「食べられるだけ感謝しろ。」
冷蔵庫から出した皿が私の前に置かれた。乗っているのは茹で卵が1つ。海苔も何もない。朝の9時。16時間の夜勤明けだ。食卓には炊きたてのご飯と、みそ汁と、焼き魚が並んでいる。義母の密と夫の悟は食べかけていた。
「私の分はこれだけですか?」
「そうよ。何その顔? 夜遊びみたいな時間にフラフラ帰ってきて、よく食べるものがあると思うわね。食べられるだけ感謝しろって話よ。」
私は悟を見た。悟は焼き魚の骨を避けながら、何も見ないふりをした。
「高いが朝飯だろ。いちいち揉めるなよ。」
その一言で、8年分の何かが折れた。私は立ち上がった。
「わかりました。では今日で嫁やめます。」
湯呑みを持つ手が止まった。悟が声を出したのは、その時だ。でも密はまだ知らない。この家が誰の金で8年間回っていたのかを。悟は知っていて、ずっと黙っていた。
私は有村千明、45歳。市内の総合病院で内科病棟の看護師をしている。就職は22の春で、勤続23年になる。2交代制の夜勤は月に5回。夕方の4時半に入り、翌朝の8時半に上がる。16時間のうち休憩は2時間。病院を出るのが9時前で、家に着くのは9時ちょうどだ。
夫の悟は47歳。住宅設備メーカーの営業。結婚したのは私が31の時で、14年になる。子供は望んだけれどできなかった。その話をこの家でする人はいない。両親は結婚前に亡くなり、兄弟もいない。帰る家がないことは、初日に確かめた。
家は結婚した年に建てた。独身の間に貯めた600万円を頭金に入れ、ローンも名義も悟。私の名前はどこにも残らなかった。義母の密が同居を始めたのは8年前だ。義父が3月に亡くなり、49日が済んだ翌週に話が来た。
「1人であの家にいるのは怖いのよ。夜になると、あの人がいた場所ばかり目に入って。」
そう言われて断れる嫁が、この国にどれだけいるだろう。私は頷いた。悟は「助かるよ」と言って私の肩に手を置いた。その手の温度はまだ覚えている。
同居が決まった夜、悟は寝室でこう言った。
「母さんの年金だけじゃ足りない。当面は俺たちで見よう。ただ、支払いは千明のカードで頼む。俺の給料はローンで手いっぱいだから。」
悟は天井を見たまま続けた。
「それと、母さんには俺が出していることにしておいてくれ。どうして、嫁に払わせてると思ったら、母さんが気にする。」
気にしてくれた方がいい。そうは言わなかった。カードは私の名義で、悟の分を1枚足した。契約者は私。引き落としも私の口座からだ。悟はその1枚を密の財布に入れた。私は横から添えた。
「日用品と病院の分だけにしてね。」
「分かってるわよ。」
密はそう笑った。この家の月々はこうだ。密が使う生活費が8万円、うちの食費が8万円。電気とガスと水道で3万円。私たち3人の携帯代が2万円。ここまでで21万円だ。ところが私のカードから毎月引き落とされていたのは、23万5000円だった。その2万5000円が何なのかを私が知るのは8年後になる。
毎年の固定資産税。つまり家を持っているだけでかかる税金の14万円も、4回に分かれた納付を私がまとめて払った。悟が払っていたのは月々14万円の住宅ローンだけだ。夜勤の手当てを入れれば私の年収は620万円。悟より高かった。ただ、月々の支払いを引くと手元に残るのは6万円ほどだ。ボーナスは屋根の吹き替えと車の買い替えで消えた。
密は6万円のことを知らないまま、私にこう言い続けた。「悟に食べさせてもらってるんだから、そのくらいはね。」
話は密が入った年の6月から始まる。最初に消えたのは私の眠りだった。夜勤明けの9時に帰って、洗濯機を回して10時には布団に入る。10時半に掃除機の音がする。私の部屋の襖のすぐ外だ。私は襖を開けて頭を下げた。
「お母さん。明けの日は昼まで寝かせてください。」
「昼まで寝てる人の方がおかしいでしょ? 世間は働いてる時間よ。夜に働く方が悪いんじゃないの?」
それが週に2回か3回。耳栓を買って半年で2つ潰した。2つ目は仕事の呼び方だ。密は私の夜勤を最後まで「夜勤」と呼ばなかった。
「夜勤? 夜勤って大げさなのよ。夜中の病院なんて、座って見てるだけでしょ。」
夜中に3回、同じ人のベッドに戻る夜もあります。
「廊下を歩くだけでしょ。大した仕事ね。」
人が来た日には「夜遊び」に変わった。笑い声の中で、私だけが台所に立っていた。3つ目は金の話だ。食器を拭く私の背中に、密はあの一言を置いた。
「悟に食べさせてもらってるんだから。」
悟は否定しない。私と密の背後で、いつも黙っていた。私は記録を書く仕事をしている。誰がいつ何をしたか。書かなければなかったことになる。家に届く紙も同じだ。カード会社から毎月届く明細は、表に日付を描いて押入れの箱に入れる。最初の1年は中も見ていた。開いたその足で悟に見せたことが3度ある。その度に「母さんも年なんだから」で終わった。3度目でやめた。
私は日付だけ描いて、襖のまま箱に落とす。開いていた頃も見ていたのは1番下の合計だけだ。23万5000円。月によって2〜3万円は上下したが、桁が動くことはない。見積もりより2万5000円多いのは知っていた。密が月に1度行く店と病院の分だろうと思っていた。数字が動かないなら中身も同じだと思っていた。
結婚した年、悟は1度だけ私の夜勤明けに味噌汁を作った。塩辛かったが、私はお代わりをした。あの人はそれを覚えているだろうか。
押入れの箱は年ごとに重くなった。同居の年数が増えるほど、違和感は形を変えた。2年前の3月、7回忌があった。座敷に親戚が10人ほど集まった。私は希望休を出していた。義母に「あんたの休みなんてどうでもいいでしょう」と言われて、私は取り下げた。その朝は夜勤を終えて9時に帰り、9時半には喪服を着ていた。眠れたのは前の晩の休憩に仮眠室で横になった15分だけだ。煮物も稲寿司も吸い物も私が作った。
密は喪服のまま座敷の上座に座り、湯呑みを持って笑っていた。
「おかげ様でね、悟がよくしてくれるのよ。」
襖の影で私の手が止まった。密の声は続いていた。
「同居させてもらって、生活の心配は1つもないの。息子が全部やってくれるから。」
義父の兄の笹本さんが「いい息子さんで」と言い、みんなが頷いた。悟はその輪の真ん中にいた。麦茶を継ぎながら笑っていた。訂正はしなかった。笹本さんが私の方を向いた。
「千明さんも、いいご主人を選んだわね。」
私は「はい」と答えた。他に言いようがない。座敷に運んだ煮物は私が3時間かけて作ったものだ。帰りは密の妹の松江が私の腕を軽く叩いた。
「あなた、少しは座りなさいよ。」
松江は密の4つ下で、その時は66歳。姉と違って背が低く、声も低い。私が「大丈夫です」と言うと、松江は座敷の方を向いて息を吐いた。
「姉さんはね、昔からそういう人なの。」
それだけ言って、松江は帰っていった。
2つ目は、牛肉の話だ。夜勤明けの9時、私はスーパーで牛肉を買った。600円の、焼き肉用の。その夜、食卓にそれは出なかった。冷蔵庫の中からも消えていた。私は何も言わなかった。3つ目は、親戚の集まりだ。私が作った煮物を密の妹の裕子が食べながら、
「お母さん、この煮物、美味しいわね。」
「あら、そう? 私が作ったのよ。」
密は平気な顔でそう言った。私は箸を置いた。4つ目は、バケツだ。夜勤明けの9時。玄関にバケツが置いてあった。雑巾も。私は黙って2階の窓を拭いた。5つ目は、洗濯物だ。私の下着が干してあるのを見て、密は言った。
「こういうものはね、人に見えないところに干すのよ。」
私はその日、自分の下着を全部捨てた。6つ目は、電話だ。勤務先の病院に、密が電話をかけてきた。「嫁がサボってないか見てほしい」と。看護師長が困った顔で私に言った。「ご自宅の状況は、ご夫婦で話し合ってください。」7つ目は、通帳だ。私が必死で貯めたお小遣いの通帳が、引き出しから消えていた。探していると、密が「あら、これ?」と笑いながら出してきた。通帳の残高は0円になっていた。「悟のスーツを買ったのよ。」8つ目は、部屋だ。私の衣類が入れた段ボール箱が、玄関先に出されていた。「物置にするから、勝手に処分しておいて。」
私はすべてを記録した。日付と時刻と、一言一句。病院で行っているのと同じやり方で。それが私の仕事だから。誰がいつ何をしたか。書かなければ、なかったことになる。そして、あの日。茹で卵1つで、私はこの家を出た。それから3週間後、私はマンスリーマンションで手続きをしていた。生活費の振り込みを止めた。悟の名義になっているカードを、全部停止した。すると、3日目に電話が来た。
「冷蔵庫が空っぽなんだけど。」
悟の声だった。私は言った。
「悟さん、私、あなたの家のお金を全部払ってたの。あなたが何も支払ってなかったから、そういう生活が8年続いてたのよ。」
悟は黙った。それから、こう言った。
「知らなかった。」
私は笑った。そして伝えた。
「今からのあなたの生活は、あなた自身で回してください。私のカードはもう停止しましたから。」
そう言って、私は電話を切った。次の日から、裕子の電話が鳴り始めた。悟が払えないからだ。携帯代が止まる、と。
「お母さん、お金がないの。」
裕子が密に電話をした。密は言った。
「悟に言いなさいよ。悟がなんとかするでしょ。」
悟は言った。
「俺には払えないよ。全部千明がやってたんだから。」
そこで初めて、この家の全員が気づいた。この8年間、誰がすべてを支えていたのかを。私は1ヶ月後、自分の新しい部屋に引っ越した。病院の近くのワンルーム。家賃6万円。自分の給料で、全部を回している。それがこんなに楽しいのは、初めてだった。
でも、悟から1本の電話があった。
「千明。話がしたいんだ。」
私は答えた。
「いいですよ。ですが、場所は私が選びます。」
私が指定したのは、病院の近くのファミリーレストランだった。悟は来た。スーツはしわしわで、髪も伸びていた。
「千明。俺が悪かった。全部、俺が悪い。だから、帰ってきてほしい。」
私は言った。
「悟さん。私、あなたに言ってなかったことがあります。私、あなたと結婚する前に、付き合ってた人がいました。そして、あなたと結婚してから、あなたの母に、あなたの妹に、ずっと言われ続けてきました。『悟は稼いでいる』って。でも、実際に稼いでいたのは私でした。あなたの給料は、全部ローンと生活に消えてたんです。」
悟は黙った。
「私は、あなたの母から結婚した初日から言われてました。『千明さんは、悟の給料で食べさせてもらってるんだからね』って。でも違いました。私が、あなたの母を食べさせてたんです。」
私は立ち上がった。
「私は、もうあなたの母の『食べさせてもらってる』という幻想の中で生きるのはごめんです。私は離婚します。」
悟は何も言わなかった。彼はその場で泣いた。私は泣かなかった。もう、涙は出なかったから。私は弁護士を通して、離婚の手続きを進めた。財産分与は、私が入れた頭金と、私が支払ってきた生活費。それを計算して、私が受け取る権利を主張した。悟は何も言わなかった。密は喚いた。裕子は無視した。でも、それでよかった。
その後、私は自分のアパートで暮らしている。病院までの道のりに、小さなうどん屋がある。夜勤明けに、そこで朝ごはんを食べるのが好きだ。卵と、きつねと、ねぎの入った温かいうどん。
8年間、何度も作ってきた味噌汁。私は今は自分のために作っている。味噌は市販のもの。だけど、その方が美味しいと思う。私はもう、誰かに「食べさせてもらってる」と思われる生活はしない。私は自分の力で食べていく。それは、私が選んだ自由だ。
ある日の夜、携帯にメッセージが入った。悟からだった。
「母が施設に入った。妹とは連絡を取ってない。家は、売却した。」
私は返事をしなかった。もう、戻る場所はないのだ。私の帰る場所は、私が自分で作る。それでいい。それがいい。
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私は病院で働き続けた。夜勤も。手当も。全部自分のために使った。貯金も増えた。心の余裕も、体の余裕も、戻ってきた。ある日、同僚の岸本さんが言った。
「千明さん、最近、顔色いいですね。」
私は笑って答えた。
「はい。ごはんを、ちゃんと食べてますから。」
それは本当だった。私は今、誰の目も気にせずに食べている。自分の分だけのごはんを。誰かに「感謝しろ」と言われることもなく、誰かのごはんを奪われることもなく。
あの日、茹で卵1つを出されて、私は思った。もう、私の人生から「姑に気を遣う」という選択肢を消そう、と。
あれから1年が経ったある日、職場に1本の電話がかかってきた。
「もしもし、私、有村悟と申しますが。」
私は受話器を置いた。もう、過去の人の声だ。私は受話器を置き、自分の席に戻った。カルテを開いて、今日の記録を書く。それが私の仕事だ。
記録を書くことは、過去を整理することでもある。私は、自分の人生を、自分の手で、ここから書き直すことにした。
それが、私の選択だ。
(終わり)



