席を譲れと言われた時、私はまだ知らなかった。いや、最初から分かっていたのかもしれない。だって私はヤクザなのだから。
機内の空気が張りつめる中、私は優雅に微笑んだ。
だってこれは仕事のうちよ。
あなたの席よ。私が予約したファーストクラスの席。九州での用事を終え、疲れ切った体を休めるために選んだ席なのに、そこに見知らぬ男が座っていた。男はイヤホンをしたまま目を閉じ、私が声をかけても無視し続けた。肩に触れると、ようやく目を開けた男は私を睨みつけた。
「なんだよ。いい気持ちで寝てるってのに。お嬢ちゃんが席を間違えているんじゃねえのか。」
私は何度もチケットを確認した後、なるべく優しい声で言った。
「いえ、ここは私の席です。番号を間違えてはいません。あなたの方がお席をお間違いではないですか? チケットを確認してみてください。」
「はあ、そうかい。でも他にも席は開いてるだろ。」他の場所に座ったらどうだ? 「そういうわけにはいきませんよ。」ファーストクラスなんですから。あ、ひょっとしたら手違いで席がブッキングしちゃったのかしら。あのチケットを確認してくれませんか? 「うるさい姉ちゃんだな。」普通席ならまだ開いてる席があるだろ。そっちに移動したらどうだ?

男はチケットを出す気配すらない。最初から私の席を奪うつもりで座っているのは明らかだった。私は苛立ちを押し殺し、下手に出ることにした。声を荒げれば客室乗務員を呼ぶことになり、大きな騒ぎになる。それは避けたかった。
私は丁寧に、しかししっかりと伝えた。
「そんなこと言われても困ります。」普通席に座っても、チケットを確認しに来たら乗務員さんにも分かってしまいますよ。そうなったら乗務員さんにも迷惑をかけてしまうでしょう。離陸前にちゃんと自分の席に戻ってください。」
私の我慢は、男を調子づかせるだけだった。男は深々と腰をかけ、ふんぞり返って言った。
「うるさい姉ちゃんだな。何度も言わすな。」俺が先に座ったんだから。ここは俺の席なんだ。さっさと諦めて普通に行けよ。普通席なら開いてるんだろ。
なんなら姉ちゃんの首根っこを捕まえて普通まで引きずっていってやろうか。」
私はそれでもくじけずに頭を下げた。
「そんなことをしたら普通席のお客さんが驚いてしまいますよ。」あまり乱暴なことをすると、ことが大きくなってしまうじゃないですか。飛行機で問題が起こったら大変ですよ。離陸時間が遅れる可能性だってありますから。ですから席を変わっていただけませんか? そこは私の席ですので。」
すると男は得意げな顔をし、にやけた表情で私を見た。
「こんなに席を変えて欲しいのか? それならひとまず飲み物でも持ってきてもらおうか。」話はそれからだ。」
飲み物ですか? わかりました。
私はしぶしぶ客室乗務員の元へ向かい、ホットコーヒーを頼んだ。客室乗務員は不思議そうな顔をしていたが、私は何もないように笑ってコーヒーを持って戻った。
「お待たせしました。」ホットコーヒーです。暑いので気をつけて飲んでくださいね。」
「ホットコーヒーだって。」おい、姉ちゃん気が効かねえな。こういう時飲み物って言ったら酒だろ。」酒。ビールでもワインでもシャンパンでもあるんだろ。」
「ファーストクラスには何の飲み物かは言われていなかったのですけど、ファーストクラスはコーヒーも美味しいですよ。」
「そういう問題じゃねえんだよ。」全く。」
男は文句を言いながら熱々のコーヒーをすする。席を譲る気は微塵もないのだろう。男は靴を脱ぎ、ファーストクラス専用のスリッパに履き替えていた
「どうしてスリッパーを履いているんですか?
」ここは私の席であなたは間違えて席に座っているんですよね。この席にいるつもりなんですか? ダメですよ。」飛行機の座席はちゃんと指定通りに座らないと。」
「うるせえ姉ちゃんだな。」もうここは俺の席なんだよ。」大人しく普通席に戻ったらどうだ? さらに男は椅子に付いているマッサージ機能まで使い始めた。呆れてものが言えない。すると男は図に乗って言った
「ああ、マッサージ機能がついてる座席ってのはいいもんだが、人間が手で揉むマッサージには及ばないよな。」姉ちゃん、せっかくならちょっと肩も揉んでくれないか? 」
一体この男はどこまで図々しいのだろう。困り果てた私を見かねたのか、近くに座っていた乗客が立ち上がった」
「君、いい加減にしないか?
」さっきから聞いていたが、そこの席はそちらのお嬢さんの席なんだろう。」それを自分の席だと言い張っていり、お嬢さんに他の席に行けと命令するなど、無礼にもほどがあるぞ。」
「うるせえ。」片腹痛の分際で俺に指図するんじゃねえよ。」
男は立ち上がると、声を上げた乗客の頬を思いっきり殴りつけた。突然殴られた乗客はその場で膝をつき、頬を押さえてうずくまる。その様子を男は気持ち良さそうに眺めていた. 「いいか? 」他の連中も正義感振りかざして俺に指図なんかするなよ。」こいつみたいに痛い目を見るぜ。」
私は慌てて倒れた乗客に駆け寄った。
「ああ、だ、大丈夫ですか? 」
「ああ、大丈夫だ。」心配をかけてしまってすまない。」
私は乗客が無事なのを確認すると、男の方へ向き直った。
「急に殴るなんて、どうしてそんなひどいことをするんですか?
自分がどれだけ悪いことをしたか分かっているんですか? 」
「女の前で格好つけたがってるおっさんをぶん殴っただけでいちいち騒ぐなよ。」
「いい加減にしてください。」あなた一体何様のつもりですか? 」
私はつい強い口調で男を責める。すると男は、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりの顔で私にこう告げた」
「俺が誰だか知りたいってか。」これなら教えてやる。」俺は来長組の若頭だ。」小金井ってもんだ。」どうだ? 驚いたか?
あの巨大ヤザ組織、来長組の若頭だぜ。」お前みたいな女一人ボコボコにしてやってもいいんだぜ。」
堂々と名乗る小金井を見て、私は驚きポカンと口を開けた」まさか小金井が来長組を名乗っているとは思わなかったからだ。元々静かだった乗客たちは、お互い顔を見合わせる」相手がヤザを名乗るというのなら、もう我慢をしなくてもいいだろう」しかも来長組を名乗るというのなら、最高だ」
「へえ。」あんた、来長組の若頭さんなんだ。」随分と偉い人なんだね。」
私はいつものヤザとしての姿を見せる」その瞬間、雰囲気が変わったのに気づいたのだろう」小金井は驚いた顔を私に向けていた」
「お、そうだよ。」あ、なんだお前。」急に雰囲気が変わったなあ。」
「あんたがあんまりに面白い冗談を言うから、ついおかしくなっちまっただけだよ。」でもいけないね。」来長組の若頭ともあろう方が、大事な人を忘れちゃいないかいな。」
「何言ってやがるんだお前。」大事な人? 何のことだかさっぱりわかんねえよ。」
「おやおや。」来長組の若頭さんとあろうものが、隣に座っている組長さんのことを知らないのかい。」しかも組長さんより偉そうにしているじゃないか。」ねえ、組長もそう思いません? 」
「え、来長組の組長、」
私の言葉に小金井は驚いて飛び上がる」同時に、隣に座っていた男は声をあげて笑い始めた」
「いや、やめてくれ。」さっきから笑いをこらえるのが大変だったのに、もう我慢できないじゃないか。」は、それにしても、組長の俺を隣に、若頭を自称する奴がいるとは驚きだぜ。」[笑い]
「え、組長さん、本物の来長組の、」
「おお、来長組を仕切らせてもらってる高尾ってもんだ。」それでお前さんは一体どこのどいつだ? 」うちに小金井なんて若頭はいなかったはずだがな。」
目に涙を浮かべて笑う組長とは裏腹に、小金井の顔色はどんどん白くなっていく」
「そ、そうだったんですか。」高尾組長。」これは大変失礼いたしました。」
逃げようとする小金井の体を、私はとっさに押さえた」
「待ちなさいよ、小金さん。」うちの組の若頭を勝手に名乗っておいて、逃げよう。」そうはいかないよ。」大体、ファーストクラスのスリッパのままで逃げてどうするんだい?
靴も履き替えないでいたら外に出られないじゃないか。」本当、よその組の名前を勝手に借りるような間抜けは、何をやらせても間抜けだね。」
小金井は脂汗をダラダラと流しながら、無理やり席へと戻される」さっきまで大いに振る舞っていた小金井が、一気に小さく見えた」
「どうして来長組の組長さんがこんなところに? 」確か本部は東京ですよね。」
「うちの組織は、別に東京だけが全てじゃねえからな。」九州でも用合の一つや二つあるんだよ。」ああ、当然、お前が散々と小さく小娘扱いしていたあのお嬢さんも、うちの組員だ。」なあよ。」あれでいい仕事をするからな。」
「そ、そんなことがあるかよ。」どう見たって普通のお嬢さんじゃねえか。」
小金井は私を、とてもヤザだなんて信じられないと言った顔で見る。
「よく言われるんですよね。」見た目がヤザらしくないって。」でもだからこそ、ちょっと素を聞かせて話をし出すと、引縮する奴が結構いるんだよね。」ギャップが返って怖いみたいだよ。」そう、ちょうど今のあんたみたいにね。」
私がわざと声色を変えて話すと、小金井はすっかり小さくなり、ブルブル震え出した。来長組の若頭であるという嘘が意図も簡単に見破られたことも、隣に座っていたのが来長組の組長だったことも、私がヤザだったことも、小金井にとっては全てが予想外の出来事で、考えが追いつかないのだろう」だからこそ私はさらに追い打ちをかけることにした」
「それにね、実はこのファーストクラスもビジネスクラスも、全部来長組の幹部が座ってるんだよ。」
「はあ。」どういうこと? 」
「何ですか? 」今回の用合で女体で動いたからね。」飛行機の予約を取ったら、自然と貸し切りみたいになっちまったのさ。」だからあんたが殴ったのも、うちの幹部だよ。」
私がそう告げると、今し方殴られた乗客は立ち上がって、にやりと笑った。
「いやあ、小金井とか言ったか。」いいパンチくれたよな。」だが、いけないぜ。」顔は目立つ。」ヤザならちゃんと見えないところを殴って、しっかり痛めつけないとな。」
殴られた乗客はそう言いながら、仕返しのつもりか小金井の腹を一発殴る」小金井は小さく悲鳴を漏らし、椅子から転げ落ちそうになったので、私はそれを支えてやった」
「皆さん、人が悪いですよ。」私の席にこいつが座っているのを知っていて、シランプリをしたでしょ。」
「いやいや、悪いとは思ったよ。」だがトヨタはいつも大人しいからな。」ちゃんとヤザやれてるか見てやらないといけないと思ってな。」
他の席に座っている幹部は、悪びる様子もなくそう言う」最初からここにいる全員がヤザだったなんて」最初から俺を笑い物にしてたのかよ」
小金井は悔しそうにうめき声をあげたので、私はその頬を軽く叩いてやった」
「何が被害者だよ。」あんたが私の席に勝手に座ってたのが全ての原因だろ。」最初に間違えましたと謝って、素直に席を譲ってればよかったのに。」私を甘く見て侮るからいけないのさ。」自業自得もいいところだよ。」それであんたは、本当はどこの組の者?
来長組は嘘だが、ヤザってのは本当だろ。」素直に白状しなさい。」そうしないと、これからもっとひどい目に合うよ。」
「うう。」気境組です。」す、すいません。」組には言わないでおいてください。」
気境組は聞いたことがある」来長組よりずっと小さな組だったはずだ」
「そういうわけにはいかないね。」あんた、来長組を名乗るのに一切ためらいがなかったじゃないかい。」日頃から当たり前のように来長組の若頭を名乗っていたんだろう。」ズブの素だったのだろう。」
小金井は唇を噛むと黙り込んでしまった」
すると隣に座っていた高尾組長が、笑いながら小金井の方をバンバンと叩く」
「おいおい、なんだお前? 」うちの組員じゃないのに、と名乗っていた上に、勝手に若頭まで登り詰めたのか。」は、そりゃおもしれえ。」ライセンス料を取らねえとな。」それと、うちの幹部を殴った治療代だろ。」トヨタにコーヒーを淹れさせたサービス料も払ってもらわないといかんな。」
「金を払うんですか? 」
「当たり前だろ。」来長組の名を汚し、組員に怪我までさせたんだからな。」そうだな。」全部コミで2億でどうだ? 」今までお前がしてきた悪業を振り返れば、格安じゃないかなあ。」
「な、何を言ってるんですか。」そんな金払いませんって。」
飛び上がりそうになる小金井の方をしっかり抑えると、私は優しく言った」
「安心しなよ。」金が払えないやつのためにヤザは金貸しをしてるんだからね。」心配しなくても、来長組にもいい金貸しがいるよ。」支払いができないかわいそうな奴にも、ぽんと金を貸してくれるのさ。」特別な利息付きだがな。」こんな風に急に物入りになった時、すぐに支払えるよ。」
「そ、そう言われましても、それは金利が少々お高いですよね。」あの、2億分割で払いますんで、なんとかなりませんか?
」
「何言ってるんだい? 」気境組はお世辞にもでかい組じゃないだろう。」組の金全部かき集めたって、2億なんて集められるもんか? 」そうだね。」うちの仕事を紹介してやるから、そこから支払うってのはどうだい? 」ちょうど今の時期に出るマグロ漁船があるんだ。」いい稼ぎになるよ。」
「ま、待ってください。」もし俺が借金をしてマグロ漁船に乗ったとしても、2億なんて額、すぐに払いきれるもんなんでしょうか。」
「さあね。」それはあんたの働き次第じゃないか。」ひょっとしたら、一生かけて払ってもらうことになるかもしれないね。」でも、気境組の気なしのぎより、よっぽど早く稼げるはずさ。」
そう言われて、小金井はブルブルと首を振る」
「い、いや、黒漁船は嫌ですよ。」もう町に戻ってこれないとか、俺の人生おしまいじゃないですか。」
「あんたが嫌だって言うんなら、別にいいさ。」ただ、うちもメンツってのがあるからね。」来長組の名前を汚した罪、無下で払ってもらってもいいんだけど、どうする?
」一巻の海の泡にでもなった方がいいかい? 」
私は笑いながら小金井に迫る」すると小金井は魂が抜けたような顔をして、呆然と天を仰いだ」
「そうだ。」せっかくだから、私があんたの席と変わってやるよ。」ファーストクラスのフライト、せいぜい楽しみな。」
私はせめてもの慈悲として、小金井と席を変えることにした」きっと小金井にとってこれが最後のフライトになるだろう」そう思ったら、席を譲ってやってもいいと思えたのだ」隣は来長組の組長、周囲は来長組の幹部たちに囲まれたフライトだ」きっと楽しんでくれたことだろう」
東京に戻ってすぐ、小金井は来長組の事務所へ連れて行かれた」ファーストクラスを楽しんだ後、黒塗りの高級車でのドライブだ」さぞご満悦だったことだろう」事務所の応接でソファーに座らされた小金井は、魂が抜け果てたように放心していた」だが、そこはヤザだ」フライトの最中でマグロ漁船に乗る覚悟はついたのだろう」事務所に金貸しが来た時も、黒漁船の話をした時も、特に逆らうことはなく大人しくしていた」
「さて、2億の借金は契約もした。」うちのライセンス料も無下の治療費もしっかり払ってもらったが、さすがにお前を勝手にマグロ漁に乗せるのは筋が通らんよな。」一応、気境組の組長にも話を通しておくぞ。」
「え、組に連絡をするんですか? 」
だが、さすがの小金井も、自分の組の名前を出されたら冷静ではいられなかったようだ」気境組の名を聞いた時、急にうろたえ始めた」
「ま、待ってください。」この件は、気境組は一切関係がないんです。」若頭を名乗っていたのは俺の独断ですから、どうか組には内密でことを進めてください。」
「そういうわけにはいかんだろう。」いくらなんでも、よその組員をうちが勝手にマグロ漁船に乗せていたなんていうのを、後から知ったら気境組の組長のメンツを潰すことになる。」それにお前はもう一生マグロ漁船で生きていくんだろう。」組に戻ることもないんだ。」ちゃんと話をつけておかないとな。」
高尾組長の言葉に、小金井はがっくりと項垂れる」そんな小金井を横に、高尾組長は気境組へと連絡を入れた」すると5分と経たぬうちに、事務所へ気境組の組長がやってくる」
「気境組の組長、四ツ谷と申します。」この度は、うちの小金井がとんでもないことをしでかして、本当に申し訳ありませんでした。」この件は、どうか内密に。」
秘境組の組長四ツ谷は、入ってくるなりすぐに土下座をする」その様子を見て、高尾組長は呆れた顔をした」
「おいおい、しでかした方が内密になんて言い出すのは、筋じゃねえだろうが。」何でもします。」だから許してくださいって、頭下げるのが筋じゃねえのか。」謝り方も知らねえような奴が、親分やってるから部下がバカなことをするんじゃないのか。」
開口一番、保身に走る四ツ谷に、高尾組長は呆れた顔をする」四ツ谷も自分の失態に気づいたのだろう」生々しい苛立ちと怒りをぶつけるように、小金井を怒鳴りつけた」
「大体、なんだ貴様は。」気境組にながら予想そを名乗るなんて、ヤザとしてのプライドはねえのか。」
「組長、申し訳ありません。」つい出来心で、一度名乗ったら周りの連中が急にちやほやし出すんで、止められなくなっちまったんです。」
「ちやほやされたいなんて、くだらない理由で、うちの組が解散の危機にさらされているんだぞ。」お前、自分のしたことがどれだけのことだか分かってるのか。」このバカたれが。」
激高した四ツ谷は、怒りに任せて小金井を蹴り倒す」その様子を私たちは呆気に取られてみていた」まさかうちの事務所で小競り合いを始めるとは思ってもいなかったからだ」
「い、痛いです。」組長、やめてください。」
「よくも、よりによって来長組なんてでかい組織に目つけられがって。」うちが解体されたら、責任取れるのか? 取れるわけないよな。」お前みたいな役立たずザに。」くそ。」今日限り、お前はクビだ。」二度と俺の前に顔を見せるな。」
「そ、そんな、組長、組長に見捨てられたら俺はどこに行けばいいんですか?
」
やはり小金井は、マグロ漁船で借金を返し終えることができたのなら、気境組に戻りたいと思っていたのだろう」四ツ谷から破門を言い渡された小金井は、完全に希望を失い、絶望に沈んでいた」
すると今度は、四ツ谷が頭を下げた」
「今、小金井を破門にいたしました。」だからどうか、うちの組には音がないよう計らってもらえませんでしょうか。」お願いします。」お願いします。」
さっさと部下を切り捨て、プライドのかけらも見せず何度も土下座をするような組長に使えるのが、小金井のためなのだろうか」こんな保身しか考えのないような組長だから、小金井のようなヤザしか集まらないのではないか」高尾組長も何か思うところがあったのだろう」腕を組んだまま、じっと四ツ谷の姿を見据えていた」
「今はひとまず、お宅の小金井はうちで預からせてもらうって話だけにしておこうか。」
「ありがとうございます。」ありがとうございます。」
許されたと思ったのか、四ツ谷は嬉しそうに頭を下げる」その背後で、小金井は九州で見た時とは別人のようにげっそりとやつれて見えた」
それから1ヶ月後、気境組の組長四ツ谷は、小金井を破門させ、土下座した」だが、その甲斐もなく、来長組の手によりあっさり解体させられた」四ツ谷のように保身しか考えず、自分の部下をすぐ切り捨てるようなヤザが組長をしていても、まともに部下を管理できないだろう」高尾組長はそう考えたようだ」
小金井は、大人しくマグロ漁船に乗り、借金を返すため毎日寝る間もないほど働かされているという」だが、仕事ができず毎日他の乗組員に怒鳴られているらしい」
私は相変わらず、来長組のヤザをしている」今日も、他のヤザと違い黒スーツや革靴とは違う服装に身を包む」相変わらずヤザに見えないという声は多い」だが、最近はあの大人しい見た目だからこそ、ヤザとしての顔を見せた時は返って恐ろしいのだと、周囲から恐れられているようだ」
私は髪をかき上げると、今日も夜の町を歩く」誰に何と言われてもいい」私は来長組のヤザとして、今日も精一杯働く」これが私の生き方で、これが私の幸せなのだから」


