病院から一本の電話が入り、私はすべてを失った。
「落ち着いてください。先ほど旦那さんが緊急搬送されました。すぐに病院へ来てください」
電話の向こうの看護師が告げた名前を聞いた瞬間、私は絶句した。だって私は独身だ。結婚したこともないし、恋人すらいない。でも、病院が私のフルネームを知っていた。確かに間違い電話ではないのだ。
「今すぐ行きます」とだけ伝え、私は家を飛び出した。
遡ること数ヶ月前。私は営業部で働いていた。転職してから成績も良く、上司にも期待されていた。仕事が楽しくて充実した毎日だった。唯一の悩みは取引先の担当者・山崎さんだった。彼はやたらと私を食事に誘ってくる。しかも私の好物まで把握している。気味が悪いと思いつつも、前任の宮田先輩から「山崎さんは悪い人じゃないけど気をつけて」と言われていた。先輩の言う通り、一度食事に行くとしつこく誘われるらしい。なんとか避けてはいたが、彼のストーカーじみた行動はエスカレートしていた。
あの日、病院に駆け込むと、そこには山崎さんが横たわっていた。そして彼の隣のベッドには、なんと私の同期・伊藤さえ子がいた。二人は揃って顔色が悪い。状況が全く理解できない。山崎さんが言うには、さえ子と食事中に集団食中毒に巻き込まれたらしい。だが、なぜこの二人が一緒にいるのか。
山崎さんは観念したように話し始めた。さえ子は宮田先輩に恋慕していたが、振り向いてもらえない。その嫉妬から、同じチームの私に嫌がらせをしていたらしい。私の付箋を隠したり、マグカップを割ったり。そして山崎さんに協力させて、私と仲を深めさせようとしたのだ。私を宮田先輩から遠ざけるために。
呆れた。そんな理由でストーカー被害に遭っていたのか。
さらに、山崎さんの会社に対する態度が悪いのも、彼が会社役員の息子だからだと分かった。警察の調査で、山崎さんが私の後をつけていたことも判明した。あの帰り道に感じていた視線は、これだったのか。さえ子も親のコネで入社していたことが発覚し、ストーカー加担と窃盗で自主退職に追い込まれた。一連の騒動はようやく終わった。
宮田先輩は私に弁護士を紹介してくれ、慰謝料を請求した。さえ子は引っ越して行方不明。山崎さんは逮捕された。
そんなある日、私は宮田先輩とカフェで話していた。先輩はもうすぐ結婚する。相手は私の幼馴染みだ。去年、私と幼馴染みが飲んでいた時に宮田先輩と偶然会い、先輩が一目惚れしたのだ。私は二人の後押しをして、結婚が決まった。先輩は私を気遣って「新居に防犯カメラつけたよ」と笑った。あの事件以来、私を心配してくれているのだ。優しい人だと思う。
先輩と別れ、私は美容室へ向かった。明日はお世話になった二人の結婚式だ。気分を変えて髪をばっさり切ろう。そう思ってカタログを見ていると、突然スマホが鳴った。家に置いてあった夫の携帯だった。私には夫がいる。結婚して二十年になる夫・大輔が。娘が生まれてすぐに病気が発覚し、余命わずかと言われた。それでも娘は懸命に生きた。十五年間、笑顔を絶やさずに。五年前、娘は息を引き取った。私は娘との時間を大切に生きてきた。それが今の私の人生だ。
呼び出し画面には義母の名前。私は夫の代わりに電話に出た。
「あなた何してるのよ!今日は娘の晴れ舞台でしょ!父親が娘の結婚式に遅れてくるつもり?」
義母の言葉に、私は耳を疑った。娘?私たちの娘は五年前に亡くなったはずだ。その時、電話口から若い女性の声が聞こえてきた。
「おばあちゃん、お父さんまだ?」
その声に、私は頭が真っ白になった。
夫・大輔は、結婚する前から不倫をしていた。しかもその相手との間にも娘がいた。その娘は、私たちの亡き娘と同い年。そして今日、その娘が結婚式を挙げる日だったのだ。大輔は私たちの娘が生まれてから「仕事が忙しい」と言って、家に帰らない日が増えた。出張と称して何日も家を開けた。私は一人で娘の介護をしていた。初めての子育てに加え、病弱な娘の世話は想像以上に大変だった。それでも大輔は私たち家族のために働いてくれているのだと信じていた。それが、すべて裏切られていたのだ。
私が娘の介護に追われる間、大輔は浮気相手と優雅に過ごしていた。そして義母もそれを容認し、向こうの家庭に援助までしていた。義母は病弱な孫娘を疎んでいた。私のことも嫌っていた。だから、娘のお見舞いに来たのは数回だけ。いつも気にかけてくれたのは義父だった。
全てを打ち明けた後、大輔と義母は吹っ切れたように言い放った。
「もうこんな女、別れなさいよ!せっかくの娘の結婚式が台無しになったじゃない!」
「本当に母さんの言う通りだ。俺は今日をずっと待っていたのに。こいつのせいで最悪な日になった。それで俺ら、別れるよな。てか、もう別れろよ。慰謝料なら払ってやるから」
この期に及んで上から目線の二人に、私は開いた口が塞がらなかった。不倫をしていたこと。隠し子がいたこと。亡くなった娘を踏みにじったこと。その上で離婚しろと命令するのか。私は何も言わず、荷物をまとめて家を出た。
私は弁護士を立て、離婚届を提出した。そして、あの日の会話を録音していた。義父と大輔の会社にその音声を送り付けた。義父は駆けつけてくれた。
「家庭にもっと目を向けるべきだった。あなたには本当に辛い思いをさせた。申し訳なかった」
義父は大輔に絶縁を言い渡し、妻とも離婚した。大輔は義父の会社を解雇された。自由を失った二人は、逆恨みして私の家に押しかけてきた。しかし私はすでに引っ越していた。他人の家の前で暴れた二人は警察に連行された。後日、さらに彼らは浮気相手の娘にすがったが、「お金のない人には用はありません」と切り捨てられた。娘にも見放され、二人は孤立した。
私は義父の紹介で系列会社に再就職した。娘の医療費を稼ぐために資格を取っていたおかげで、いつでも働ける状態だった。義父は私に十分な給料をもらえる仕事を与えてくれた。
「こちらこそ、あなたには申し訳ないことをした。私にとって唯一の孫娘を産んでくれたあなたに感謝している。あなたは私の大切な家族だ」
義父の温かい言葉に、私は涙が止まらなかった。娘は確かに五年前に亡くなった。でも、娘のおかげで悪い縁は絶たれた。今でも私を家族と思ってくれている人がいる。娘が繋いでくれた縁だ。
本当に娘に出会えてよかった。生まれてきてくれてありがとう。これからも、一緒に新しい人生を歩んでいこう。



