなさい」って」「その意味が、ようやく分かったわ」「この家は、もう私の愛した実家じゃない」「犯罪の温床であり、強欲な獣たちが住まう、ただの巣よ」
私は田中先生に、目配せをしたっきり
「強制執行」「この家にある全ての家具類、そしてこの人たち自身を、今すぐ外へ出してください」
「待って、あの子!! 待ちなさい!! 」
父が、私の足元にすがりついてきたっきり
「悪かった!! 私が悪かった!!
だから、家だけは、家だけは勘弁してくれ!! 行く当てがないんだ!! この年で、どこへ行けと言うんだ!? 」
私は、自分を汚したシャンパンと同じくらい冷たい視線で、父を見下ろしたっきり
「行く当てなら、ちゃんと用意してあるわよ、お父さん」「ただし、そこはあなたたちが想像しているような場所じゃないけれど」
私はスマホを取り出し、ある番号をタップしたっきり
「もしもし、警察ですか?
はい、以前からお話ししていた証拠が、全て揃いました」「今すぐ、実家の方へお願いします」
「警察!? あの子、お前、本気か!? 」
健二が逃げようと窓へ向かったが、そこにはすでに強制執行の担当者たちが、壁のように立ち塞がっていたっきり――逆転の歯車は、もう誰にも止められないっきり家族の絆を金で売り払った彼らに、最後の審判が下されようとしていたっきり
だが、物語はこれで終わりではなかったっきりこの混乱の最中、玄関から一人の意外な人物が、ゆっくりと足を踏み入れてきたのだっきりその人物の姿を見た瞬間、私は自分の目を疑ったっきり
「え、ええ……どうして、あなたがここに……」
そこにいたのは、警察官でも、弁護士でもなかったっきり玄関からゆっくりと、だが確かな足取りで入ってきたのは――新幹線で私の隣に座っていた、あの老女だったっきり彼女は、派手さはないが仕立ての良い着物に身を包み、背筋をピンと伸ばしているっきりその姿からは、車内で見せたどこか浮き世離れした雰囲気とは違う、圧倒的な威厳が放たれていたっきり
「あ、あなた……新幹線の」
私が呆然と声を漏らすと、老女はわずかに口元を上げ、自惚れに満ちた、それでいて全てを見透かすような鋭い瞳で、私を見つめたっきり
「言ったでしょう――逃げるなら、今だって」「でも、あんたは逃げなかった」「自分の足で、この地獄の蓋を開けることを選んだのね」「立派な覚悟だわ」
「な、なんだよ、このババア!! 誰だ!?
勝手に入ってくるな!! 」
健二が、苛立ちを隠さず老女に向かって怒鳴りつけたっきり
「警察を呼んだって言ってるだろう!! 外部の人間は、さっさと出ていけ!! 姉貴、お前の仕業か!?
怪しい占い師でも雇って、俺たちを脅そうってのか!! 」
江里も、割れたグラスの破片を避けながら、老女を指差して笑ったっきり
「そうよ!! 警察が来たら、困るのは小岸さんの方なんだから!! 家族を騙して家を奪った詐欺師として、あんたもそのババアも、一緒に連行してもらえばいいわ!!
というか小岸さん、こんな薄気味悪い年寄りを家にあげるなんて、本当趣味が悪いのね!! これだから、独身女は寂しくて、変な宗教にはまるのかしら!! 」
江里の罵詈雑言が、リビングに響き渡るっきりしかし、老女はその言葉を柳に風と受け流し、ゆっくりと部屋の中央まで歩み寄ったっきりそして、床に落ちたままの賃貸借契約解除予告通知状を拾い上げると、冷やかな声でこう言ったっきり
「薄汚いか……最近の若いお嬢さんは、言葉の使い方も知らないようね」「それとも、自分の立場がどれほど危ういか、まだ理解できていないのかしら」
老女は、私の横に立つ田中税理士に視線を向けたっきり
「田中さん、ご苦労様」「準備は、整ったかしら? 」
田中先生は、それまでの霊鉄な表情を一変させ、最早に近い角度で深く頭を下げたっきり
「はい、一条会長、全てご指示通りに進めております」
**一條会長**っきり父が、その名を聞いた瞬間に顔色を土色に変えたっきり
「一条……まさか、あの不動産金融グループの、一条グループの……会長……様……ですか……」
父の震える声に、老女――一条会長は、静かに頷いたっきり
「佐藤さん、あなたの台で、この素晴らしい土地をここまで汚されるとは、思いませんでした」「この家は元々、私の祖父があなたの先祖に譲った場所」「不始末を働けば、いつか取り上げに来ると言い伝えられてはいませんでしたか」
この時、私は初めて知ったっきり私が契約した信託会社、その親会社のトップであり、業界では伝説の投資家として恐れられている一条会長が、なぜ新幹線で私の隣に座っていたのかっきり――それは偶然などではなかったのだっきり
「私は、あの子さんの働きを、ずっと見てきました」「彼女がどれほど誠実に、この家を守ろうとしていたか」「そして、あなたたちがどれほど汚わしいことに、彼女が稼いだ金を注ぎ込んでいたかもね」
一条会長の声は、静かだが、部屋の隅々まで染み渡るような重みがあったっきり
「特に、健二さん……あなたが離れで行っていたことは、もはや家族の問題ではありません」「あなたが貸し出していた相手、実は警察が半年前から狙っていた、国際的な犯罪組織の一部なのよ」「そこに場所を提供していたとなれば、あなたは単なる又貸しの責任では済まない」「組織犯罪処罰法の対象になる可能性があるわ」
「な、なんだって……!?
」
健二の顔から、一気に血の気が引いたっきり
「俺は……俺は、ただいい金になるからって……あいつらが何をしてるかなんて、詳しくは知らなかった……」
「知らなかったと思っているの? おめでたいわね」
一条会長が、一歩健二に近づくっきり
「その貸出しの契約書、あなたのサインと指印があるわよね」「私がすでに、警察に提出済みよ」「それから、お父様……あなたも、口止め料として毎月あと10万円、組織からの金を受け取っていた」「これは、立派な資金提供の共犯よ」
父は、ついにその場に崩れ落ちたっきり
「嘘よ……そんなの嘘!! 何かの間違いよ!! 」
江里が、錯乱したように叫びながら、一条会長に掴みかかろうとしたっきり
「あんたたちが組んで、私たちを嵌めたんでしょう!!
小岸さん、あんたがこのババアにお金を払って言わせてるのよね!! 健二さんが、そんな恐ろしいことするはずないわ!! 」
江里の拳が、空を切るっきり私は、彼女の腕を力強く掴み、引き離したっきり
「もうやめて、えりさん」「見苦しいわよ」
「離して!! 離しなさいよ!!
このストーカー!! あんたのせいで、私の人生がめちゃくちゃよ!! 都内のマンションに住んで、優雅な専業主婦になるはずだったのに!! 全部、あんたが貧乏神だから、上手くいかないのよ!!
」
江里の暴言は、もはや我を失っていたっきり彼女は、自分が何を失ったのか、まだ本当の意味で理解していないっきり
「あの子さん、話してあげなさい」
一条会長が、静かに言ったっきり
「彼女のような人間には、言葉で何を言っても無駄よ」「ただ、現実を見せてあげるのが、一番の薬だわ」
会長が、窓の外を指差したっきり――遠くから、サイレンの音が近づいてくるっきり一つではないっきり複数の車両が、この実家を取り囲もうとしていたっきり
「さあ、佐藤の皆さん、最後の大騒ぎの時間が来たわよ」「あの子さん、あなたは私の車へ」「これ以上、この場所にいる必要はないわ」
「待ってください……会長……私は……私はこの家を……」
私は、荒れ果てたリビングを見回したっきりかつて、ここで笑い合った記憶があるような気がしていたっきりだが、今となっては、それさえも私が作り出した幻だったのではないかと思えるほど、この場所は冷えきっていたっきり
「あの子……行かないでくれ!! 助けてくれ!! 警察に、嘘だと言ってくれ!! 」
父が、私の足に縋りつくっきり
「お前は、この家を愛しているんだろう!!
私たちが刑務所に行ったら、この家はどうなるんだ!? お前の居場所が、なくなるんだぞ!! 」
私は、父の手を――ゆっくりと、だが拒絶の篩を込めて振り払ったっきり
「お父さん、私の居場所は、私が自分で作るわ」「もう、あなたたちがいるこの場所は、私の帰る場所じゃない」
その時、玄関の扉が激しく開かれたっきり
**「警察です!! 佐藤健二さん、同行願います!!
」**
怒号と悲鳴が入り乱れる中、私は一条会長に導かれるようにして、家を出たっきり一歩、外へ踏み出すと、夜の冷たい空気が頬を刺したっきり背後では、健二が手錠をかけられ、江里が泣き叫び、父と母が警察官に問い詰められているっきり
これで、全てが終わるっきりそう思ったっきりだが、物語はまだ、真実の底を見せてはいなかったっきり一条会長の高級車に乗り込む直前、彼女は私にこう告げたっきり
「あの子さん、一つだけ、まだ話していないことがあるわ」「あなたが信じ続けていた、お母様……彼女、実は今回の件で、ある重大な裏切りを、あなたに隠していたのよ」
「母が……でも、母はただ、父に従っていただけで……」
「いいえ」「彼女が、一番残酷だったかもしれないわね」「戻りたくなければ、ここで聞きなさい」
車のドアが閉まる音と共に、外の世界の喧騒が遮断されたっきり――そこで語られたのは、私のこれまでの人生の全てを否定するような、衝撃の事実だったっきり
高級車の重厚なドアが閉まると、外の喧騒は嘘のように消え去ったっきり車内に、わかに珈琲の香りが漂うっきり一条会長は、静かに窓の外を見つめているっきりパトカーの赤色灯が、夜の街路樹を不気味に照らし出していたっきり
「会長……母の裏切りとは、どういう意味ですか? 」
私は震える声で問いかけたっきり父や健二が私を利用していたことは、もう十分に理解したっきり江里さんの悪意も、この目で見たっきりだが、母だけは違うと信じたかったっきり母はいつも、父の怒鳴り声に怯え、健二の我がままに困り果てているように見えたからだっきり私が仕送りをするたびに、「あの子、すまないね……お前ばかりに苦労をかけて」と、涙ぐみながら私の手を握ってくれたっきりあの手のぬくもりまで、嘘だったというのだろうかっきり
一条会長は、座席の横に置かれた革のファイルから、一通の封筒を取り出したっきり
「あの子さん、これを読みなさい」「これは、私の調査チームが、あなたの実家の家計と、この20数年の金の流れを精査した結果よ」
手渡された封筒は、ずっしりと重かったっきり私は震える指で封を切り、中の書類を取り出したっきりそこにあったのは、戸籍謄本の写し、そして、母の名義で開設された複数の銀行口座の記録だったっきり
書類に目を通した瞬間、私の心臓は、跳ね上がったっきり
「え……これ……母の口座に、こんなに……!? 」
そこには、私が毎月送っていた仕送りとは別に、1000万円単位の高額の資金が、何度も入金されていたっきりそれだけではないっきり入金元は――健二が関わっていた、あの犯罪組織のダミー会社だったっきり
「お母様は……あの子さん、あなたの知らないところで、健二さんの闇の仕事の、帳簿係をしていたのよ」「それだけじゃない」「あなたが5年前に精算したはずの、健二さんの借金……あれ、実は精算されていなかったの」「お母様が、あなたが振り込んだ金を巧妙に抜き取って、自分の裏口座に移していたのよ」
「そ……そんな……じゃあ、私は何のために……」
さらに、これを見て、と一条会長が指差したのは、戸籍謄本の一欄だったっきり私の名前の横にある、続柄の欄っきりそこには、私がこれまで信じて疑わなかった事実を、根底から覆す文字が並んでいたっきり
「よ……し、私は言葉を失った」
**佐藤あの子、養子縁組の日付は、私が3歳の時。**
「そう、あなたは、佐藤家の実子ではない」「あなたの本当のお母様は、私の遠い親戚に当たる女性だったわ」「彼女は、旧家のお嬢様で、莫大な遺産を相続するはずだった」「でも、若くして亡くなってしまったの」「あなたの今の父親は、その遺産に目をつけたのよ」「赤ん坊だったあなたを引き取り、佐藤家の籍に入れることで、あなたの実母が残した財産を管理する権利を手に入れた」
頭の中が、激しい音を立てて崩れていくっきり私がこれまで「家族愛」と思って守り続けてきた人々は、私を愛して引き取ったわけではなかったっきり――ただの、金を生み出す道具として、赤ん坊の頃から私を都合良く利用してきたのだっきり
「今の母親は、あなたの実母を追い詰めた張本人よ」「誤魔化しとして佐藤家に入り、あなたから遺産を無理やり取り、自分の産んだ健二さんを甘やかすために、あなたを徹底的に教育した」「「あなたは長女なんだから、家族を支えなさい」「家族を助けるのが、あなたの使命よ」と……そうやって、あなたに罪悪感を植えつけ、生涯搾取し続けるシステムを、作り上げたのよ」
私は、膝の上に置いた書類を、強く握り締めたっきり紙が、くしゃりと音を立てるっきり視界が涙で滲み、書類の文字が歪んで見えるっきり
――全部、全部嘘だったんだっきり私を心配して流していた母の涙も、「お前は自慢の娘だ」といった父の言葉も、姉として頼りにしてくれた健二の笑顔も……その全てが、私の労働意欲をそがないための、巧妙な演出に過ぎなかったっきり
私は彼らにとって、家族ですらなかったっきり――家を建てるための顕彰、腹を満たすための家畜、そして自分たちの贅沢を支えるための、終わりのない金庫っきり
不意に、乾いた笑いが漏れたっきり――自分でも驚くほど、冷たくて残酷な笑い声だったっきり一条会長が、黙って私の肩に手を置くっきり
「あの子さん、悲しむ必要はないわ」「これでようやく、あなたは自由になれる」「彼らへの義理なんて、最初から一分も存在しなかったんだから」
私はゆっくりと顔を上げたっきり涙は、もう止まっていたっきりその瞳には、今までにない霊鉄な光が宿っていたっきり
「会長……一つ、お願いがあります」
「何かしら」
「あの人たちが、今、警察に連行されました」「でも、彼らはきっと、すぐに戻ってこようとするでしょう」「証拠不十分だとか、家族の情に訴えて、私に助けを求めてくるはずです」「それを、徹底的に叩き潰したいんです」
私の声は、低く、深く響いたっきり
「彼らが私から奪った時間、お金、そして私の心……を、全て倍にして返してもらいます」「彼らが一番恐れている――地獄」「ええ、私の手で、突き落としてやりたいんです」
一条会長は、満足そうに深く頷いたっきり
「いいわ、その言葉を待っていた」「実はね、彼らがまだ知らない、最大の爆弾が、一つあるの」「田中さん、例の件、進めてちょうだい」
助手席に座っていた田中税理士が、静かに答えたっきり
「はい」「佐藤健二さんが独断で結んだと思っていた、あの裏契約……実は、あの子様の会社の競合他者を巻き込んだ、巨額の損害賠償案件に発展しそうです」「これから彼らは、刑事罰だけでなく、一生かかっても払いきれないほどの賠償金を、背負うことになります」
私は、窓の外へと去っていく実家のシルエットを見つめたっきり――あの中には、私の思い出なんて、一つも残っていないっきりただ、私を食い物にしてきた、化け物たちの巣があるだけだっきり
「さあ、反撃を始めましょう」「彼らが、私というATMを壊したことを、死ぬほど後悔するように」
車は、夜の闇を切り裂いて加速していくっきり私の心は、かつてないほど冷静だったっきりかつての優しいあの子は、あの新幹線の座席に置いてきたっきり今ここにいるのは、自分の人生を奪い返そうとする、一人の女の意地だけだっきり
一方、その頃、警察の取り調べ室で、健二はまだ楽観視していたっきり
「姉貴が通報したって……どうせ脅しだろう」「家族なんだから、最後は許してくれるさ」「金だって、またせびればいい」
そんな甘い考えを抱く彼に、さらなる絶望の知らせが届くのは、ほんの数時間後のことだったっきり
警察署のパイプ椅子に座らされた健二は、貧乏ゆすりを止められずにいたっきり隣には、化粧が剥げ落ちて無惨な顔になった江里が、真っ赤な目でスマホを何度も操作しているっきり
「くそ……なんで、繋がらないんだよ……姉貴のやつ……」
健二が机を叩いたっきり警察による初動の取り調べは終わっていたっきり離れで見つかった物品や、不透明な金の流れについての追及だが、健二はまだ知らなかったっきり――自分も被害者だと言い張はれば、すぐに帰れると信じていたっきり
「健二さん、どうにかしてよ!! 小岸さんに電話して、今すぐ被害届けを取り下げさせて!!
私、明日、エステの予約があるのよ!! こんなところに一晩もいたら、肌がボロボロになっちゃう!! 」
「分かってるよ……でも、あの子の番号が、着信拒否になってるんだ」「親父もお袋も、別の部屋で取り調べを受けてるし……あいつ、本気で俺たちを嵌めるつもりか……」
そこへ、一人の刑事が、無表情で入ってきたっきり手には、分厚いファイルを持ってっきり
「佐藤健二さん、あなたの奥さんも、先ほどあなたたちの自宅――正確には、佐藤あの子さんが所有し、信託会社が管理していた物件の明け渡しが終了しました」「さらに、あなたの会社の事務所からも、面白いものが出てきましたよ」
刑事は、一枚の写真を取り出したっきり――それは、健二が絶対に誰にも見つからないと確信して、金庫の裏に隠していた、海外口座のリストだったっきり
「こ、これ、何ですか!? 俺、知りませんよ!!
勝手に誰かが置いたんじゃないですか!! 」
健二の声が、裏返ったっきり
「知らばっくれても、無駄ですよ」「筆跡鑑定も、指紋照合も、終わっています」「それから、佐藤あの子さんの弁護団から、あなたに対して横領罪及び詐欺罪での告訴状が、正式に受理されました」「民事でも、3億円を超える損害賠償請求の準備に入ったそうです」
「さ、3億!? 」
江里が、椅子から転げ落ちそうになったっきり
「何言ってるのよ!! 小岸さんに、そんなお金あるわけないじゃない!!
あの人は、ただの会社員で……ただの会社員……」
「おめでたい方だ」「佐藤あの子さんは、業界最大手の広告代理店の役員候補であるだけでなく、一条グループの戦略パートナーですよ」「彼女がこれまであなたたちに流していた金は、彼女の資産のほんの一部に過ぎない」「ですが、彼女はそれを贈与ではなく、貸し付けとして、全て記録していました」
刑事の言葉に、健二の顔から血の気が引いていくっきり
「貸しけ……嘘だ……母さんが言ってたんだ……あの子の金は、家族の金だ……自由に使っていいって……」
「お母様の証言も、取っています」「彼女は、今別の部屋で泣き崩れていますよ」「「全て健二に脅されてやったことだ」「私は娘を愛していたのに、息子が怖くて従うしかなかった」と、あなたに全ての責任を押し付けていますがね」
「な……だって……あのクソババア、だけ助かろうとして……!! 」
健二の焦りは、もはや怒りに変わっていたっきり家族の絆……彼らが私を縛りつけるために使っていたその鎖は、自分たちが窮地に立たされた瞬間、お互いの首を締め合う凶器へと変貌したのだっきり
「健二さん、嘘でしょう!? お母様が裏切ったの!? じゃあ、私たちのマンションは!?
私のブランド品は!? 」
江里が、健二の胸倉を掴んで揺さぶるっきり
「うるさい!! 離せ!! 全部、あの子が悪いんだ!!
あの女が黙って金を出し続けていれば、こんなことにはならなかったんだ!! 」
健二は立ち上がり、取り調べ室のドアを激しく叩いたっきり
「あの子を呼べ!! 姉貴を、ここに連れてこい!! 家族だろ!!
話せば、分かるんだ!! 姉貴は、俺を見捨てない!! いつだって、俺の尻拭いをしてくれたんだ!! 」
鍵を閉ざされた部屋に、健二の見苦しい叫びが虚しく響くっきりだが、その叫びが、私に届くことは二度となかったっきり
その頃、私は一条会長のオフィスで、静かに紅茶を飲んでいたっきり窓の外には、都会の夜景が広がっているっきり
「彼ら、まだ自分たちが被害者だと思っているみたいですね」
田中税理士からの報告を受け、私は冷たく言ったっきり
「ええ、健二さんは特にね……あなたという、無限に金が出る魔法の杖を失ったことが、まだ信じられないのよ」
一条会長が、書類をめくるっきり
「でもね、あの子さん、本当の絶望は、これからよ」「彼らが警察から釈放されたとしても、帰る場所はもうない」「そして、彼らが頼りにしていた最後の逃げ道も、私が先回りして塞いでおいたわ」
「最後の逃げ道……健二さんが隠し持っていた、海外口座……」
「あれ、実は私が数年前に仕掛けた、ダミーの投資案件だったの」「彼はそこに、あなたから騙し取った金を、着々と溜め込んでいたけれど……その金、今この瞬間に、全てシステム上で消滅させたわ」
私は目を見開いたっきり
「消滅させたんですか……?
」
「正確には、あなたの実母が残した基金へと、変換させたのよ」「元々、あなたのものだったお金だもの」「これで彼らは、一銭の隠し財産もなく、文字通り裸一貫で、社会に放り出されることになる」
私は、胸の奥がすっと冷えていくのを感じたっきり復讐……それは完璧な響きを持つけれど、実際に行うと、これほどまでに静かで、残酷なものなのかっきり
「あの子さん、明日の朝、彼らは釈放されるわ」「逮捕起訴するまでの証拠は揃っているけれど、あえて一度、外に出す」「絶望した彼らが、最後に見に行く場所は、どこだと思う? 」
「……実家」
「そう、そこであなたが用意した、最大のプレゼントを、見せてあげるのよ」
私は頷いたっきり実家……あの日、新幹線の中で老女が言った言葉が、今度は逆の意味で現実になろうとしていたっきり
**――そこには、あんたが知る家族はもういないわよ。**
ええ、その通りっきりそして、明日彼らが目にするのは、自分たちがこれまで築き上げてきた嘘の城が、粉々に砕け散った後の、惨状だっきり
夜が明けるっきり私の人生の、新たな幕が、始まろうとしていたっきり
翌朝、警察署の裏口から、這い出すようにして、四人の男女が現れたっきり昨夜までの意気がかりはどこへやら、健二は無精髭が伸び放題、江里は高級ブランドのワンピースが皺だらけになっているっきり父と母は、互いに目を合わせることもなく、幽霊のように肩を落として歩いていたっきり
「くそ……ようやく出られた」「あの刑事、覚えとけよ」「証拠不十分で釈放だってことは、俺たちの勝ちってことだ!! 」
健二が、震える声で強がったっきり――実際には、一条会長の根回しによって泳がされているだけに過ぎないのだが、彼らにはそれを察する知能も余裕も残っていなかったっきり
「健二さん、早く帰りましょう!! お風呂に入って、小岸さんに文句を言ってやらないと、気が済まないわ!!
あんなひどい目に合わせて、ただで済むと思わないことね!! 」
江里が、金切り声をあげるっきり
「そうだな……あの子のやつ、今頃は家で震えているだろう」「親を警察に突き出すなんて……世間が黙っちゃいない」「親戚中に言いふらしてやる」「あいつのキャリアも、おしまいだ」
父が、恨みがましく呟いたっきり彼らはまだ、実家という聖域に戻れば、自分たちの権利が守られていると信じ込んでいたっきり家賃だの、リースバックの契約だの、家族の情に訴えれば、あの子が何とかするっきりこれまでずっと、そうだったように……最後は、優しい長女が折れるはずだっきり
四人は、泣けなしの小銭を出し合い、一台のタクシーに乗り込んだっきり
「実家まで」
その指示を出す健二の声には、既屈な期待が混じっていたっきりタクシーが懐かしい町並みを通り、実家の門の前に差しかかったっきりだが、そこで彼らが目にしたのは、思い描いていた帰宅とはほど遠い光景だったっきり
「え、え……何よ、これ!! 」
江里が絶叫したっきり門には、太いチェーンが巻きつけられ、大きな警告看板が設置されていたっきり
**「本物件は立ち入り禁止」「管理:一条不動産管理」「無断侵入者は直ちに法的措置を講じる」**
さらに、家の前には大型のトラックが数台停まっており、作業員たちが忙しなく出入りしていたっきり彼らの手には、見覚えのある家具や、クローゼット、そして江里が大切にしていたブランド品が詰め込まれたダンボール箱が、次々と運び出されているっきり
「おい、やめろ!! 何をしてるんだ!!
」
健二がタクシーを飛び出し、作業員に掴みかかったっきり
「ここは、俺の家だぞ!! 勝手に荷物を運び出すな!! 泥棒だ!! 警察を呼ぶぞ!!
」
そこへ、建物の影から一人の男が、ゆっくりと現れたっきり――田中税理士だっきり彼は、タブレットを手に、事務的な口調で告げたっきり
「お帰りなさい……佐藤家の皆様」「ですが、ここはお間違いですよ」「この家は、昨夜正式に強制明け渡しが完了しました」「現在、内部にある火災道具の分別と清掃を行っているところです」
「強制明け渡しだぁ!? ふざけるな!! 俺たちは、まだここに住んでいるんだ!! 名義がどうあれ!?
居住権ってものがあるだろう!! 」
父が、月行して叫んだっきり田中先生は、いやに穏やかに微笑んだっきり
「居住権ですか……残念ながら、あなた方にはそれを行使する資格はありません」「こちらの書類を、ご確認ください」
差し出されたのは、健二と父が署名した、二通の緯任状のコピーだったっきり
「これは5年前、あの子様から借金の肩代わりを受ける際、あなた方が自ら署名したものです」「「万が一、維持費の支払いが滞った場合、または反社会的勢力との関わりが発覚した場合、直ちに所有権及び占有権を放棄し、明け渡しに応じる」と」「昨夜の警察の家宅捜索で、裏庭の離れから麻薬組織の物品が発見された時点で、この条項が自動的に発動しました」
健二の顔が、土色になるっきり
「何よ、それ!! 詐欺よ!! そんな細かい字、読んでないわ!!
」
江里が、田中先生の手から書類を奪おうとするが、護衛の作業員に静止されたっきり
「さらに、お母様……あなたには、別の真実をお伝えしなければなりません」
田中先生が、一点を見つめて立ち尽くす母に向き直ったっきり
「あの子さんの実母、一条み子様の遺産……あなたが20年に渡り、「あの子さんの学費や生活費」と偽って、健二さんの遊び金に当てていた6000万円……それ、全てあの子さんの個人口座に、変換されました」「昨日、あなたが取り調べを受けている間に、海外口座の資産凍結と同時に、全額回収が行われたんです」
母が、その場に膝をついたっきり
「変換……私の老後の資金が……それは、あの子さんの身の母親が、娘のために残した地と涙の結晶です」「それを盗み続け、「天さえ容赦ない」と彼女を嘲けてきたあなたに、一円の施しも与えないというのが、あの子さんの決断です」
「待って……あの子は……あの子は、どこにいるんだ!? 合わせろ!! 」
健二が、周囲を見渡すっきり
「あの子様なら、すでにこの町を離れました」「あなた方のような有害物質が存在しない、新しい世界へ向かわれましたよ」
「逃がさないわよ!! 弁護士を雇って、訴えてやる!!
私たちの生活を、どうしてくれるのよ!! 」
江里が、地団駄を踏んで叫ぶっきり
「弁護士なら、どうぞ雇ってください」「ただし、あなた方の今の全財産……先ほど、えりさんのブランドバッグや宝石類も、全てあの子さんへの損害賠償として差し押さえられましたよ」
作業員が、江里の愛用していたヴィトンのバックを、目の前でトラックに放り込んだっきり
「あ……ああ……あああ!! 」
江里は、言葉にならない叫びを上げ、崩れ落ちたっきり家族という名の仮面が剥がれ、剥き出しになったのは、ただの見苦しい欲望の塊だったっきり彼らにはもう、帰る家も、隠し持っていた金も、そして自分たちを守ってくれる便利なATMも、存在しないっきり
その時、健二のスマホが鳴ったっきり警察ではないっきり――彼が最も恐れていた、あの組織の人間からの着信だったっきり
「も、もしもし……」
震える手で通話ボタンを押すっきりスピーカーから漏れてきたのは、低く霊鉄な男の声だったっきり
**「佐藤健二……てめえ、警察に情報を売ったらしいな」「おかげで、こちらの仕事が台無しだ」「例のことは、たっぷりさせてもらうぞ」**
**「違う!! 俺じゃない!!
姉貴が勝手に……」**
だが、相手はすでに電話を切っていたっきり健二の顔から、正気が完全に消え去ったっきり
「あ……あああああ!! 」
絶望の叫びが、秋の空に響き渡ったっきり彼らがこれから歩むのは、警察の追及と、組織の追跡、そして数億円の負債という名の、無限地獄っきり
一方、その頃、私は新幹線のグリーン車クラスのシートに、体を預けていたっきり隣には、一条会長が穏やかに目を閉じて座っているっきり
「終わりましたね」
私の手元には、一枚の写真があったっきりそこには、幼い頃の私を抱く、本当の母親の姿が映っていたっきり
「いいえ、あの子さん、これから始まるのよ」「あなたの、本当の人生が」
私は、窓の外を流れる景色を見つめたっきり――空はどこまでも青く、澄んでいたっきり
おい健二!! 今の電話、誰からだ!? 何かやばい連中じゃないんだろうな!!
」
父が、震える声で健二の肩を掴んだっきり健二は、魂が抜けたような顔で、スマホを地面に落としたっきり画面が粉々に割れる音が、静まり返った住宅街に、不気味に響くっきり
「終わりだ……全部終わりだよ……姉貴が警察にちくったせいで、あの人たちの仕事がパーになった……損害は億単位だって……俺、殺される……絶対に逃げられないんだ……殺される……」
「何を言ってるのよ、健二さん!! 冗談はやめてよ!! 」
江里が、健二の胸倉を激しく揺さぶるっきり
「そんなことより、私のバッグ!! あのバッグ、限定品で、今買えば倍の値段がするのよ!!
今すぐ取り返してきなさいよ!! 警察にガツンと言ってやりなさいよ!! この役立たず!! 」
「うるさい!!
バックどころじゃないんだ!! 俺の命が、かかってるんだぞ!! 」
健二が、江里を突き飛ばしたっきり尻もちをついた江里は、乱れた髪を振り乱しながら、獣のような声をあげたっきり
「何よ!? その態度!!
誰のおかげで今までいい思いができたと思ってるの!? 私がうまく小岸さんを煽って、お金を引き出させてあげたからでしょう!! あんたみたいな無能な男、お金がなくなったら、ただの粗大ごみじゃない!! この役立たずの寄生虫が!!
」
「寄生虫は、お前だろ!! 毎日毎日、ブランド品だの、エステだのと、俺の金を湯水のように使いやがって!! お前が贅沢しなけりゃ、もっと上手く立ち回られたんだ!! 」
「私のせい!?
浮気して、ギャンブルに注ぎ込んでたのは、どこのどいつよ!! この甲斐性なし!! 」
門の前での、見苦しい夫婦喧嘩の姿は、もはや見るに堪えないほど醜悪だったっきりかつて「仲の良い理想の家族」を演じていた面影は、微塵も残っていないっきり父と母は、その光景をただ呆然と見つめていたっきり
「田中さん……お願いだ。あの子に、取り成いてくれ!! せめて、せめてこの家の中に入れてくれ!!
外には、あんな物騒な連中がいるんだろう!! ここにいちゃ、危ないんだ!! 」
父が、すがるような目で田中税理士に手を伸ばしたっきりしかし、田中先生は一歩下がり、霊鉄な声で告げたっきり
「お断りします」「あの子様からは、一切の接触を禁じられています」「それに、あなた方が心配すべきは、外の連中だけではありませんよ」
田中先生は、手元の資料を一枚めくったっきり
「あの子様がこれまで、あなた方に渡してきた生活費、及び健二さんの事業資金……あの子様は、全て金銭消費貸借契約として処理していました」「利息も含め、現時点での債務総額は、別途損害金を除いても、**4億2000万円**になりますよ」
「4億……」
母の口から、乾いた笑いが漏れたっきり
「ええ、贈与ではなく、あくまで貸し付けです」「契約書には、あなた方の署名と押印が、しっかりと残っています」「本日、その全額について一括返済の督促状を発送しました」「支払いが不可能な場合は、自己破産の申し立てを行うことになりますが……残念ながら、あなた方には破産しても免責されない、悪意の不法行為に該当する疑いがあります」「つまり、一生かかっても、この借金からは逃れられないということです」
「な、女……そんな陰湿な子は……自分の親を路頭に迷わせて、一生借金漬けにするつもりなのか!! 」
父が叫ぶっきり
「自分の親ですか?
あの子様は、もうその言葉を信じていらっしゃいません」「あなた方が彼女に強いいてきた20年以上の搾取と、実母の遺産を着服し続けた罪……それを考えれば、これは慈悲深い方ですよ」「少なくとも、今すぐ牢屋に入れろとは、おっしゃっていませんから」
田中先生は、そう言い残すと作業員に合図を送ったっきりトラックのエンジンがかかり、佐藤家の荷物を満載した車両が、次々と走り去っていくっきり最後の一台が角を曲がった時、門のチェーンが、カチリと音を立てて施錠されたっきり
「ああ……ああ……俺の家が……俺たちの楽園が……」
健二が、門柱に縋りつき、子供のように泣きじゃくるっきり
「何が楽園よ!! ただの泥棒じゃない!! 健二さん、離婚よ!! 今すぐ離婚届けを持ってきなさい!!
あんたみたいな犯罪者予備軍と、一秒だって一緒にいたくないわ!! 」
江里が、立ち上がり服の砂を払いながら、言い放ったっきり
「離婚だぁ!? 都合のいいこと言ってんじゃねえぞ!! お前だって、共犯だろ!!
あの子から金を巻き上げる計画、ノリノリで考えてたのは、お前だ!! 」
「証拠でもあるの!? 私はただの専業主婦!! 何も知らなかったって言えば、警察だって信じてくれるわ!!
さよなら、負け犬さん!! 私は実家に帰って、もっとマシな男を見つけるわ!! 」
江里は、捨てゼリフを吐いて歩き出そうとしたっきりその時っきり一台の黒塗りの車が、猛スピードで門の前に停まったっきりタイヤがアスファルトを焦がす音が響くっきり
車から降りてきたのは、警察ではなかったっきり――精悍な顔立ちに、冷酷な光を宿した瞳っきり仕立ての良いスーツを着ているが、隠しきれない暴力の香りを纏った、屈強な男たちっきり
「佐藤健二……ここにいたか」
リーダー格の男が、低く、ドスの聞いた声で呟いたっきり健二の全身が、目に見えてガタガタと震え出したっきり
「あ、ああ……ち、違うんです!! 警察に行ったのは、俺じゃなくて……」
「言い訳は、車の中で聞こう」「それから、奥さん……お前も、組織の金をマネーロンダリングする口座の管理、手伝ってたよな」「逃げられると思うなよ」
「え、ええ……私、私は、何も……」
江里の顔が、一瞬にして凍りついたっきり――彼女が自分の贅沢のために、健二から渡された出所不明の金を管理していたことが、露見したのだっきり
男たちが、言葉もなく健二と江里の腕を掴んだっきり
「助けて!!
お父様!! お母様!! 警察を呼んで!! 」
江里の悲鳴が上がるが、父母も腰を抜かして座り込んだまま、指一本動かすことができなかったっきり
二人は、乱暴に車に押し込まれていくっきりその間、リーダー格の男は、呆然と立ち尽くす父と母に視線を向けたっきり
「安心しろ」「こいつらが吐き出した分は、きっちり働いてもらうからよ」
車は、凄まじい排気音を残して、去っていったっきり残されたのは、静まり返った住宅街と、家を失い、子供を連れ去られた老夫婦だけっきり
「あの子……霊れ……助けてくれ……お前がいないと、私たちは生きていけないんだ……」
母が、誰もいない虚空に向かって、枯れた声で呼びかけるっきりだが、その問いに答えるのは、冷たい秋の風だけだったっきり彼女たちが30年かけて築き上げた巨悪の王国は、今、完全に崩壊したのだっきり
しかし、この制裁はまだ、序章に過ぎなかったっきり父と母が、これから向かわなければならない、もう一つの場所があったっきり――そこには、私が用意した、彼らにとって最も残酷な「救済」が待っていたっきり
門の前にへたり込んだ父と母っきりその姿は、かつての威厳など微塵もなく、ただの惨めな老人になり果てていたっきり健二と江里を乗せた黒塗りの車が視界から消えた後、辺りは不気味なほどの静寂に包まれたっきり
「お父さん……どうしましょう……健二さんが、あの人たちに……」
「あの子に……あの子に、もう一度電話をしましょう!!
あの子なら、あの子なら、お金で解決してくれるはずよ!! 」
母が、震える手で地面に落ちた自分のバッグを漁るっきりだが、中に入っていたスマホは、先ほどの騒動で誰かに踏まれたのか、画面が真っ暗なまま、反応しなかったっきり
「無駄だ……あいつは、最初から仕組んでいたんだ……俺たちが、健二を甘やかし、あの子を道具としてしか見ていないことを、全て知った上で……」
父の声は、枯れ果てていたっきりそこへ、去り行ったと思っていた田中税理士が、最後の一通の黒い封筒を手に、戻ってきたっきり
「佐藤さん……あの子様から、あなた方へ最後にお伝えしなければならない事実が、もう一つあります」「これが、彼女が今日まで、あなた方に尽くし続けた、本当の理由です」
「理由……そんなの、家族だからに決まっているだろう!! 私たちが、育ててやったんだから……」
父の言葉を遮るように、田中先生は淡々と書類を読み上げ始めたっきり
「それは、あの子さんの身の母親、一条みつ子氏が残した、遺言信託の最終情報でした」「この信託には、ある特殊な条件が付されていました」「もし、佐藤家の人々が、あの子のを血の繋がらない娘としてではなく、一人の家族として愛し、彼女が40歳を迎えるまで誠実に養育したならば――信託財産の半分、現在の価値にして約**30億円**を、佐藤家への報酬として一括で譲渡する……という内容です」
「さ……30億……」
父の目が、これ以上ないほど大きく見開かれたっきり母も、息を飲んで田中先生の手元を見つめるっきり
「ええ……今日、お父様の喜寿のお祝いとして、あの子様はその権利を、あなた方に譲渡する手続きを行うつもりでした」「彼女は、昨日まで……あなた方が自分をどう思っていようと、最後まで家族として信じようとしていたのです」「もし、あなた方が玄関であのひどい会話をしていなければ……もし、彼女を「歩くATM」などと言わず、温かく迎えていれば……今、この瞬間、あなた方は30億円という巨額の富を手にし、一生を優雅に過ごせていたはずなのです」
崩れ落ちる父、母っきり彼らは自分の耳を疑うように、何度も首を振ったっきり
「嘘、嘘よ……そんなの、聞いたことがないわ……あの子、どうして、それを言わなかったのよ……知っていれば、もっと優しくしたのに……」
「知っていれば、優しくした――その言葉こそが、不確の証拠ですよ」
田中先生の瞳に、深い哀れみが宿ったっきり
「あの子様は、条件を知らずとも、無償の愛を注いでくれる家族を求めていました」「ですが、あなた方が求めていたのは、彼女そのものではなく、彼女がもたらす金だけだった」「従って、この信託情報は、昨夜、あなた方の口から出た言葉をあの子様が録音した瞬間に、完全に執行されました」
「ああ……ああああ!! 」
父が、血を吐くような声をあげたっきり――目の前に、手の届くところにあったはずの黄金の山が、自分たちの強欲によって、一瞬で灰燼に帰したのだっきり30億円……それがあれば、健二の借金も、江里の贅沢も、自分たちの老後の不安も、全て解決して、あまりあるはずだったっきり
「それだけではありません」「あの子様は、あなた方の今後の居場所を、ご用意されています」「本来なら、このまま路頭に迷わせるのが妥当だという意見もありましたが……彼女の、最後の慈悲です」
田中先生が指差した先――古びた小型のワゴン車が、実家の前に静かに停まったっきり車体には、**「セーマリア園」**という、聞き慣れない施設の名前が書かれているっきり
「そこは、山奥にある厚生支援施設です」「一日中、農作業や清掃に従事し、粗食な食事と屋根があるだけの生活」「贅沢は一切許されませんが、死ぬことはありません」「ただし、そこへ入るためには、あなた方が来ているそのブランド物の服も、隠し持っている通帳も、全て返上していただきます」
「山奥の施設……私たちが、そんなところで働けというのか……この年で……」
「ええ……あなた方が、あの子様から奪い、浪費してきた金……それらを、肉体労働によって、一生をかけて償う」「それが、あの子様からあなた方への、最後のプレゼントです」「あ、ちなみに……拒否されるなら、この場で警察に引き渡ししますよ」「母の遺産横領、及び組織犯罪への関与について、まだ余罪はたっぷりとありますからね」
父と母は、互いの顔を見合わせたっきりそこにあるのは、愛情でも連帯感でもないっきり――ただ、お互いの存在を呪い、憎み合う、冷えきった視線だったっきり
「お前のせいだ……お前が健二を、甘やかすから……こんなことになったんだ……」
父が、母の胸倉を掴んだっきり
「何ですって!?
あなたこそ、仕事もせずに、あの子の金でゴルフ三昧だったじゃない!! 私の人生を、返してよ!! 」
路上で、壮絶な夫婦喧嘩を始める老夫婦っきりその様子を、田中先生は無感情に、スマホのカメラで記録し、誰かに送信したっきり――その送信先は、一条会長の別邸で、私は届いた映像を静かに眺めていたっきり
画面の中で、泥だらけになって罵り合う、かつての両親を――見ても、もう涙は出なかったっきりただ、胸の奥にあった何かが、一つずつ消えていくような感覚だけがあったっきり
「満足かしら、あの子さん」
隣で一条会長が、温かいココアを差し出してくれたっきり
「はい……悲しいくらいに、すっきりしています」「私、ずっと、彼らに認められたくて、愛されたくて、必死だったんです」「でも、それは叶わない夢だった」「今日、ようやくその夢から覚めることができました」
私はスマホを閉じ、テーブルの上に置いたっきり
「田中先生に伝えてください」「施設への移送を済ませたら、もう二度と、私の前に彼らの名前を出さないで欲しいと」
「分かったわ」
「さあ、これから忙しくなるわよ」「あなたの実母が残した30億円……それを使って、あなたが本当に作りたかった家族の形――恵まれない子供たちのための基金を、本格的に指導させましょう」
私は、力強く頷いたっきり**佐藤あの子**という名は、もう捨てよっきりこれからは、母からもらった本当の名前、**一条あの子**として生きていくっきり
窓の外では、朝日が登り始めていたっきり私の人生を縛りつけていた偽りの実家は、間もなく解体され、更地になるっきりそこには、新しい希望の種が、植えられるだろうっきり
だが、この逆転劇は、これで終わりではなかったっきり山奥の施設へ送られた父と母、そして組織へ連れて行かれた健二と江里……彼らにとって、本当の意味での絶望の日常は、これから、一生続くのだっきり
秋の空は、どこまでも高く、澄み渡っているっきりかつて私が家族の絆を守るために、必死に金を注ぎ込み続けてきた、実家っきりその大きな屋根に、巨大な重機の爪がかけられたっきりバリバリと、乾いた音が響くっきり私の思い出も、彼らが巡らせた策略も、全てがただの瓦礫へと変わっていくっきり
私はその光景を、少し離れた場所に停めた車の中から、静かに見つめていたっきり
「未練はないかしら、あの子さん」
隣に座る一条会長が、優しく声をかけてくれたっきり
「ええ、不思議なくらい、何も感じません」「あの中にあったのは、私が一方的に抱いていた幻想だけでしたから……形がなくなることで、ようやく心が軽くなった気がします」
私はそう答えたが、心の中では、一つの決着をつけようとしていたっきり――この逆転劇の最終段階、それは彼らが「自分たちは被害者だ」という甘い逃げ道を、完全に断つことだったっきり
その時、私のスマホに一封の通知が届いたっきり田中税理士からだっきり
**『山奥の施設に送られたご両親、及び組織に拘束されている健二様夫婦の代理人を名乗る弁護士から、連絡が入りました。本日、面会を希望されています』**
私は、冷たい笑みを浮かべたっきり
「会長、少し、道に寄ってもいいですか? 」「最後に、彼らに餞別を渡してやりたいんです」
向かったのは、一条グループが所有する、都内の古いビルの一室だったっきりそこには、佐藤家の四人が、それぞれ異なる絶望の色を浮かべて座らされていたっきり警察の取り調べを終え、一度は釈放されたものの……家を失い、当てもなく、莫大な負債を背負った彼らっきり特に健二と江里は、組織からの厳しい取立てによって、昨日までの傲慢な態度は見る影もなく、ボロ雑巾のように疲れ果てていたっきり
「あの子!!
あの子!! 待っていたぞ!! 」
私が部屋に入るなり、父が立ち上がろうとしたっきりだが、その両脇には一条グループの屈強な警備員が控えており、強引に椅子に押し戻されるっきり
「あの子、お願いよ……助けて……あの施設、本当に地獄なの!! 暖房もない部屋で、朝から晩まで泥だらけになって……私、もう、耐えられないわ……あんなの、人間が住むところじゃない!!
」
母が、泣き叫ぶっきりその指先には、かつて私がプレゼントした高級クリームのおかげはなく、泥と霜で汚れ、ひび割れていたっきり
「小木さん!! 私が悪かったわ!! 全部、健二さんに言わされてたの!! 私はただ、小岸さんに憧れていただけなの!!
だから、お願い……小岸さんが、なんとかして!! 30億あるんでしょう!? そのほんの一部でいいから、私たちに分けてくれたら……」
江里が、床に膝をつき、必死に私にすがりつこうとするっきり**30億**……その数字を聞いた瞬間、彼女たちの目の奥に、消えかかっていた強欲の光が再び宿ったのを、私は見逃さなかったっきり
私は、彼女たちの前に一枚のタブレットを置いたっきり画面には、彼らがこれまで私に対して言ってきた数々の侮辱と裏切りの証拠映像が、無音で流れているっきり
「あなたたち……まだ、勝ったと思っているみたいね」
私は、氷のように冷たい声で切り出したっきり
「私が今日、ここに来たのは、あなたたちを助けるためじゃない」「逆転の完成を、告げるためよ」
「逆転……何を言ってるんだ……」
健二が、震える声で尋ねるっきり
「あなたたちが私から奪ったお金……20年間の仕送りと、健二の借金の肩代わり、そして実母の遺産……それらを全て合計し、現在の法廷利息を上乗せした額を、計算し直したわ」「結果、あなたたちが私に支払うべき損害賠償額は、**30億円**を、軽く超えたなあ」「つまりね、あなたたちが期待しているその30億円の遺産……それは、すでに私の手によって、全額差し押さえの手続きが完了しているの」「あなたたちの手に、一円も渡らないどころか、あなたたちはこれから死ぬまで、私に対して借金を返し続ける奴隷として生きることになる」
リビングに、墓場のような静寂が訪れたっきり彼らが最後の一度の望みとして抱いていた「遺産の分配」という夢が、今、私の手によって、こっぱみじんに打ち砕かれたのだっきり
「そ、そんなの……あんまりだ!! 育ての親に対して、そこまでするのか!!
」
父が叫ぶっきり
「「育ての親」という言葉を、汚さないで」
私は、一歩父に歩み寄ったっきり
「あなたたちが私にしたことは、教育じゃない、搾取よ」「愛情じゃない、洗脳よ」「新幹線で出会った一条会長が言ったわ――「自分の居場所も、人生さえも失う」って……でも、それを奪ったのは、会長じゃない」「あなたたち自身よ」「私という便利な道具が、永遠に壊れないと高を括くり、甘え、奪い続けた……その報いが、今来ただけ」
私は、田中税理士が持ってきた厚い書類を、彼らの前に投げ出したっきり
「これは、あなたたちがこれから送る人生の契約書よ」「山奥の施設で、あるいは組織の関連会社で……あなたたちは最低限の衣食住を与えられる代わりに、その労働賃金の9割を、私の基金に返済し続ける」「返済期間は、あなたたちが息を引き取る、その日まで」
「そんなの、奴隷と言ってるのと同じじゃないか!! 」
健二が、絶叫したっきり
「ええ、あなたたちが私に強いいてきた生活は、それと同じだったわよ」
私は、霊鉄な瞳で彼らを見下ろしたっきり
「でも、安心して」「私はあなたたちを、死なせない」「死なせてしまったら、返済が終わらないもの」「一生をかけて土にまみれ、汗を流して、自分たちがどれほど傲慢だったかを、噛み締めなさい」「それが、私からあなたたちへの、唯一の家族としての情よ」
――逆転っきり立場は、完全に、そして永久に入れ替わったっきりかつて椅子にふんぞり返り、私に「金を区面しろ」と命令していた彼らは、今や、私の許可なくしては、食事すら満足にできない存在へと落ちたっきり
「さあ、連れて行って」
私の合図で、警備員たちが彼らを引きずり出し始めたっきり
「待って、あの子!! 許して!! お母さんが、悪かったわ!!
」
「姉貴!! 助けてくれ!! 殺される!! 組織に殺されるんだ!!
」
必死の叫びが、廊下に響き渡るっきりだが、その声は、厚い扉の向こうへと消え、二度と私の元へは届かなくなったっきり
部屋に残された私は、窓の外を眺めたっきり遠くで、実家の解体作業が終わったのか、土煙が収まっていくのが見えたっきり
**――終わりましたね。**
私は、自分の手が震えていないことに気づいたっきり新幹線で老女に警告された、あの時……私は「家を失う」ことに怯えていたっきりだが、今、私は気づいたっきり失ったのは「家」という名の呪縛であり、手に入れたのは、**私自身の人生**だったのだっきり
「スカっとしたかしら」
いつの間にか背後に立っていた一条会長が、私の肩を優しく抱いたっきり
「はい……でも、それ以上に、静かです」「世界が、こんなに静かだったなんて、知りませんでした」
私の逆転劇は、復讐で終わるのではないっきりここから、本当の自分を取り戻すための、長い旅が始まるのだっきり
佐藤の実家が取り壊されてから、一ヶ月が経ったっきりかつて立派な母屋を誇っていたその場所は、今は真っさらな更地となり、新しい建設プロジェクトの看板が立てられているっきりそこには、大きくこう記されていたっきり
**「一条・あの子・子供未来基金『光の家』建設予定地」**
一方、山奥にある厚生支援施設「セーマリア園」っきりそこは、外界から隔絶された、静かすぎるほど静かな場所だったっきり朝五時の鐘の音と共に、強制的な一日が始まるっきり
「汚い……なんで、私がこんな便器掃除なんて、しなきゃいけないのよ!! 」
江里は、ひび割れた鏡に映る自分の姿を見て、絶叫したっきりかつてブランド品で固め、都内の高級サロンで整えていた肌は、ボサボサになり、爪は泥で汚れ、肌は慣れない野良仕事とストレスで、荒れ果てているっきり
彼女に与えられた仕事は、施設の共同トイレの清掃と、広大な畑の雑草抜きだったっきり
「おい、そこ、手が止まっているぞ」「さっさと動かせ」
冷たい声が響くっきり振り返ると、そこには施設の指導員となった、女性――美香が立っていたっきり美香……
彼女は、かつて健二が経営していた会社で事務として働いていた女性だっきり健二に不当に解雇され、さらに江里から「仕事もできない無能な女」「お世辞しか能がない」と罵られながら、泥水をすするような思いをしてきた過去を持つっきり一条会長の手配により、彼女はこの施設の責任者として迎えられていたっきり
「みかさん、お願い……私、もう限界なの……腰も痛いし、手も動かないの……少しだけでいいから、休ませて……あ、あなただって昔は、私たちにお世話になったでしょう? 」
江里が、愛想笑いを浮かべてすり寄るっきりだが、美香の瞳には、一ミリの同情もなかったっきり
「お世話になった? ……冗談はやめてください」「不登庫の上に、給料の未払い……さらに、あなたからは人前で、恥をかかされた」「今、あなたが受けているのは、正当な報いです」「あの子様からは、あなたたちの甘えを一切許すなと、厳命されています」「さあ、掃除を続けなさい」「終わらなければ、今日の昼食はありませんよ」
「あの……生き遅れのクソ女が……」
江里が小声で吐き捨てた、その瞬間、背後から重い足音が聞こえたっきりそこには、健二と父が、大量の肥料袋を担いで現れたっきり
「はあ……はあ……江里……もういい……何を言っても、無駄だ……俺たちは、あの女に完全にはめられたんだ……」
健二の姿は、もはやかつての「青年実業家」の面影もなかったっきり顔は土色に汚れ、自慢の外車を乗り回していた腕は、重い荷物を運ぶために細く締まり、あちこちに傷ができているっきり父もまた、腰を曲げ、虚空を見つめながら、泥だらけの靴を引きずっていたっきり
彼らにとって最も苦痛だったのは、重労働そのものではないっきり――季節内のホールに設置されたテレビで、毎日流れる、あの子こと**一条あの子**のニュースだったっきり
**「本日、一条あの子氏は、実母から引き継いだ30億円を全て基金に投じ、虐待や貧困に苦しむ子供たちのためのシェルターを、全国に展開することを発表しました」「彼女の誠実な決断に、多くの賞賛の声が上がっています」**
画面の中で、最高級のスーツを身にまとい、穏やかに、しかし凛とした表情で微笑む私っきりその姿を見るたびに、彼らは自分たちが手放したものの大きさに、血を吐くほどの後悔を覚えるのだっきり
「30億……本当なら、俺たちのものだったのに……あの時、玄関であの子に、優しくしてさえすれば……」
父が、血のにむような声を漏らすっきり
「うるさいわよ!!
お父さん!! 今更、そんなこと言っても遅いのよ!! 」
江里が叫ぶっきり
「全部、あんたたちのせいよ!! 小岸さんのことATM扱いしたから!!
私を、こんな地獄に連れてきたのは、佐藤家のみんなのせいだ!! 」
家族同士の罵り合いっきりそれは、この施設でも日常茶飯事だったっきりかつては「金」という接着剤で繋がっていただけの彼らは、金がなくなった瞬間、ただの敵同士に戻ったのだっきり
その時、施設の門が開いたっきり黒い高級セダンが、静かに入ってくるっきり警備員に導かれ、車から降りてきたのは――紛れもない、私、一条あの子だったっきり
「あの子!! 霊子じゃないか!! 」
父と母、健二、そして江里が、一斉に駆け寄ろうとしたっきりだが、彼らは美香と警備員によって、厳しく静止されるっきり
「そこに並びなさい!!
あの子様に、触れることは許されません!! 」
私は、彼らから数メートル離れた場所で、足を止めたっきり手には、一条会長から託された、ある書類っきり
「思っていたより……皆さん、お元気そうで」
私は、静かに言ったっきり
「いえ、もう二度と会うことはないと思っていましたが……最後の手続きに、来ました」
「あの子、悪かった!! 頼む!! ここから出してくれ!!
借金は返す!! これから必死で働くから!! こんな山奥じゃなくて、せめて町の工場とかで、働かせてくれ!! 」
健二が、地面に額を擦りつけて泣き叫ぶっきり私は、冷やかな視線で彼らを見下ろしたっきり
「返済?
健二……あなたたちが、ここで一生働いても、私が立て替えた金の利息すら、返せないわよ」「でも、朗報を持ってきたわ」
「朗報……もしかして、許してくれるのか!? 」
父の目に、淡い期待の色が浮かぶっきり私は、手に持っていた書類を、彼らに見せたっきり――それは、**親族関係解消合意書、及び相続権放棄の最終宣告書**だったっきり
**「今庫の日を持って、私は佐藤家の一切の縁を切りました」「法的な手続きは、全て完了しています」「お父さん、お母さん、あなたたちはもう、私の親ではありません」「健二も、私の弟ではありません」**
「そ、そんな……縁を切るなんて……それじゃ、私たちは、どうなるんだ……」
「あなたたちは、ただの債務者として、この施設で一生を過ごすのよ」「ただ、これだけは言っておくわ」
私は、一歩彼らに近づいたっきり
「あなたたちが狙っていた、私の30億円……あれ、実は全額、あなたたちが壊したあの実家の跡地に建てる、『光の家』の運営費に回したわ」「あなたたちがこれから、汗水垂らして稼ぐお金も、全てその子供たちの給食費や、学費になる」「あなたたちは、自分が最も意味嫌っていた「無償の奉仕」を、死ぬまで続けることになるの」「自分の意思ではなく、家主としてね」
「嫌だ……そんなの嫌よ!! 自分の稼いだ金が、知らない餓鬼どものために使われるなんて、耐えられない!! 」
江里が、ヒステリックに叫ぶっきりだが、その叫びこそが、彼女が「救済」からほど遠い場所にいる証拠だったっきり
「耐えられないなら、どうぞここを去ってください」
私は、静かに告げたっきり
「ただし、ここを出た瞬間に、組織の取立てと、警察の再追及が待っているわよ」「お母さん、あなたが実母の遺産を着服していた件……警察はまだ本格的な捜査を入れているわ」「ここを出れば、次は冷たい拘置所生活よ」
母は、ガタガタと震え、言葉を失ったっきり
これが、私の用意した、スカットの頂点だったっきり彼らを、殺すわけではないっきり彼らを生かし、最も彼らが嫌う労働と、他人のための献身を強制し、自分たちが失った富がいかに正当に使われているかを、毎日見せつけるっきり――これ以上の地獄が、他にあるだろうかっきり
「さようなら、佐藤家の人々……いえ、名もなき人たち」
私は、一度も振り返ることなく、車に乗り込んだっきり背後では、健二の絶叫と、江里の悲鳴、そして父と母の空虚な呟きが混じり合い、山々に響き渡っていたっきり
車が施設の門を出た時、私は深く、深く息を吐いたっきり胸の奥にこびりついていた、黒い澱みが、秋の風に吹かれて消えていくのを感じたっきり
**新幹線のあの老女、一条会長の言葉は、正しかった。私は一度、家を失った。家族を失った。だが、その代わりに、私は自分自身の魂を、取り戻したのだ。**
「スカっとしましたね、あの子さん」
助手席の田中先生が、バックミラー越しに私に微笑みかけたっきり
「ええ……でも、本当にスカっとするのは、これからかもしれません」
私の視線の先には、新しい子供園の完成図が広がっていたっきりそこには、笑顔の子供たちと、誰にも縛られずに自由に生きる、私の姿があったっきり
あの日、新幹線の車内で不思議な老女に出会ってから、ちょうど一年が過ぎたっきりかつて私が執着し、抜こうとしてボロボロになっていた、実家っきりその後地には、今、子供たちの笑い声が響き渡っているっきり
完成したばかりの施設「光の家」――木の温もりが漂うテラスを通り、私は中庭が見える席に座ったっきりそこには、一年前のあの日と同様に、一条会長が穏やかな表情で、お茶を淹れて待っていたっきり
「あの子さん、本当にお疲れ様」「素晴らしい施設になったわね」「あなたの身のお母様も、きっと空の上で、喜んでいらっしゃるわ」
「ありがとうございます、会長」「一年前、あの新幹線で会長に声をかけていただかなければ、私は今頃、どうなっていたか……想像するだけで、まだ背筋が凍る思いです」
私は、会長が淹れてくれたお茶を、一口、ゆっくりと喉に流し込んだっきり温かな液体が、かつて凍りついていた私の心を、優しく溶かしていくっきり
この一年、私の人生は激変したっきり佐藤という姓を捨て、実母の家系である一条の、直系の子として、私は本当の意味で、自分の人生の舵を握るようになったっきり都内の広告代理店は、円満に退社し、今は基金の代表として、全国を飛び回る日々を送っているっきり以前のように、誰かに認められるために働くのではないっきり――自分の意思で、自分が正しいと信じることのために、力を注ぐっきりその充実感は、何者にも代えがたいっきり
「あの方たちは、今、どうしているかしら?
」
会長が、ふと遠くを見つめるような目で尋ねたっきり私は、田中先生から届いた最新の報告書を思い出したっきり山奥の厚生支援施設に送られた父と母、そして健二と江里っきり彼らにとって、この一年は、地獄のような日々だったっきり
「父と母は、今も毎日、自分たちが汚した畑を耕しているそうです」「かつて、私が送った金で贅沢をしていた手は、今は豆だらけになり果てたって」「でも、田中先生の話では、最近になってようやく、父がぽつりと、『あの子に、済まないことをした』と呟いたそうです」
「そう……失って初めて、その価値に気づいたのかしらね」
「かもしれません」「でも、私はもう、その言葉に振り回されることはありません」
「健二と、えりさんは、相変わらずお互いを罵り合いながら、組織への返済のために、過酷な労働に従事しているようです」「えりさんは、鏡を見るたびに、自分の衰えた姿に泣き崩れているそうですが……誰も、彼女の涙を拭う人はいません」
「それが、彼らが選んだ道の果てだ」「家族という名の仮面を捨て去り、欲望という名の魔物に魂を売った代償」
私は、彼らを許したわけではないっきりただ、私の心の中から、彼らへの執着を、完全に消し去ったのだっきり――愛の反対は、憎しみではなく、無関心っきり今の私にとって、彼らはもう、遠い過去の物語の登場人物でしかないっきり
「あの子さん、見てご覧なさい」
会長が指差した先、中庭では、事情を抱えてこの施設にやってきた子供たちが、元気に走り回っていたっきりその中の、一人の女の子が、転んでしまったっきりもう一人の、少し年上の女の子が、小さな子の手を引き、優しく土を払ってあげているっきり
「お姉ちゃんだから、大丈夫だよ」「一緒に、あっちへ行こう」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸の奥に、温かいものが込み上げてきたっきりかつて私が、呪いのように自分に言い聞かせてきた「お姉ちゃんだから」という言葉っきり――それは本来、誰かを支配したり、隷属させたりするための言葉ではないっきりこうして、純粋な優しさから、誰かの手を引くための、温かな絆の言葉であるべきだったのだっきり
私は、バックの中から、一通の古い手紙を取り出したっきり――それは、一条会長が実母の遺品の中から見つけ出してくれた、私宛ての手紙だったっきりそこには、私が3歳の時に亡くなった、身の母、みつ子の筆跡で、こう記されていたっきり
**「愛するあの子へ」**
**「あなたがこの手紙を読んでいる時、私はもう、そばにいないかもしれません」**
**「でも、忘れないで」**
**「本当の家族とは、血の繋がりや、家という形にあるのではありません」**
**「あなたの心を大切にし、あなたの幸せを心から願ってくれる人」**
**「そして、あなたが自分らしく笑える場所」**
**「そこが、あなたの本当の家なのです」**
**「いつか、あなたが心から信頼できる誰かと出会い、温かな場所を作れることを、祈っています」**
**「あなたは、私の誇りです」**
私は手紙を胸に抱きしめ、天を仰いだっきり青空から、柔らかな光が降り注いでいるっきり
私にはもう、帰るべき場所も、守るべき偽りの家族もいないっきりけれど、私の周りには今、一条会長や田中先生、そしてこの施設で共に働く仲間たち、そして何より、希望に満ちた子供たちがいるっきり
**これが、私がようやく見つけた、本当の家なのだ**
「あの子さん、これからの予定は? 」
会長が、茶目っ気たっぷりに微笑むっきり
「そうですね……まずは、来週開校する、奨学金制度の面接に行きます」「それから、久しぶりに新幹線に乗って、旅に出ようかと思っているんです」
「あら、いいわね」「次は、どこの席に座るのかしら? 」
「どこでもいいんです」「でも、もし隣に、困っている人がいたら……今度は、私が声をかけてあげたい」
**「逃げるなら、今よ」って? **
私たちは、顔を見合わせ、声を上げて笑ったっきり
一年前、私はどん底にいたっきり愛していた家族に裏切られ、家を失い、人生そのものが崩壊する恐怖に震えていたっきりけれど、その絶望の縁で出会った、一人の老女の言葉が、私を真実へと導いてくれたっきり不遇な運命に立ち向かい、自分の手で逆転を掴み取ったっきり
今、私は、かつてないほどの自由と、安らぎの中にいるっきり実家を失うことは、不幸ではなかったっきり――それは、偽りの愛から卒業し、真実の幸福へと踏み出すための、必要不可欠な通過儀礼だったのだっきり
「さあ、行きましょうか」「子供たちが、あの子先生を待っているわよ」
一条会長に促され、私は立ち上がったっきり足取りは、驚くほど軽いっきりもう、私の背中に「歩くATM」という荷物はないっきりそこにあるのは、未来へと続く、自分自身の足跡だけだっきり
テラスから中庭へ降りると、子供たちが一斉にこちらへ寄ってきたっきり
「あの子先生!!
あのね、さっきね……」「あの子さん!! 一緒に遊ぼう!! 」
小さな、温かな手が、私の服の裾を優しく引っ張るっきり私はそのぬくもりをしっかりと受け止め、心からの笑顔で、子供たちを抱きしめたっきり
**「ええ、一緒に遊びましょう」「ずっと、ずっと一緒に」**
物語は、ここで一旦幕を閉じるっきりけれど、私の本当の人生は、今、始まったばかりなのだっきり窓の外を流れる景色は、あの日と同じ、懐かしい風景っきりけれど、今の私が見ている世界は、あの日よりもずっと、色鮮やかで、輝いているっきり
幸せとは、誰かに与えてもらうものではないっきり自分の足で立ち、自分の心で選び取った場所で、大切な誰かと分かち合うものっきり
私は今、その答えを胸に、新しい季節へと歩き出すっきり


