社長の息子が娘を「中卒」と罵り、社員旅行から追い返した。泣き崩れる娘を見て、俺は電話をかけ、こう言い放った。「パパに今日で解雇、会社は潰すって伝えろ。」
俺の名前は元山直、56歳。アパレル関連の仕事をしている。一人娘のしおりは23歳で、今年の春に念願のデザイナーとして就職したばかりだ。
しおりは幼い頃から体が弱く、中学を卒業する頃には長期の入院が決まった。高校進学を諦めざるを得なかったが、彼女には夢があった。ファッションデザイナーになることだ。俺がアパレル関係の仕事をしていることもあり、家にはファッション誌や資料が溢れていた。それを絵本代わりに読んで育ったしおりは、病室でもデザイン画を描き続け、時にはミシンで服を作ったりもしていた。
「お父さん、このデザイン、プロの目から見てどう?」
「そうだな。センスはある。ただ、ここをこうすればもっと良くなるぞ。」
「なるほど。さすがお父さんだね。師匠と呼ばせてください。」
妻が病気で亡くなった時、しおりは葬儀の場でこう言った。「私、お母さんに心配かけないように元気になるよ。そして夢もきっと叶えてみせる。」
それから親子で支え合い、しおりが18歳の頃、大きな手術に挑んだ。手術は成功し、彼女は健康な体を手に入れた。退院後、彼女は言った。「やっぱりデザイナーになりたいの。早く現場で戦えるように、勉強に付き合ってくれない?」
俺は資料を買い与え、添削し、彼女の挑戦を支えた。やがてしおりは大手アパレルブランドA社の入社試験をクリアし、正社員として働き始めた。快挙だった。
しおりは俺と二人で暮らしながら、2年間A社で働いた。ある日、彼女は嬉しそうに言った。「今度、社員旅行でパリに行くんだ。研修を兼ねているから、デザインチームの15人だけが行けるらしい。私、パリは初めてなんだ。」
当日、生き生きとした表情で家を出ていった娘。しかし10分後、玄関のドアが開く音がした。慌てて見に行くと、さっき出たはずのしおりが、うずくまって泣いているではないか。
「どうした、しおり。忘れ物か?」
しおりは肩を震わせ、手で顔を抑えて泣き続けた。どうにかリビングに連れて行き、温かいココアを渡して話を聞くと、彼女は震える声で言った。
「社長の息子が…中卒に参加資格はないって。」
しおりの話を聞くと、こうだった。営業部長の金子尊。彼はA社の社長の息子で、以前、プロジェクトで一度だけ仕事をしたことがある。その打ち上げの席で、彼はしおりをしつこく褒めてきたが、帰り際に二人で飲みに行こうと誘ってきた。しおりは彼のセクハラまがいの評判を知っており、きっぱりと断った。すると、彼は明らかに機嫌を損ねた。
翌日から、彼は社員のプロフィールを勝手に持ち出し、皆の前でしおりが中卒であることを読み上げて笑った。「中卒が一丁前にデザイナー気取りかよ」と。それ以来、彼はしおりのことをわざと「中卒さん」と呼ぶようになった。
そして社員旅行当日。集合場所に来たしおりに、彼は言い放った。「中卒に社員旅行への参加資格はない。残って雑用でもしてろ。」しおりが言い返そうとすると、「俺に逆らうのか」と脅された。周りの従業員は庇おうとしたが、社長の息子が相手では強く出られなかった。耐えられなくなったしおりは「行きません」と言って、帰ってきたという。
全てを聞いて、俺はぶち切れた。すぐにしおりの携帯から金子尊に電話をかけた。何度かの呼び出し音の後、彼は出た。
「お前は社員旅行には連れて行かないぞ。」
「俺はしおりの父親だ。お前に言いたいことがあってかけた。」
「はあ? なんだよ。あの女、自分が社員旅行に行けないからってパパに泣きついたのか? これだから中卒の小娘は。」
俺は彼の言葉を遮って告げた。
「パパに今日で解雇、会社は潰すって伝えろ。」
「はあ? おい、おっさん、何言ってんだよ。」
一方的に電話を切り、俺はしおりに言った。「何も心配するな。今日はゆっくりしよう。」
1週間後、パリ旅行からメンバーが帰ってくる日。俺はA社の営業部へ足を運んだ。デスクで携帯をいじっている、派手で柄の悪い男。それがあの金子尊だった。
「元山しおりの父だ。電話で話したな。」
「はあ? 親父が会社まで来たのかよ。」
「伝言は、社長である父に伝えたのか?」
「あの社長首とか会社潰すとかいうやつか? そんなわけわからんこと、俺が父に伝えるわけないだろ。」
「そうか。ならば、直接伝えなければな。」
すると、そこにA社の社長が現れた。「なんだ、この騒ぎは?」尊が「社員の父親が絡んできてさ、今から力づくで追い出すところだ」と答えると、社長は俺の顔を見て、真っ青になった。
「ま、まさか…元山会長。どうしてここに…。おい、お前、離れろ! この方はうちの会社が属するグループの会長だぞ!」
そう、俺の本業は、このA社が属する巨大アパレルグループの会長。年商2500億円を超える企業グループだ。俺の顔はメディアにも出ているはずだが、尊はまったく気づいていなかった。
社長室で三人になると、俺はしおりが受けた仕打ちをすべて話した。個人的な食事の誘いを断ったことへの報復としての中卒と罵る行為。社員旅行からの追い出し。泣きながら帰ってきたこと。しおりが俺の娘だということを伏せていたため、社長は驚愕し、その場に土下座した。
「どうかお許しを!」
「土下座なんかされても価値はない。立ちなさい。まず、売上の話をしよう。」
俺は持参した資料を見せながら指摘した。「ここ数年、A社の売上は低迷している。ネットでは好調だが、店舗の出展数が伸びていない。どうやら営業担当が取引先に失礼な態度を取ったせいで、出展を断られたそうだ。担当者はいつも、あなたの息子の尊さんだったな。」
さらに俺は独自に社員への聞き取り調査も行っていた。尊のパワハラ、セクハラ行為。社員たちは社長の息子だからと強く出られず、ストレスを溜め込んでいた。
「特定の社員に対し、学歴を理由に社員旅行に行かせないという嫌がらせ。これが本当に管理職のやることか? 何か言えることがあるなら言ってみろ。」
社長は口をパクパクさせていたが、やがて頭を下げた。
俺は言った。「自分の息子を好き放題させてきたあなたの責任は重い。私の権限があれば、いつでもA社のトップの首をすげ替えることも、会社を潰すことも容易い。だが、あなたは学歴にこだわらず採用を行うなど、社員からの評価も高い。チャンスを与えたい。どうすればいいか、もう分かっているな。」
社長は立ち上がり、宣言した。「はい。息子を即刻解雇し、二度とA社に入れません。そして、風通しのいい会社を作っていくと誓います。」
「は、はあ? 父さん、何言って…」
尊が慌てるが、社長に殴り飛ばされた。年齢もいい歳の男が、涙を浮かべて震えている。それを見て、俺はようやく胸が晴れた。
「尊君。君はもうパパの権力を振りかざすことはできない。残ったのは自身の人間性だけだ。これからはそれを見つめ直せ。」
その後、尊は即日解雇された。彼は父親から絶縁され、家も追い出されたという。業界内に悪い噂が広がり、今ではボロアパートでアルバイト生活をしているらしい。聞いても、少しも同情はしなかった。
一方、A社は営業部長が変わり、営業部に新しい風が吹いた。新規の出展も決まり、業績は少しずつ上がっている。しおりがデザインした服は、いつも売り切れになるそうだ。俺が会長だと知られても、特別扱いはさせなかった。
しおりは今日も、明るい笑顔で仲間に囲まれて働いている。
「お父さん、本当にありがとう。私、これからも頑張るね。」
その言葉を聞いて、俺は微笑むのだった。



