会社の懇親会に行ったはずの娘が、一時間もしないうちに、真っ青な顔で帰ってきた。ワンピースの裾をくしゃくしゃに握りしめ、目には涙が浮かんでいる。「どうしたんだ」と聞くと、娘は黙って前髪をかき上げた。その額に、黒いマジックで『中卒』と殴り書きされていた。仕事先の社長が、酒の勢いで「中卒が作ったものなんて売れない」と面と向かって罵り、その場の全員の前で娘の額に文字を書きつけたのだという。「やめてく…

会社の懇親会に行ったはずの娘が、一時間もしないうちに、真っ青な顔で帰ってきた。ワンピースの裾をくしゃくしゃに握りしめ、目には涙が浮かんでいる。「どうしたんだ」と聞くと、娘は黙って前髪をかき上げた。その額に、黒いマジックで『中卒』と殴り書きされていた。仕事先の社長が、酒の勢いで「中卒が作ったものなんて売れない」と面と向かって罵り、その場の全員の前で娘の額に文字を書きつけたのだという。「やめてく...

玄関が乱暴に開く音がして、俺はソファから飛び跳ねるように立ち上がった。休日の午後、静まり返った家に、その音はやけに大きく響いた。

「どうしたんだ……霞?」

靴も揃えずに立ち尽くす娘の肩が、小さく震えている。華やかなワンピースの裾はくしゃくしゃに握りしめられ、その顔は真っ青だった。頬を伝う涙を見て、俺の胸は一気に冷え込んだ。

「何があった?教えてくれ。」

しばらく俯いていた娘は、ゆっくりと右手を上げて前髪をかき上げた。その瞬間、俺は言葉を失った。

白いおでこに、黒いマジックで「中卒」と殴り書きされていたのだ。

「……社長に、やられた。」

娘の掠れた声が、静かな部屋に落ちる。俺の中で、何かが燃え上がるのを感じた。そのまま、一つの決意が固まっていくのが分かった。

待ってろ、霞。必ず、父さんが終わらせる。

俺の名前は平田信彦。全国展開する大手百貨店を営むAホールディングスの代表取締役社長だ。これまで数多くの困難を乗り越え、今の地位を築いてきた。そして俺には、一人娘がいる。名前は霞。遅くにできた子供で、無事に生まれてきてくれた時は、妻と二人で泣いて喜んだものだ。だが妻は、霞が幼い頃に事故で亡くなった。それからは、両親の手を借りながら、仕事と育児の両立に追われる日々だった。どうしても家を空けることが多く、娘には寂しい思いをさせてしまった。

その影響もあってか、霞は大人しく引っ込み思案な子供に育ち、小学校にもなかなか馴染めなかった。小学五年生の頃には周囲からしつこくからかわれるようになり、徐々に不登校になっていったのだ。

だが、娘が十三歳の時、何かせめて親子の思い出を作れないかと思い立ち、俺は二人で沖縄旅行へ出かけた。旅の最終日に立ち寄った物産館で、霞は初めて琉球ガラスと出会ったのだった。物産館では手作り体験もやっていて、躊躇する娘の背中を、俺は優しく押してやった。するとその手から生まれていく、柔らかく形作られる琉球ガラスの美しさと奥深さに、霞はすっかり惹き込まれてしまったらしい。そうして仕上がった青いグラスを、これまでわがままの一つも言ったことがなかった娘が、瞳をキラキラと輝かせてこう言ったのだ

「私、琉球ガラスを作る職人になりたい。」

その笑顔に胸がいっぱいになった俺は、全力でその夢を応援することにした。それからというもの、霞は中学卒業後にすぐ沖縄の工房へ弟子入りし、実家に戻ってきてからも、ガラスへの知識と技術を磨き続け、今では新進気鋭の光芸作家として名を上げるまでになっていたのだ

そんなある日、霞から初めての個展を開くことになったと報告を受けたんだ。

「すごいな。本当にすごい。よく頑張ったな。父さんは、自分ことよりも嬉しいよ。」

「もう、お父さんたら喜びすぎよ。」

そう言いながらも、娘の顔は職人としての自覚と責任感に溢れていて、俺は我が娘ながら、本当に誇らしく思ったものだ。そして、とあるショッピングモールの主催で開かれた霞の個展は、幸いにも盛況のうちに幕を閉じた

「そういえば、今回の縁で、ショッピングモールの運営会社から懇親会に招待されたの。ほら、私そういうの慣れてないでしょ。だから今から緊張しちゃって。」

苦笑しながらも、何を着ていこうかなどと話す娘の横顔は、晴れやかで、その日を楽しみにしている様子だった。娘を取り巻く世界がこうして広がっていくことは、喜ばしいことだと思った。

そして懇親会当日。一時間ほど前に、霞は年頃らしい華やかなワンピースをまとい、会場へと出かけていった。休日だった俺は、娘の土産話を楽しみにしながら自宅でくつろいでいた。だが、その時、家の玄関が開く物音がしたのだった

おかしいと思い様子を見に行くと、案の定、出かけたはずの娘の姿があった。

「か、霞?どうしたんだ?懇親会は?」

痩せた背中を丸めて俯きながら靴を脱ぐ娘の横顔は青ざめていて、よく見れば、その目にはうっすら涙が浮かんでいるではないか。尋常ではない様子に、俺は慌てて娘を上がり框に座らせ、慎重に訳を聞いた。

「何があったんだ? ゆっくりでいいから、父さんに話してくれ。」

俺は自分が羽織っていたカーディガンを霞の肩にかけ、察するようにしながら辛抱強く待った。すると最初は口が重かった霞も、徐々に、懇親会での出来事を語り始めた。

懇親会の主催でもあったショッピングモールの運営会社、その社長である安倍氏に挨拶をしたところ、相手から思いもよらぬ暴言を浴びせられたというのだ。理由は、霞が中卒だったから。安倍社長は、霞の経歴を個展のパンフレットで知ったらしく、懇親会の最中ずっと霞の隣に陣取り、「中卒なんてどれだけバカなんだ」「中卒が作ったものなんて売れないぞ」などと嫌みを言っていたとのことだった

ポツポツと話していた霞が、再び口ごもる。そして娘は、おろおろと右手で自身の前髪をかき上げ、おでこを俺に見せてきた。その瞬間、俺は息を呑んだ。そこには、黒いマジックで「中卒」と殴り書きされていたのだから

「な、なんだこれは?……あの安倍って奴が、こんなことをしたのか?」

二の句が継げない俺に、娘は再び涙で俯く。

「安倍社長、だいぶ酔っ払ってて……『やめてください』って何回言っても、やめてくれなくて……でも、みんなの前でこんなこと……」

声と共に、娘は無意識に、指先でおでこに書かれたその文字を強く擦り、かき消そうとする。娘の白い肌が、たちまち真っ赤に染まっていった。

「か、霞、やめなさい!傷がついてしまう。」

俺は慌てて、娘の背中をそっと抱きしめた。かけたカーディガンに埋もれるようにしながら、霞の肩が小さく震えている。こんな時でさえ、大きな声をあげずに泣く娘が、不憫で、いじらしくて、やるせなさと切なさが胸のうちに込み上げた。だが、それらはやがて、霞を侮辱した安倍社長に対する、激しい怒りへと変わっていくのを感じた

「大丈夫だよ。そんな男のことなど、すぐに気にしなくて良くなるから。」

俺は娘の肩を撫でながら、もう片方の手で拳を固く握りしめた。それからすぐに霞を風呂場に促すと、俺はその場でスマートフォンを手に取り、猛烈な勢いで電話をかけ始めた。相手はなかなか応答しない。だが、それでも俺は構わず電話をかけ続けた。いわゆる鬼電の状態で、十五回目のコールをかけた時、ようやく相手が電話口に出た

「誰だ、お前。」

不審そうな声に、俺はごく低い声で名乗った。

「霞の父親だ。安倍社長だな。あんた、人の娘に随分な仕打ちをしてくれたものだな。」

「ああ、あの人娘。霞みてえな、あの中卒のあれか。ああ、あいつなら俺がちょっとからかってやったら、さっきピーピー泣いて逃げてったけどな。笑い え、あんた、あの女の父親か。」

続けて、安倍社長はガハガハと下品に笑う。

「うわ、娘の代わりに今度はパパが出てきたって?親子で仲良しこしかよ。キモ。」

「娘をあんな目に合わせておいて、何がおかしいんだ。」

俺の怒りを、安倍社長はなおも小馬鹿にする。

「え、パパめっちゃ怒っちゃってる。笑い あのおでこの落書きに怒ってんの? つっても、オタクの娘が中卒なのは事実だろ? 俺、中卒の人間って初めて見たわ。本当にいるんだな。」

こちらの神経を盛大に逆撫でしてくるような声で、彼は笑い転げている様子だった。全く反省の色も見えない。そのふざけた態度に、俺の中でとうとう何かが切れた

「お前の会社、今日で潰す。」

ドロドロに溶けたマグマのようなその一言に、安倍社長の高笑いが不意に止む。それからこちらの様子を探るようにして、不機嫌そうな彼の応答が電話口に響いた。

「はあ?

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高が中卒バカの親父にしては、言うことがいきなり大層だな。つうか、お前、この番号どうやって知ったんだ? あのバカ女も、俺の番号は知らないはずだが? お前、何者だ? 」

「何者だ、だと?

俺は失笑する。今からどういう目に会うかも知らないで、偉そうに。だがいいだろう。そんなに知りたければ、教えてやろうじゃないか。お前に、引導を渡す男の名前を。」

そして俺は、酔っ払いの耳でもよく聞こえるように、わざとらしくゆっくりと、自身の名を口にした。

「俺の名前は、平田信彦だ。」

「平田? ……平田。」

俺の名前を舌先で転がすようなつぶやきが聞こえた直後、電話口に不意に沈黙が降りた。口を閉ざした相手の息遣いが、徐々に荒くなっていくのがわかる。きっと電話の向こうでは、回った酔いが一気に覚めているのだろう。やがて、喉の水分を急激に奪われたかのような、掠れかれた声が画面越しに俺の耳を引っかいた

「ひ、ひ、平田……まさか、あの大手百貨店の……」

どうか違ってくれと必死に祈っているようにも聞こえる声で、安倍社長がそう口にするものだから、俺は思わず笑ってしまいそうになる。そうだな。ここはせめてもの情けで、彼のその予想を漏れなくきっちり肯定してあげようじゃないか

「そうだ。俺は、あの大手百貨店を営むAホールディングス、その代表取締役社長である平田信彦だよ。お前は、この頃特に聞き覚えがあるんじゃないのかなあ、安倍社長さん。」

そう。俺が経営する会社というのは、全国展開している大手百貨店をその傘下に抱えるグループ企業のことだ。そして、うちの百貨店と安倍社長の会社が手がけるショッピングモールには、実は数ヶ月前より提携の話が持ち上がっていたのだった。ちなみに、こう言ってはなんだが、うちの百貨店と比べれば、あのショッピングモールなどはその売上においても知名度においても、ブルドーザーと手持ちスコップくらいの差がある。それも、安倍社長が親から継いだ大事な会社は、現在深刻な経営不振に陥っているのだった。それでも、自社製品からの一発逆転を狙ったのか、安倍社長が藁にもすがる思いで縋ってきたのが、何を隠そう俺の会社なのである。また我が社も、とある理由で安倍社長のことを悶前から払いせず、その話を聞き入れていた。霞が個展のことを口にする少し前から、両者は提携に向けての話し合いをすでに何度か行っていたのだ。ただ、その話し合いも、こちらからはいつも俺の代わりに執行役員数人が出向いていたので、安倍社長は名前と経歴、そして顔写真ぐらいでしか俺のことを知らないのだろう。それに「平田」という苗字の人間はどこにでもいるものだから、彼曰く「中卒のバカ」である霞が、まさか提携先の百貨店の社長令嬢だったとは、夢にも思わなかったに違いない

俺が今、丁寧に自身の正体を名乗って以降、電話の向こうは奇妙なほどに静まり返っている。かろうじて相手の息遣いは聞こえてくるので、まだ倒れてはいないようだが、そう簡単に倒れてもらっては、こちらとしても困るんだよ。俺は、ふっと煮えたる怒りを胸のうちに抱えつつ、続けた

「なあ、安倍社長。お前、人の娘をあれだけ馬鹿にできるんだから、自分はさぞ立派な人間なんだろうな。そうだ、その立派さとやらを、俺にも一つ語ってくれないか? 」

先ほどの一言から一転、低しげにそう言い出した俺に恐怖を覚えたのか、安倍社長は電話越しでも分かるほどにガタガタと震え出した

「ま、待ってください!謝ります!すみません!俺がどうかしてました!まさか平田社長のお嬢さんとは知らず、飛んだ失礼を!」

「へえ。じゃあ、霞が俺の娘だって知ってたら、お前は何もしなかったって? でも、それはそれで問題だな。そもそも、自分がされて嫌なことは人にもしないように、って学校で習わなかったか?

「え、ええ、それは本当に平田社社長のおっしゃる通りです!あの、先ほどはこちらも少し酔っ払っておりまして、その、ちょっとしたいずらが、ついどうこしたというか……」

自己保身丸出しの言い訳を、俺は一言で遮った。

「はあ、いたずら、ね。笑い 安倍社長はあれをいたずらだとおっしゃる。呆れたなあ。こんな時に、そんなことしか言えないのか、お前は。」

「そ、それはその……お怒りはごもっともで!」

引きつった悲鳴をあげながら慌てて俺に同調する安倍社長。だが、そんなお湿めかしを吹き飛ばすようにして、俺は人外腹に響く声でこう宣言した

「お前の会社との提携は、婚約臨時なしだ。」

「あ、社長、平田社長、ちょ、ちょっと待ってください!」

電話の向こうでは安倍社長が何やらそう叫び声をあげていたが、俺はそれきり電話を切り、速攻で着信拒否としたのだった

それから俺はすぐに役員たちを招集し、彼らにこう指示した。

「例のショッピングモールの買収計画を、即時実行に移すように。」

実は、うちの百貨店は前々から、安倍社長の会社が手掛けるショッピングモールの買収計画を立てていたのだ。あのショッピングモールは立地も良く、地元にも根付いている。客層も悪くなく、地元民の他にも近隣県の住人がちょっとした買い物をしに気軽に訪れる場所だ。実際、安倍社長の父親の代には、あのショッピングモールの業績も一地方にしては珍しいほどの高水準をキープしていたとか。今は安倍社長の経営手腕のまずさに足を引っ張られ、売上も落ちているが、そこさえどうにかすれば、元々かなりの売上を見込める箱である。我が社が新規事業として始める地域産業の活性化への足がかりとするには、これ以上ない物件だ。そのため俺は早々に、あのショッピングモールに目をつけていたのである。

だがそんな折、なんと安倍社長の方から「是非にと」のほうから提携の話を持ち込まれ、俺はしばらく様子を見るために買収計画を一時中断していたのだった

さらに、俺は霞から個展の話を聞いた。俺としては、本当はうちの百貨店でこそ娘の最初の個展を開きたいとも思っていたのだが、潔癖なところがある霞は、父親の俺がそんなことを言っても絶対に受けてはくれないだろうという確信があった。だから俺は、せめて何か俺にできることをと考えた結果、あのショッピングモールを買収するのではなく、安倍社長にも何らかの利があるように、提携という形へ計画内容を変更しようとしていたのだが、残念ながら、そんなこちらの考えを当の本人がめちゃくちゃにぶち壊してくれた

「ならば、俺は手心を加えないぞ。」

提携の方向でまとまりかけていた案件の急な方向転換に戸惑う役員たちに対し、俺は厳しい声で告げた。

「提携は先ほど決裂した。安倍社長側には、わずかな利益も与えなくていい。徹底的にやれ。」

うちの優秀な役員たちは俺の意を完璧に汲み、法的にも隙のない方法で、ショッピングモール買収へと再び動き出す。彼らはまず、安倍社長以外の主要株主に接触し、株式を買い取る話を持ちかけ、契約を進めた。地元の中小企業である安倍社長の会社は株主も少数であり、俺の会社側がその過半数を取得すれば、合法に経営権を奪えるのである。またそれと同時進行で、俺たちは安倍社長の素行調査を改めて行うこととなった。実は、買収計画を進めていた過程で、彼には部下に対するハラスメント行為、また会社の経費を私的流用しているのではないかという疑惑が浮上していたのだが、疑惑のまま深掘りせず、一度は保留にしていたそれらの件に関しても、今回は徹底的に洗い出すことにしたのである

結果、調査チームは安倍社長のハラスメント行為及び不正行為についての動かぬ証拠を手に入れた。そして俺は、その情報を匿名で地元メディアにも流すことにした。当然ながら、降って湧いたスクープに地元メディアは連日このニュースを報道し、世間の知るところとなる。地元に根付き親しまれていたショッピングモール、その運営会社社長の裏の顔に、地元住民たちの反発は大きく、ただでさえ落ちていた会社の業績はさらに急落した。また安倍社長自身への信頼も地に堕ちたのだった

一方、その間の役員たちの働きもあり、俺は安倍社長の会社の新たな筆頭株主となっていた。そして、間もなく株主総会を開く。議題はもちろん、安倍社長の解任についてだ。

「騙された! これは乗っ取りだ! こいつらが俺の会社を奪おうとしているんだ!

株主総会の場で挙げられた安倍社長は、そう言って必死に抵抗を試みていたが、彼の味方になってくれるような人間は一人としておらず、株主たちの総意として、彼の社長職解任が可決されたのである

次に俺は、筆頭株主という立場から会社に新たな経営陣を送り込み、安倍社長に縁のあった役員たちを一掃した。これにて彼の会社は事実上社会から姿を消し、俺の傘下のもと完全に再編成されることとなった

そして、俺は最後の仕上げに移る。安倍社長の行っていた不正に対して、彼に損害賠償を請求したのである。調べてみれば、その不正行為は彼がまだ役員だった頃から続けられていたことが分かった。行為そのものもそうだが、自身の祖父や父が手塩にかけて切り盛りしてきた会社の経費に、長年にわって手を出していたというその所業。俺からすれば、耳を疑うものがある。今だから言えることだが、うっかり提携の契約を交わす前に、こうして安倍社長の人間性が分かったのは、むしろ幸運だったのかもしれない

そんな中、一つ予想外だったのは、我々原告側に、安倍社長のハラスメント行為に追い詰められ、退職を余儀なくされた元社員が数名加わったことだ。彼らもまた、安倍社長のニュースが出てからというもの、これを機に民事で訴訟を起こす準備を始めていたらしい。そして、俺たちは互いに協力し合い、万全の体制で裁判へと挑んだ。結果、我々原告側が勝利し、不正行為への損害賠償、そして元社員たちへの慰謝料として、安倍社長には多額の支払いを命じる判決が下された

その後、彼は業務上横領罪で逮捕起訴され、今は勾留中で刑事裁判が開かれるのを一人待っているという話だ

さて、一時期は買収計画を進めるために忙しくしていた日々も、なんとか落ち着いてきた。ちなみに、霞はといえば、懇親会から二日ほどは小学生の頃のように実家へと引きこもっていたのだが、こちらの予想より随分早く、ひょっこりと俺の前に顔を出したんだ

「お父さん、ご心配おかけしました。」

照れたようにそう口にした彼女は、気持ちの整理がついたのか、俺が思っていたよりずっとすっきりとした様子で、その日にはもう自身の工房で新作の作成へと取りかかっていたようだった

それからしばらくして、安倍社長を会社から追い出したことを機に、俺は霞に「全て片付けた」と報告した。だが霞は、それを静かに聞き届けると、俺に向かってもう一度頭を下げて「ありがとう」と口にし、穏やかにこう続けたのである

「お父さん、いつも私の味方でいてくれて、本当に感謝してます。でも、私はもう大丈夫。お父さんのおかげで、私は自分の道を見つけて、強くなれたの。」

そう告げた娘の顔には、初めて自身の夢を語ったあの時と同じ笑顔が刻まれていた。その輝きに、その眩しさに、俺は再び胸がいっぱいになる。

「それにね、私の作品を楽しみにしてくれている人が、おかげ様でいっぱいいらっしゃるの。だから、私、立ち止まってなんかいられないわ。」

晴れやかなその表情に、俺は霞の確かな成長を実感した。

俺の家のリビングには、あの沖縄旅行で霞が初めて作った青いグラスが、今も大事に飾ってある。すがすがしさと豊かな深みが同居するその青色に、娘の行末を重ね見て、俺もまた、晴れやかな笑みを浮かべるのだった。