「私と結婚しましょうよ。こんなブスより私の方がふさわしいわよね。」そう言って姉の夫にすり寄る妹。祝いの席で起きた、まさかの光景だった。私はずっと耐えてきた。妹に何かを取られ、馬鹿にされても、血の繋がった妹だからと。でも、その日、ついに限界を迎えた。掴みかかろうとした瞬間、妹は床に倒れた。なんと、夫が妹を突き飛ばしたのだ。「僕の妻は生涯ゆ香さんだけなので」—その言葉が響いた時、妹の婚約者が立ち…

「私と結婚しましょうよ。こんなブスより私の方がふさわしいわよね。」そう言って姉の夫にすり寄る妹。祝いの席で起きた、まさかの光景だった。私はずっと耐えてきた。妹に何かを取られ、馬鹿にされても、血の繋がった妹だからと。でも、その日、ついに限界を迎えた。掴みかかろうとした瞬間、妹は床に倒れた。なんと、夫が妹を突き飛ばしたのだ。「僕の妻は生涯ゆ香さんだけなので」—その言葉が響いた時、妹の婚約者が立ち...

「ねえ、私と結婚しましょうよ。こんなブスより私の方があなたにふさわしいわよね。」

夫の肩に手を置き、すり寄る妹。その瞬間、今まで我慢してきたものがすべて崩れ去り、自分の中で張り詰めていた糸がプツンと切れるのを感じた。

「ふざけないで。あんたはいつもそうだった!」

そう叫んで妹に掴みかかろうとした瞬間、妹は床に倒れ込んだ。そのままの姿勢で妹は目を丸くし、一瞬の静寂が訪れた。

これは小悪魔な妹が最悪な結末を迎えた、ある物語である。

私の名前はゆ香。29歳。芸術大学の映像学科を卒業後、現在は映画配給会社で働いている。お昼休みにスマホをチェックすると、2歳年下の妹・さやからメッセージが入っていた。

「お姉ちゃんのエナメルのバッグ借りるね。まだ新品みたいだけどいいよね。」

ため息が出る。妹は小さい頃からそういうところがあった。私が何か持っていると、それが自分のよりいいものに見えるらしい。すぐに欲しがっては飽きて、また私に押し付けるのだ。

妹は身内から見ても美人だ。子供の頃からまるでモデルみたいだと大人たちにも褒められていたのを覚えている。大学も推薦でお嬢様校に入り込んで首席まで取ったそうだ。今は容姿を生かし、大手の建築会社で社長秘書をしている。絵に書いたようなキラキラの人種である。

対して私は、まさに地味な日本人形な顔立ちだ。

「ゆかちゃんは昭和顔だよね。50年前だったらモテモテだっただろうね。」

などと親戚から言われる始末だ。性格もかなり大人しいというか、引っ込み思案だねと言われることが多い。

でもいいのだ。映画に囲まれた生活がしたい。その一心で勉強も頑張り、今では憧れだった映画配給の仕事についているのだから。

私と妹は高校が同じだった。妹がテニス部で学校のアイドル的な存在だったのに対し、私は映画好きだったので映画研究会に所属していた。陽キャの妹に対して、私は陰キャの映画オタクだった。

「へえ。あの美人のさやのお姉さんがこんな感じなの?」

というような言葉や視線に疲れ、今よりさらに地味に暮らしていた。唯一の楽しみは、放課後に学校の近くの映画館に行って映画を見ること。部活に恋に忙しい普通の高校生とは違い、私は毎週映画館に通って映画を見ていた。

そんな時、映画館でよく出会う同じ学校の男子生徒がいた。私はホラー映画が好きで、新作が公開されれば必ず見に行っていたのだが、その男子生徒もホラーが好きらしく、映画館でしょっちゅう顔を合わせていた。同じ趣味を持つ人が同じ学校にいたことが嬉しかった。

しかし、引っ込み思案な性格もあって、話しかけたことなんてもちろんない。映画館で会えば軽く会釈するくらいの関係だった。

そんな関係だったが、その男子生徒のことはずっと覚えていた。

あの人は今どうしているのだろう? まだ映画を見るのが好きなのだろうか?

私が映画を好きでい続ける理由になった彼に対し、そんなことを時折思った。

そんなある日のこと、妹にお見合いの話が舞い込んできた。妹も今年で27歳。結婚適齢期というやつだ。そんな話がでてくるのも不思議ではない。

「はあ。そんなの私がお見合い?」

妹は大げさに言って、お見合い写真をテーブルに放り投げた。大きな音がしたので、食事中だった私はビクッと肩を震わせる。

「まあ何よ。お見合い写真を放り投げたりして、何が気に入らないのよ。」と母が聞く。

「だって見てよ。このハゲでオタクっぽい見た目。これだけでありえないのに、正社員じゃなくて派遣社員とかありえないわよ。なんでこの私がこんなやつと見合いしなきゃなんないのよ。」

「じゃあ断ればいいんじゃないの?」思わず私はそう言った。

「それが取引先の課長の親戚だかなんだかで断れないのよ。もう最悪だわ。」

妹は難しいそうな顔をしたかと思うと、私を見て急に表情が明るくなった。

「あ、そうだ。お姉ちゃん、あなたがお見合いすればいいんじゃない?」

などと突然とんでもないことを言い出す。あまりに驚いて私が目を見開いていると、妹はまくし立てた。

「だってお姉ちゃんも立派なオタクじゃない。陰キャ同士が合うんじゃないかな。どう考えてもこいつは私に釣り合わないけど、ブスなお姉ちゃんだったらお似合いでしょ。てことで週末お願いね。」

「何言ってるの? そんなの私だって嫌だし、失礼に決まってるじゃない。大体、代わりに姉が行くとかありえないでしょ。どう説明すればいいのよ。」

「そんなのお見合いが始まればどうだってなるわよ。言っとくけど、私の顔に泥を塗るようなことがあったら許さないからね。」

そう言って妹は私にお見合いを強引に手渡してくる。しかし、その写真を見た瞬間、私は思わず声を漏らした。

「あ、この人……何をどうしたのよ。」

「知り合い?」

「うん。違うの。さや、私やっぱりこのお見合い引き受けるね。」

「はあ? 何よ。急に心変わりして。もしかしてそのハゲオタクが気に入ったわけ? そんなのあんたにあげるわ。陰キャ夫婦の誕生が楽しみね。」

妹がからかう声も聞こえず、私はお見合い写真と相手の経歴を眺め続けていた。

そしてお見合い当日。私は先方にまず妹の代理であることを丁寧に詫びた上で、自分とお見合いして欲しいことを伝えた。

私の向かい側に座ったお見合い相手は、確かにハゲていてオタクっぽい雰囲気の男性だった。でも、面影はあの頃のままだ。

そう。お見合い相手は、忘れるはずもない。高校時代に映画館でよく会った彼だった。

彼も私を正面から見つめた後、小さな声をあげた。

「あの、もしかして昔高校時代に映画館でよくお会いしていませんでしたか?」

「はい、そうです。私も覚えています。」

そこから高校時代の話やホラー映画の話で盛り上がり、私と彼の交際が始まった。彼の名前は直人。2歳年下だった。妹のさやとは高校の同学年にあたるが、妹は直人の存在を覚えていなかったらしい。

デート中のある日、直人がこんなことを言った。

「いや、正直さやさんの方が来たらお断りしようと思っていたんだ。だってあの性格は高校時代からなかなか有名だったからね。まあでも、こんな僕だからさやさんの方から断っただろうけど。」

「その時は……妹が本当にごめんなさい。でも私、直人にまた会えて嬉しかったよ。それに直人は素敵だと思うよ。もし見た目を気にしているなら、もう少し髪を短くしてみたらきっと似合うと思うよ。」

直人は頭頂部の髪の毛がすっかり薄くなっているのだが、サイドの髪の毛を伸ばしていたので、なんだか落ち武者みたいに見えたのだ。

「確かにそうだね。ブルース・ウィリスみたいな感じってことだよね。君に嫌われないようにちょっと試してみるよ。」

「よかった。でも私は見た目で嫌いになんてならないわよ。私は直人の内面が好きなんだもの。」

そんな会話を交わし、順調にデートを重ねた私たち。1年後、直人からのプロポーズを受け、結婚が決まった。

「男の顔なんて見たくないから。」

と妹は欠席したが、両家の顔合わせでは和やかな雰囲気が流れ、みんなに祝福された。その後、新居も無事決まり、2人で暮らすことになった。

そして結婚式当日。

「今時、神社で挙式なんて地味なお姉ちゃんね。その着物も似合ってるわよ。なんだか昭和初期の人みたい。」

妹はいつも通り私を馬鹿にしてくる。

「こんな日くらい、そういうこと言うのはやめてよ。これから顔合わせなんだから。」

白無垢に身を包んでまで妹に嫌味を言われる自分を情けなく思っていると、直人と直人の家族が到着した。

「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします。」

紋付き袴に身を包んだ和装の直人が姿を表すと、妹が小さく声をあげた。

「え、この人が……?」

それもそのはず。直人は結婚式までに私と一緒に見た目を変える努力をして、見違えるほどのイケメンになっていたからだ。元々目鼻立ちはいいので、髪の毛を短くするとキリッとした二枚目が際立つ。しかもジムで体も鍛え始めたので、かなりがっちりした体型になり、男らしくなっていたのだ。

式が始まる前、妹が耳打ちしてきた。

「ちょっとどういうこと? あの時の写真と全然違ってイケメンじゃない。」

「直人が頑張ったのよ。元々顔立ちは綺麗だったわ。あの写真の時はちょっと太っていたし、髪も長くて冴えなく見えていただけなのよ。」

「ふん。思ったわ。昭和顔のブスのくせに、俳優みたいな見た目の男と結婚できてよかったわね。」

妹の嫌み攻撃を受けつつも、結婚式はどうにか滞りなく終えられた。2人でやりたいと決めた神前式は、人数は少ないが大切な人だけを呼んだアットホームな式だった。みんなに祝福され、幸せな気持ちで直人と帰ろうとしたその時だった。

「どうも直人さん。こんなブスの姉をもらってくれて本当にありがとうございます。」

妹が私たちの元へ来て、こんなことを言った。

「え、ゆ香さんはブスなんかじゃありませんが……まあ、とにかく今日はありがとうございました。」

「ちょっとさや、これ以上変なこと言わないでもう帰ってよ。」

私の言葉を無視して、妹はさらに続ける。

「直人さん、見た目は変わられましたけど、お仕事は変わってないんですか? 確か派遣ってお聞きしましたけど。」

「はい。確かに現在は派遣で仕事をしていますが、それが何か?」

「え、私は派遣の旦那さんとか無理かも。私は社長秘書をしてるんで、勤務先の建築会社の社長と付き合ってるんですよ。先日プロポーズされたんで、今度結婚する予定なんです。」

「そうなんですか。それはおめでとうございます。」

「ちょっとさや、直人さんは派遣だけど——」

直人は言い返そうとした私を手で静止して、小さく頭を振ってみせた。

「さやさん、今日はありがとうございました。気をつけてお帰りください。」

直人にそう言われた妹は、「じゃあ、オタクのお2人、せいぜいお幸せに」と毒を吐いていった。

「直人……さやが本当にごめんなさい。」

「別に大丈夫だよ。ああいうタイプには何言っても変わらないよね。それより、ゆ香は今まで大変だったんだな。これからは幸せになろう。」

「直人……ありがとう。」

それから直人との結婚生活が始まった。優しい直人との結婚生活は順調だった。直人と暮らしていると、私の心の中の氷が少しずつ溶けていくのを感じる。

そんな日々を過ごしていると、妹から電話がかかってきた。なんと、以前話していた建築会社の社長と婚約したという。

「だから来週、彼が結婚の挨拶に来るから、お姉ちゃんも顔出してよ。本当は地味でブスのお姉ちゃんと無職の旦那なんて紹介したくないんだけど、いないと不自然だからね。まともな格好してきなさいよ。」

相変わらずの調子の妹に、呆れるしかなかった。しかし、一応妹だし、顔合わせや結婚式くらいは出ないとまずいだろうと思い、直人と2人で顔合わせに出席することになった。

「その日は大事な用があるのにごめんね、直人。」

「大丈夫だよ。ゆ香にとっては大事な妹だからね。」

会場に着くと、得意満面な笑顔の妹が待っていた。

「陰キャ夫婦さん、いらっしゃい。うちのダーリンには失礼のないようにしなさいよ。」

「はいはい。」

と流して会場のレストランに入り、妹の婚約者となる人と挨拶を交わす。タケヤと名乗った男性は、妹にはお似合いのイケメンだった。直人とは違う部類の華やかなイケメンで、確かに仕事はできそうだ。

「いつも世話になっております。姉のゆ香と申します。夫の直人です。よろしくお願いいたします。」

そんな挨拶をすると、妹の婚約者のタケヤさんも「よろしくお願いいたします」と頭を下げてくれた。その横で勝ち誇った顔をしている妹のことは、見ないようにした。

その時、直人のスマホから着信音が響いた。

「すいません。大切な用事のようで、少し失礼いたします。」

一度部屋を出て行った直人。すると妹も「私もちょっとお手洗いに」と言って出て行ってしまった。私にも緊張が走る。ふと、妹の婚約者と料理を食べながらも、上の空だった。

すると、慌てた様子の直人が部屋に戻り、私に小さな声で耳打ちした。

「ゆ香、おめでとう。直人がすごいよ。」

「え? どうしたの?」

私は思わず大きな声を上げてしまった。

「よ、どうしたの? こんな席で。」

母が驚いたように尋ねる。

「直人が楽曲提供した日本人アイドルグループが、海外の有名な賞を取ったのよ。しかもハリウッド映画のサウンドトラック制作の仕事も決定したんだって。」

実は直人は、超有名大学を卒業したエリートで、派遣社員をやりながら作曲家として活動している。経歴としてはまだ浅いが、有名アーティストに多数の楽曲も提供しており、有望な若手作曲家なのだ。しかし、音楽の仕事だけで生活するのにはまだ収入が安定せず不安が残るということで、時間の融通が聞きやすい派遣社員をやりながら音楽活動をしていたのだ。

私と結婚後、直人に音楽活動に専念して欲しかったので、

「ねえ直人、仕事はやめて作曲活動に専念してみたらどうかな?」

と提案していたのだった。

「え、でも音楽の収入だけだと不安定だし、ちょっと心もとないよ。」

「大丈夫よ。私も働いていることだし、貯金も少しはあるから。」

「ゆ香がそう言ってくれるなら、実は俺も音楽に専念したいと思っていたところだったんだ。いつも本当にありがとう。俺、頑張るから。」

それから直人は派遣社員をやめ、音楽活動に専念していたのだった。生活は決して楽ではなかったが、私は直人が真剣に音楽に向き合う姿が好きだったから、頑張ることができた。

そして直人の頑張りが認められ、こんなすごい賞を取るなんて、私は自分のことのように嬉しかった。それを聞いた父も母も、喜びで声を弾ませている。

「何それ、本当か? 直人君、やったじゃないか。」

「そうよ。直人さん、すごいわ。今までゆ香が支えてきた甲斐があったわね。」

「直人さん、素晴らしいですね。こんなおめでたい話を聞けて、僕も嬉しいです。」

タケヤさんも拍手しながらお祝いを述べてくれた。

「さあ、祝いに飲みましょう。」

「すみません。これから取材で、受賞の言葉などを……飲めなくてはならなくて。」

「そうね。じゃあ直人さんとゆ香はこの辺で——」

母がそう言おうとした時、信じられないことが起こった。お手洗いから戻ってきた妹が、スタスタと歩いて私たちの方に来たかと思うと、私と直人の間に割って入るようにして座り込んだ。

「ちょっとさや、何なの?」

「うるさい。ブスは黙ってて。」

妹の声は冷たかった。

「直人さん、私と結婚しましょうよ。こんなブスより、私の方が音楽家のあなたにふさわしいわよ。」

そう言いながら、夫の方に手を置き、すり寄っている。どうやらさっきお手洗いに行くと言って、直人の電話の内容を盗み聞きし、直人の正体を知ったらしい。

そんな姿を見て、今まで我慢してきたものがすべて崩れ去った。私が持っているものを欲しがり、飽きては押し付ける。いつも私のことを下に見て馬鹿にする。そんな妹でも、血が繋がっているから、妹だから我慢してきたのに。

自分の中で張り詰めていた糸が、プツンと切れるのを感じた。

「ちょっと、ふざけないで。あんたはいつもそうだった!」

そう叫んで妹に掴みかかろうとした瞬間、妹は床に倒れ込んだ。

妹にもたれかかられた直人が、さっと立ち上がって飛び退いたのだ。床に倒れた無様な体勢のまま、目を丸くする妹。私もその場に固まってしまった。

「ちょっと、何するの?」

「それはこっちのセリフですよ。何考えてるんですか?」

直人の声はどこまでも冷たかった。汚いものを見る目で、妹を見下ろしている。

「何って、だから私が結婚してあげるって言ってるんじゃない?」

「そんなの、死んでもお断りです。僕の妻は生涯ゆ香さんだけなので。」

「はあ? そんなブスのどこがいいのよ。私の方が顔だってスタイルだって、いいじゃない。」

「何を言ってるんだか。ゆ香さんは見た目も心も、あなたよりずっと綺麗です。それに僕は、ゆ香さんがずっと支えてくれたから、こんな成果が取れたんだ。あなたにはそんなことはできないでしょう。」

直人は私の方に来て、肩を抱きながらそう言った。私の中の妹への怒りが、みるみるうちに溶けていくのを感じる。温かい涙が流れた。

「あんた、何なの? 私がこれだけアプローチしているのに、断るなんて。」

妹の顔は真っ赤になり、声が震えている。

「ちょっとさや、何やってるの? あんた、ここがどういう場か分かってるの? お前の婚約者はタケヤ君だろうが。」

父と母が詰め寄ると、妹は我に帰ったような顔をして、すぐタケヤさんの元へ駆け寄った。

「ごめんなさい。私、やっぱりタケヤ君じゃないとダメみたい。」

「いや、もうそれ以上喋らないでくれ。」

それまで黙って見ていたタケヤさんは、ネクタイを直しながらそう言い放った。

「和やかな席で、他の既婚男性に言い寄る女と、誰が結婚したいと思うんですか。今回は破談ということでよろしいでしょうか? ご納得いただけますね。」

青ざめる父と母は、頷くことしかできなかった。

「ちょっと、タケヤ君まで何なのよ。私、みんなにも結婚するって言ってるんだから、結婚してくれないと困るのよ。」

叫ぶ妹をちらりと見て、タケヤさんは冷静な声で言った。

「これ以上話すことはないので、そろそろ失礼します。直人さん、本当におめでとうございました。お幸せに。」

部屋を出ていくタケヤさんを、私たちは頭を下げて見送ることしかできなかった。

「ちょ、ちょっと待てよ。タケヤ君、タケヤ君てば。」

妹の取り乱した叫び声だけが響いている。

「お前にはもう呆れて何も言えん。婚約破棄だ。私たちの目の前に顔を見せるな。」

両親も怒り心頭で、背を向けて会場を後にした。

「ゆ香も帰ろう。」

私は直人が握ってくれた手を、強く握り返した。振り向くと、呆然とした妹が立ち尽くしているのが見えた。

それから数ヶ月後。妹はと言うと、タケヤさんとの婚約が破棄された後はしばらく落ち込んでいたものの、今は新しい結婚相手探しに必死になっている。しかし、ハイスペックな相手ばかりを求めていて、そんな現金な態度の妹に男性たちは呆れているようだった。年齢を重ねて美貌にも限りが見えてきた妹は、さらに結婚相手探しに苦労しそうだ。

私たちはと言うと、受賞の後しばらく受賞式や取材などで忙しかった。直人も今は精力的に次回作に取り組んでいる。私には元から優しかった直人だが、受賞インタビューでも私とのエピソードを語るなど、すっかり愛妻家の音楽家として有名だ。

私は、妊娠で大きくなったお腹を支えながら、これからも直人を支えていくことを心に誓った。

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