会議室の空気が凍りついた。金が入ったから、お前はもういい。会社と嫁を引き継ぐ。社員たちが息を飲むのが分かった。誰かが小さく驚きの声をもらす。私は全身の血が引くのを感じた。一度会っただけの、感情も知らない女性に、勝手に会社を売られるとは思ってもみなかったのだ。
「さえさん」
社員の一人が私の名前を呼ぶ。混乱と絶望に突き落とされた私を正気に戻す声だった。私は勢いよく顔を上げ、社員たちを見た。全員、付き合いの長い社員だ。名前も年齢も、誰がどういう人間かも、しっかり把握している。私にとって大切な仲間だった。その人たちが、学ぶと知らない女性のせいで困っている。このまま放置することはできない。私は、あの二人と戦う。心の中に希望の光が灯るのを感じた。
私の名前は村田さえ。五十二歳の兼業主婦だ。私は少しだけ勉強が得意で、特に数学が好きだった。経営に興味を持った私は地方の国立大学で経営学を専攻。在学中に中小企業診断士の一次試験を突破し、優秀だと周りから褒められた。大学卒業後、中のコンサルティング会社に就職。そこで私は財務分析と顧客接触を担当していた。車内では「数字に強い人」という認識を持たれていて、そこそこ評価されていたと思う。しかし仕事はできてもプライベートはパッとしなかった。ずっと勉強ばかりしてきたせいで男性との交際経験は皆無だった。
学ぶと出会ったのは二十七歳の時だ。私が務めていた会社が主催した異業種交流会で彼と同じテーブルになり、なんとなく会話を交わした。学ぶは建設会社の営業マンだった。私は社外の人間と交流する機会が少なく、コミュニケーション能力はお世辞にも高いとは言えない。そんな私とは対照的に、学ぶは弁が立ち、場を盛り上げる人なつっこさがあった。明るくて行動力のある素敵な人だ。気づかないうちに私は彼に惹かれていった。交流会終了後、勇気を出して連絡先を交換した。帰り道、高鳴る胸を抑えながら自宅へ戻る。もしかしてこれが恋なの? 一人きりの部屋の中で小さくつぶやいた。口にした瞬間、顔が一気に熱くなった。間違いなく私は学ぶに惚れている。人生で初めての経験だった。
戸惑いつつも私は徐々に学ぶと距離を縮めていく。自分から連絡するのはかなり勇気が必要だったが、不器用なやり方ながら私なりに頑張って彼と仲良くなっていった。学ぶも私に好意を抱いていたようだ。出会って二ヶ月もする頃には彼の方から誘いの連絡をよすようになる。そして半年後、「ねえ。俺たち付き合わない? 」彼の言葉に天にも登る気持ちになったことを覚えている。そして始まった彼との交際はとても楽しい毎日だった。彼は私が持っている資格や知識を素直に褒めてくれる。「さえって本当にすごいよな。俺、数字はどうしても苦手でさ」「そんな私なんて大したことないわよ」「実は俺、いつか自分の会社を持ちたいんだ。今、夢を叶えるために準備を進めているところでさ」突然の告白に私は驚きで目を丸くした。学ぶは普通のサラリーマンで、そんな大きな夢を持っているとは思わなかったのだ。「その際には将来、俺の会社を手伝って欲しいんだ」「それってもしかしてプロポーズ? 」私の指摘に学ぶは照れ臭そうに頭を描く。「ああ、まあそういうことになるな。ごめん。なんか流れで言っちゃった」その後ほどなくして学ぶは改めて私にプロポーズしてくれた。差し出された婚約指輪を嬉し涙を流しながら受け取った。
結婚したのは三十歳の誕生日を迎えた直後。両親も会社の人も私が結婚できるとは思っていなかったらしい。「おめでとう。しかしまさかお前が結婚するとはな」「学ぶさんと仲良くやるのよ」結婚式の時、嬉しそうにそう言った両親の顔は一生忘れないだろう。その後、学ぶと私は二人暮らしができる広さのマンションへ越した。会社設立の夢を叶えるために頑張って節約しつつ働いて資金を貯めなければならない。「お金だけじゃなくて人脈も必要になってくるな。会社を作ってもすぐに仕事が舞い込んでくるわけじゃない」「そうね。でも私の仕事は人と関わることが少なくて」「そこら辺は俺に任せてくれ。営業マンだからさ」私たちは協力して会社設立のための準備をコツコツと進めていった。
そんな中、生活に大きな変化が訪れる。私が三十四歳の時、妊娠が発覚したのだ。「俺たちの会社の二代目社長だな」「もうまだ生まれてないし、会社も作ってないじゃない。気が早すぎよ」日々大きくなるお腹を撫でながら学ぶは嬉しそうに笑う。子供は予定日ぴったりに生まれた。元気な男の子で「あ」と名付ける。二人で考えた大切な名前だ。あを産んだ後、私はすぐに仕事復帰するはずだった。ところが妊娠と出産で消耗した体はなかなか元に戻らない。頻繁に体調を崩すようになり、会社を休みがちになった。「これじゃ会社の設立資金は愚か、生活費を稼ぐのもままならないわ」焦りを抱きつつ体の回復とあの育児に専念する。学ぶは働けない私の分まで頑張って稼いでいるため家事や子育てはできない。努力の甲斐もあり、私の体は徐々にではあるが回復していく。三十八歳になる頃には問題なく会社で働けるようになった。あは日々大きくなっていく。学ぶと一緒に成長を見守りながら私たちの夢を本格的に動かし始めた。
会社を始めるには手持ちの資金が心もとなかった。私は実家へ赴き両親に相談する。父が昔から株をやっていて、多少の貯金はあるのだ。「そうだなあ。三百万円で足りるか」「三百万円も十分すぎます。お父さんありがとうございます」「礼はいらんよ。がっつり稼いで倍にして返してくれればそれでいい」冗談めかした父の言葉に私と学ぶは大きな笑い声で返す。今思うとこの時が一番幸せだった。父から貸してもらった三百万円を使い、私たちは会社を設立する。私が四十一歳の誕生日を迎えた直後のことだ。
それから時は流れ、私は五十二歳になった。会社は順調に成長し、社員も増えた。私は経理と総務を担当し、学ぶは社長として営業中心に動いていた。あももう大学生だ。私は充実した日々を送っていた。しかし、その平穏な日常は突然崩れ去る。あの日、会議室に呼び出された私は、学ぶと見知らぬ女性。彩佳が並んで座っていた。そして学ぶが紡いだ言葉が冒頭のものだ。
私は自宅に戻り、ソファに深く座り込んだ。頭の中は混乱している。しかし、私は決して打ちのめされてはいなかった。むしろ、冷静に状況を分析していた。私は長年、この会社を支えてきた。財務も、顧客関係も、すべて把握している。そして何より、私は社員たちの信頼を得ている。彩佳が会社を乗っ取ったとしても、すぐに経営が回るはずがない。私は、これからどう動くべきかを考え始めた。
まず、私は弁護士に相談した。この件は法的に争えるのか。株式譲渡の手続きに問題はなかったのか。弁護士は、私の署名や押印に瑕疵がある可能性を指摘した。私は三文判を押していたのだ。学ぶが私の実印と三文判をすり替えていた可能性が高い。私はすぐに、その三文判が私のものであることを証明するための手続きを進めた。そして、もう一つ。私は長年、密かに計画していたことがある。それが、新会社の設立だ。私は学ぶに会社を任せきりにせず、いずれは独立しようと考えていたのだ。そのための資金も準備していた。今こそ、その計画を実行に移す時だ。
私は社員たちに、新会社設立の計画を打ち明けた。すると、全員が私について来ると言ってくれた。「さえさんがいるからこの会社は成り立っている。あなたがいなくなれば会社はいずれ潰れるでしょう。ここに残るという選択肢は最初から私たちの中にはないんですよ」私は感動で胸が熱くなった。そして、私は動き出した。新会社の設立準備を進めながら、取引先にも新会社での取引を打診した。多くの取引先が、私との関係を維持したいと言ってくれた。私は、学ぶと彩佳に会社を乗っ取られたが、実際に失ったものは何もなかったのだ。むしろ、新しい一歩を踏み出すチャンスを得たと言える。
退職の日。私は会社のロッカーに忘れ物を取りに行った。すると、そこで学ぶと彩佳に遭遇した。「お前が何かやったんでしょう?

」二人は私を問い詰める。社員たちが一斉に辞職したのだ。私は静かに言った。「社員の意思よ。彼らは自らの意思で会社を去ると決めたの。私には関係ないわ」すると、社員たちが私の前に立ちはだかった。「さえさんの言う通りです。退職の自由は法律で認められた権利ですよ」「全員さえさんについて行くと決めただけです」学ぶと彩佳は顔色を変えた。私はロッカーからハンカチを取り出すと、その場を後にした。
それから数日後、学ぶから連絡があった。株式譲渡の件で全面的な法廷闘争は避けたい、代金を払うから和解してくれ、という内容だった。私は応じた。正式な手続きを踏んで、株式を買い戻すことになった。そして、私は離婚届を学ぶに差し出した。「私が話したいことはこれよ」学ぶは動揺したが、最終的にはサインした。さらに私は、浮気の剣で慰謝料請求もした。彩佳は両親に見捨てられ、財産も失っていた。学ぶもまた、会社を失い、借金だけが残った。私は全てを清算し、新たなスタートを切った。
あれから一年後、新会社は黒字決算を迎えた。あは大学で経営学を学びながら、私の会社を手伝っている。「ねえ、母さん。大学卒業したら、母さんの会社に入社するからね」「気が早いわね。でも任せておいて」私は笑顔で答えた。学ぶと彩佳がどうなったかは、もうどうでもよかった。私は今、自分の力で、自分の信頼で築いた会社を経営している。社員たちも、取引先も、みんな私を信頼してついてきてくれている。私はもう、二度と誰かに人生を狂わされることはない。私は自由だ。


