パーティー会場の華やかな照明の下、私は孫の働く姿を眺めていた。77歳の今も現役の米農家として生きてきた私にとって、孫の光輝が農業機械の会社で働いていることは誇りだった。彼は中学卒業後、進学せずに働く道を選んだ。娘は反対したが、私は彼の意思を尊重し、背中を押したのだ。あれから10年、彼はこの会社でしっかりと働いている。
しかし、その時だった。40代前半の男が孫に命令をしているのが目に入った。顔を赤くしたその男、立花は明らかに酔っていた。
「おい、中卒。酒持ってこいって言ってんだろ」
私は一瞬耳を疑った。学歴だけで人を評価するような言葉に、胸の中で怒りが湧き上がる。孫は穏やかな口調で応じていた。
「立花部長、乾杯の挨拶もまだですし、これ以上は……」
「中卒の分際で意見するな。いいから持ってこい」
そう言い放つと、立花はなんと孫を蹴飛ばした。孫はよろめいたが、すぐに立ち直り、冷静にその場を処理しようとしている。私は立ち上がりかけたが、ぐっとこらえた。年寄りの出る幕ではない。孫は自分の選んだ道に覚悟を持っているはずだ。過保護に手を出すのは彼の成長を妨げるだけだと自分に言い聞かせた。
しかし、立花の言葉はさらにエスカレートしていく。
「中卒の役立たずが偉そうにしてるんじゃねえぞ。お前みたいなのがいるから会社がダメになるんだ」
さすがに限界を感じた。孫は黙々と命令をこなし続けているが、その姿を見ていると、どうしても助けを出したくなった。自分の力で困難を乗り越えるのは大切だが、時には大人が手を差伸べることも必要だろう。私の出番だ。
「おい、中卒」
その言葉がまた孫に向けられた時、私は静かに立ち上がった。
「はい。何でしょうか?」
立花は一瞬驚いたように私を見たが、すぐにニヤリと笑った。
「なんだじいさん。あんたも中卒か?」
私は穏やかな笑みを浮かべて肯定した。
「ええ、戦後すぐでしたので働くしかなくて」
周りの社員たちから笑いが起こった。立花が私に興味を持ったことで、孫への攻撃は一旦止まった。私は孫に向かって軽く頷き、安心させるように微笑んだ。
「部長さんはきっと立派な大学をご卒業なんでしょう。東大、それともハーバード?」
この質問に立花が一瞬固まる。彼は慌てた様子で返事をした。
「あ、いや、俺は大学には行ってないんだよ」
私の予感は的中した。自分も大した学歴ではないくせに、他人の学歴を貶している姿がさらに情けない。自分より学歴が低い人間を見下すことで自己満足に浸るなんて、何とも哀れだ。
「いやはや。部長さんは立派なお役職につかれておられる。大学を出ていないなんて関係ないですな」
立花は一瞬戸惑ったようだったが、すぐに笑みを浮かべて私に向かって言った。
「いいこと言うじゃねえか、じいさん。こっち来て飲め」
彼の言葉に周りの社員たちも私を手招きしている。立花の懐に入りすぎたようだが、今は孫のために付き合ってやるとしよう。私は立花の隣に座ると、彼はすぐに酒を進めてきた。酔いが進んでいるせいか、すっかり機嫌が良くなっている。私は酒を受け取り、一口飲んでからゆっくりと立花に言葉を続けた。
「学歴なんて結局のところ後からついてくるものです。大切なのは自分が何を成し遂げるかだと思っています。部長さんのように大学を出ずとも立派な役職につくことができるのは努力の賜物でしょう」
立花は私の言葉に満足したのか、笑顔で頷いた。
「そうだ。じいさん、結局のところ俺たちがどれだけ稼げるか、それが全てだ」
私はその言葉を聞き流しつつ、心の中で苦笑した。彼の言うことも一理あるが、それだけが人生の全てではない。学歴にしがみつくことなく努力と実績で道を切り開く姿勢は確かに大事だが、それが他人を見下す理由にはならない。
しばらく立花に付き合って酒を飲んでいると、彼の酔いはさらに深くなり、周りの社員たちも私たちのやり取りに興味を持ち始めた。私は彼に自分の愚かさを理解させるつもりだ。
「学歴なんて関係ないですな」
私はその言葉で会話を締めくくり、静かに微笑んだ。立花は満足げに頷き、さらに酒を注ごうとしたが、私はそれを断って立ち上がった。これで孫への当たりが少しは緩和されるだろう。
パーティーは順調に進行し、乾杯の挨拶をきっかけに豪華な料理がテーブルに次々と並べられた。どの料理も見事な出来で、会場全体に華やかな雰囲気が漂っている。私も久しぶりにこんな豪華な食事を目にし、少しばかり心が浮き立つのを感じた。
その時、視線の先に孫がいることに気づく。彼は一段落ついたようで、自分の席に座りようやく食事にありつける様子だった。心の中で「お疲れ様」と声をかけながら、彼がようやく休息を取れることに安堵する。
しかし次の瞬間、嫌な予感が胸をよぎった。さらに酔いが回った様子の立花が、フラフラとした足取りで孫の方へ近づいていくのが見えたのだ。立花の顔には悪意に満ちた笑みが浮かんでおり、彼が何かしでかそうとしていることは明らかだった。
「おい、中卒。何サボってんだよ」
立花は孫に向かって酔っ払った口調で絡み始めた。私は立花の行動を止めるべきかどうか一瞬迷ったが、少し様子を見ることにした。孫が自分の力で対処することを信じる。孫は困ったように笑みを浮かべながら、冗談めかして答えた。
「僕にも食べさせてくださいよ」
彼は相手の挑発に対して軽く受け流そうとしていた。しかし立花はそれに対して、さらにひどい仕打ちを準備していたようだ。
「いいだろう。でもお前の食事はこっちだ」
立花はどこからか残飯を持ち出し、それを孫の前にどっさりと置いた。その残飯は他の社員たちが食べ残したもので、まるで人間の食べ物とは思えないほどひどい状態だった。私の胸に怒りが湧き上がるのを感じた。
「中卒社員にはこれで十分」
立花はその言葉と共に大声で笑い出し、彼の取り巻きたちもそれに続いて大爆笑した。その光景はまるで自分たちが何か大きなことを成し遂げたかのような錯覚に陥っているようだった。
孫はこれまで立花のどんな発言にも耐えてきた。しかし今回の仕打ちはこれまでとは異なっていた。彼の目に涙が浮かんでいるのが遠目にもはっきりと分かる。
「おいおい、そんなに嬉しいか。お前の大好物だもんな」
立花はさらに追い打ちをかけるように孫を嘲笑し続けた。その言葉がどれほど残酷でどれほど無神経かを考えもしないで。孫はついに顔を伏せ、涙を流し始めた。私の胸に鋭い痛みが走った。これまで立花のどんな言葉にも耐えていた孫が、こんな形で屈辱を味わわされるとは。彼の泣き顔を見るのは祖父として何よりも辛かった。
私は立花の愚行に耐えられず、急いで孫の元へ駆け寄る。立花はその様子を見てさらに嘲笑を強める。
「おいおいじいさん、横取りしに来たのか?」
立花の取り巻きたちもまた大爆笑だ。彼らの笑い声が私の心にさらなる決意を燃え上がらせる。だが私は感情を抑え、孫の顔を見つめた。
「頑張った。あとは任せなさい」
私は優しく孫に声をかける。孫は涙で濡れた顔を上げ、私を見つめ返す。私は立花の方に向き直った。
「ああ、そうだ。君たちについて相談がある」
私は意識的に大きな声を出し、この騒ぎの中心に社長の麻生を呼び出す。騒ぎを聞きつけた麻生が慌てて駆けつけてくる。その表情には、私がただごとではないことを訴えているのを察した様子が見て取れた。
「ここの絵さん、一体どうされました?」
麻生の顔には心配と戸惑いが入り混じっていた。私は彼の顔をじっと見つめ、落ち着いた口調で返す。
「今日はこのパーティーに招待してくれて本当にありがとう。おかげで可愛い孫の働きぶりを知ることができたよ」
「お孫さんがうちの会社にいらしたとは」
麻生は驚きの表情を浮かべる。彼は私の孫がこの会社で働いていることを知らなかったのだろう。しかし私はさらに言葉を続ける。
「お節介かもしれないが、人事に関して提案がある」
その言葉に立花は顔色を変えて口を開く。
「ちょっと待てよじいさん。あんた一体何者なんだ?」
立花の声には明らかな動揺が混じっている。私がただの中卒の老人ではないことにようやく気づき始めたのだろう。
「立花さん、あんたは中卒の私のことなんて気にしなくていいよ」
立花はますます困惑した表情を見せたが、私は彼を無視し、再び麻生に向き直った。麻生は状況を理解し始めた様子で静かに頷いた。
「わかりました。立花に関する人事ということでしょうか?」
私は再び孫の方に目を向け、彼に向かって力強く声をかけた。
「明日が楽しみだな」
その言葉に孫の表情が少しだけ明るくなったのを見逃さなかった。彼はまだ若い。これからどんな困難が待ち受けていようとも、それに立ち向かう力がある。私の言葉は彼の心に新たな希望と決意を植えつけるためのものであり、また立花に対しての宣戦布告でもあった。麻生は私の言葉を真剣に受け止め、立花に対して何らかの処置を取る覚悟を決めたようだ。立花は一瞬何が起こったのか理解できないという表情を浮かべていたが、次第にその顔色が青ざめていった。彼もこれ以上のブレーキが許されないことをようやく悟ったのかもしれない。
「じ、冗談だろ、じいさん」
実は代々続く米農家の名家である我々ここの絵は、この会社の創設にも深く関わっており、この会社はここの絵と共に歩んできた。社内政治において絶大な発言権を持っており、現社長の麻生は私の後押しで社長になった人物だ。私の一声で立花程度の人事はいくらでも変更できる。私は麻生に向かって軽く頷き、彼も同じように頷き返してきた。
パーティーの翌日、私は社長の麻生に時間を取ってもらい、パーティーで起こった一連の出来事を詳細に報告した。孫が受けた屈辱と立花の振る舞いについて正直に話し、社内での対応を求める。麻生は私の話を真剣に聞き、すぐに立花に関する社内調査を開始することを約束した。その調査は迅速に進められ、立花が孫をはじめとする部下たちに対して行っていた数々のパワハラ行為が次々と明るみに出た。立花の下で苦しんでいた社員たちが勇気を持って証言し、その結果立花の行為が広く認知される。麻生はこの事態を重く受け止め、立花の処分を決定した。
立花のパワハラを助長していた取り巻きたちも社内での責任を問われる。彼らは降格するもの、出世の道が閉ざされたもの、減給を受けるものなど厳しい処分を受けることとなった。退職者も少なくなかった。立花自身もその責任を問われ、最終的には退職を余儀なくされ、彼はこれまでの行いの代償として職を失い、職場での地位を失うこととなった。彼の退職は社内に大きな衝撃を与え、これによって職場の風通しが良くなり、社員たちが安心して働ける環境が整う。こうして私の孫を苦しめていた問題は解決に向かい、孫も再び前向きに仕事に取り組むことができるようになった。私はこれでようやく一息つけると感じながら、彼のこれからの成長を楽しみにしていた。
パーティーでの一件が解決し、立花が社を去った後、孫から感謝の言葉をもらう。彼は真剣な表情で私の前に立ち、頭を下げた。
「じいちゃん、本当にありがとう。このままだったらきっと仕事を続けられなかった。おじいちゃんが助けてくれたから今もここで頑張ることができる」
その言葉に私は胸が熱くなるのを感じた。私は彼の肩に手を置き、ゆっくりと目を見つめながら言う。
「お前がこうして真面目に頑張っている姿を見られることが何よりも嬉しい。だが今回の件で分かったことは、どんなに辛いことがあっても決して1人で抱え込んではいけないということだ。困った時はいつでも俺に相談しなさい。お前には仲間がいる。家族がいる。それを忘れずにこれからも頑張れ」
孫は私の言葉を聞き、少し涙ぐんでいたが、すぐに力強く頷いた。彼の瞳にはこれまで以上に強い決意と自信が宿っているのが見えた。彼が選んだ道は決して容易なものではないが、彼が持つ熱意と努力があれば、必ずや成功するに違いない。これからも彼の成長を見守り、必要な時には手を差し伸べるつもりだ。孫の幸せが私にとって何よりの喜びであり、そのためならばどんなことでもする覚悟だ。
「お前は俺の誇りだ。これからも全力で自分の道を進め」
孫は私の言葉をしっかりと胸に刻み、笑顔で新たな一歩を踏み出した。私もまた彼の成長を楽しみに、これからの彼の人生を全力で応援していくつもりだ。


