取引先の社長に契約金を提示した瞬間、彼は値段を見て鼻で笑った。
「高いな。こんなもんに金は払えんだろう」
上から目線の物言いに、俺は腹が立った。だが、この男はその後、もっととんでもないことを言い出す。
俺は村井、40歳。フリーのエンジニアだ。
派遣や正社員でいろんな企業を渡り歩いてきたが、一匹狼の俺にはフリーランスが合っていた。
地元で町工場を経営する町田さんとは、子供の頃からの付き合いだ。5つ年上で、ずっと世話になってきた兄貴分でもある。
職人気質で精密機器を作っていて、従業員からも慕われている。
俺がフリーランスになって初めて請けた仕事が、町田さんの工場のシステム構築だった。
「お前のおかげで作業が楽になったよ」と言われた時は、本当に嬉しかった。長年世話になっていたから、ようやく恩返しができた気がした。
だが世の中、エンジニアを軽く見てくる奴もいる。
今の取引先の社長、遠藤もその一人だ。
遠藤が経営するのはベンチャー企業。50代で、根性論で営業している。見るからにパワハラじみた発言を連発し、社員はみんな覇気がない。見ていて気の毒になるくらいだ。
遠藤に頼まれてシステムを構築しても、見た目が変わらないと文句を言われ、契約金を渋られ、しぶしぶ支払われたこともあった。以前のシステムでは、メンテナンスは別料金だと言っているのに、ついでにと無償で修理させられそうになった。
契約が切れたら二度と関わらないようにしよう、そう思っていた。
そんな時、遠藤から呼び出された。俺が開発した新しいシステムの評判を聞いたらしい。
俺はSNSで情報を発信し、そこから仕事を得ることもある。新しいシステムは特許も取得済みで、宣伝のためにSNSを活用していた。遠藤は意外にもSNSのチェックを怠らない。「最近の流行りはどうだ」などとよく言っている。ただネットリテラシーは低いようで、話を聞いているとヒヤヒヤすることもある。まあ、俺には関係ないが。
遠藤の会社で、開発したシステムを説明した。
これは簡単に言えば、利益の自動計算システムだ。
材料費、電気代、人件費が1円単位で変動しても、リアルタイムで「これ以下で売ると損をする」というラインを自動で算出する。在庫が減ったものは、一番安い仕入れ先に必要な分だけ自動で発注もできる。
ロスを減らすためのシステムだ。
最初に導入してくれたのは町田さんだった。
「これ、すごいな。資料を気にしなくていいから、他のことに時間を使える。今までよりロスも減ったよ」と喜んでくれた。
町田さんはいつも、俺が作ったシステムを試験導入してくれる。こちらも新しいシステムを安価で導入できる。お互いウィンウィンの関係だ。
町田さんは、俺が弟分という立場だろうと、エンジニアとして敬意を持って接してくれる。だから、一緒にやっていこうと思える。
遠藤とは正反対だった。
遠藤に説明を終え、契約金を提示すると、案の定「高い」と言われた。
俺を下に見ているし、なんなら自分の部下のように文句を言ってくる。
だが、特許を取った新しいシステムには興味があるようだ。
「とりあえず試しに入れてくれよ。使えるかどうか、俺が判断してやる」と、遠藤は胸を張った。
まあ、一度使ったら、よっぽどのことがない限り、このシステムを手放せなくなるだろう。
遠藤のことは気に入らないが、俺にも生活がある。契約してもらわなければ、ここに来た意味もない。
俺は提案した。
「では、半月だけお試し期間ということで。その後の継続利用は、こちらの契約金をいただきます」
遠藤は「気に入ったらな」と笑った。
数日後、様子を見に行くと、現場の社員からは「人為的なミスにもつながらない」「素晴らしい」と絶賛された。
だが遠藤は「こんなんで効率が上がるのかね」と首をかしげる。
その話を町田さんにすると、町田さんは苦笑した。
「そんなこと言ってるのは、現場を知らない奴だけだな」
「そうなんですけどね。なんせワンワン社長なんで」と、俺はため息をついた。
それから1週間ほどして、俺は遠藤の会社を訪ねた。
「試験導入したシステムの件ですが」
切り出すと、遠藤はすかさず言った。
「ああ、あれな。社員からの評判はいいみたいだ。だが、ただの在庫管理システムだろ。お前が提示してきた契約金を払うほどのもんじゃないな。まあ、新しいシステムの実験台になってやるってことで、金は出さんけど、使ってやるよ」
そう言って笑った。
「どういうことですか」
思わず聞き返した。金は出さないけど使う? 意味が分からなかった。
戸惑う俺とは正反対に、遠藤は堂々と言った。
「言葉のまんまの意味だ。ただの在庫管理システムには1円も出さん。だが、お前はこういうシステムでデータが欲しいんだろ。だったら、お前のためにうちの会社を使わせてやるって言ってるんだ」
つまり、試験期間が終わっても、金を払わずに使い続けると言っているのだ。
「それでは、無断で使用するということでしょうか」
正直すぎる聞き方になってしまった。
遠藤は鼻で笑った。
「だからそう言ってるだろ。お前のところとは別のシステムも契約してるんだ。知らない仲じゃないんだし、うちが協力してやるよ」
あくまで、遠藤の会社が俺のためにデータを提供してやるというスタンスらしい。
「いえ、データに関しては間に合っているので、大丈夫です」
断ったのだが、遠藤は引かない。
きっと、試験期間が終わっても、物理的にシステムを置いておけば使えると思っているのだろう。
こういう人間のために、俺はあらかじめ手を打ってある。
込み上げる笑いを、なんとかこらえた。
「そういうことだから、今後ともよろしく頼むよ」
そう言って、遠藤は俺を追い出した。
部屋を出た瞬間、こらえていた笑いが少し漏れて、思わず口元が緩んだ。
大きな声が出なくて本当に良かった。
その夜、俺は町田さんと飲みに行き、酔った勢いで遠藤のことを愚痴った。
「あの社長、今度は試験期間が終わっても金は出さないが使用は続けるとか言うんですよ」
町田さんは顔をしかめた。
「なんだそれ? そいつ、舐めてるな」
俺は思わず笑ってしまった。町田さんは不思議そうな顔で俺を見る。
「試験期間が終わっても、正常に動くと思います」
そう言うと、町田さんはしばらく黙って、鋭く聞いてきた。
「お前、何かやったのか」
俺はグラスを傾けながら、にやりと笑った。
「さあ、どうでしょう」
町田さんは一瞬とすると、小さく吹き出して酒を飲んだ。
それ以上、何も聞いてこなかった。
次の週、試験期間が終了した。
もちろん、契約の話は来ない。遠藤は本気でそのまま使うつもりなのだ。
だが、俺だってバカじゃない。
こうなることに備えて、俺は試験期間が終了するとシステムが起動しなくなるようにプログラムしていた。
このロックは遠隔でも解除できる。だから、遠藤のように試しに使ってみたいという企業には、どんどん試験導入してもらうつもりだ。
期間までに契約になれば、遠隔でロックを解除すればいい。取引先にわざわざ行く必要もない。
遠藤のところのシステムのロックは、たった今かかったところだ。
もちろん、解除はしない。
俺はスマホを手元に置き、時計をちらりと見た。
さて、どれくらいで気づくかな。
焦って社内でどうにかしようとするだろうから、すぐには連絡してこないだろう。
コーヒーを1杯飲み終えた頃には電話が来るか、それとも2回目まで待つことになるか。
どちらにせよ、俺はここで待つだけだ。急ぐ理由は何もない。
それから30分ほどして、遠藤から電話が来た。
俺が電話を取ると、怒鳴り声が飛んできた。
「さっきシステムが突然停止した! ライセンス未取得という警告がずっと出てるんだが!」
「ええ、試験導入の期間が終わりましたので」
当たり前のように言うと、遠藤はさらに怒る。
「何を言ってるんだ! だから、俺がお前の実験台になってやってるって言ってるだろう! 今すぐ、このシステムを稼働させろ!」
俺はため息をついた。
「すでに別のところでも試験導入させていただいてますし、そもそもシステム化する段階で相当なテストをしています。今更ご協力いただくこともありません。それは先日、申し上げましたよ」
「それはどうでもいい! とにかく今すぐシステムを復旧しろ! 社内が大パニックだ! このままでは大手との取引もどうなるか分からん!」
そりゃそうだ。在庫管理も発注も、全てこのシステムで補っていたのだから。
だが、遠藤の都合のいいように使われるのは御免だ。
「でしたら、正式に契約し、先日提示した契約金をお支払いください」
俺がそう言っても、遠藤はうやむやにしようとする。
「そんなのは後でいい! とにかく、このシステムを今すぐ使えるようにするんだ!」
その時、遠藤の奥から社員の叫び声が聞こえた。
「社長! 大手からの受注データも見られません! 『どうなっているんだ』と電話も来ています! 今すぐどうにかしてください!」
どうやら事情を知っている社員もいるらしい。
「契約金を支払って、すぐにこのシステムを動かしてください!」
社員が叫ぶ。
だが遠藤は、「契約金だ? 高が在庫管理のシステムに、こんな金が払えるか!」と反対した。
俺は笑った。
「高が在庫管理だって? あんた、何も分かってないな。このシステムの価値が分からない社長の元で働く従業員たちが、本当に気の毒だ」
そう言うと、遠藤は「なんだと!」といつものように怒った。
「いいから早く動かせ! このポンコツが!」
俺は少し間を置いてから、静かに言った。
「契約は破棄でしょう? 私の所有物を勝手に使って、壊れたと言っている状態ですよ。ポンコツはどっちだか、よく考えた方がいいんじゃないですか」
さらに続けた。
「契約金を支払う気になったら、またお電話ください」
そう宣言して、電話を切った。
その後、電話が鳴ることはなかった。
まあ、前のシステムに戻せる人間がいれば動かせるし、不便にはなるが、それで使っているのかもしれない。
または、俺に頭を下げるのが嫌で、現場は未だ混乱の中、というのも考えられる。
どちらにしても、俺にはもう関係ない。
そう思ってスマホに目をやると、ネットニュースが目に留まった。
遠藤の会社の記事だ。
「システムダウンで発注や受注ができない」「機能が全て停止している」と書かれている。
遠藤の会社のSNSでは「サイバー攻撃の被害にあった」と書いているが、何でもかんでもサイバー攻撃と言えばいいってもんじゃない。
しかも、遠藤の会社のSNSには「うちのシステムが原因だ」とまで書いてあった。
うちのシステムが攻撃されたと思われては、今後に響く。
俺はすかさず、自分のSNSに書き込んだ。
事実のみ、正直に。
「俺のシステムがサイバー攻撃を受けたわけではないこと」「試験期間を過ぎても契約金を支払ってもらえなかったので、ロックがかかったこと」
後で専門家に確認したが、問題ないとのことだった。
それが拡散され、遠藤の会社は大炎上。
テレビのニュースでも取り上げられた。
その中で、地元の有力者としてインタビューに町田さんが出てきた。
「村井のシステムは、我が社にとってなくてはならない存在です。サイバー攻撃が気になるなら、まとめて村井に相談すれば、あっという間に解決しますよ」
そう言ってくれた。
しばらくすると、電話が鳴り響いた。
地元の会社を中心に、相談の電話が相次いだのだ。町田さんのインタビューを見たという人が大半だった。
そのことを町田さんに報告すると、珍しく少し照れた様子で言った。
「見られてたのか。まあ、あれが俺の本音だからな。これからも頼むよ」
照れ隠しをするように、俺の背中をバンと叩いた。
その後、遠藤の会社は取引先からの信用を失い、契約はゼロに。
ある取引先はテレビのインタビューで、「システムトラブルを隠蔽するために嘘をつくような会社とは、怖くて取引ができない」と激怒していた。
しかも遠藤は「お前たち、どうにかしろ」と、自分の行いを棚に上げて従業員に責任を押し付けた。そのため社員は次々に退職し、会社は破産一直線。
遠藤は負債を抱え、家や車を売り、安アパートに引っ越したそうだ。まさに身から出た錆だ。
それからしばらくして、俺が事務所にいると、誰かが訪問してきた。
ドアを開けると、知らない男がいる。
「誰だ?」と思っていると、男は懇願してきた。
「仕事を紹介してくれ」
その声で、ようやく遠藤だと気づいた。
みすぼらしい格好で、痩せ細った姿は、まるで別人だった。
「全職先は見つからないし、アルバイトをしてもすぐにやめさせられる。もう、頼るところがないんだ」
俺はすかさず言った。
「アルバイトでやめさせられるなんて、普通ありませんよ。他の従業員に今までのような高圧的な態度でも取ったんじゃないですか」
遠藤は言葉に詰まった。
図星だ。おそらく態度が悪くて、試用期間で切られたのだろう。
俺は畳みかけた。
「あんた、自分がどんだけ偉いと思ってるんだ。あんたみたいなのを紹介したら、相手にも迷惑だ。『こんな人間を紹介したのか』と、俺の信用にも傷がつく。そもそも、よくここに顔を出せたな」
だが、遠藤も必死のようで、帰ろうとしない。
「アルバイト先で『口先だけの無能な老人』とまで言われたんだ。もう怖くて、アルバイトなんてできない」
俺は思わず吹き出しそうになった。
まさに遠藤そのものを言い表した言葉だと、俺は思った。
遠藤はどんどん喋って、最後に力を込めた。
「仕事なんて何でもいい! 俺は何でもこなせるんだ! 君のところで雇ってくれ!」
そこで俺は、笑いをこえきれなくなった。
「はっきり言って、今も ‘隠しだと見下している気持ちが抜けてないんだよ。確かに、お前は何でもこなせるかもしれない。だが、雇う気はない。どんなに人手が足りなくても、口だけ達者な人を俺は雇わないね。さっさと帰ってくれ」
遠藤はすがるような目をしてきたが、俺は構わずドアを閉めた。
その後、遠藤の行方を知るものは誰もいない。
数日後、俺は町田さんに呼び出された。
「どうしたんですか? いきなり呼び出すなんて珍しい」
そう言うと、町田さんは何やら設計図を取り出して、平然と言った。
「こういうのを作りたいんだよ。なんとかしてくれないか」
そこには、細かい指示が書かれている。俺がこれまで手掛けてきたシステムの、さらに先を行く内容だった。
「兄貴には逆らえないな。頑張らせてもらいますよ」
町田さんも笑って、俺の背中を叩いた。
「さすが俺の弟分。頼りにしてるぞ」
俺はまた、新たな開発に着手した。
あの一件以来、問い合わせも増えている。
これからも必要とされる存在でありたい。気合いを入れて頑張ろう。



