パーティー会場の中央で、真っ赤なドレスを着た女性が、見下すような笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
「貧乏会社はこのパーティーには呼んでいないはずよ。会場を間違えたんじゃない?」
周りの視線が一気に私に集中する。スーツや華やかなドレスに身を包んだ人々の中で、私はTシャツにデニムという格好だった。確かに浮いていたのは分かっている。でも、招待状には「気軽な服装で」と書いてあったのだ。
「うちのような一流の大企業のパーティーによくもそんなよれよれの服で来れたものね。なんだか汗臭そう。まさか無断で入り込んだんじゃないでしょうね」
女性は私を侮辱することを楽しんでいるかのようだった。彼女の名前は村山リツ子。この大手物流会社の役員であり、社長夫人でもある。テレビによく出演している有名人だ。
「いや、そんなことはありません。招待状もあります」
私は慌てて鞄を開けたが、リツ子さんは構わず言葉を続けた。
「あなたみたいな貧乏会社の人がパーティーにいると、うちの会社の品が落ちるのよ。本当迷惑だわ」
品が落ちる? 私は思わず怒りで頭に血が上るのを感じた。確かに私の会社は無名だ。でも、誰にも負けない立派な仕事をしている。ここまで言われて黙っている必要はないだろう。
「そこまでおっしゃるのであれば、今後の取引は中止させていただきます」
「あら、そう。オタクのような弱企業なんか、手を引いてもらって構わないわよ。どうぞ、どうぞ」
リツ子さんは高笑いを響かせながら、くるりと背を向けて去っていった。私はその背中を見送りながら、すぐに会社へ電話を入れた。
俺の名前は小池俊明。子供の頃から理系の勉強が得意で、大学ではコンピューターの情報処理を専門に学んだ。そして大学院の友人たちと、在学中にITのベンチャー企業を立ち上げたのだ。最初は遊び感覚だったが、自分の能力を生かせる仕事が楽しくて、どんどんのめり込んでいった。
しかし、卒業が近づくと友人の一人が言った。
「卒業したらあの会社はどうする?」
「どうするって? 俺はこのまま続けるよ」
「お前はそう言うと思ったよ。でも悪いけど、俺は一般企業に就職しようと思っているんだ。その方が安心だからね」
結局、一緒に起業した仲間のほとんどは去っていった。それでも私は残って会社を続け、社長になった。それから数年が経ち、世間的にはまだまだ無名だが、少しずつ取引先も増え、スタッフを雇えるようにもなった。
そんなある時、一通の封筒が会社に届いた。金色の分厚い豪華なもので、取引先の中でも一際大企業である大手物流会社の50周年パーティーの招待状が入っていた。
「すごいですね、社長。会場は一流ホテルですよ。それで、社長は何を着ていくんですか?」
社員にいたずらっぽく聞かれて、私は「服に、と書いてあるからいつもの服で行くよ」と答えた。普段から服装に無頓着な私は、Tシャツにデニムといういつもの格好でホテルに向かった。
しかし、会場に着いて驚いた。男性は全員スーツ、女性は色とりどりのワンピース姿で、私だけが明らかに浮いていたのだ。さすがに焦った私は、受付にいた取引先の担当者に小声で尋ねた。
「あの、招待状に“服で”とあったので普段着で来てしまったのですが、まずかったですね。今日はこれで失礼した方が……」
「いえ、そんなこと気にする必要はありませんよ。社長はいつものその服が似合っていますよ。服装は本当に自由ですから、どうぞこのままお入りください」
担当者の言葉に励まされ、私はそのままパーティーに出席した。最初は片身が狭かったが、特に何事もなく時間は過ぎていった。自分の服のことなど、いつの間にか忘れていた。
パーティーが中盤に差しかかった頃、入り口付近が何やらざわざわと騒がしくなり、一人の女性が入ってきた。胸元が大きく開いた真っ赤なドレスを身にまとい、満面の笑みで次々と会場の人々と言葉を交わしている。それは、テレビで何度も見たことのある顔だった。
リツ子さんが私の横にぴたりと立ち、じろじろと上から下までなめ回すように見てきた。
「あなた、一体どちらの会社の方かしら?」
「小池と申します。小池システムズの社長をしています」
私がそう答えると、リツ子さんは呆れたような表情を浮かべた。
「そんな会社、聞いたこともないわね。貧乏会社はこのパーティーには呼んでないはずよ。会場を間違えたんじゃない?」
私は招待状を取り出そうとしたが、リツ子さんは面白半分で私を貶めようとしている。周りには人だかりができて、ひそひそと噂話をしている声も聞こえてくる。
「うちのような一流の大企業のパーティーによくもそんなよれよれの服で来れたものね。なんだか汗臭そう。まさか無断で入り込んだんじゃないでしょうね」
「いや、そんなことはありません。招待状もありますよ」
私は慌てて鞄を開けたが、リツ子さんは構わず言葉を続けた。
「もう結構よ。あなたみたいな貧乏会社の人がパーティーにいると、うちの会社の品が落ちるのよ。本当迷惑だわ」
品が落ちる? 私は思わず怒りで頭に血が上るのを感じた。確かに私の会社は無名だ。でも、誰にも負けない立派な仕事をしている。ここまで言われて黙っている必要はないだろう。
「そこまでおっしゃるのであれば、今後の取引は中止させていただきます」
「あら、そう。オタクのような弱企業なんか、手を引いてもらって構わないわよ。どうぞ、どうぞ」
リツ子さんは高笑いを響かせながら、くるりと背を向けて去っていった。私はその背中を見送りながら、すぐに会社へ電話を入れた。
「もしもし、俺だ。急ぎの用だ。この物流会社のシステム利用を、今日限りで全て停止してくれ」
私の会社は、この大手物流会社のシステムを構築していた。取引先の中でも最大の取引先だったが、社長夫人にここまで侮辱されて、黙っているわけにはいかなかった。
パーティーが終盤に差し掛かり、リツ子さんがステージに上がって挨拶を始めた。その時だった。スタッフが慌ててリツ子さんに駆け寄り、何か耳打ちをしたのだ。すると、リツ子さんの表情がみるみる青ざめていくのが、会場の隅にいる私にもはっきりと見えた。
「皆さん、お騒がせして申し訳ありません。実は、我が社の全システムがダウンして、全ての業務が現在ストップしてしまいました」
会場がどよめく。リツ子さんは動揺した様子で、スタッフに支えられながら事情を説明している。私はさっきの電話の指示通り、この物流会社のシステム利用を停止させたのだ。大手の会社ほど、全ての業務がシステム管理に依存している。だからこんなに簡単に、全てが止まってしまう。
リツ子さんがステージから私の方を見て、はっとした表情を浮かべた。そして慌てて駆け寄ってきた。
「あなたがさっき言ったことは本当なんですね。失礼はお詫びしますから、システムを元に戻してくれませんか?」
「おかしいですね。うちみたいな貧乏会社は“よしな”なんでしょう?」
「私は何も知らなかったのよ。早く復旧しないと……」
リツ子さんはすがるように言うと、その場に崩れ落ちた。
「今更遅いですよ。システムは完全にダウンしていて、復旧不可能です」
私はにやりと笑って言った。さっきまで「どうぞ、どうぞ」と言っていたのに、これでは格好がつかないだろう。
すると、一人の男性が近づいてきた。上品そうなスーツを着た、物腰丁寧な男性だ。どこかで見たことがあるような気がしたが、すぐに思い出せない。
「どうかしたのか、何を揉めているんだ?」
「社長……」
リツ子さんが顔を上げ、急に泣き出した。男性はこの物流会社の社長、リツ子さんの夫だった。
「子、大丈夫か?」
社長は泣き崩れるリツ子さんの手を取り、心配そうに顔を覗き込んでいる。私はリツ子さんには頭に来ていたが、この上品そうな社長は無視できなかった。私は社長に、自分の会社のシステムのこと、リツ子さんと揉めたこと、そして物流システムを停止したことを説明した。
「そうでしたか。うちの妻がそんなことを……本当に失礼なことをしました。急にシステムが停止するなんておかしいと思っていたところです」
社長は黙って最後まで私の話を聞くと、頭を下げて丁寧に謝罪した。システムが停止しているというのに、これほど落ち着いている姿に私は感心した。
「リツ子、お前は言わなくていいことまで言ってしまう悪い癖がある。人の上に立つ人間なのだから気をつけなさい。役員でもあり、夫人でもある立場なのだから、会社の尊望にも関わることだ」
社長は厳しい口調でリツ子さんを叱責した。リツ子さんはうなだれたまま泣いている。
「これで……早速ですが、急いでシステムを復旧してもらえないでしょうか。弊社の損害だけならば自業自得と言える。だが、システムダウンにより、短時間とはいえ取引先に迷惑をかけてしまっている」
社長は落ち着いているように見えたが、やはり大変なことであることは間違いない。大手の物流システムがダウンするということは、日本中の物流が滞ると言っても過言ではないのだ。
「リツ子、お前も早く謝りなさい」
社長は妻の背中に手を当てて謝罪を促した。リツ子さんはまだ言葉にならないようで、下を向いて黙っている。
私は何も言わずにそんな社長夫婦を見ていた。リツ子さんを見返してやろうとシステムをダウンさせたが、関係のない多くの人を巻き込んでしまった。そして、この物流会社は我が社にとって大切な取引先でもある。このシステムを停止すれば、我が社も大きな取引先を失うことになり、お互いに大きな損失だ。
「本当に申し訳なかったと思っています。損害がさらに広がる前になんとか復旧してもらえないだろうか」
時間が経つにつれて、社長にも焦りが見えてきた。もう復旧ができないとリツ子さんに言ったのは、真っ赤な嘘だ。私は決心した。これ以上システムの停止が長引いても、誰にも得がない。
「もしもし、ああ、俺だよ。さっきの物流システムだけど、早急に復旧させてほしい」
会社に電話をして復旧の指示を出すと、数分後にはシステムは復旧し、業務は再開された。社長を始め、騒いでいた会場も安堵の雰囲気に包まれた。
私はパーティーでの出来事を思い出しながら、会場を後にした。
後日、物流会社の社長から連絡があり、リツ子さんが役員を辞任したという話を聞いた。あのシステムダウンの影響で全業務がストップし、莫大な損害を受けることになった。リツ子さんはそのことに責任を感じ、深く反省した上でのことだという。
「その節は本当に申し訳ありませんでした。リツ子は役員で社長夫人とは言っても、実際は経営には関わってはいませんでした。全て人任せにしていて、役員とは名前だけのものだったのです。ですから、あの物流システムがどれほどの役目を担っているかも分かっていませんでした。あなたの会社のことも何も存じ上げなかったので、あのパーティー会場で失礼なことを言ってしまったのです」
社長は丁寧に説明し、改めて謝罪をした。そしてその後の取引の話に進んだ。おかしな話だが、社長は謝罪をするのが本当に上手い。パーティーの時もそうだったが、こんな風に謝られたら、つい何でも許してしまいそうになる。何があっても落ち着いて丁寧な対応をする姿にも感心させられた。
そんな社長と出会えただけでも、あのパーティーに行って良かったと思える。
そしてもう一つ。私は“服で”という意味を知らなかったばかりに、大変な目に遭ってしまったことも反省しなければならない。もしあの時、私が“服で”の意味を知っていたら、あるいは知らなくても調べていたら、リツ子さんと揉めることもなかったかもしれない。
私は昔から勉強ばかりしていて、こういうことに疎いところがあった。これからは世間のことも勉強して、この小さな会社を、誰もが知っているような大きな会社にしようと心志しを新たにした。



