幼稚園の迎えの時間、ママ友たちが集まる中で、真紀さんがまた始めた。今日も高級住宅街の自慢だ。「うちの家、広すぎて掃除が大変なのよ。ロボット掃除機をもう一台注文しちゃったわ」と、誰も聞いてもいないのに話し続ける。みんな心ではうんざりしながらも、愛想笑いでやり過ごしている。
私は香織、28歳。夫と幼稚園児の娘と、古い木造アパートの1階で3人暮らしだ。夫は大手企業に勤めているが、私はそれを自慢したことは一度もない。ただの専業主婦だ。でも真紀さんは違う。夫が銀行で働いていて、最近急にお金が入ったらしく、成金になった。そのお金で高級住宅街に家を買ったらしい。「私の住んでる場所って高級住宅でしょ? てことは、私の税金のおかげで低所得者の人たちは暮らしているって思うのよね」と平気で言う人だ。
真紀さんのマウントはエスカレートする一方だった。アパート暮らしの私に対して「え、香織さんアパート暮らしなの? それは悲惨ね。やっぱり洗濯機は二層式かしら? うちは当然ドラム式だけど」と朝から見下してくる。「でも逆にアートって興味あるわ。やっぱり虫とかよく出るの?」と、とにかくひどい。
ある日、夫に相談したことがある。「あまりにもひどいのよ、その真紀さんって人」「ああ、知ってるよ。あの人、うちの取引先の銀行の奥さんだからさ」と夫は言った。「え、知り合いなの?」「そうなんだ。駅の近くにできた新興住宅地の人だよ。まあ、あそこ埋立地に立ってるから値段もリーズナブルだし、そんなにすごい家でもないけどな」と夫はあっさり言った。「っていうか、あんな住宅街で金持ち自慢してるのか。そんな人、ほっといた方がいいぞ」
そうは言っても、毎日顔を合わせるのだから無視もできない。真紀さんは今度は、同じママ友の京子さんをターゲットにし始めた。京子さんは旦那さんが急病で仕事ができなくなり、タワマンから小さなハイツに引っ越したらしい。その境遇を真紀さんは「タワマンからハイツに引っ越したの、悲惨の極みね」と大げさに絶叫して、毎日のように罵倒していた。
さすがに我慢の限界だった私は、ある日注意した。「ねえ、真紀さん、もういい加減にしたら。京子さんがどこに住んでいようが、どうだっていいじゃない」すると真紀さんは「あら、だって興味があるんだもの。高級住宅に一度住むともう二度と他のところには住めないんですもの。転落人生の味を知りたいだけよ」と仁王立ちで反論してきた。
そしてさらに「あなただってアパート暮らしなんでしょ。どんな住まいなの? 何階建て?」とターゲットを私に変更してきた。「うちは古い木造のアパートですよ。しかも1階です」と普通に返事をした。すると彼女は鬼の首でも取ったかのように「木造住宅のアパート! しかも1階? どんな住まいよ。それ逆に興味あるわ」と迫ってきた。
「木造アパートの1階なんて、夏は暑くて冬は寒いみたいな過酷な生活でしょ。何かの罰ゲーム?」と調子に乗ってきたので、ついに私は禁断の手段に出ることにした。「じゃあ、遊びに来ます?」と言ったのだ。すると彼女はニヤリと笑った。「え、マジで? 見てみたいわ。こんな悲惨な環境なのか、この目で見てみたいわ」と笑顔で言ってくる。「ええ、どうぞ。うちに招待しますね。ゆっくりご覧になってください」と私は彼女を招待した。
実は本当は仲良くも何ともないし、これ以上関わりたくなかったので、全く招待などしたくなかった。でも、あまりにもマウントがひどいし、ママ友仲間たち全員が迷惑しているので、一度こらしめるためにも、こちらの家の違いを見せつけてやろうと思ったのだ。「じゃあ、私の家にある高級ハーブティを持って遊びに伺うわ」と真紀さんは言った。そして、次の土日にうちに来ることになった。
私は住所をメモした紙を渡した。「ここが私の家です。最寄りの駅は一応あるけれど、徒歩で来ると15分はかかるの。車でいらしてくださいね」と告げておいた。すると真紀さんはその徒歩15分の部分に食いついてきた。「まあ、駅から15分のアパート? あなたの生活レベルがありありと分かるわ。自転車でスーパーまで行くだけで疲れそうね」と、嬉しそうな表情で言ってきた。「うちの家は駅から5分なのよ。利便性が良くて主婦には助かるわ」と上機嫌だった。私は黙っていた。まあ、言わせておいてあげようと放っておいた。
そしていよいよその日はやってきた。約束は午前10時。とりあえず我が家のルームツアーを30分ほどして、その後昼食でも振るまって帰ってもらおうと思った。私は彼女の到着を待っていた。すると、彼女から電話がかかってきた。「あなたにもらった住所、合ってる? どこにもアパートなんかないんだけど」と困惑している様子。「住所通りにいらしてください。車にナビはついてるわよね」と言うと、「ねえ、ナビではここになってるんだけど、なんか森が見えるだけでアパートなんかないわよ」と言ってくる。「その森をぐるっと回ってきてください。門が見えたら、そこが入り口です」と返した。
「分かったわ。回ってみる」と言って電話を切ったが、真紀さんは10分経っても現れない。私はさすがに心配になり、門の外で彼女を待った。すると、うちの周りをぐるぐる回る車に、汗だくの真紀さんが困惑しながら運転しているのを発見した。私は彼女に向かって手を振った。すると彼女は目を見開いたような顔で、ゆっくりとこちらに近づいてきた。車の窓を開け、おずおずとした顔を見せる彼女。「ここが香織さんの家?」「ええ、ここよ。そう、ここが私たちの自宅。200平米超えの大邸宅だわ」と私は言った。
真紀さんは我が家の外壁の周りをうろついていたらしい。まさかここが家だなんて想像もつかなかったのだろう。「どうぞ、正面から入ってください」と案内すると、彼女はハンドルを切る手が滑ったのか、よろよろしながらうちの正門に軽自動車を入れてきた。そして口をあんぐり開けて、呆然とした顔でうちの敷地内を見渡し、しばらく放心状態だった。
家に来てもまたマウントを取ろうとしたのか、派手なワンピースに針とあらゆるアクセサリーをジャラジャラつけて、気合いの入った服装で付けまつ毛までつけてきた。その下品な服装が絶対に似合わないほど美しく整えられたうちの日本庭園を見て、ポカーンとしている。「あなたのうち、アパートじゃないの? 木造の1階って言ってなかったかしら?」と彼女は聞いてきた。「ああ、それは私たちがオーナーとして所有しているアパートのことです。オーナー用の部屋も用意してあるので、そこを普段は拠点にしているんです。娘の幼稚園に近くて送り迎えも楽なんで。でも、本宅はここになります」と私は答えた。
私の夫は超大企業の社長の息子で、次期社長候補のエリートだ。真紀さんとはそもそも家の格が違うのだ。真紀さんは「お城みたいね」と独り言を言っていたが、無視した。彼女はハイヒールで石畳を歩きにくそうに渡り、つまずいたりしていた。「大丈夫かしら?」と声をかけると「ええ、大丈夫よ」と彼女は明らかに挙動不審だった。でも、彼女はその場になってようやくマウントを取ろうとした。「広いわね。え、でもこれだけ広いと管理が大変そうね。セキュリティとか大丈夫なのかしら」と、この後に及んでマウントを何とか取ろうとしてきた。
だが私は「管理は自分でできるし、専門家が整えてくれるし。あなたが通った門も、この専用の鍵じゃないと絶対に出入りできないからご心配なく。それに外壁は高いでしょ。四輪車でも登ってこれないのよ、誰も」とさらっと返してあげた。
そしていよいよ、まるで高級旅館並みの玄関に案内してあげた。彼女は明らかに顔が硬直していた。そしてそれからは、ゆっくりとたっぷりとルームツアーをして差し上げた。先祖代々伝わる掛軸、世界的に有名な画家の書いた絵画、江戸時代から伝わる茶器などを見せてあげた。彼女は終始無言だった。うまく感想を言えないらしい。生返事するだけで、それはいつも彼女が住宅自慢をしている時に、他のママ友がされていることとほとんど同じで、少し笑いそうになる。「じゃあ、そろそろお昼にしましょう。もう食事が来てるのよ」と私は言った。そして最後に、80平米超えの広さを誇るリビングにご案内した。ダイニングテーブルには高級料亭から取り寄せた昼食が用意されていた。立派な器に、まるで芸術品のように並べられた小鉢や刺身、炊き付けなどを前に、彼女は足がすくんだようだった。
「じゃあ、いただきましょう」と私が言うと、真紀さんは普段はよく食べるぽっちゃり体系なのに、全く食欲がないようで、あまり箸が進まない。「どうしたの? せっかく一流のお料理なので、遠慮なく召し上がって。美味しいわよ」と声をかけても、俯いてお茶をすすっていた。あまりにも残すので、これ以上進めてもなと思い、結局私だけが食事を美味しくいただき、彼女はほとんど残していた。
「じゃあ、引き続きルームツアーしましょうか。2階のまだご案内してない部屋がたくさんあるんだけど」と提案したのだが、「ちょ、ちょっと、急用を思い出したので、このまま失礼するわ。なんだかお腹も痛いの。急用思い出したし。もういいわ」と言って立ち上がった。「じゃあ、これで失礼するわね」と、明らかに顔が麻痺しているような笑顔を無理やり作り、彼女は逃げるように去っていった。
アパート暮らしを貧乏だと言って馬鹿にした彼女に、現実を思い知らせてあげたまでだ。私は内心、これで彼女の自慢が収まるといいなと思った。
そして、その数ヶ月後。彼女はもう住宅自慢をしなくなった。というより、正確にはできなくなったのだ。彼女の夫の銀行が倒産してしまったのだ。ニュースにもなっていたが、登録した個人情報が漏洩したらしく、顧客が激減。ついにはほとんど利益がなくなってしまったとのことだ。急成長した銀行だっただけに、衰退もあっという間だった。そしてさらに、彼女の夫は調子に乗ってキャバクラに通っていたらしく、若い大学生に貢ぐために多額の借金を背負っていたらしい。会社の衰退に浮気に借金までしていて、若い女性に入れ上げていた真紀さんの自慢の夫。その借金は闇金にまで手を出していたことが明るみになり、住宅のローンが払えず、今後も払える見込みはないらしい。むしろ借金返済に追われなければならないので、家を売却したとのことだ。売却価格は購入時の3分の1以下だったらしい。
結局、真紀さんはあれだけ馬鹿にしていたアパート暮らしになった。一方、いじめのターゲットとなっていた京子さんは、夫の会社が融資を受けることに成功し、事業が盛り返した。そして彼女はいいマンションに引っ越すことになった。結局、完全に立場は逆転したのだった。だが京子さんは性格がいいので、別にアパートを馬鹿にしたりはしない。
もちろん、私も可哀想だなとは思うが、「アパート暮らしざまあ」などと思ったりはしない。だが、真紀さんはまるで魂が抜けたみたいな顔で暗くなっていた。派手な格好は一切しなくなり、地味な服装で背中を丸めている。そして家関係のことは一切口に出すことがなくなり、何を話しかけても「今日は天気がいいわね」など、天気の話しかしなくなった。人は変わるものだなと思う。ただ、別に住む場所が一軒家からアパートに変わっただけで、ここまで萎縮して生活することはないのにとは思う。だが、彼女自身が高級住宅に住んでいることをステータスとし、アパート暮らしを見下していたのだから仕方ないだろう。
「ねえ、今日はみんなでアフタヌーンティーしない? 25日でお給料日じゃない?」と私がママ友を誘ってお茶を提案した。「いいわね。行きましょう」とみんなで盛り上がる中、真紀さんは「今日はちょっと用事があるの。ごめんなさいね。あと、なんかちょっとお腹が痛いのよ。じゃあ、これで失礼するわ」と、いつか聞いたことのあるようなセリフを言い、背中を丸め、とぼとぼと一人寂しそうに帰っていった。
誰もが調子のいい時期が続くわけではない。だから自分がいい時に人を馬鹿にしていたりしたら、その後立場がなくなるのだ。真紀さんは今孤独になってしまったが、まあそれも自業自得というものだろう。私はといえば、今も幼稚園の近くのアパートを拠点にしている。娘の成長を見守りながら、この幸せを大事にしていきたいと思っている。



