宴会場は真っ暗だった。クロスのかかったテーブルに、皿もグラスもない。招待客は一人もいない。私、柏木未玲は、兄の結婚式に遅れて到着した。飛行機が遅れたのだ。受付の女性は、顔を見るなり奥へ走っていった。代わりに現れたのは、式場の担当者だった。「柏木未玲様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」
その言い方は、案内の言葉ではなかった。
「兄はどこですか?」「2階の新郎控え室にいらっしゃいます。本日の挙式と披露宴は、朝のうちに取りやめのご連絡をいただいております」
兄は、白いタキシード姿で、一人きりで椅子に座っていた。両手を膝に置き、まっすぐ前を見ていた。目だけが赤い。
「来ないって。結婚も式も、全部ドッキリだったって」
私は携帯電話の画面に映る動画を見た。あの家の座敷で、兄のことを「身のほど知らず」と笑う声。それを「ドッキリ大成功」と喜ぶ家族の顔。私はその光景を、頭が冷える思いで見つめた。
父と母は23年前、事故で亡くなった。私は12歳、兄は20歳だった。葬儀の日、親戚が「下の子は施設も考えた方が」と話すのを聞いた。すると、兄が言った。「僕が育てます」。兄は大学を辞め、朝は倉庫、夜は居酒屋で働いた。口癖は「金の心配はするな。お前は勉強しろ」だった。
私は化粧品会社を作り、大きくした。社員は4000人を超える。だが、兄にはずっと何も言わなかった。「海外で美容関係の仕事をしている」とだけ伝えていた。兄が、勤めている会社の取引銀行で、金を借りた日のことは、話題にしなかった。兄が連帯保証人になってくれたことも、知らないふりをしていた。
兄の結婚相手は、園部えりさん。実家が銀行だという。東亜中央銀行。うちのグループが最も多くの金を預けている銀行の名前だった。兄は、「俺は妹から金をもらうために育てたんじゃない」と言って、私の援助を全部断る人だ。だから、言えなかった。私の会社の金が、あの銀行に300億もあることを。
あの家は、兄の苗字を消そうとし、勤め先を変えさせようとし、招待客の名簿を捨てた。兄が定規で線を引いて書いた、25人の名簿を。私は、その話を聞くたび、兄に「一緒じゃないよ」と言ったが、兄はいつも同じだった。エリさんを守ろうとして、自分は何も言わない。
そして、式の前日。私は飛行機に乗り遅れた。機材の到着が遅れ、便が翌朝に変更になった。羽田に着いたのは、9時45分。ここからタクシーで40分。式は11時から。兄は9時から着替えているはずだ。私はタクシーの中で、兄に電話をかけた。二回かけたが、出なかった。きっと、支度で忙しいのだと思った。
ホテルのロビーには、誰もいなかった。受付の台はあるのに、人がいない。そして、控え室のドアを開けた時、すべてを悟った。
兄は、一人で座っていた。
「お前が来るだろ。来た時に誰もいなかったら、お前が俺を探すと思って」兄は、一時間、そのために椅子に座っていたのだ。私は、兄の腕を掴んで言った。「恥ずかしいのは、お兄ちゃんじゃない。こんなことをして、みんなで笑って、動画に撮って送りつけてきた、あの人たちでしょ」
「でも俺は、あの家に釣り合わなかった」「釣り合いなんて、あの人たちが持ち出しただけだよ」
その時、ドアが開いた。ノックもなく、その辺一さんと正子さんが入ってきた。続いて克彦さんも。確かめに来たのだ。兄がどんな顔をしているのか。「まだいたのか」「本日はありがとうございました」兄は立ち上がり、頭を下げた。
正子さんが私を見た。「あなたが妹さん。まあ、お兄さんに似ていらっしゃらないのね。海外で美容のお仕事でしたっけ。まあ、お兄さんと2人で、身の丈にあった相手を探してくださいね。ああ、そのタキシード、お返しくださいね。うちが仕立てたものですから。クリーニングに出してからで結構よ」
私は、その時、自分の中で音がしたのを覚えている。何かが折れる音ではない。何かが決まる音だった。私は、のこの3人に、これ以上の言葉を受ける気はなかった。兄が、また頭を下げようとした時、私は言った。「お兄ちゃん、もういいよ。立ってないよ。1つも」
私は、その辺一さんを見た。「1つだけ伺ってもいいですか。そちらの銀行は東亜中央銀行でしたよね」一さんは、得意そうな顔をした。「ああ、私が会長だ」「本店は、駅前のあの白い建物ですか」「そうだ。よく知っているね」「はい、知っています」
私は窓の方を向いて、携帯電話を出した。宇野に電話をかける。財務の責任者だ。二回目の呼び出し音で、彼は出た。「会長、お式は終わりましたか?」「始まらなかったけど」「はい」「宇野さん、東和中央銀行に置いている資金、今いくら?」「グループ全体で298億4000万円です」「じゃあ、全部解約で。給与振り込みも決済口座も、全部こっちへ移して。海外法人分も含めて、取引の関係を全部見直して。実行日は今日。決めたのが今日だってことだけ、向こうに強く伝わればいい」
私は、電話を切って振り返った。部屋の空気が変わっていた。一さんが私を見ていた。「何の話だ、それは?」「うちの会社のお金の話です」「うちの会社?」
私は、鞄から名刺入れを取り出した。一枚抜いて、一さんの前にテーブルに置いた。ミレイビューティグループ創業者、グループ会長、柏木未玲。一さんは、それを見なかった。勝彦さんが声を出した。「ミレイビューティグループ…」その名前は、勝彦さんが毎月見ているはずだ。法人の残高の一覧で、一番上に並ぶ名前だ。ただし、代表者の名前の欄はない。この人は、名前を見ないまま、毎月その行を通りすぎていたのだ。
「なぜだ。なぜうちに300億も置いている?」「なぜか。それが今日、一番まともな質問ですね」私は、椅子に置いていた鞄をもう一度開けた。茶色い封筒を取り出す。角が潰れた、10年分の封筒だ。引き出しの奥に立っていた封筒。テーブルの上に置き、封を切った。中から出てきたのは、紙が2枚。
一枚目は、10年前の金銭消費貸借契約書の写し。株式会社ミレイ、貸主、東亜中央銀行。金額、1000万円。二枚目は、連帯保証についての確認書。連帯保証人の欄に、名前が書いてある。柏木琢磨。その横に、丸い印が一つ。実印だ。役所に届け出た、一生に一つの判。
「25歳の時、私は会社を作りました。手元の金は300万円。運転資金が1000万円足りませんでした。銀行を7つ回って、7つとも断られました。実績がない。担保がない。25歳の女だと。8つ目が、そちらの銀行でした。年金を、兄の勤め先の取引銀行だったからです。兄は、窓口に通う普通の会社員でした。その兄が、連帯保証人になりました。『お前が返せなかったら、俺が働いて返す。それだけの話だ』と」
「ではなぜ、置いていたんだ?」「兄が保証人になった銀行だからです。私は10年間、その1点だけで、そちらの銀行を切りませんでした。数字では3年前に答えが出ていました。それでも切らなかったのは、私の勝手な感情です。会社の金を預ける先を、私は10年、感情で決めていました。それは経営者として、間違いでした。ですが、今日、その感情の方が先に終わりました。私の会社の金を預け続けるには、そちらの銀行は信用できません。人を見る目がない銀行に、国内1200人の給料の振り込みを任せられません」
一さんは、何も言えなかった。「身の丈を測り違えたのは、うちの兄ではありません。そちらの銀行の方です。人を見る商売の会社に、人を見る目がない。それが、私が取引をやめる理由です」
そして、私は、あの家の本当の姿を、えりさんの口から知った。兄は、破談の相手ですらなかった。鈴木家という別の家に見せるための、証明書だった。うちはこういう男を、こう片付けますという証明を、鈴木家に見せるために、あの座敷の映像は撮られたのだ。だから、7月に名簿が捨てられていた。当日まで進めたのは、当日まで進めないと絵にならなかったからだ。兄が朝の9時から、誰も来ない控え室に座っていたのは、その証明書の背景だったのだ。
私は、震える手で、それでも声は冷静に言った。「まとめさせていただきます。この度の件で、ミレイビューティグループは、東亜中央銀行との取引を全て終了します。2、自分の身の丈を測り違えたのは、そちらの銀行の方です。3、私は、そちらの銀行に潰れて欲しいとは思っていません。あの銀行には、10年前に私の話を最後まで聞いた人がいます。取引をしている支店には、8月に変わったばかりの若い担当がいます。その人たちに何かをするつもりは、1つもありません。私は、経営陣を信用していないだけです」
私は、その場を立ち去ろうとした。扉の外では、成沢さんという、その銀行の専務が、泣きそうな顔で頭を下げていた。10年前に、私の計画書を最後まで読んでくれた人だ。
そして、兄は、あの日から何も変わっていない。迷和の資材課で、今も朝一番に倉庫を開けている。私が「うちのグループ来る?」と聞くと、兄は笑って「やだ。妹の七光って言われるだろう」と言った。「私の方が、兄の七光なんだけどね」私がそう言うと、兄は吹き出した。私も笑った。
兄は、あの白いタキシードの下で、私が前の年の誕生日に送った、あの靴を履いていた。あの家が用意したものの下で、そこだけが兄のものだった。私は思った。あの人たちは、普通の会社員だった兄を笑った。22年同じ会社に務めて、人の悪口を言わず、倉庫の数が合わなければ自分で数え直す人を、格が違うと笑った。そして、私がどんな仕事をしているかを知った途端、今度は同じ人に頭を下げた。
でも、兄の価値は、何1つ変わっていない。私が300億を持っていようがいまいが、23年前から1度も変わっていない。変わったのは、それを測る人たちのものさしだけだ。
ちなみに、300億は予定通り、別の銀行へ移した。ここだけは、ドッキリではありません。


