「弱小企業は消えろ。うちはいらんから、今月末で契約終了だ」…

「弱小企業は消えろ。うちはいらんから、今月末で契約終了だ」...

契約更新の話を切り出した瞬間、新部長は私の説明を遮った。
「弱小企業は消えろ。うちはお前のような会社とはもう付き合わない」

5年間、安い特許使用料で供給を続けてきた相手からの、一方的な通告だった。
この男は知らない。私の特許反動体が、あらゆる家電製品に組み込まれていることを。そして、それが代替不可能なものであることを。

私は稲村、45歳。家電用の反動体を製造する小さな工場を経営しながら、技術開発も手掛けている。
10年かけて開発した特許取得済みの反動体は、私の工場の生命線だ。

この特許反動体には、従来品の3倍の精度で温度変化を検知し、サイズは半分以下という、2つの優位性がある。
冷蔵庫やエアコンなど、あらゆる家電製品に組み込まれている。
工場は小規模だが、高い技術があれば大手も中小も関係なく対等に戦える。それが私の信念だ。

私の工場は、5年前から大手家電メーカーと取引をしていた。
特許取得時に発表された論文を見た、その会社の調達部長・石井氏が声をかけてくれたのがきっかけだった。
石井氏は技術者出身で、私の特許技術を深く理解し、敬意を持って接してくれた。
私はその姿勢に応えたくて、通常は売上の3%から5%が相場の特許使用料を、2%という安い価格で契約した。

しかし3ヶ月前、石井氏から電話があった。
「稲村さん、先月の株主総会で大変なことがあったんです。大株主から安定配当と効率経営への転換を強く要求され、役員は徹底的なコスト削減方針に舵を切りました。それに伴い、私は技術開発部に移動になりました」
そして、後任が財務畑出身の高山という男だと告げた。
「私の後任は高山というもので、コスト削減の実績はありますが、技術に関してはまったく詳しくありません。引き継ぎ資料には、稲村さんの特許反動体の重要性と慎重な取り扱いを書いておきましたが、正直不安です」

石井氏の不安は、そのまま私の不安でもあった。

それから1ヶ月後、新担当の高山部長が、交代の挨拶を兼ねて初めて工場を視察に来ることになった。
約束の時刻、黒塗りの高級車が工場の前に滑り込んできた。
降りてきたのは、高級スーツに身を包んだ40代後半の男。どうやら高山らしい。
私は工場前で深く一礼した。
「高山部長でいらっしゃいますね。本日はようこそおいでくださいました。早速、工場内を…」

私が言い終わる前に、高山は工場の外観を眺めて鼻で笑った。
「随分古くてボロい建物だな。まあ、こんなもんか」
その言葉は、はっきりと聞こえた。
己の高慢さで人を見下す態度に、私は怒りを通り越して呆れてしまった。
高山は目も合わせず、面倒そうに口を開く。
「来月に契約更新の商談があるんで、その時に。よろしく」
それだけ言うと、高山は車に戻り、さっさと帰ってしまった。
滞在時間、約2分。
私は呆然と立ち尽くした。5年間続いてきた信頼関係が、崩れてしまうという不安が押し寄せる。

私は顧問弁護士に電話をかけ、今後の対応を相談した。

商談の前日、石井氏から再び電話があった。
「高山が、長年取引していた部品メーカーとの契約を切って、海外の格安部品に切り替えたそうです。それで前年比5%のコストカットを実現したと、役員会で高く評価されているんです」
石井氏は声を落とした。
「今や我が社は、技術よりも数字なんです。高山は、引き継ぎ資料の技術的な内容が理解できなかったようです」
そして、苦しそうに続けた。
「私も何度も高山に直接説明しようとしました。しかし、高山は『技術の話は技術部に任せた』の一点張りで。私はもう調達部にいないので、強く言えないんです」
石井氏の声には、無力感が滲んでいた。
「高山は、中小というだけで容赦なく切り捨てる男です。技術の価値なんて関係ない。稲村さんの会社も、同じ目に遭うんじゃないかと」

私の胸に、不安が広がっていった。

そして迎えた当日。私は大手家電メーカーの本社を訪れた。
受付で案内されたものの、そこで1時間も待たされた。
嫌な予感だけが募る。
ようやく高山が現れたが、立ったまま私に言った。
「悪いが、忙しいんだ。さっさと終わらせよう」

私は落ち着いて切り出した。
「契約の更新にあたり、特許反動体について改めてご説明を」
すると高山は、私の説明を強引に遮って言った。
「特許かなんか知らんが、うちは大手だからね。技術なんてものは、いくらでも調達できるんだよ。問題はコストなんだよ」

私は資料を手に取り、続けようとする。
「この反動体は、御社の全製品ラインに組み込まれており、温度検知精度が従来品の3倍で、サイズは…」
「精度だの何だの、そんな細かいこと知るか。問題はコストなんだ。コスト」
高山の声が大きくなる。
「技術の話なんて聞く暇ないから。言っただろ、こっちは忙しいんだ。うちは、とにかく安い調達先から仕入れて、より多くの利益を生み出すんだよ。大量に安く調達できるのは大手だけだ。規模の経済を知らんのか」

その勝ち誇った様子を見て、石井氏が言った「高山は中小というだけで容赦なく切り捨てる」という言葉が思い浮かぶ。
高山は腕を組んで続けた。
「この前見たけど、随分小さくてボロい工場だったな。あんたの会社、年間どれくらいの規模なんだ?」
私は答える。
「数量で申し上げますと、年間5000万です」
すると高山は、私が言い終わる前に、あからさまな軽蔑の表情で言った。
「たった5000万? いやはや。そんな小銭しか稼げん弱小企業。うちはいらんから、消えろ。うちは年間何千億も動かしてるんだ。おたくみたいな小規模工場との契約は、今月末で終了だ」
「いえ、これは生産個数の話でして…」
「悪いが、これ以上弱小企業と付き合ってる暇はないんだよ。何回も言わせるな。もう契約終了だ」

高山はそう吐き捨てて立ち上がった。
高山は、年間5000万個という反動体の生産数を、私の会社の年間売上が5000万円だと勘違いしている。
工場が古くてボロいと嘲笑し、技術の説明を聞こうともせず、ただコストと規模だけで判断する。
「大手も中小も関係なく、技術があれば対等に戦える」という私の信念を、この男は真っ向から否定しているのだ。
こんな相手と取引を続けることに、何の意味があるのか。

私は静かに口を開いた。
「わかりました」
そして鞄から一枚の書類を取り出した。
「念のため、こちらの署名をいただけますか? これは特許契約終了の確認書です。本日、高山部長から契約終了の意向を受け、承諾した旨を記載しています」
高山は書類を一瞥し、面倒そうにサインをした。
高山のサインを見つめながら、私は心の中で誓った。二度と、技術を軽んじる者とは組まない、と。

私は書類を受け取り、一礼してその場を後にした。

工場に戻ると、従業員たちの視線が私に集まった。彼らも、この日が契約更新の日だと知っている。
私の表情を見て、皆が不安そうな顔になる。
私は何も言わず、自分の事務所に入った。
そしてすぐに顧問弁護士に電話をかけ、商談の経緯を説明した。
弁護士は私の説明を黙って聞いていたが、話が終わると即座に答えた。
「先方の署名入りで、契約終了の意思が明確です。こちらも正式に書面で承諾する形にしましょう。双方の合意があれば、契約は1ヶ月後に失効します。私から先方に特許使用契約の終了書を送付しますので、数日お待ちください」

弁護士の言葉に、私の中で何かが吹っ切れた。この取引に執着する理由はないのだ。

それからしばらくすると、石井氏から連絡が入った。
「稲村さん、私の方で高山に契約更新の経過を確認しに行きました」
石井氏は震える声で続ける。
「高山は『あんな弱小企業、当然切った』と言いました。私が、あの特許反動体は代替不可能で、全製品ラインに使われていると説明しても、まったく聞く耳を持ちません」
石井氏の声には、恐怖が滲んでいた。
「稲村さんとの契約が切れたら、私は技術開発部として代替品を探す役目を追わされるでしょう。でも、稲村さんの特許技術が代替不可能だということは、私が一番よく知っています」
石井氏の声には、絶望感すら感じられた。
「会社はこれから大変なことになります。全製品ラインが止まる。巨額の損失が出る。私にはそれが容易に想像できるのに、高山には何も見えていないんです」

私は静かに答えた。
「石井さん、あなたは十分やってくださいました。これは、高山部長自身の判断の結果です」
電話を切った後、私は深く息をついた。

私の工場の反動体生産能力は年間5000万個。これまでも他社から引き合いは何度かあったが、大手メーカー一社との取引で生産量が限界だったため、他は全て丁重にお断りしてきた。
だが、今回の件で考えが変わった。

私は、以前から何度か声をかけてくれていた国内の競合メーカーの担当者に連絡を入れた。
「実は大手家電メーカーとの契約が終了する予定になりまして、新規取引先を探しております」
相手は驚いた様子で、即座に反応した。
「本当ですか? 我が社はずっと稲村さんとの契約を切望していました。あの大手メーカーが業界トップシェアを維持できているのは、稲村さんの特許反動体があるからです。これは、業界で技術畑にいる者なら常識です」
担当者の声には興奮が滲んでいる。
「すぐにでも商談の場を設けましょう」

私は担当者と商談の日程を決め、電話を切った。
自分の技術が、業界の技術者たちに正当に評価されていることに、嬉しさが込み上げてくる。
技術があれば、元請けも下請けもない。その信念は、やはり間違っていない。

数日後、顧問弁護士から、特許使用契約の終了書を内容証明郵便で送付したという連絡を受けた。
宛先は大手メーカーの本社で、契約は1ヶ月後に失効する運びだ。

それから数日後、石井氏から電話があった。本社から契約終了の通知書が届き、高山に確認を取ったという。
「高山は『問題ない。あんな弱小企業』と答えたらしいです」
私はその報告を黙って聞いた。
その頃、私は競合メーカーとの新たな契約交渉を進めていた。先方は特許使用料について相場の3倍を提示し、次世代技術の共同開発も提案してくれた。
新しい契約に向け、順調そのものだった。

そして、大手メーカーとの契約終了まで2週間となった時点で、石井氏から緊迫した声で電話があった。
「製造部門から、特許反動体の在庫が枯渇し掛けているとの報告が上がり、高山は国内外の反動体メーカーに片っ端から問い合わせを始めたそうです」
「しかし、どのメーカーからも『同じ技術水準のものは作れない』と拒否されたとのことです」
「高山は事態の深刻さに気づき、今や完全にパニック状態です」
石井氏の声は精彩を欠き、もはや何かを諦めたようでもあった。

そして、契約終了まで1週間となった日の夕方。とうとう高山から、私の工場に直接電話がかかってきた。
「稲村さん」
声には憔悴と疲労が滲んでいた。
「頼む。契約を継続してくれないか?」

私は冷静に答えた。
「私が伺った日、高山さんは『契約終了』だと断言しました。確認書に署名も頂いているはずです」
「しかし稲村さん、代わりの業者がどこにもいないんだ。このままでは製造ラインが止まってしまう」
「それは、高山さんの判断の結果です」
「頼む。条件は見直す。2倍。いや、3倍の使用料でどうだ?」
私は即座に答えた。
「お断りします」
「じゃあ4倍だ。4倍なら文句ないだろ」
「金額の問題ではありません」
「5倍だ。5倍でも構わない。こっちは本気なんだ」

私は静かに、しかしはっきりと言う。
「高山さん、あなたは私の工場を『ボロい』と言いました。私の説明を聞こうともしませんでした。そして『弱小企業は消えろ』と。覚えていますか?」
「あ、あれは言葉が過ぎた。謝る。謝るから」
「謝罪で済む問題ではありません。私は、技術を評価していただけない企業とは取引いたしません」
「待ってくれ。あんたのような弱小企業が、うちを敵に回して業界でやっていけると思ってるのか?」
私は冷静に答えた。
「脅しですか? それならなおさら、お付き合いする理由はありませんね」

私は静かに電話を切った。

高山からの電話の2日後、再び電話が鳴った。
今度は高山ではなく、大手メーカーの代表番号からだ。
「稲村社長でいらっしゃいますか? 専務の北野と申します。明日、直接お伺いしたいのですが」

翌日の午後、工場の前に黒塗りの高級車が止まった。
運転席から降りてきたのは高山だ。さらに助手席から、別の人物が降りてくる。
年の頃は60代前半。スーツの着こなしや立ち振る舞いに、風格が漂っている。
私が工場の前に出ると、その男性は深々と頭を下げた。
「稲村社長。専務の北野と申します。突然の訪問、お許しください」

私は2人を応接室に通した。
応接室の椅子に座った北野専務は、再び深く頭を下げる。
「稲村さん。昨日、今回の件に関する一連の経緯を、関係者から聞き取りました」
北野専務は疲労した声で、本社に届いた特許契約の終了通知をきっかけに、今や社内が混乱に陥っている状況を説明した。
そして、目前に迫った会社の危機を、苦渋の声で吐き出した。
「稲村さんの特許反動体に変わる部品を製造できるメーカーは見つからず、1週間後には製品ラインが止まる見込みです」
高山は隣で、俯いたまま何も言えずにいる。
北野専務は続ける。
「石井が作成した引き継ぎ資料も確認いたしました。稲村さんの特許反動体がいかに重要で、我が社にとって不可欠であること。今更ながら理解いたしました」
北野専務の額には汗が滲んでいる。
「この度は、弊社の不手際を心よりお詫び申し上げます。なんとか契約を継続していただけないでしょうか? 特許使用料は、稲村さんの希望を添えます」

北野専務が本気で謝罪に来ていることは、十分伝わる。
しかし私は、北野専務を見据えていった。
「北野専務。金額の問題ではありません」
そして、私は高山に視線を向けた。
高山は、私の視線から逃れるように顔を背ける。
「高山さん、覚えていますか? あなたが初めて私の工場を視察に来られた時、工場の外観を眺めただけで、2分で帰られました」
「そ、それは…」
高山が口を開きかけるが、私は続ける。
「あなたは私の工場を『古くてボロい建物だな』と、はっきり聞こえる声で言われましたよね。契約更新の商談では、私は応接室で1時間待たされました。ようやく来られたと思えば、技術の説明をしようとすると、何度も遮られました」
私は淡々と言葉に重みを込める。
「高山さんは言いました。『たった5000万。そんな小銭しか稼げん弱小企業は、いらんから消えろ』と。私が訂正しようとしても、高山さんは聞く耳を持ちませんでした。ですから、私はその場で決めたんです。あなたのような方と取引するのはやめよう、と」

何も言えない高山を見て、北野専務が割って入る。
「稲村社長。それは高山の完全な落ち度です。弁解の余地もございません。石井からも聞いています。引き継ぎ資料を作成したにも関わらず、高山はほとんど目を通さなかったと」
高山が小さな声で言う。
「資料は見ました。ただ、私の頭にはコストカットしかなくて…」
「言い訳するな」
北野専務は厳しい声で高山を叱り、私に向き直る。
「稲村社長、どうか…」

私は首を横に振った。
「北野専務。これは、高山さん個人の問題だけではありません」
北野専務の表情が険しくなる。
「御社は、株主からの要求に応じて、技術よりも数字を優先する経営に舵を切られたそうですね」
私の言葉に、北野専務は息を飲んだ。
「技術を理解していた石井さんを異動させ、財務畑の高山さんを調達部長に据えられた。これは、御社の経営判断です」
「それは…」
「コストカットが経営に必要なのは、私も理解しています。しかし」
私は立ち上がっていた。
「技術の価値を理解しないコストカットが、今回の事態を生んだのではないでしょうか」
北野専務は、深く頭を下げたまま言った。
「おっしゃる通りです。全て、我々の責任です」

私は北野専務ではなく、高山を凝視して言った。
「私は、技術を評価していただけない企業とは取引しません。すでに、新しい取引先が決まっています」
私は応接室のドアに向かい、振り返って、再度高山を睨んだ。
「高山さんに言っておきます。技術があれば、元請けも下請けもない。これが私の信念です。あなたは、私の信念を踏みにじった。それは、私があの反動体の開発に費やした10年を否定することでもある。あの反動体には、私の技術が詰まっているんです。それを理解できない者に、私の技術を使う資格はない。どうか、お2人ともお引き取りください」

北野専務は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
高山も立ち上がるが、何も言えずに俯いたままだ。
私は2人を工場の外まで見送る。
黒塗りの高級車が、ゆっくりと発進していく。
私はその車の姿を、最後まで見届けた。
5年間の取引が、今日で完全に終わった。それでも、私は後悔していない。むしろ、信念を貫き通すことができた自分に、清々しささえ感じるのだった。

あれから1ヶ月後、石井氏から、その後の大手メーカーが辿った顛末について連絡があった。
石井氏によれば、会社は生産ラインが止まり、未だ再開の目処は立たず、損害は膨らむ一方だという。
取締役会は高山を即座に解任し、調達部長を解任した。その後、高山は会社を去ることになったそうだ。同時に、コストカットを推進してきた役員の一人も更迭された。

一方、私は大手メーカーとの契約が失効した直後、競合メーカーと新規契約を締結した。
特許使用料は相場の3倍。次世代技術の共同開発も始まる。
工場で働く、活気に満ちた従業員たちを見ながら、私は改めて思う。
技術さえあれば、大手も中小もない。これからも、その信念が揺らぐことはないだろう。

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