夕食の匂いで胃がむかむかする。孫のさやがそう言ってご飯を拒否した時、私はただの風邪だと思っていた。何を食べても吐いてしまうのに、体は太っていく。怯えるさやの首には、赤い跡があった。ある夜、夫がまたさやの部屋に潜り込んでいるのを見つけた。「眠れないって言うから、子守唄を歌ってただけだ」と笑う夫を、さやは引きつった笑顔で庇った。「本当だよ。私が頼んだの」。その嘘に気づいた時、児童相談所からの電話…

夕食の匂いで胃がむかむかする。孫のさやがそう言ってご飯を拒否した時、私はただの風邪だと思っていた。何を食べても吐いてしまうのに、体は太っていく。怯えるさやの首には、赤い跡があった。ある夜、夫がまたさやの部屋に潜り込んでいるのを見つけた。「眠れないって言うから、子守唄を歌ってただけだ」と笑う夫を、さやは引きつった笑顔で庇った。「本当だよ。私が頼んだの」。その嘘に気づいた時、児童相談所からの電話...

ご飯の炊ける匂いで気持ち悪くなる。孫のさやはそう言って夕食を拒んだ。何を食べても吐いてしまうのに、体はどんどん太っていく。怖くて仕方なかった。

私は杉原美ゆ、64歳。夫の浩司と小学生の孫のさやと暮らしている。浩司と結婚して35年以上になる。若い頃は男らしくて頼りになる上司で、同僚たちも羨むような夫だった。結婚して仕事を辞め、専業主婦として彼を支えてきた。翌年には娘も生まれ、幸せの絶頂にいた。

娘が成長し、結婚してさやを産んだ時、浩司は初孫の誕生を心から喜んだ。しかし娘の幸せは長く続かず、離婚してさやと共に実家へ戻ってきた。浩司は孫と一緒に暮らせることを喜び、仕事から帰ると必ずさやの顔を見て、おもちゃを買ってきたりした。ところがその1年後、娘が交通事故で亡くなってしまった。最愛の娘を失った私たちは深い悲しみに沈んだが、無邪気なさやの笑顔を守るために、私は彼女を育てる決意をした。

浩司はひどく落ち込み、気性が荒くなった。些細なことで苛立ち、私に怒鳴ることもあったが、さやの前だけは優しい顔を見せてくれた。さやの存在が彼を癒していたのかもしれない。私は将来のためにパートを始め、浩司は定年後、さやをあちこちへ連れていった。さやもそんな浩司によく懐いていた。

しかし、さやが小学3年生になり多感な時期を迎えると、彼女は浩司を避けるようになった。一緒にお風呂に入っていたのに、彼が自分の部屋に入るのも嫌がるようになった。浩司は焦り、お菓子を買ってきたり、ゲームを与えたりして気を引こうとしたが、さやは心を開こうとしなかった。

「なんで俺を避けるんだ」

浩司は私に苛立ちをぶつけてきた。

「そういう時期よ。女の子なら誰でも通る道」

私はそう言って彼をなだめたが、浩司の執着は日に日に強くなっていった。

さやが小学5年生になった頃、浩司は夜中に寝室を抜け出すようになった。朝まで戻らない日が続き、何をしているのか尋ねると「年のせいで眠りが浅くて、書斎で読書してたんだ」と言う。私は半信半疑だったが、そのままにしておいた。

ある夜、トイレに起きた私は、書斎に灯りがついていないことに気づいた。リビングにもいない。どこに行ったのかと不思議に思っていると、さやの部屋から小さな悲鳴が聞こえてきた。

慌ててドアを開けると、浩司がさやの布団から出てきた。

「一体何をしてるの?」

「なんでもない。さやが眠れないって言うから、子守唄を歌ってやってたんだ」

「本当に?」

多感な時期のさやが、浩司にそんなことを頼むはずがない。さやに目を向けると、彼女は引きつった笑顔で「本当だよ。私が頼んだの」と浩司を擁護した。さやは嘘をついている。そう確信したが、それ以上追求することができず、その日は様子を見ることにした。

それからも浩司は連日さやの寝室を訪れた。「今日は童話を読んでほしいと頼まれた」「赤ちゃん返りしてるんだ」と、どれも納得できない言い訳ばかり。誰かに相談しようかと思ったが、安易に話せる内容でもなく、私は一人で悩み続けた。

数週間後、さやに異変が現れた。1日に何度もトイレに駆け込み、食べたものを吐き出すようになったのだ。病院に行こうと言っても「ちょっと風邪を引いたみたい」と首を振る。顔色は日に日に悪くなっていった。そして、私が作る食事を避けるようになった。

「ダイエットか。さやも女の子らしくなったなあ」

浩司は呑気に笑っていたが、私は不安でならなかった。ある日、風呂上がりのさやを見て驚いた。体が明らかに大きくなっていたのだ。食べてもいないのに太るなんて、何か病気に違いない。病院に行こうと何度説得しても、さやは首を縦に振らなかった。

数日後、地域の寄り合いから帰宅すると、浩司が電話に向かって怒鳴っていた。どうやら業者らしい。彼は「しつこいやつだ」と電話を叩きつけ、家を出ていった。ふと気になって着信履歴を確認すると、かかってきたのはさやの学校の番号だった。不信に思った私は、そのまま掛け直した。

電話に出たのはさやの担任の小林先生だった。先生は、さやが最近給食を吐き出したり、体育を休むなど、何らかのストレスを抱えているのではないかと心配してくれていた。しかし浩司は「そんなことはない」と一方的に怒鳴って電話を切ったという。

私は小林先生にお世話になっている事情を打ち明けた。先生は理解を示し、細かく連絡を取り合って様子を見守ることになった。数日間、学校と家での様子を報告し合ううち、一つの疑惑が浮上した。確信はない。それでも、さやと浩司の様子は十分にそれを裏付けていた。

数日後、私はまたさやに食事を勧めた。

「いらない。最近ご飯が炊ける匂いで気持ち悪くなるの」

さやは相変わらず体調が悪そうで、夕食を拒否した。その直後、インターホンが鳴った。玄関を開けると、スーツ姿の男女が立っていた。

「児童相談所の田中と申します。こちらで浩司さんがさやさんを虐待していると通報がありまして、ご事情を聞かせてもらえますか?」

「変な言いがかりはやめろ!俺がどうして孫を虐待しなきゃいけないんだ?」

浩司は顔を青ざめさせ、小刻みに震えながら抵抗した。

私は不安そうなさやに声をかけた。

「自分を守れるのは自分だけよ。さやが本当のことを言わなきゃ何も変わらない。勇気を出して。バーバはさやの味方だから」

さやは俯いたまま泣いていたが、やがてポツリと話し始めた。

「ジジが一緒に寝ないとひどい目に合わせるって」

さやは泣きながら、浩司に毎晩同じ布団で寝ることを強要されていた事実を打ち明けた。浩司はさやが嫌がると「誰が育ててやったと思ってるんだ」と怒鳴りつけ、「嫌なら施設に送る」と脅していたという。拒否し続けると、手を上げることもあったらしい。

「何を食べても気分が悪くなって吐き出しちゃうの。それなのに体は太っていくし。それが怖くて」

さや自身も自分の体調の変化に戸惑い、恐怖を感じていた。

田中さんによると、さやは浩司との生活に恐怖を感じ、そのストレスから過食と嘔吐を繰り返しているのではないかという。摂食障害には痩せるケースと太るケースがあり、太るケースでは気づかれずに重症化することもあるらしい。

確信を得た私は、小林先生に浩司が毎晩さやのベッドに潜り込むことを話していた。先生も「日頃のさやさんと、おじい様と一緒に寝るのは考えにくい」と同意見だった。そして、さやが浩司に口止めされている可能性を考え、児童相談所の介入を決めたのだ。

真実を告白したさやの手首を掴み、浩司が寝室へ連れ込もうとした瞬間、田中さんが「やめなさい!」と止めてくれた。私はさやを抱きしめ、彼から引き離した。

「あなたがやったことは虐待以外の何者でもないわ」

「違うんだ!定年退職して以来、誰にも相手にされずに苛立ってたんだ」

浩司は、仕事を辞めてから元部下に飲みに誘っても家族サービスを優先され、相手にされなくなったと話した。会社では大勢の部下が言うことを聞いてくれたのに、辞めた途端に距離を置くようになった元部下たちに苛立ちを感じていたという。

「だからって、どうしてさやの嫌がることをするのよ」

「さやも俺を避けるようになった。だから怖かったんだ」

浩司は言い訳を続けたが、そんな理由でさやを傷つけていいわけがない。

「さやさんは児童相談所の方で保護します。今後のことは後日改めて話し合いましょう」

「ダメだ!大体、孫と同じ布団で寝て何が悪い!」

浩司はあくまで愛情表現の一つだと主張し、虐待の事実はないと言い張った。その時、小林先生が駆けつけてくれた。

「ここにさやさんの告白が録音されています」

小林先生がその場でICレコーダーを再生すると、さやが毎晩受けていた行為の告白が流れてきた。

「こんなのは子供のざれ事だ!」

「いいえ、まだ続きがあります」

録音の続きには、浩司の暴言や暴力の音が入っていた。

「これはさやさん自身が録音したものです」

さやは小林先生に勧められ、恐怖に怯えながらも勇気を振り絞って証拠を集めていたのだ。

「これは虐待の証拠に十分なり得ます」

「待て!これは躾だ!さやが言うことを聞かないから仕方なく!」

浩司はこの後に及んでも言い訳を続けている。その姿に、私は怒りを通り越して呆れてしまった。

「もういい加減にしなさい!何をどう言い訳したって、言い逃れなんてできないわ!」

「お前まで俺を裏切るのか!」

「私はさやの味方よ」

私は田中さんたちにさやを託すことにした。さやは不安そうに私を見つめている。

「大丈夫よ。あなたを捨てようって言うんじゃない。さやが安全に暮らせるようになったら、必ず迎えに行くから」

「本当?」

「ええ、本当よ。バーバはいつだってさやの味方なの。あなたを捨てたりなんかするもんですか」

私の言葉にさやは安心したように笑顔を見せてくれた。さやはそのまま児童相談所の一時保護所で保護されることになり、田中さんたちと共に車に乗り込んだ。

みんなが帰った後、浩司は「やりすぎた」と反省の言葉を口にしたが、時折舌打ちをしたり、怒り任せにテーブルを叩きつけている。

「どうして、どうして俺ばかりこんな目に」

「あなたは自分の行動を反省してるんじゃないの?」

「俺はさやと仲良くなりたかっただけだ。それなのに俺を裏切りやがった」

浩司は手当たり次第に物に当たり散らした。この姿を見ていると、さやを連れ戻すのは危険だと確信した。

「離婚しましょう」

「なんだって!お前まで俺を捨てるのか!」

「今のあなたとじゃ、とてもさやを育てられないわ。さやがここに戻ってきても、あなたはまた暴力を振るうでしょう。もしかしたら、これまで以上にひどくなるかもしれない」

さやの安全を考えれば、浩司と離婚するしかなかった。しかし浩司は絶対に離婚しないと拒否した。

「これはさやを守るためよ。あなたがいくら拒否しても、私はもう決めたの」

「絶対認めん!」

浩司は拒否し続けたが、私は弁護士を通じて離婚協議を進めると告げ、家を飛び出した。浩司はしばらく追いかけてきたが、運動不足のせいか途中で足を止め、そのまま見送っていた。

数日後、私はさやに会いに行き、浩司と離婚することを伝えた。さやは落ち着きを取り戻し、専門のカウンセリングを受けながら少しずつ食事が取れるようになっているという。

「安心しました。浩司と正式に離婚ができたら、必ず迎えに来ます。それまでさやのことをよろしくお願いします」

「私たちに協力できることがあれば、遠慮なくおっしゃってくださいね。さやさんの安全と幸せのために、一緒に頑張りましょう」

田中さんたちの後押しを受け、私の決意は揺るぎないものになった。

翌月、浩司との離婚協議が始まったが、彼はやはり虐待行為はなかったと主張した。しかし、児童相談所が虐待を認め緊急保護している事実は曲げられず、最終的に私たちの離婚が成立した。浩司にはさやへの慰謝料と養育費の支払いが言い渡され、私には財産分与として浩司の資産の半分が渡された。裁判所の決定に浩司は肩を落としていたが、自業自得だった。

私はその資金で新しいマンションを借り、さやを迎えに行った。児童相談所との協議の末、さやが安全に暮らせる準備ができたとして、私が引き取ることが認められたのだ。

しかし、諦めきれない浩司は頻繁に私の職場に現れた。

「慰謝料は支払った。財産分与もやったんだ。だからさやに合わせてくれ」

浩司は面会権を主張したが、弁護士に相談すると「応じるのは危険だ」と言われた。さやの安全のために警察の巡回を増やしてもらうよう手配し、さやの学校や私の職場、自宅周辺を見回ってもらうことになった。

数日後、さやの学校周辺をうろついていた浩司は警察に逮捕され、私とさやに対する接近禁止命令が出された。その後、浩司は妻と孫を同時に失ったショックから自宅に引きこもるようになった。心配して様子を見に行った自治会長にすら怒鳴りつけ、人を寄せ付けないらしい。

やがて浩司は退職金が底をつき、生活費や家の固定資産税が払えなくなり、自宅を引き払うことになった。その後はホームレス生活をしているらしい。元部下を頼ったそうだが、誰一人として手を差し伸べてくれる人はいなかった。

しかし、住む家を失った浩司が今後どんな手段に出るかわからない。さやの安全を考え、私は地方にある公営住宅を借りることにした。さやは転校することになるが、浩司から遠く離れた場所であれば、彼女も安心して暮らせるだろう。

引っ越した後、さやは徐々に明るさを取り戻していった。新しい学校ではすぐに友達ができ、毎日楽しそうに通っている。最近はスケボーに夢中で、「将来オリンピックに出るんだ」と世界一を目指して練習に励んでいる。さやはみるみる上達し、前回行われた大会では準優勝に輝いた。

私は新しい仕事をしながら、大会がある日は同僚と共に手作りのおにぎりを持って応援に駆けつけている。これからもさやの夢を支えながら、彼女の笑顔を守っていけるように。私は健康に気をつけながら、毎日を楽しんでいる。

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