同級生の新担当者は、納品間近のゴミ部品を「ただでいいだろ」と一方的に値切ってきた。嫌ならキャンセルで、と恫喝するように付け加える。昔から俺を貧乏だと見下してきた沢田が、今度は取引先の担当者として俺の前に立ちはだかっていた。俺と会社を敵に回したら困るのは沢田の方なのに、こいつは何も分かっていないようだ。俺は静かに、ある計画を実行に移した。後日、沢田は車内で後ろ指を刺され、人生を棒に振るはめとなったのだ。
俺の名前は近藤、36歳。小さな町で働いている。実の父親は仕事ばかりで家庭を顧みず、母は俺を連れて家を出た。女手ひとつで育てるのは大変だった。朝から晩まで働く母を見て、俺は中学卒業と同時に就職することを決意した。「高校進学するくらいのお金はあるのよ」と母は言ってくれたが、働きすぎで体調を崩しかけていた母にこれ以上無理はさせられなかった。
中卒の俺を拾ってくれたのが今の会社だ。黒岩社長も同じく貧しい子供時代を送ったらしい。父親が会社を経営していたが、とんでもない額の借金を作って倒産。社長は20代半ばまで借金返済に追われた後、物づくりの仕事に巡り合い、苦労して金を貯めて自分の会社を立ち上げたという。同じような境遇の俺を、黒岩社長は可愛がってくれた。働きながら仕事に必要な勉強と技術を社長が教えてくれたおかげで、今では会社の一戦力として活躍している。
冬が終わりを迎えつつあったある日、仕事中に黒岩社長に呼び出された。俺に任せている新工場のプロジェクトの担当窓口が交代することになったらしい。我が社は産業用ロボットの開発や製造をしている会社で、この度、業界大手のメーカーが建設する新工場の全ラインに、俺が開発に携わった特許技術を使った安全装置が採用されたのだ。俺は製造リーダーに任命され、現場仕事だけでなく相手とのやり取りも任されていた。
「担当者が女性部下に手を出して移動になったらしい」と社長は言った。とんでもない交代理由に思わず顔をしかめたが、「新しい担当者はいい大学を出ている優秀そうな人だ」と聞いて安心したのも束の間だった。
1週間後、俺は新しい担当者に挨拶するため取引先へと向かった。エントランスに入ると、上品なスーツに身を包んだ男性に声をかけられる。笑顔で挨拶しようと相手の顔を見た瞬間、俺は大きく目を見開いた。俺の反応に眉を寄せた相手は、しばらくこちらを見ていたかと思うと、爽やかな笑顔を歪めたものに変えた。
「おいおい、お前か? 久しぶりだな。まあ、立ち話もなんだしこっち来いよ」
俺を馬鹿にしたように見ているのは、同級生の沢田だった。沢田とは因縁がある。中学4年生の時に同じクラスになってから、俺が貧乏なのをネタにしてしつこくからかってきたのだ。「貧乏人は学校に来るなよ。貧乏臭いのが移るだろう」と大声で馬鹿にし、時には仲間と一緒に手を出すこともあった。
沢田は市議会議員の息子で、私立中学へ進学すると日頃から自慢していた。本人も勉強を頑張っていたが、テストは毎回俺に敗北。我が家は金がなさすぎてゲームも買えなかったため、いつの間にか俺の暇つぶしは勉強になっていたのだ。
「貧乏人のくせに生意気なんだよ」
沢田が初めて俺にテストの点で負けた時、目に涙を溜めてそう叫んだのを覚えている。奴はその後もずっと俺に負け続け、調子を崩したのか私立に失敗してしまった。
「お前のせいだぞ」
泣きながら迫ってきた沢田に、さすがに理不尽すぎると思い「お前の実力不足だろ」と言い返してしまった。次の瞬間、沢田の拳が俺の顔面目がけて飛んできた。クラスメイトが担任の先生を呼んでくれなかったら、俺は大怪我を追っていただろう。
結局沢田とは同じ中学に進学し、引き続き目の敵にされる。テストの点は毎回俺の圧勝だったが、俺が家庭の事情で高校進学できないと知るや、「中卒とか底辺じゃん。負け犬人生ご愁傷様」と、こんな調子で卒業まで絡んできたのだ。
「まさか近藤が取引先だったとはな。まあでもお前の会社って貧乏工場なんだろ? 貧乏人のお前にはお似合いの就職先だな」
大人になっても性格の悪さは改善されていないばかりか、あの時よりひどくなっていた。沢田は偉そうに会議室の椅子に座り、ふんぞり返りながら俺を舐めるように見ている。
「俺は大企業で新工場建設プロジェクトの中心メンバーで、お前は貧乏町の技術者。圧倒的に俺の勝ちだな」
「そうですね。仕事の話を進めてもよろしいでしょうか? 」
俺はあえて敬語で接した。ここは仕事をする場所で学校ではないのだ。そのことを示すために感情を抑えて沢田に向き合った。
奴は俺のそんな態度が気に入らなかったらしい。
「おい、俺の話はまだ終わってないぞ」
「お話を続けても構いませんが、そちらも時間に限りがあるのでは?

俺なんかの相手をする暇があるのでしょうか? 」
俺の指摘に沢田は「ちっ」と大きな舌打ちで返す。
「さっさと資料をよこせ」
今日は新しい担当者への挨拶と合わせて最終納品に向けた打ち合わせも行う予定だった。すでに工場は建設が終盤に入り、我が社の安全装置も納品間近だ。
「以上です。ご質問はありますか? 」
「ああ、はいはい。ないよ。今日は終わり。もう帰れ」
しっしっと邪魔物を追い払うように手を振る沢田。俺はため息をついて会議室を後にした。
その後ろ姿を見ながら、胃の辺りが重くなるのを感じた。仕事だと言い聞かせても、場所は違えど昔と変わらない態度に、心のどこかで諦めにも似た感情が湧き上がってくる。だが、頭を切り替えるしかない。あと少しの我慢だと自分に言い聞かせ、自社へと戻った。
それから2ヶ月後、新工場の建設が終わり我が社の安全装置も無事に設置が完了した。あとは工場の稼働を待つだけだ。
しかし、安全装置の料金が未だに支払われていない。沢田にメールを送っても無視され続けたので、しびれを切らした俺は直接本人を尋ねることにした。前回の打ち合わせで嫌な予感がした俺は、念のため小型の録音機器をポケットに忍ばせる。
「支払いに関して何度かご連絡をさせていただいてますが、どのような状況でしょうか? 」
案内された会議室に入ってすぐ俺は本題を突きつける。すると向かい側に座っていた沢田は、摘まようとした飴を指先で弄びながら、面倒くさそうな顔でこう言った。
「材料費が高すぎるんだよ。どうせ俺の言いたいこと、分かってんだろ?
」
「何が言いたいのですか? 」
「ゴミ部品にそこまでの金を払う価値があるとは思えないな。正直、うちの工場には不要だ」
「それはどういうことですか? 」
「最初から言ってるだろうが。うちは最新設備を導入するつもりなんだよ。だから、お前たちみたいな古い技術の会社の安全装置なんて必要ないんだよ」
沢田は俺の顔をまじまじと見つめ、心底楽しそうに笑った。
「安心しろ。うちの経理部から指示が行ってるから、料金は支払われるよ。ただし、うちが支払うのは『今回の契約の解除』に伴う処理費用だけだ」
「……契約を解除するつもりですか? 」
「当然だろ?
設備の最終チェックをしたら、おかしな箇所がたくさん見つかってね。不具合だらけの製品に金を払うわけにはいかないから」
「不具合? ありえません。我々の安全装置は全て厳格な品質管理を通過しています」
「しかし、俺の目には不良品にしか見えなかったんだよ」
「それは……いつ確認したのですか? 」
「先週だ。お前たちの社員が設置作業をしている時に見て回ったんだ。見た瞬間に分かったよ。こりゃダメだってな」
「それはどういう……」
「もういいだろ。ゴミ部品はただでいいって言っただろ? 嫌なら今すぐキャンセルで構わないぞ」
俺はポケットの中の録音機器を意識しながら、沢田を見つめた。奴は昔と何も変わっていない。いや、大人になった分だけ狡猾になっている。俺の会社を潰す気だ。
「……わかりました。では、そのように対応させていただきます」
俺は会議室を後にした。心臓は早鐘を打っていたが、今ここで感情的になってはいけない。この瞬間のために、奴の言葉を記録していたのだから。
車に戻った俺は、すぐに黒岩社長へ電話をかけた。録音データを送り、事の経緯を説明する。社長は驚いていたが、最後には落ち着いた声でこう言った。
「近藤、そのデータは大切に保管しておけ。向こうが本気で契約を破棄してくるなら、こっちにも考えがある」
俺は録音データをバックアップし、弁護士に相談した。澤田の言葉は契約違反だけでなく、業務妨害とも取れる内容だったからだ。そして数日後、俺はある計画を実行に移した。沢田が会社の決定だと主張した契約解除の進め方は、あまりにも杜撰だった。
俺は取引先の上層部へ直接アポイントメントを取り付けた。録音データと、これまでのメールのやり取りを証拠として持参し、新しい担当者である沢田による一連の行為が、会社の信用を大きく損なうものであることを説明した。
「これは弊社の態度ではありますが、実際には納品された安全装置に問題はございません。品質検査の結果は全て揃っています。にもかかわらず、担当者が一方的に『ゴミ部品』と決めつけ、契約を破棄する姿勢を見せた。これは明らかに体制を乱す行為です」
俺の説明を聞いた上層部の人間は、重い表情で資料を見つめていた。
「……澤田は、本当にそんなことを?
」
「恐れながら、こちらに録音データがございます」
俺はスマホから該当部分を再生した。沢田の声が会議室に流れる。「ゴミ部品はただでいいだろ」「不具合だらけの製品に金を払うわけにはいかない」「うちは最新設備を導入するつもりなんだ」。上層部の顔色が変わるのを見て、俺は続けた。
「我が社は、この契約を誠実に履行してまいりました。しかし、このような対応では今後も取引を継続するのは困難です。つきましては、この件について、我が社としては法的な措置も視野に入れて検討させていただきたく存じます」
「……わかりました。この件は、澤田から直接説明させます。今日中に折り返し連絡をさせますので、少し時間をいただけませんか? 」
俺は会議室を後にした。後は向こうの出方次第だ。澤田がどれだけ上層部を掴まえているのか、とはいえ、これだけ明確な証拠がある以上、会社としても無視はできないだろう。
翌日、取引先の社長から直接電話があった。澤田は即刻、担当から外された。そして、一方的な契約解除の撤回と、支払いの履行を約束する書面が送られてきた。澤田はその直後、会社に多大な損害を与えたとして、解雇されたと聞いた。
俺は手にした書類を机の引き出しにしまいながら、ふと窓の外を見た。沢田は今ごろどうしているだろうか。自分が築いた地位や学歴も、すべて失ったはずだ。
——社長からもらった仕事まで失わせるとはな。俺はお前を恨んでいなかったが、どうやらお前は俺のことを許せなかったらしい。
俺は黒岩社長に今回の対応を報告し、改めて感謝を伝えた。長い間、俺を育ててくれたこの技術を、これからも大切にしていこう。そして、今度こそ安全装置の技術をさらに進化させ、もっと多くの工場に採用してもらえるよう、精進していくのだ。
それから数ヶ月後、黒岩社長が俺に言った。
「近藤。お前の技術で、また一つ救われた企業がある」
「え? »
「安全装置の納品先の一つなんだが、何でも新しい担当者がまた似たようなトラブルを起こしてな。だが、お前が前に納めた装置がしっかり動いていてな、あの会社は倒産を免れたらしい」
俺は深く息を吐いた。技術で人を救う。それが俺の仕事の本質なのだと、改めて実感した瞬間だった。


