「貧乏親子は消えろ。迷惑料を取るぞ」
有沙さんは大声でそう言い放ち、勝ち誇ったように笑った。私は娘の誕生日のお祝いで、二人で高級鮨店に来ていた。娘の大好物の芋天ぷらを、満足するまで美味しく食べていただけだった。なのに、偶然居合わせたヤクザの妻であるママ友、有沙さんから迷惑料を請求されてしまった。
私の名前はミキ。32歳でスーパーでパートをしている主婦だ。のんびり屋の夫と、可愛い小学1年生の娘・梨子の3人家族。今日は娘の誕生日で、夜には出張中の夫も帰ってきて3人でお祝いする予定だった。その前にお祝いをしたくて、お昼に高級鮨店へ来たのだ。
「お母さん、芋食べていい?」
梨子は目をキラキラさせて聞いてくる。
「もちろん。でもお行儀よくしてね」
たまにしか来られない高級店。せっかくなら高くても美味しいものを食べてほしいと思ったが、娘の幸せそうな顔を見て自然と微笑みが浮かんだ。好きなものを好きなだけ食べて幸せなら、それでいいか。
お店は空いていたが、予約していたカウンター席に通された。梨子は嬉しそうに芋天ぷらをたくさん頼み、幸せそうな顔で頬張っていた。その時だった。
「本当、貧乏嫌ね。きつくて意地悪な聞き慣れた声が聞こえてきた。こんな素敵なお店に来て、安いものばかり頼むなんてお子さんがかわいそう」
見るとカウンター席に、ママ友の有沙さんとその娘がいた。二人はニヤニヤしながらこちらを見ていた。学校ではお局様のような存在で、他のママたちから恐れられている。なんで今、一番関わりたくない人に会うんだろう。楽しい食卓から一気に、私は暗い気持ちになった。
「芋天ぷらとかダサい。女の子はそんなの食べないんだよ」
有沙さんの娘が、似たり寄ったりの意地悪な顔で梨子に言った。
「こら、本当のことを言わないの?」
有沙さんは娘を窘めるふりをすると、こちらを向いて続けた。
「あら、ミキさんと梨子ちゃんじゃないの? こんなところで会うなんてびっくり。なんで貧乏人がここにいるの? ここに来て安いものばかり頼むなんて非常識じゃないかしら。あ、ミキさんはこういうところ普段来られないから分からないか」
有沙さん親子はマシンガンのように攻撃してくる。大人しいけれど実は短気な私はカーッとなった。可愛い娘の誕生日にケチがつくなんて嫌だ。ここで何も言わなきゃ母失格だ。
「梨子はこれが大好物なの。誰が何を食べても、有沙さんには関係ないですよね」
「はあ? 何? あんた誰に口答えしてるわけ? いつからそんなに偉くなったの?」
有沙さんの顔が歪んだ。不穏な空気を感じた店員がオロオロし始めていた。
私がさらに言い返そうとすると、梨子が「お母さん、ご飯食べよう」と心配そうに言う。娘に心配をかけたくない。私は一旦この場を丸く収めることにした。
「そうだね。冷める前に食べちゃおう」
ところが、余計調子に乗った有沙さん親子は、さらに大声で私たちをいじり始めた。
「梨子ちゃんっていつもダサいけど、食べ物までダサいんだ」
「本当、これだから貧乏人は。貧乏の上に空気読めないとか終わってる」
「ああ、こんなのと一緒にいるだけでご飯がまずくなっちゃう」
周囲のお客さんたちも戸惑っているが、誰も助けようとはしない。店員さんも、柄の悪い親子に声をかけづらいみたいだった。
「ねえ、お母さん。あんなのがいるとい迷惑じゃない? 迷惑料取ろうよ」
「あら、さすが私の娘。いいアイデアだわ。そうしましょう」
有沙さんはそう言うと、大声で言い放った。
「貧乏野郎。迷惑料取るぞ。今すぐ1000万円。払え。払えなかったらあんたの生活終わりだから」
「まあ、貧乏人の家なんて、貧乏すぎて払えないだろうけどね」
「1000万円も払えないなんてダサい。早く消えてほしいわ」
「そうだそうだ。芋天ぷら子は消えろ」
有沙さん親子はそう言い出した。
さすがの私も、もう我慢の限界だった。
「いいわ。迷惑料、支払うから放っておいてくれます?」
有沙さんは驚いた顔をした。普段、質素に暮らしている我が家のことを、有沙さんは知っているからだ。でも私は続けた。
「有沙さん、ヤクザでしたよね。どこの組ですか?」
「何よ、そんなの。今関係ある?」
「1000万円支払わされるんだから、どこに支払うかくらい知りたいでしょ」
有沙さんは鼻で笑った。
「はあ。サンダ組だけど。てか、払うって本気?」
私は有沙さんを無視して、母に電話をかけ始めた。
「もしもし。お母さん、元気? あのね、サンダ組のヤクザに絡まれて迷惑料1000万円を請求されちゃったの。助けてくれる?」
私の言葉を聞いて、有沙さんはびっくりしていた。
「分かったわ。でも、どうしてそんなことになったの?」
「梨子の誕生日に食事に来たんだけど、そこにサンダ組所属のママ友がいたの。芋天ぷらばかり食べていたら貧乏で迷惑だから、迷惑料払ってって言われたの」
「そうなの。大変だったわね。今すぐお金を持っていくからね」
有沙さんはニヤニヤし始めていた。こいつの実家、実はお金あるの? 本当に1000万円入るの? ラッキーだわ、と言いたそうな顔をしていた。
「有沙さん、今から母が迷惑料を持ってきます。少し待っていてください」
他の客たちがざわついていたが、有沙さんは気にせずニヤニヤしていた。梨子はもう食べるのをやめて俯いてしまっていた。ごめんね。でも、もうすぐ終わるからね、と私は思った。
しばらくして、私の母がやってきた。盃の人たちと一緒に。
「こっちよ、お母さん」
有沙さんは驚いた顔をして立ち上がった。
「え、どうして? 盃、なんでこんなところに?」
「お母さん、迷惑料が欲しい有沙さんよ。有沙さん、こちら私の母です」
有沙さんは真っ青な顔をしていた。そう、私はサンダ組の盃の娘なのだ。そして、もちろん母は盃だ。
「有沙、あんたがミキに迷惑料を請求したのかい?」
「え? えっと、その…ミキさんがお嬢様だとは思ってなかったというか…」
「そうよ。娘の食べるものが貧乏人の食べ物だって言って、貧乏人にはいてほしくないから迷惑料払えって言うの」
「そうかい。そうかい。ほれ、お望みの迷惑料1000万だよ。娘のミキが世話をかけたね」
母は有沙さんに1000万円の札束が入った袋を渡した。有沙さんはビクッとして、袋をさっと机の上に置いた。そして、それ以上触ろうとしなかった。私は改めて母の方を向いた。
「ねえ、サンダ組のヤクザって、一般の人やお店に迷惑をかけるものなの?」
「いや、サンダ組は一般の皆さんにはご迷惑はかけしないよ。そいつらはどうやら、サンダ組じゃないみたいだね」
有沙さんが目を見開いて母を見た。
「あんたとあんたの夫は、破門だよ。1000万円持って、さっさと帰りな」
「え、いや、破門だけはやめてください。勘違いだったんです」
有沙さんの声は、もうほとんど悲鳴みたいだった。
「何を勘違いしたんだい?」
母は淡々とした低い声で続ける。
「ミキさんがお嬢さんだって本当に知らなくて…何でもしますので、どうか破門だけは勘弁してください」
有沙さんは泣きながら床に土下座していた。周りのお客さんと店員は引いている。
「いや、だめだ。一般の皆さんに迷惑をかけて、さらにミキをないがしろにするような奴らは要らないよ。さっさとお帰り。何度も言わせるんじゃないよ」
「そ、そんな…どうかお許しを…」
「許すわけないだろう」
顔を青くする有沙さんと有沙さんの娘。母はこちらに向き直ると、
「さ、仕切り直して、美味しいもんでも食べようかね」
とても優しい顔で言ってくれた。そして、こっそり様子を見ていた店の店長に向かって、
「店長さん、迷惑をかけてすまなかったね。後で筋は通させてもらうよ」
と言った。店長は緊張した面持ちで頷いた。
有沙さんはがっくり肩を落とし、この世の終わりのような顔をしていた。まだ事情を飲み込めない有沙さんの娘は、
「お母さん、あのたくさんのお金は?」
「バカ。大人しく帰るんだよ。そのお金に手をつけたら、私たち本当におしまいだよ」
と名残惜しそうに1000万円を見ながら帰っていった。お客さんと店員さんたちは、ほっとしたような顔をして食事に戻った。
こうして、娘と私に笑顔が戻り、夜には夫も帰ってきて、幸せな誕生日を過ごしたのだった。
――2日後、私は困っていた。どうしよう。店長が来ない。パートの時間になっても店長が来ないため、不安を感じていた。店長は寝坊するようなタイプではない。何か病気や事故があったのではないかと嫌なことを考えてしまう。その時、スーパーで共同使用している車両のスマホの着信音が流れた。見ると、店長から電話が来ていた。
「はい。もしもし。店長、どうしたんですか?」
私は電話に出てみたが、答えはなかった。ただ、誰かが動く音がかすかに聞こえた。
「店長、店長ですよね。どうしたんですか? 何かあったんですか?」
一向に答えはない。どうしようかと考えていると、電話口から数人の声が聞こえてきた。
「契約通り、こいつを攫ってきたぞ。報酬を早くくれ」
「そうだな。ただ、もう少し待て。俺たちがこいつを救うところを盃に見てもらわなきゃならねえ。そうしないと破門は解けないんだからな」
「本当にこれでうまくいくのかな?」
「うるさい。お前がやったことだろうが。俺たちにはこれしかないんだ」
私はなんとなく状況を察した。破門にされた有沙が、私のパート先のスーパーの店長を攫ったようだ。自分たちが助けて私に恩を売るという表現を考えたらしい。それで母に破門を解いてもらおうとしているみたいだ。
何も関係ない店長に迷惑をかけるなんて。店長はとてもいい人だから巻き込みたくない。私は怒りに震えた。店長は有沙さんたちの目を盗んで電話をかけ、自分の状況を伝えようとしているようだ。表現だから、危害を加えられるようなことはなさそうだ。だけど、それでも怖い思いをしているに違いない。GPSで店長のスマホの位置を確認すると、街外れの廃墟ビルにいるようだった。居場所が分かったなら、早く助けに行かないと。
私はスマホに向かって、「店長、ごめんなさい。すぐ助けに行きますね」と力強く言った。そして、すぐ母に電話した。
「もしもし。お母さん。この間破門した有沙さんたちが、パート先の店長を誘拐したみたいなの。場所は分かってるから、協力してくれる?」
「いいけど。どういうことなんだい?」
「この間の破門をどうしても解いてもらいたいみたい。店長を攫って助ける表現で私に恩を売ろうとしているみたいなの」
「はあ。いかにもアホの考えそうなことだね。分かった。すぐ向かうよ」
母と合流した私は、街外れの廃墟となっているビルに来た。誇りっぽくて、あまり気持ちのいい場所ではない。巻き込まれた店長には悪いことをしてしまったなと思った。
「どうしよう。ここにいるのは分かるんだけど、具体的にどこにいるのかな」
「うーん。下手に攻め込んじまうと、店長さんとやらを人質に取られる可能性があるね。どうにか場所を特定できればいいんだけど」
「私、行ってくる」
「ちょっと待った。行くって、どこにだい?」
「私がお店を取るわ。スマホで電話をつなぐから、状況は分かると思う。後ろからこっそりついてきて」
「こら。あんた、そんな危ないことしたら…」
「何も関係のない店長を巻き込むなんて許せない。私が迷惑をかけちゃったんだから、私が行ってくるのが筋だと思う」
母はそれ以上、何も言ってこなかった。私は母に電話をかけ、そのままの状態でボロボロのビルの入り口へ向かった。
「今、1階にいる。物音が全くしないから、誰もいないと思う」
ひそひそ声で母に実況を始めた。誰もいないなら用はないので、そのまま階段をゆっくり、音を立てないように上がっていく。
「2階に着いた。ここも人がいなさそう」
そのまま3階に上がろうとして、小さく声が聞こえることに気がついた。
「もううんざりだよ。あんたバカじゃないの? 盃にこいつを攫ってきたことをどうやって知らせるか考えてないなんて」
「うるせえ。時間がなかったんだよ。お前、こいつの写真を撮れ。撮ったら盃に送れ」
有沙さんの夫が雇われの男に店長の写真を撮るよう指示を出す。
「おお。じゃあ、盃の連絡先を教えろ」
雇われの男が言うと、有沙さんが遮った。
「バカ。盃はこんな男のこと知らないよ。それより、お嬢の方に連絡しな」
どうやら有沙さんは、店長を人質に取られないように頑張るから探しに来て、と言いたいらしい。私はスマホをそのままにして、声のする方へ走っていった。そこは角部屋だった。昔は小さな会議室として使われていたようだった。
「あなたたち、こんなことをして何になるの?」
突然現れた私に、犯人たちは目を白黒させていた。
「あんた、なんでここにいんの?」
「うるさい。そんなのどうでもいい。それより、店長は関係ないでしょ」
すると有沙さんはニヤニヤし始めた。
「うーん。それはどうかな?」
「あなたたちの企みは分かってるのよ。破門を解いてもらおうって言うんでしょ?」
有沙さんたちは少し驚いた顔をした。
「でも、店長のような無関係な人間を巻き込むなんて許せない。代わりに私が捕まれることにする。私を身代わりにして」
「え? あんたが捕まれるって、何考えてんの?」
「私を攫ったことにして助ければ、母に直接恩が売れるでしょ。それで破門を解いてもらうなりなんなりすればいいじゃない」
「確かになあ。おい、お前、こいつを縛れ」
「娘と連絡つかなくなれば、盃も攫われたことに気づくだろうよ」
「ああ、わけわかんねえ。最初と話が違うじゃねえか」
「状況が変わったんだよ。俺たちがサンダ組に戻れた暁には、報酬は弾むからよ」
報酬は弾むという言葉を聞いた雇われの男は、しぶしぶ動き始めた。男は私に向かって低い声で言った。
「大人しく腕を後ろに回せ」
その時――
「そこまでだよ、あんたたち」
母が飛び込んできた。後ろには、いつの間に呼んだのか盃が何人か来ていた。
「え、盃? お前はサンダ組じゃないんだから、盃と呼ばれる筋合いはないよ。うちの娘と一般の方に何をしてくれてるんだ?」
母はズカズカと有沙さんに詰め寄って、肩を掴んだ。
「表現で破門を解くだ。バカバカしい。お前たちは埋めちまうよ」
「え? そんな…なんで知っていらっしゃるんですか? じゃなくて、命だけは…。私たちは王城さんを攫ったわけではなくて…いや、もう破門は解かなくて大丈夫ですから、命だけは助けてください」
有沙さん夫婦は真っ青になっていた。
「はっ、そんな言い訳しないよ。私は全部知ってるんだ。おい、お前たち」
母が呼ぶと、盃の人たちが有沙夫婦をビルの外に連れ出しにかかった。二人はわあわあ喚いていたが、容赦はなかった。雇われの男は必死に自己弁護していた。会話の内容から、雇われの男は今回の表現にあまり関与していなかったみたいだった。なので、そのまま帰ってもらうことにした。
「お母さん、助かった。本当にありがとう」
「あんた、頑張ったね。前より度胸がついたじゃないか」
「だって、一般の人を巻き込んだり、娘を巻き込んだりしてきた人たちだもの」
「そうか。あんたが立派に育ってよかったよ。一般の男の元にいた時はどうなることかと思ったが」
一方で、有沙さんは揃って埋められたらしい。どこに埋めたかは分からないので、当分娘は夏休みには山ではなく海に連れて行く。残された有沙さんの娘は、施設に預けられることになったらしい。ちなみに、店長は誘拐後すぐに目覚めて、スマホでお店の人に助けを求めようとしたようだ。ナイス判断だ。だけど、後で店長は首をかしげていた。
「そういえば、なんで100番通報しなかったんだろう?」
最近、店長は私がいると少し居心地悪そうにしている気がするけど、それはここだけの話だ。学校も、教壇を振り回すボス猿がいなくなり、みんなほっとしていた。もちろん、助けてくれた母にも感謝している。今回の事件は、母の助けなくしては解決することができなかった。母の日のプレゼントは、いつもより気合いを入れたものにする予定だ。
こうして私たち一家には平和が訪れ、その素晴らしさを噛みしめたのだった。



