同窓会の華やかな雰囲気が、一瞬で凍りついた。
「こいつは、せっかく就職できた工場も潰れて、今はニートをやっています。貧乏人で哀れな彼に、盛大な拍手を!」
ステージ上で、同級生の木村が声を張り上げ、パンパンと大げさに拍手を続けている。
酒の勢いで乗り込んできた木村は、マイクを握ると、いきなり俺のことを貧乏人呼ばわりし始めたのだ。
「お前の会社名を聞いて、ぶっちゃけびっくりしただろう。もし恩恵を受けたいとか思ってんなら、貧乏人らしく、靴でも舐めてこびたらどうだ?」
アルコール混じりの臭い息を吐きながら、木村は勝ち誇ったように笑う。
「ああ、驚いたよ。」
俺は軽く苦笑いを浮かべながら答えた。それがよほど嬉しかったのか、木村は満足そうに頷く。
だが、俺は次の言葉で一気に形勢を逆転する準備をしていた。
「で、お前はどこに勤めてるんだよ。」
「はあ?」
彼の表情が一瞬で凍りつく。それを見て、俺はある確信をした。
俺の名前は佐々木健一。現在は技術者として働いており、忙しい日々を送っている。
歳を重ねたある日のこと、早朝に自宅のポストを確認すると、一通の封筒が入っていた。
「同窓会か…」
封筒には「両性高校同窓会のお知らせ」と書かれている。久々に聞く母校の名前に、懐かしさを感じると同時に、学生時代の記憶が蘇る。
しかし、そんな楽しい記憶の中に、一人だけ思い出したくもない人間の名前が浮かぶ。
「木村も、やっぱ参加すんのかな…」
木村とは、小中高と同じ学校に通っていた男で、俗に言う「腐れ縁」というものだ。そして、この木村という奴に対して、俺はいい思い出が一つもない。
というのも、俺の家は貧乏な上に兄弟は全部で5人もおり、生活は何かと困窮していた。そのため、欲しいものを買ってもらえた記憶はほとんどない。サンタさんからのプレゼントも母親の手作りマフラーや手袋だったことから、早い段階でサンタさんの正体に気づいてしまった。
母は手作りできるものは何でも作っていたし、一度買ったものは修繕して長く使うよう徹底していたため、いつしか俺も同じようなことをするようになった。おもちゃが買ってもらえないのならと、壊れていらなくなったおもちゃを友達から譲ってもらい、それを活用して新たなおもちゃを作り出したこともあった。文房具など、唯一買ってもらえたものはできる限り長く使えるよう工夫し、少しでも壊れたら自分で修理して大事に使っていた。
そのおかげもあってか、現在は手先の器用さを活かし、それを仕事にしている。貧乏な暮らしをさせてくれたことに関しては、ある意味感謝している。
だが、木村はそんな俺の姿を見て「貧乏臭い」と吐き捨て、そして馬鹿にし続けた。
小学生の頃は周囲もまだ子供で、木村の言葉に同調し、大人数で俺に悪口を言ってくるなんてことも日常茶飯事だった。
しかし、中学、高校と進学するにつれ、周りは大人に近い考え方をするようになったこともあり、自然に俺を馬鹿にしなくなったのだが、木村だけはいくつになっても俺を貧乏人と卑下し続けた。
それだけなら我慢できるのだが、中学3年生の頃、受験を控えていた俺は友人から古くなったアナログ時計を譲ってもらった。独学で時計の手入れをしながら大事に使っていたのだが、木村はそれを強引に奪い取ると、目の前で踏みつけにした。
当然、大喧嘩になったのだが、駆けつけた教師に止められ、喧嘩両成敗としてお互い叱られ、納得のいかないまま揉め事は収束した。正直、あの一件もあってか、木村とはあまり会いたくはない。
しかし、彼一人のことを思って不参加にするのも角が立つと思った俺は、意を決して出席することにした。
同窓会当日、会場へと向かい、受付を済ませると中へと入る。
「おお、佐々じゃねえか。久しぶりだな。」
懐かしい声が聞こえ、顔を上げると、そこには仲の良かった同級生の姿があった。
「久しぶりだな。全然変わってなくて驚いたよ。」
俺は同級生と共に、思い出話に花を咲かせながら談笑を続ける。帰りに寄り道した神社の話。学校に内緒でバイトしていたことが教師にバレて反省文を書かされた日のこと。当時の記憶を蘇らせながら、友人は話していた。
その時だった。
「お前、もしかして貧乏人の佐々か?」
聞き覚えのある、嫌みったらしい声が背後から聞こえ、振り向くと、そこには相変わらず不貞腐れた顔つきの木村の姿があった。
「お前、相変わらず貧乏臭い格好してんな。その服も、母ちゃんの手作りか?」
ニヤニヤとこちらを馬鹿にしたような表情で、木村はさらに言葉を吐く。
「お前も変わらずだな。大人になっても考えが子供のままだなんて、呆れるよ。」
俺がため息混じりにそう言うと、木村は少し腹が立ったのか、大きな舌打ちをし、こちらを睨みつけてきた。
「ニートのくせに、偉そうに言うな。社会のゴミは」
「なんで俺がニートなんだよ?」
突然の木村の発言に、俺は思わず聞き返す。
「お前って、高校出た後、学校の近くにあった工場に就職したんだろ?」
「ああ、そうだけど…」
「この前たまたま通ったら、その工場がなくなってたんだぜ。まさか、工場がなくなっていたから俺がニートになったって思ってんのか?」
「そりゃそうだろう。あんな辺鄙な場所にある小さな工場がなくなったってことは、潰れた以外に何が考えられる? それにお前も底辺の貧乏人だし、再就職も無理ゲーだろう?」
木村はそう言って、ケタケタと笑う。
「はいはい。お前の言う通りだよ。だから何だ?」
俺がそう返すと、木村は「そうだろう」とでも言いたげに、哀れむような視線を送ってくる。すると突然、木村の方からツンと鼻をつくような、強烈な酒の匂いが漂ってきた。思わず俺は鼻をつまむ。
「いいだろ、別に。そもそも酒が用意されてる時点で、飲んじゃ悪いなんてことねえだろ。」
木村は少し苛立っているような様子で吐き捨てると、テーブルの上にあったワイングラスを手に取り、一気に飲み干す。
「はあ、こりゃいい酒だ。」
そう言うと、木村は下品な大声でそう叫ぶと、周囲の目などお構いなしに、ドカドカと足を鳴らして、今度はステージに勝手に上がっていった。そして、マイクを手に取ると、自己紹介を始めた。
「どうも、木村平です。俺が高校卒業した後、名門大学に進学したのはご存知の方もいるだろう。今はあの有名企業で、バリバリ働いています。年収は1000万超えです!」
木村は得意げに、満面の笑みを浮かべる。しかし、周囲は木村の突然の行動に呆れており、なんだか冷めた様子だった。
木村は、苛立たしげに視線を泳がせると、突然俺の方に目を向けた。
「おい、佐々。さっさと来い。」
状況を理解できないまま、俺は慌てて木村の元へと駆け寄った。
「おい、木村。なんだよ、いきなり。」
俺がステージに上がると、木村の腕を掴んで言い寄る。しかし、木村はまるで気にする様子もなく、マイク越しに話し始めた。
「こいつは、せっかく就職できた工場も潰れて、今はニートをやっています。貧乏人で哀れな彼に、盛大な拍手を!」
木村はマイクを地面に置くと、ステージ上でパンパンと勢いよく手を叩く。会場の雰囲気は一気に凍りつき、騒然としていた。
しかし、木村はそんなことお構いなしに、満面の笑みで俺の肩に手を置く。
「俺の会社名を聞いて、ぶっちゃけびっくりしただろう。もし恩恵を受けたいとか思ってんなら、貧乏人らしく、靴でも舐めてこびたらどうだ?」
「ああ、驚いたよ。」
俺は苦笑いを浮かべつつ、そう答えた。それがよほど嬉しかったのか、木村は満足そうに頷いている。
そこで、いい気になっている木村に、俺は試しにある事実を突きつけてみることにした。
「で、お前はどこに勤めてるんだ?」
そう俺が言い放つと、木村は一瞬表情が曇る。
「はあ? し、なんだ、わけのわからないことを。」
明らかに動揺している木村の様子を見て、俺は確信した。そして、床に置きっぱなしになっていたマイクを手に取り、ゆっくりと口を開いた。
「お前、本社勤務じゃないだろ。でも、おかしいな。本社勤務なら年収1000万はありえないはずだが。部長クラスでも、年収600万がいいところだぞ。」
俺の言葉を聞き、木村はぎょっとしたような顔でこちらを見る。
「お、俺は嘘なんてついてねえよ!」
とてつもなく焦った様子で虚勢を張る木村の姿と、堂々と言い放った俺の言葉を聞いて、周囲はこれまで以上のざわつきを見せた。
「年収1000万って、嘘だったのか?」
「木村、本社勤務じゃないのか?」
周囲からひそひそとそんな声が聞こえ始める。その光景に、さすがの木村も顔を真っ赤にして黙り込む。
「そろそろ本当のこと言ったらどうだ? 嘘ついてても、お前がしんどいだけだろ。」
俺がそう諭すように話しかけると、木村はきっとこちらを睨みつけてきた。
「偉そうに、なんだよ。確かに俺は本社勤務じゃないが、近々本社配属になる予定だ。だから、それを評価されて年収も高くなったんだよ。」
そう叫び出すと、木村は同級生たちの方にも顔を向ける。
「お前らも勘違いすんなよ。俺はこの中で一番出世した、すごい人間なんだからな!」
声を荒げながら木村はそう叫び、呼吸を荒くして肩を揺らし、腕で額の汗を拭った。
「気を悪くするところ悪いが、まあ、本社に配属予定なんて、誰でも言えることだろう。俺は周囲から期待されてるんだよ。」
「なら、具体的に本社から移動の話とか来てるのか?」
そう突っ込むと、木村は「それは…」と何か言いかけ、そのまま黙り込む。
「通達もない状態なのに、本社に行く予定にしていたのか? 本社の平社員という立場のお前が、そんな重要な判断を簡単に決める資格があるのかよ?」
俺がそうさらに突っ込むと、周囲にいた同級生たちが思わずといった感じで失笑する。
「貧乏人が偉そうにすんじゃねえ! 俺は、自社の特殊技術を使った新プロジェクトのメンバーに選ばれてるんだ!」
そう叫ぶと、木村は俺が持っていたマイクを奪い取り、さらに話を続けた。
「うちの特許技術を使えば、製品の製造スピードは大幅にアップする。さらに、精密な作業も簡単に行えるから、それを利用して国内のスマホ産業に参入し、新たな風を吹き込むのが、我が社の今の目標なんだ。」
プロジェクト内容を語り終えた木村は、得意げに鼻の息を膨らませ、そして笑みを浮かべる。俺はその様子に呆れつつも、木村に声をかけた。
「お前の言いたいことはよくわかったよ。みんなもよくわかったと思うから、とりあえずステージから降りよう。」
そう当たり障りのない返答をし、俺は半ば強引に木村をステージから下ろす。その後はなんとか同窓会は終わり、お開きとなったが、木村の行動には呆れた。
これから地獄が待っているとも知らず、意気揚々と会場を後にする木村の姿を見ながら、俺はある人物に電話をかけた。
翌日、俺は「今日、すぐ来るように」と社長に呼ばれ、朝一番に社長室へと向かう。そして、社長と共に待つこと5分。扉の方からノックの音が聞こえ、ドアが開くと、そこには木村の姿があった。
「失礼します…お前、佐々か! 平社員のくせに、なんでこんなところに!」
ドアを開けてすぐ、俺の姿を見た木村は予想通り目を丸くして驚いている。そんな木村の様子を見て、社長は呆れながら口を開いた。
「彼のことを知らないとはな。同じ会社の人間とはいえ、社報で目にしたこともないのか?」
社長の言葉に、木村は目を泳がせて動揺しており、思わず笑いそうになったが、俺は必死に耐えた。
「彼は、うちの特許技術を多数開発している功労者だ。今は本社で開発主任として勤務してくれており、社報でもその功績を称えた内容を何度も掲載したはずだが、本当に見覚えがないのか?」
「い、いや、その…見たことはあるような。ただ、まさか、あれが同級生だったとは思っていなかったと言いますか、何と言えばいいか…」
木村はどぎまぎしながら、言い訳のような発言を繰り返す。しかし、彼のリアクションから察するに、社報をきちんと確認していなかったのだろう。そもそも、俺の記事については、フルネームでしかも写真付きで掲載されていた。それなのに気づかなかったというのは、少々無理のある言い訳だ。
「言い訳はよせよ、木村。」
俺が言い放つと、木村は鋭い視線でこちらを睨む。
「そもそも、なんでお前がこの会社にいるんだよ! お前は地元の潰れた工場に就職したはずだろ!」
「ああ、確かに最初は地元の工場で働いていたんだが、そこでも特許技術を何個も生み出し、それに目をつけたこの会社の社長が、工場ごと買収してくれたんだ。工場は最新の施設へ移動したから、以前あった場所は更地になっていたってだけなのに、亡くなったイコール潰れたと勘違いして、俺をニート呼ばわりしてきたのには驚いたよ。」
そう説明すると、木村は小刻みに震えながら拳を握りしめた。
「彼が開発した特許技術のおかげで、我が社は有名企業になったと言っても過言ではない。今では新技術の開発に尽力してくれてる彼は、この会社の宝と言ってもいいくらいだ。」
そう言ってただけて光栄です。嬉しい言葉をもらい、俺は社長に向かって軽く会釈をする。
「なんなんだよ! 俺がお前の存在を知らなかったくらいで、こんな騒ぎ立てやがって。俺に恥をかかせて、何が楽しいんだ?」
顔を真っ赤にした木村は、声を荒げながら会話に割って入ってくる。
「そもそも、そんなことを同窓会で言い出したのはお前だろ。平社員なのに、本社で働いてるかのような口ぶりで、さらには年収まで誇称してたじゃないか。その嘘がバレたからって、こっちが悪いみたいな言い方はよせ。」
呆れながら俺はそう言うと、木村は今にも飛びかかってきそうな勢いで俺に迫ってきた。
「そもそも、なんで俺が平社員だってわかったんだ! はったりかまして俺をはめたとかなら、性格悪すぎだぞ!」
「さっきも伝えたが、俺は本社で開発主任を任されている。各部署へはよく出向いているし、本社の社員とはほとんど顔見知りだ。お前が本社勤務でないことくらいわかる。」
俺の反論を聞き、木村は言葉も出ないのか、悔しそうに黙り込む。
「まあ、さすがに会社名まで偽ることはないだろうと思ったから、酒の勢いで話を合わせてあんなことを言ったんだろうなと予想して、ああやって突っ込んだだけだ。」
「まあ、雑談はこれくらいにして、本題に入ろう。」
社長はそう言って、襟元を整える。木村は本題というのが何なのかわかっていないようで、きょとんとしている。
「佐々木君からの報告によると、君は同窓会の席で、未発表のプロジェクトの詳細を大声で喋ったそうじゃないか。」
社長がそう話すと、木村はことの重大さに気づいたのか、額からだらだらと汗を流し始めた。
「同窓会の後、すぐに社長に報告したんだ。勝手に社外秘を漏洩するのも大問題だが、平社員がなぜ本社で動いてるプロジェクトの詳細を知っていたのか、それも気になったからね。調べさせてもらったが、君が所属している事業所でこのプロジェクトを知っているのは、部長クラスでないとありえない。まさかとは思うが、上司のデスクを漁ったりなんてことはしてないだろうね?」
鋭い目で木村を見ながら、社長は淡々とそう話した。木村はびくっと体を震わせ、そして怯えたような表情で口を開いた。
「ち、違うんです! 確かにプロジェクトが遂行しているという話まではしましたが、さすがに詳細までは話してなくて…ですから、漏洩とか、そういうのじゃないんです!」
「これでも、まだそんな言い訳をするつもりか。」
俺はそう言って、ポケットからスマホを取り出すと、ある音声を再生する。その音声には、プロジェクトの機密情報をベラベラ話す木村の声が、ばっちり録音されていた。
「な、何なんだ、これ?」
驚く木村に、俺は冷静に答える。
「録音させてもらったんだ。証拠は何かと必要だと思ってね。」
俺の言葉を聞き、木村は抜け殻のように、へなへなと床に座り込む。
「佐々木君が、他の同級生たちに君が話したプロジェクトの内容は、多分冗談だろうと根回しをしてくれたようだ。だが、それでも情報漏洩は許しがたいことだ。」
社長がそう言うと、木村の目に涙が溜まる。そして、何を思ったのか、床に頭をすりつけた。
「申し訳ございませんでした! どうか、どうかお許しください!」
こう言って何度も許しを乞う木村だが、社長は首を横に振るばかりだった。
「おい、佐々、お前も何とか言ってくれよ。俺たち、友達だろ?」
「友達じゃねえよ」
とっ込みたかったが、冷静さを失ってはいけないとも思い、俺は深く深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
「なら、俺の靴でも舐めるか?」
「はい?」
「冗談だよ。お前が俺に言った言葉を、そのまま返してやっただけだ。本当にやったとしても、今回の件は俺が納得できる問題じゃない。諦めろ。」
「佐々木君の言う通りだ。情報漏洩は重大な罪だ。よって、君には解雇処分を言い渡す。事業所に帰ったら、荷物をまとめて早急に出ていきなさい。」
社長の通告を聞き、木村は立ち上がることすらできなくなっていた。社長が何度か出ていくよう言うが、木村は呆然としたまま動く気配がない。仕方なく、警備員が呼ばれ、木村は引きずり出される形で社長室から出ていった。
その後、迅速に手続きは進められ、木村は懲戒解雇となる。
そして、木村の素性についても、後の調査で色々と判明した。
木村は当初、本社の採用試験を受けていたのだが、面接での出来が今ひとつだったことから、不合格となってしまう。しかし、どうしても有名企業に就職したかった木村は、事業所の方に再度面接を受け、有名大学卒であることを強くアピールしたことで、見事入社を勝ち取ったらしい。
ゆくゆくは事業所から本社勤務になれると、周囲にも吹聴していたようだが、なかなか成果が伸びず苦労していたそうだ。そして、どうにか仕事で成果を出したいがために、上司部下関係なくデスクを荒らすような行為もしており、今回のプロジェクトについて詳細を知っていたのも、部長のデスクから情報を得たというのが真相だった。
この調査報告を社長も確認し、「早急に解雇して良かった」と安堵していた。また、今後このような不届きな社員が出ないよう、社員たちの教育をより徹底していくとも言っていたので、とりあえず一安心だ。
そして今日は、プロジェクトの進捗を社長へ報告するため、俺は社長室に足を運んでいた。
「以上が現在の進捗状況になります。このまま順調に行けば、来月にでも本格的に始動できるかと思います。」
そう話すと、社長は笑顔でゆっくり頷いてくれた。
「順調に進んでいるようで安心したよ。それと、先日の木村という社員についての件も、君には感謝しなくてはならないな。」
そう言って社長は、すっと立ち上がると、こちらに深く頭を下げる。
「君が迅速に彼の行動を報告してくれたおかげで、私も即座に対応できた。本当に感謝しているよ。」
「頭をあげてください。私はこの会社の一員として、当然のことをしたまでです。」
俺が慌ててそう言うと、社長はゆっくりと頭をあげた。
「きっと、木村を放置していたら、今後大きな問題が起きていた可能性が高い。早い段階で問題社員に気づけたことは、僥倖と言ってもいいくらいだ。」
社長はそう言うと、握手を求めるように俺の前に手を差し出す。
「君のことをずっと信頼してきたが、今回の件があって、さらにこれからも君を信じていこうと確信できた。今後ともよろしく頼むよ。」
「はい、もちろんです。」
俺はそう返事をすると、社長の手を握り、固い握手を交わした。
木村が解雇となって一ヶ月が過ぎた頃、同窓会に参加した同級生たちが広めたのか、地元では木村の解雇が噂として大きく広まっていた。さらに、どこから知られたのか、情報漏洩が原因で解雇された話も広まってしまったようなので、プライドの高い木村が地元に帰るのは、多分無理だろう。
また、「佐々木は一体何者なのか」という話題も上がっていたらしく、仲の良かった同級生に問い詰められ、実は同じ会社の本社で開発主任をしていたと説明すると、とても驚かれた。
木村のことは正直嫌いだし、今更許す気にはなれない。しかし、「貧乏人」と馬鹿にされた経験は、ある意味自分にとって良い経験だったとは、今なら思える。あの時、貧乏人と言われて悔しいと思わなければ、ここまで仕事を頑張っていただろうか。そう思うと、学生時代の経験が今の自分を作ってくれたのかもしれないと、しみじみ感じた。
そして、今後も俺が生み出した特許技術を活かし、新たなプロジェクトに取り組もうと思っている。今度は地元の若手技術者を育てる計画を立ち上げ、自分が受けた支えを次世代に繋ぐ未来を想像しながら、俺は自分のデスクに向かい、新たなプロジェクト案の作成に取りかかった。



