「あなたのバなんでしょ?お父さんがいないと、本当に子供がかわいそう。」
そんな言葉を、面と向かって言われたのは初めてだった。
私は高橋あや、30歳。夫が事業に失敗し、息子が生まれたばかりの頃に蒸発してしまった。それからは一人でこの子を育てていくと決め、必死に働きながら今日までやってきた。息子の悠は大きな怪我も病気もせずすくすく育ち、もう5歳になった。
今日は幼稚園の保護者会の役員会のため、幼稚園に来ていた。予定よりかなり早く着いてしまい、保護者室にはまだ人がほとんどいない。座席表を確認し、自分の席に向かうと、隣にはすでに誰かが座っていた
「お隣、失礼します。」
にっこり笑ったその女性は、美人で、メイクも髪型も服装もきちんとしていて、まさに「いいところの奥様」という雰囲気だった。それに引き換え、私は仕事帰りに自転車を必死にこいできたため、髪もメイクもボロボロで、服も適当だ。少し恥ずかしくなる。
んなに早く着くなら、化粧直しくらいしてから来れば良かった、と思っていると、隣の女性が話しかけてきた
「もしかして、悠君のお母さんですか?」
「ああ、はい。そうです」
「うちの子が悠君と仲良くしてるって話してて。いつもありがとうございます」
「あ、そうなんですね。うちの子、幼稚園でのことあまり話してくれなくて。こちらこそ、ありがとうございます」
元々人見知りで、距離感を掴むのが苦手な私は、あまり気の利いた返答ができなかった。れでもニコニコと話しかけてくれる女性は、蒼井さんと言った。彼女はとても気さくで、ママ友もたくさんいるらしい。
その後の役員会で、たまたま同じ役員をすることになり、「今後色々調整することがあるから」と連絡先を交換した。話をしていると、家が近所なことも分かった。今まで仕事ばかりでママ友を作る機会がなかった私にとって、彼女は初めてのママ友だった
数日後、仕事帰りに彼女と近所のカフェで待ち合わせをした。今後の幼稚園での行事のことで話をするためだった。今日も私は仕事帰り、必死に自転車をこいで待ち合わせ場所に向かった。カフェには先に彼女が到着していて、私に気づくと笑顔で手招きしてくれた
「ごめんなさい、遅くなっちゃって。」
彼女の向かい側に座ると、彼女は私を見るなり、
「今日もすごい格好ですね」
と言って、くすくす笑った
「仕事帰りなもので、すみません」
「え、や、普通、そんなことを思ったとしても口に出さないだろう。」若干むっとしたが、笑ってごまかす。
「え、お仕事されてるんですか?役員になるくらいだから、私と同じで専業主婦かと思ってました。旦那さんの稼ぎだけじゃ生活できないんですか?」
おいおい、いきなりぶしつけなことを聞いてくるじゃないか、と思ったが、隠しても仕方ないことなので、本当のことを話した
「旦那とは離婚していまして、今はシングルなんです。」
それを聞いた彼女は、綺麗な顔を歪めて、にやりと笑った。その表情の変化は、見間違いかと思うほど一瞬のことだった
「へえ。旦那さんがいないとか、超大変そう。シングルの母子家庭は貧困って聞いたことがあるけど、あなたの家もそうなの?ていうか、悠君、かわいそう。ちゃんとお洋服とか買ってあげてます?うちのこのいらない服を恵んであげましょうか?」
突然変貌した彼女に圧倒されて、何も言えないでいると、彼女は続けてぺらぺらと話し出した
「私の旦那は、この辺じゃ有名な企業に務めてるのよ。私はあなたと違って、働く必要なんかないんだよね。ていうか、働きながら役員をする余裕があるなら、全部そっちでやってくんない?私、めちゃくちゃ忙しいんだよね。」
そう言って彼女は書類の束を私に押し付け、さっさと帰ってしまった
それから彼女は、私のことを完全に下に見定したらしく、何かにつけちょっかいを取ってくるようになった
「仕事帰りの私を目ざく見つけては、あなたっていつもすごい格好よね。私はいつも綺麗でいないと恥ずかしいから大変なの。みっともなくて。」
「あなたって、あそこの木造アパートに住んでるんでしょ?今時、木造アパートってやばくない?燃えちゃいそう。ていうか、悠君をちゃんとお風呂に入れてあげてます?今日見かけたけど、なんか薄汚れてましたよ。貧乏で底辺だからって、子供のお風呂くらいちゃんと入れてあげないと。」
私のことは何を言われてもいいが、息子のことにまで口を出されて、腹が立った
「息子には人並みの生活を送らせていますので、大きなお世話です。忙しいので、失礼します。」
こんなやつ、相手にしてられるか。れは彼女の脇をすり抜けて、さっさと自転車をこいで家に帰った。彼女は後ろから何か言っていたようだが、全部聞こえないふりをした
今日も保護者会がある。彼女と顔を合わせるのは憂鬱だが、仕方がない。なるべく無視しよう。早く着きすぎないよう、メイクも見っともなくない程度に整えてから、幼稚園に向かった。開始時間ギリギリに着いたため、会議はすぐに始まった
自分の発表の番が近づき、準備してきた資料を用意する。全部私が準備したことだから、当然私が発表するものだと思っていた
しかし発表の直前に、彼女は私から資料を取り上げて立ち上がった
「あやさんはお仕事で忙しいとのことで、代わりに私が全て準備させていただきました。」
「不慣れなもので、もし不備がありましたら、ご指摘いただけたら幸いです。」
そう言って、我が物顔で話し始めた。周りからは、
「一人で頑張ったの、結構大変だったんじゃない?」
と、彼女を心配する声が聞こえる
違います、と反論したかったが、ママ友の多い彼女と違って、私には知り合いがほとんどいない。んな状況で声を上げることなど、できなかった
保護者会の会長は、彼女の話を聞き終わると、
「素晴らしい。とても分かりやすかったです。ご苦労様でした。」
と言った。そして私に向かって、
「このお仕事をなさっていて忙しいのはよく分かりますし、初めての役員で戸惑うこともあるかもしれませんが、できる限り協力してあげてくださいね。」
と言った
会長は何も分かっていない。全部私がやったのだ。あいつは何もしていないのに、人の仕事を横取りしただけだ。そう言いたかったが、私は
「すみません。」
と謝ることしかできなかった。彼女はそんな私を、隣でにやにやと見ていた
保護者会の帰り道、嫌でも彼女と帰る方向は同じだ。私は彼女に問い詰めた
「ねえ、全部自分がやったなんて嘘ついて、どういうつもりなの?あれは私が準備したものだよね。」
しかし彼女に悪びれる様子はない
「うるさいな、いいじゃん、別に。ていうか、あやさんみたいに全然知り合りがいない人が発表しても、信頼されないでしょ。だから私がわざわざ代わりに発表してあげたのよ。感謝してよね。」
いつもは私の前に立ちふさがって帰らせようとしない彼女だが、今日は逆にさっさと先に帰ってしまった
それからも彼女は、保護者会の資料作りなどを全部私に押し付け、それら全部を自分の手柄にし続けた。何度も「手伝うようお願いします」と頼んだが、馬耳東風で、全く聞く耳を持たなかった
そんなある日、別の集まりで幼稚園に行った私は、彼女が私から嫌がらせを受けていると周囲に言いふらしていることを知った
「あの人って、仕事で忙しいと言って、役員の仕事を全部押し付けてくるんです。」
「一緒に頑張りましょうって言っても、専業主婦で暇なあなたが全部やりなさいって言われちゃって。」
「専業主婦だからって、シングルマザーを舐めて調子に乗るなって、いつも送られてるんです。」
泣きそうな声で訴える彼女。その女優顔負けの演技に、周りのママさんたちは簡単に騙され、
「よく頑張ってるわね。」
「彼女はきっと、専業主婦のあなたが羨ましいのよ。」
「やっぱりシングルマザーっていうのは、ちょっとね。」
と慰めていた
それから私は、役員の集まりの際にあからさまに避けられたり、影でひそひそ話をされるようになった。私がもっとうまく立ち回ることができれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。でも仕事で忙しい中、好き好んで数回しかない保護者会での人間関係にまで気を回す余裕は、正直なかった
「保護者会での付き合いなんて、どんなに気まずくてもその場だけなのだから、少しの間乗り切ればいい。1年だけのことと割り切ってしまおう。」
そう思っていた
そんな中、幼稚園でのイベントで、地域の夏祭りに炊き出しをすることになった。正直、彼女のことや保護者会での人間関係を考えると、幼稚園のイベントというのは憂鬱だ
でもそんなことに、息子は関係ない
「夏祭り、楽しみだね。」
「美味しいご飯作るからね。」
と言って、気分を盛り上げる
イベントの前日から炊き出しで作るカレーの下準備をして、当日も早起きしてカレーを作った
張り切りすぎたようで、自分でも驚くくらい美味しくできた
「美味しいご飯作ってね」という息子のリクエストに答えて、市販のカレールーではなく、スパイスを使って作ったのだ。市販の甘口ほど甘くはないが、子供でも食べられるようなカレーに仕上げた
スパイスを集めた段階からテンションが上がっていて、試作の段階から都度写真撮影をしながら作っていた
「これは他のママさんたちからの絶賛間違いなしだろう。」それくらい自信があった
息子も
「すごくいい匂いがする。これ今日食べられるの?」
と楽しみにしてくれているようだ
保護者会の役員は、夏祭りの運営にも少し関わることになっており、ゆっくりする暇はなかった
せっかく朝早くから準備していたのに、作ったカレーの評価を聞くこともできていなかった
案の定、彼女は容赦なく、一生懸命働いているように見せかけていて、実際には何もしていなかった
特に力仕事などは全部私に押し付けて、自分は楽で目立つことばかり進んでやっていた
そのせいでまた、「あやさんが全部仕事を押し付けてきて大変」と彼女が言いふらしているのを聞いたが、もう気にしないことにした
バタバタ働いて、やっとお昼
力仕事ばかりしていた私も、それについて回っていた息子も、お腹がペコペコだ
せっかくだから、自分が作ったカレーを、この空腹という最高の状態で食べようと、炊き出しをしているテントに向かった
するとそこには、私が持ってきた鍋を勝手に開けて、周りの人によそってあげている、あやさんがいた
「みんなもっといっぱい食べて。たくさん作ったから、おかわりしてね。」
悪い予感は的中した
彼女はいかにも「自分で作ってきました」と言わんばかりに、私のカレーを他の家族に振るまっていた
「すごい、これ蒼井さんが作ったの?おいしい!」
「やっぱり、料理上手なんだね。」
私の作ったカレーを口々に褒めるママさんたち
自分の料理が絶賛されているので、これに関しては正直悪い気はしなかった
しかしこの状況に対しては、怒りしか湧いてこない
「え、そんなこと全然ないよ。「普通にカレー作っただけだし、少し手抜きもしてるし。」専業主婦だからさ、こういうことで頑張らなきゃと思ってね。」
そう嬉しそうに謙遜する彼女
おいおい、随分勝手なことを言ってくれるじゃないか
こちとら、全然手抜きなんてしてないんですけど
前日の夜所じゃない。何回も事前に試作して、大変な時間と手間をかけた、大切なカレーなんだ
たくさんのママさんに囲まれ、楽しそうにしている彼女を見て、私は決意した
いつもの人見知りの私は、もうどこにもいなかった
大切な息子のためにも、一生懸命作ったカレーは、絶対取り返さなくてはいけない
「ねえ、蒼井さん。」
私はニコニコしている彼女に、できるだけ冷静に声をかけた
名前を呼ばれて振り向いた彼女は、私の姿を見ると、一瞬「やべっ」でも言いたげな困惑の表情を浮かべたが、すぐに外面のいい笑顔に戻った
「あら、あやさん。お疲れ様です。悠君も、カレーどうですか?」
よくもこう、私が作ったものを、私に進められるものだ
私にしか見えない角度で「分かってるわよね。「多言無益よ。」」というような目で圧をかけてくる
でも私は人見知りで、人とのコミュニケーションが苦手なのだ
相手の表情から察することなんて、できない
「さっきは人見知りだと思ったけど、都合次第ですぐに弁が立つようになるんだね。」
「あれ?それ、うちのお鍋じゃない?」
「なんであやさんが勝手に蓋を開けて、みんなに振るまっているんですか?」
私は周りに聞こえるように、わざと大きな声を出した
コミュニケーションが苦手だから、ちょうどいい塩梅の声量なんて分からないのだ
私のあまりの声量に、周りのママさんたちが一斉にこちらに顔を向けた
蒼井さんは「はしたないわね。」と言いたげな表情を浮かべている
でもそんなの知らない
事実を言っているだけだ
「やだ、何言ってるの?これはうちのお鍋よ。中のカレーだって、私が作ったのよ。」
「ほら、たくさんあるから、あなたたちも食べて。悠君もどうぞ。」
彼女は立ち上がり、私の背中をぽんぽんと撫でてきた
その手には「これ以上余計なことは言うなよ」という強力な年力が込められているのが伝わってきた
でもそんな年力は、エスパーじゃない私には感じ取れないので、無視した
「いやいや、それは絶対うちのお鍋ですよ。」
「中身のカレーも、あなたが作ったって言うなら、何を入れて作ったか教えてくださいよ。」
「何を入れたったって、普通にカレールーでしょ?あなた、そのカレー食べました?市販のカレールーじゃ、出せない味してますよ。」
それを聞いた周りのママ友たちは、
「確かに、こんな味のカレーは食べたことない。」
と私の言葉に頷いた
「それは、ちょっと何入れたか忘れちゃったかなあ。」
「そのカレーに入っているスパイスは、これです。」
「今から同じカレーを作れと言われても、作れますよ。何度も試作をして、分量は頭に入ってますから。」
そう言いながら、私はスマホを取り出して、試作をしながら撮ったスパイスや調理工程の写真を見せた
「これ、どういうこと?入れたものとか、作ってる途中の写真を、なんであやさんが持ってるの?」
スマホの写真を見たママさんたちが、次々に困惑の声をあげる
彼女は顔面蒼白で、
「違うの?何を入れたかは、本当にただ忘れちゃっただけなの。」
「私、盗んでなんかいないわ。」
「これは私が作ったの。」
と必死に言い訳をしている
周りのママさんたちは、私と彼女のどちらの言い分が正しいのか、計りかねているようだった
私は奥の手を使うことにした
「そのお鍋の取手の裏側に、白いマジックで息子の名前が書いてあるので、見てもらえます?」
「え、名前?」
と素っ頓狂な声をあげた彼女
近くにいたママさんが、鍋の取手の裏を覗き込んで、確認してくれた
「悠君の名前が書いてありますね。」
ママさんの言葉に、その場は凍りついた
そりゃそうだろう
周りの信頼を得ていた彼女が、人のものを盗んで、平然と他人に振る舞っていたなんて
夏祭りの賑やかな空気の中、この一角だけ空気が冷たい
そして、ひそひそと噂話が上がり出す
「蒼井さんが、あやさんの作ったものを勝手に取ったってことよね。」
「やだ、私結構食べちゃったわ。」
「彼女の行動って、今までもちょっと変だと思うところがあったけど、もしかして、こういうことは初めてじゃないんじゃない?」
私はこの際だからと、今までの彼女の悪事も暴露してやろうと決めた
「そうです。初めてじゃありません。」
「今までの保護者会の会議で、彼女が自分が用意したと言っていたものも、全部私の作業を横取りしていたんですよ。」
「何よ、ただの夏祭りの出し物に、こんなスパイスとか、作ったカレーなんか作っちゃって。」
「顔の広い私が提供した方が、みんな食べてくれると思ったから、私がやったんでしょ。」
「感謝しなさいよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ蒼井さん
ああ、とうとう化けの皮が剥がれちゃった
周りのママさんたちも、びっくりしてる
子供たちは、不穏な空気を察したママさんが、とっくに別の場所に避難させてくれていた
気の利くママさんがいたものだ
「私がそんなカレーを作ってこようと、あなたには関係ないですよね。」
「うるさいわね。」
「シングルマザーのくせに、こんなもの作ってきて生きなのよ。」
「底辺は底辺らしく、安いレトルトカレーを食べてればいいのよ。」
確かに私はシングルマザーだが、他人にそんなことを言われる筋合いはない
あまりの言い草に、つい私も頭に血が登ってしまった
言い返そうとした時、誰かに優しく肩を叩かれた
振り向くと、そこには私の父がいた
「連絡しても全然返事がないから、どうしたのかと思っていたが、こんなところにいたのか。」
「随分大きな声だったな。向こうの方まで聞こえていたぞ。」
「お父さん…。」
私は突然の父の登場に驚いたが、安心して気が緩み、少し涙が出てしまった
でも父の登場に、私以上に驚いたのは、彼女の旦那さんだった
それまで空気のように存在感を消していた彼女の旦那さんは、先ほどの私より大きな声で、
「社長!お世話になっております!」
と叫んだ
父も、
「ああ、君か。うちの孫と同じ幼稚園だったんだなあ。」
と驚いている
そう、私の父は、ここら辺ではそこそこ有名な企業の社長なのだ
でもそれは、私と息子には関係ないことだ
父の会社を継ぐつもりもない私は、別の会社で働いている
彼女は目を見開いて、
「え、社長ですって?」
と戸惑っている
「俺の会社が、大変お世話になっている会社の社長だよ。」
「お前、社長のご家族のものを盗んだのか。」
「今すぐ謝罪しなさい!」
「私知らなかったのよ! 私は悪くないわ! だって、あやさんが…。」
と、彼女と旦那さんが言い争う
私は、一言で、ぴたりと静かになった
「やめましょう。」
「今日はせっかくの夏祭りなんですから、楽しくやりましょうよ。」
周りのママさんたちも、
「そうね、そうしましょう。」
「もう、やめましょうよ。」
と言った雰囲気になる
その後、私たちはカレーを鍋ごと返ししてもらった
そして、
「知らなかったとはいえ、蒼井さんのものだと思っていた。」
「ごめんなさい。」
と他のママさんたちから、たくさんお詫びをされた
そこからの夏祭りは、今まで避けられていたママさんたちから、たくさん声をかけられるようになった
「今までひどいことを言って、ごめんなさい。」
「蒼井さんのせいで色々大変だったのね。」
「よかったら、これからは保護者会の役員同士、仲良くしてね。」
私は精一杯の笑顔で、
「はい、よろしくお願いします。」
と、ちょうどいい声量で答えた
逆に周りは、彼女の扱いに困っている様子だった
腫れ物に触るように、明らかに距離を置いている
彼女は私を恨めしそうに睨みつけてきたが、そんなのは気づかないふりをした
夏祭りが終わってしばらく経った頃、また保護者会が開かれたが、そこに彼女の姿はなかった
周りに聞くまでもなく、ひそひそとママさんたちが私の周りに集まってきて、話を始めた
「蒼井さん、あの夏祭りの騒動がきっかけで、旦那さんと大喧嘩して、実家に帰っちゃったんだって。」
「なんか蒼井さん、家のお金も使い込んで、浮気していたらしくて、離婚話も出てるみたいよ。」
「その浮気相手も既婚者で、その奥さんからも慰謝料請求されてるんだってさ。」
「そのせいで、外に出られなくなって、今は引きこもり状態らしいわよ。」
噂話が大好きなママさんたちは、こちらから聞かなくても、目をキラキラさせて教えてくれた
やたら彼女が「忙しい、忙しい」とアピールしていたのは、浮気相手に時間を使っていたからなのか
しかし旦那さんが一生懸命稼いでくれたお金を、浮気に使うとは、とことん呆れてしまう
彼女の息子さんは、相変わらず元気に幼稚園に通っており、うちの息子とも変わらず仲良くしてくれている
母親とは似ても似つかない、とても優しく礼儀正しい子だ
どうやら息子さんは、元々ほとんど家におらず、祖母に育てられているらしい
あの母親にして、あの子が真っ直ぐ育つのも、納得だ
母親がいなくなって寂しくないかと心配したが、その心配はないとのこと
「彼女の旦那さん、たまにうちの会社に挨拶に来た時に見かけるんだけど、彼女と別居してからの方が生き生きしてるよ。」
「家庭では言いたいことも言わせてもらえず、随分生き苦しい生活をしていたようだ。」
うちに遊びに来ていた私の父が、そう言っていた
だからあの場で旦那さんが空気のように存在感がなかったのか、と妙に納得してしまった
子供たちは、みんな何も心配せずに、のびのびと育ってほしい
楽しそうにはしゃいでいる息子と、それを見守る父を見て、子供たちの幸せな未来を願わずにはいられなかった



