門の外に立たされた六歳の娘は、雪の降り積もる中、小さな風呂敷を胸に抱えていた。家の奥からは、新しい男子が生まれたという喜びの声が響いている。しかし、誰一人として、この娘の名前を呼ぶ者はいなかった。
「私、弟を見てはいけないのですか」
娘がそう尋ねると、年老いた女中・千代が静かに歩み寄り、その凍えた手を握った。
「もちろん拝見できますとも。でも、今日は若様のための日でございます」
そう言って、千代は娘を門の外へと導いた。彼女は何も持たない女中でありながら、この捨てられた娘に従うことを選んだのだ。
娘の名前は「しの」。母は彼女が生まれる前に亡くなり、父は後妻を娶って、しのを遠ざけた。そして、男子が生まれたその日、しのは家から追い出され、里の別邸へと移されることになったのだ。
しのは、母が残してくれた紫色の風呂敷を膝にかけ、毎日手習いを続けた。ある夜、その風呂敷の裏地から一枚の紙が出てきた。それは母が書いた「譲り状」であり、しのに田畑と財産を残すという約束が記されていたのだ。
「母上は、私が追い出されると知っていたのですか」
しのが問うと、千代は静かに頷いた。
「ええ。奥方様はお嬢様が大人になっても、人に頼らず堂々と生きてほしいと願われたのでございます」
しかし、その言葉を聞いていた者がいた。千代の話を立ち聞きした使い走りの者が、家の総兵に知らせたのだ。総兵は、しのが譲り状を持つことを恐れ、彼女へ罪を着せようと企てた。
ある晩、しのと千代の前に、役人が現れた。
「盗まれた銀のキセルが、この家にあるとの訴えがあった」
そう言って、役人が庭を調べ始めた。すると、黒い風呂敷から銀のキセルが見つかったのだ。しかし、それはしのや千代が置いたものではなかった。
「千代には何の落ち度もございません! 銀のキセルは私が持ちました!」
しのは震える声で叫んだが、千代は彼女をかばって言った。
「お嬢様がなさってもいないことをなしたと申されては、私を助けることにはなりません。事実だけをお話しください」
千代は、役人に庭の足跡を見せるよう促した。雪の上に残された足跡は、総兵の使い走りのものであり、しのたちには無実の証明となった。さらに、台所の女中が「銀のキセルは千代が去った後も、戸棚にあった」と証言したのだ。
総兵は焦った。
「銀のキセルだけではない。あの女中は、主の頂面も盗んだのだ!」
しかし、千代は静かに問い返した。
「どのような長面のことでしょうか? 以前、総兵様はそのような長面はないとおっしゃいましたが、土地の大きさと中身をご存じなのですね?」
その言葉で、総兵の嘘が暴かれた。彼は見たこともないはずの長面の内容を知っていたのだ。
役所は、総兵の不正を暴き、しのに残された田畑と財産を取り戻す裁きを下した。総兵は罰せられ、しのと千代は無実の証明を得たのだ。
「私の名が、もう一度戻ってきた……」
しのは、千代の手を握りながら呟いた。しかし、千代は首を振った。
「いいえ、お嬢様。あなたのお名前は、長面が返してくれたのではありません。あなたが諦めなかったから、守られたのでございます」
しのは、母が残した田畑から得た収穫を、里の人々に分け与えた。彼女は「温存堂」という学びの場を作り、行き場のない子どもたちや年寄りが、文字と仕事を学べる場所を築いたのだ。
「私は、母を一人しか持てなかった人に、もう一人の母ができました。私を生んで行末を守ってくれた母と、表門の外で私の手を握ってくれた母。私は二人の母を持っているのです」
しのは、千代にそう言った。千代は答えの代わりに、しのの手の甲にそっと頬を寄せた。
それから数年後、しのは、幼い頃に門の隙間に置いてきた折り鶴を、温存堂の木の枝に吊るした。風が吹くたび、その小さな翼は、静かに震えていた。
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