「お前は今日で首だ。息子が全て引き継ぐから安心してやめろ」…

「お前は今日で首だ。息子が全て引き継ぐから安心してやめろ」...

「君は今日で首だ。息子が全て引き継ぐから安心してやめろ」

突然の解雇宣告に、私は言葉を失った。取引が成功した直後の、まさにその瞬間だった。

「え?どういうことですか?」

私は山崎商業という中小企業で営業主任として働く32歳の会社員だ。少ない人数だが、少数精鋭として営業成績を伸ばし続けてきた。胃が痛むこともあったが、取引成立の達成感が何よりのやりがいだった。

そんな私が、10億円規模の新事業開発のための交渉を任された。相沢株式会社との共同開発が必要で、社長は大きな期待を寄せていた。

ただ一つ不安があった。社長の息子である夕作君のことだ。彼は26歳で私の部下だが、思い上がった態度で目上の人間にも礼儀を欠かさない。仕事を横取りしたり、押し付けたりと、多くの人が迷惑していた。

そんな彼が交渉に同行したいと言い出したのだ。さすがに川辺部長も難色を示し、どうにか断って私と川辺部長の二人で交渉に行くことになった。夕作君は不満そうだったが、この後、とんでもないことが起こるとは思いもしなかった。

交渉は無事に成功し、川辺部長と二人で社長に報告に行った。

「よくやってくれた」

そう言って社長が喜んだ直後だった。

「肩は今日で首だ。息子が全て引き継ぐから安心してやめろ」

「え?どういうことですか?」

意味が分からなかった。川辺部長も驚きを隠せない様子だ。

「俺の息子を無能扱いしただろう。ストレス発散に怒鳴り散らしたり、仕事を押し付けて残業させることもあるとか」

「何ですかそれ?僕は何もしていませんよ。むしろそれは夕作君がいつもしていることです」

「私の息子が周りに迷惑をかけていると言いたいのか?」

「この機会なので言わせていただきますが、夕作君はいつも仕事をサボったり、偉そうな態度を誰にでも取ったり、人の手柄を横取りしたりと、迷惑ばかりかけています」

社長は私の話に聞く耳を持たなかった。自分の息子の言葉を信じるのは当然かもしれないが、社長として他の人の話も聞くべきではないのか。

苛立ちが募り、私は言った。

「営業部の社員にも聞いてみてくださいよ。絶対に僕と同じことを言うはずです」

川辺部長も私を庇って言ってくれた。

「片桐君は無実です。夕作君が言うようなことは一切していません。それに、片桐君がいなかったら取引も大変なことになっていたはずです」

部長は私を哀れんで言っているわけではない。会社のことを何よりも考えて社長に申しているのだ。

しかし社長は怒り狂った。

「うるさい。こいつは首だと言っているだろう。これ以上何か意見するのだったら、君もただじゃおかないからな」

川辺部長は何か言おうとして口を開けていたが、すぐに閉じてしまった。自分の首まで飛んでしまうかもしれない。部長はそう思ったのだろう。

社長は満足そうににやりと笑って言った。

「さあ早く出ていけ。この給料泥棒が。二度と私と息子の前に現れるなよ」

ここまで言われて、私も黙って出ていくほど性格は良くない。

「分かりました。もうこの会社から出ていきます。何を言っても、もう帰ってくることはありません」

「お前なんて無能だ。精々もう一度雇ってくださいって言ってきても知らんからな」

社長は私を追い払うように手を振った。川辺部長はずっとやばいという顔をしていたが、私はそのまま社長室を後にした。

追いかけてきた部長に「もう一度社長と話し合おう」と言われたが、あんな社長がいる限り、もうこの会社でやっていける気はしなかった。私は私物の片付けを始めた。

すると、私が首になったことをすでに知っている様子の夕作君が、勝ち誇った笑顔で近付いてきた。

「ざまぁみろ。俺に交渉を任せなかったからこうなるんだよ」

やはり私に恨みがあって、嘘を社長に話したようだ。腹が立って睨むと、彼は笑いながら言った。

「そうやって俺に立てつくから首になるんだよ。俺は社長のエリートだから、全部任せておけばいいんだよ。お前以上に取引相手を満足させてやるぜ」

私は本当にそんなことが出来るのかと疑問に思いながら、そのまま会社を出ていった。

すぐに取引先に連絡をして担当が変わることを伝え、今から転職先を探さなければいけないことに憂鬱になった。三十路を過ぎてしまったから、見つけるのは難しいだろうなとため息を吐きながら、家に帰った。しばらくは貯金で何とか暮らしていこう。結婚していなくてよかった。そんなことを考えていた。

それから一ヶ月後のことだった。

私は新しい職場に勤めることになり、周りにも馴染み始めた頃、私が任された取引先の会社がやってくると聞いて準備を始めた。そして、相手が会議室に入ったと聞いて、この会社の社長である相沢正さんと一緒に向かった。

中に入ると、取引先の社員が大声を上げて驚愕した。

「片桐、なんでお前がここにいるんだ」

その相手とは、前の会社で私を首にした山崎友社長と夕作君だった。まさかここで会うとは思っていなかったのだろう。二人は目を丸くして、口も開いたままになっている。

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「見ての通り、相沢株式会社の社員をしているんです。御社との取引の担当にもなりました」

「なんだと」

「川辺部長にはすでにお話をしていますが」

私の言葉に、友社長と夕作君は川辺部長に向かって「なぜ言わなかったんだ」と怒り出した。しかし川辺部長は「ちゃんと報告しましたよ」と答えた。

言い争っている彼らを見て、相沢社長が口を出した。

「この場でそのような話し合いはやめていただきたいのですが」

三人は一度黙り、友社長が聞いた。

「どうして片桐のような男が、そちらの会社にいるんですか」

私がこの場にいるのが、本当に信じられないようだ。

相沢社長は静かに答えた。

「彼が優秀だからですよ。解雇されたことを知り、うちに入社しないかとすぐにスカウトしたんです」

実は、私は解雇されたことを電話で伝えていた。すると、担当者が「よかったらうちの会社に入社しないか」と誘ってくれたのだ。思ってもみないことに、私は「いいんですか」と期待を込めて返答すると、相沢社長が私のことを気に入ってくれたと教えてくれた。すぐに相沢社長に取り次いでもらい、解雇されたことやその理由を伝えると「是非うちの会社に」と言ってくれた。私は二つ返事で入社を決めたのだ。

その話を聞いた友社長と夕作君は驚き、途端に失礼なことを言い始めた。

「どうしてそんなことを?こいつは無能でクズですよ」

「こいつが優秀なんてありえない」

川辺部長だけは私のことを何も悪く言わず、フォローするような言葉を発していたが、私を追い出した親子は聞いていないようだった。相沢社長に、私がいかに仕事ができないかなどと告げ口をする。

合理的な理由もなく嘘で解雇した挙げ句、新しい会社の社長にまで文句を言うとは、なんて奴らだ。そう思っていると、相沢社長は少し声を低くして言った。

「あなたたちは片桐君のことを一切分かっていないようですね」

その低い声に、山崎親子は言葉を止めた。苛立っているのが伝わったらしい。

「あなた方はなぜ片桐君をそのように見下しているのか分かりませんが、彼はとても優秀ですよ。彼がうちに交渉に来た時から、光輝くものがありました。彼がいるから一緒に仕事をしても安心できる。そう思っていたんです」

「そんなんまさか。絶対嘘だ。こいつは仕事もできない無能だろう」

「そう思う根拠は?」

「なんだと」

「取引先の社長である私に敬語も使わず、人を落とし入れる発言や文句ばかり言う、あなたの方が仕事ができないように見えますが」

夕作君が相沢社長の言葉に苛立ち、掴みかかろうとすると、友社長と川辺部長が止めに入った。

「落ち着くんだ。大口の取引先なんだぞ」

それを見ながら、相沢社長は話を続けた。

「片桐君に全て聞きました。解雇された理由は、山崎社長の息子さんが原因らしいですね」

君の嘘によって私が解雇されたことは、もちろん相沢社長には伝えてあった。相沢社長は睨みながら言葉を発した。

「自分のことを棚に上げて、人を落とし入れるなんて楽しいですか?片桐君が何かしたわけでもないのに、首にさせるなんてどうかしている」

「俺は社長の息子で、次期社長なんだ。何したって許される」

「だからと言って、そんな横暴な態度を取るなんておかしいですよ。私なら絶対にできませんよ」

「それはあんたがおかしいんだよ」

「有作、お願いだからやめてくれ。そんな態度を取っていたら、うちと取引を終了されてしまう」

「父さんは言われっぱなしでいいと思ってんのか?」

友社長はまた中に入ったが、夕作君の言葉に少し疑問の声を上げる。

「確かに、人を落とし入れるとか首にさせるとか言ってたのはおかしいが」

その様子に、相沢社長は逆に驚き、呆れたように息を吐いた。

「まだ息子さんの嘘に気づいていないんですか」

「うちの息子が何か間違ったことでもしたんですか」

友社長は怒り出した。本当に何も気づいていないのか、気づかないふりをしているだけなのかは分からないが、自信満々だ。

相沢社長は言った。

「本当に何も知らないというのなら、あなたは社員の働きやすさを考えたことがないのかと疑いたくなります」

友社長は眉間にしわを寄せたが、相沢社長がすぐに夕作君のことについて話し始めた。

私の後を引き継いだ彼は、この一ヶ月の間、相沢株式会社の社員に対してとてもひどい態度を取っていたらしい。相手が自分の会社の人間ではないにも関わらず、社長の息子だからという理由で横暴な態度を取り続けた。それだけでなく、気に食わないことがあったら強く肩を叩いたりと暴行も加えたんだとか。他にも、取引中にも関わらず話し合いには参加せずにスマホを触ったり、若い女性社員を見つけたらナンパしたりと邪魔ばかりしていたらしい。川辺部長が注意していたが、全く聞く耳を持たなかったようだ。

そんな調子で、どこをどう見ても仕事をしているとは言えず、むしろお荷物状態だった。以前、私に「取引相手を満足させてやる」と言っていたが、本当にする気があるのか疑いたくなる。

「むしろ仕事をする気はないのが分かるし、エリートらしいところなんてどこにも見当たらない」

その報告を聞いて、友社長は信じられないと目を見開いた。夕作君は「全部嘘っぱちだ。適当なこと言うなよ」と怒り出す。

しかし、相沢社長は静かに伝えた。

「全てこの会社で会議したんですから、監視カメラには映っています。嘘だというのなら、確認されてもいいですよ」

それを聞いて、夕作君は言い返すことができなくなった。友社長は、やっと真実だと分かってくれたようだ。

私は、自分が解雇される原因となった彼の嘘や、普段の勤務態度について話した。川辺部長も私と一緒になって話をしてくれたため、友社長は怒り出した。

「どういうことだ」

夕作君は「だってみんな偉そうな態度を取るし、俺の真の実力は分かっていないから」なんて言い訳し出すが、友社長は聞く耳を持たずに叱り続けた。相当頭に来たのだろう。

「今までずっと君のことを庇っていたのにも関わらず、取引先になんてひどいことをしているんだ」

しかし、そうやって怒れる立場でもない。自分の息子を信じきっていたのか。社員から報告があっただろうに、放置していたのは友社長自身だ。そんなところを思い知らされたのだろう。

相沢社長は最後に言った。

「もうあなた方と仕事をしたくありません。取引は終了にさせていただきます」

その言葉に、友社長は焦り出した。

「ちょっと待ってください。そんなことされたら、我が社は」

「うちにはいい営業マンが入社しましたので、新しく別の会社と取引をすることになったんです。あなたが解雇してくれたおかげです。ありがとうございます」

そう言って、相沢社長は私を見た。彼が言う「いい営業マン」とは私のことだ。私はこの会社に入社してすぐに大きな商談を成立させていた。

川辺部長が私を首にするのを嫌がったのは、私が営業マンとしていい人材だったから。つまり、私の営業成績を知らないはずはないのに、友社長は何も考えずに解雇した、とんでもなく頭の悪い人ということになる。

全てを知った友社長は、すぐに土下座して懇願した。

「悪かった。今すぐ帰ってきてくれ。取引も終了にしないでください」

しかし、私も相沢社長も首を振った。

「お帰りください。話は終わりです」

そう言って、出口の方に促した。

まだわけが分かっていないような夕作君に、友社長は怒り出した。

「どうして謝らないんだ」

「別にいいだろ。新しい取引先を見つければいいだけじゃないか」

夕作君は自分たちの置かれた状況の大きさが分かっていないと言わんばかりだ。やはりそういう奴か、と思いながら見ていると、友社長は夕作君の胸ぐらを掴んで叫んだ。

「この取引にどれだけ期待していたか分かっているのか?十億だぞ。この新事業がなくなったら、もしかしたら倒産するかもしれない」

それでやっと夕作君もやばい状況だと知り、一緒になって謝り出した。

とても遅すぎる行動に呆れながらも、私と相沢社長はもう一度帰るように促した。川辺部長や他の社員には申し訳ないが、私は絶対に山崎親子を許さない。だから、謝る彼らに厳しい視線を送るのみだった。

何度謝られようとも同じことで、どんな条件を出しても首を振る。その繰り返しで、本当にもうどうしようもできないと知った友社長たちは、絶望した表情で肩を落として帰っていった。

その後、取引がなくなったことで新事業はできず、代わりになるものを考えたようだが、お金がかかるのみで成果はほとんど見られなかった。そのため赤字になってしまい、経営不振に陥ってしまっている。

全ては息子の責任だと言って、友社長は夕作君を解雇したらしい。そのため彼は別の会社に就職しなくてはいけなくなったようだが、横暴な態度は治らず、仕事もできないため面接で落とされまくり、今はアルバイトをして生活しているようだ。

友社長は他にも新事業と言って取り組んでいるが、いい企画が出ずにさらに業績は悪化。ついには倒産することになり、借金返済に追われる生活になってしまったらしい。奥さんにも逃げられて、借金を返すために朝から晩まで仕事を掛け持ちする辛い生活を送っているようだ。

親子揃ってロクな暮らしをしていないらしく、頬はこけて、栄養失調寸前まで陥っているんだとか。

一方、私のほうは今も相沢社長の元で仕事に明け暮れている。いい人ばかりで仕事もやりやすいし、営業成績トップに登り詰めようと意気込んでいる。

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